【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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二日間で6回WING敗退したのでニタモノドウシSE@SONⅡ初投稿です。


SE@SON TWO
EpisodeⅠ: 俺と私の福岡旅行


 

 

 ––––春。

 進学や就職、はたまた卒業や退職など、四季の中でも何かと目まぐるしく環境が変化する季節だ。そんな季節柄のせいもあってか、この時期を目安に何か新しい物事や挑戦を始めたり、心機一転新たな気持ちで自分を引き締め直す人も多いと聴く。そういった人たちの気持ちが分からないわけではなかったが、私は14年間生きてきて、春だからと言って何かが大きく変化するようなことは特にはなかったと思う。

 勿論、進級したりクラス替えがあったりと多少の環境の変化は私にもあったものの、それらがもたらす影響は大きいものではなかった。進級しようがクラスが変わろうが、私はいつも通り学校の授業に遅れないように勉学に励み、自分の目標のために今やらねばならないことをやるだけ。それは春だろうが夏だろうが変わらなかったから、特段春という季節に新鮮味を感じることはなかったのだ。

 だが、そんな私でも今年の春ばかりは違った。

 見上げる空は例年になく蒼く澄んでいるように映って、寒さを含んだ春風はいつになく優しく感じられて。か細い木々の先に宿った小さな蕾が花開いた姿を、初めてこんなに美しいと思った。

 自分の研ぎ澄まされた五感に戸惑う反面、その理由に大まかな見当も付いていて、今年の春を“特別”だと感じるのは、仕方のないことなのかもしれないとも思う。

 

「北沢!」

 

 高台の公園から春の日差しに照らされた街並みを見下ろしていた私の背後から、優しい春風に紛れて名前を呼ぶ声が聞こえてきた。ベンチから立ち上がって振り向くと、満開の桜の木々を背景にして大好きな彼が照れ臭そうな表情を浮かべながら私の方へとゆっくりと歩み寄ってきている。

 

「天ヶ瀬さん」

 

 思わず私もその名を呼び返し、芝生を蹴って彼の元へと駆け寄った。

 いつしか冬の厳しい寒さが和らいでマフラーを外し、コートも脱いで、そうやって新しい季節がゆっくりと動き始めた頃。私はジュピターの天ヶ瀬冬馬さんと正式に交際を始めた。

 

 

 

 

ニタモノドウシ SE@SON Ⅱ

 

 Episode Ⅰ : 俺と私の福岡旅行

 

 

 

 

 年が明けてから春が訪れるまでの数ヶ月、今年はいつになく様々なことが起こった時間だったなと思う。

 記録的大寒波が東京を襲った北沢の誕生日当日、父の死を知った北沢が吹雪の中で家出をしたこと。その北沢を家に連れて帰り一時的に一緒に生活をしたこと。初めて自分自身で作詞をしたPlanet escapeをライブで初披露し、偶然ライブ会場に訪れていた315プロの石川さんと齋藤社長に正式にオファーを受けたこと。そして過去の自分と決別をし、春風の吹く高台の公園で北沢に想いを伝えたこと––––。

 あまりに多くの出来事が慌ただしく起こった、年明けからの日々。

 だけどそんな忙しい冬を乗り越えて暖かな春を迎えて、俺たちの関係は昨年からは信じられないほどに大きな変化を遂げていた。

 

「福岡といえばやっぱり博多座ですよね。天ヶ瀬さんは何処か行きたいところとかないんですか?」

「そうだな、屋台に行ってみてぇ。屋台のラーメンってめちゃくちゃに美味いって評判だしな」

「屋台……、ですか。いいですね! なら屋台と博多座と、えっと他の観光名所は……」

 

 かつて北沢と一緒に過ごしたワンルームで、俺たちは小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。薄いカーテンからは春の日差しが差し込んでいて、俺たちに囲まれたテーブルの上に置かれた何冊もの観光雑誌たちは優しい陽だまりに照らされている。目の前で観光雑誌を忙しそうに捲る北沢は、出会った頃からは想像もつかないような無邪気な子供のような顔つきをしていた。

 961プロや過去の自分とのケジメをつけ、315プロへ入ることを決めたあの日。俺たちは互いに想いを伝え合い、正式に恋人として付き合うこととなった。付き合い始めたからといって今までと何かが劇的に変わるわけではなかったが、それでも恋人へと関係性を変えた北沢の存在は俺にとって大きな存在になって、こうして互いに休日を合わせて一緒の時間を共有したり、時に“トップアイドル”という夢を志すライバルとして切磋琢磨しあったり、そんな今までと大差ない平凡な日常の中でも十二分の幸せを感じ、そして未だ経験したことのないような暖かな気持ちに満たされるようになっていた。

