ここまで読んでくださったみなさん、本当にありがサンキュー!
プロット変わりまくったり書き溜めが死んで同じ話書き直したり、すげーキツかったけどやりきった感半端ないゾ〜。
作中で補えなかった補完要素や志保と冬馬の考察、次回作などは後書きにまとめてます。でも自己主張全開の歪んだ部分も多いから、自己責任で読んでくれよな!
では投稿したくないけど最終話初投稿です。
俺が住んでいるマンションの最寄駅に戻ってきて、真っ直ぐに北沢と約束をした高台の公園へと向かうと、公園の入口へと繋がる急斜面の階段の先に小さな人影があるのに気が付いた。少しだけ癖っ毛の伸びた黒髪が春風にさらされて、ゆらゆらと静かに揺らめいている。立ち止まることなくゆっくりと頂上を目指して歩くその後ろ姿を見ていると気持ちが抑えきれなくなって、俺はその名を呼んだ。その声が聴こえたのか、はたまた名前を叫ぶ前に駆け出していた俺の足音が先に届いたのか、どちらが先かは分からなかったが、階段を上っていたその人影は足を止めて俺の方へと振り向いた。
「天ヶ瀬さん!」
昨晩から空に居座っていた雲たちの殆どが何処かへと流れていってしまったようで、空にはもう数えれるほどの雲しか残っておらず、ただひたすらに青い一面が空の端にまで広がっていた。見惚れてしまうほどに透き通った青空を背にして立つ北沢が、照れ臭そうにはにかみながら小さく手を振っている。俺はそんな北沢の横まで全速力で階段を登っていって、肩で呼吸を整えながら隣に立った。
「そんなに慌てなくても、まだ時間にはなってませんよ?」
華奢な手首に巻かれた腕時計をチラリと確認して、北沢は笑いかける。狭い階段で窮屈そうに足を揃えて見上げるその顔は、俺たちの真上に広がる青空のようにスッキリとしていて、その表情から母とちゃんと話をすることができたんだろうなと思った。
北沢の姿を見ると一秒でも早く会いたくて駆けてきた、なんて本音は当然言えるはずもなくて、俺は適当に苦笑いだけを返して、青空に向かって歩くように階段を登っていく。同じ歩調で北沢と最後の階段を登りきると、見慣れた広々とした公園の景色が一気に視界に広がった。
「……すげぇ」
日曜日の昼間だというのに、見渡す限り、人っ子一人公園にはいない。いつもはそこら中から聴こえてくる家族連れの幸せそうな声も、芝生の上を元気に走り回る子供達の笑い声も、今日は何一つ聴こえなくて、ただただ優しい春風が吹き抜ける自然の音だけが公園には静かに響いているだけだ。
まるで俺たちが立っている公園がこの世界の中心のようだった。何度も訪れていたはずのこの公園は今だけ世界から切り取られていて、俺たち以外の誰も立ち入れない聖域のようになっているのかもしれない。そんな絵空事を本当に信じてしまいそうになるほど、見慣れていたはずの公園にいつもと違う景色が広がっていた。
俺は風が吹き抜ける世界の中心に立って、空を仰いだ。北沢に何から話せばいいのだろうか、少し迷って俺はポケットに手を突っ込んで考えてみる。大きな風呂敷を広げたかのように、会ったら伝えたいと思っていた断片的な言葉たちが無数に浮かんできて、それらを飛行機の影さえも見えない空で組み合わせてみる。一瞬バラバラだった言葉たちが綺麗にハマるように並んだ気がしたが、それもすぐに春風によって吹き飛ばされて散っていってしまった。
「……天ヶ瀬さん、私から先に話をしてもいいですか」
言葉を選べずにいた俺を見兼ねたのか、北沢が先に口を開いた。その言葉に反応して北沢の方を向くと、北沢は俺たちの間を吹き抜けていく風の行く先を見届けるかのように、遠くを見つめていた。何も言わずにずっと北沢の横顔を見つめていた俺の視線に気が付いて慌てて伏し目がちに俯くと、風で乱れた黒髪を耳にかけて、俺の目を見つめ返す。どこか吹っ切れた感のある北沢の表情は、自然な笑みを浮かべていた。
「私、もう一度アイドル頑張ってみようと思います」
★☆★☆★☆★☆
