【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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あそうだ(唐突
今更だけどTwitter始めたからさぁ、みんなフォローしとけよしとけよ〜


EpisodeⅡ:俺と私の共通点

 俺が見上げる空は皆が見ている空よりも何千メートルも高くて、どこまでも続いている。空を仰げばいつも鳥一匹いない水色の広大な世界が見下ろしていて、障害物が何一つない滑走路から俺が飛び立つのを今か今かと待っているようだった。そんな感覚がずっと手のひらの中に存在していた。

 だけどいざ広げてみると手のひらの上には何もなくて、ずっと握りしめていたと思っていた“何か”が錯覚だったのではないかという不安に駆られる。何もない手のひらの上には確かに“何か”があった感触はまだ手元に残っている。俺を待っている大空にだって飛び立てると高揚感に満ちた気持ちだってあるはずなのに。

––––俺はこのまま何も掴みとれずに埋もれて行ってしまうのだろうか。飛び立てる感覚を憶えているのに、指をくわえて大空を見上げることしかできないのだろうか。

 目の前の景色が空虚なモノだと知り、961プロを抜けたあの日から、何度もなんどもそんな感覚に誘われていた。北沢志保と知り合ったのは、インディーズ活動を始めて半年以上が経過した夏の暮れの日のことだった。

 異様なまでの上昇志向と負けず嫌いな性格をした北沢の姿が、過去の思い上がっていた俺の姿と重なって見えた。だからこそ、俺は今まで誰にも話してこなかったジュピターの話をしたのだと思う。

 

「私、天ヶ瀬さんのようになりたいんです」

 

 765プロのアリーナライブでバックダンサーとしてステージに立ち、その後発足された39 Projectの一員として765プロの所属アイドルになった北沢は、俺に憧れを抱いていると言ってくれた。その話を聴いた時、くすぐったい気持ち半分、心地よい気持ち半分が肺の中で満たされていくような感覚がした。俺が手のひらに握っていたはずの感覚は本物なのだと、そんなことを北沢が言ってくれたような気がしていたのだ。

 

 結局北沢が求めていたような答えを俺は教えてあげれなかったと思うけど、それでも俺の経験から何かヒントを感じ取ったのか、話を終えた時には北沢は随分と迷いが吹っ切れた表情をしていた。「さようなら」ではなく「また」と別れの挨拶を済ませ、俺の元を去った北沢の背中に向けて「頑張れ」と送った。その言葉は北沢に向けてというより、自分に言い聞かせるように。

 俺はまだまだこんなところで埋もれていてはいけない。一人残されたテーブルで、ギュッと握りしめて開いた手のひらの中には、確かにあの感覚が残っていた。

 

 

 

Episode Ⅱ : 俺と私の共通点

 

 

 

 

「マジックアームシールド使うなんて汚ねぇぞ!」

「あははは! 禁止カードでもなんでもないのに汚いもクソもないでしょ!」

「ちっ、こんな外道な手使ってまで勝って楽しいかよ!」

「楽しいよ! これで僕の5戦全勝だからね!」

 

 それじゃ約束通りジュースよろしく、と得意げに笑う翔太に舌打ちをして、俺はスマートフォンをベッドに放った。つまらねぇ、と吐き捨てて天井を睨む俺の姿がよっぽど面白いのか、翔太は腹を抱えて笑っている。

 二人ともちょっといいか、スマートフォンのゲームで熱くなる俺たちに目もくれず、メガネをかけてずっとパソコンを触っていた北斗が口を開いたのは、俺がマンションの下にある自動販売機で翔太へのジュースを買って戻ってきた時だった。

 

「ん? どうした、何かあったのか」

「あぁ。ジュピターに仕事のオファーがきたんだ」

「仕事!? やったー!」

 

 俺から受け取ったペットボトルを握りしめたまま、翔太が大袈裟な声を出した。そしてピョンピョンと跳ねるようにベッドから降ると、北斗の後ろからパソコンを覗き込む。

 

「なになに、音楽番組? テレビに出れるの!?」

「残念ながらテレビではないな。ファッション雑誌のインタビューだ」

「ちぇー、久しぶりにテレビで歌いたかったな」

 

