【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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※この回は過激なBL表現を含みます。ホモじゃない人は帰ってください。
上記の注意書きは嘘なので初投稿です。




 もう誰かの真似をしようなんて思わなかった。

 私は速水奏でもなければ天ヶ瀬冬馬でもなく、誰でもない北沢志保として生きていかなければいけなくて、自分以外の誰かになることなんてできないのだと知ったからだ。

 ありのままの自分が例えカッコ悪くても、それが本来の自分であり、あるべき姿なのかもしれない。そんな当たり前のことを見落としていたことに気が付き、ようやく本当の意味で自分と向き合うことができた気がする。

 そしてその上で改めて考え直して、私は福岡に行ってゴールドプロで挑戦することを決めた。

 私が今後一人のアイドルとして、演者として生き残る為に、冬馬さんがいない福岡の地で誰の手も及ばない孤独な環境に身を置いて、自分らしい生き方を探す挑戦をするべきなのだと。それくらい極端な環境に身を投じないと、誰かに自分を照らし合わせる癖が抜けずに、いつまで経っても静香に追いつける気がしなかったのだ。

 

 その決意が固まると、私はすぐさま冬馬さんに電話をして、いつも高台の公園に呼び出した。今すぐにでも冬馬さんにこの覚悟を伝えて福岡行きを決めないと、すぐにでも弱気な自分が出てきて決意が揺らいでしまいそうだったからだ。冬馬さんは仕事が入っていたそうだが、私の急な呼び出しにも嫌な顔一つ見せず、少し遅れるかもしれないがなるべく早く駆け付けると言って応じてくれた。

 待ち合わせの時間より少し早めに公園に到着した私は、夜の街を見下ろしながらこれから冬馬さんにどのように福岡行きを伝えようかと頭を悩ませていた。あれこれと断片的に頭に浮かんできた言葉たちを組み合わせて、どうにか私の気持ちや考えが伝わりやすいような文章を作ろうと試みる。映画のワンシーンのように、簡潔かつ的確に伝わるフレーズを探していたのだけれども、バラバラの言葉のピースたちはなかなかピッタリとハマってくれなかった。それこそ私の上空に広がる星たちのようにあちこちに散らばったままで、一向に思うような一つの文章としてまとまってくれなかった。

 

(福岡に行くって言ったら、冬馬さんはどんな顔をするのかな)

 

 完成形の見せないジグソーパズルの作成に飽きてしまい、私はいつの間にかそんなことを考えるようになった。

 冬馬さんのことだ、きっと表立って寂しいとか行かないでくれなんてことは言わずに、「頑張れ」って言って私の背中を後押してくれるだろう。決して小さな子供のように駄々をこねて、「考え直してくれ」なんてことを言うような人間じゃないことは分かっている。

 だけど、それでも私は止めて欲しかった。

 私だけではなく、冬馬さんにも心のどこかで私たちが離れ離れになることに対して寂しいと思っていてほしいと、そんな随分と自分勝手な願望が胸の中で渦巻いていたのだ。

 

「わりぃ、待たせたな」

 

 結局思うようなフレーズは最後まで完成することなく、冬馬さんが到着してしまった。

 急ぎ足で階段を登ってきたのか、少しだけ呼吸が乱れている冬馬さんを見て思わず「急に呼び出してすみません」と一言謝ると、冬馬さんはやっぱり優しい顔で「大丈夫だから気にすんなよ」と言ってくれた。

 そんな冬馬さんの些細な表情を見ただけでもう堪らなくなって、一大決心で決めたはずの覚悟が大きく揺さぶられる。途端に今から私が口にしようとしていたことが大きな過ちのように思えた。冬馬さんの隣にいる今の生活以上に素敵なステージが、福岡で私を待っているとは考えられなかったのだ。

 

「……それで、どうした?」

 

 私の隣に腰を下ろした冬馬さんが、一度だけ空を仰いで単刀直入にそう切り出した。

 覚悟を伝えようとしたけれど、吸う息が苦しくてなかなか声が出てこない。私の気持ちとは裏腹に、身体全体が福岡に行くことを拒否しているかのようだった。ここで口にしてしまったら最後、当然だが後戻りできなくなり、そのせいで後に収集がつかない事態を引き起こしてしまうような気がして、心が必死に拒絶反応を起こしていたのだ。

