【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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拙者S.E.Mすこすこ侍!
なので初投稿です。


Episode Ⅲ: 俺と私の決断

 

 劇場でのライブから一夜明けた日曜日。

 志保から急遽連絡がきて会うことになった俺はその際にライブに速水が来ていたことと、帰り際にオーディションのチラシを渡すよう預かっていたことを伝えた。だが志保はどこか淡々としていて、思っていた以上に速水が劇場に訪れていたことにも、その速水がドラマのオーディションに志保を誘ったことにも驚いたリアクションを見せなかった。

 

「……あいつ、346のアイドルだったのか」

「はい。私も知らなかったんですけど、346の中でも特に期待されてる有望株の一人らしいですよ」

 

 聴けば速水奏は俺と同世代、博多座で見た舞台女優としての姿はあくまで仮の姿だったようで、本業は俺や志保と同じアイドルだったそうだ。そして速水の所属する事務所は近年、渋谷凛や十時愛梨、高垣楓など数多くの有名アイドルを排出し続け、歴史は浅いながらもめきめきと頭角を現し始めてきた東京の346プロダクション––––。その看板的アイドルの一人だというのだから、速水もそれなりの実力者なのだろう。

 それにしても––––……、

 

(今日はやけに会話が続かねぇ)

 

 もともと志保はお喋りな性格ではなかったが、今日はいつになく会話が途切れて、無言の間が続く。俺が話題を振っても志保は最低限の受け応えをするだけで、それ以上の掘り下げも違う話題への転換もなく、すぐさま会話は行き止まりを迎えてしまっていた。昨日のライブがライブだけに、機嫌が悪いのかとも思ったけれど苛立っている風にも見えず、疲れているが故に口数が少ないといったわけでもなさそうで、隣で口を閉ざす志保は何か心の中につっかえるモノがあって、そればかりに意識を捉われている様子だった。

 海沿いのベンチに並んで腰を下ろし、ボンヤリと水平線を眺めていると、遠くでは数羽の鳥たちが蒼い海の上を優雅に旋回している姿が目に入った。その鳥たちの背後では夏の到来を感じさせる大きな入道雲がそびえている。そんな光景を見て、志保と公園で初めて話した時のことをふと思い出した。弟を連れて高台の公園にやってきてた志保とランニングをしに来ていた俺、あの時邂逅を果たした俺たちの頭上にも、今日のと同じような大きな入道雲が浮かんでいたはずだ。

 ほんの数日前の出来事にも感じるあの日から、もう季節が一巡りしていたのか。

 そのことに気付くと、嫌な感触が胸の中を通り抜けた。961プロを抜けてから暗闇の中を走っていたインディーズ時代によく感じていた、“あの”感覚だ。

 

「冬馬さん、ゴールドプロって知ってますか?」

 

 ふいに、志保からそう尋ねられた。

 聴いたことのない事務所の名前に首を横に振って答えると、志保は予めそのリアクションを予想していたのか、すぐに『ゴールドプロ』の公式サイトが表示されたスマートフォンの画面を俺に見せてくれた。派手目の金色でデザインされたロゴの下には、事務所の住所が小さく掲載されている。福岡県福岡市博多区……、どうやら東京の事務所ではないらしい。やはり見覚えも聞き覚えもなかった。

 

「そのゴールドプロとやらがどうしたんだよ」

 

 見せられていたスマートフォンの画面から顔を上げると、志保は感情のはっきりしない複雑な表情をしていた。カチッと、志保の細い指がスマートフォンのボタンを押す音が響く。画面が真っ暗になったスマートフォンをポケットに戻しながら、水平線の彼方から吹く潮風にかき消されてしまいそうなほどにか弱い声で言った。

 

「……昨日のライブの後、ゴールドプロの社長とお会いしました。私を観るために福岡からやってきてたそうで」

「志保のために?」

 

 俺をジッと見つめる志保の向こう側に、黒い豆粒のような点が見える。それらがいつの間にか遥か先に遠ざかっていってしまった鳥たちだと気付くと、何故だか無性に寂しい気持ちになった。

 浮かない顔のまま志保は小さく頷きながら「そうです」と言った。俺の目線の焦点が志保に戻ったのを待っていたのか、また少しの間を置いておもむろに口を開いた。

 

「ゴールドプロの社長に誘われました。中学卒業後に福岡で挑戦する気はないかって」

「福岡で挑戦って、それってどういう––––」

「引き抜きの話みたいです」

 

