【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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添削してたら訳わからんことになったので、一回分伸ばしました。
この回含めてあと4回で初投稿も終わりです。




「––––本当は止めてほしかった! 「行かないでくれ」って、言って欲しかったのにっ!」

 

 そう叫んで志保が泣き崩れた時、すっと頭が冷えていくようだった。この時になって俺は初めて、自分が自惚れた勘違いをしていたことに気付かされた。

 

 いつから俺は志保のことを分かった気になっていたのだろう。

 決して長いとは言えない志保と過ごしてきた時間をざっと遡ってみたが、そのキッカケとなった出来事や、明確な時期は分からなかった。だけど俺は多分、知り合って日が浅い頃から、志保のことを分かったつもりになっていた気がする。

 育った環境や性格、アイドル活動に対する考え方や価値観など、俺たちの間には沢山の共通点が存在していた。言うなれば俺たちは似た者同士で、そう思ったからこそ不思議と志保の考えていることや悩み、葛藤などが手に取るように理解できる気になっていたのかもしれない。そして、きっと俺だけではなく志保も同じなのだと。志保と過ごす時間が長くなる度にそういった信頼感のような感情が芽生えてきて、いつからか俺たちは言葉を交わさなくても意思疎通が図れているものだと思い込んでいたのだ。

 だけど、そんなはずはなかった。

 共通点が多くあろうがなかろうが、他者の全てを理解することなんて当然不可能なことなのだ。そんな当たり前のことも忘れて志保の全てを理解した気になって、それを高慢と言わず何と言うべきか。そしてその勘違いが、こうして自分の大切な人を不安にさせ、深く傷付ける凶器となってしまっていたことにも、俺は今まで気が付くことができなかった。

 

「……俺、志保のことを分かったつもりになってた」

 

 今になって振り返れば、俺と志保の考えが噛み合っていない時は多々あったのかもしれない。

 だけど志保のことを分かったつもりになっていた俺はそのズレと向き合おうとしないで、勝手に自分の頭の中でだけで推測し、完結させてしまった。きっと志保はこう思っているだろう、こんなことを考えているのだろう、といった風に。

 そんな勝手な予想が間違っていたとも、例え大きくはないズレもそれが積み重なれば大きなズレになることも知らずに、だ。

 

「––––冬馬さんは不安じゃないんですかっ!? 私は不安で仕方がないのにっ!」

「……ごめん」

 

 嗚咽混じりの叫び声に俺は心からそう言った。そう言うしかなかった。 

 俺の腕の中に志保が倒れ込んできて、泣きじゃくりながら二度ほど肋骨の辺りを叩く。泣きじゃくる志保の小さな拳には強い力が込められていて、それは志保が長い間俺に見せないようにと隠してきた不安の強さを表しているようだった。

 

 俺だって不安じゃないはずがなかった。

 

 だからこそ俺はなるべく平静を装って、少しでもありのままの自分で居続けようとした。寂しいなんて口にしてしまえば互いに後ろ髪を引かれる想いをすると分かりきっていたから、旅立つ瞬間まで今までと同じように過ごすことができれば、志保の不安も少しでも軽減できるのではないかと思って。

 だけど、結果としてそれが裏目に出て志保の不安を煽ってしまっている。志保のことを何も分かっていない、理解できていなかったのに分かった気になっていた自分の勘違いが招いた失策だった。

 

「……志保、今から行きたいところがあるんだけどいいか」

 

 華奢な肩に優しく手を置くと、胸の中で泣いていた志保がそっと顔を上げた。鼻の先まで真っ赤にさせた志保の、大粒の涙が溜まった瞳が不安げに俺を見つめている。その潤んだ瞳が俺の鼻の奥を刺激した。

 思わず零れそうになった涙を堪えるように空を見上げながら鼻を啜ると、俺たちの上空では雲に覆われた月が曖昧な光を放っているのが目に入った。それはまるで、俺たちの行末を暗示しているかのように不安定な光だった。

