古き死の王の目覚め   作:流星カナリア

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第2話 歪んだ正義の行方

 リ・エスティーゼ王国、ロ・レンテ城内にあるヴァランシア宮殿は今、不気味な程に静まり返っていた。

 その中のとある一室。その上座には、国王であるランポッサⅢ世が座っている。その隣には第二王子であるザナック、そしてその隣には第三王女であるラナーが無言で座っている。そして、王の直ぐ後ろに立つように、彼の忠臣であるガゼフ・ストロノーフが立っていた。

 他に同席しているのは、王が信頼出来ると判断した重臣や貴族達ばかりだ。だが、誰もが口を閉ざし陰鬱な空気を醸し出している。

 玉座に座るランポッサⅢ世は、特に顔色が酷かった。

 それも無理は無い。何せ、王国は今、大きな二つの問題を抱えていた。

 

 その一つ。それは、第一王子であるバルブロの裏切りだった。

 

 事の発端は、第三王女ラナーの友人である冒険者、ラキュースから齎されたある情報がきっかけだった。

 彼女はラナーの依頼で、冒険者『蒼の薔薇』のメンバーと共に、王国内に潜む帝国の密偵について調査していた。勿論、そのような指示をラナーに与えたのはランポッサⅢ世だ。近々帝国との戦争を控えている今、情報は何よりも大事だった。

 

 その密偵が、あろう事か第一王子であるバルブロと繋がっている事が判明したのだ。

 

 急ぎラナーはそれを王へ伝えたのだが、最初彼はその内容を信じようとはしなかった。いくら何でも、第一王子が敵国へ情報を送る筈が無い。そう信じたかったのだろう。

 だが、念の為と探りを入れたところ、残念ながらバルブロが密偵と繋がっていたのは事実と判明した。

 流石に数々の証拠を叩き付けられると、彼もバルブロを擁護する事は不可能だった。

 そして、バルブロを支持するボウロロープ侯や、常日頃悪評ばかりを聞いていたブルムラシュー候等、六大貴族達からも、芋づる式に証拠が見つかる始末。

 

 王は計り知れない衝撃を受けた。

 ここまで、王国は腐っていたのかと。

 

 自分はただ、バルブロには安全に生きて欲しかっただけだった。

 下手に戦いで死ぬ事の無いよう、戦争が起きた時でもそこまで前線に出す事もしなかった。

 父親なりに愛情をかけていたつもりだったのだ。

 だが、それはどうやら伝わっていなかったらしい。

 

 彼を捕らえた時の、怒りの声が頭から離れない。

 

『父上! 貴方は何も分かっていない!! 貴方は私の力を全く信じては下さらなかった……ッ! それがどれだけ屈辱的で、どれだけ自尊心を抉った事か!! だが、帝国は違う! あの国は、才能さえあれば誰でも重用してくれる! この私を、認めてくれるのだ!』

 

 違うのだ。私は決して、お前を信じなかった訳ではない。

 そう言いたくても、あの瞳を見てしまえば何も言えなかった。

 

 本来ならば、彼は重罪人だ。その立場を考えれば、死罪が妥当だろう。

 だが、こうなるまで放っておいた自分にも責任はあると王は思った。だからこそ、彼は城の地下へと幽閉された。

 二度と、地上へは戻れないだろう。

 

「父上」

 物思いに耽っていた王を心配してか、ザナックが気遣わしげに声をかけてくる。それに静かに頷くと、王はゆっくりとその場にいる全員を見渡した。

 

「バルブロの件は、暫くは情報を漏らさぬように。国民らには、彼は病死したと伝える事にしよう」

「それが宜しいかと思います、陛下」

 恭しく頭を下げたのは、レエブン候だ。六大貴族の中で最も力があり、王派閥・貴族派閥その両方をさまよう蝙蝠として認知され、忌み嫌われていた存在だが、実際は何よりもこの国を思い行動していた男。今回の騒動でそれが王派閥に理解され、彼への認識は大きく変わった。

 バルブロの裏切りが発覚した際、それの真偽を確かめるべく、彼の部下だった元オリハルコン級冒険者達が、ラキュース達と協力して調査に参加したのが決め手だったと言える。

 彼の真摯な言葉は、心から王家を思う言葉だった。だからこそ、王派閥の者達は彼への認識を改め、敬意を表した。

 彼ならば、王を支えるに値する人間だと。

 

 しかし、そんな彼も皆と同じように疲れ切った顔をしている。バルブロの裏切りの件もあるが、もう一つの大きな問題についても頭を悩ませているからだった。

 

「では、その件はまた後程詳しく話し合うとして――例の『死の王』についてなのだが……」

 王のその言葉に、全員が困惑と恐怖の色を浮かべる。

 

 王国内を揺るがす一大事が起きた今、また新たな問題が生じたのだ。いや、むしろこちらの方が一大事と言えよう。

 

 それは、時折王へ謁見を求めに来る、カルネ村の村長と、エンリという村娘が齎したものだった。

 

 

   ・

 

 

 先日、再び彼らが王への謁見を求め王都までやって来た。いつものように村の状況を伝えに来たものだと思ったのだが、その日は違った。

 謁見の間で出会った彼らの表情は、酷く晴れやかなものだったのだ。

 そして、王を困惑させる言葉を放つ。

 

「陛下。遂に我々の悲願が達成されました」

「……それはどういう意味かね?」

 村長は、何処か王を哀れむような視線で、静かに告げた。

「我々は、モモンガ様について行きます。300年もの間、彼が再び目覚める事を、カルネ村の住人達は待ち続けておりました故」

 彼が何を言っているのか全く分からない。

 不安に思った王が、隣に立つザナックへと視線を向ける。どうやらザナックも同じようで、困惑の色を隠せずにいた。後ろに立つガゼフも同様のようだ。

 そんな三人の隣で、ラナーだけがいつものような微笑を浮かべたままだ。ラナーの様子に引っ掛かりを覚えたが、それが形になる前に今度はエンリが口を開いた。

「陛下は、嘆きの死の王の話をご存じですか?」

「嘆きの死の王? あ、あぁ、勿論知っているとも。有名なおとぎ話だろう?」

 そう問いかけると、エンリはニコリと笑みを浮かべた。

「あのお話は、おとぎ話なんかじゃありません。事実なんです」

「――は?」

 思わず間の抜けた声が出てしまった。

 何を言っているのだろう? 