 地上波の仕事なんてそうそう回ってくるわけねぇーだろ、と残念そうに溜息をつく翔太に内心思う傍ら、翔太の気持ちも分からなくはなかった。

 俺たちジュピターは芸能人ではなくアイドル、アイドルならステージに立ってパフォーマンスを魅せるのが仕事のはずだ。それなのに届くオファーはファッション雑誌のグラビア撮影やインタビューばかり、時折ラジオ収録があるくらいで、961プロを辞めてインディーズ活動を始めてから地上波での音楽番組に出演したことなんて一度もなかった。公にこそしてないものの、世間は狭い世界で繋がっていて、俺たちと961プロとで確執があったことも業界内では伝わっているのだと思う。大手事務所を喧嘩別れのような形で抜けた俺たちを出演させようとするテレビ番組などあるはずがなかったのだ。

 

「ふんっ、仕事が来るだけ有難いと思えよ」

「まぁ、冬馬くんの言う通りだね。ここ最近は仕事も特になかったし」

 

 むしろこういった小さな仕事でも来るだけ恵まれている方だ。現に九月なんか仕事が月に二日しかなかったのだから。

 夢のない現実を突きつけられ、つまらなそうに頭の後ろで手を組んでいた翔太だったが、パソコンのディスプレイの中に何か見つけたようで、少しだけ目を見開いて画面を凝視している。その様子が少しだけ気になって、俺もベッドから身を起こした。

 

「……今回は他事務所と合同なんだね」

「あぁ、久しぶりに765プロが来るみたいだな」

「は!? 765プロが来んのかよ!」

 

 至って冷静な二人と対照的に、俺はひっくり返った声で叫んだ。そんな俺を見て意地の悪い笑みを浮かべる北斗は、「冬馬が期待してる765プロではないけどな」と付け加えた。

 

「来るのは39 Projectの3人だ。ドラマの番宣も兼ねてと書いてあるから、実質メインはこの3人なんだろう」

 

––––39 Project。

 その名を聴いて、何故か胸の奥にある琴線が震えた気がした。胸がドクンと大きく脈打ったのを合図に、全身に電撃が走るような感覚が駆け巡って、次第にソワソワして落ち着きがなくなっていくのが自分でも手に取るようにわかった。

 

「ドラマの番宣って、アレ? 確かこの前発表があった年末のドラマの」

「『階のスターエレメンツ』、だな」

 

 えーっと確か出演者は……、と独り言を口にしながら目を細めてパソコンに顔を近付ける北斗の側から、俺は待ちきれずに首を伸ばしてディスプレイを覗き見した。クライアントから届いた定型文のようなかしこまったメールの下部分には、小さく“予定”と加えられた共演者の名前が載っている。田中琴葉に春日未来、そして矢吹可奈……。どれも知らない名前だった。この3人が近々始まるドラマに出演していて、そのドラマの主題歌を3人組ユニット、“STAR ELEMENTS”として歌うことも決まっているらしい。

 なんだ、北沢じゃなかったのか。そう思った途端、身体中を駆け巡っていた緊張感が一気に抜けていった気がして、俺はパソコンのディスプレイから目を離した。

 

––––あれ、なんで俺はアイツのことを考えていたんだ。

 

 少しだけ開けた窓から伝ってくる外の生温い空気が後頭部に優しく触れて去っていったのと同時に、39 Project の名が俺の琴線に触れた訳にふと気が付いた。どうして俺は無意識に北沢の名前を探していたのだろう。

 北沢と話をした土曜日から、もう半月ほどの時間が経っていた。その間、北沢から連絡がくることは一度もなく、俺から連絡を送ることもなかった。俺たちは妙なキッカケで知り合った同業者なだけで、それ以上でもそれ以下の関係でもない。そう分かっていたはずなのに、無意識にスマートフォンの通知を何度も確認したり、39 Projectの名を聞いて彼女の姿を思い浮かべたり––––……。

 俺は何を期待していたのだろう。

 STAR ELEMENTSのメンバーについて楽し気に話す二人の側で、俺の脳裏からはずっと北沢の姿が離れずに居座り続けていた。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 天ヶ瀬さんも春香さんと同じだった。私のことを肯定もしなければ否定もしない、私が探している答えを教えてはくれなかった。そのはずなのに、天ヶ瀬さんと会って話をしたあの日から私の胸の中を覆うように漂っていた霧たちが、少しだけ晴れたような気がしていた。

 

 春香さんたちの“本気の姿”を見たアリーナライブの日から、私の中の“何か”が劇的に変わり始めた。人付き合いを極力避けていたいた私が今までは参加しなかったような集まりにも参加するようになり、初顔合わせとなった39 Projectの面々とも我ながら驚くほどにすぐに親睦を深めることもできた。何より、そういった誰かと一緒に過ごす時間に以前ほどの抵抗を感じるどころか、居心地の良さを感じ始めるようになったのが自分の中で一番の変化だった。

