【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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真壁瑞希とミリパチ打ちに行く夢見たので初投稿です。




 五人の動きや声が、明らかに噛み合って居ない。

 ライブが始まってすぐ、俺は志保がずっと懸念していた問題に気が付く事ができた。

 決して誰かがダンスを乱しているわけでもないし、誰かが音程を外しまくっているわけでもない。だが要所要所で目に付く誤差のような僅かなズレが重なっていって、隠し切れないほどの違和感を発生させてしまっている。簡潔に言ってしまえば、ユニット楽曲のはずなのに、各自がそれぞれ自分を表現するソロ楽曲のように歌ってしまっているのだ。

 そのバラバラになってしまったユニットの中でただ一人、志保だけはどうにか周囲に合わせようとしているように見えた。だけど周囲に気を遣いすぎるあまり、自身の動きが全く安定していない。動きがダイナミックになったかと思いきや途端に小さくなったり、歌声も重なるメンバーによって声量にバラ付きが見えて、それ故に志保のアンバランスなパフォーマンスが悪い意味で一番目立ってしまっていた。

 メンバー同士の呼吸もバラバラ、志保自身のパフォーマンスもかなり不安定、細かいところまで目を向ければ、クレシェンドブルーのステージは志保が話していたようにかなり酷い有様だ。だが会場はそんな低調なステージに盛り下がるどころか、次第にボルテージが上がっていくばかり。

 どうしてこんなにも酷いクオリティなのに会場は盛り上がっているのか––––。

 その摩訶不思議な現象の理由にも、俺はすぐに気が付く事ができた。

 

 今日のライブに来ている人の殆どが“シグナルの三人”が目当てだったのだ。

 

 その人たちからすれば、知名度のない他の四人には全く関心がなくて、正直なところ居てもいなくても変わらない存在に過ぎなかったのだろう。

 最上静香単体が注目を集めすぎるあまり、ステージ上で明るみになっているクレシェンドブルーの綻びだらけのパフォーマンスに、誰も目を向けていない。皮肉なことにもどれだけ志保のパフォーマンスが落ちようと、五人の足並みが揃わなかろうと、結局のところ誰も見ていないが為に誰にも気付かれていないのだ。

 

(……さすがにこれはあんまりだぜ)

 

 それはあまりにも非情で、あまりにも虚しいステージだった。

 スポットライトに照らされる志保の横顔は、やはり影が深くて、ライブ途中にも関わらず自身にもユニット全体のパフォーマンスにも納得がいっていないといった表情を映し出している。

 だけどその葛藤に、俺と速水以外の人たちは気付いていない。要は、志保や他のメンバーの調子が良かろうと悪かろうと、お客さんの視界に入っていない以上、このライブの価値に一切影響を及ぼすことはないのだ。

 そして中途半端なまま続いたライブ終盤、志保と最上静香の決定的な“差”を見せつけられた場面が訪れた。

 二度目のサビが終わって間奏に入り、ステージ上ではアイドルたちがテンポの速いダンスを繰り広げる中、最年少の箱崎星梨花一人だけは最後尾で立ち尽くしたまま、コーラスとして伸びのある声をダンスに被せ始めた。そして程なくして、センターの最上静香が箱崎星梨花のコーラスをまるで追い風にするかのように、とてつもない声量でCメロを歌い上げたのだ。

 その瞬間、会場の雰囲気がガラッと変わったのを肌で感じた。

 最上静香の歌声に呼応し、会場のボリュームが臨界点を突破していく。圧倒的な声量とパフォーマンスが架け橋となって湧き上がる観客席と五人が立つステージとが重なり合い、その一体感に導かれる様にして、そこから突入した楽曲の最後のサビで、クレシェンドブルーの五人の足並みが初めて揃った。

 結果としてクレシェンドブルーの五人のライブは、入場時にもらったパンフレットに書かれていた、『それぞれの個性がぶつかり合いながらも、同じの煌めきを追いかけていく力強いユニット楽曲』という紹介文に沿るような形で幕を閉じた。そのことに気付いてるかどうかは分からないが、楽曲が終わった瞬間に小さなライブホールは五人(と言っても実質最上静香一人だが)を称える大歓声で揺れ動いていた。

 

「……思ってたよりやるのね、あの子」

 