 だけど私は気付いていた。この拒絶反応が、ただの甘えだということに。

 いつの間にか俯き加減になっていた頭を思いっきり振り上げると、冬馬さんが隣でジッと私の眼を見つめて言葉を待っていた。その瞳は、私が今から言おうとしている言葉を知っているかのようだった。

 

「––––私、福岡のゴールドプロに行こうと思います」

 

 気付かれないように両手で拳を作って、きっぱりと言い切った。

 やはり私の言葉を予め予測していたのか、特別驚いたようなリアクションは見せなかった。冬馬さんはゆっくりと瞬きをしただけで、身体を硬くして言葉の真偽を確かめるように私をジッと見据えたままだ。

 

「……どうして行こうと思ったんだ?」

 

 そう訊き返してきた冬馬さんに対して、私は先ほどまで頭の中で散らばっていた言葉たちの中から答えを探す。恐らくこう訊かれることは予想がついていて、そのための答えを用意していたはずだった。だけど口から溢れ出てきたのは、用意されていた答えではなくて咄嗟に思い浮かんだぎこちない言葉だった。

 

「冬馬さんが握手会に来てくれたこと、あったじゃないですか」

「握手会? あぁ、春頃の……」

 

 そう言いかけて、冬馬さんの顔が一瞬だけ曇った。もしかしたら琴葉さんの列に並んでしまって私に怒られたことを思い出したのかもしれないと思って、私は慌ててその陰りを消すように話を続ける。

 

「決して多くはなかったけど私の列に並んでくれた人もいたんです。その人たちは皆、こんな私に『応援してます』とか、『元気をもらってます』なんて言ってくれて」

 

 あの日味わった幸福感を忘れることはなかった。常に四六時中というわけではなかったけど、あの時の記憶はふとした時に頭に浮かんできては不思議なほどに私にパワーを与え続けてくれて、どれだけ時間が経っても一切色褪せることなく、いつまでも特別な思い出としてキラキラと光り続けていたのだ。

 そして偶然にも、私の列に並んでくれた人たちと似たような経験を、自らも福岡の地ですることができた。

 博多座で初めて速水さんに出会い、それまで抱えていた憂鬱や苛立ちを吹き飛ばす不思議なパワーを貰ったように、あの日私の列に並んでくれた人たちも私から何かを得ていたのだと思う。そしてその両者の立場を経験できたからこそ、私はもっと多くの人を笑顔にしたい、多くの人に元気を与えれる存在になりたいといつしか強く願うようになった。

 

「私、もっと多くの人に影響や勇気を与えられるような人間になりたいって思ったんです。そしてその手段として、演劇の道を極めたい。その為に、私は私の道を歩かないといけないと思うようになったんです」

 

 初めて出会った時から、冬馬さんは憧れだった。

 冬馬さんのような強い人間になりたい、だけどなれなくて、そのジレンマの中でもがきながら、どうにか近付きたい一心でずっと大きな背中を追いかけ続けてきた。

 だけど、それではダメなのだ。

 冬馬さんは冬馬さんの方法で、私は私の方法でしか、この大空を舞うことはできないのだから。だから私は私だけの方法を、空を舞う手段を、見つけ出さないといけない。

 私の話に冬馬さんは何も言わずに、ずっと瞳を見据え続けていた。純粋なその視線が鼻の奥が湿っぽくさせて、このまま口を開くと声が鼻声になりそうな気がした。

 大きく瞬きをして、夜空を見上げる。幾千の星たちを見ながら鼻をすすって、この時になって初めて決意を固めた。

 

「––––だから、私はゴールドプロに行きます」

 

 今までの弱い自分を切り捨てるように、語尾を強めてそう言い切った。冬馬さんは「そっか」と小さく頷いて、変わらない穏やかな顔のまま口を開いた。

 

「志保なら、そう言うと思ったぜ」

「……分かってたんですか?」

「なんとなく、だけどな」

 

 前髪の向こう側で眼を細くさせて、ニヤリと笑った。その笑顔に私が笑って返せたかは分からない。言い切れたことに対する安堵感と、言ってしまった以上後戻りができないという不安が胸の中で渦巻いていたからだ。

 だけど冬馬さんは顔つきを変えることなく、膝を叩いて腰を上げた。その拍子に頭のてっぺんから温もりが伝ってくる。冬馬さんの大きくて男らしい掌がいつの間にか私の頭の上に乗っていて、優しく撫でていた。

 

「がんばれよ」

 

