【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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箱崎星梨花はカワイイ。
カワイイので初投稿です。




 ユニット活動が行き詰まっていると相談した時、冬馬さんは「自分が正しいと思うことを貫けば、自ずと結果は付いてくる」と言っていた。

 もっと具体的な解決策を期待していた私にとって、その言葉はひどく見当違い且つ無責任な言葉にしか聴こえなかった。だけど冬馬さんは私みたいな無名アイドルなんかより遥かに実力もキャリアも豊富で、もしかしたらあの発言も今まで幾多のステージを成功させてきた経験値から裏打ちされたモノなのかもしれない––––。

 そんな予感があったからこそ、納得はいかなかったけれど、冬馬さんの言葉を信じてみることにした。そして信じた結果が、これだ。

 堰を切ったようにステージ上で泣き叫ぶ星梨花、ステージ上で蔓延しているのは一切の希望を感じさせない絶望感。自分が正しいと思ったことを貫いた結果、私が辿り着いたのは最悪な結末だった。

 

「うっ、うっ……。本当にごめんなさい……。私が、わたしが……」

「星梨花ちゃんだけの責任じゃないんだから。ほら、泣かないで」

「そうだよ、麗花ちゃんの言う通りだって!」

「でも、でもっ! 私がずっと足を引っ張ってきたから……」

 

 公演二日前、最初で最後のリハーサル。

 ユニット結成時から一度たりとも足並みが揃わないまま、本番と同じステージに立った私たちが披露したのは、今まで何時間もレッスンを費やしてきたとは思えないほどの、お粗末なパフォーマンスだった。

 まるで匙を投げるかのように大きな溜息を吐き、何も言わずに会場を去っていったトレーナー。

 未だかつて見たことのないような険しい表情で、腕組みをしたまま虚空を睨むプロデューサー。

 二人の様子から、私たちは二日後に迫ったバッドエンドをもう回避することはできないのだと悟った。そして、その拍子にステージ上でとうとう星梨花が泣き出してしまったのだ。

 

「本当にごめんなさい、本当にごめんなさい……」

 

 茜さんや麗花さんの言葉には一切耳を傾けず、星梨花はとめどなく涙を流しながらひたすらに謝り続けている。そんな星梨花の様子を、私と静香は何も言えずに、ただただやるせない想いを抱えたまま傍観し続けることしかできなかった。

 ユニットが始動した時から、星梨花の体力不足は課題の一つだった。

 とは言え星梨花はユニット内では最年少、もともと基礎体力に自信がある方ではないことも皆が理解していたことだ。その上で私たちは誰もが、体力不足はレッスンを重ねていけばそれなりに補えるはずだし、何より星梨花自身もどうにかして私たちに追いつこうと自主的に努力も続けていたのだから、いずれ解決するだろう––––と、そんな安易な考えを持っていて、さほど重要視はしていなかった。

 だがそんな楽観的思考は物の見事に裏切られ、星梨花の体力不足の問題は思っていた以上に改善されなかった。いや、正確には改善されなかったと言うより、新たに勃発した問題がその成長を妨げる形になってしまったという方が正しいのかもしれない。

 

「間奏のダンスはもう少しコンパクトにしましょう。そうじゃないと呼吸が合わないわ」

「ちょっと待ちなさいよ! コンパクトにするって、それ本気で言ってるの?」

 

 ある日のレッスン中、私と静香が衝突した。その衝突の根底にあったのは、星梨花の体力不足だった。

 星梨花がどうしても二度目のサビが終わった直後のダンスで息切れをしてしまう。その後全員で歌うCメロが控えているのだが、激しいダンス直後だけに、星梨花だけが呼吸を整えることができずに安定した声を出せなかったのだ。

 この時既にユニットレッスンが始まって既に三週間が経過し、星梨花も一生懸命に頑張っているとはいえ改善の兆しが見えないことには私も少しだけ不安を抱いていた。だが今回の楽曲で間奏の激しいダンスは特徴の一つであり、故にこの部分を妥協してしまうと、必然的に楽曲全体のクオリティはガクッと下がってしまうことになる。ダンスの何度位は極端に上がる部分ではあるが、楽曲のイメージと完成度を踏まえると、安易に妥協なんてことは絶対にしてはいけないことだと考えていた。

 静香もそのことは当然分かっていたはずだ。星梨花だって絶対に妥協してはいけない部分だと理解していたからこそ、どうにかして私たちに付いていけるように日々努力をしていた。それなのに、リーダーが率先して妥協案に走ろうとしたことが、私は納得がいかなかったのだ。

