【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

33 / 66
沢山の評価、お気に入り、誤字脱字報告、ありがサンキュー!
貴重な高評価をこんな作品に付けて、誇らしくないの?

いよいよここからPlane Scape編突入で今作も残り2話。
父を失いシアターを辞めた志保と961プロを抜けてから足踏みを続けてきたジュピターの今後、その二人の関係性、直近2話と同じくらい詰め込みますが、綺麗に終わらせれたらと思っています。
終わりに近づくにつれ多くの反省点が浮き彫りになってきたと同時に、まだまだこの二人の話を続けたいという寂しい気持ちも芽生えてきたので初投稿です。



EpisodeⅦ:俺と私のPlanet scape

 懐かしい夢を見た。

 それはずっとずっと遠い世界の夢。夢の中は、心の底に潜んでいた純粋に触れるような暖かい優しさで溢れていた。

 幼い頃、かつて住んでいたマンションの一室。私たち家族四人は小さなテーブルに置かれた色とりどりの料理たちを囲んで座っている。私も父も、母も陸も、皆が何をするわけでもないのに自然と笑みを溢していた。それはどこの家庭にもある至って平凡な光景のはずだったが、北沢家では非日常的な光景だった。

 

「志保はもうすぐ高校生か」

 

 私の目の前に座る父が、そう口にしながら感心したような眼差しで私をマジマジと見る。妙に照れ臭くなって、私は何も言わずにはにかむことしかできなかった。

 

「陸も来年から小学生だもんね」

 

 優しい声で、今度は母が陸にも話を振る。隣に座っている陸は、白ご飯を口一杯に頬張りながら「うん!」と私とは対照的に元気な声で答えた。もうすぐ始まる新たな環境での生活に不安は一切なく、心底楽しみにしていて心躍らせるような、そんなはつらつとした声に聞こえた。

 

「志保は高校生になったら何かやりたいことはないのか? 部活でも習い事でも」

「うーん……」

 

 父の問いに思わず言葉を詰まらせる。

 暫くの沈黙の後、私は手に持っていた箸を茶碗の上に添えるように置いた。もうすぐ高校生になる私なんかがこんな夢を語るなんて––––、といった後ろ向きな想いがあったが、その反面不思議と口に出せば本当にその夢が実現しそうな、そんな小さな子供のように未来を強く信じる無邪気さが私の中にはあったのだ。

 

「……私、アイドルやってみたい」

「あいどる?」

 

 素っ頓狂な声で目を丸くした母が訊き返した。想像以上に驚いた表情の母を見ると耳たぶの端まで熱くなって、私は咄嗟に顔を隠すように俯いたまま頷く。

 

「志保がアイドルか……。いいじゃないか。絶対立派なアイドルになれるぞ」

 

 驚く母とは裏腹に父は一切驚いた様子も見せず、大きな口を開けてニカっと笑っていた。アイドルについて何一つ知らない素人のくせに、それでもあまりに自信満々に言うものだから、本当にそうなってしまいそうな謎の自信が身体全体から漲ってくる。父は昔からそうだった。根拠もないし、理屈も何もないのに、それでも父が口に出した言葉は全てがその通りになってしまうような、そんな不思議な言葉の力を持ってる人だったのだ。

 

「陸は小学校に上がったら何がしたい?」

「僕はサッカーがしたい! プロサッカー選手になるの!」

「そっか。陸がプロサッカー選手になるのなら日本もW杯で優勝しちゃうかもね」

「––––ねぇ」

 

 私と陸のやりたいことを聴いて、まるで自分のことのように幸せそうな笑みを浮かべる両親に、今度は私が疑問をぶつけた。

 

「私と陸じゃなくて、お父さんとお母さんはやりたいことないの?」

 

 そう問いかけると、二人は戸惑ったように眉をハの字にして、顔を見合わせる。そして、

 

「……家族全員で旅行にでも行きたいな」

 

 父はそう言った。だけどそれはきっと実現しないんだなと私は直感的に思った。この時、父はもう私たちのいる世界ではなくて、何処か遠くに離れた世界を見つめているような気がしていたのだ。

 

 

 

Episode Ⅶ : 俺と私のPlanet scape

 

 

 

 いつもの珈琲豆の匂いが漂ってくる。母が毎朝出勤前に飲んでいた珈琲豆の匂いだ。靄がかかった意識の中で、リビングだけではなく寝室の部屋にまでこの朝の匂いが漂ってくるのは珍しいな、なんてことを私はボンヤリと考えていた。

 だけど次第に嗅覚が戻ってくると、珈琲豆の匂いの中に普段は嗅がないような他人の匂いが紛れていたことに気が付いた。その拍子に焦点が定まって視界が広ける。真っ先に目に入ったのは見慣れない真っ白な天井で、その次に目に飛び込んできたのは私のベッドのとは全く違う初めて見る柄の布団だ。おまけに私は手のひらまでもがすっぽり隠れるほどダボダボの見覚えのないジャージまで着ている。

 非日常的な光景を前に、寝起きの頭は全く回っていなくて、私はただただ混乱していた。

 

 ––––あれ、ここ私の部屋じゃない?