 余裕の笑みで、私を見下ろす。そのまま両手を頭の後ろで組むと、歯を見せて笑った。

 

「良かったじゃねぇか。福岡に住みたいって言ってたし」

「そ、それは……っ!」

「冗談だって」

 

 戯けたように笑って、私に向けて親指をぐっと立てる。

 

「少しでも時間があれば、志保に会いに福岡まで行くから。だから、頑張ってこい」

 

 そう言って、冬馬さんは力強く私の背中を押してくれた。

 だけど、私が心の底で期待していた言葉は、最後まで冬馬さんの口からは出てこなかった。

 

 

★☆★☆★☆★☆ 

 

 

 いつもの駅で志保が改札を通っていくのを見送った時、ふとこの駅でこうして手を振り合って別れる機会も今後限られてくるのだろうなと思った。ふいに猛烈な寂しさが襲ってきて、福岡に行くと宣言した志保に対して必死に取り繕ってきた自然体が崩れそうになる。俺は辛うじて崩壊寸前一歩手前のところで踏みとどまって、なんとか笑顔で手を振って踵を返した。

 駅を出てから夏の夜の匂いがする帰路を歩く途中、無意識のうちに何度も溜息が溢れてきた。それはまるでパンパンに張り詰めていたボールの空気が抜けていくようで、溜息が繰り返されたびに俺の身体からは力が失われていくのが分かる。一人きりになってどっと疲れが押し寄せてきた身体は長くは保たず、駅から少し離れたところにあった駐車場で足を止めて、空になっていた駐車場のブロックの上に座り込んだ。何度目かのガス抜きをした後に空を見上げると、街灯の灯りの側では大勢の虫たちが屯ろしていた。

 

「……福岡かぁ」

 

 志保が福岡に行く予感はしていた。本人は当初、福岡行きは断ると話していたけれど、ユニット公演を終えた日から、時折ここではない何処か遠くを眺めるようになった志保の様子から、きっとゴールドプロの話を受けるのだろうなと察していたのだ。

 寂しい気持ちがないといえば嘘になる。だけどこの挑戦が今後の志保を間違いなく左右する決断になることを分かっていたから、俺はその想いは伝えなかった。伝えたら最後、きっと志保の夢へと向かう気持ちの足枷になってしまう気がしたからだ。志保は志保の夢に向かって頑張って欲しい、その思いに嘘偽りはなくて、だからこそ俺がその邪魔だけはしたくなかった。

 そんな複雑な気持ちが半分、もう半分は異様なまでの焦燥だ。

 北斗や翔太は315プロで今後の自分の歩むべき道を見つけ出し、未来に向かって進み始めた。志保だって迷いながらも、こうして福岡の地で独り夢を追う覚悟を決めている。その傍らで、俺は相変わらず今後の自分の未来設計図を何一つ描けず、漠然とした毎日を過ごしている。それがとても罪深いことのような気がして、異様なまでの焦りを募らせていくのだ。

 

 ––––このままじゃ、俺だけが取り残されちまう。

 

 数ヶ月前からまるで強迫観念のように襲い続けてきた不安が、今日の志保の決断を聞かされてからより一層具体性を増して俺を囲うようになった。

 確かに315プロにいればアイドルとして落ちこぼれていくことはないだろう。インディーズの頃と比べると仕事だって安定してあるし、他のメンバーたちの頑張りもあって事務所自体もそれなりに軌道に乗り始めている。だけど今の生活を続けていったところで、俺がずっと飛べると信じ込んでいた空の向こう側へは絶対に行ける気はしなかった。思い描く理想の自分、志保が憧れだと言ってくれた天ヶ瀬冬馬になるためには、何かが決定的に足りないのだ。

 ボンヤリと街灯に群れる虫たちを見ていると、その中で一際大きな羽を持つシルエットが灯に向かって行く姿が目に付いた。だけど一直線に街灯へと羽ばたいていった黒いシルエットは、光に近づいた途端に鈍い音を立てて落下して行ってしまった。そのあまりにも惨めに落下していく姿が、俺の胸をギュッと強く締め付ける。

 ズボンの裾を掴んで、眼を閉じる。瞼の裏ではあの日の志保が、憧れの眼差しを俺に向ける姿が浮かんできた。喫茶店で志保がずっと手の中で握り締めていた予感を確かなモノに変えてくれた感触––––、絶対に俺は飛べると、あの時に感じた確信を何度なんども確かめる。

 

