いないな。
アインズは魔法陣を展開しながら、そう判断した。
これだけの人数がいるのだ。王国軍の中に、もしかしたら自分のように何かしらの原因で異形種へと変貌した者がいるかも知れないと考えていた。その存在が人間に化けて紛れ込み、こちらの情報を得ようとしているのではと思っていたのだが、この様子ではどうやらいないらしい。もしもそいつが魔法の知識を持っていたとすれば、この
(――誰か一人くらいは、いるかと思っていたんだがな)
やはり自分は、独りなのだろうか。
少しだけ気持ちが落ち込みそうになるが、今はそんな事を考えている時ではない。
小さく頭を振って横を見ると、上空に展開された魔法陣を興奮気味に見上げるブレインがいた。その様子に、幾分か心が軽くなる。やはり、自分の魔法を見てそういう反応をして貰えると、嬉しいものがあった。
「どうだ? こんな魔法陣見た事無いだろう?」
「そりゃそうだ!! 何だこれは!? 俺は魔法についてあまり詳しくは知らねぇが、これはとんでもない魔法だって事だけは分かる!!」
興奮のあまり彼の口調からは敬語が抜けていた。それに気付いたのか、ハッとしてブレインは口を閉ざした。
「す、すみません、つい興奮してしまって」
「いや、良い。むしろ、そこまで喜んでもらえるのは素直に嬉しいよ。私としては、別に無理に敬語を使わなくても気にしないとも。君はこの数ヵ月、私の為にその力を貸してくれた。そんな君の事を、私は信頼しているからな。より親しみを持って君とは接したい」
そう告げると、ブレインは見るからに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そんなに褒めたって、何も出ませんよ? でも、お気持ちはめっちゃ有難いっすね。じゃあお言葉に甘えまして――」
ブレインは照れ臭そうにガシガシと頭を掻いた。
「陛下が今から発動させようって考えているこの魔法って、普通の魔法とは違うのか?」
ブレインの問いに、アインズはコクリと頷いた。
「あぁ。これは超位魔法と言ってな。位階魔法を超える究極の魔法らしい。私の魔法の知識の中に幾つかあったんだ。その中にはもっと派手で、あっという間に王国軍を壊滅へと追いやれる魔法もあったんだが……今回私は実験の為に参戦している。一瞬で戦闘が終わってしまえば意味が無いだろう?」
そう小首を傾げれば、ブレインは納得したように何度か頷いていた。
「成程な。そりゃあ言えてる。しっかし、どんな魔法なんだこれは?」
「……念の為言っておくが、割とエゲつない魔法だぞ? 自分で言うのもアレだが、人間であるお前から見れば吐き気を催すレベルだ。大丈夫か?」
そう尋ねるアインズに、ブレインは一瞬キョトンとした表情を浮かべた。だが、何が可笑しかったのか、彼は肩を震わせ小さく笑い出した。
「な、どうした!? 何か可笑しな事を言ったか!?」
突然笑い出したブレインに、アインズは珍しく動揺した。といっても、精神が強制的に沈静化される程では無いが。
慌てるアインズに対し、ブレインは「いいや」とその言葉を否定した。
「ただ、ちょっとな。アンタは今から死ぬだろう大勢の王国軍の事は何とも思わないのに、俺の事は心配してくれるのかと思うと、素直な奴だなって思っただけだ」
その言葉に、アインズは不思議そうに眼窩の灯火を瞬かせた。
「ブレイン。それは当たり前だぞ? 今から死ぬ王国軍の連中はどうでも良いが、お前は別だ。お前は私の大切な仲間だ。もし私の魔法を見て、体調を崩したりすれば流石に申し訳ない。だから、無理に此処に居なくても良いんだが……」
そう伝えると、ブレインは大丈夫だとアインズの肩をポンポンと叩いた。
「アンタに付くって決めた時から、それは覚悟していた事だ。今更そんな風に心配しなくても大丈夫だぞ。それに、俺の主人の力を見せつける事が出来るんだ。最高じゃねぇか」
不敵に笑うブレインを見て、アインズはホッと肩の力を抜いた。
やはり、この男を引き込んでおいて正解だった。彼は裏表が無く、こうして話していると穏やかな気持ちになれる。まるで自分が今でも人間のように思えてしまうのだ。
だが、それを嫌だとは思わない。元々人間だったという事実を思い出すのは大事な事だ。モモンガとしての残滓を消してしまうのは容易い事だが、それをしないのは、トーマスやエンリ、そして彼らがいるカルネ村やブレインに向ける温かな感情が無くなってしまうのを恐れているからだった。
