【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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先日今年N回目のブリーチをしたら、毛先だけが完全に逝って真っ白になり浅◯透のような変なヘンテコな髪色になってしまったので初投稿です。




 握手会から二日後に訪れた福岡旅行は、全く予想だにしていなかった険悪且つ壊滅的な雰囲気のまま幕を開けることとなった。

 

「お、おはよう!」

「…………おはようございます」

 

 東京駅で待ち合わせてからバスで成田空港へ向かい、そして成田空港の国内線から飛行機で福岡に到着するまでの間、私たちが交わした言葉のはこの東京駅での一回のみだ。それ以降、私たちは互いに無言のまま、数日前に嬉々としながら計画した予定に沿って黙々と行動している。勿論、そこに愉快だったり仲睦まじいといった雰囲気は微塵も存在しておらず、それどころか私たちの雰囲気は時間が経てば経つほど、飛行機が西に向かうにつれて世紀末への一途を辿っていくかのように重くなる一方だった。

 私とて、今の状況がよくないことくらい分かっている。そして、今の状況を打開する為にまずは私が寛大な心を持って歩み寄り、彼の言い分を聴くことから始めなければいけないことも。

 頭ではそう理解していても、実際問題それができるかどうかは別の話だ。それができないからこそ、こうして二人で和気藹々と建てた計画を終始無言のまま遂行するという摩訶不思議な現象が起こっているのだから。

 

(……本当にどうすればいいのかしら)

 

 内心ではそう思いつつも、私の行動は明らかに矛盾していた。私は今朝からあからさまに不機嫌な態度をとり続けて、一方的に天ヶ瀬さんを拒絶している。天ヶ瀬さんと仲直りをしたいと思う自分と、私ではなく琴葉さんを選んだことに対して怒りを覚える私とがぶつかり合っていて、恐らく後者が一歩リードしているが故に、こうして天ヶ瀬さんと眼を合わせることができないでいるのだろう。

 成田空港を離陸してからの二時間半の時間、私は窮屈な機内で、ただひたすらに今の最悪な現状を打破する糸口を求めて、窓の外に広がる真っ白な雲たちを見下ろしていた。だけど窓の先には汚れのない真っ新な雲の海が続いているだけで、当然御都合主義の解決策なんて落ちているはずもなく、私たちは無言のまま福岡に降り立った。

 

「……まずは、博多座だったよな?」

 

 地下鉄福岡空港駅の切符売り場の前で自然と足を止め、天ヶ瀬さんがおもむろにそう言った。不意に声を掛けられた私は慌てて俯きながら頷くと、天ヶ瀬さんは「そっか」とだけ返して、見慣れない路線図と睨み合いを始める。

 ––––あぁ、嫌だな。

 彼の大人びた横顔を見ていると、彼の綺麗な瞳に映る自分の姿が安易に想像できて、途端に自分で自分が嫌になってきた。

 本当は素直になりたいのに自分の気持ちを表現しようともせずに一方的に相手を拒んで、そうやって私はどうにかして自分のチンケなプライドを守ろうとしている。一日でも早く大人になりたいと願っているのに、実際はその想いとは正反対の子供じみた言動ばかりだ。

 もしかしたら私は勝手に嫉妬して一方的に天ヶ瀬さんを突き放したライアー・ルージュの時から何ひとつ成長していないのかもしれない。

 

 それからまた暫く、私たちの間には静寂と呼ぶにはあまりにもピリピリとしすぎていて、気を抜けば息を詰まらせてしまいそうになるほどの重い沈黙が続いた。一向に修復の余地を見せないまま最初に訪れたのは、東比恵、博多、祇園と見慣れない駅名を通過した後に下車した中洲川端駅前に佇む西日本最大級の呼び名高い演劇専用劇場、博多座だ。

 中洲の街の代名詞でもある屋台を彷彿とさせるような大きな提灯が設置されている博多座の入り口に初めて立った時、思わず気抜けしてしまいそうになった。周囲のビルたちに埋もれてしまっている灰色の建物はお世辞にもスケールが大きいとは言えず、ここが“西日本最大級”という形容詞に相応しい劇場には到底思えなかったのだ。

 

 ––––なんだかなぁ。

 