 その反面、変わりゆく自分を受け入れようとしない葛藤も私の中に存在していた。春香さんたちとの想像以上の差を痛感して、本気で越えようと思うのならもっともっとストイックに頑張らねばいけないはずなのに、それどころか今まで散々嫌っていた“馴れ合い”に居心地の良さを感じ始めていた自分に矛盾を感じていたのだと思う。

 変わりつつある自分と、そんな自分を受け入れるべきではないと拒む自分。その狭間で揺れ動いていた私に、「私の憧れとジュピターの生き方は違う」と断言した天ヶ瀬さんはこう言った。

 

「北沢の考えは間違ってねぇよ。本気なら誰にだって負けたくないって思うのは当然のことだから」

 

 俺も今だってそうだし、と言って少し苦笑いを浮かべながら。天ヶ瀬さんの瞳は遠くを見つめているようだった。それからポツリポツリと口から零れだすように、天ヶ瀬さんは前に所属していた事務所のことを話してくれた。961プロの社長に都合よく利用されていたことに気が付かず自惚れていたこと、そして真の意味でトップアイドルを目指すために事務所には所属せずインディーズとして活動をすることに決めたこと––––。

 私が想像していたよりもジュピターの3人はずっと多くの苦労をして、活動していたのだと思い知らされた。だからこそ、天ヶ瀬さんの言葉は効力を持っていて、私の胸に響いたのだと思う。

 

「独りじゃ絶対に夢は叶えられないんだ。助けてくれるスタッフたちがいて、支えてくれるファンがいて、切磋琢磨できる仲間がいて……。そのことを理解した上で、独りでも夢を叶えたい、誰にも負けたくないって気持ちで頑張ればいいだけじゃねぇの」

 

 孤独が正しいとか馴れ合いが必要とか、無理に決める必要はねぇよ。

 湖の水面のように静かに話す天ヶ瀬さんの言葉たちが、すっと胸の中に入り込んでいく感覚がした。胸の奥底に到達した彼の言葉が猛烈な光となって、あの日から私の胸の中を覆い続けていた霧たちを消し飛ばしていく。浄化された胸の中は空洞のように広く、身体全体がものすごく軽くなったような気がした。

 

––––負けず嫌いな私も、少しずつ変わり始めた私も、どちらも間違ってなかったんだ。

 

 天ヶ瀬さんにそう諭されたような気がして、私はホッとしたように安堵の溜息をついた。今までどっちが正しくてどっちが間違いだと白黒つけなければとばかり決めつけていたのに、両方の私を受け入れてもいいのだと。そう教えてくれた天ヶ瀬さんはあくまでアドバイスのつもりだったのかもしれないが、私にとってそれはほぼ答えに等しい言葉だった。

 探し求めていたモノが見えてきた気がして、私は席を立った。本当はもう少し天ヶ瀬さんと話をしていたい気持ちもあったのだが、時計の針はランチタイムに近づいていることに気が付いていたのだ。今でこそ私たち以外誰もお客さんがいない店内だが、そろそろ増える頃合いなのかもしれない。そうなると以前のように迷惑をかけてしまうような気がして、名残惜しい気持ちを抱えたまま私はそろそろ店を出ることを天ヶ瀬さんに伝えた。天ヶ瀬さんは引き止める訳でもなく、「そっか」とだけ呟いた。 

––––少し勘違いしてたけど、今でも天ヶ瀬さんの生き方に憧れを抱いています。

 そう伝えたかったけど、こんな歯が浮くような言葉を私が口にして伝えることなんてできるわけがなくて。

 

「今日は本当に有難うございました。あの、迷惑じゃなければまた何かあったら連絡してもいいですか?」

 

 そんな在り来たりな言葉を伝えることしかできなかった。そんな私の内心も知る由もない天ヶ瀬さんが、「全然いいぜ」とだけごく自然に返したのを聴いて、私は店を出た。さようならと言わずに「またな」と言ってくれた天ヶ瀬さんの言葉の通り、また近いうちに何処かで会えるような気がして、私は一度も振り返らずに店を後にした。

 店の外の世界は強烈な日差しに晒されていて、九月も終盤だと言うのに唸るような暑さを感じさせていた。だけど不思議とその日差しも暑さも、今ばかりはちっとも嫌な気にならなかった。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆

 

 

 

「あら、志保ちゃん。お疲れ様」

 

 十月に入り、東京に吹く風が生暖かく感じ始めた頃。レッスンを受けるため、放課後に劇場に立ち寄った私は控え室で琴葉さんに会った。トレードマークのカチューシャをした琴葉さんは、困った表情で薄い冊子を睨んでいる。その冊子の表紙部分に、チラリと見覚えのある英単語が見えて私は声を掛けた。

