古き死の王の目覚め   作:梵丸

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な、なんとか年内に続きを投稿出来た、ぞ……ッ!(息切れ)
今回はンフィーレアの話です。


第15話 ンフィーレアの願い

 窓から朝の日差しが差し込んでくる。作業机に突っ伏したままのンフィーレアは、その温かさにハッと目が覚めた。

「え!? もう朝!?」

 ガバッと勢いよく起き上がると、ンフィーレアは手元に広がる羊皮紙を見た。どうやら夜中に走り書きしたような痕跡が残っているが、睡魔が訪れ限界だったらしい。自分でも、何を書いているのか全く解読出来なかった。

「これは酷いな……」

 どうにか寝ないようにと頑張っていたのだが、いつ寝落ちしてしまったのか。寝不足で痛む頭を押さえつつ、時計を見ても思い出せない。祖母のリイジーは年も年だからか、最近は夜遅くまで起きていられないらしい。昨日もわりと早い時間帯に眠っていたと記憶している。

「そりゃ人間だからね。ちゃんと睡眠とらないと駄目だって分かってるんだけど」

 どうしてもあと少し、あと少しと研究してしまう。1分1秒だって無駄にしたくはないのだ。

 

――幻の赤いポーション。

 それを作りたくて、自分やリイジーは必死に研究している。

 

 研究を重ねていく内に、赤に近いポーションの生成には成功していた。だが、肝心の赤にはまだ到達していない。

 アインズの生きていた時代にあったとされる、赤いポーションの原材料は、今の時代に殆ど残されてはいなかった。だから、その代わりとなるものをンフィーレア達は試行錯誤しながら探している。

 

「はぁ~~……なかなか、難しいなぁ」

 朝から盛大な溜息を付いていると、部屋のドアをノックする音が聴こえてきた。

「ンフィー! もう、起きるの遅いわよ!」

「!!」

 エンリだ。慌てて机の上に散らばっている羊皮紙やらフラスコやらを退けようとしたが、それより先にエンリは部屋のドアを開けた。

「全く、また遅くまで研究してたんでしょ?」

 腰に手を当て、エンリはムッと唇を尖らせる。それを見てンフィーレアは平謝りをするしかない。

「ハハ……ごめんよエンリ。つい夢中になっちゃって。気付いたら寝落ちしてたみたいなんだ」

「夜更かしは体に良くないってアインズ様も仰ってるでしょう? アインズ様、とても心配していらっしゃったんだからね?」

「ごもっともです……」

 アインズは、自身が眠れぬ体であるからなのか、時折研究で夜遅くまで起きている自分達の事を気にかけてくれている。生きている自分達にとって、睡眠とは体を休める為に必要不可欠なものだ。だからこそ、きちんと眠れと言っているのだろう。分かってはいるのだが、もうこれは職業病としか言いようがない。

「それより、今日の予定、ちゃんと覚えてる?」

「今日の予定?」

 そういえば、何故エンリが此処にいるのだろう? 不思議に思い首を傾げると、エンリは大きな溜息を吐いた。

「ま、そんな事だろうなとは思ったわ。今日は薬草の仕分け作業をネムと一緒にやってくれるって、昨日言ってたんだけど」

「あっ」

 エンリの言葉に、ンフィーレアはさあっと顔色を青くさせた。

 そうだ。昨日そんな事を言っていた気がする。すっかり忘れていた。約束の時間はとうに過ぎている。

「時間になっても来ないから可笑しいな? と思って来てみたら、その事リイジー様にも伝えてなかったようだし。さっき聞いたら知らんかったわい!って言ってたわよ?」

「ご、ごめんエンリ! 僕ったらつい忘れてて……」

 慌てて頭を下げると、エンリは再び溜息を吐いた。

「――あのねンフィー? 研究が大事なのも勿論分かるわ。でも、それに集中するあまり他の事が疎かになってしまうのは駄目よ」

「そう、だね。ほんと、ごめん」

 情けない。ンフィーレアは唇をギュッと噛み締めた。そんなンフィーレアの姿を見て、エンリはくるりと背を向ける。

「最近のンフィー、今まで以上に一生懸命ポーション作りを頑張ってて凄いな、と思ってたけど、そういうところはやっぱり変わって無いのね」

 少しだけ、呆れの混ざった声色。その事が、何よりもンフィーレアの心に深く突き刺さった。

「ネムはもう、スケルトンさん達と一緒に作業始めてるわよ。ンフィーも準備出来たら急いで来てね」

 そう言い残し、エンリは部屋から出て行った。

「……」

 しん、と静まり返った部屋で、ンフィーレアは一人佇む。

 