 イメージしていたのと全く違う外装に、溜息が溢れる。

 天ヶ瀬さんとの雰囲気も然り、圧倒的に期待外れ感が強い博多座も然り。何かとこの福岡旅行は私の思うように事が進まないことばかりらしい。

 失望の重りを抱えたまま博多座の門を潜った私だったが狭い劇場に入ってから程なくして、すぐにそんな憂鬱は何処かへと遠く吹き飛ばされると共に、とてつもなくインスパイアされることとなった。

 

 

 私たちが観劇した舞台は、混沌とした幕末の時代に翻弄された新撰組の時代劇だった。

 まさに「滅びの美学」の代名詞として知られる新撰組については互いに義務教育で学んだこともあって最低限の知識があったこと、そして主役である近藤勇を演じる役者がドラマや映画などでも活躍する大物俳優だったことが決め手となって、博多座に行くことが決まった時点で新撰組の舞台を観劇することは双方一致で決まっていた。

 物語は江戸での新撰組の結成時から始まり、京で名を挙げるキッカケとなった池田屋事件、新撰組の運命を大きく狂わせた鳥羽伏見での激戦を経て局長である近藤勇が新政府軍に処刑される場面で幕を閉じた。時間にして僅か一時間半、だけどその僅かな時間で私は演者たちの迫真の演技に心をがっしりと掴まれ、想像とは違った博多座の姿も、握手会から続く天ヶ瀬さんとの気まずい空気も、息をすることさえも忘れるかのように物語にのめり込んでいった。

 想像以上に心の底から楽しめた物語の中でも特に私の目を引いたのは、原田左之助の嫁である原田まさだ。

 原田まさは、一言で表せば“強い”女性だった。

 鳥羽伏見に向かう最愛の夫を見送ったのが今生の別れになるとも知らず、ずっと戦乱の続く京で残された子を育てながら帰りを待ち続けた。敗走を続ける新撰組の関係者として幾度となく新政府軍から厳しい取り調べを受けても口を閉ざし、どんなに辛い処遇を受けても最後の最後まで前向きに夫の帰りを信じて前向きに待ち続けるその姿は儚くも美しくて、私の心を何度も何度も強く叩き続けた。

 前向きで底抜けに明るくて、だけどその胸に秘めた想いは絶対にブレなくて。

 どれだけ周りに夫を批判されようが、拷問を受けようが、それでもひたすらに自分の想いを貫いて夫の帰りを待ち続けて。

 

“自分が好きになった人なんだから、何があっても自分が一番に信じてあげないとダメに決まってんじゃない!”

 

 物語終盤、新政府軍への謀反を企てた犯罪者として新撰組が京で次々と晒し上げられた際、原田まさがそう叫んだシーンはとりわけ印象的だった。

 

 あぁ、そうだ。全くもってその通りだと思った。

 どうして私はそんな当たり前で簡単なことができなかったのだろう。

 自分が本気で好きになった人が私に伝えてくれた好意を疑ってしまったのだろう。

 どうして言い分も聴かずに拒絶し続けていたのだろう。

 拒絶し続けたところで、その先に二人が納得できる未来がくることは絶対にあり得ないのだから。

 逆境の中でも想い人を信じ続ける原田まさの凛とした強さに、私は今自分が何をするべきなのか、天ヶ瀬さんとどう向き合うべきなのかを説かれたような気がしていたのだ。

 

 原田まさを演じる役者の実力も相まってか、彼女のセリフや生き様の一つ一つが私の胸に突き刺さって、いつしか私は他の演者やそれこそ近藤勇役の大物俳優の姿でもなく、ただただひたすらに原田まさの姿だけを追うようになっていた。

 私の視線を奪った原田まさを演じる役者は、ざっと見た感じでは二十歳前後くらいだろうか。観覧席の遠目から見てもはっきりと確認できるほど目鼻立ちが整った綺麗な顔立ちをしており、演技力は勿論ルックスを見ても脇役に留めておくのは惜しいほどの存在感を兼ね備えている。動作や仕草の一つだけでもまるで神経の端にまで感情が込められているかのように一ミリの狂いもなく洗練されていて、ステージ上には確かに幕末の世を生き抜いた原田まさの姿があって、その佇まいは思わず言葉を失って見惚れてしまうほどに美しく、完成された姿だった。

