【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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もっとミリマスとエムマス広まれ(切実な願い
エイプリルフールなので初投稿です。




 今回の案件はそれほど難しいものではなかった。

 何度か仕事を受けたことがある若者向けのファッション雑誌と謳っている月刊誌のインタビュー企画で、今回は東京でも若年層に人気のあるショッピングモールに入っている店舗の中から各々がテーマに沿った私服を選び、それぞれが自身のコーデを解説しつつ最後は異性のキャストに評価してもうといった趣旨のものだ。こういった対決形式の企画はありがちで、俺たちも今までに何度も経験したことがある。だから比較的簡単な案件だと思っていた。あくまで俺たちにとって、ではあるが。

 

「それじゃ、765さんもジュピターさんも今日はよろしく! 時間もあまりないから、早速始めようか」

 

 テキパキした男性ディレクターの元気な声が、朝日が僅かに差し込む人っ子一人いないショッピングモールに響き渡る。今にも口から溢れ出しそうな欠伸を必死にこらえる俺とは対照的に、向かい合うようにして並んだ39 Projectの三人は、心なしか緊張しているかのように揃いも揃って肩肘が張っていた。その様子から三人とも現場慣れしてないのかと思っていたが、ディレクターの言葉に「ひ、ひゃい!」と裏返った声で(しかも噛みながら)返事をした様子を見て、それが確信に変わった。

 

(ねぇ、向こう側は大丈夫かな)

(大丈夫だろ、ただのインタビューなんだし)

 

 心配そうに小声で尋ねてきた翔太に、明らかに大丈夫そうではなさそうだったが適当に返す。

 今回の案件の目的は39 Projectの三人が主演に抜擢されたドラマと、これを機に三人組ユニットとして活動することも決まった“STAR ELEMENTS”の宣伝だと聞かされていた。それなのに何故、ドラマにもSTAR ELEMENTSにも全く無関係な俺たち三人が呼ばれたのか––––……、その理由は至って簡単なもので、若者向け総合ファッション雑誌として読者層の男女比がほぼ均等のこの雑誌で、女性向けの企画だけにしてしまうと男性読者に対する宣伝効果があまり見込めないからだ。俺たちのような男性キャストも入れて男女双方に楽しんでもらえる企画にすれば、より多くの読者にSTAR ELEMENTSの存在をアピールすることができると見積もったのだろう。言うなれば俺たちは39 Projectからやってきた三人の引き立て役なのである。

 当て馬のようなポジションに思うことが何もないと言えば嘘になるが、引き立て役でもしっかりと役目をこなすことで次はメインで企画を作ってもらえるかもしれない。今までにも繋がりのあったクライアントだけに、俺たちは今後の繋がりを大事にする意味もあってこの当て馬の仕事を承諾することにしたのだ。

 簡単な最終確認が終わって、早速服探しの時間が始まった。俺たちはオープン前のショッピングモールを並んで歩いて、目ぼしい店がないかをチェックして回る。その道中で、翔太が周りに誰も人がいないことをキョロキョロと視線で確かめ、口を開いた。

 

「あのカチューシャの人が田中さんでしょ? あとはどっちがどっちだったけ」

「さっき声裏返ってた奴が春日未来じゃなかったか?」

「違うな、声が裏返ってた子猫ちゃんは矢吹可奈ちゃんだよ」

 

 そうだったけ、とボンヤリと呟いた途端に大きな欠伸が喉の奥から込み上げてきた。思わず溢れ出た大きな欠伸を手で隠しつつ、俺は昨晩のことを思い出す。

 昨晩、俺たちは39 Projectからやってくる三人についてのプロフィールを公式サイトで事前にチェックしていた。年末のドラマの主演に抜擢され、主題歌まで担当することになったSTAR ELEMENTSの三人は最年長の田中琴葉が高校三年生、春日未来と矢吹可奈の二人は共に中学二年生で、それぞれアイドルとしての経歴は何一つ掲載されていなかった。恐らく三人ともオーディションを勝ち上がってきたメンバーで、39 Projectに加わる前まで養成所に通っていたり、何かしら別の分野で活躍していたわけでもないのだろう。共演者の必要最低限の情報を調べておくのは少しでも円滑に現場を回すために大切なことだと思って調べていたのだが、三人とも経歴がなさすぎてまるで有益な情報が見当たらなかった。

 

「ったく、大丈夫かよあんな緊張してて」

「あれ、さっきは大丈夫だろって冬馬くん言ってたじゃん」

「そ、それは……っ、ちげーよっ!」

 

 適当に返していたことに翔太は気付いてたらしい。僅か数分前の発言の墓穴を自ら掘ってしまって思わずムキになった俺を見て、小馬鹿にするように少し大げさな声を上げて翔太は笑う。咄嗟に捕まえようと伸ばした俺の手を器用にすり抜けて、当て付のように「僕、ここの店見てくるねー!」とだけ言い残してそそくさと薄暗い店の中に入っていった。

