【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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あ、そうだ(唐突
今日はBlooming Cloverの発売日だゾ




 冷房が効いた店内には、ゆったりとしたBGMが流れている。

 極端に窓が少ないせいか陽の光はあまり差し込まないが、暗いトーンのカラーで統一された内装が薄暗い雰囲気と程よくマッチしていて、上品で落ち着いた空間を作り上げていた。

 まだお客さんが誰もいない店内を見渡し、素直に素敵なお店だと思う反面、中学生の私にとってこんなオシャレなお店は不釣り合いなようにも思え、妙に気持ちがソワソワして落ち着かなかった。

 こんな気分になるのなら早く来るべきじゃなかったなと、少し後悔しながら何度も手鏡で前髪を確認する。鏡に反射して見えたシンプルな掛け時計の針は、待ち合わせの時間の二十分ほど前の位置を指していた。

 

 

 Twitterで私の写真がアップされていたことを知った月曜日の夜。 

 天ヶ瀬さんにどのように今回の事の顛末を伝えようかと頭を悩ませていた私は、ふとある事が気になって、インターネットで“天ヶ瀬冬馬”について調べることにした。人気絶頂期の時に事務所を辞め、その後全く姿を見せなくなったジュピターは今どこで何をしているのか––––、全く公にされていない天ヶ瀬さんたちの“今”が、興味本位に駆られたのだ。

 彼らの情報はすぐに出てきた。検索結果の一番上に表示されていた、大手動画配信サイトに投稿されていた彼らのウェブインタビュー動画。僅か10分にも満たない動画内で、表舞台から姿を消したジュピターの現在が本人たちによって赤裸々に語られていた。

 現在所属事務所はなし、今後事務所に所属する予定もなし、ライブやイベントは小規模ではあるが東京を中心に今でも不定期で開催しているそうだ。

 インディーズで活動しているため当然スポンサーがなく、最年長の伊集院北斗はジュピター結成前にモデルをしていた事務所で、中学生の御手洗翔太は早朝の新聞配達、天ヶ瀬さんは飲食店の厨房とたまに稼働する単発のイベントスタッフ、そんな風に各々がバイトで稼いだお金と、僅かに出るイベントの黒字を資金に、細々と活動をしているのだと語っていた。

 

『961プロの時と比べると、かなり苦労もして大変だと思うんですけど。それでも今後事務所に入るつもりはないのでしょうか。そちらの方が安定すると思うのですが……』

 

 動画の終盤、3人の懐事情の話を聴いたインタビューが少しだけ言いにくそうな表情でそう尋ねた。

 確かにインタビュアーが言うように、ある程度基盤がしっかりしている事務所に所属して活動をするのと、自らで全てを管理するインディーズではかかる手間暇は雲泥の差だ。ジュピターほどの知名度があるなら、所属事務所だってすぐに見つかるはずなのに、敢えて過酷なインディーズ活動に身を置き続ける理由が理解できなかったのだろう。

 そんな疑問を投げ掛けられた3人は、不愉快そうな顔一つ見せずに笑っていた。誰の目にも大変な環境なのは間違い無いのに、苦労を感じさせるどころか、寧ろ活き活きとした表情を浮かべながら。

 

『確かに大変だって思う時は沢山あるけど、それ以上にやり甲斐も手応えも感じてるんだ』

 

 曇りのない眼差しで、天ヶ瀬さんはキッパリと言い切った。

 彼らがどうして人気絶頂期に事務所を辞めたのか、そして何故事務所に属さず茨の道であるインディーズ活動にこだわるのか。その真相は分からなかったが、当の本人たちの表情からは一ミリも迷いが感じられなかった。

 その姿がとても眩しかった。自分たちの選択は間違っていない、と言わんばかりの確固たる強い意志を感じさせる姿はとても魅力的に輝いて、何故か私の胸を無性に激しく打ち続ける。

 そして、

 

『俺たちジュピターは自分たちの実力を100%発揮できる今の場所から、今度こそ自分たちの実力でトップアイドルになれるよう再出発を測ってんだ。絶対に戻ってくるから、それまでファンの皆は待っていてくれ』

 

 インタビュー動画の最後に天ヶ瀬さんが口にした宣誓が、私の胸を貫き、心を震わした。

 誰かの力を借りてではなく、自分の実力を証明してトップになる––––。そう宣言したジュピターの3人に、私がずっと追い求めていた“憧れ”が重なって見えたのだ。

 