 そのあまりに人間離れした役者の佳麗な姿に、何度も魂が震えた。

 こんなに人は誰かを情熱的に、感情的に演じれる事ができるのだろうか。

 少なくとも今まで様々な劇場に足を運び多くの演劇を観てきたが、ここまでの衝撃を与えた役者に私は出会ったことがなかった。

 

「…………北沢?」

 

 新撰組が生き抜いた幕末の時代にすっかりとタイムスリップしていた私の意識は、天ヶ瀬さんの声で現代に呼び戻された。

 いつの間にか舞台は終演を迎えており、場内はカーテンコールが巻き起こっていた。周囲の人たちは席を立ち、一時間半もの時間で新撰組の勇姿を演じ切った役者たちに精一杯の拍手を送っている。その拍手に応えるように役者たちが再度ステージ上に現れて、横一列に並んで頭を下げていた。

 

「大丈夫か?」

 

 私をぼんやりと見つめる天ヶ瀬さんの瞳が私の頬に向けられていた。その時になって初めて、私は涙を流していることに気が付いた。

 

「す、すみませんっ! 思わず見入ってしまっていて……」

「……面白かったもんな。ほらっ、これ使えよ」

「ありがとうございます」

 

 微笑ましく笑う天ヶ瀬さんからハンカチを受け取って、私は慌ててハンカチで溢れ出てくる涙を拭う。だけど涙を止めようとする度に原田まさの姿が頭に浮かんで、優しいハンカチの薄い生地は瞬く間にバケツに突っ込んだ雑巾のように水分を含んで重くなってしまった。

 せっかく莉緒さんが教えてくれたメイクをしてきたのに、ここまで泣いてしまっては台無しだ。

 そう思いつつも、私の胸の内では春先に天ヶ瀬さんと想いを伝えあった日の青空のように爽快感溢れる蒼色の空が広がっていて、妙に清々しい気持ちが心地よく居座っていた。素敵な物語ほど終わった後の余韻が残るものだと言われているが、今私たちが見終えた新撰組はその余韻がダントツだった。今まで数多くの映画やドラマ、小説や演劇などで幾多の物語に触れてきたが、ここまでの爽快感と余韻を残した作品に私は出会ったことはなかったと思うほどに。

 

 ––––演劇で、ここまで人の心を動かせるものなんだ。

 

 潤んだ視界でステージに立つ原田まさの姿を追いながら、私はそんなことを考えていた。

 天ヶ瀬さんとの一件が尾を引き続け、あれほどまでに窮屈で行き場のないモヤモヤが胸いっぱいに広がっていたのに、不思議と今はそれほどまでの窮屈感を感じられなかった。今なら一方的に拒絶をするのではなく、天ヶ瀬さんの言い分に耳を傾けることができるかもしれない。

 私の心を鷲掴みにし、多くの悩みを追憶の彼方へと吹き飛ばしてくれた原田まさは、端整な顔立ちをくしゃっと崩したように笑いながら、何度も何度も手を振りながらカーテンコールに応えていた。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆ 

 

 

 

 

 会場を出てすぐにトイレで化粧直しをして、すぐに売店でパンフレットを購入した。原田まさを演じていた役者の素性が気になったのだ

 パンフレットの最後のページには今公演で最も注目を集めた近藤勇役の俳優の写真がデカデカと掲載されていたが、その写真には目も暮れず、端に箇条書きでまとめられた役者一覧の中から原田まさの名前を探す。チラホラと見覚えのある名前がずらっと並ぶ中、下から三番目の行に探し求めていた演者の名前がひっそりと書き記されていた。

 

「……速水奏、さん」

 

 独り言のようにその名を口に出してみる。今まで一度も見たことも聴いた事がない名前だ。

 そもそも原田まさ自体が脇役だったせいか、演じていた速水奏さんの細かなプロフィールは一切載っていない。

 不思議な感覚だった。

 あれほどの演技が出来るのに、速水さんはほぼ無名同様の扱いをされている。どの役者よりも一際強い煌めきを持っていたのに、まるで誰もその輝きに気が付いていないかのように。

 

 しっかりと余韻が刻まれつつも、狐につままれたような感覚を抱えたまま劇場を出ようとすると、入り口には人集りが出来上がっていた。その中でも一際人が集中する一点から時折悲鳴に近い歓声なども上がっていて、この人集りが演者のお見送りなのだとすぐに察する事ができた。