彼らが自分へ向ける想いを心地良く思っているからこそ、そう感じられる自分の心を消したくはなかった。
――そして、そんな彼らを守る為にも、今から自分は王国軍を蹂躙する。
「さてと。では、この超位魔法がどれ程のものなのか、実験を開始するとしよう」
アインズの手の中には、小さな砂時計が握られていた。
「陛下、その砂時計は何だ?」
「これは最近発明した、魔法の詠唱を省略出来るアイテムだ。使い捨てなんだが、これがあれば強力な魔法も詠唱無しで発動出来る」
「おぉ! そりゃすげぇな」
まだ発明したばかりで個数もすくない。だが、ここぞという時には必要となってくるアイテムなので、今後も研究を重ねて増やすつもりだ。
「これは完全に自分専用のアイテムにする。だから、他言無用で頼むぞ?」
「了~解。んじゃ、陛下の初超位魔法、特等席で見させて貰うぜ」
そう笑うブレインに釣られて、アインズもカタリと歯を鳴らした。アインズなりの笑い方だった。
「では、いくぞ」
アインズは手に力を込める。
砕けた砂時計が、周囲に展開する魔法陣に風とは違う動きをもって流れていく。
そして、超位魔法は即座に発動した。
〈腐敗の風〉
アインズ達の頭上に、霧に包まれながら巨大な頭蓋骨がゆっくりと姿を現した。頭蓋の眼窩には青色の炎が揺らめいている。その視線が、王国軍左翼の陣地へと向けられた。
騒めく王国軍を他所に、それの口がギギギ――と骨を軋ませながら徐々に開いていく。
そしてそこから、薄紫色の息吹が一気に吐き出された。
・
「ぎゃああああああああああぁぁぁ!」
一瞬の沈黙の後、王国軍に絶叫が轟き渡る。
あの息吹をもろに食らった左翼の兵七万。彼らの体が、ドロリと腐り始めたからだ。
着ていた鎧はあっけなく溶け落ち、次に肉体がどんどん腐り始める。
「いやだあああぁぁぁあああ!」
「おぼ、おおおおおおぉぉ!」
皮膚が爛れ落ち、身体の組織は腐敗汁を出して溶け始める。顔の皮膚が溶け落ち、目玉が半分溶けた状態で地面に転がる者もいた。腐敗ガスにより顔や腹が膨張し、歪な形で事切れる者や、片足が取れ、血と体液でドロドロになった者もいる。既に骨まで溶け始めている死体もあった。
何より、生きながらにして肉体が腐敗していく様を実感しなくてはならない絶望に、自ら心臓を剣で突き刺し死ぬ者もいた。
――それが七万。
その場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
勿論戦線は崩れ去り、多くの人間達が逃げ惑っていた。助けを求めようにも、伸ばしたその手が腐敗し、溶け落ちる。駆け出そうとした足が腐敗し、膨れ上がり破裂する。
絶叫。嘆き。嗚咽。その合唱が王国軍を包む込む。
そこに身分は関係無かった。貴族だろうが農夫だろうが、腐敗し骨となり、その骨すら溶けて消えてしまえば、何も残りはしない。
平等に、死が与えられていた。
左翼に齎された腐敗の息吹は、周囲にも拡散する。その範囲外にいた人間達に助けを求めようと彼らがしがみつくと、彼らに触れられた箇所が同じように腐敗し始めるのだ。それを見た人々はパニックに陥る。それがどんどん伝染していき、それはやがて巨大な渦となり王国軍を混乱へと陥れていった。
近付いて来る腐敗し始めた兵士達を殺す者も多くいる。その顔はどれも必死だ。次は自分がああなるかも知れないのだから。剣や弓で応戦し、次々と殺していく。首を跳ね、心臓を貫き、矢で頭を射る。
ただでさえ赤茶けた大地が、人間達の血を吸って更に赤黒く変色していった。
「撤退だ! 撤退をしろ!!」
その叫びに弾かれるように、全ての兵達が次々と走り出す。もはや腐敗を始めた人間達に助かる見込みは無い。彼らを見捨てるしか、自分達が生き残れる道はなかった。
充満する腐敗臭。肉が溶ける音。断末魔の叫び。全てが非現実的で、これは夢なんじゃないかと願いたくなる。しかし、苦しみ藻掻き絶命していく人間達を目の当たりにして、今目の前で起こっている事は夢では無く現実なんだと否が応でも認めざるを得ない。
「助けてくれ、助けてくれえええぇぇ!」
必死に助けを求める声に耳を塞ぎ、人々は逃げ惑う。
「すまない……ッ」
苦しみながら絶命していく死体を跨ぎ、彼らは走る。
最早これは戦争ではない。ただの虐殺の場だった。
馬を走らせ、レエブン候は自軍へと戻り最早悲鳴に近い声を上げた。
「撤退だ!! 今すぐ撤退するんだ!!」
あんな悍ましい魔法が存在するなんて、想定出来る筈が無いだろう!