私が高台の公園へと続く階段を登っている途中に走って駆け寄ってきた天ヶ瀬さんと合流し、私たちは二人並んで天気の良い日曜日の昼間なのに誰一人いない光景をボンヤリと見つめていた。寒さが薄まった風に髪をなびかせる横顔をふと覗いてみると、陽の光が眩しいのか、目を細めて遠くを眺める天ヶ瀬さんは大人の顔をしていた。
その横顔はまるで別人のようだった。当たり前の話ではあるが、昨日観客席から見つめていた顔も、今朝私がジッと見つめていた寝顔も、今私の隣に立っている天ヶ瀬さんと同一人物だ。それなのに今は私の知っている天ヶ瀬さんと雰囲気がガラッと変わっているような気がして、私は思わず呆けたように何倍も大人になった天ヶ瀬さんの顔を暫く見つめていた。
だけど違うからこそ本物なのかもしれない。そう思って、私は視線を誰もいない公園に向けて妙な緊張感を抱えた胸の底から声を出した。
「……天ヶ瀬さん、私から先に話をしてもいいですか」
私の言葉を待つように黙り込んでいた天ヶ瀬さんの目が私の方へと向く。何も言わずに見下ろすその目は私が今までずっと追っかけていた天ヶ瀬さんの目で、大人の顔の中にある唯一の面影のようにも感じられる。何故だか妙に恥ずかしくなって咄嗟に視線を足元に落とすと、雨を含んだ道を歩いてきたせいか綺麗に洗ったばかりのスニーカーは水を染み込ませていて、右足の親指のあたりに小さな泥がついていたことに気がついた。
風が吹いて視界に私の長い髪が割り込んできた。その髪を強引に耳にかけ、広くなった視界で天ヶ瀬さんの目をジッと捉える。いつもこの空のずっと先だけを見つめていた彼の綺麗な瞳に映る私に向かって宣言した。
「私、もう一度アイドル頑張ってみようと思います」
私の言葉に、天ヶ瀬さんは大袈裟に喜ぶことも、驚愕のリアクションを取ることもなく、ただ自然な感じで「そっか」と言った。もしかしたら私がいずれアイドルに復帰することを知っていたかのような、そんな口ぶりにも思えた。
手紙のことは伝えるべきか直前まで悩んだ。だけど偶然にも父と同じことを言ってくれた天ヶ瀬さんにはちゃんと話しておいた方が良いような気がして、私は父から貰った手紙のほんの一部だけを彼にも共有することにした。
「今朝、母と話をしてきたんです。その時に母が父から預かってた手紙を貰って」
「手紙?」
「はい。父が亡くなる間際に私宛に書いた手紙で、母は私が成人した時に渡すように頼まれていたって言ってました」
たった二度しか目を通していなかったけど、それでも父の手紙は一言一句欠けることなく私の胸に刻まれていた。その中でも一番心に響いた一文を、私自身に言い聞かせるように口に出してみる。
「……天ヶ瀬さんとおんなじことを父も言ってました。『自分の為に生きなさい』って」
「だからアイドルに復帰することにしたんだな」
「そうですね。と言いつつも、今でも色々迷ったり、思うことはあります。それでも……」
今度は天ヶ瀬さんの瞳の中の私ではなくて、天ヶ瀬さん自身に向けて、言葉をかけた。
「私の新しい目標や夢、天ヶ瀬さんも一緒に探してくれるんですよね?」
「あぁ、もちろんだぜ」
記憶の中の父と同じような、謎の自信に満ち溢れた笑顔で天ヶ瀬さんは笑う。そして大きくて暖かい手のひらを私の頭の上に乗せると、父がいつもしてくれたように頭を撫でながら優しく「一緒に頑張ろうな」と言ってくれた。
暖かい手のひらから温もりが伝ってきて、胸の中が満たされていくような穏やかな気持ちが広がっていく。きっと今の私はとんでもなくだらしのない顔をしているんだなと思うと、途端に恥ずかしくなって顔を隠すように下を向いてしまった。暫くの間、ほころんだ今の顔を天ヶ瀬さんに見られないようにと芝生周りを囲うゴム製のトラックに視線を落としていると、ふと今まで一度も思い出さなかったような昔の情景が頭に浮かんできた。