 さすがに速水もこの急展開には驚きを隠せなかったらしい。もちろん、その主語は志保のことではなく、最上静香のことなんだろうけど。

 最初から終盤まで、五人の足並みは一切揃わなかった。そんなバラバラの五人を最後の最後で一つにまとめたのは、紛れもなく最上静香のカリスマ性だ。言うなれば、最上静香の歌声が、突出した実力が、全く別の方向を向いていた四人を強引に振り向かせたのだ。

 

「確かにな。アイツは本物かもしれない」

 

 ––––最上静香。

 既に彼女は頭ひとつどころか、二つも三つもズバ抜けている感がある。そのポテンシャルの高さをいかんなく発揮した今日のステージで、俺はとてつもない才能の片鱗を垣間見た気がした。

 伊達に如月千早の再来と謳われるだけあって、正直なところもうそこらへんのアイドルでは太刀打ちできるレベルじゃないようにさえ思える。申し訳ないが志保や他の三人とは贔屓目抜きでもその差は圧倒的だった。

 

「……なぁ、志保のことはどう思う?」

 

 自分でそう尋ねながらも、今日の志保の出来なんて、わざわざ訊くまでもないと思った。

 周囲の影響を受け過ぎていて、終始不安定なパフォーマンス、誰が見ても決して褒められた内容ではなかったというのが普通の評価だろう。

 だけどそう分かっていながらも尋ねたのは、もしかしたら速水は俺の視点とは違う角度から志保を見ていたような気がしたからだ。それは、その視線が俺が見落としていた何かしらの可能性に気付いていて、少しでも志保の今後に繋がるようなアドバイスが聴けたら……なんていう、俺の勝手な願望だったかもしれない。

 ともかく、俺は今日のライブで志保に何か一つでも可能性を掴んで欲しかったのだと思う。

 ただ最上静香との差を痛感させられた、だけで終わらせて欲しくなかったのだ。

 

「––––そうね。私には志保がなんだか迷ってるように見えたわ」

 

 少しの間を置いて、速水は今日の志保のステージをそう表した。

 迷ってる……、か。

 確かに速水の言うとおり、今日の志保は周りに気を取られすぎる場面ばかりが目立って、終始窮屈そうにしていた。その様子が速水の瞳には『迷っている』ように見えたのかもしれない。

 だが「確かにな」と、俺が相槌を打つと、いつの間にかステージではなく俺の方に視線を向けていた速水がゆっくりと首を横に振って否定した。

 

「私が言ってるのはそういうことじゃなくて」

 

 そして少しだけ言葉を探す様に虚空を眺めて、速水は自身が口にした『迷っている』の意味を噛み砕いてくれた。

 

「もっと根本的な部分で迷っている様に見えたの」

 

 根本的な部分……?

 

「根本的な部分って、なんだよ」

「さぁ、それは私にも分からないわ」

 

 速水も本当に分からなかったのか、それ以上は教えてくれなかった。暫く退屈そうに最上静香のMCを聴いて、クレシェンドブルーの五人が舞台袖に捌けると最後にもう一度だけステージの方を一瞥して席を立った。まさかと思いつつ、「もう帰るのか」と尋ねると、至極当然の様に「そうだけど」と返されてしまった。どうやら今日は本当に志保の様子を見に来ただけで、他のアイドルたちには一切興味がなかったらしい。

 その帰り間際、速水から綺麗に二つ折りにされたA4サイズの用紙を渡された。

 

「これ、良かったら志保に渡してくれないかしら」

 

 咄嗟に受け取ったチラシの一番目立つ場所には、「あいくるしい オーディション」と書かれている。

 何かの案内みたいだが、薄暗い会場の中では小さい文字までは見えなかった。

 

「別に良いけど、なんだよこれ」

「今度私の事務所で制作されるドラマのオーディションよ。外部からもキャストを募ってるみたいだから、志保のプロデューサーと相談して許可が降りれば受けに来なさいって、そう伝えといてね」

「あぁ、そういうことか」

 

 もしかしたら志保が演劇に興味があると聴いて、速水なりに気を遣ってくれたのかもしれない。

 この場にはいない志保に代わって、俺が「ありがとな」と伝えると、速水は少しだけ困ったように、「どういたしまして」と笑った。そしてそのまま一度も振り返らず、速水はライブホールを出て行った。

 

 

★☆★☆★☆★☆ 

 

 

 