 あの話は、どう考えてもおとぎ話としか考えられなかった。一部の者達はあれが事実だと考えているようだが、とてもそうとは思えない。

「陛下。確か古い歴史書等はこちらで管理なさっているんですよね? でしたらその中に、アインズ・ウール・ゴウンという貴族が、300年前に存在していた事実がある筈です。そこの一人息子である、モモンガ様という魔法詠唱者(マジック・キャスター)の事も」

「娘、あまり戯言を言うでないぞ!」

 訳の分からない彼女らの言葉に業を煮やしたのか、近衛兵がそう叫んだ。だが、エンリも村長も全く表情を変えない。それはいっそ不気味ですらあった。

「では、証拠をお見せしますね」

「何を――」

 何を言って、と続く筈だった言葉は、そこで途切れる。

 彼女は背負い袋を床に置き、袋の口を開けた。そして、その中からどう考えてもそれに入る大きさではない大きな鏡を取り出したのだ。

「!?」

 明らかにそれはマジックアイテムだった。そうでなければ説明が付かない。その場にいた者達に動揺が走る中、彼女は慣れた手つきでその鏡を操作していく。その操作を手助けするように、村長も鏡に手を翳しながら何かを探しているようだった。

 暫くすると、二人の手が止まる。

 そして、その鏡をその場にいる全員に見えるように動かした。

「この御方こそ、我々を導いて下さるオーバーロード――死の王であらせられるモモンガ様です」

 

 鏡に映ったその姿を見て、彼らは絶句する。

 

 王族でも手に入らないであろう、豪華な漆黒のローブに身を包み、玉座に腰掛ける存在。

 それは、アンデッドだった。眼窩には血のように赤い灯火が揺らめき、こちらを見つめている。

 

 近衛兵達から悲鳴があがったが、それを咎める事等出来る筈もない。

 

「ご安心ください。例のおとぎ話の通り、彼は元々人間です。そして、人の心も消えてはおりません。彼はカルネ村の初代村長、トーマス・カルネ様との約束を果たす為、再びカルネ村へと訪れて下さいました。この日を、我々はずっと待っていたのです」

 エンリは力強い瞳を王へと投げかけた。

「モモンガ様は、現在のカルネ村の状況を酷く憂いて下さいました。そして、こう宣言されたのです。『国を作るから、私の庇護下に入らないか?』と」

 

 ざわっと。

 空気が大きく震えたのが分かった。

 

「これについて、後日陛下とお話をしたいそうです。ですので今日は、それをお伝えする為にこちらへ赴きました」

「――こちらから、使者を送った方が宜しいかね?」

 なんとか絞り出すようにそう問えば、彼女はコクリと頷いた。

「えぇ。それをモモンガ様も望んでおられます。では、一週間後で宜しいでしょうか?」

「構わない。そう、伝えておいてくれ」

「分かりました」

 そう言うと、エンリはその大きな鏡を再び背負い袋の中に仕舞い込んだ。

 村長と何やら小声で話し合うと、彼女はくるりと振り返る。その瞳は、ただの村娘にしてはやけに力強い光を放っていた。

「陛下。この国は遅かれ早かれ滅びるでしょう。我々が何度進言しても、貴方は動こうとはしなかった。そんな貴方に、我々を止める権利はありません。不敬と思われても結構です。我らの命は、既にモモンガ様に捧げると決めておりますからね」

 

 それは、決意の眼差しだった。

 余りにも眩しく、そして、もう自分には無いもの。

 

 唖然とする王達を尻目に、二人はさっさと歩き出す。用件は済んだとばかりのその態度は、確かに余りにも不敬だった。だが、誰も彼らを止める事等出来やしない。あの、恐ろしいアンデッドの姿を見てしまえば、そんな彼に従う彼女達を刺激する訳にはいかなかった。

 

 

   ・

 

 

「歴史書を確認しましたところ、確かに300年前、トブの大森林の一部と、カルネ村周辺を領地としていた、アインズ・ウール・ゴウンなる貴族の存在が確認出来ました。余りにも昔なので、情報はかなり少ないですが……」

 レエブン候がそう呟く。

「いや、彼が本当に実在したと分かっただけでも大きい」

 王は小さく息を吐いた。

「つまり彼は、嘗てゴウン家が支配していた領地を国としたいという事だな?」

「恐らくそうでしょうな父上」

 ザナックが顎に手を当てながら考え込む。

「そして、カルネ村の初代村長、トーマス・カルネについても調べたのですが――こちらは殆ど情報を得られませんでした。モモンガ殿は一応貴族だったから歴史書に残っていたようなもので、ただの村長についての記述は残念ながら見つからず……」

 申し訳ないと謝る息子に、王は大丈夫だと軽く手を上げた。

「現状、認めざるを得ないだろうな。何よりいくら彼が元人間だと言っても、彼は今アンデッドだ。そして、強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもある。魔法に疎い我々では、どう考えても勝ち目は無いだろう。それに、言い方はアレだが、カルネ村は辺境地だ。失ったとしても、特に直接的な損害は無い」

 苦し気に宣言する王の姿に、一同は同情するしかない。

 損害が無い訳では無いのだ。だが、現状どうする事も出来ないだろう。あんな化け物が国を作るというのは恐ろしいが、アレに従おうとするのはカルネ村くらいだと考えていた。

 いずれ彼の存在を知った何処かの国が、討伐隊でも組むかも知れない。だが、返り討ちに合うのが目に見えている。そうして他国が疲弊でもしてくれれば、王国としては都合が良かった。滅びると告げられても、手の施しようが無い事は分かっている。だったらせめて、他国も同じくらい疲弊してくれればという魂胆だ。王として余りにも情けないのは理解している。しかし、そう思わずにはいられないのが王国の現状だった。

 

