【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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ジュリア 、千早、志保と続き、見事桃子のS4Uガチャでも大爆死をかましたので初投稿です。





 ユニット公演を機に、静香を取り巻く環境はがらっと変わった。

 あの日のステージを見に来ていた善澤さんは、私の予感通りに39プロジェクトについての記事を手掛け、静香のことを大きく取り上げた。案の定その記事が多くの反響を呼び、もともとシグナルの一員として39プロジェクトの中では知名度があった静香だったが、今回のライブの成功と善澤さんの記事を追い風に、アイドル業界のみならず様々な界隈の人々へとその名を知らしめることに成功したのだ。

 まさに39プロジェクトで一番の稼ぎ頭となった静香のホワイトボードにはぎっしりと仕事の予定が書き込まれるようになり、それに伴って静香が劇場に姿を現す機会もめっきり減った。プロデューサーも静香の学業やプライベートとの両立に頭を悩ませるほどで、その多忙さは私たちの中でも明らかに群を抜いており、それこそ765ASの先輩たちと比べても引けを取らないほどの仕事量だと思う。

 静香がユニット公演後、更にスピードを上げてトップアイドルへの道を駆け上がっていく一方で、私の生活は何も変化がなかった。仕事も今まで同様にまばらな数しかなく、それもプロデューサーがコネクションを使って取ってきた仕事ばかりで、静香のようにクライアント側から受けたオファーなんて皆無。本番直前まで崩壊寸前だったクレシェンドブルーのライブをなんとか成功させて私が得たのは、今まで以上に明確に突き付けられた静香との差だけだった。

 

「39プロジェクト二年目は、諸君たちにユニット活動をメインにやって行ってもらおうと思っている」

 

 ユニット公演が全て終わった後、39人のメンバー全員を集めた高木社長は今後の活動方針をそう明らかにした。もともと一年目は個々のソロ活動をメインにして、二年目はユニット活動をしてもらう計画だったらしい。どうやら私たちの知らないところで既に話は進んでいたようで、今度は八月の末に再び劇場でユニット公演を開催することも併せて発表された。

 それからプロデューサーは39プロジェクトが始動してからのこの一年間の活動を見た上で、39人をフェアリー、エンジェル、プリンセスの3つのグループに振り分けた。私は静香と共にフェアリーに属することになり、そのフェアリーの中で私たちは紬さんとジュリアさん、恵美さんの計五人で新たなユニットを結成することが告げられた。そしてプロデューサーがリーダーに指名したのは、やはり静香だった。

 夏の暮れに予定された新たなユニット公演に向けてレッスンに励む中で、私は以前のように静香がリーダーであることに異議を唱えたり、静香の意見に反抗して張り合うような真似はもうしなかった。認めたくはなかったけれど、静香の実力が私たちの中ではズバ抜けていること、そしてクレシェンドブルーの時に偉そうに意見するだけで何も改善することができず、結果として静香個人の実力に助けられた私がそのやり方に何か文句を言う資格があるとは思えなかったからだ。

 アリーナライブの時と全く一緒だなと思った。

 自分が正しいと思ったことを主張して衝突して、その結果実力で捻じ伏せられて、全てを否定されたような敗北感だけが突き付けられる。そんな圧倒的なまでの敗北感と劣等感の中で息苦しさを日に日に覚えていく度に、思い出されるのは金田社長の言葉だ。

 

『世の中には適材適所ってもんがあるの』

 

あの時の言葉が、噛めば噛むほど味が出るスルメのように、日に日に私の胸の中でじんわりと広がっていく。第二回ユニット公演に向けて共にレッスンに励む静香の姿を、何かしらの媒体を通じて順調にアイドルとしてステップアップを重ねていく静香の姿を見る度に私は敗北感と劣等感を感じ、あの時の金田社長の言葉は本当なのではないかといった想いが強くなっていくのだ。

 金田社長はユニット公演が終わったあとも、東京出張のついでにと言って何度も劇場まで足を運んでくれた。だけど決して催促するわけでもなく、あくまで私が答えを出すまで待つスタンスなのか、一度も決断を急かすような言葉は口にしなかった。

 

「志保、お疲れ様」

「あ……、金田社長。お疲れ様です」

 

 第二回のユニット公演を二週間後に控えた頃、金田社長が再び劇場に姿を現した。この時の金田社長の服装がいつになくラフな感じに見えて、なんとなくではあるがいつものように出張ついでに来たのではないなと私は察した。

 

「調子はどう? もうライブは二週間後でしょ?」

「今のところは順調だと思います」

「そう。それなら良かった」

 

 挨拶がわりの近況を報告を終え、金田社長は一瞥して踵を返す。付いてきなさいと言わんばかりにヒールの音を響かせながら歩き出した背中を、私の足は無意識に追う。多分今から福岡行きをどうするのか決めなければいけないのだろうなと、そう直感的に感じた私は一度も振り返らずに歩いていく金田社長の背中を眺めながら、どのような言葉で断れば納得してもらえるかを考えていた。