「福岡で私と一緒に夢を追う気はない?」

 

 金田社長は私の瞳を見据えて、そう問うた。

 笑っているようで笑っていないその眼差しに射止められた私は、思考が現実に全く追いついておらず、一言も言葉を発せずに立ち竦んでいた。

 何か返事をしなければと思うも、動揺した今の私が冷静に返す言葉を見つけれるはずもなく、まるで助けを求めるようにプロデューサーの方へと思わず目を向ける。だがプロデューサーは前もってこの話を聴いていたのか、普段と変わらない穏やかな眼で私の反応を待っていて助け舟を出す気は毛頭なさそうだった。

 

「––––して」

「ん?」

 

 ようやく出てきた私の声は、金田社長の耳には届かなかったらしい。だけどその際に一呼吸つけたおかげで、私はほんの少しだけ平静を取り戻すことができた。

 

「…………どうして、私なんですか」

 

 素朴な疑問だった。

 私は間違っても有名なアイドルではない。デビューこそしたけれども、39プロジェクトの中でも知名度で言えばだいぶ下の方で、他事務所の引き抜きなんて大層な話が舞い込んでくるほど、誰かの目に留まるアイドルだとは到底思えなかった。

 それこそ静香のように、様々な媒体で取り上げられ、知名度も人気も一定数に達しているアイドルに声をかけるのならまだ理解できる。それなのに何故、金田社長は私のような底辺に近い無名アイドルに声をかけたのか––––。

 金田社長は私と違って一切動揺は見せず、むしろこの質問が来ること予想していたかのように、落ち着き払っていた。

 

「アリーナライブで初めて見た時から、ずっと志保のことを気にかけていたわ」

 

 聴かされたのは、全く予想していなかった言葉だった。

 えっ、と思わず虚を突かれた私に、金田社長はチラリとプロデューサーの方を向いて、「その時すでにコイツが39プロジェクトのプロデューサーやるって話があったから一緒に見に来てたのよ」と説明を付け加える。

 そして一年前のアリーナライブの記憶を遡るように、遠い眼で私を見つめながら話を続けた。

 

「……あの時の志保はある意味衝撃的だったの」

「衝撃的、ですか?」

「えぇ。だってあんな素敵なステージで貴女ただ一人だけが納得がいかないって顔してたんだから」

 

 一直線に嫌なところを釘で刺されたような感じがした。

 思わず口を閉ざしたのは、その言葉が皮肉でもなんでもない、図星だったからだ。

 

「今日だってそう。一人でずっと浮かない顔をしてたわね。まるでライブが失敗することを望んでいたかのように」

「そ、そんなこと––––」

「分かるのよ、私には志保の気持ちが」

 

 全てを観られている気がした。

 確かに金田社長の言う通りだ。今日だって一年前だって、ライブの成功とは裏腹に、その現実を何故か受け入れようとしない“北沢志保”がいたことは事実である。喜ばないといけないはずなのに、それを許さない“北沢志保”がずっと心の中に居座り続けていたのだ。

 だけど同時に、それは誰にも観られたくないと思っていた醜い自分だった。

 

「どうして、そんなことが言えるんですか」

「志保と私は似た者同士だから」

 

 その言葉の意味は教えてはくれなかった。

 けれど、と金田社長は話を続ける。

 

「私は貴女のその気持ちが間違っているとは思わないわ。『誰にも負けたくない』、『自分が一番になりたい』って気持ちは何も悪いものではないでしょ?」

「それはそうですけど……」

「そのメンタリティを、私は大事にしたいの。はっきり言わせてもらうけど、ここじゃ志保の才能は開花しないわ」

 

 思考が派手な音を立てて、再び停止した気がした。

 プロデューサーも社長も、青葉さんもいる目の前で金田社長は淡々とそう言い切った。だけど誰一人として横槍を入れるように待ったをかけようとしない。その反応が、誰もが金田社長の言葉を肯定しているようだった。

 その雰囲気が、何故かほんの少しだけ悲しくて、胸がチクリとする。

 

「765プロが正しいとか、志保が間違ってるとかじゃなくてね。世の中には適材適所ってもんがあるの」

「適材適所?」

「えぇ。例えばの話、最上静香がゴールドプロに居たとしても多分今ほどブレイクはできなかったはずだわ。私たちはあの子が求めてるような、あの子の才能を開花させてあげれるような、歌の仕事は殆ど用意できないから」