「では、約束通り一週間後に使者を送る形で良いか?」

「それで大丈夫だとは思いますが、その使者はストロノーフ殿が適任かと思います」

 それまで一切口を挟まなかったラナーが、凛とした声を響かせた。

 黄金と呼ばれる美貌を惜しげも無く晒しながら、ラナーはゆるりと微笑む。

「お父様もそれはお考えだったでしょう?」

 ラナーが確かめるように小首を傾げる。王はそれを見てチラッとガゼフを見上げた。

 ガゼフは戸惑いがちに身を震わせる。

「お前の言う通り、確かにそのつもりだった。ガゼフ。どうかその役目を果たしてはくれないか? 現在の王国上層部は、バルブロのせいで混乱を来している。そんな中、ここにいる者達を無闇に動かす事は出来ない。となると、貴族ではないお前が動くのが一番問題にはならないかと思ったのだ」

 王の説明を聞いて、ガゼフはようやく理解が出来たとばかりに背筋を伸ばした。

「ハッ! 陛下がそうお望みでしたら、この私、精一杯お役目を務めさせて頂きます!」

「ウム。頼んだぞ。そうだ、使者として送るのならば、それなりの恰好をさせねばなるまい。王国の五宝物の内、行方が知れていない一つを除く他全てをお主に装備させて送り出そう」

 王の言葉に、集まった全ての者が動揺したのが伝わった。言われた当の本人は、特に顕著なものだった。

「!? そ、それはなりませんぞ陛下!! そんな恐れ多い物、もし何かあったら――」

「構わぬ。それ位の誠意は見せておいた方が良かろう。相手は底知れぬ人外の存在だ。幾ら元人間と言っても、あそこまで人から離れた存在となっては、その心も何処まで残っているか怪しいもの。カルネ村の事は、縁があるから守ろうとしているのかも知れないが、その他の人間等どうでも良いと思っているかも知れぬ。だったらせめて、礼儀正しく誠意を持って接するべきだろう。要らぬ不快を与えるよりは、その方がマシだ」

 尤もな言葉に、一同は成程と理解する。こちらが何か不手際を起こさなければ、取りあえず会話は成立するに違いない。

 ガゼフもそれを理解したようで、何度か頷くと深く頭を下げた。

「承知致しました。では、陛下のお望み通り、その宝物を装備して向かいたいと思います」

 王はザナックと顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべた。これで一先ずは安心だろう。

 ラナーがジッとガゼフを見つめると、それに気付いたガゼフが「何か?」と首を傾げていた。

「――いえ、何も。ただ、ストロノーフ殿は誠実なお方です。ですからお父様も気に入られたのだなと思いまして」

「そんな……私はそこまで殊勝な人間ではありませんよ」

 照れたように頬を掻くガゼフに対し、王はそっとガゼフの肩に手を置いた。

「そこまで謙遜する必要はないぞ、ガゼフ。お前のその心を、私は気に入っているのだから」

「あ、有難きお言葉……!」

 恐縮だとばかりに体を固くする男に、王は優しげに微笑む。しかし、ラナーがガゼフの事をそういう風に言うのは珍しかった。普段はお付きの剣士であるクライムにしか興味を示さないのだから、こんな風にガゼフを褒めるのは珍しい。

 だが、きっとこれはガゼフの事を立ててくれたのだろうと王は考える。

 

「では、モモンガ殿への使者はガゼフに行かせよう。何か他に意見のある者はいるか?」

 ぐるりと彼らを見渡す。特に反対意見等は無さそうだった。

「では、今回の会議はこれにて終了する」

 

 

 こうして一週間後、ガゼフ・ストロノーフはカルネ村へと赴く事になる。

 そこで、己の人生が大きく変わる事になるとは、この時の彼はまだ、知る由も無かった。

 

 

   ・

 

 

 ガゼフが王城を出立したのを確認した後、ラナーはクライムと共に自室で休憩していた。

 香りの良い紅茶を楽しみながら、傍らに立つクライムを見上げる。

「クライム。貴方も一緒に飲みませんか?」

「い、いえ、ですが……」

 落ち着きなく視線を彷徨わせる姿に、クスリと小さく笑みを浮かべる。

「貴方が一緒に飲んでくれないと、この紅茶もあまり美味しく感じませんから」

「……!」

 ね? と言えば、クライムは体から力を抜いて、ようやくソファーへと腰掛けた。

 そして緊張した面持ちで紅茶を口にする。

「美味しいでしょう?」

「は、はい!」

 ごくっと喉を鳴らしながら、クライムは頷く。

 このやり取りはいつもの事だった。だが、それをラナーは面倒だとは思わない。自分の行動で、彼が様々な表情を浮かべてくれるのは、とても愛らしいからだ。

 

 自分が拾った青年。真っ直ぐにこちらを見上げた瞳は、ラナーの事を恐れてなどいなかった。当時、周囲がラナーの考えを理解出来ず、腫れ物でも触るかような態度を取る中、彼が自身へ向けた感情は澄んだ湖水のように輝いていた。

 それを見て、どうしても彼が欲しくなった。普通の人間のように、彼の喜ぶ顔が見たいと思った。

 

 ラナーはクライムの前でだけ人間になれる。

 それ以降、人前に出る際に人間のフリをするのが上手くなったのは、正直良かった事かも知れない。

 それまでのラナーは、周囲に合わせる事が出来なかったのだから。それ故に要らぬ不和を招く事も多々あったので、今のラナーは昔とは違い、人々に優しい黄金の姫という器を作る事に成功している。全てはクライムの理想を演じる為だ。

 

「ねぇクライム。確か貴方はおとぎ話が好きだったわよね?」

 そう問いかけると、クライムはビクッと肩を大きく震わせた。

「……はい。勿論、嘆きの死の王の話も読んだ事があります」

 複雑そうな表情を浮かべながら、クライムは頷く。

「ですが、まさかあれが事実だとは思いもしませんでした。確かに、数ある悲劇の中でも、かなり完成度の高い物語ではありましたが――」

「そうね。あのお話は舞台にもなる位、悲劇の中では人気が高かったですから。それにあの衣装。昔私が読んだ絵本に描かれていた姿と同じでした」

「誠ですか!? 私が読んだ本に絵は描かれていなかったので、描写で想像はしていたのですが……でも、私が考えていた姿と似ていたのは事実ですね。やはり描写が細かかったのは、その姿を間近で見ていた人物がいたからでしょうか?」