 自分が昔からこういうタイプなのは周知の事実だった。

 何か一つの事に集中すると、その一点にしか意識が向かない。直さなければと思っても、なかなか難しい。

(でも、それじゃダメなんだ)

 ギュッと拳を握る。

 このまま、頼りない人間だと思われたままではいけない。そんなんじゃ、いざって時に、好きな女の子でさえ守る事が出来ない。いつまでも昔のままではいられないのだから。

 取り合えず、今は急いで支度をしよう。

 ンフィーレアはそう考え、散らかった作業机はそのままに、慌てて準備を始めた。

 

 

   ・

 

 

 仕分け作業は特に問題無く終える事が出来たが、ンフィーレアの心は気落ちしたままだった。ンフィーレアが作業場に到着した際、ネムが「スケルトンさん達とちょっと進めておいたよ~!」と笑顔で報告してくれたのだが、幼いネムにまで『ンフィーレアだから仕方ない』と思われている事実をまざまざと実感してしまい、居たたまれなかったのである。

「はぁ~~」

 一日の作業を終え、ボフッとベッドに倒れ込む。何だか、自分がとてもちっぽけな存在だと思ってしまった。

「いや、実際ちっぽけなんだ、僕は」

 きっと自分がどれだけ頑張ったとしても、この国を治めるアインズ様のようにはなれまい。

 しっかりしないと! と思っても、どこかでボロが出てしまう。悔しいし、悲しい。

――こんな時は、一人で夜の散歩でもしてみようかな? 少し頭を冷やした方が良いのかも。そう思い、ンフィーレアはよろよろとベッドから立ち上がると、適当な上着を引っ掴んで外に出た。

 外は流石にひんやりしており、案の定誰もいない。スケルトンや死の騎士(デス・ナイト)達は、所定の場所で夜は待機している。彼らの姿も見えないので、本当に誰もいないように思えた。実際はそれぞれの家から永続光(コンティニュアル・ライト)の明かりが漏れているので、全く人気が無い訳ではないが。それでも、外を誰も歩いていない光景は、なんだか物寂しく思える。

「……」

 一人で黙々と村の中を歩く。暫く歩くと、村の外れにある小高い丘に辿り着いた。そこに生えている木の根元に腰を下ろし、ジッと村を眺める。

 

 何の変哲も無い、小さな村だった。

 それが今では考えられないくらい大きな村になっている。魔導国という、不死者の王が治める国に所属する、他所から見れば信じられないくらい発達した村に。

 

 今ならば、自分が生まれ持ったとあるタレントについて、打ち明けても良いかも知れない。

 

 リイジーにも伝えていない、自分のとあるタレントは、誰かに悪用されたらとても危険なもので。だからこそ、今まで誰にも明かした事が無かったのだが。

 

(今なら……こんな僕でも、そのタレントを使ってエンリやアインズ様達を助ける事が出来るかも知れない……)

 

 自分は周りと比べたらちっぽけな人間だ。ドジも多いし、今日のように約束を忘れてしまうようなボロも多い。そんな自分だけれども、それでも、ずっと嘆いてばかりでは成長は出来ない。だから、自分に出来る事から、少しずつ前進していきたい。

 

「アインズ様に、お伝えしよう」

 

 そう決意したその時だった。

 

「私に何を伝えたいのかな?」

「――!?」

 

 至近距離から聞こえた声に、思わず驚いて飛び上がってしまった。

 慌てて振り返ると、そこには余闇に紛れてアインズが立っている。ぼんやりと赤く光る眼光が、こちらを愉快そうに眺めていた。

 

「アアア、アインズ様!? どうして此処に……!?」

「なに、夜の散歩だよ。君も知っていると思うが、私のこの体は睡眠が出来ないのでな。たまにこうして、夜の村を散歩しているのだ。一応、スパイや偵察しに来る輩もいるかも知れぬし、警備も兼ねてな」

 そう答えるアインズに対し、ンフィーレアはますます体を硬直させた。

「そ、そんな危険な事、アインズ様自らがするような事では無いですよ!! それに、元々この村の周辺は死の騎士(デス・ナイト)達に警備させてるじゃないですか!」

 そう。この村は、村の中にいる死の騎士(デス・ナイト)達とは別に、村の周辺を警備する死の騎士(デス・ナイト)達がいる。彼らがいる限り、まずアインズ自らがこうして出て来る必要性は無い。