 

 確かにいつも朝に充満している珈琲豆の匂いがしたのに。そう疑問に思った時だった。

 

「おはよう北沢。目、覚めたか?」

「あ、天ヶ瀬さん!?」

 

 狭いワンルームの部屋の隅で、退屈そうに珈琲を飲んでいるスウェット姿の天ヶ瀬さんに気が付き、思わず跳ね上がった。天ヶ瀬さんは私がここにいることが当然のように落ち着き払った様子で、「よく眠れたか?」と呑気に尋ねる。私はまだハッキリとしない意識の中を無理やり荒らすように、昨晩のことを振り返った。

(そうだ。昨晩は家出して高台の公園に行って、そこで天ヶ瀬さんと会って……)

 徐々に霧が晴れていくように、昨晩の情景がクリアになって浮かんでくる。雪が降りしきる高台の公園で見た光景だけではなく、その時私が何を考えていたのかまでもが鮮明に蘇ってきた。父がもうこの世にはいないことを知り、自分が今までしてきたことが無価値なことだったと気付いてしまったこと。自分の生きる指針が消え去って、己自身が何も意味を持たない人間だったことを思い知らされたこと。そんな自分に嫌気がさして、このまま雪に埋もれてって私の存在自体が消えてしまえばいいのと強く願ったこと。そして、天ヶ瀬さんが私を強く抱き締めてくれて、彼の胸で父が姿を消してから一度も流さなかった涙が大量に溢れ出したこと––––。

 昨晩のことを思い出すにつれて胸が錘を積み重なっていくように胸を圧迫し、すぐに黒い感情が一杯に広がっていく。呼吸が苦しくなって、私は思わずサイズが合っていないジャージをの袖をギュッと握りしめた。それでもジワジワと胸の隅にまで広がっていく黒い感情の侵食は止まらなくて、私はその闇に飲み込まれていくことしかできなかった。

 

 父は亡くなっていた。もう二度と会うことはできない。

 それなら私が今までやってきたことは?

 これから何を目的に生きていけばいいの?

 

 私が私である理由、私が生きていく目的、そして私が今までしてきた努力の意味。黒く染まった闇の中で私は、執拗に自分の存在意義を問う。だけど昨晩と同じ通り、私の存在を正当化する答えは見つからない。見つからないどころか、今後見つけれるような可能性さえも一ミリも感じさせないほどに、私の胸を覆う闇は濃くて深かった。

 昨晩までのことが全て夢だったらいいのに––––。現実を受け止めれない一心でそう願うも、当然現実はそんな都合がいいはずもなくて。窓の外には未だに多くの雪が積もったままになっており、その積雪が昨晩までの出来事が現実であることを私に突きつけているようだった。

 

「天ヶ瀬さん、私……」

「やめろって。今は何も言うなよ」

 

 咄嗟に何かを言いかけたが、天ヶ瀬さんに言葉を重ねられ、最後まで言わせてもらえなかった。

 私は謝ろうとしたのか、それとも別の何かを言おうとしていたのか、天ヶ瀬さんに遮られて喉元で消えていった言葉の正体は私でも分からなかった。だけどきっとあまりよくない意味合いを持つ言葉だったのだと思う。私にとっても、天ヶ瀬さんにとっても。

 

「北沢、昨日も言ったけど暫くここに住んでいいぜ。学校も行かなくていいからさ、ゆっくり休んで一度頭ん中整理しろよ」

「で、でも」

「家に帰りたくはねぇんだろ? それとも他に行くアテでもあんのかよ」

 

 何も言えずに黙り込む私に天ヶ瀬さんは考える時間を与えずにまくしたてる。

 

「中学校だって義務教育だから多少サボったって留年はしねぇって。部屋は狭いし俺と二人で嫌かもしんねぇけど、行くアテがないなら落ち着くまでここにいろよ」

「そ、そんなんじゃなくて。天ヶ瀬さんが迷惑なんじゃ……」

「俺のことはいいから。ここにいろって」

 

 有無を言わせず、強引にそう言い切られてしまった。私が黙り込んだのを確認すると天ヶ瀬さんは手に握っていたマグカップを口元に近づけてコーヒーを口に含む。そして穏やかな表情でテレビのリモコンへと手を伸ばした。

 

「俺は迷惑じゃねぇよ。むしろ丁度良いくらいだぜ」

「……丁度良い、ですか?」

 

 テレビの電源が点いて、液晶の中ではニュース番組が映った。小さなテレビの中では如何にも真面目そうな眼鏡をかけた男が、重そうなコートを着込んでお台場にあるテレビ局を背景に、少々大袈裟な喋り方で今日の天気予報を伝えていた。男性アナウンサーによると当初の予定より早めに寒波は過ぎ去るようで、今日は昨日ほどの雪は降らないらしい。確かに外を見てみても雪は未だに残っているが、灰色の空も心なしか昨日よりは薄くなっていて、新たな雪も今は落ちてきていない。昨晩は全く終わりが見えないほど永延と雪が降り注いでいたこの世界の、終幕が少しだけ垣間見えたようだった。

 