 追いかける気にもなれず翔太の背中を見て小さく舌打ちをすると、再び喉の奥から欠伸が込み上げてきた。あまりにも欠伸が繰り返されるから、もういいやとヤケになり、俺は大きく口を開いて息を吐き出す。その様子を隣で見ていた北斗が口を開いた。

 

「そういう冬馬は大丈夫なのか?」

「ん? 何がだよ」

 

 欠伸と共に溢れてきた涙を拭う俺を、見定めるような視線だった。察しのいい北斗のことだから気付いているのだと勘付いたが、それでも俺はトボけてしらばっくれる。

 

「最近やけに眠そうだけど、ちゃんと睡眠時間は取れているのか?」

「……あぁ、ちゃんと寝てるって。心配すんなよ」

 

 そう言っている側からまた欠伸が込み上げてきて、俺はそれを必死に口の中で押し殺した。

 北斗に言われた通りだった。以前に比べると最近は睡眠時間が減って日中に眠気を感じることが多くなっていたことには俺自身も気が付いていた。

 

––––私、天ヶ瀬さんみたいになりたいんです。

 

 何度もなんども、都合よく頭の中であの日の北沢の言葉が再生される。少し勘違いはしていたようだが、それでもあの時の北沢の瞳には俺に対する憧れの念が込められていたような気がしていた。俺がずっと手のひらで握っていた見えない感覚は本物のだと、真っ直ぐな視線は俺にそう言い聞かせるようで、その北沢の眼差しが妙に心地よかった。

 その反面、期待を裏切るのが怖かった。もし俺の手のひらに握っていた感覚がただの錯覚で、俺が何者でもないことに北沢が気付いたらどう思われるのだろう。憧れの眼差しが幻滅の視線に変わるのを想像すると、途端に脅迫概念のような得体の知れない何かが背後から迫ってくる気がして、俺は何もしない時間に苦痛を感じるようになった。昨晩だってそうだ、北斗と翔太が帰った後、俺は夜中まで自室で身体を鍛え続けていた。たった一晩で明日が劇的に変わるとは思えない。だけど、北沢が憧れた天ヶ瀬冬馬であり続けるには、立ち止まるわけではなく走り続けなければいけない気がしていたのだ。

 

「最低でも七時間は睡眠を取るようにしろよ。俺たちは身体が資本なんだから」

 

 どこまで俺の心境を見透かしているのかは分からなかったが、北斗念を押すような言葉をかけただけだった。その言葉に相槌を打つように俺も頷くと、それ以上北斗は言及しなかった。

 ふとオープン前の不気味なほどな静寂包まれたショッピングモールの天井を見上げてみる。4階建ての建物の天井は大きなガラス張りになっていて、遮られたガラスの向こう側には綺麗な青空が広がっていた。いつもは手を伸ばせば届くような感覚を覚えていた青空が、今日ばかりはとてつもなく遠い距離に感じられる。遠い遠い空の世界を、優雅に羽ばたく鳥と視線が交錯した。あの鳥の瞳には俺の存在はどのように映っているのだろう。そう考えていると、大きなショッピングモールの中からガラス越しに鳥を見上げる自分がひどくちっぽけな存在に思えて、また背後から得体の知れない何かが近付いてくる足音が聞こえてきた気がした。

 こんなとこで燻っていたらダメだ。もっともっと早いスピードであの空に近付いていかないと。俺は肺の底から湧き出てくる焦る気持ちに急かされながら、着実に近付いてくる足音から逃げるように、足を進める。無人のショッピングモールにはセラミックタイルを擦る俺のスニーカーの音だけが響き渡っていた。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 週末だからか、平日に比べて控え室の中にいるメンバーの数も多く、互いの学校や私生活についての話、これから始まるレッスンの話など、各々がそれぞれの話題を語り合って話に華を咲かせていた。それなのに、何故か一定のリズムで刻んでいく掛け時計の音が耳に届いてくる。その秒針の音が私の胸をしつこくノックし続けているような気がして、テーブルの上に広げた台本のセリフが全く頭に入ってこなかった。私の名前を呼ぶ声が聞こえてきたのは、「記憶力は良いはずなのに」、と内心ボヤきながらも何かいつもと調子が違う自分に違和感を覚え始めていた時だった。

 

「志保ちゃん、お疲れ様」

 

 私の名前を呼んだ声の主は、三つ編みを左肩に流した髪型が特徴的な馬場このみさんだった。このみさんはマグカップを持ったまま、興味深そうに私の胸の下の方をジッと見つめている。その視線がテーブルの上に広げられた台本へのモノだと、すぐに気がついた。