 だけど金田社長を納得させるどころか、私自身を納得させる断り文句すら出てこなくて、そうこうしてる間に金田社長は薄暗い階段を登り切って、燃えるような真っ赤な夕焼けが広がる屋上へと辿り着いてしまった。

 

「良い風ね」

 

 劇場近くの海から吹いてくる風に巻かれた金髪を揺らされながら、フェンスに腰を預けた金田社長がそう呟いた。私は「そうですね」とだけ相槌を打って、隣に並ぶようにフェンスに体重を預ける。ふと空を見上げると一面に広がる夕焼けの、一番赤みが深い部分で光りを放つ一つの星が目に付いた。一番星の灯はか弱いけれど、それでもしっかりと私と金田社長を照らしていた。

 

「……静香ちゃん、武道館って聴いたわ。すごいわね、ほんとバケモンみたいなアイドルが出てきたもんだわ」

「ぶどうかん、ですか?」

 

 てっきり福岡行きの話をどうするのか訊かれると思い、身構えていた私は静香の名前が出てきて思わず聞き返した。金田社長は「あれ、もしかして聞いてなかった?」、と少し驚いたように背中をフェンスから離して私の顔を覗き込む。そしてわざとらしく溜息を付いて、先ほどより深くフェンスに腰をかけた。

 

「アイツ、まだ言ってなかったのか……。ごめんね、この話は公になるまで黙ってて」

「分かりました。それで、武道館っていうのは?」

「静香ちゃんに大型新人オーディション番組のオファーきてるのよ。優勝すれば武道館に立てるって話の」

「静香が武道館に……?」

 

 ドクンと心臓が一度だけ大きく鳴る。脈が速くなったのも束の間、すぐさま縮むように心臓が締め付けられていくのが分かった。ここ最近、静香の活躍を耳に挟む度に私に襲いかかってくる衝動だ。この衝動の正体は、静香が想像以上の速さで階段を駆け上がっていっていることへの猛烈なまでの劣等感だった。

 

「多分あの子は勝つわよ。それくらいの勢いも、実力もあるから」

「……静香が優勝したらどうなるんですか?」

「志保たちの先輩と同等、いやそれ以上のアイドルとして世間から認められるでしょうね」

 

 金田社長の言葉で、私の胸を一杯に埋め尽くしてた劣等感が不安へと一瞬ですり替わった。

 一年前の春香さんの姿を思い出す。あの絶対に超えられないレベルの差を私に突き付けた偉大な背中。どう足掻いても勝てないことを知って、だけどどうしても負けを認めたくなくて無心で夜の公園を走り続けた私。あの時感じた屈辱感、噛み締めた敗北感を私は今後ずっと静香に対して抱き続ければいけないのだろうか。

 何かが胸の中でうごめいた。自分の中に潜む最低な北沢志保だ。

 春香さんも、静香も、本当は失敗して欲しいと願っていた。失敗して、挫けて、そして結局私が正しかったのだと認めて欲しかった。そんな最低なことを願ってでもいないと、春香さんや静香のような実力も才能もない私は自分自身を保つことができなかったのだ。

 

「ねぇ志保、貴女はどうするの? このまま静香ちゃんがトップアイドルになるのを指を咥えながら眺めるだけで満足なの?」

 

 いつの間にか金田社長の真っ直ぐな瞳の焦点が、私に向けられていた。その視線は私の瞳の奥深くを捉えていて、誰にも見せなかった醜い北沢志保に向かって話しているようだった。

 

 このまま指を咥えて見るだけなんて、そんなの絶対に私が納得できるはずがない。

 だけど、何の才能もない私が静香に張り合えるとも到底思えない。

 

 金田社長の問いかけに私は口を噤んだ。負けたくないけど勝てる気がしない、そんな矛盾した考えが私の胸でぐるぐると渦巻いていて、もう何をどうするべきなのか判断が付かないほどぐちゃぐちゃになってしまっていたのだ。

 

「……志保、少し私の話をしても良いかしら」

 

 いつの間にか醜い北沢志保に向けられていた金田社長の視線が、真上に向けられていた。その視線は夕焼けの一番濃い部分を見つめている。私の方を見てはいなかったけれど、無言のまま頷いたのが視界の隅に入ったのか、金田社長はいつになくゆっくりとした口調で話を始めた。

 

「私ね、志保と同じくらいの歳の頃にアイドルやってたの」

「え? 金田社長がですか?」

 

 驚く私の方を見向きもせず、金田社長は「そうよ」と照れ臭そうに空を見上げながら笑う。

 遠い昔を思い出すかのように空を眺める金田社長の横顔は初めて見る姿で、頬の筋肉が緩んだその横顔はテキパキとした普段の姿とはまるで正反対の、優しくて温もりを感じさせる表情だった。

 

「私もまぁそれなりにトップを目指してやってたんだけど、笑っちゃうくらい才能も実力もなくて。だけど努力だけでのし上がってやろうと思って必死にやってたわ」

 