 

「それはあくまで理想論だわ。もう時間もないんだから、今の実力で出来る精一杯を目指すべきよ」

「ふざけないで。クオリティを下げたステージに価値なんてあるわけないじゃない」

「でも今のままじゃ星梨花が––––!」

「星梨花だって努力してるわ。その努力を否定してクオリティを下げようって、失礼だと思わないの?」

「なっ……! そういう話ではないでしょ!?」

 

 星梨花のためにダンスの負担を減らそうとする静香と、星梨花の努力が実ることを信じて今のままやるべきだと主張する私。

 互いに星梨花のことを考えての意見だったはずなのに、今思えば私たちは一番大事なことを見落としてしまっていた。静香も私も、自分の意見が正しいと主張するばかりで、一度も星梨花本人の意見を確認しなかったのだ。

 衝突した日を境に、星梨花のパフォーマンスは目に見えてガクッと落ちた。自分だけが付いていけていないことに対する負い目、そしてそんな自分を巡って口論が起こってしまったことに星梨花は人一倍責任を感じてしまっていたのでないかと思う。だが私たちがそのことに気付いた時にはもう、ユニット内の雰囲気も、星梨花の精神状態も、手の施しようがないほどにボロボロになってしまっていた。

 険悪な空気を改善しようと、慌てて静香が気分転換に全員でご飯に行こうと提案を持ちかけたが、それも私が一蹴してしまった。星梨花のことを考えるのなら、あの時一度でも話し合いの場を設けていればよかったのかもしれない。だけど公演までカウントダウンが始まった中、全く足並みが揃わないことに対する不安と焦りで追い詰められていた当時の私には、そこまで考えれるほどの余裕を持ち合わせていなかったのだ。

 

 誰が星梨花をここまで追い詰めてしまったのか。

 何がここまでユニットを壊してしまったのか。

 

 その原因に心当たりがあるからこそ、私と静香はリハーサルのステージ上で泣きじゃくる星梨花に何も言葉をかけることができなかった。

 

 

 翌日。

 公演を明日に控え、劇場では設営の業者たちによって慌ただしく準備が進められる中、私たち五人の雰囲気はまさにお通夜さながらだった。

 施工業者が入っているため、もうステージでリハーサルをすることはできない。リハーサルどころか、小さなレッスンルームでさえも一度も息が合わなかった私たちは、このまま明日の本番を迎えなければならないことになる。どれだけレッスンをしようと、いくら解決策を練ろうと、可能性なんてモノは欠片も湧いてこなくて、私たちはもうバッドエンドから逃れることはできないのだと思った。

 あの日、冬馬さんは最終的に事態が良い方向に転ぶと言ってくれて、私もその言葉を信じていたけれど、結局静香と私がぶつかり合った結果が、この状況だ。互いの意見が衝突して何かが生まれるどころか、周囲の人たちを巻き込んだ挙句、何もかもを木っ端微塵に壊してしまい、こうして何も形になることなく公演前日を迎えている。今の状況の先に、事態が好転するような何かがあるとは到底思えなかった。

 

 それでもまだ微かに残された奇跡に賭けて、はたまた少しでも明日への不安を和らげたい一心で、私たちは最悪な雰囲気のままでもレッスンを行った。だか当然都合よく噛み合うはずもなくて、相変わらずのまとまりのないクオリティがむしろより一層悲壮感を強めただけだった。

 とうとう今まで空元気にでも雰囲気を和ませようとしていた茜さんは終始口を閉ざすようになり、麗花さんはこれから自分たちに訪れる最悪な結末を淡々と受け入れるかのように諦めの色を表情に浮かべ始めている。星梨花は相変わらず大きな瞳に涙を浮かべていて、私はその世紀末のような雰囲気を、罪悪感と絶望感を抱きながら遠目に傍観し続けていた。

––––もう、このまま明日を迎えるしかない。

 そんな、どうしようもない諦めムードがレッスンルームに蔓延しきって息苦しささえ覚え始めた時。静香が大きく息を吐いて、閉ざしていた口を開いた。

 

「……みんな、一回集まって。提案があるの」

 

 意を決したような静香の声に圧倒されたのか、ほんの少しだけレッスンルームの空気が変わった。

 俯いたまま、重たい足取りで集まった私たちに静香は迷いなく喋り始める。

 

