【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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いよいよ最終話。
冬馬と志保のこれからと、二人の関係性の着地点をしっかりと綺麗にまとめて終わらせます。
と言いつつ、なんだかんだ終わらせたくない気持ちの方が強いので初投稿です。
※ちゃんと完結させます。


Final episode:俺と私のOver again

 

「是非私たち315プロダクションにジュピターの皆さんの夢を叶える手助けをさせていただけませんか」

 

 石川と名乗る315プロダクションのプロデューサーの言葉が、不思議なくらいストンと肺の底へと落ちていった。真っ直ぐに俺へと向けられた石川さんの瞳は澄んだ川のようにとても綺麗な色をしていて、まるで何も汚れを知らない子供のような純粋な色を灯していた。

 咄嗟に受け取ってしまった名刺に視線を落とす。シンプルな名刺の上からは石川さんの本名と、『315プロダクション プロデューサー』の肩書きの文字列がジッと俺を見上げていた。石川さんと暑苦しい大男の社長の雰囲気や話し方、態度などから、今まで何度もしつこく詰め掛けてきた他社の連中とは違うことは一目で分かっていた。この人たちは俺たちを金のなる木だとは思って声をかけているのではなく、純粋に今のジュピターの実力を見て評価してくれているのだと。インディーズ活動を始めてから今日まで多くのスカウトを受けてきた中、こういった正当な形で俺たちを評価し、誘ってくれたのは皮肉にもこの315プロダクションが初めてだった。

 もしかしたらこの事務所でなら俺たちが目指している『真のトップアイドルになる』という夢が叶うかもしれない。そんな予感を感じさせる石川さんの真っ直ぐな誘いが、俺の心を大きく揺さぶる。石川さんは俺の揺れ動く心境を逃がさないとばかりに、ひたすらに監視するかのように綺麗な色をした瞳を向け続けていた。

 

 きっとこの人たちは信用できる。

 この人たちの下でなら俺たちは自分の実力を示して思う存分夢を追いかけることができる。

 

 ここで315プロダクションの誘いを受けることが最善なのだろうなと思った。だけどそれを素直に受け入れてしまったら最後、俺たちがこの一年間で頑張ってきた時間はどうなってしまうのだろう。結局事務所に所属するのなら、俺たちは自分たちじゃ何一つ成し遂げることができなかったと認めてしまうことになるのではないか。それは一種の負けのような選択な気がして、石川さんの誘いに素直に首を縦にふることができなかった。

 そんな想いたちが交錯しあって、素直に最善の選択を受け入れられない自分と誘いを承諾することを勧める俺とが胸の内で張り合っているのだ。それに加え、この大事な選択の局面で躊躇いを与える存在は俺だけではなかった。

 

「……天ヶ瀬さん、事務所に入るんですか?」

 

 思わず石川さんの眼差しから目を逸らした時、今度は俺を見つめる北沢の姿が視界の隅っこに入り込む。まるで断ることを期待するような言い方に聴こえた。その北沢の言葉に俺は何も答えれず、あやふやな態度のまま黙り込むことしかできなかった。

 

 

 

Final Episode : 俺と私とOver again

 

 

 

 シンと静まり返った廊下で石川さんと北沢と、そして少し離れたところで季節感のないポロシャツを着た315プロダクションの男が俺を見つめている。この場で俺に目を向ける三人が誰も口を開こうとせず、ただひたすらに俺の言葉を待っているようだった。

 

「……それは俺一人で決めれることじゃねぇ。北斗と翔太とも話し合わないと」

「お二人とはここに来る途中でお会いし、既にお話させていただきました。お二人とも、天ヶ瀬さんの決断を尊重すると申していました」

 

 苦し紛れに出た逃げの一手だったが、それもあっさりと退路を絶たれてしまった。

 俺に任せる、といった答えが確かに二人っぽくて、石川さんの話が嘘ではないと思った。助言やアドバイスなどはするけれど、あの二人はいつも大事な局面での選択には口出しをしないで、俺に一任させてくれている。961プロを抜けた時だって最初に言い出したのは俺で、二人は何も言わずに俺の後を付いて来てくれただけだった。それこそ、まるで俺の意見はジュピター全体の意見だと言わんばかりに。