 

「遅くなっちまったけど、これからのことをちゃんと話したいんだ」

 

 言葉にしたところで、俺の想いが全て伝わるかどうかは分からない。だけど、ちゃんと話さないといけないのだと思う。このまま明日の別れを迎えないためにも。これからの俺たちのためにも。

 震える首が縦に動いたのを確認してから志保の手を引いて、俺たちが初めて出会った場所へと向かった。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 そう遠くはない目的地までの道中では、互いに一言も言葉を発さなかった。無言の時間が積み重なって出来上がる重苦しい雰囲気の中で、俺はずっと頭の中で志保に伝えるべき言葉を探していた。俺の思っていることを全て一ミリも残さずに伝えれるには、どんな言葉を用いればいいのだろう。今まで志保のことを分かったつもりになっていたことへの「ごめん」なのか、明日の別れを惜しむ志保へ同情するような「寂しい」なのか、幾つかそれっぽい言葉たちが頭に浮かんできたが、どれもピンとこなかった。

 なんだろう、そんな在り来たりな言葉ではなくて、もっと別に伝えなければいけない言葉があるような気がしたのだ。

 ふと信号で足を止めた際に、俺の手の中が優しい温もりに包まれている事に気が付いた。その温もりの正体が志保の小さな手の平から伝って来ていたものだと知ると、途端に今となっては当たり前に感じるようになったこの温もりが、何故かひどく懐かしいモノのような感覚を覚えた。

 

 ––––あぁ、俺、ずっとこの温もりに守られてきたんだな。

 

 その事に気がつくと、改めてその温もりが身に染みていく。

 何度も志保から勇気を貰ったこと、一緒に過ごした楽しい時間のこと、想いを伝えあった時に空に手が届きそうな予感がしたこと––––、手の平から伝ってくる陽だまりのような志保の温もりと共に、この一年半の思い出たちが俺の胸を圧してくる。

 志保と一緒に過ごした日々は、鮮明なままフィルムとしてしっかりと焼きついていた。思い出だけじゃない。俺がその時に何を感じて何を思ったのか、見上げた空の高さも肌を優しく撫で回す微風も、景色も空気だって、何もかもが一つも欠けることなく胸に刻み込まれている。

 

 ––––志保にも同じような思い出があるんだろうな。

 

 俺の持つ思い出とは少し違う景色のもあるかもしれないけど、俺たちはきっと胸に抱えれきないほどの思い出を持っているのだと思う。

 そしてその思い出たちを一つも落とすことなく、風化させることもなく、別々の道へと歩いていくのだろう。

 

「……ここって」

 

 目的の場所に近付いてきたところでようやく気が付いたのか、何も聞かされずに手を引かれていた志保の足が止まった。それにならって俺も足を止める。志保は涙の跡を頬に残したまま俺の顔を見上げて、言葉を待っていた。

 冷たい風が俺たちの間を縫うように駆けていく。ちょうど一年と半年ほど前に、今と同じこの場所に立った時に感じた想いが、ふっと胸の奥から込み上げて来た。あの時に俺が感じた焦りも、不安も、何一つ色褪せていないまま、静かに俺の胸の中で波打っている。

 それらを全て胸に抱きしめたまま、志保へと視線を戻した。

 

「……志保と初めて出会ったこのアリーナのステージに立つのが俺の今の夢なんだ」

「出会ったって、この時はまだ互いに知り合ってすらなかったと思いますけど」

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

 呆れたように志保が笑って、ほんの少しだけ空気が和らいだ気がした。

 確かに志保の言う通りなんだろうけど、それでもきっとあの瞬間、この場所から、俺たちの関係はもう始まっていたのだと思う。

 

「本当にごめん。最後まで志保のこと分かってやれなくて」

 

 俺はその和らいだ今の雰囲気に流されて、大切なことを有耶無耶にはしたくなかった。

 どこから手を付ければいいのか分からないほどに、話したいことがある。だけどまずは謝罪の言葉を伝えたいと思って、志保の瞳に向かってそう言った。

 