 

 もしかしたら私が静香をライバル視していることも察していたのかもしれない。例え話といえ、静香の名前を出したのも、きっとこの人のことだから偶然ではないのだろうなと思った。

 

「『時は金なり』、よ。若いといえども時間は限られているんだから。自分がやりたいこと、自分の才能をいかんなく発揮できる環境で、夢への距離を詰める最善の努力をするのが効率的だわ」

 

 自分の才能を発揮できる場所……、金田社長はそう言った。だけどそれは言い換えれば劇場が私にとって最適な場所ではないということを意味しているのではないか。

 その言葉の真意に気が付くと、無性に寂しくなった。この時になって初めて私は自分でも気付かない間に、劇場に対して自身が思っていた以上に居心地の良さを感じていたことに気付かされた。

 だけど金田社長はふいに物寂しさを感じている私を気に留めないで、テキパキと話を進めていく。契約期間は高校に通う三年間で、仮に私がゴールドプロに移籍した際は福岡での一人暮らしの生活費や引越し費用、そして現地の私立高校に通う学費まで全額負担してくれるらしい。そして高校を卒業したら、望むなら39プロジェクトに復帰することもできると教えてくれた。これはプロデューサーや社長の提案だったようで、未来の私が選ぶ選択肢の中に、少しでも劇場の存在を置いておきたいという想いがあったそうだ。

 それは無名のアイドルにしてはあまりにも不自然すぎるほどの高待遇だった。そして少しでも親の負担を減らしたいという本来の私の希望にも合致している。だがそんな高待遇な条件よりも、何より私の心を強く引いたのは演劇の仕事に携われるという点だ。

 

「さっきも言ったけど、私たちは舞台や演劇の仕事をメインに取り扱っててね。たまに博多座っていうそこそこ有名なとこで舞台をやったりしてるんだけど––––」

「は、博多座でやってるんですか!?」

 

 思わず食らい付いた私に、金田社長は珍しく面食らったように驚いた。東京にいる私が博多座に興味があるとは流石に思っていなかったらしい。意外だという様子で「博多座、来たことあるの?」と尋ねられ、私は春に旅行で訪れた際に立ち寄り、新撰組の舞台を観劇したことを話した。

 

「へぇ、新撰組のやつを観たのね。あれ、制作はウチだったの」

「そ、そうだったんですか?」

「まぁ制作って言ってもキャスティングは殆ど外注したんだけど。ねぇ、せっかくだから観た感想を教えてくれないかしら」

 

 感想を求められ、あの日の舞台を思い出す。

 ずっと抱えていたモヤモヤを忘れるくらいに夢中になれて、そして終演後は思わず涙するほどに引き込まれた素敵な物語。その中でも一際際立って見えた、速水さんの演技––––。あの日、博多座の舞台に、速水さんの迫真の演技に、私がインスパイアされたのは間違いなかった。

 

「凄くよかったです。特に速水さ……、速水奏さんの演技は見入ってしまうほどでした」

「ん、もしかして奏と知り合いなの?」

「あ、いえ。そう言えるほどの関係ではないです。ただ、あの時本当に速水さんの演技に感動して、その後少しだけお話させていただいたくらいで」

「そうだったの」

 

 なるほどね、と金田社長は呟いて小さく頷くと、不適に笑った。

 

「良い着眼点ね。確かに奏の演技はあの年にしてはズバ抜けたものがあるわ」

 

 だけど––––。

 一度そこで区切って、ブリーフケースから分厚い封筒を取り出し、私に手渡す。思わず受け取った白色の封筒にはゴールドプロダクションの名前が書かれていて、ずっしりとした重みが手のひらから伝わってきた。

 

「……志保なら、奏を超えれるわよ。いや、私が超えさせるって約束するわ」

 

 お世辞や虚言は微塵も感じられない、今まで幾度となく私の胸の内を言い当ててきた真っ直ぐな言葉に、胸の最深部に潜んでいた何かが大きく揺さぶられた。

 




NEXT → Episode Ⅲ : 俺と私の決断

次回、志保の決断と冬馬にも訪れる人生の分岐点。残り二話です。
もうゴールドプロに関しては名前使ってるだけで、設定めちゃくちゃ捏造しまくりだけど許してクレメンス!
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