 父が姿を消したあの日から、私は誰かに守られるだけではなく、自分の力で生きていけるような強い大人に憧れるようになった。例え身体中が傷だらけになったとしても、それを強さのエビデンスとしてひたむきに走る続けるほどに強くなれれば、自分の大切なものを守れるようになるはずだと。そして誰よりも輝く存在になれば、いつか姿を消した父の目にも私の姿が届くかもしれない––––と、その一心で私はアイドルの世界に身を投じた。

 だけどアリーナライブでの春香さんの背中を見たあの日から、強かったはずの私の想いには迷いが生じていた。私の考えは間違っていたのではないか、そう自問自答を繰り返す毎日。その答えは、春香さんの背中を追うように765プロに入った今でも見つかっていない。

 

「……天ヶ瀬さんなら、正解を知っているのかな」

 

 動画が終わり、真っ暗になった画面に独り言を投げかける。

 真っ暗なスマートフォンの画面には、大きなショッピングモールで迷子になった子供のような、困惑した表情の自分が反射していた。

 そんな弱々しい自分の表情を暫く見つめた後、ふと思い出した父の言葉に背中を押されるようにして、私は天ヶ瀬さんの電話番号を携帯に入力して、発信ボタンに触れた。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 少しだけ重い木製のドアを開けると、すぐに待ち合わせの相手の姿が目に飛び込んできた。綺麗な黒髪を一つに束ねた眼鏡姿の少女は、俺に気が付いていないのか閑散とした店内の奥の席でスマートフォンを熱心に操作している。客が誰一人いないカウンター越しで俺の方を見ながら意味深に笑う中年のマスターに軽く会釈をして、俺は少女の元へ向かった。

 「少しお話ししたいことがあります。近々何処かでお会いできませんか」、北沢から唐突にそんな旨のメッセージが届いたのは、電話がかかってきた月曜日の夜、証拠としてショートメッセージでスクリーンショット送られてきて暫く時間が空いた頃だった。急な誘いに不審に思ったが、俺は彼女の誘いを承諾した。警戒していないわけではなかったが、公園で見た真面目な人間性から、変な下心があるような誘いには思えなかった。

 「今週の土曜日の朝大丈夫か?空いてたらここの店で」、北斗が以前バイトしていた馴染みのある店の住所を送ると、北沢から「分かりました」と素っ気のない返事がきた。それ以降、北沢からのメッセージでスマートフォンが揺れることは一度もなかった。

 

「わりぃ、待ったか?」

「あ、いえ。全然大丈夫です」

 

 北沢はそう言ってスマートフォンを鞄に戻したが、底をつきそうなほど減っている彼女のグラスの水に俺は気付いていた。俺も結構早めに来たつもりだったのに、相変わらず真面目な奴だなと思いつつ、俺も椅子に腰を下ろす。すると北沢は急に落ち着きなく、しきりに周囲を確認するようにキョロキョロし始めた。

 

「心配すんなよ、ここは大丈夫だって。北斗が前バイトしてた店で、俺らもよく利用するとこなんだ」

「あ、そうだったんですね。それなら安心しました」

 

 少しだけホッとしたように、北沢は眼鏡を外す。先日の一件もあって、彼女なりに対策をしてきていたらしい。

 北斗ってのは金髪のキザな奴の方な、と付け加えて、テーブルの隅に立て掛けられていたメニューを掴んで北沢に差し出した。知ってます、と答えた北沢は受け取ったメニューをテーブルの上に広げる。

 俺の目の前で真剣な眼差しでメニューを睨む北沢は、色白で目鼻立ちがキリッとした綺麗な顔をしていた。長いまつ毛の下の瞳は妖精のように美しくて、思わず見る者を取り込んでしまいそうな、そんな不思議な色気が秘められている。

 胸の奥から何かが込み上げてくるようにドキドキした。初めて会った時は何も惹かれるものがなかったのに、“765プロ所属アイドル”という肩書きのせいだろうか。

 

「天ヶ瀬さんもメニュー、見ますか?」

「いや、俺は決まってるから。大丈夫だぜ」

 

 彼女の持つ肩書きを差し引いても、彼女の容姿は整っていた。もし同級生の中に北沢がいたとしたら、男から引く手数多だろうなと、想像を膨らませつつ、俺はカウンターの方へ振り返ってマスターを呼ぶ。俺の「いつのも」というオーダーに呆れたような表情を浮かべるマスターに、北沢はアイスコーヒーを注文した。

 

「……それでもビックリしたぜ。まさか765プロのアイドルだったなんてな」

 