 願わくば、北沢も同じ想いをしてくれていたらなと思う。

 

「にしても、やっぱり……」

 

 どうしても払拭しきれない後ろめたさからか、思わず北沢の表情に水を差すような言葉が口から出てしまった。慌てて口を閉じたものの、俺のぼやきが耳に届いていたのか、夢中になってページを捲っていた北沢のか細い指はその場で止まっていた。

 北沢は胸の内を汲み取っていたようで、俺に向けられた綺麗な顔つきの上には俺に対する同情半分、その上で「もう諦めてください」と言わんばかりに降参を誘うような表情が半分。どうやら今更ごねたところで、もうどうすることもできないらしい。

 

「まだ気にしてるんですか? 今回の件は母からの申し出なんで、天ヶ瀬さんは遠慮しないでくださいって何回も言ってるじゃないですか」

「そっ、そうは言われてもだな……」

 

 頭では理解していても全てを受け入れれるほど納得はできなくて、言葉の歯切れが悪くなる。北沢はそんな俺に嫌な顔一つも見せず、綺麗に整った眉をしかめて、困ったような笑みを浮かべるだけだった。

 

「母から今度は天ヶ瀬さんと二人で旅行に行ってきなさいって言われたんです。天ヶ瀬さんの費用も母が負担させて欲しいって聞かなくて」

 

 唐突にそんな話をされたのは、北沢から家族三人で焼肉に行った日の話を聴かされた後だった。

 

「……旅行?」

「はい」

「俺と北沢が? 北沢の母さんのお金で?」

「そうです」

「わりぃ、話が全然分からねぇんだけど」 

 

 どういう顛末で北沢の母が俺たちにお金を出して旅行に行ってこいなどと言い出したのか––––。

 まるで見当が付かなかった俺に、北沢は時折話しにくそうにしながらも、丁寧に順を追って説明してくれた。

 事の発端は俺が北沢の母から受け取ったお金を全額返金したことだったらしい。以前、北沢が家出をしていた一ヶ月ほどの間、俺は北沢の母の承認のもとで北沢を家に泊めたことがあった。その際にどうしても生活費の援助をさせてほしいと申し出た北沢の母の頑固さに負けて幾らかのお金を受け取っていたのだが、俺はそれを一円も使わず、北沢が家に帰る時に預けたのだ。このお金を北沢一家の関係修復のために使ってほしいという想いを込めて。

 だが、そんな良かれと思ってやった俺の行動が、逆に北沢の母に親としての示しがつかなくさせてしまったらしい。

 偶然とはいえ本来なら無関係なはずの俺を北沢家の問題に巻き込んでしまい、散々娘の世話までしてもらった挙句、その際に渡していたお金も丸々返されてしまった––––。頑固な北沢の母の性格もあり、何かしらの形で俺にお礼をしないと気が済まないと聞かなかったそうだ。

 

「母としても何かしらの形で天ヶ瀬さんにお礼がしたいんだと思います。気が引けるのも分かりますが、母の顔を立てる意味でも、どうか受けてもらえませんか?」

「ま、まぁ俺は全然大丈夫だけど……」

 

 彼女の母親のお金で旅行に行くという、前代未聞のシチュエーション故にあまり乗り気にはなれなかったが、かと言って北沢の母の立場を考えると断ることも気が引けて、結局俺は何ともいえない複雑な心境のまま北沢の提案を受け入れざるを得なかった。

 

 何故お礼が旅行なのか。

 そもそも年頃の娘の異性との県外旅行を親自らが薦めるのはいかがなものなのか。

 

 そんな心配も頭を過ぎったが、北沢曰く俺と交際を始めたことは母親に伝えていたみたいで、その上で今回の旅行を提案したのだから特に問題はないらしい。北沢の母も薄々俺たちの関係には勘付いてたのか、北沢の告白に特段驚いた様子も見せずにすんなりと交際を認めてくれたと話していた。旅行に行くことを勧めたことに関しては最後まで分からなかった。だけどその理由が分かったところで俺に拒否権はなさそうだったから、これ以上深く考える事はやめることにした。

 

「……でも楽しみですね、福岡」

「そうだな」

 