 その問いかけに、ラナーは肯定の意を示した。

「そうでしょうね。それが恐らくカルネ村の初代村長、トーマス・カルネだと思います。色々と調べたのですが、どうやら彼には特殊なタレント能力があったらしいのです」

「特殊なタレントですか?」

 ラナーはテーブルに置かれたクッキーを齧りながら、自らが調査した結果をクライムに教えた。

「簡単に言えば、彼は魔力を無効化出来る力を持っていたらしいわ。魔法には耐性が無かったらしいけれどもね。モモンガ殿は魔力が暴走した結果、あの姿になったらしいけれど、その魔力を浴びても死なずに済んだのは、そのタレントのお陰よ」

 宮廷会議の時、ラナーはこの情報を父であるランポッサ三世に伝える事はしなかった。

 彼の子孫であるエンリに、もしかしたらこの能力が宿っていても可笑しくは無い。もしそうでなかったとしても、この情報を得たランポッサ三世が、迂闊にエンリに接触しようとしたら危険だ。モモンガはトーマスの血族を特別視しているのは明白。下手にモモンガを刺激しない為にも、この情報は秘密にしていた方が得策だった。

 

「クライム。この話はくれぐれも内密にね? お父様はバルブロお兄様の件もあって、少々焦ってらっしゃるわ。不必要に情報を流して、カルネ村の住人に下手に接触されては困るもの。それがモモンガ殿の機嫌を損ねる原因にでもなってしまったら最悪よ」

 真っ直ぐにクライムを見つめてそう話すと、彼は真剣な表情を浮かべて了承した。

「――分かりました。このお話は、決して誰にも話さないと誓います」

「ありがとう。それにしても、これから私達はどうなってしまうのでしょうね……あんな存在が国を作るとなると、他の国が黙っている訳がないわ」

 不安そうに瞳を震わせると、クライムは力強くラナーの手を握ってきた。

「ラナー様。例え何があろうと、貴方様の事はこの私が全身全霊を持って守らせて頂きます。ですからそのようなお顔はなさらないで下さい。貴方は、笑顔が似合いますから」

 あの時と同じ、澄んだ湖水のような煌めきを瞳に宿したクライム。

 ラナーはその瞳を見ると、他の全てはどうでも良いと思えた。この子が好きだと言った笑顔を浮かべて、ラナーは小さく頷く。

 

 死の王モモンガ。

 彼は人間だったが化け物になってしまった。そして恐らく、角砂糖一個分くらいは人間の心を持っている。

 ラナーは化け物だった。だが、クライムのお陰で人間のフリをする事を覚えた。クライムの前でなら、大勢が望む完璧な人間を演じる事が出来る。

 

(一体どちらがマシなのかしらね……)

 

 その答えが分からないまま、ラナーは再びクライムとの会話に花を咲かせるのだった。

 

 

   ・

 

 

 ガゼフ・ストロノーフは、数人の部下を連れて馬を走らせている。

 彼らの表情はどれも固い。無理もないだろう。今から自分達は、死の王と呼ばれるアンデッドへ使者として謁見するのだから。

「戦士長殿! もう少しでカルネ村に到着します!」

 隣を並走する部下がそう告げてくる。ガゼフは「うむ」と頷くと、王国の宝物に身を包んだ己の姿を見る。

 装着するだけで確かに力が漲るのを感じた。だが、それでもあのモモンガに勝てるとは思えない。

(いや、戦うのではなく、話をする為に我々は向かっているのだ)

 軽く頭を振って、ガゼフは眼前に見えてきた村をジッと見つめた。

「……?」

 ふと、何か違和感を感じる。

 以前来た時と、少しだが村の様子が違っていた。

 

 先ず、村を取り囲むように大きな塀が築かれていた。最早それは砦と言っても過言ではない。その塀の向こうには物見やぐらも見える。開かれた重厚な門の中、村の幾つもの場所に街灯が設置されているのも視界に入った。

「もしやあれは永続光(コンティニュアル・ライト)か?」

 王国では見た事が無いが、帝国では数多く設置されていると聞く。今はまだ昼間なので光が灯っていないが、恐らく夕暮れ時になれば光り出すのだろう。

 恐らくモモンガが設置したのだと考えられる。

 更に距離が近付くと、村の入り口に二人の人影が見えた。

 村長とエンリだ。

 ガゼフ達は彼らの少し手前で馬を止めると、馬から降りて彼らに近付いた。

「出迎え感謝する。王より命を受けこちらへと参った、ガゼフ・ストロノーフだ」

 軽く会釈をすると、二人も同じように頭を下げた。

「存じております。私の名はエンリ・エモット。申し遅れましたが、先日新たにこの村の村長となりました」

 にこりと微笑む彼女を見て、思わず目を見開いた。

「何と……!」

 部下達も僅かに動揺しているのが分かった。

「では、後の事はエンリに任せたぞ」

 元村長はエンリに軽く手を振ると、村の中へと去って行く。後に残されたエンリは、特に緊張する様子も無くガゼフに向き合った。

「モモンガ様がお目覚めになられた事で、トーマス様の子孫である私がこの村の村長をしてくれると助かる、と先日仰られまして。何分、人の上に立つような立場になった事がありませんので、どうしたものかと考えたのですが――」

 エンリは村へと視線を向ける。その視線には、確固たる意志が宿っていた。

「あの方は、私がランポッサ王へ村長と共に意見を申し上げに行っていた事を、大変褒めて下さいました。この村を良くする為に動く姿は、称賛に値すると。元村長は年齢的にそろそろ次の村長を考えるべきだと思っていたらしく、モモンガ様の提案を快く引き受けて下さいました。私は二人の期待に応える為にも、新村長として、上に立つ者としてこの地を守ると決めたのです」