 そんな二人の態度を、俺は一度たりとも人任せだとは思ったことはなかった。例えるなら自分たちの人生を俺に投資してくれているような、そう思えるほどに二人は俺のことを心底信じてくれていることを感じてたのだから。

 だから二人は今回俺が石川さんの誘いを受けようとも受けなくても、きっと何も言わずに付いて来てくれるだろう。二人の揺るぎない信頼がありがたい反面、今は苦しくもあった。石川さんの誘いに迷いを生じらせているのが、ジュピター全体の意見ではなく、ただ俺一人の身勝手な感情だと気付いていたからだ。

 

「もちろん、すぐにとは言いませんよ。今日はライブ後に突然押しかけてしまったのもあって、今後のことなので時間をかけて考える必要もあるでしょうし」

 

 結局曖昧な返事しかできなかった俺に、石川さんはこれ以上畳み掛けてくるようなことはしなかった。石川さんが攻勢を緩めて一歩離れたところで俺たちの様子を伺っていた315プロの社長に対し、「社長は何かありますか?」と話を振ったタイミングで俺は北沢の顔色をチラリと伺ってみた。北沢は普段よく見る無表情に近い顔つきで俺を見つめていた。今にも俺に何か話しかけてきそうだった。自然を装ってその視線から逃げるように、周囲に目を走らせる。今は何も言われたくないと思った俺の胸の内を察したのか、北沢は口を開かなかった。

 

「……前回、前々回と参加させてもらったが、その中でも今日のライブは実に素晴らしいものだった」

 

 おもむろに口を開いたのは、北沢でも石川さんでもなく、315プロの社長だった。ガッチリとした身体つきに似合わない、お菓子をもらった子供のように満面の笑みを浮かべて俺を見つめている。だけど次の瞬間、その表情が一気に険しくなった。

 

「それなのに、どうして君は現状に甘んじてもっと多くの人に届けようとしない?」

「……どういう意味だ」

「私は千人も入らないこの小さな会場で、君たちは満足なのかと訊いているんだ」

「て、てめぇ! 黙って聴いてれば好き放題言いやがって!」

 

 315プロの社長の言葉が、一番触れて欲しくなった琴線にぶつかった気がした。結局コイツも他社の連中同様にそういうことを口に出すのか。

 咄嗟に火がついた感情があっという間に沸点に到達し、ライブ後で冷え切っていたはずの体温を瞬間的に上げ始める。

 

「会場の大小なんか関係ねぇ! 満足も何も、ファンの期待に全力で答えるのがアイドルってもんだろ!」

「ちょっ、落ち着いてください天ヶ瀬さん!」

 

 思わず前のめりになった俺の肩に、すぐに北沢のか細い手が掛かった。細い手の平にはグッと力が入っていて、俺はその力に制止をかけられたように反射的に身体を止める。そんな俺を見て全く動じずに変わらぬ眼差しで315プロの社長は見下ろしながら、落ち着いた声色で「違う違う」と子供をあやすように俺に言い聞かせていた。

 

「今日のライブ、中でもPlanet scapeは非常に素晴らしいモノだった。あれほどまでに素晴らしい曲を歌える実力があるのに、どうして君はそれを多くの人に届けようとしない?」

 

 まるで至極当然なことを問うような言い草だった。純粋に俺の考えが理解できないといった様子で区部を傾げながら、北沢に押さえつけられている俺へと話を続ける。

 

「君たちは間違いなく多くの人たちを笑顔にし、勇気を与えるだけの実力とパッションを持っている。だからこそ、一人でも多くの人に届けようとしない気持ちが私には理解できないのだ」

「一人でも多くの人に届ける……?」

「今日のライブの来場者はざっと九百人前後だとしよう。その数がジュピターのファン全員の数だと思うか? 答えは否だ」

 

 自分で提示した質問を、間髪入れずに自ら否定した。俺は口を挟む時間を与えてもらえず、黙り込んで315プロの社長の話を聴くことしかできなかった。

 

「今日ライブに来れないファンだって多くいただろう。もしかしたらチケットが取れなかったファンもいたかもしれない。地方在住故に、ジュピターのライブに頻繁に通えないファンだっていたかもしれない。そして、まだジュピターの存在に気が付いていないだけで、今後ファンになる可能性を持つ人たちだってごまんといるかもしれない」