突拍子もなく浮かんできた光景は、ちょうど半年ほど前、真っ暗なこの公園を一人で走っていた時の私だ。ライブ後の疲れた身体に鞭を打ちながら肺が破れそうになるほど何周も何周も走り回って、こうして膝に手を付いて地面を見つめながらどうしようもない現実に腹をたて、悔し涙を流した。初めて知った春香さんとの圧倒的に開いていた距離、そして自分が今までいかに高慢な愚か者だったかを知って、悔し涙を流したあの日の夜のことが何かを訴えかけるようにぽっと記憶の引き出しから飛び出してきたのだ。
「アリーナライブでバックダンサーを務めた日の夜、ここに来たんです」
気が付けば私は天ヶ瀬さんにあの日のことを話していた。
あの時はこの公園が天ヶ瀬さんと初めて知り合った場所になって、それから沢山の思い出を積み重ねていく場になるとは思ってもいなかったはずだ。きっとあの日の私が今の私を見ると驚くだろうなと、そんなことを一人で考えていると、ふと目をパチクリさせて私を見つめる天ヶ瀬さんの姿が視界に入った。どうしたんですか、と尋ねると天ヶ瀬さんは過去を遡るように目を瞑って、腕を組みながらうんうんと唸り始める。
「……もしかして、その時ランニングしてなかったか?」
「え? なんで分かったんですか?」
私の反応で何かが確信に変わったようだった。天ヶ瀬さんには困ったように笑いながら、更にあの日の出来事を的中させていく。
「それで入り口に立っていた男に、『何ジロジロ見てんですか』って毒吐いたり」
「ど、毒なんかじゃないですっ! そもそもなんで天ヶ瀬さんが、そこまで……あっ!?」
––––もしかして。
ようやく天ヶ瀬さんがあの日のことをやけに詳しく把握していた理由を理解することができた。「まさかあの時の女の子が北沢だったなんてな」と、天ヶ瀬さんは含み笑いを見せながらそう言った。
★☆★☆★☆★☆
アイドルをもう一度頑張りたいと思う。
そう宣誓した北沢は、それからポツポツとその結論に達するまでの過程を静かに喋ってくれた。北沢の母から亡くなった父が北沢宛に書いた手紙を受け取ったこと、その手紙の中には偶然にも俺が昨晩寝る前に独り言のように伝えた言葉と全く同じ言葉が書かれていたこと。そのついでに「私の新しい目標や夢、天ヶ瀬さんも一緒に探してくれるんですよね?」と確認するかのように問われたから俺が頷くと、北沢は照れているのか暫く唇を噛んで俯いた。そして取ってつけたように、アリーナライブが終わった日の夜にここにやってきた事を語り始めた。
「……もしかして、その時ランニングしてなかったか?」
まさか、と思って尋ねると、北沢は驚いたように目を瞬かせる。その様子だけで俺の考えと現実がリンクして、思わず口元が緩んだ。奇遇にも、765プロのライブ後に俺もこの公園にも訪れていたのだ。そしてその時、凛とした強さと美しさを感じさせながら一心不乱に走る女の子の姿を、見惚れるように眺めていたのを今でもしっかりと覚えている。
「え? なんで分かったんですか?」
「それで入り口に立っていた男に、『何ジロジロ見てんですか』って毒吐いたり」
「ど、毒なんかじゃないですっ! そもそもなんで天ヶ瀬さんが、そこまで……あっ!?」
からかうようにちょっとずつ答え合わせをしていって、ようやく北沢も気が付いたようだ。北沢も驚いたように、だけど少しだけ嬉しそうに口角を上げて「あの時が初見だったんですね」と言った。俺も「そうみたいだな」と相槌を打ちながら、あの時からもう既に北沢に惚れ込んでいたことを知った。あの時に感じた北沢への不思議な感覚、あれは俗にいう『一目惚れ』というやつだったのかもしれない。
北沢が俺の瞳を真っ直ぐに見上げながら口を閉ざした。次は俺の番なのかと思って、初めて会った時から変わらない眩しい視線を向けてくれる北沢に、新たな決意を伝えた。
「……俺、315プロダクションに入ろうと思う」
そう口にした瞬間、遠くで芝生の上に降り立っていたカラスたちが真っ黒な翼を広げて大空へと飛びだって行った。小さな群れを作って、次第に遠のいてく黒い点を見つめながら北沢が言う。
「良いと思います。応援しますよ」
素っ気なくもなく、押しつけがましくもない、北沢らしい言葉だなと思った。961プロに行ってきたことも話そうかと迷ったが結局その話はしなかった。俺の胸の内だけに留めておけばいい話なような気がして、今話すのは少し違うような気がしたのだ。