「あぁ。この時期は色々余計なこと考えちまうから、俺もあんまり一人ではいたくなかったんだ」

 

 テレビの音に掻き消されそうなほど小さな声量で、天ヶ瀬さんが独り言のように呟いた。天ヶ瀬さんの目はテレビではなくその少し上を見つめていて、テレビを載せたパイプ棚の頂点には写真立てが置かれていた。シンプルなフレームの中には少し色褪せた写真が入れ込まれていて、その写真は何処か仲良さげな雰囲気に満ち溢れた三人家族の写真だった。

 三人家族の写真を瞳に映す、儚げな天ヶ瀬さんの眼を見て私は察した。きっと天ヶ瀬も寒さの険しいこの季節に大切な人を失ったのだと。

 幼い頃に母を失くした天ヶ瀬さんも、私と同じ境遇の中で生きてきた人間だ。それどころか、父も一年ほど前に単身赴任で四国へと行ってしまい、独り東京に取り残された天ヶ瀬さんは、もしかしたら私よりずっと大きな孤独を感じたり、二度と戻ってこない家族団欒の時間を恋しく思ったりすることがあったのかもしれない。それでも彼は、私のように自暴自棄になることもなく東京で独り、夢を追い続けている。その強さが羨ましくもあり、少しだけ寂しくも感じていた。

 

 ––––私もいつか、天ヶ瀬さんのように父の死を受け入れて前向きになれる日がくるのだろうか。

 

 真っ暗な闇の中で佇む私に彼の姿を照らし合わせてみる。

 だけど私は天ヶ瀬さんのようになれる気がしなかった。父がいないこの世界を受け入れて、その上で何か他のことに生き甲斐や目標を見出して生きていくことなんて、できるはずがなかった。父の死を受け入れてしまうと最後、今でも私の胸に残された父との僅かな記憶たちが一瞬で価値を失ってしまう気がして、前に進むということがひどく薄情なことのように思えてしまっていたのだ。

 亡くなった父を受け入れる術も、これから自分自身が歩むべき道を見つける術も分からない私は、ひたすらに漆黒の闇の中に浸り続けている。絶望に抗いもせず、かといって現実を受け入れようともせず、ただただ不幸な自分に酔いしれるあまり思考を停止させて、闇に身を任せるだけだ。その空間は、不気味にも非常に気が楽になるような錯覚さえも覚えさせる。

 もしかしたら少しでも前を向こうと、変わらなければという自分を、一番に拒んでいたのは私自身だったのかもしれないと思った。

 

「わりぃんだけど俺、今日はちょっと用事があってそろそろ行かないといけねぇんだ」

 

 すごく申し訳なさそうな口ぶりで、天ヶ瀬さんがそう言った。どうして用事があるだけでそんな顔をするのだろうと疑問に思ったが、私を心配そうに見つめるその眼差しから、天ヶ瀬さんの懸念をすぐに汲み取ることができた。

 

「昼までには戻ってくるから、何処にも行くなよ」

「わかりました」 

「絶対だからな、絶対だぞ?」

「……大丈夫ですってば」

 

 もう昨晩のように死んでしまおうなんてバカな真似を考えるつもりは毛頭ない。かと言って、生きていく希望を見つけたわけでもないけれど、同じような経験をしてもなお、今を強く生きる天ヶ瀬さんを見ていると、そんな気も消え失せてしまっていた。

 それでも私の言葉を信じられないのか、天ヶ瀬さんは何度もなんども釘を指すようにしつこく念を押してから、洗面所で着替えを済ませて部屋を出て行ってしまった。その後ろ姿を見送って、閉められたドアの向こう側で足音が遠退いていくのを確認して、私もゆっくりと立ち上がる。顔を洗おうと点いたままのテレビからBGMのように流れてくる音声を背にワンルームを出ると、小さなキッチンにサランラップが被せられた一枚の皿が置かれているのに気が付いた。ラップを被った二つのサンドイッチの隣には小さなメモ紙が添えられている。

 

『北沢の分だから、腹減ってたら食べて』

 

 

 昨晩、隣で眠っていた天ヶ瀬さんの腕から伝ってくる温もりを思い出した。天ヶ瀬さんの隣で眠った昨晩、私は一時ではあったが非情な現実を忘れるほどに暖かくて優しい夢を見た。夢の内容は追憶の彼方に消えてしまったけれど、それは私の胸の氷を溶かすような、暖かい空間だったことだけはハッキリと覚えていた。

 大雪の中にも関わらず私を探し出して抱き締めてくれて、家に帰りたがらない私の想いを汲み取って嫌な顔一つせず泊めてくれて、食事まで用意してくれて、そして優しい夢まで見させてくれる––––。

 私がこれから歩むべき人生と同じくらい、彼の優しさの理由が分からなかった。北沢志保という人間が彼の優しさに値する価値がある人間だとは到底思えなかったのだ。

 

「……どうして、ここまで優しくしてくれるの」

 

 答えてくれるはずもないのに、天ヶ瀬さんが置いていったサンドイッチに問いかける。そして横に添えられていたメモを、折り目をつけて私はジャージのポケットに押し込んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。