レエブン候の言葉を聞き、周囲の兵士達は慌てて逃げ出す。
「お前達、先に逃げるんだ!」
配下の元オリハルコン級冒険者達にそう告げると、彼らは驚いてレエブン候を見た。
「――候はどうするおつもりか!?」
「王の元へ行く。私は最期までこの国の為に生きると決めているのだ。だからこそ、お前達も生き抜いてくれ」
その迷い無き眼差しに、彼らは全てを察した。
「……分かりました。どうかご武運を!」
「すまない、ありがとうお前達」
彼らの声を背中に聞き、レエブン候は王のいる本陣へと馬を走らせた。
しかしその途中、信じられない光景が視界に入り、思わず馬を止めてしまう。
「な、んだと」
有り得ない。
その一言が口から出る。だが、どう見てもあれは、アインズ・ウール・ゴウン魔導王だった。
――ただしその姿は、漆黒のローブを身に纏った
・
帝国軍は、目の前で起こった恐ろしい出来事に、誰一人声も出せずにいた。
確かに、アインズが巨大な魔法陣を展開した時点で、何らかの魔法を放つだろうというのは分かっていた。しかし、誰が予想できるだろうか。
七万という、この戦場に出陣した帝国軍の総数よりも多い人間を、あんな悍ましい魔法で殺すだなんて。
ニンブルはあまりの恐怖にガチガチと奥歯を鳴らしながら、人々の絶叫が響き渡る王国左翼を見る。
あれは、もしかしたら帝国が辿ったかも知れない道だ。
アインズの危険性を考慮し、即座に同盟を結びに動いたジルクニフの判断は、間違いなく正しかった。
それを、この場にいる全員が理解する。
あの死の王に従わなければ、人間の作り出した国家など、一日となく滅ぼされてしまうだろう。
ニンブルは横目でそっとジルクニフを窺う。彼は、険しい表情を浮かべて王国軍を見つめていた。
まるで、彼らの悲惨な結末を記憶に焼き付けているように見える。
実際そうなのだろう。あのアインズ・ウール・ゴウン魔導王に逆らえばどうなるのか、それを王国で試しているようなものなのだから。
視線をアインズへと戻すと、彼はあの凄惨な光景を生み出した巨大な頭蓋骨に何か指示を出していた。まさか、まだ追撃するというのか? と恐怖に慄いたが、どうやらそうではないらしい。その巨大な頭蓋骨は、ゆっくりと霧を纏って消えていった。
それを確認すると、アインズはくるりとこちらへと振り返る。全ての騎士達が、恐怖で震え上がっているのが分かった。
そのままブレインを引き連れジルクニフの元まで歩んでくると、軽い口調でジルクニフに話しかけてきた。
「最初の実験は概ね成功だ。七万の兵を一気に片付けられるか少々不安だったんだが、杞憂だったようだ。ただ、私の予想ではもう少しじわじわと腐敗が進むのかと思っていたんだがね。案外早く腐敗が進む魔法のようだ。これは朗報だぞ? ブレインが言うには戦場とは時間との勝負らしいからな。さっさと死んでくれた方が楽だ」
「――そうか、それは何よりだな」
答えるジルクニフの声は固い。
だが、それに反してアインズは陽気な声で笑っていた。
それが圧倒的な恐怖としてニンブル達へ襲い掛かる。
「流石陛下だな。あんな魔法をブッ放すなんて。これなら、次の実験も問題無く出来そうじゃないか?」
そして、そんな化け物の元に下ったブレイン・アングラウスという男。
自分達は恐怖によってアインズに従っているが、この男は違う。純粋に彼を尊敬し慕っているのが分かる。彼がそうなった理由は開戦前に聞いていたが、やはりそれでも到底理解は出来なかった。強さの頂きを目指す為に、異形の存在に魂を売ったようなものなのだから。それがどれ程危険な事か、彼だって理解している筈だ。それなのに彼はアインズに忠誠を誓っている。強さを求め過ぎると、こんな風になってしまうのだろうか。
そうニンブルが考えている間にも、二人の会話は続いていく。
「あぁそうだな。だいぶ数も減った事だ。後は私が直接戦場に出て実験しつつ、王国軍の連中を殺すとしよう。ブレイン、お前も手伝え」
「え、俺もか? 俺はただの付き添いのつもりだったんだが」