この話は、いつかまた何かの拍子で適切なタイミングがきたら話そう。そう言い聞かせて、まだ暫くは胸の中で眠らせておこうと蓋を閉じる。
「北沢の言うように、インディーズでの一年もだし、961プロでの時間も絶対無駄じゃなかったと思う」
目を閉じれば961プロで過ごした時間も瞼の裏に浮かんでくるようだった。あれほどまでに憎くて、捨て去りたいとまで思っていた961プロの頃の思い出たちが、今では優しく俺に寄り添ってくれている事を実感しながら、目を見開いて一年前よりもぐっと近くに感じるようになった空を見つめてみる。僅かに残った雲たちがゆっくりと流れていくのを見て、その先で俺はどれだけの夢を叶えることができるのだろうかと物思いに耽った。
きっと今はまだ全てが未来形で、これからもまだまだ沢山の困難や試練が待ち受けているのだろう。315プロに入ったからといって全ての夢が望み通り叶うわけでもない。もしかしたら叶わない夢の方が圧倒的に多いのかもしれない。
だけど過去としっかりと向き合い、ケジメをつけることができた今の俺ならどんな壁だって越えていける。そんな雲の先に広がる未来に立ち向かう勇気を、胸の奥で永遠のように光る過去の思い出たちが与えてくれたような気がしていたのだった。
「……空、飛べそうだな」
ぽつりと口から溢れた絵空事に、北沢が「私もそれ思いました」と返してくれた。
––––あぁ、俺たちは今同じ空を見上げて、同じ事を考えてんだな。
今俺が見上げているこの空は北沢にとっても優しい場所なんだと、そのことに気が付くと胸が温かい気持ちでいっぱいになった。春はもうすぐそこまで来ているようだった。
★☆★☆★☆★☆
315プロに入ると告げた天ヶ瀬さんの顔は、気持ちがいいほどに晴々としていた。その表情にはもう迷いも未練もなくて、ただただ遠い空の向こう側を見つめていて、あぁやっぱりこの横顔が好きだなと、そんなことを私は考えていた。
「……空、飛べそうだな」
「私もそれ思いました」
世界の中心に二人で立って、空を見上げながらそんな途方もない絵空事を語ってみる。空を飛ぶなんてあまりにも馬鹿げた話で、叶いっこなんてないはずなのに、それでもこの人の隣に立って空を見上げると、そんな馬鹿げた不可能な話もあながち無謀な話じゃないように思えてくるから不思議なものだ。
暫く二人で空を見上げながら、私は天ヶ瀬さんとひたすらにもがき続けた今日までの日々を思い出していた。
私は誰の力を借りずにトップアイドルになろうと、天ヶ瀬さんはインディーズ活動のまま今後も続けていくべきかどうかで多分それなりに悩み、手探りで自分のこれからの行き方を探していたこの半年間。ようやく私たちはそれぞれの形で答えを見つけることができて、するとその半年間は途端にひどく懐かしい記憶の日々のようにセピア色に染まっていくような気がした。
––––だけど全部覚えている。今日までのこと。
天ヶ瀬さんとの思い出が一つも欠けていないことを確認して、私は一緒にだだっ広い世界の先を見つめる。これから先、何度季節が巡ってきても、こうして二人並んで空の向こう側に流れていく沢山の夢を見続けられますようにと願いながら。
ふと飛べそうなほど近い空から視線を落とすと、天ヶ瀬さんが私を見下ろしていたことに気がついた。天ヶ瀬さんはコートのポケットに両手を突っ込みながら、私の瞳の中の最深部を覗き込んでいる。その瞳を見て言葉を待っていると、私たちの間に春風が吹き抜けていった。その風を合図にするかのように、大きく息を吸って天ヶ瀬さんが口を開く。
「俺、北沢のことが好きなんだ」
「私もですよ。天ヶ瀬さんのこと、大好きです」
お互いに相手の気持ちを確かめ合って、静かに笑い合う。
雨を含んだ草木の匂いが風に乗ってツンと私の鼻についた。春風は私たち二人の新たな未来への入り口をさすように、優しく吹いていた。
ありがサンキュー!!!!!!!!!!