 躊躇う俺の言葉を断ち切るように、志保がそう言い切った。

 思わぬ話を聞かされて胸が詰まる。奇妙な焦燥に駆られて、伸びた襟足の裏のうなじの辺りから嫌な汗が湧き出てきた。

 

 

 

 

Episode Ⅲ: 俺と私の決断

 

 

 

 

 それから志保は、昨日のライブ後にゴールドプロの金田百合子と名乗る女性社長から提示された条件を細かく教えてくれた。

 元々ゴールドプロと765プロは古くから業務提携をしていたそうで、天海たちをアリーナライブまで引き上げた赤羽根プロデューサーの後釜として39プロジェクトを担当することになった今のプロデューサーも以前はゴールドプロで働いていたそうだ。要は会社同士が提携しているから正確には引き抜きではなく移籍扱いになり、極端な話、面倒くさいしがらみが一切なく、志保の意思だけで決められるということになる。

 ゴールドプロでの提示した契約期間は高校三年間のみ、その間の福岡での一人暮らしの生活費や現地で通う高校の学費などは全てゴールドプロが賄ってくれるそうで、契約期間が満期を迎える……即ち志保が高校を卒業した後は、ゴールドプロに残るも765プロに戻るも自分の判断で選ぶことができるらしい。また、ゴールドプロは舞台や演劇に力を入れているプロダクションで、常々志保が興味を抱いていた演劇についてかなり重点的に学ぶこともできるそうだ。

 それはあまりにも恵まれた条件で、誰がどう見ても志保にとってメリットしかない話だった。

 母親の負担を減らしたいという点も、興味があった演劇に打ち込めるという点も、福岡のゴールドプロに行く道を選べば志保の要望は全てが叶う。それなのに、どうして志保は終始浮かない顔をしているのだろう。

 

「……悪くない話じゃねぇか」

 

 何一つ志保にとってデメリットがない話を一通り聴いて、至極当然の感想が口から出てきた。潮風に髪を揺らされる志保は「そうですよね」と相槌を打つ。だけどその横顔は口から溢れ出た言葉とは正反対で、やはり影を感じさせるようで、どこかスッキリとしない迷いが生じていた。

 

「でも私、この話は断ろうと思います」

 

 そう言って、志保が俺の方を向いた。一度瞬きをして、志保の瞳は水平線へと移る。その視線を追うように俺も水平線へと目を向けたが、その時にはもう先ほどまで微かに見えた鳥たちの影はどこにも見当たらなくなっていた。

 どうして、と尋ねる前に志保は蒼い海の先を見据えたまま淡々とした口調で言葉を続けていく。

 

「私、まだ765プロで何も成し遂げてないですし、有難い話ですけどここで福岡に行くのは違う気がして」

「……そっか」

 

 意外だなとは思ったけれど俺は志保が出そうとする答えに、何も言わなかった。

 以前の志保だったら間違いなくこの話を受けていたはずだ。あの頃の志保は父親に会いたいという一心で夢を叶えることだけに捉われていて、そこに個人的な情などは一切含まれていなかった。

 そんな志保が損得勘定だけではなく、私情で物事を判断をするようになった。それが結果として良いか悪いかは別として、それがこの一年で志保が大きく変化した証拠であることに違いはないはずだ。

 志保は大きく息を吐くと両腕を入道雲が浮かぶ空に向かって大きく伸ばして、ベンチから立ち上がる。どうしてだか、かつて多くの物を背負いすぎた小さな志保の背中を見て、俺は妙な安心感を覚えていた。だけどその安心感は俺にとってあまり心地の良いものではないような気がした。何かに対する背徳感のようなものが胸の中でぐるぐると渦巻いている。志保の判断がどうこうではない、自分に自身に対しての拭いきれない違和感があったのだ。

 

「本当に断るのか?」

 

 その違和感を確かめるように、志保にそう尋ねてみる。志保は腰を捻って振り返りながら簡潔に「はい」と応えたが、それでも俺の胸に居座る違和感は消えなかった。

 

「そっか」

 

 結局違和感の正体は最後まで分からないままだった。

 だけどこれは志保自身が選んで決めるべきことであって、いくら交際しているといえども俺がどうこう口を挟むべき問題ではない。だから志保が断ると決めたのなら、その意見を尊重するべきだ。例えその決断に妙な違和感を感じていたとしても。

 

「また近々ユニットでライブあるんだろ? 頑張れよ」

 

 違和感を無理やり片付けるように、話を切り替えた。

 志保も今回の件についてはこれ以上は話すつもりはなかったようで、身体ごと俺の方を向き直すと海を背にしながら力強く首を縦に振る。その腰の辺りで一瞬だけ拳が作られて解けたのも、俺の目は見逃さなかった。 