「ごめんな。ちゃんと話さないと志保だって何も分からねぇし不安に決まってるよな」

「そ、それは––––……」

「本当にすまねぇと思ってる。だからちゃんと話すよ、俺が考えているこれからのことを」

 

 志保は不自然に上がっていた口角を下げて、笑みを切った。そのまま口を閉じたまま、やっぱり俺の言葉を待っているように見上げている。

 

「ずっと俺は何かでっけぇことをやれるって思ってた。この手の中には、確かにそんな感触をあったんだ」

 

 志保の視線が、俺の右手に向かって落ちた。拳を作っていた右の手のひらを開いてみたけれど、その上には何もなくて、当然ながら空っぽのままだ。だけどそこには確かに目に見えない“何か”の、感触が残っていた。決して目に見えるものではないけど、それは空想なんかじゃなくて、確かにこの手の中にあるものだった。

 その確信があったから、志保に話したってちゃんと伝わるかは分からないけど、伝えたいと思ったのだ。

 

「笑っちまうくらい根拠なんかねぇんだけど、いつかは俺はこの空を飛ぶくらい大きなことを成し遂げてやるって信じてた。だけど––––」

 

 唇を噤んで一度だけ空を仰ぐと、目の前に佇む建物へと視線を向けた。あの時に感じた劣等感と敗北感を、唾と一緒に飲み込む。少しだけ苦い唾液が、すっと喉の奥へと走っていくのが伝わってきた。

 

「……俺、正直もうダメなのかなって思ったんだ。天海たちのステージを見て」

 

 考えていたことが、そのまんま口から出ていた。それこそ、一年前に高台の公園で想いを伝えあった時と同じように。

 俺はアリーナライブで初めて自分たちの現在地を突き付けられて、ずっと手の中で大事に温めていた可能性を疑うようになった。俺は誰よりも高い空を見ていて、その空の一番高いところへと辿り着く鍵を持っている––––、そう信じてやまなかったはずなのに、あの時だけはどれだけ手を伸ばしても、そこは絶対に届かない世界のように感じられたのだ。

 961プロを退社して極端に仕事がなくなり、明日が見えない毎日をひたすらに歩き続けていたインディーズ時代。そんな時期に天海たちのアリーナライブを観たからこそ、ステージに向けられたスポットライトがいつになく輝いて見えていたのかもしれない。

 弱気になっていた背中を押してくれたのは、あの日の志保だった。

 

「でも志保はそんな俺みたいに生きたいって言ってくれた––––」

「喫茶店で私が相談した時、ですよね?」

 

 久しぶりに志保が口を開いた。俺はポケットに両手を突っ込んだまま、一度だけ頷いた。

 喫茶店で感じた、ぐっと背中を押してくれる追い風を手に入れたような感覚は今でも鮮明に覚えている。空の飛び方も、飛ぶ方角さえも分からない俺でも、どこまでだって飛んでいける––––なにも根拠のない自信ではあったけど、俺に向けられた志保の眼差しと言葉から、そんな勇気をもらったのは確かだった。

 

「あぁ。俺、あの時は本当に嬉しかったんだぜ」

「それで頑張りすぎて体調崩したんですもんね」

「……そういえばそんなこともあったな」

 

 そう言った志保の目は、三日月形になって笑っていた。その意地悪な視線に、俺は思わず苦笑いを返す。

 志保に看病をしてもらった日のこともよく覚えていた。弱っていたせいか、今まで北斗や翔太にも打ち明けなかった弱音を初めて志保の前で吐いたことも、そしてそんな俺に志保が「分かりますよ」と優しく言ってくれたことも。

 

「……俺だって遠距離恋愛なんて寂しいし不安なんだよ。できるもんなら志保にはずっと側にいて欲しいって思ってる」

「冬馬さん……」

「だけどそれじゃダメなんだ」

 