 行き場のないモヤモヤを抱える俺とは対照的に、テーブルに頬杖を付きながらそう口にした北沢の頬は、旅行に行く日程が決まってからずっと緩み切っている。かくいう俺も、純粋に北沢との旅行が楽しみな気持ちもあって、そのせいか普段は絶対に見せないような北沢の幼い表情に釣られるように、自然と口角が上がっていることに気が付いていた。

 

「あ、そうだ! 劇場に福岡出身の人がいるんですよ。明日のレッスンで一緒なので、色々と穴場を聴いておきますね」

「へぇ、そいつは心強いな。美味しい屋台のラーメン屋とか訊いててくれよ」

「ふふふっ、分かりました。ちゃんと訊いておきます」

 

 今にも鼻歌を歌い出しそうなほどに上機嫌な様子で、北沢は先ほどまでのとは別の観光雑誌を広げてパラパラとページを捲り始める。今日だけでも何回も目を通しているはずなのに、北沢はまるでクリスマスシーズンに届くおもちゃのカタログを見つめる子供のように、興奮した様子で次々に捲られていくページを追っていた。

 

(まぁ、せっかくだから楽しまねぇとなぁ)

 

 こんなウキウキな様子を見せられると、心にしこりを抱えている自分がとても無粋な気がしてくる。俺は北沢の笑顔を曇らせないようにと、胸に居座り続けていたモヤモヤを無理やりに隅へと追いやった。

 

「博多に着いたらまずはお昼ご飯を食べて、それから博多座に行って……。夜は屋台のラーメンだから中洲で、次の日は……」

 

 多分本人は無意識なのだろうけど、スマートフォンと観光雑誌を交互に見つめる北沢の綺麗な唇の奥からは独り言のように次々と旅行の計画が溢れ出ている。未だかつてないほど幼い姿を露呈している北沢を、俺は暫くの間微笑ましい気持ちで見つめていた。

 

 今回の旅行の目的地が福岡が決まったのは、ある意味消去法だった。

 と言うのも、せっかく旅行に行くのなら東京からなるべく離れていて、尚且つ今までお互いに行ったことのない都市に行きたい––––。そんな俺たちの漠然とした条件に一致する場所が、九州の福岡くらいしかなかったのだ。

 旅行の定番である北海道は俺が、京都や大阪などの関西は北沢が既に修学旅行で訪れていて、日本列島最南端の沖縄はあまりに費用が掛かってしまい(飛行機とホテルの値段の高さに思わず無言になった)、そうなってくるとこの小さな島国に残された観光地は絞られてしまう。四国や東北などの地方都市も幾つか候補に挙がったがイマイチ心惹かれるような名所が見つからず、最終的に『互いに一度も足を踏み入れたことがないから』といった投げやりな理由だけで九州へ行くことを決めてしまった。

 しかし、そんな半ば消去法のような形で選ばれてしまった今回の目的地ではあったが、観光雑誌で福岡の街を知れば知るほど、俺たちはあっさりとその魅力に惹かれていった。西日本有数の観光地として栄える福岡には豚骨ラーメンを筆頭にもつ鍋や明太子などの充実したグルメ、伝統的な祭りである博多どんたくや博多祇園山笠––––、そして福岡が持つ幾多の名所の中でも特に北沢の興味を強く引いたのが、九州最大規模の演劇施設である博多座だ。

 

「……あ、あの。もし良ければ博多座に行きませんか?」

 

 最初にそう申し出た北沢は、まるで顔色を伺うような上目遣いで俺を見上げていた。

 母の提案と言えども、強引に付き合わせるような形で実現してしまった今回の旅行だけに、北沢も自分の要望を主張することに対して少なからず心咎めがあったのかもしれない。だけど俺としても特に福岡で行きたいところがあったわけでもないため断る理由もなく、控えめに申し出た北沢に二つ返事で了承すると、すぐさま北沢は向日葵のような笑顔を浮かべて、両手を叩いて喜びを表現した。

 そして次に会った時には満面の笑みで何冊もの観光雑誌を抱えて来たのだから、よほど博多座に行けることが嬉しくで仕方がなかったらしい。

 

(そういや以前から演劇の仕事に興味あるって話してたよな)

 

 いつしかの会話をふと思い出し、すぐに北沢の異様なまでの張り切りように合点がいった。俺は正直そこまで舞台や演劇の仕事に興味があるわけではなかったが、それでも北沢と一緒なら関心のなかった博多座も楽しめるような気がしていたし、何よりこんな風に北沢の喜んでいる顔を近くで見れるだけでも十分俺は嬉しかった。北沢の嬉しそうな顔を見ているだけで抱えていたモヤモヤを押し潰すほどに幸せな想いが胸いっぱいに広がっていくのだ。