 

「……そうですね。昨日のライブは正直自分の中で全然納得してないので、次回は納得ができるように頑張ります」

「また観に行くから、頑張るのは良いけど無理しない程度にな」

「ありがとうございます。冬馬さんもライブが決まったら教えてくださいね」

「あぁ、もちろんだぜ」

 

 こうして互いに刺激しあいながら高みを目指していく––––……。

 今まで幾度となく理想的だと思い、心地が良いと感じていたはずの俺たちの関係性も、何故だかこの時ばかりは素直に良い関係だとは思えなかった。向き合わなければならない“何か”から目を背けているような得体の知れない背徳感が、胸をチクチクと刺すような感覚が走る。その痛みは俺が目を背けている“何か”の存在を必死に訴えかけているようだった。

 目の前に広がる大海原の上では夏の訪れを感じさせる大きな入道雲が俺たちを見下ろしている。その入道雲の中に、一ミリも黒い影たちはやっぱり見えなかった。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆ 

 

 

 

 

「……それで、訊きたいことってなに?」

 

 仕事を終えて315プロの狭い事務所に帰ってきた翔太がすぐにそう切り出したから、俺はほんの少しだけ緊張して、浅く座っていたソファに深く座り直した。志保から福岡行きを断ると聴かされた日曜日の翌日、俺はふと一つの疑問が浮かんで翔太を呼び出した。あの時感じた違和感と背徳感の正体は分からないままだったが、志保と同世代である翔太の意見を聴けば何か分かるかも知れないと思ったからだ。

 狭い事務室には俺の他に元科学教師の山下さんもいたけれど、翔太は特に気にするわけでもなさそうだったから、俺は単刀直入に本題をぶつけた。

 

「翔太さ、お前中学卒業後の進路ってもう決めたのか?」

 

 ありきたりな質問のはずなのに、いつもより声が強張っているのが自分でも分かった。翔太は一瞬俺の目を覗き込むと、机を挟んだ向かい側のソファに腰を下ろした。

 

「え、そんなこと訊きたかったの?」

「そうだけど……」

 

 呆気にとられたように目を少しだけ見開いて、翔太は質問に質問で返す。

 視界の端に、山下さんがマグカップを片手に俺たちの様子を微笑ましい顔で眺めている姿が入り込んだ。その視線が妙に恥ずかしくて、俺は思わず下を向く。

 

「あー、もっと深刻な話かと思って身構えてたよ。ビビらせないでよね」

 

 まぁ、いいや。

 そう言って翔太が質問に対して出した答えは、俺が予想していたのより遥か右斜め上を行く答えだった。

 

「僕、高校行かないよ」

「え?」

 

 あまりに意外すぎた回答に、思わず顔を上げる。翔太はいつものように頬の筋肉を緩めてニコニコと笑っていたが、俺の瞳を捉えるその視線は笑っていなかった。

 

「高校には行かないで、中卒でアイドル活動に専念しようと思ってるの」

「なっ––––! それ、本気で言ってんのかよ」

「うん、本気だよ」

「……意味が分からねぇ、高校に通いながらでもアイドル活動はできるじゃねぇか」

 

 今時高校に通わないで中卒でアイドル活動に専念するなんて、そんな人生を棒に振るかもしれない選択をするなんて何考えてんだよ。

 翔太の答えに納得ができず、俺の意見に同意を求めるようにチラリと山下さんの方を盗み見る。だけど山下さんは俺たちの話に割り込む気はないようで、視線は手に握られていた雑誌に向けられていた。

 

「確かに高校に通いながらでもアイドル活動はできるよ。だけどそんな中途半端なことしてたら絶対僕はこの業界で生き残れない」

 

 いつになく、翔太の言葉の語尾が強まっている。そして、淡々と話を続けた。

 

「今は『弟アイドル』なんて言われてるけど、そのうち僕だって歳をとって大人になって、弟じゃなくなるんだよ? そうなった時に今のままじゃ絶対生き残れないって思うんだ。子役は大成しないって話は冬馬くんでも知ってるでしょ?」

「そ、それはそうかもしれねぇけど……」

「僕はこのまま消えたりする気なんかないよ。冬馬くんや北斗くんとトップアイドルを目指すって決めてるから。だから今後『弟アイドル』じゃなくなっても生き残れるように、演技にダンスに歌に、色んなことにもっともっと挑戦したいと思ってるんだ」

 

 翔太の言いたいことはよく分かった。

 きっとこれから翔太自身がアイドル業界で生き残っていくために沢山の努力をしていかないといけないと考えていて、そのためには高校に通う時間さえも惜しいと思っているのだろう。