「エンリ殿……」

 彼女は既に、上に立つ者として立派な考えを持っている。

 まだ自分よりも遥かに若い少女が、多くの民を背負って前へ進もうとする姿は、嘗てのガゼフが憧れた民を守る戦士のようだった。

「――すみません、長話をしてしまいましたね。行きましょう。モモンガ様の元へご案内させて頂きます。馬は村の者が預かりますので、そのまま村の中へ入って貰って構いません」

「ありがとう。では、そうさせて頂くよ」

 エンリを先頭に、ガゼフ達はゾロゾロと村の中へ入った。

 そこで彼らは更に驚くべき姿を目撃する。

「あれは、ゴーレムか!?」

 村の中には、幾つもの畑がある。そこに、巨体を機敏に動かしながら土を耕す、ゴーレムの姿が何体も確認出来た。

 その他、見た事もない騎士の姿もある。

「ガ、ガゼフ殿、あれは……」

 震える声でその騎士を見る部下に、ガゼフは「気を付けろ」と小声で注意する。

 戦士としての勘だろうか。その騎士は非常に危険な存在だと直感した。

 どう見てもあれは、アンデッドだった。

 身長は2メートル程だろうか。黒色の全身鎧には血管のような真紅の紋様があちこちに走り、鋭い棘が所々から突き出している。ボロボロの漆黒のマントを身に纏い、顔の部分が開いた兜には、悪魔のような角が生えている。顔は腐り落ちた人間の顔だった。ぽっかりと空いた眼窩の中には、モモンガと同じように血の如く赤い灯火が揺らめていている。

 彼らはゴーレム達と同じように畑を耕す者もいたが、中には大量の木材を運ぶ者もいた。恐らく、ゴーレムよりもその数は多い。その内の一体が、エンリ達に近付いて来た。

「!!」

 思わず身構えそうになるガゼフ達を気にせず、エンリは彼に駆け寄る。よく見ると、その騎士の左腕に白いスカーフが巻かれていた。

「あぁ! ズィークさん! 今日も森へ狩りですね?」

 そう尋ねるエンリに、ズィークと呼ばれた騎士はコクリと頷いた。

「では、ある程度狩りが終わりましたら、今日はそのままご帰還下さい。その後、いつものように村の裏手の畑の開墾作業に入って貰えると助かります」

「オオアアァァ――ッ!!」

 恐らく返事のつもりなのだろう。ガゼフ達にとっては身震いしてしまうような、悍ましい唸り声を上げて、彼は凄まじい速さで村から出て行った。

 呆然とするガゼフ達を見て、エンリは苦笑を浮かべる。

「すみません、驚いちゃいましたよね? 彼らは死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれる存在で、モモンガ様が作り出したアンデッドなんです。本来なら死の騎士(デス・ナイト)は生者を憎む存在らしいんですけど、その辺はきちんとモモンガ様が制御しているので大丈夫です」

 その言葉に、ガゼフは訝し気に眉をひそめた。

「アンデッドという事は、元になる死体がある筈だが?」

「……カッツェ平野から、死体を幾つか持ってきてモモンガ様がお作りになったんです。あの、一応カッツェ平野は誰の物でも無いですし、明らかに身元が特定出来なそうな死体だけを拾ってきました。それなら大丈夫かなと思ったんですが」

 マズイですかね? と問いかける彼女に対し、ガゼフは頭を悩ませてしまう。

 確かに彼女の言う通り、あの平野は誰の物でも無い。よって、そこの死体をどう使おうが構わないのかも知れないが――

(人道的な意味では許される事では無いだろう)

 だが、別にモモンガが誰かを殺してアンデッドにした訳では無いのだ。

 一般人に過ぎないガゼフにとって、どう解釈して良いものなのか分からない。

「すまない、俺なんかでは判断出来る案件では無さそうだ。だが、こちらとしては特に非難するつもりはないと思って欲しい」

 そう伝えると、彼女はホッと肩の力を抜いた。

「それは良かった! 開墾や狩り、村の防衛等で彼らには沢山お世話になっているので、今更駄目ですって言われても強行突破するしかないなって思ってたんですよ!」

 サラリと告げられた言葉に、ガゼフはヒヤリとしたものを背筋に感じた。

 それを紛らわす為に、ガゼフは彼女に問いかけた。

「そ、そういえば先程、彼の事をズィークと呼んでいたが」

「あぁ、それは私が付けた名前なんです」

 歩きながら彼女は答えた。

「彼はモモンガ様が初めてお作りになったアンデッドなんですよ。オーバーロードとしての特殊スキルで、能力がかなり強化されているとか……私も特別にその場に居合わせて、アンデッドを作り出す所を見たんですが、モモンガ様は本当に凄いお方なんだなって再認識しました。モモンガ様は、私に命名権を下さったので、昔読んだ本に出てきたズィークという人物の名前を付けたんです」

 嬉しそうに話す彼女は、とても機嫌が良さそうだ。

「それに、モモンガ様は死の騎士(デス・ナイト)達の指揮権を私にも与えて下さいました。基本的にはモモンガ様の命令が最優先事項ですが、有事の際、モモンガ様が側に居られない場合は私が指揮を執る事になっております」

「――ッ!?」

 咄嗟にガゼフ達は顔を見合わせた。

 つまり、何かあれば実質的に彼女がモモンガと同等の権利を持つという事だ。

 どう考えても、その力は強大過ぎる。

「名前を付けるという行為は、彼らにとって創造主に生み出された事と同じ位、大きな意味を持つらしいんです。それによって自我にも影響を及ぼすのだとか。ズィークさんに名前を付けたところ、名前無しの死の騎士(デス・ナイト)よりも思考能力が高くて、会話もスムーズに行えました。なので、今は実験的に何人かの死の騎士(デス・ナイト)に名前を付けて、行動を観察している段階なんですよ」

 スラスラと語られる内容は、余りにも理解の範疇を超えている。彼女達は一体、何処を目指しているのだろうか? この村をどうする気なんだ? 悶々と悩む間に、どうやら一行は馬小屋のある場所まで到着した。