 

「それって、今度入るって言ってたインタビューの資料ですか?」

「え? うん、志保ちゃんも知ってたんだ」

「可奈が以前話していて。ファッション雑誌のインタビューなんて緊張するって言ってましたけど」

「あははは、可奈ちゃんらしい」

 

 そう言って笑っていた琴葉さんだったが、その笑顔は少し取り繕ったようにも見えた。琴葉さん自身も緊張しているんだろうなと思いつつも、その本心には触れずに琴葉さんの前に腰を下ろす。琴葉さんの睨んでいたA4冊子の表紙部分には、「STAR ELEMENTS様 インタビューマニュアル」と印刷されていた。

 39 Projectが始動して間もない頃、急遽社内オーディションが開催されたことがあった。年末に放送されるドラマのキャスティング依頼がきて、その人選を兼ねたオーディションだったらしい。クライアントの要望が『今時の若い女の子で、王道な子が3人欲しい』といった超アバウトなオーダーでプロデューサーも困り果てていたそうだが、39 Projectととしても名前を売り出す大きなチャンスだと捉え、プロデューサーが独断と偏見で『今時の若い女の子で、王道な子が3人欲しい』のオーダーに基づいたアイドルをピックアップし、社内オーディションを行った。その結果、琴葉さんと中学二年生の春日未来、そして私と共にアリーナライブにも参加した可奈の3人が選ばれ、“STAR ELEMENTS”という名のユニットを組むことになったそうだ。

 ……ちなみに私は、プロデューサーの中で『今時の若い女の子で、王道な子が3人欲しい』に当てはまらなかったようで、声がかからなかったためオーディションには参加してない。

 

「番宣もするって聞いてるから、最年長だし私がしっかりしないといけないとは思っているんだけどね」

 

 冊子を見つめていた私の本心を汲み取ったのか、琴葉さんは弱音を吐くようにポツリと独り言を口にした。琴葉さんも3人の中では最年長と言えども、つい最近アイドルになったばかりの新人アイドルだ。真面目な性格なのもあるが、不安になるのは仕方がないと思う。

 

「ファッション雑誌のインタビューなんて初めてだから何言えばいいか分からないし、男の人も見る雑誌らしいから尚更不安で」

「え、そうなんですか?」

 

 それは初耳だった。3人のインタビュー記事とドラマの番宣がメインだと聞いていたから、てっきり同性向けのファッション雑誌だとばかり思っていた。驚いた私に「そうなの」、と困り果てた顔をして琴葉さんが同意を求めてくる。

 

「今流行っている若い子たちの私服を私たちがコーデして紹介する形式らしいんだけど、異性のモデルが同じように選んだコーデを評価し合うってコーナーがあって」

「ん? ということは琴葉さんたちだけじゃないってことですか?」

「そう。私たち3人と男性のモデル3人がそれぞれが自己プロデュースで今流行りの服を選んで着て、それを解説しつつ、最後に3人の中で誰が一番センスが良いかってのを男性モデルの意見を元に競い合うみたい」

「うわぁ……」

 

 琴葉さんの話を聞いてSTARS ELEMENTSのオーディションに呼ばれなくてよかったなと、心底思った。コーデした流行りの服を自ら解説して最後に異性のモデルたちからランク付けされるなんて、地獄のような企画だった。恵美さんのように元読モなどの経験があってファッションに詳しい人なら問題ないのだろうけど、そうじゃない人にとっては苦行そのものだろう。

 番宣とインタビューが主な内容だと可奈から聞いていたから、てっきりそれだけだと思っていたが実際は結構面倒な案件だったらしい。目の前の琴葉さんには勿論、この場にいない未来と可奈にも心の中で同情の念を送る。

 

「ちなみになんですけど、男性モデルの方たちは当然初対面なんですよね?」

 

 初対面の人たちのコーデを評価するのって結構大変じゃないですか、そんな意味を込めて尋ねた質問のはずだった。だが琴葉さんから返ってきたのはまるで見当違いに思える言葉。

 

「そうなんだけど、そうでもないようで……」

「どういう意味ですか?」

「……まだ予定だけどね、ジュピターの3人が来るらしい」

 

 そうなんですね……、とサラッと流してしまいそうになった後に、「え!?」と思わず訊き返す。咄嗟に出たせいか、控え室に響くほどボリュームが上がった私の声に、琴葉さんは困惑した表情から一転して驚いたように肩をビクッと震わした。

 




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