 

 俺が黙り込んだのを良いことに、ドンドンと付け入る隙を与えずに言葉を発していく。その一つ一つが、ジワジワと俺の胸を蝕んでいくようだった。俺が何も言えなかったのは、喋る隙を与えてもらえないからではなく、この男の話が妙に的を得ていたからなのもしれない。

 気が付けば315プロの社長は口を閉ざしていて、俺の言葉を待っていた。我に返って、慌てて何かを言わなければと必死に言葉を探したが、適切だと思う言葉が一つも頭に浮かんでこない。言葉を探そうと視線を泳がせた際に、肩にか細い手を乗せた北沢と目が逢った。北沢も鋭い目に俺を向けたまま言葉を待っているようで、その視線が315プロの社長の男が放った言葉たちが突き刺さった胸に沁みていくようだった。擦り傷に熱湯が触れた時のように、胸がズキズキと痛む。俺が次に口に出した言葉次第では、俺に向けられた北沢の眼差しが今にも軽蔑の眼に変わってしまいそうな、そんな予感が胸の中でざわめていたのだ。

 

「……そんな今日この会場に来れなかったファンたちも、君たちを待っているはずだ。そしてそういったファンたちにも全力で応えて見せるのが、君の言う『アイドル』としての仕事だと私は思っている」

 

 俺が何も話す気がないと判断したのか、315プロの社長が更に畳み掛けてきた。

 嫌という程分かっていたことを正面切って言われて、俺は何も言い返せなかった。315プロの社長の言っていることは何一つ間違っていない『ど』のつくほどの正論だったからだ。それなのに躊躇しているのは俺個人の感情が邪魔しているからであって、こういった風に理解できないと思われるのは致し方なかった。俺たちがこのままインディーズで活動を続けたところで、かつてのような舞台に舞い戻ることが困難なことはこの一年でハッキリと明確になっていたのだから。

 

「……確かに、アンタの言う通りだ」

 

 思わず言葉を滑らせてしまった。石川さんは俺の言葉を聴いて嬉しそうにパッと顔を上げると、俺の気が変わらないうちに確定させようと「それでは……」と何かを言いかける。俺は慌ててその言葉を遮った。

 

「少しだけ考える時間をくれ。数日以内に返事を出すから」

 

 まさに頭では理解していてもいまだに踏ん切りがつかない、といった言葉だった。石川さんは言えなかった言葉を飲み込んで、「どうしますか?」といった表情で315プロの社長をチラリと見ている。

 

「……うむ。分かった」

 

 少しの間をおいて、315プロの社長は腕組みをしながら頷いてそう返事をした。言いたいことはもう全て伝え終えたのか、315プロの社長は別れの挨拶の代わりに「良い返事を期待している」とだけ残して、大きな背中を向けて立ち去っていく。石川さんは最後まで礼儀正しく、俺たちに律儀に深々と会釈をして、その背中に追うように一度も振り返らずに角を曲がって行ってしまった。その二人の背中を見送っていると、ふといつかの日の北沢の言葉が記憶の引き出しの中から飛び出してきた。

 

 

『今はインディーズで活動されてるって聴きました。バイトもして、何から何まで自分たちでやってるって』

『その話を聴いて、凄いなって純粋に思ったんです。誰にも頼らないで、自分の実力だけでトップを目指すって、私も皆さんみたいにそれくらい強くなりたいなって』

 

 

 嬉しかったはずのあの日の言葉が、今ばかりは俺に重く伸し掛かる。

 結局俺たちは、この一年のインディーズ活動で何も手に入れることができなかった。その上で逃げるように事務所に所属すると言ったら、北沢は何を思うのか。間違いなく、あの頃向けてくれていた尊敬の眼差しが瞬く間に消え去ってしまう気がしていた。

 それは、ひどく身勝手で個人的な感情だ。大切な仲間の夢を背負っている人間が左右されるべき感情ではないとも分かっている。だけど俺にとってはとても大きな意味を持つモノで、そう易々と切り捨てれるモノではなかったのだ。

 北沢の顔を直視するのが怖くて、俺はただただ逃げるように二人が曲がっていった角をジッと見つめ続けていた。

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