「では、此処に馬を繋いでいって下さい。そしたら、トブの大森林へと向かいます。そこに、モモンガ様の居城がありますので」

「了解した」

 取り合えず、今は彼女の指示に従う事が先決だろう。ガゼフ達はそそくさと馬小屋に馬を繋ぐと、彼女の元へと戻る。

 それを確認すると、エンリは再び歩き出した。

「そうそう、ズィークさんの腕に白いスカーフが巻いてあったでしょう? あれは、死の騎士(デス・ナイト)達を見分ける為に付けているんですよ! 名前付きの死の騎士(デス・ナイト)には全てスカーフを巻いています。そしてそれが誰なのかは色で判断してるんです。でも、よくよく見ると彼らって少しずつ違いがあるので、スカーフを外しても誰が誰だか分かるようになったんです。自分でも驚きですがね」

 ははは、と笑うエンリの姿は、普通に見ればただの村娘にしか見えない。

 だが、彼女はとんでもない兵力を保有する存在だ。彼女もまた、モモンガ同様下手に刺激しない方が良いだろう。

「モモンガ様からは指揮官の才能があるって言われましたが、まだまだ精進しなければなりません。モモンガ様の期待に応えられるよう、もっともっと頑張らないと……!」

 グッと拳を握る姿は闘志に燃えていた。

「ハッ! す、すみません、何だか一人で熱くなっちゃって――これじゃあンフィーにも落ち着けって言われちゃうのも仕方ないなぁ」

「ンフィー?」

 新たに浮上した人物名に、ガゼフが首を傾げた。

「あぁ、時々カルネ村に薬を訪れる薬師です。ンフィーレア・バレアレって名前で、エ・ランテルだと結構有名だと思うんですが」

 バレアレ、と聞いてガゼフは思い出した。確かバレアレと言えばエ・ランテル最高の薬師と言われるリイジー・バレアレの事を指す。そしてその孫ンフィーレアは『あらゆるマジックアイテムを使える』という、とんでもないタレント持ちだ。

 まさかこんな所で繋がりがあるとは。

「その、ンフィーレア殿はモモンガ殿の事をご存じなのか?」

 そう聞くと、エンリは首を横に振った。

「いえ、まだ話していません。ですが、近々エ・ランテルに赴いて、彼とリイジーさんにお話するつもりです。その上で、今後カルネ村とどう付き合うのか、決めて貰おうと考えています」

 

――成程。外堀から埋めて行くつもりか。

 

 末恐ろしい娘だ、とガゼフは考えたが、勿論エンリはそこまで考えてはいない。

 

 実はモモンガは、ポーションの作成についても意欲を見せていた。

 彼の居城には、300年前に彼が開発した様々な効能を持つポーションが残されている。

 何故残っていたかと言うと、父親が城を去る前に、自分が開発したマジックアイテムや巻物(スクロール)、その他の研究資料を、この城に残して欲しいとモモンガが彼に頼んだからだ。

 本来ならば貴重なそれらを残す訳にもいかなかったが、モモンガの最期の望みだと考え、父親は了承したとの事。勿論、モモンガは自分が再び目覚めた時の為にそれらを残そうと考えていたのだが。

 それらはモモンガの魔力の暴走に巻き込まれぬよう、城の地下に厳重に封印していたらしい。そして目覚めた今、無事それらはモモンガの手で全て回収した。

 ちなみに300年も昔の物なので、それらのポーションが使えるのかどうか不明だったが、動物で実験した結果、特に異常無く効能を発揮していたので問題は無い。恐らく封印魔法を施していた事で、劣化していなかったのが大きな理由だと考えられる。

 それに、彼が開発していたポーションは、通常の青いポーションではなく赤いポーションだった。それも理由の一つだと思われた。

 

 彼曰く、300年前はポーションの色は赤と青の二種類だったらしい。元は500年前に位階魔法を開発した魔法詠唱者(マジック・キャスター)達が作り出したのが、赤いポーションだった。その知識が代々受け継がれていたそうだが、赤いポーションは希少性が高く、余程の魔法詠唱者(マジック・キャスター)でなければそれを生成する事は出来なかったらしい。だが、そんな魔法詠唱者(マジック・キャスター)がそうそう現れる訳も無く。だからそれよりも生成方法が簡単な、青のポーションが徐々に普及していたそうだ。

 300年前は、まだ市場での赤いポーションと青いポーションの割合がギリギリ半々くらいだったそうだが――

 どうやらここ数百年で、赤いポーションの知識は失われてしまったというわけだ。

 

(ンフィーレアやリイジー様の話をしたら、モモンガ様、凄く興味を示されていたし……きっと話が合うと思うのよねぇ……そうすれば、きっと赤いポーションを開発しようって話が盛り上がる筈!)

 それならば、モモンガもンフィーレア達も仲良くなれるかも知れない。ンフィーレア達はカルネ村の住人では無いから、ガゼフ達のようにアンデッドであるモモンガを警戒する可能性が高い。

 しかし、エンリを通して話し合えば、きっと分かりあえる筈だ。

 

 エンリはただ、自分の親しい相手にもモモンガの知識を分け与え、より良い発明をしてくれれば嬉しいと思っていた。それがンフィーレア達の願いだと知っていたからだ。自分は彼らの長年の願いを叶えてやりたかった。友人の願いを叶えたいと思うのは、当然の事だろう。

 

 今後の事を考えながら歩を進めて行くと、次第に目の前が開けた空間へと到着した。

 その向こうに、モモンガの居城が聳え立っている。

「これが、モモンガ様のお城です」

「おぉ……!」

 どよめきが一行を包み込む。

 それは、美しい白亜の城だった。森の木々に囲まれている為、外からは見えなかったが、近くで見るとその大きさと美しさに圧倒される。王城の美しさとはまた違った荘厳さが、目の前に広がっていた。

「本来ならばモモンガ様の魔力の暴走の影響もあり、朽ち果てた古城になっていたんですが……リペアの魔法で元に戻したと仰っていました」

「つまりこれは、当時の姿のままという事か?」

 驚いて声を上げると、エンリは「そうですよ」と自慢げに胸を張った。

「さぁ、では参りましょう。モモンガ様がお待ちです」

 城門には警備の為か、死の騎士(デス・ナイト)が二人立っていた。こちらは村に居たのとは別で、完全武装をしている。右手には赤黒いオーラを纏わせた1メートル以上はあるフランベルジュ。左手には、体の四分の三は覆えそうなタワーシールドを構えていた。それぞれ左腕に青と赤のスカーフを巻いている。