 テーブルから離れていくマスターの背中を眺めつつ、俺はそう口にした。

 月曜日の夜に北沢から電話がかかってきて彼女が765プロ所属アイドルだと初めて知った後、俺は週末に何気なく目を通していた765プロアリーナライブのニュース記事を再度読み直した。記事内に掲載されていたのは天海たち765ALL STARSを被写体にした写真ばかりだったが、数枚だけ彼女ら以外にレンズを向けた写真もあり、その中には確かに北沢の姿が映っている。記事の下にまとめられていたキャストの欄にも、“北沢志保”の名前が組み込まれており、にわかに信じ難かった彼女の話が紛れもない真実なのだと証明していた。

 

「別にアイドルってほどではないです。まだ候補生で、そもそも765プロに入ったのもつい最近の話ですから」

「そうなのか?」

「えぇ、39 Projectに入ったのもアリーナライブが終わってからなので」

「お、お前! 39 Projectのメンバーだったのかよっ!?」

「そうですけど。それがどうかしたんですか?」

「……いや、なんでもねぇ」

 

 乱れた心を隠すように、俺は慌てて水の入ったグラスに手を伸ばした。

 39 Projectのオーディションには、765ALL STARSに憧れる凄まじい数の少女たちの応募が殺到したと聞く。実際にはスカウト組もいるのだろうけど、その高倍率の中から合格を勝ち取った39人は正にエリートと言っても過言ではないほどだった。

 だが当の本人はまるでそんな素振りを見せず、765プロ所属の肩書きに自惚れるわけでもなく、むしろまるで興味がないと言わんばかりのドライな言い方だった。心底不思議な奴だなと思った。39 Projectに選ばれた自分を高慢に思うこともなければ、アイドルになる奴にありがちな強烈な承認欲求も感じられない。これだけ端正な顔立ちをしているのだからそこそこモテるのだろうけど、恋愛ごとや異性にも関心があるように思えない。北沢はそういった若い子たちが異様に気にしているモノにはまるで興味がなさそうな人間に映ったのだ。

 だとしたら北沢は何故アイドルになったのか。そんな疑問が湧いてきたタイミングで、マスターがトレイを持って戻ってきた。ほろ苦い香りがが漂うアイスコーヒーとミルクを北沢の前に、「甘いモノもほどほどにしとけよ」と念を押してアイスが乗せられたメロンクリームソーダを俺に置いて、マスターは踵を返した。北沢は目の前に置かれたアイスコーヒーに手もつけず、呆気にとられた様子で俺のメロンクリームソーダを見つめている。

 

「……なんだ? お前もメロンクリームソーダ飲みたかったのか?」

「ち、違いますよ! ただ、意外なモノを頼むんだなと思いまして」

「意外で悪かったな、美味いんだから仕方ねぇだろ」

「天ヶ瀬さんって、子供っぽいところもあるんですね。ドライなイメージがあったので少し驚きました」

「子供っぽいってか、俺まだ高校生だし」

 

 確かにそうですね、と言って北沢は顔を崩して笑った。ピンと張り詰められていた表情筋が緩んだのと同時に、バリアを解除したかのように北沢の周りに漂っていた堅い空気がほぐれていく。お世辞抜きにも感情が豊かだとはいえない、ぶっきらぼうな北沢の表情は、笑うとすごく幼い顔つきに変化した。

 ミルクをコーヒーの中に染み込ませ、細い指で握ったストローがグラスの中の色を変えていく。そんな何気ない仕草も、北沢がすればものすごく上品な仕草のように見えた。妙に心の中がかき乱されていくような気がして、俺は本題を切り出す。

 

「それで、話ってなんだよ」

 

 俺の言葉に、北沢の幼い顔つきが真顔に戻っていくのがなんとなく分かった。ミルクが浸透して小麦色になったグラスの中を、カラカラと力のない音を立てながらストローで掻き混ぜている。それも飽きたのか、今度は困ったように下を向いて人差し指で頬を撫で始めた。

 沈黙が訪れた店内に何処かで聴いたことのあるような名前の知らないクラシックが曲が響き渡る。暫く流れていたクラシック曲の音が次第に遠くなっていって余韻を残しながら終わり、刹那に訪れた無音の時間だった。ずっと無言のまま言葉を探していた北沢は、ポツリと弱音を吐くように口を開いた。

 

「…………私、天ヶ瀬さんのようになりたいんです」

 

 相変わらず言葉不足な北沢のセリフ。

 一瞬だけ時間の止まった世界の針を急ぎ足で進めるかのように、店内にはポップジャズが流れ始めていた。

 

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