 いつの間にか泣き止んでいた志保の落ち着いた息遣いが冷たい風に紛れて聴こえてくる。志保は俺の言葉の一つ一つをしっかりと胸に刻み付けるように、ジッと眼を見ながら話を聞き続けてくれていた。

 優しい微風が、俺の前髪をさらう。視界が開けたのを合図にして、俺をハリウッドへと導くキッカケとなった決意を、夢の舞台であるアリーナの前で宣誓した。

 

「俺自身さえも疑っていた自分の可能性を、志保は信じてくれた。だからこそ、俺はずっと志保が憧れた天ヶ瀬冬馬であり続けたい。志保が信じた可能性を、形あるものにして、間違ってなかったって証明したいんだ」

 

 志保は何も言わずに、俺を見上げていた。その瞳の中に映った月はか細い煌めきを持ったまま、ゆらゆらと揺れている。瞬きをした拍子に月から大きな雨が一滴だけ溢れたが、その顔は曇り空を一切含んでおらず、むしろ清々しいほどに晴れ渡る空のようだった。

 その志保の表情を見て、やっぱりとっくの昔から気付いていたんだろうなと思う。俺が手の中に握っていた“何か”を、空を飛ぶことだってできるという可能性を。

 志保の潤んだ瞳は、俺がずっと確かめられないでいた––––、だけど信じていた世界を、ハッキリと映し出していた。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

「俺自身さえも疑っていた自分の可能性を、志保は信じてくれた。だからこそ、俺はずっと志保が憧れた天ヶ瀬冬馬であり続けたい。志保が信じた可能性を、形あるものにして、間違ってなかったって証明したいんだ」

 

 冬馬さんのその言葉を聴いた時、私は思わず瞼を閉じてしまって、涙が溢れてしまった。

 だけど不思議なほどに、その涙には「悲しい」や「寂しい」といった感情は含まれていなかった。そういったネガティヴな想いより、ポジティヴな想いが圧倒的に私の胸を埋め尽くしていたからだ。

 私がずっと冬馬さんの中に見出していた煌めきを、冬馬さん自身も感じていたことが凄く嬉しかった。

 やっぱりこの人は特別なんだ。いつか大勢の人の心を奪うような“何か”をやってくれる可能性を秘めた人間なのだと。

 願望に近かった憧れが、冬馬さんの話を聴いて確信に変わる。やっぱりこの人は、神様から印を貰った特別な人間なのだと思った。

 

「私、好きですよ。冬馬さんのそういうところ」

 

 冬馬さんの魅力を語れと言われれば、私は恥ずかし気もなく何時間も語ることができるだろう。

 時折言葉を失ってしまうほどに目を奪う綺麗な横顔、ぶっきらぼうに見えて優しいところ、何事にも絶対に手を抜かないところ、意外とシャイで子供っぽい一面も多々あること––––。

 冬馬さんの魅力は星の数ほどあるけれど、私が一番に惹かれたのは簡単な言葉で言い表すことのできるモノではなかった。私が冬馬さんに一番惹かれたのは端正な容姿でも優しい性格でもなくて、彼が言う「手の中にあった“何か”」と、その可能性を信じて突き進もうとする冬馬さんの生き様だったのだ。

 

 ––––私の思っていたこと、ちゃんと伝わってたんだな。

 

 気付いていないと思っていたけれど、冬馬さんは私が感じていた可能性にとっくの昔から気が付いていた。そのことを知れたからこそ、先ほどまで私の心を破壊するほどに覆っていたネガティヴな感情たちは一斉に浄化されたのかもしれない。

 そしてあれほどまでに悲しくて仕方がなかった明日の別れも、不思議と今は何も私に訴えてこなかった。むしろ私ではなくて、冬馬さんらしい生き方を選んでくれたことが、嬉しいと思えるようになったのだ。

 