 ––––俺はこのまま飛べないのだろうか。飛べる感覚は確かにあるはずのに、この感覚を憶えたまま、埋もれていってしまうのだろうか。

 

 焼け落ちていくシルエットが未来の自分に重なって見えた時だった。いつの間にか強く掴んでいたズボンの裾が、慌ただしく揺れ動いた。ポケットからiPhoneを取り出すと、しつこく揺れる画面に表示されていたのは石川プロデューサーの名前だ。

 こんな夜遅くに何かあったのだろうか、妙な胸騒ぎを抱えながら俺は応答のボタンを押した。

 

『あ、お疲れ様です。今大丈夫でしたか?』

 

 電話越しの石川さんは落ち着いた口調だった。どうやらトラブル系の連絡ではなかったらしい。

 

「大丈夫すけど、どうしたんすか?」

『今から少し時間ありますか? 冬馬さんにお会いしたいっていうお客さんが来てて』

「お客さん? 誰だよこんな時間に」

『まぁ、それはお楽しみってことにしておきましょう。今どちらにいますか? 場所教えてくれたら迎えに行きますよ』

 

 最後までその“お客さん”の名前を教えてはくれなかったが、場所を伝えた数分後に石川さんは車で迎えに来てくれた。石川さんの運転する車の助手席に乗り込み、夜の街を駆けていく道中に再度問いただしたが、やっぱり不適な笑みを浮かべるだけでその人の正体は教えてくれなかった。

 車に揺られて十分ほど経過した頃、少し不慣れな様子で二度ほど同じ道を走った後に石川さんは繁華街から少し離れたエリアのパーキングに車を停めた。それから俺に帽子と伊達眼鏡を差し出して変装するようにと指示を出して、暗い路地裏の道をゆっくりと進んでいく。何も聞かされないままその背中に付いていくと、大きなゴミ箱が並んだ曲がり角を曲がったところで、石川さんは年季の入った木製のドアをゆっくりと押して中に入って行った。開かれたドアの向こう側から微かな灯りと共に、鼻の奥を摘まれるような強い匂いが飛び込んでくる。その匂いと薄暗いお店の内装から、ここがアルコールを提供するお店なのだとなんとなく気付くことができた。

 

「おーい、こっちだ!」

 

 物静かな店の雰囲気をぶち壊すような暑苦しい声。店の奥のカウンター席に座った齋藤社長が俺たちの方へと大きく手を振っている。その隣に座っていた、齋藤社長の連れだと思われるメガネをかけた男性も、俺たちの方をじっと見つめていた。

 普段は立ち入らないような店に来て緊張しているのか、ほんの少しだけ肩肘を張っている。だけどそんな肩の力も齋藤社長の元へ近づくにつれ、隣に座る男の顔がはっきりとしてくると途端に抜けてしまいそうになってしまった。

 

「え、おい。あいつって、まさか……」

 

 咄嗟に足を止めて、石川さんの顔を仰ぐ。石川さんはそんな俺のリアクションを楽しむように、ニコッと笑っているだけで何も言わなかった。だけどその反応だけで齋藤社長の隣に座る男が誰なのか、確信がついた。そして男性もまた、俺を前にしてメガネの奥の眼を糸のように細め、笑っていた。

 

「……なんでアンタがここにいるんだよ。ハリウッドに行ったんじゃなかったのか」

「さっき帰ってきたんだよ。まぁ一時帰国だからまたすぐに戻らないといけないんだけどな」

 

 赤羽根さんが隣の椅子を軽く叩いて、「こっちに座れよ」と合図を送る。その合図に答えて高級そうな背の高い丸椅子に腰を下ろした時、ふと店の隅に置かれた大きなスーツケースの存在に気が付いた。取っ手の辺りにはヨレヨレのタグが付いたままになっていて、どうやら本当に空港に到着してからすぐにこのお店にやって来たらしい。

 

「ったく、帰って来たんだったらこんなとこに寄らないで765プロに顔出しにでも行ってやれよ」

 

 こんなところで道草を食ってる暇があるのなら、少しでも早く天海たちに会いに行ってやればいいのに。そう思っていたことがまんま口から出ると、赤羽根さんは少しだけ赤くなった頬をピンと伸ばして、驚いたように目をパチクリさせた。

 

「……驚いた。話には聞いていたけど、思ってた以上に雰囲気変わったな」

「はぁ? なに言ってんだ」

「いいや、こっちの話だ。気にしないでくれ」

 