 

「今度、演劇のオーディション受けるんだってね」

 

 プロデューサーから聞いちゃった、と付け加えてこのみさんは私の隣に腰を下ろした。私は「そうなんですね」とだけ返し、台本を閉じる。

 

「演劇、興味あったんだ」

「そうですね、挑戦したいなって気持ちはずっとありました」

 

 アイドルになると決めた時に、真っ先に私の脳裏に浮かんだアイドル像はステージで華麗に歌って踊る姿ではなく、舞台の上で何者かに憑依されたように完璧な演技を披露する姿だった。勿論演劇だけに興味があるわけではなく、それこそ春香さんたちのように多岐に渡って様々な仕事ができればと考えていたが、自分じゃない何者かをステージ上で表現する演劇の仕事に私は強く関心を持っていたのだと思う。だからプロデューサーから近々演劇のオーディションが開催されると話を聞かされた時、私は詳細を聞く前に迷うことなく挑戦したいと直談判した。

 たが、実際にオーディションに挑戦するとなって台本を受け取ると思うようなイメージが湧いてこない。簡単な仕事ではないと分かっていながらも、なかなか台本の中の役を掴めない自分に悪戦苦闘を続けていた。

 

「志保ちゃんがオーディションを受ける役はどんな役なの?」

「私の役ですか?」

「そう、どんな子を演じるのかなって思って」

 

 興味津々のこのみさんに困ったなと思った。まさに私が役にイメージを掴めないのはその役の心境を深く理解できていないからで、一言で言えば『私らしくない役』だったのだ。どう説明するべきかと頭を捻らせてみたが、結局イメージを掴めていない私の口で説明するより直接設定を見てもらった方が早いと判断し、台本の表紙裏のページを開いてこのみさんに手渡した。台本を受け取ってまじまじと眺めるこのみさんに、「シズクっていう子です」と補足する。

 

「なになに、片思いの相手に素直な気持ちを伝えれずにモヤモヤする高校二年生……」

「……あの、恥ずかしいので口に出して読むのは止めてもらって良いですか」

「え? あ、ごめんね!」

 

 このみさんは慌てて小さな手のひらで口を隠し、台本を閉じた。閉じられた台本を手元に手繰り寄せ、私は深い溜息をつく。

 私がオーディションを受ける役のシズクは、主人公の同級生に恋心を抱く女の子だった。ずっと主人公の側にいるのに素直な気持ちを伝えることができず、結局主人公はヒロインの女の子と結ばれてしまう。その様子を端から眺めて嫉妬と喪失感で打ちのめされる……といった、典型的な報われない役柄の子だ。

 

「報われない片思いの子ねぇ。志保ちゃんはそういう経験ないの? 今彼氏がいるとか、片思いの相手がいるとか!」

 

 莉緒さんほどではなかったがこのみさんもこの類の話に興味があるのか、子供のように目をキラキラさせて尋ねてきた。二人とも大人なのに子供みたいな話題に食らいつくのだなと、再度溜息を吐く。

 

「ないですね」

「や、やけにキッパリ言うわね……」

 

 面白い話を期待していたこのみさんには申し訳なかったが、私は今まで本当に恋愛という経験をしたことがなかった。誰かを好きになったことも、誰かに好きになってもらったこともない。恋愛に頼るくらいなら一人で生きていける強い女性になりたいと思っていたほどだった。

 だがその経験不足が今仇とあって、私の中でシズクという少女がシンクロしない理由の一つになってしまっている。こればっかりは致し方ない問題だとは思うが、シズクの気持ちを理解できていない私が、オーディションで他者の中から選ばれるほど演劇の世界が甘いとも思えなかった。

 今日はやけに溜息ばかりついてるなと自覚つつ、また無意識に溜息を零した私は気が付けば控え室の端に備え付けられた大きなホワイトボードをボンヤリと見つめていた。今日の私は何処か調子が悪いみたいで、台本を読んでいても不思議なほど集中力が持たなくて、集中が切れる度に視線はスケジュールが書き込まれたホワイトボードを追っている。そしてホワイトボードの今日のスケジュール欄を見て、その度に私の胸の中を掻き乱すような風が吹き抜けていく感覚を覚えていた。

 

(……なんだろう、このモヤモヤは)

 

 空白の多いホワイトボードの、何度も私の視線を引き付ける「琴葉、未来、可奈、雑誌インタビュー(ジュピター)」の文字列。何でもないはずのこの文字列は、私の胸に激しく何かを訴えかけるように何度もなんども視線を引き寄せ続けていた。

 今まで経験したことのないような胸騒ぎで心が妙に落ち着かない。その胸騒ぎの正体に私が気が付いたのは、もう少し後のことだった。

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