「初めて冬馬さんを知った時、純粋に羨ましいと思ったんです。冬馬さんは空のずっと高いところを見ていて、いつかそこに辿り着けるんだろうなって気がしてました。だから私もそうなりたいと思って」

 

 喫茶店で話を聴いてもらった時と同じように、冬馬さんの目元は照れ臭そうにふくれて、笑っていた。

 冬馬さんが見つめる空を私も飛びたくて、だからこそ飛べない一般人の自分を冬馬さんに重ねるようになった。それが速水さんの言うように誰かが生き方をコピーしているだけで、誰かの真似をしているだけでは絶対にこの空を飛ぶことはできないのだとも知らずに。

 

「だから、私は福岡に行こうと思いました。いつか冬馬さんの見てる空に一緒に飛び立てるように、そのためには夢に一番近い世界で頑張るべきだと思ったんで」

 

 本当の意味で自分の道を生きることが、冬馬さんと見てる空に繋がることを信じて。私の憧れる自分になるために、私は自分自身の意思でこの道を選んだのだ。

 私たちは明日からそれぞれの場所で、たった独りで、互いの手が及ばない世界でこの空に向かって突き進んでいかなければいけないことになる。

 だけど冬馬さんの気持ちを知った今なら、別々の道を選んだことが誤りだったとも、自分が明日から孤独になるとも思わなかった。

 

「互いに譲れない想いがあって、それぞれの場所で頑張らないといけなくて、支え合うことなんて今までみたいにはできねぇかもしれないけどさ」

 

 丁寧に言葉を選びながら紡いでいく冬馬さんの、無限の可能性を握り締めた右手が、私の頬に触れる。まるで記憶の中の父の手の平のようにゴツゴツとした大きい手から伝ってくる冬馬さんの純粋な想いは、確かに私の胸の奥底にまで行き届いていた。

 

「けど俺は、互いの存在を誇らしく見つめ合うことができれば、きっとそれぞれの夢に辿り着けるって信じてる」

「––––っ」

 

 返事をしようとしたけれど、口が開かなかった。その代わりにに不意にまた涙が溢れてきて、私はその涙に戸惑いながらも笑いかけることしかできなかった。

 頬を伝って足元へと落ちていく涙を冬馬さんは優しく拭ってくれると、そのまま私の身体をギュッと強く抱きしめた。力強くも優しい腕に抱かれた私も、冬馬さんの腰に両手を回す。ふと至近距離で私を見下ろす冬馬さんと視線が交錯した。瞬く見つめあった後、冬馬さんが腰を曲げて私たちは初めて唇を重ね合った。この時初めて、本当の意味で私と冬馬さんは言葉を交えずとも分かり合えたのだと感じた。

 頬に残った涙の通り道の跡に風が触れてこそばゆい。春の入り口から漂う草木の優しい匂いが、私たちを包み込む。

 大きな腕の中に抱かれたまま、私は幸せだなって、そんな月並みなことを考えていた。そんな安っぽい言葉一つで今の気持ちを表現できるとは思わなかったけれど、本当にこの言葉以外に言いようがなかったのだ。

 

「私、冬馬さんを好きになって本当によかった」

「あぁ、俺もだぜ」

 

 冬馬さんが私を瞳の中を見て笑う。それに釣られて、私も自然と笑みが溢れた。

 

「俺たちはこれからずっと一緒にいるんだから、その長い時間の中で振り返れば二年なんか一瞬だって。遠距離なんか乗り越えてやろうぜ!」

「……そうですねっ」

 

 今度はちゃんと言葉で返事をすることができた。

 その返事を聴いた冬馬さんは満足そうに私の頭を撫でて、再び顔を近づけてくる。その意味を知っていたから、今度は私が精一杯背伸びをして口付けをした。

 高台の公園で想いを伝えあった一年前と同じ、草木の匂いを含んだ春の風が吹いて、私の胸をぎゅっと縮ませる。春の訪れと、私たちの別れはもうすぐそこに迫っていた。

 

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