 その不思議な感覚が、心地良くて温かく感じられて、俺は好きだった。

 

「楽しみな気持ちは分かるけど」

 

 自分も無意識のうちに北沢と同じくらい頬が緩んでしまっているような気がして、慌てて咳払いを挟む。気持ちがすっかり東京から遠く離れた福岡に行ってしまっていた北沢が、焦点を合わせるように俺の方を向くのが視界の端に入り込んだ。

 

「まずは今週末だぜ。CDの発売イベントあるんだろ?」

「もっ、もちろんですよ。大丈夫です、ちゃんとこなしますから」

 

 慌てて現実に引き戻されたかのように、北沢の頬がシワなくピリッと引き締まった。

 今週末、765劇場では北沢含むデビュー第二世代組のCD発売イベントが予定されていた。昨年の秋に劇場で行われた第二回定例ライブで披露された北沢のソロ曲、“ライアー・ルージュ”だったが、実はあのライブから今日まで、ネット上でのダウンロード販売のみでCD化はされていなかったのだ。

 恐らくネット配信が主流になりCDが売れなくなったこのご時世、わざわざ知名度の低い新人アイドルの楽曲をCD化するのは費用対効果を考えてもあまり旨味がないと考えていたのだろう。だがその守りの姿勢も、北沢たちの前に定例ライブでデビューした春日未来、最上静香、伊吹翼の三人––––、通称“シグナル”の存在によって改めさせられることとなる。

 シグナルの一人である春日未来が田中さんも出演した“階のスターエレメンツ”で予想外の人気を博し、39プロジェクトの存在と共にその名を世間に広めることに成功したのだ。嬉しい誤算となった春日未来のブレイクは、今まさに始まったばかりの39プロジェクトの背中を押す絶好の追い風となった。

 この好機を易々見逃すはずもなく、765プロはすぐさま三人のソロ曲をCD化。それぞれの楽曲が店頭に並ぶと、ものの見事に三人揃ってオリコンチャート入り。その前例もあって、こうしてめでたく39プロジェクト第二世代である北沢たちのデビュー曲もCD化されて店頭販売されることが決まった……、というのが俺の大まかな推測だ。

 

「シグナルの三人、すげぇよな。デビュー時期から全然勢い衰えてねぇし」

「まぁ、確かにすごいですけど……」

 

 謂わばシグナルの三人は、39プロジェクトの稼ぎ頭のような存在だった。当然他のメンバーたちより、この三人は知名度は群を抜いて高い。ただ強すぎる光はか細い光を消してしまうように、現状他のメンバーたちは想像以上にブレイクしてしまったシグナルの三人の影に隠れてしまっている。

 北沢も例外ではなく、デビューこそしたもののシグナルの影に隠れてしまっている側の人間だった。そしてその三人は北沢と同世代。筋金入りの負けず嫌いな北沢のことだ、この三人に並々ならぬ対抗心を燃やすのは自然の流れだった。

 

「私、絶対に負けませんから。シグナルの三人にも」

「あぁ、応援してるぜ。でもあんまり気負いすぎるなよ」

「分かってますって」

 

 ギラギラした炎が綺麗な瞳に宿った、普段の見慣れた表情に戻ってそう口にした北沢だったが、それも数分ももたず、すぐにテーブルの上の観光雑誌へと目移りしてだらしのない表情に戻っている。

 

(本当に大丈夫かよ)

 

 内心そう心配しつつも、こうして普段は全く見せないような表情を俺の前で見せてくれることも嬉しくて。

 薄いカーテンを突き抜けて、春に陽だまりが差し込む昼下がり。俺はゆっくりと時間が流れるこの幸せな世界がいつまでも続きますようにと、そんな月並なことを考えていた。




投稿するする詐欺でもう十二月になってしまいましたが、やる気と時間が比例して確保できるようになってきたので今日から細々と投稿再開していきます。
SE@SONⅡでは主にSE@SONⅠでカットした話をメインに、プロット制作当初に考えていた別EDの方にくっつけて行こうと考えています。に加え、SE@SONⅠで行き場のなかったEXエピソードを幾つか(桃子ところめぐ、翼もいければ)ブッ込むつもりです。
と言いつつも、本編は全4話予定。あんまり長くはならないと思いますが、是非引き続き楽しんで行ってくれよなぁ、なんでもしますから〜(爆死するとは言ってない
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