「馬鹿な事を言うな。お前と私の二人で動いた方が、さっさと片付けられるだろう? ただし、ランポッサⅢ世や王族達がいる本陣――あそこには勝手に手をだすなよ? そこは私が直々に向かう。その時は
そう問いかけるアインズに、ブレインは了承の意を示した。
「構わねぇよ。というか、アンタと行動している時点で、アイツにも俺の存在はバレてるだろうし。ま、丁度良い。俺は完全に陛下側の人間だぜって伝えておくとするかな」
そう言ってブレインは、王国軍の方を見つめた。
「よし。では、我々は戦場に向かうとしよう――
アインズがそう唱えると、ニンブル達の目の前で彼はその姿を変えた。
漆黒のローブを着た、いかにも
圧倒的な戦士としてのオーラが、その姿からは感じ取れた。恐らく、ブレインが教え込んだ結果だとニンブルは思う。
そのオーラに圧倒されている内に、アインズはブレインを連れて戦場へと向かって行った。
・
「さてと。では、始めるとするか」
ブレインと二手に別れて、アインズは周囲を見渡した。
七万の兵を腐敗の風で殺したが、どうやら上手い具合に周囲に感染したようだ。見たところ、当初の予定よりも多くの人間達が死んでいた。
「うんうん、順調なようだな」
アインズは嬉しそうに頷いた。これだけ死んでくれれば後が楽だと笑う。
「よし」
背中に背負った二本のグレートソードを取り出し、ブレインが教えてくれたように腰を低くして構えた。
逃げ惑う兵士達が、アインズの存在に気付いたらしい。悲鳴を上げてその場から離れようとする。だが、それをアインズは許さなかった。
「――〈絶望のオーラⅠ〉」
アインズの種族的スキルである絶望のオーラⅠ。それを発動させる。それは相手を〈恐怖〉の状態異常にする事が可能だった。〈恐怖〉は怯えることによって、ありとあらゆる動作に対してペナルティが与えられる。
既に彼らは自分に対し恐怖しているようだったが、その状態でさらに絶望のオーラⅠを与える事で、どんな状態に陥るのか興味があった。
彼らはアインズが発動したスキルによって、更に恐怖心を倍増させたようだった。
大きく目を見開き、その場にへたりと座り込んでしまう。ガタガタと体を大きく震わせ、顔面は蒼白だ。
「た、助け……ッ」
「ふむ」
アインズは攻撃の姿勢を取ったまま暫し考える。
(確かブレインは、敵が逃げないように足の腱を切れば良いと言っていたなぁ)
へたり込んでいる男の隣で、恐怖で足が竦んでしまい棒立ちになっている兵士がいた。
(うん、コイツにしよう)
アインズは素早く彼に接近すると、彼の足を目掛けてグレートソードを振るった。アインズとしては、大分力加減をしたつもりだったのだが――
「あ」
バキィッ!!と、骨が砕け散る音がした。
それと同時に、男が絶叫を上げる。血飛沫が勢い良く噴出し、アインズの鎧にビチャリとかかった。
「が、あ、あああああぁぁぁああ!!」
あまりの痛みに顔面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、男は地面へ倒れ込む。
「すまない。かなり力加減をしたつもりだったんだが……足を切り落としてしまったな」
淡々と語るアインズの姿に、周囲の兵士達は悲鳴を上げた。しかし、アインズが発動させた絶望のオーラⅠのせいで、その場から動く事が出来ない。体が恐怖で固まってしまっているからだ。
「しかし、足を切り落としただけではやはり死なないのだなぁ。うむ。これは勉強になる。まだこの状態なら会話が可能だ。何か情報を得ようとする時は、これもまた一つの手か」
アインズは痛みに絶叫を上げ続ける男の顔を、無理矢理掴んで自分へと向けさせた。
「あ、が、あぁ、あッ」
「さて、君はどこまでやったら死ぬのかな?」
顔を近付け、カタリと骨を鳴らす。男は余りの恐怖に失神しかけていた。
「私はまだ
彼の顔を掴んでいた手を放し、アインズは再びグレートソードを構えた。
次はどこを切るべきか。足は切ったのだから、やはり次は腕だろう。
アインズは、彼の右腕めがけてグレートソードを振り下ろした。
再び骨が砕ける音と共に、男の右腕が吹き飛ぶ。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁ!!」