「青いスカーフの方がペイルさん、赤いスカーフの方がストライフさんです!」

 名を呼ばれたと思ったのか、ペイルはガチャッと鎧を軋ませながら、片膝をついて頭を下げた。それこそ騎士のように。

 隣に立つストライフは、フランベルジュ構えると、そのまま力強く真横に振ってから地面へと突き刺し、エンリに対し軽く頭を下げた。

 二人の行動に、ガゼフは目を丸くする。

「――彼らには、個性があるのだな」

「はい! ペイルさんはそれこそ騎士の鑑って感じの方で憧れますし、ストライフさんは堂々とした立ち振る舞いが凄く恰好良いんですよ!」

「ヴァ、ァァアアアッ!!」

 エンリに褒められたからか、二人が呻き声を上げつつ眼窩の灯火を忙しなく点滅させている。もしかして照れているのだろうか?

「あ、そうだ。モモンガ様から言われていたんですけれども、ストロノーフ様達がモモンガ様と謁見する際に、ストライフさんも供として来て欲しいって言っていましたよ」

「ォアア?」

 俺? とでも言っているようだ。首を傾げてエンリを見つめている。

「えぇ、そうです。今回の謁見は、私とストライフさんの二人で、モモンガ様のお側にお控えさせて頂く事になりました。なのでペイルさん。その間此処の守りは貴方一人だけになってしまいますけど、どうか宜しくお願いしますね?」

 エンリの言葉に、ペイルは胸に手を当て頷いた。ストライフはモモンガからの指名を喜んでいるのか、一度大きく雄叫びを上げると、ガゼフ達の先頭に躍り出た。

 

 何だかもう訳が分からなくなり、ガゼフはそっと部下達に声をかけた。

「……なぁお前達。これから俺達はどうすれば良いんだろうな……?」

「分かりません……ただ一つだけ言えるのは、モモンガ殿と村長殿には決して逆らってはいけないという事でしょうかね」

「あぁ、それには同意するよ。本当に、な」

 

 深く溜息を吐きながら、ガゼフ一行はエンリとストライフに続く形で、遂にモモンガの城の中へと足を踏み入れるのだった。

 

 

   ・

 

 

 豪華なシャンデリアが天井から垂れ下がり、淡い光を放っている。

 赤い絨毯は埃一つ無く艶を放ち、玉座へと伸びていた。

 その玉座に腰掛けるのは、強大な魔力を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、オーバーロードと呼ばれる死の王モモンガ、その人である。

 頭上に漆黒の後光が射しており、知らず冷や汗が額を伝った。

 眼窩で赤く輝く灯火が、ジッとガゼフを見据えている。彼の隣には、案内を務めてくれたエンリが右側に立ち、左側にはストライフがフランベルジュを携えながら立っている。

 

 モモンガが、静かに口を開いた。

 

「――まずは、此処まで来て頂いた事に感謝しよう。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ殿」

 低く、重厚な声が謁見の間に轟く。

「こちらこそ、こうしてお会いする事が出来、光栄です。モモンガ殿」

 そう言って頭を下げると、モモンガは構わんと軽く手を振るった。

「さて。君の事はある程度調べさせて貰った。何せこちらは300年のブランクがあるからな。今は色々な国の情報をかき集めている最中なんだが……君はどうやら、平民の出身らしいな?」

 顎に手を当て首を傾げるモモンガに、ガゼフは内心の動揺を押し殺して返答した。

「は、い。そうです。私は平民の出ですが、王は私の才能を高く評価して下さいまして……こうして、王国戦士長等という地位まで頂きました」

「その情報は知っている。ランポッサ三世は、決して悪い人間では無いという事もな。だが、彼にはそう――全てを動かす力が足りなかった。結果、王派閥と貴族派閥は対立し、そして、第一王子は国を裏切った」

「ッ!?」

 何故その情報を!?

 ガバッと顔を上げると、彼の隣に立つエンリは何食わぬ顔で立ったままだ。

 どうやら彼女もこの情報を知っているらしい。

 部下達が動揺からか、ガチャッと鎧が軋ませる音が聞こえる。

 ガゼフは声を荒げぬよう抑えながらも、モモンガに問いかけた。

「その情報は、まだ何処にも流してはおりませぬ。何故それを、貴方が知っているのですか?」

 ガゼフの問いかけに、モモンガはカタリと骨を鳴らした。恐らく、笑ったのだろう。

「お前はどうやら正直な男のようだ。知らぬ存ぜぬと無視しても良かっただろうに。まぁ、私としては正直な人間の方が好きだから、それで構わんよ」

 肩を竦めながら、モモンガは続けた。

「召喚魔法の中に、悪魔を召喚出来るものがある。その中に、隠密行動に長けた影の悪魔(シャドウ・デーモン)という奴等がいてな。彼らを少々、王城へと忍ばせて貰ったのさ。エンリ達が王城へ行った時にな」

 エンリの影がぐにゃりと歪んだ。驚いてそれを見ると、再びそれは元のエンリの影へと戻る。

「……つまり、彼女の影に忍ばせていたと」

「そういう事だ。悪く思うなよ? こちらは何せ、300年眠っていたのだ。先程も言ったが、何も情報が無い状態で、国を作る訳にはいかないからな。下準備はしっかりしなければ」

 国を作る。やはり、その意志は変わらないようだった。

影の悪魔(シャドウ・デーモン)は他にも何体か王都にいるのだが、王都は酷い有様だな。税は重く、帝国との戦争で若者達は徴兵され、生産量は落ちる。そこにまた重い税が伸し掛かり、民は苦しむ。魔法への知識も疎く、私が人間だった300年前と比べても、魔法詠唱者(マジック・キャスター)への扱いは酷いものだ。これでは国が滅びるのも仕方ないというもの」