 思わず顔を伏せた。金田社長の若い頃の話が、今の私と重なって聴こえたからだ。

 そして私と同じように才能も実力もなかった若かりし頃の金田社長がこの先どのような結末を迎えるかも安易に予想がついた。その必死の努力が実らなかったから、金田社長はこうして一人の社会人としてプロダクションを経営していて、私に声をかけているのだから。

 

「同じ時期に一緒に事務所に入った同期の子がいたんだけど、その子がまぁとてつもなくスーパーな子で。実力も才能もピカイチで、信じられないくらいポテンシャルが高くて、私はその子に負けたくない一心で必死に付いて行ってたわ」

「そんな凄い方がいたんですか?」

「そうなの。日高舞って知らない?」

「……すみません、聞いたことないです」

「そっか、今の若い子たちは知らないのか」

 

 ま、舞も三年くらいでアイドル辞めちゃったしね。

 そう口にした瞬間、ぬるい風が水平線の向こう側から吹いてきて、金田社長の髪を拐った。風に拐われた髪の奥で、一瞬だけ金田社長の瞳の色が変わったのを私は見逃さなかった。後悔、未練、そして諦め––––、そんな今となってはどうしようもない感情が、金田社長の大きな瞳を濡らしていたのだ。

 乱れた髪を優しく耳に掛けて、金田社長は頬を人差し指で掻く。その時にはもう先ほどまでの「ただただ昔を懐かしむ」瞳に戻ってしまっていた。

 

「実は私もわりと良いところまで行ってたのよ。オーディションだって結構勝ってたし、舞ほどじゃないけど知名度もそれなりにあったし。だけど結局長くは続かなくて、私も舞が辞めるほんの少し前に辞めちゃったわ」

「……どうして辞めたんですか?」

 

 一瞬訊いて良い質問なのか迷ったけれど、無意識のうちに私はそう尋ねてしまっていた。ずっと空を仰いでいた金田社長がゆっくりと首を動かし視線を私に戻す。そして今度は胸の奥底に隠していた醜い北沢志保ではなく、金田社長の目の前に立つ北沢志保に向かって答えてくれた。

 

「いつの間にか舞と同じことをして、舞に勝つことだけに拘るようになってしまって楽しくなくなっちゃったの。何も同じ方法でトップを目指さなくても、自分の得意な道でトップを目指せば良かったのに」

 

 思わず眉をしかめた私に、金田社長はまるで同意を求めるかのように笑って見せた。だけどその微笑みに私は笑い返せなかった。今の私がまんまかつての金田社長と同じだと気付いたからだ。

 金田社長の言う通りだった。現に私は静香と比較して勝手に劣等感を抱いて、腐りかけている。静香に勝つことだけがアイドルの全てではないはずなのに、だ。

 私は周囲と見比べて劣等感に苦しめられるあまり、大切なことを見落としていた。誰に勝つとか、誰より有名になるとかじゃなくて、そんなことよりも大事なことがあったのだ。

 

 私はアイドルとしてどうなりたいのか。

 私はアイドルとして何がしたいのか。

 

 もともとは父に見つけてもらうために始めたアイドル活動だったが、その目的は結局実現することができなかった。だけどそれでも私はこうしてアイドルを続けている。その道を選んだのは誰の為でもなく、自分の為だ。誰かになりきって自分を表現する演劇がしたいから、そして冬馬さんのような逞しくて強い人間になりたいから、私は自分の意思でアイドルを続ける道を選んだのだ。

 だとしたら静香に勝つとか、そんなことを考える前に、自身の目標を叶えるための努力をするべきではなかったのか。

 皆が全て得意なことや不得意なことが同じなわけではないのだから、それぞれの得意な分野で、挑戦したいと思える場所で、トップを目指せばいい。それこそ静香が765プロで輝きを放っているように、もしかしたらゴールドプロは私が今以上に輝ける場所なのかもしれない。

 福岡行きの話を断ろうと決めていたはずなのに、金田社長の言葉でその決意が揺らいでいる。

 その迷いを、当然金田社長は見逃さなかった。

 

「前に言ったでしょ、志保と私は似た者同士だって。負けず嫌いなところや意識の高いとこも、若い頃の私とそっくりだから、志保が抱えているもどかしさや想いが痛いほど分かるの。だからこそ貴女を誘ってるのよ」

 

 指先に飾られたネイルが、夕焼けに照らされてキラキラと光っている。その光るネイルが私の両肩に触れた。

 金田社長の背後で、沈んでいく太陽の前を飛行機が通り過ぎていくのが目に入った。おそらく羽田空港から出発した飛行機なのだろう、上空へと上昇していく飛行機は真っ赤な太陽を背景に、闇と夕焼けの狭間へと進んでいく。その飛行機の足取りを記録するかのように空に残された飛行機雲は、まるで私のこれから進むべき道を示しているかのように、西の方角へと一直線に伸びて行った。

 

「志保、福岡に来なさい。貴女の挑戦したい演劇の世界でトップを目指すの。私のようにならないためにも」

 

 

 

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