鮮血が噴水の如く吹き出し、赤茶けた大地に大量に染み込んでいく。頬骨に返り血が飛んできたが、特に気にする事なくアインズは男を観察した。
「まだ痛みで気を失うレベルでは無いのか。案外しぶといな」
男は、最早息も絶え絶えといった状態だった。気を失ってはいないようだが、意識が朦朧としているようだ。流石にこれだけ出血していれば、そうなってしまうのも当然だろう。アインズはそう考え、切り落とした男の足――むき出しになった肉の部分を、尖った骨の指先で抉ってみせた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああ!!」
あまりの痛みにのたうち回ろうとするとが、それを押さえ込むようにアインズは圧し掛かる。
「こらこら動くな。あまり動くと余計に痛むぞ?」
グチュリと肉を掻き分け、アインズはその奥にある骨へと触れる。そして、そのまま骨を引き抜いた。
ブチブチと肉が切れる音と共に、骨が引き抜かれる。今までの比ではない量の血液が吹き出し、それと同時に男はぐるんと白目を向いて、意味を持たない言葉を叫んた。だが、それも徐々に小さくなり、遂に小さく痙攣すると事切れた。
「おや? 流石に死んだようだな」
アインズはゴロンと死体を地面に転がすと、気紛れにその死体を踏み潰した。グチャリと頭が潰れる音が、その場に響き渡る。ブーツの裏に付いた肉片や血液を地面に擦り付けながら、アインズは気付いた。
(――何も感じない)
先程は魔法で殺したから実感が湧かないのかと思っていた。だが、こうして直接殺してみても、やはり何も感じない。人を殺す高揚感や背徳感も、何もない。ただ、人を殺したという事実のみを実感している。
(成程。これがただのアンデッドではなく、オーバーロードという種族の特性か。通常、アンデッドは生ある者への憎悪を持つが、上位種であるオーバーロードはその段階を飛び越え、生ある者への興味が無い、というわけだな)
それをまざまざと実感した。やはり、自分で実践してみるのは大事だ。まだオーバーロードという自分の存在すら、詳しく理解していないのだから。
つまり自分は、大切だと思う人間以外、本当にどうでも良いらしい。
「まず一つ目の実験は終わった。どうやら私は、やはり人間を殺しても何も感じないようだ」
「あ、ああぁぁぁ……!!」
無残に殺された男の死体を見て、他の兵士達が恐怖に慄く。ボロボロと泣き崩れる者、狂ったように叫ぶ者、呆然と座り込む者。
そのどれもが平等に殺される権利を持っている。
「安心してくれ。この男のお陰で、どの程度手加減をすれば良いのか何となくだが分かったからな。それと、どの位やれば人間が死ぬのかも」
何も安心出来ないと彼らは思った。
アインズは、その場にへたり込む兵士に視線を向けた。
「私はアンデッドだからなのか、武技というものを使えなくてな。ただ、見様見真似でそれに近いものは出来るようになったんだ」
再び腰を低く落とし、グレートソードを構える。神経を集中し相手の急所のみを的確に狙う。太刀筋すら見えない速さで斬撃を繰り出す。狙うは頸部だ。
ブレインが得意とする技――虎落笛。それをアインズは模倣した。
彼の場合〈領域〉――その範囲内にいる全ての把握を可能とする武技と、〈神閃〉――その速度のあまり血すらも刀身に残らない、高速の一撃を繰り出す武技――の併用でこの一撃必殺の技を使用しているが、アインズは武技が使えないので、己の身体能力の高さを利用し、それに近い事をしている。
すなわち、とにかく素早く相手に攻撃を加える。
単純だが、それだけに全てを注ぎ込んだ。ブレイン曰く、アインズのそれは最早〈神閃〉と変わらないが、やはり見たところ武技ではないと言っていたので、種族的な問題なのだろうと考えている。確かに、別段力が漲るような感覚も感じないし、自分の能力が向上している感覚も無い。結果論として、それが〈神閃〉と同じレベルになった、という話だろう。
「では、いくぞ」
アインズは地面を踏み込み、一直線に駆け出した。その衝撃で地面が抉れる。猛スピードで兵士に近付くと、その視線を頸部にのみ集中させた。