 呆れたように溜息を吐くモモンガ。ガゼフはそれに何も言えなかった。全て事実だからだ。

「だからこそ私は、国を作ろうと思ったのだよ。トーマスへの恩返しの為にも、カルネ村は王国から鞍替えをさせる。そして、種族関係無く、私の魔法の知識を求める者は、私の国に招き入れよう。私の力で、どの国よりも素晴らしい国を作り上げて見せようではないか」

 力強く宣言するその姿は、まさに自分が何時か想像していた、王とはこうあるべき者という姿そのものだった。

「良いかガゼフ・ストロノーフ。滅びをただ待つだけの人間に興味は無い。だが、価値のある者は別だ。私にとってカルネ村がそうなのだよ。そして、私はオーバーロードだ。人間の王が滅びへと向かっている中、アンデッドの王が国を作り繁栄させれば、周辺国家はどう思う? 危険だと思うだろう? だが同時に、手を出すべきではないとも思う筈だ。そして、真に賢い者ならば、その知識を得ようと近付いて来るに違いない。そういう者こそ信じられる。同盟を結び、互いに知識を共有し、世界の質をより向上させる事が出来るのだ」

 まさか。

 ガゼフは、彼が目指しているものを察し、愕然とする。

 ガゼフの様子に気付いたのか、モモンガの声色が喜悦を帯びているのが分かった。

「私は不死。永遠に王として君臨する事が可能だ。そしてオーバーロードとしての圧倒的な力もある。私の庇護下に入れば、世界は平穏に包まれるだろう。温情を与えても良い、価値のある者達だけを私の国に集め、永遠の繁栄を約束する」

 いっそ穏やかに告げられるその内容は、余りにも信じられないものだった。

「私はな、カルネ村を守る事が出来ればそれで良いと思っていたんだ。トーマスへの恩返しさえ出来ればと。その為に国を作り、この村が害される事無く繁栄出来れば良いと考えていた。だが、各国の様々な情報を集め始めて気付いたのだ。世界はこのままでは滅亡の一途を辿るだろうと」

 ゆっくりと、死の王は立ち上がった。まるで、足元から闇が這い上がってくるような緊張感を感じる。

 ガゼフは、彼から目を逸らす事が出来なかった。

 静かにモモンガは歩を進めて来る。やがてガゼフの前で立ち止まると、彼は前に掛かったマントをバサリと撥ね除けた。

 漆黒のマントが広がる様は、まるで黒翼が全てを包み込もうとするかの如く、大きく広がる。

「――勿体無いと思わないか? もしかしたらその中に、価値のある者がいるかも知れないじゃないか。だとしたら、そういう者だけを選抜し、それ以外を切り捨てた方が、この世界にとっては正義なのではないか?」

 

 モモンガの骨だけの指先が、恐ろしいくらい優しくガゼフの肩に置かれた。

 

「私にこんな欲があるとは正直思っていなかったんだがね。フフッ、この体になって初めて知ったよ。力を持つ者は、それを正しい事に使わねばならないんだ。だから私は国を作る。そしてそれが引き金となって世界は変わる。私が望んでいるのは世界の変化だ。カルネ村も守り、世界を導く。それがアンデッドとして、オーバーロードとしての私の願い」

 

 いっそ悪意の塊であればまだマシだった。

 だが、彼は恐らく善意で考えている。

 その善意の根底にある歪んだ正義が、彼を突き動かしているのだ。

 

(どうすればいい?)

 

 ガゼフはぐるぐると頭の中で思考する。だが、何も良い考えが思い浮かばない。

 モモンガは伝えたい事を伝えて満足したのか、ゆっくりとガゼフの肩から手を離した。

 

「カルネ村の住人達は、私の考えに賛同してくれたよ。後はランポッサ三世と話すだけだ」

「……承知しました。では、王に今お聞きした事を全てお伝えしておきます」

 今はそう答えるしかない。今の自分がやるべき事は、この話を王へ伝え対策を練る事だけだ。

 モモンガはこれ以上話す事が無いのか、元いた玉座へと再び戻ると、ゆっくりと腰掛けた。

「では、今回の謁見はこれにて終了とさせて頂こう。後は君がランポッサ三世にこの話を伝え、私と彼との会談の場を設けてくれれば全てが整う」

 満足げに眼窩の灯火を細める。ガゼフは静かに頭を下げると、部下を引き連れ立ち上がった。

「モモンガ殿。この度は謁見の場を設けて頂き、ありがとうございました。お陰で、貴方のお考えが僅かですが理解出来たかと思います」

「フム。それならば良いのだがね」

 ガゼフは未だ震える部下達を叱咤しつつ、深くモモンガへ頭を下げた。

「それでは、会談の日程が決まり次第、カルネ村へと連絡させて頂きます」

「承知した。それまで君達も身のフリ方を考えておくのだな。個人的にはガゼフ殿。君は価値のある人間だと思っているよ」

 恐らく、自分の情報を調べたと言っていたのだから、何かしらの評価を得たのだろう。

 しかし、あくまでも自分は王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフだ。王を裏切るような行為は出来る訳が無い。

「――お気持ちだけ、受け取っておきます」

「フフッ」

 ガゼフのやんわりとした拒絶に、モモンガは軽く笑うだけだった。

 

「では、次会う時は会談の場になるだろうが……その時を心待ちにしていよう」

 

 彼の言葉を聞きながら、ガゼフ達は謁見の間を後にした。

 

 

 

 歪んだ正義ほど、恐ろしいものはない。彼の善意で、世界の滅亡が早まる可能性の方が圧倒的に高いのだから。

 

 ガゼフは王都までの道のりを、沈んだ面持ちで進む事しか出来なかった。

 

 

 




モモンガ様って、これが正義だって思うと一直線に進んでしまう気がするんですよね。原作のたっち・みーさんへの信頼度の高さとか見てると。

あと、エンリ村長は原作ではゴブリンを従えていましたが、このお話ではデス・ナイトを従える事になりました。覇王への道を突き進んでおります。ちなみにデス・ナイト達の名前とスカーフの色には元ネタがあるんですが、気付いた人は「あれかぁ」って思ってくれると嬉しいです。

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