 もしかしたらと思い立った私は近藤勇役の俳優に大勢の人が押し寄せる中、原田まさを演じていた速水さんの姿を探す。そして出口の端っこの方で誰の目に留まる事なく笑顔でお客さんを見送る速水さんの姿を視線が捉えた。

 

「すみません」

 

 気が付けば私はその足を動かして、綺麗な横顔に声をかけていた。

 速水さんは少しだけ驚いたように眉をピクリと動かせ、私の方を振り向く。

 

「あら、どうしたの?」

「あ、えっと……、その……」

 

 品のある驚き方をした速水さんに優しい声でそう問われ、言葉を詰まらせてしまった。

 間近で観た速水さんは観覧席から眺めていたのより遥かに整った顔立ちをしていて、まるで職人の手によって手作りされたビー玉のような、研ぎ澄まされた透明感を持つ瞳をしていた。そして何より人を惹きつけるような圧倒的なオーラがあって、同じ人間とは思えないほどに不思議な魅力を秘めている。

 そんな速水さんの前で、私はすぐさま思考が停止してしまい、頭の中で考えていた言葉や伝えたかった想いは瞬く間に消失してしまった。

 

「もしかして舞台、観てくれてたの?」

「えっ? あ、あっ、そうです!」

 

 少しだけ首を傾げながら、そう訊かれ慌てて首を縦に振る。

 すると途端に速水さんの顔は花開くように、屈託のない笑みを浮かべた。

 

「嬉しい〜、ありがとう! どう、面白かったでしょ?」

「はいっ! とても面白くて感動しました」

「ふふふ、そう言ってもらえたら役者冥利につきるわ。鬼みたいにキツイ稽古、頑張った甲斐あったみたいでよかった」

「そ、そんなに大変だったんですか?」

「そりゃあもう、スパルタよ。心身ともにみっちりとしごかれたんだから」

 

 高嶺の花のような見た目とは裏腹に、速水さんは演じていた原田まさ同様に優しくて気さくな性格の人だった。喜怒哀楽の色を頻繁に切り替えながらよく喋ってよく笑い、初対面でいきなり声をかけてきた私にもまるでクラスメイトと接するようにフランクに話しかけてくれたおかげで、すぐに私は全身を縛っていた緊張から解放されることができた。

 速水さんと話をできたのは僅かな時間だったが、私はその短時間で速水奏という人間にあっという間に心惹かれていった。

 優しくて初対面の人とでも円滑にコミュニケーションを図れて、そして観る者のハートをガッチリと鷲掴みするような圧巻の演技をすることができる。まさに、私が持っていないモノを全て持ち合わせた完璧な人間だ。

 どうやったら私は速水さんのようになれるのだろう。

 私が抱いたのは、劣等感や敗北感ではなく、ただただ純粋なまでの憧れ、羨望。

 それこそ私が初めて天ヶ瀬さんを知った時と同じような、尊敬に近い感情を私は速水さんに抱いていたのだ。

 

「あの、今日は本当に素敵な演劇、ありがとうございました」

  

 あまり長く居座りすぎると迷惑になると思い、後ろ髪を引かれる思いであったが私は最後に一番伝えたかった想いを告げて、深々と頭を下げた。

 

「ううん、こちらこそ観に来てくれてありがとう!」

「……速水さんの演技、とても素敵でした。応援しているので、これからも頑張ってください」

 

 一瞬、私も演者を志していることを伝えようか迷ったが、結局口にはしなかった。

 今の凡人みたいな私が速水さんと同じ夢を語ることがあまりにもおこがましいと思ったからだ。

 

「本当にありがとう。……貴女も頑張ってね。私も応援してるから」

 

 だけど速水さんは私の隠した野望を見抜いているのかもしれない。綺麗な瞳で私たちを見送ってくれた速水さんを観ていると、不思議とそんな気がした。

 神懸かっていたステージ上での速水さんの姿を決して忘れぬよう大事に大事に抱えたまま、私たちは博多座を後にした。この時にはもう、数時間前までに抱えていたモヤモヤたちは影も形もなくなっていた。




全然歴史オタとかじゃないけど大河ドラマの新撰組は普通に面白かったゾ
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