「星梨花、二番のサビが終わった後、もうダンスはやらなくていいわ。私の後ろでずっと立ってるの。分かった?」

「え? で、でも……」

「星梨花が空いたところは志保と茜さんで埋めてください。ほんの少しだけ中央寄りに動くだけで良いですから」

「あ、茜ちゃんは大丈夫だけど……。星梨花はどうなるの?」

「星梨花はコーラスに入って。Cメロは私がソロで歌うわ」

「こ、コーラスですか!?」

 

 突発的に静香の口から飛び出した言葉に、思わず正気を疑った。

 前日になって間奏とCメロの根本的な部分を大幅に変更するなんて、現状より良くなるどころか、かえって混乱を招いて今以上の悪化を促すだけにしか思えなかったのだ。更にコーラスなんて星梨花は一度たりともやったことがないはずなのに、今の精神状態でぶっつけ本番など成功するはずがない。

 何故この期に及んで、リーダーが更にユニットを破壊するような提案をするのか––––。

 

「ちょっと静香! 何勝手なこと言ってるの!?」

 

 咄嗟に私の右手が動いて、無意識に静香の胸倉を掴んでいた。

 だけど静香は私の右手には全く動じず、逆に眉間にシワを寄せた険しい目つきで睨み付けている。そしてまるで私とは張り合うつもりがないと言わんばかりの様子で、あっさりと胸ぐらを掴んでいた右手を振り払った。

 

「志保は黙ってて」

「なっ––––!」

 

 そう言って私をあしらった静香は、私には見向きもせずに話を再開させた。

 

「星梨花はずっとバイオリンをやってきたんだから、ここの誰よりも音感があるわ。音感が優れていればコーラスはある程度できるはずよ」

「で、でも! 私は今までコーラスなんて今まで一度もやったことないのに、やれるかどうかなんて……」

「やれるかやれないかじゃないわ。やらないといけないの。これは星梨花にしかできないことなんだから」

 

 それはお願いすると言うには、あまりにも強引で強制的で、まるで星梨花に有無を言わせないように語気を強めた口調だった。

 唖然とする星梨花の返答を待たず、今度は私たちへとその鋭い眼光を向ける。

 

「三人はダンスを継続してください。ただ私がソロで歌うから、Cメロでは歌わず、ダンスだけをお願いします。四人で歌ってしまうと星梨花のコーラスをかき消してしまうから」

「ソロって、静香ちゃんは大丈夫なの?」

「私は大丈夫です。なので麗花さんたちは私の指示に従って––––」

「……良い加減にしなさいよ。本当に静香は何を考えてるの」

 

 無理やりにでも話を進めようとする静香の言葉を、私が遮った。

 星梨花にコーラスをさせるとか、私たちにCメロを歌うなとか、代わりに自分がソロで歌うとか。

 私たちの意見を全く聴きもせずに、次から次に独断で今までレッスンしてきたものを変更して。いくら今までの私たちが上手くいってなかったにせよ、こんな身勝手な変更が許されるはずがないと思ったのだ。

 もしかしたらこの案に静香なりの意図があるのかもしれない。だけど仮に何かしらの目論見があるのなら、それをちゃんと私たちに説明して、納得させてから変更を行うのが筋というものではないのか。

 それをすっ飛ばして勝手に推し進めるのは、リーダーでもなんでもない。ただの身勝手な独裁者だ。

 

「これはリーダー命令よ」

 

 だけど静香は全く引き下がらなかった。

 その強気な態度が、余計に私の神経を逆撫でる。

 

「意味が分からないわ。リーダーだからって何をしても許されると思ってるの?」

 

 リーダーだって、プロデューサーが決めただけで私たちが直接的に選んだわけではない。

 そもそも、どうして静香がリーダーなのか。そんなことを、ユニット活動が始まってから私は何度も疑問に感じていた。

 確かに静香はシグナルの一員として、私たちより遥かに知名度も人気度も高い。CDの売上枚数だって未来や翼、静香の三人だけは他のメンバーより桁違いで、39プロジェクトの看板アイドルの立ち位置を確固たるものにしているのは事実だ。

 だけどその一方で、静香は事あるごとにプロデューサーに反発するなど、性格だって頑固で意地っ張りで、気難しい一面もある。仲間たちとの協調性だって特別あるわけでもないし、私がこの一年弱の間で見てきた最上静香という人間は、とてもじゃないがリーダーに任命されるような器のある人間には思えなかった。それこそユニット内には最年長の麗花さんや、ムードメーカーとして場をまとめる能力に長けた茜さんだっている。それなのに、どうしてプロデューサーは静香をリーダーに据えたのか––––。その意図が、公演を翌日に控えた今でもなお私は理解できずにいたのだ。