 ンフィーレアの訴えに、アインズはカタリと骨を鳴らして笑った。

「ハハハ。大丈夫さ。不可視化した護衛も付けているし。それに、こういう息抜きも必要なんだよ」

 疲れはしないんだがな、と続けたアインズは、その豪華なローブが汚れるのも厭わず、木の根元に座った。それを見たンフィーレアも、慌ててその隣に座る。

「それで? 君こそ何をしていたんだ?」

「あの、その……なんか、色々参っちゃってて」

「ほう?」

 頬杖をつきながら、アインズがこちらを見据えてくる。心の奥底まで暴かれてしまいそうな――そんな恐怖と、この方が相手ならばそれでも良いと思える蠱惑的な雰囲気が、ンフィーレアの口を開かせた。

「……僕は、ダメダメな人間なんです。何かに集中していると、その他の事を忘れてしまうし、しっかりしようと思ってもいつも盛大なボロが出てしまう。こんなんじゃ、大切な人を守る事なんて出来ない……」

 呻きながら、心を吐露していく。

「エンリは、どんどん強く逞しくなっていく。そんな彼女が羨ましい。僕には絶対到達出来ない場所にいるから」

「嫉妬か?」

 アインズの問いに、ンフィーレアはハッと顔を上げた。

 嫉妬? 僕がエンリに? そんな訳無いと言いたくても、確かにこの感情は、嫉妬かも知れないと気付いてしまった。

「君は優しい子だ。好きな子に嫉妬なんてしたくないと思っているのだろうが、好きな子の前に彼女は一人の人間だ。嫉妬したって何も問題ではないさ」

 静かな夜更けに、アインズの声が静かに届く。

「そうか。僕は、彼女に嫉妬してたのか……」

 最近の彼女の目覚ましい活躍は、とても眩しく己の目に映った。届かない光のようにも思えて。そして自分との違いに苦しくなって、でも彼女の事は好きで。劣等感と恋心で、感情がごちゃごちゃになっていたのかも知れない。

「最初から何もかも諦めては、それこそ何も始まらない。現状を変えたければ、動くのだ。自分の事が駄目だと思うのならば、少しでも良い。まずは一つ、今までとは違う自分を作る。漠然と全部変えようとしても上手くはいかないからな」

 アインズはそう言うと、そっと空に浮かぶ月を見上げた。

「月は自分の力では光る事が出来ないらしい。最近の研究で分かったそうだ。しかし、人は自分の力で輝く事が出来る。君だってそうさ。だから、全てを嘆く必要はないぞ」

「アインズ様……!」

 アインズの言葉は、今のンフィーレアにとって、あまりにも有難い言葉だった。彼の期待に応えたい。ならば、やはり自分は、伝えるべきなのだ。

「アインズ様、僕なんかの為に、色々お話して下さって本当にありがとうございます。アインズ様のお言葉を聞いて、僕はやっぱりアインズ様にお伝えするべきだと思いました。それで少しでも、僕が変われるのなら――」

 グッと拳を握りしめて、ンフィーレアは決意した。そんなンフィーレアの様子に、アインズは何か大切な事があるのだな、と気付く。緊張した面持ちで、ンフィーレアは己の秘密を明かした。

「僕は、今までずっと誰にも言わなかった事があります」

「誰にも言わなかった事? 家族にもか?」

「はい。もしかしたら、この事実がどこかに漏洩すれば、悪用される危険性があったからです」

 でも、と続ける。

「でも、今なら話しても良いんじゃないかって思って。僕のこの力が、エンリやアインズ様の助けになれるかも知れないと」

 ごくりと生唾を飲み込んで、ンフィーレアは伝えた。

「僕は、『あらゆるマジックアイテムを使用できる』タレントを持っています。なので、仮にアインズ様しか扱う事が出来ないマジックアイテムがあったとしても、それを使用する事が出来ます。不測の事態に陥った際は、僕が、アインズ様の御身を守る為にも、それを使わせて頂く許可を頂けないでしょうか……!?」