グレートソードをクロスさせる形で頸部に斬り込む。そのあまりの衝撃で、兵士の首は有り得ない高さまで吹き飛んだ。頭を失った体はバランスを崩し、アインズの方へ倒れ込みそうになる。その前にアインズは、それを素早く袈裟斬りにして蹴り飛ばした。体は首と同じく遠くまで吹き飛んでいく。
アインズの漆黒の鎧は、今や半分程が返り血で赤く染め上げられていた。
「ブレインが殺せば、もう少し綺麗に出来たかも知れんな」
まぁ鍛錬ではなく実戦は初めてなんだ。アイツもきっと許してくれるだろう。そう思いながら、アインズはもう少し綺麗に殺さなければと反省した。
残る兵士達はどう殺そう。うーんと首を捻りつつ、彼らへ視線を向けた。
あまりここで時間をかけて、ランポッサⅢ世が撤退してしまっては意味が無い。しかしラナーに付けている
「綺麗に殺すとしたら……」
アインズは震え上がっている兵士の一人に目を付けた。
「やはり心臓かな?」
グレートソードを無造作に投げる。普通ならばそれが目標に当たるとは思えない。
しかしそれは、アインズの腕力で投げられたものだ。人間ではまず到達出来ない速度で兵士に襲い掛かった。
「うぼぉお゛ッ」
ゴフッと血を吐き出しながら男は絶命した。投げたグレートソードは見事に心臓を貫いている。地面に倒れ伏した男からはドクドクと血が流れ出していた。
アインズはそれに近付くと、男に突き刺さったままのグレートソードを引き抜く。
「うん、さっきよりは綺麗に殺せたぞ」
喜色を滲ませながら、アインズは残る一人を振り返った。
ぶるぶると震えながらこちらを凝視する姿に、ふと思いついた。
(そういえば、素手での力はどれ位あるんだ……?)
先程兵士を踏み潰した時は、そこまで力を入れたつもりは無かった。だが、案外簡単に潰せた事を考えると、握力もそこそこあるに違いない。
(確かめてみるか)
グレートソードを鞘へ戻し、アインズは兵士に近付いた。
「一先ず実験はお前で終わりにしよう。あとは適当に殺しつつ本陣へ向かわねばな」
「あ、あ、ぁぁぁ……」
己の最期を悟ったのだろう。目の前の兵士はボロボロと泣き崩れながら俯いた。アインズは男の頭をガシッと両手で挟み込むと、そのままゆっくりと力を入れていく。ミシミシと骨の軋む嫌な音が響いた。
男は苦し気に呻き、必死にアインズの鎧を叩くが勿論ビクともしない。
「お前達には感謝するよ。私の実験に付き合ってくれたからな。おかげで、人間というのは何と脆い存在なのか、それを確認する事が出来た」
「や、やめ、ぁ、ああ゛あ゛あ゛!!」
グッと一気に力を込める。その瞬間、男の頭は水風船のように弾け飛んだ。
ドサッと地面に力無く倒れ込む死体を横目に、アインズは鎧に付着した肉片を煩わしそうに払い除けた。
「なかなか良い実験だった。さて、あとは適当に殺しつつ本陣を目指すとしよう」
ブレインに教わった殺し方もそうだが、自分のやり方で殺しながら進むのも悪くは無いだろう。ただ、そちらはブレインのように綺麗に殺すのではなく、周囲に恐怖を与える為に割とえげつなく殺す方法なのだが。
「うーむ、半々くらいで殺していくか」
そう決めると、アインズは周囲に転がる死体を跨ぎながら歩き出した。
どうやらアインズの殺戮はかなり派手に行っていた為、多くの兵士達が目撃していたらしい。
アインズが歩き出して直ぐに、多くの兵士達が泣き叫びながら逃げ出した。
「ハハハ、効果は抜群だな」
もっと恐れると良い。
このアインズ・ウール・ゴウンに逆らう者がどうなるのか、それをしっかりその頭に叩き込んでおくべきだ。
「そうだ。殺したらそれらの死体を持ち帰って良いかジルクニフ殿に聞いてみよう。きっと大量に
そうすれば更に戦力を増強出来る。
アインズは、まるで玩具が増えて喜ぶ子供のような気分で戦場を進んで行った。
超位魔法〈腐敗の風〉は、丸山くがね先生の資料に名前だけ書いてあった魔法らしいです。詳細不明という事なので、色々と捏造して使わせて頂きました。人生で初めて人間の腐り方を調べたんですが、なかなか勉強になりましたね。