 理解できない、納得できないからこそ、静香の勝手な意見を黙って聴くことができなかった。

 

「はっきり言って、私は静香がリーダーを任せられた理由が分からない」

「ちょっと、しほりん!」

 

 慌てて仲介に入ろうと茜さんが私と静香の間に割り込んできたが、その姿には目も向けずに、私は一直線に静香の瞳を睨み付ける。何を考えているのか、何が目的なのか、必死に探ろうとしたけれど、静香の瞳の中に答えは存在していないような気がして、何一つ理解することができなかった。

 どう考えても人間性を見たら麗花さんや茜さんの方がリーダーに適しているはずなのに、プロデューサーは二人ではなく静香を選んだ。その選考理由が、仮に「静香のアイドルとしての知名度」だったり、「静香の実績作り」、などといったふざけた理由だとしたら––––。たまったもんじゃない。静香の当て馬になるためだけにユニットに選ばれ、そしてステージで踊るなんて、私のちっぽけなプライドが絶対に許さなかった。

 

「貴女の勝手な我が儘に付き合わされて、翻弄されるは御免だわ」

「志保、私の指示に従って」

「どうして認めてもいないリーダーの指示に従わないといけないの?」

「志保は納得してないのかもしれないけど、このユニットのリーダーは私よ」

 

 リーダー、リーダーって。

 まるで自分の立場を棚に上げるような静香の言い草が、私の逆鱗に触れた。

 毎週のように忙しく仕事が貰えて、色んな人に応援されながら様々な仕事に挑戦できて––––。そんな静香にとっては、明日の公演は数ある仕事の中の一つなのかもしれない。

 だけど静香のように仕事を貰えていない私たちにとっては、明日の公演はまたとないチャンスなのだ。ここで成功させることができれば、もしかしたら今後の仕事に繋がるかもしれない。その一方でしくじれば最後、次に繋がるどころか、その“次”が二度と訪れない可能性だってある。

 そんな絶好の機会を、リーダーとして認めることのできない静香の身勝手な行動で、潰されることだけは納得できなかった。静香の血迷った采配でダメになるくらいなら、いっそのこと今のまま玉砕した方が私にとっては何倍もマシだ。

 そんな静香への嫉妬心が胸の中で煮え滾っていた感情に火を灯し、あっという間に我慢の限界点を超えていってしまった。

 

「ふざけないでよっ! これでもしステージがめちゃくちゃになったら静香が責任とってくれるの!?」

「めちゃくちゃになんか、私が絶対にさせない!」

「無責任なことばっか言わないで! 責任も取れないのに好き勝手言って、何がリーダーよ!」

「そこまで言うのなら分かったわよ!!」

 

 私の声に無理やり被せるような、荒ぶった静香の声。

 その声がレッスンルームに響き渡り、何度かこだました後、シンと静まりかえった中で静香は私の眼を真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりと瞬きをした。

 

「……これでもし明日のステージがダメになったら、私が責任をとってアイドルを辞めるから。それで良いでしょ?」

 

 だから私の言う通りに従って。

 そう口にした静香の瞳は真剣さながらだった。言葉通りの覚悟が宿ったその瞳に私は強引に捻じ伏せられてしまったような気がして、何も言葉を言い返せなかった。

 

 それから何度か急ピッチで新たなフォーメーションを組んでレッスンを行なったが、最後までおぼつかない私たちの声と動きが一つに交わることはなかった。無言のまま解散し、家に帰ると何も食べずに自室に直行した。とてもじゃないが、今の精神状態で食事が喉を通る気がしなかったのだ。

 明日、私たちを待っているのはとんでもなく酷いステージだろう。

 ガラガラの定例ライブとは違って、青葉さんからは明日の公演のチケットは全て完売しているのだと聴いている。明日劇場を訪れる多くのお客さんの中には、きっと仕事関係の人たちも紛れているはずで、もしかしたら明日のステージ次第では停滞していた私の夢へと道が切り開ける可能性だって少なからずあったかもしれない。

 だけど、今の状況でそんな希望を抱けるはずもなくて。

 私は不安と恐怖を胸に抱えこんで怯えたまま、長い長い夜を越えて公演当日を迎えた。

 

 

 しかし、『現実は小説より奇なり』、とはよく言ったもので、絶望感だけを持って挑んだこの公演後、私の人生は思わぬ方向へと舵を切ることになる。

 そしてこの長い一日が私の今後の人生を大きく変えただけではなく、後に訪れる冬馬さんとの別れの序章だったことも、当然この時の私は知る由もなかった。

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