 いつの間にか石川さんが注文をしてくれていたみたいで、無口なバーテンダーが俺の前にすっとオレンジ色のドリンクを差し出してくれた。当たり前だが俺は未成年のため、まだアルコールを飲むことができない。そういう法律なのだから仕方がないのだろうけど、齋藤社長や赤羽根さんがアルコールを飲んでいる様子を見ていると、ソフトドリンクしか飲めない自分がひどく子供に思えてきて居心地の悪さを感じ始める。

 なんか子供扱いされているようで良い気がしないまま、オレンジジュースを喉の奥へと走らせた。そもそもこんな遅い時間に未成年の俺がバーにいること自体、おかしな話なのだ。

 

「……君は最近、アイドル活動に窮屈さを感じていただろう」

 

 突然、齋藤社長がおもむろに言った。

 居心地の悪さを誤魔化すようにオレンジジュースを飲んでいた俺は、慌ててグラスをテーブルに戻す。齋藤社長は氷だけが残ったグラスの底を眺めながら、独り言のように話を続けた。

 

「もっと大きな空を飛んでみたい。だけど飛ぶ方法も方角も分からない––––。そんなもどかしさを抱え込んでいたんじゃないか?」

「……気付いてたのかよ」

 

 いつの間にか誰にも見せなかったはずの不安を、齋藤社長が的確な言葉で具現化した。

 無鉄砲で脳筋野郎なイメージばかりが先行する人だが、この人は妙に勘が鋭いところがある。そのことはスカウトを受けた時から薄々感じていたけれど、それでもここまで俺の内面を把握していたのは正直予想外だった。

 

「そんな君のために、今日は赤羽根くんが来てくれたんだ。さっ、後は君から直接話を聴かせてやってほしい」

「分かりました」

 

 どうやら無駄な世間話は一切省いて、本題に入るつもりらしい。

 話の全舵を任された赤羽根さんは、まず最初に自身と齋藤社長は以前から面識があり、時折連絡を取り合う仲だったことを説明してくれた。仕事だけではなくプライベートでも親睦があったようで、齋藤社長が315プロを正式なアイドル事務所として立ち上げる時に、俺たちに声をかけるよう勧めたのも実は赤羽根さんだったそうだ。

 

「私情ではあったけど、ずっと961プロを抜けた三人のことを気にかけてはいたんだ。あのまま終わらせるのは勿体ないって思ってたからな。それに齋藤社長のとこでならジュピターがもう一度輝けるんじゃないかって確信があったんだ」

「……そういうことだったのか」

「まぁなんだ、昔は色々あったけど315でまた頑張ってるって聴いて自分のアイドルのことのように嬉しかったよ」

「ふんっ、相変わらずお人好しなんだなアンタは」

 

 はははと困ったように笑って、赤羽根さんはグラスに口をつけた。残っていたお酒をそのまま一気に飲み干してグラスを空にすると、テーブルから肘を離して椅子を回転させ、俺の方へと身体ごと向ける。あの頃より少しだけ伸びた前髪を人差し指で除けて、メガネの奥の人の良さそうな眼で俺を見て言った。

 

「それで本題だ。俺が今ハリウッドでお世話になっているとこが、今年から留学生を受け入れる学校を設立したんだが、来年からは北米以外のアジアやヨーロッパ圏からの留学生も積極的に受け入れたいって話になってて」

「留学生を受け入れる学校? 語学学校かなんかでもやってんのか?」

「いいや、違うな。正確に言えば芸能活動をしている人たちを受け入れる施設で、ようはハリウッドにいる一流スタッフの元で音楽や演技を本格的に学ぶことが目的、って感じだ」

 

 まぁ当然英語でのレッスンになるから語学研修もあるんだけどな、と付け足した。

 赤羽根さんは人差し指で鼻上のブリッジを押して、メガネを掛け直す。その仕草を見て心臓が一度だけ、強く鳴った。この次に出てくる言葉が、なんとなくではあったが見当がついたのだ。

 

「冬馬がずっと何か刺激を求めているって話は齋藤社長から聞いてたよ。だからもし興味があるんだったら、高校生卒業してから二年間、ハリウッドに来て色々と学んでみないか?」

 

 俺の中の何かが大きな音を立てて弾けた。

 それと同時に、今まで全く見えてこなかった空の一番高いところへの道筋が、すっと浮き上がって来たような気がしたのだった。

 

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