 出過ぎた真似かも知れない。それでも、自分は。そう思っての言葉に、アインズは興味深げに眼光を光らせた。

「あらゆるマジックアイテムを使用できるタレント……! そんなものが存在していたとは。私でも知らなかったぞ。そうか、君はそんな力を持っていたんだな……」

「はい。でも、この力の危険性には幼い頃に既に気付きまして。なので、誰にも伝えていなかったんです」

 そう答えるンフィーレアに対し、それは賢いぞとアインズは返答した。

「確かにそのタレントは悪用される可能性が高い。今まで誰にも伝えなかった選択は正しいと私は思う。そして、それを打ち明けてくれたのが、この私だというのは嬉しいな」

「そ、そんな……! 僕はただ、アインズ様になら、この力の事を話しても大丈夫だと思っただけで……!」

 あたふたと両手を振ると、アインズは楽し気に肩を揺らした。

「フフ。私へ話すという選択をした君は、何よりも凄い。少しでも変わろうとしてくれたのだろう? そういう輝きを、私は愛おしいと思う。私には無い生者の輝きだ」

 命あるものの輝き。アインズはそれが好きだと以前から言っていた。ンフィーレアは、アインズこそ輝いていると思うのだが。本人はそう捉えてはいないらしい。

「君の申し出、了解した。もしもの時は、私の全てのマジックアイテムの使用を許可する」

「!! ありがとうございます!!」

 アインズからの了承の言葉に、ンフィーレアは嬉しさと達成感で何度も頭を下げた。

 

 これで少しは、前進出来ただろうか?

 エンリの隣に立てられるような、そんな自分に近付けただろうか?

(あ、そっか)

 そこでふと、ンフィーレアは気が付いた。

(僕は……エンリを守りたいんじゃなくて、エンリと一緒に並び立ちたいんだ)

 対等な存在として、彼女の隣に立ちたい。それが、自分の本当の願いだと。

 

 

「――アインズ様、僕、頑張ります! 駄目な所が多い僕だけれども、嘆いてばかりじゃ何も変わらない。今日、貴方に打ち明けられて良かったです。ちょっとずつ良い方向に変わっていけるように……!」

 力強くそう宣言する。そんな姿に、アインズは満足そうに頷いた。

「そうだな。私も応援しているよ。いつか、君が胸を張ってエンリに告白出来る日を待っているさ」

 ポンと肩に手を置かれて、ンフィーレアは恥ずかしさと嬉しさで言葉が上手く出せなかった。これ程までに親身に民を想って下さる王がこの村を統治している事実に、改めて感謝してもしきれない。この村が王国に属していた頃とは天と地ほどの差だ。この方の為にも頑張ろう。そう、素直に思える。

 

 

「さてと。夜もだいぶ更けてきた。そろそろ戻った方が良いんじゃないか?」

「それもそうですね。話し込んでしまってすみません……!」

 慌てて謝ると、気にするなとひらり、手を振られた。

「私は寒さなど感じない体だから平気さ。ま、これからも頑張るんだぞ。私も、国を統べる者として色々と頑張らねばな」

 ゆっくりと立ち上がり、アインズはスッと空間に手を伸ばした。

転移門(ゲート)

 アインズが唱えると、そこには暗く深い空間が突如出現する。アインズがよく移動手段として使う魔法だ。これをくぐって彼は様々な場所へ瞬時に移動できる。恐らくこれで城に戻るのだろう。

 アインズの現在の拠点はエ・ランテルだが、夜は城に戻っているとは聞いていた。忙しい身だと言うのに、こうして村の様子をこっそり見に来てくれるのは有難い。

「ではまたな、ンフィーレア」

「はい! アインズ様もお気をつけて! おやすみなさい!」

 彼が眠らないのは分かっていたが、一応挨拶をしておく。アインズはコクリと頷くと、そのまま転移門(ゲート)の中へと姿を消した。

「……はぁ~~。緊張した……」

 アインズが去った後、ンフィーレアはへなへなとその場にしゃがみ込んだ。ドクドクと心臓が煩く鼓動を打っている。ギュッと胸元を押さえつつ、自分が言った言葉を反芻する。初めてアインズに、自分から何かを提案出来た。それは、大きな進歩だ。

「良かった、彼に伝えられて」

 少しでも自分は役に立てる。それが分かっただけでも、前進だろう。後は、少しずつ周囲を見られるようにする。自分で手一杯になるのではなく、周りを見られるようになれば、大きなヘマをやらかす事も減る筈だ。何かに集中し過ぎるところも気を付けねばなるまい。どうしようもない、長年染みついた癖だと嘆いていたけど、最初から諦めては駄目なんだ。

(僕は、自分に対して諦め過ぎていたんだ、きっと)

 それだといつまでも同じだ。変われる訳がない。そりゃエンリだって『ンフィーだものね』と呆れてしまうもの分かる。

 

「頑張ろう。エンリと並び立てるように」

 

 

 

 夜風が優しく、頬を撫でていった。

 

 




ンフィーレアの心情は原作とは若干変えたものにしました。あと、原作よりももう少し深く心理描写を描きたくて……色々と悩む青年は良いですよね。

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