 だけど仮に高校に通わないでアイドル活動に専念して、それで何も得られなかったらどうするつもりなのだろう。

 必要最低限の保険さえも持たずに、成功が保証されていない道を選ぶのはあまりにもリスキーすぎるのではないだろうか。

 

「翔太の言い分は分かるけどよ、高校は絶対に出てたが良いぜ。何かあって後で後悔しても遅ぇだろ?」

「確かに場合によっては後々後悔するかもね。だけど––––」

 

 一呼吸を置いて、翔太は笑った。

 それはいつもの余裕を感じさせる、翔太“らしい”笑顔だった。

 

「315に来て色んな人たちを見て思うようになったんだ。今の僕にしかできない判断を大切にしたいって。だから例え高校に行かなくて失敗することになっても、後悔はしないよ。きっと挑戦しなかった方が後悔すると思うから」

 

 肺の奥に潜む何かを、ギュッと握り潰されたような感覚がした。

 翔太は高校に通わないことに何も躊躇いもなく、夢に向かって一直線に進もうとしている。北斗だって一度は挫折したピアニストになるという夢にもう一度向き合おうとしていて、そのためのソロ活動も始めるようになった。

 ––––だとしたら俺は?

 いつの間にか自分だけが取り残されているような気がして、嫌な焦燥が駆け巡る。

 インディーズ活動を終えて315プロに入って、だけどそれはゴールじゃなくてトップアイドルを目指すためのスタートラインに立っただけに過ぎなかったのだ。そのことを二人はとっくに理解していて、その上で今後の自分のために今できる最善の道を選ぼうとしている。

 その傍ら、俺は二人のように今為すべき道が分からないままだった。ジュピターの三人でトップアイドルになるという夢に辿り着く過程で何をするべきなのか、どのような道を通るべきなのか、恐ろしいほどに何も浮かんでこなかったのだ。

 そしてその理由にも、なんとなくではあるが気が付くことができた。高校に通わずにアイドル活動に専念しようとする翔太を自然に止めようとしていたように、俺はいつの間にか無意識にアンパイな選択ばかりをするようになってしまっていたのだと思う。

 

「……まぁ、いいんじゃないの」

 

 俺たちの会話には今まで一切介入してこなかった山下さんが、ゆっくりと口を開く。読んでいた雑誌をパタンと閉じて机の上に置くと、俺と翔太とを交互に眺めながら優しい口調で、元教師としての意見を発してくれた。

 

「先のことなんか誰も分からないんだから、俺みたいなおじさんになる前に今やりたいと思うことをやるべきだと思うよ。最悪後から高認取って大学受験とかもできる時代なんだから。どちらにせよ、今の現状に満足せずに更に高みを目指すってのは悪いことじゃないと思うけど」

 

 ––––現状に満足せずに更なる高みを目指す。

 山下さんの言葉が、俺の閉ざされていた胸のドアを激しくノックした。そのドアの先から出てきたのは、昨日俺が志保の話を聴いて感じた違和感と背徳感の正体だ。

 志保が福岡行きを断ると聴いて感じた安心感。だけどその安心感の中には違和感と背徳感も含まれていて、その正体に俺はようやく気付くことができた。

 

(なにしてんだよ俺は––––)

 

 きっと志保が福岡行きを断ると聴いて安心したのは、志保が側に居てほしかったからだ。

 北斗がソロ活動を始めると聴いて劣等感を感じていたからこそ、志保には遠くに行って欲しくなかったのだと思う。俺の近くにいて一緒に上を目指していければいいと、そんなすごく身勝手で我が儘なぬるま湯に、いつの間にか俺はどっぷりと浸ってしまっていたのだ。

 初めて志保と会った時、志保は俺に羨望の眼差しを向けてくれた。俺のようになりたいと言ってくれたその言葉は、俺がずっと握り締めていた不確かな感触に現実味を与えてくれる魔法の言葉だった。

 

 そんな志保の眼差しに、志保がなりたいと言ってくれた天ヶ瀬冬馬に、今の俺はなれているのだろうか。

 315に入ってある程度安定して仕事が入ってくるようになって、大好きな人も側にいて。

 そんな恵まれた環境にいることでいつしか上を目指す情熱を失くしかけてしまっているのではないか。

 

 いつの間にか現状に満足してしまっていた自分。

 そしてもしかしたら志保も俺と同じではないのだろうか。そんな嫌な予感が、山下さんの言葉によって開かれたドアの合間を静かに通り過ぎて行った。

 

  

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