古き死の王の目覚め   作:梵丸

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今回は少しだけ時間を遡って、アインズ様が国を作る前、各国情報を得ようと動いていた時の話です。この時点ではまだアインズと名乗っていないので、名前はモモンガのままです。
また、この世界はユグドラシルのようなゲームの世界ではなく、完全なるファンタジーな世界なので、アンデッドの特性や魔法の仕組みについて、多少の捏造が含まれます。ご注意下さい。


第5話 幕間:モモンガ、エ・ランテルに行く

 モモンガは、キョロキョロと辺りを見渡しながら、エ・ランテルの街並みを歩いていた。

 勿論、アンデッドであるモモンガがこんなに堂々と歩いているのには訳がある。

 まず、現在のモモンガはその身を軽装の全身鎧で覆っていた。クローズド・ヘルムも被っているので、骨の体は一切見えていない。一応、ヘルムの下には幻術で人間の顔も作ってある。

 そんな今のモモンガの姿は、パッと見、駆け出しの冒険者に見えるだろう。むしろ、それを狙ってモモンガはこの装備を魔法で作ったのだ。

 

――ここで先ず、モモンガの魔法について説明しよう。

 モモンガが300年の眠りから目覚めた時、城の外へ出る為に転移の魔法を使おうとした。

 その際、モモンガはオーバーロードとして使える魔法やスキルの数々を直観的に理解出来た。

 その理由は、彼が無意識の内に『オーバーロードとしての自分が出来る事は何か』を考えた事が原因だった。それによりモモンガの頭の中には、現状使える膨大な数の魔法やスキルが思い浮かんだのである。

 勿論、その全てを一気に理解出来る筈が無い。大雑把にこんな大量に使えるのか、と理解しただけだ。

 

 因みにモモンガは、その膨大な量に圧倒されてしまい、取りあえず自分が『オーバーロードという種族ならば使えるだろう』と思った魔法のみを記憶に留めた。だからこそ、死霊系の魔法は殆ど覚えている。

 つまりそれ以外の『自分の元々の魔力+オーバーロードとして底上げされた魔力のお陰で使用出来るようになった魔法』の幾つかは、まだしっかりと認識出来てはいない。

 

 要するにモモンガの魔法やスキルは『この状況で何が使えるだろうか?』と疑問に思う事で、それに対応する魔法やスキルの使い方が頭の中に浮かんでくる。それによって使用可能となるわけだ。

 ただし、人間だった際に使用出来ていた魔法は、そんな事を考えなくても普通に使用出来る。それこそ転移の魔法がそれだろう。

 

 今回モモンガは、鎧を作れるかどうかを考えた。それにより、自分の魔法の中に上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)という、第七位階魔法がある事を知った。人間だった頃には覚えていなかった魔法だった為、試しに魔法を発動してみたところ、あまりにも立派な全身鎧が完成してしまった。これでは目立ち過ぎるという事で、かなりランクを下げてもう一度作ったのがこの鎧である。

 しかし、あの立派な鎧は今後重要な機会に使ってみるのが良いだろう。一度着用してみたが、戦士としての能力がかなり向上する事が分かった。モモンガは魔法詠唱者(マジック・キャスター)なので、戦士としての戦い方や知恵等は余り詳しくは無い。だが、あの鎧を着た時、自身の中に圧倒的な力が漲るのが分かった。試してみたいと思うのは仕方ないだろう。

 

「あの漆黒の全身鎧、滅茶苦茶恰好良かったよなぁ……」

 思わず人間だった頃の口調に戻ってしまった。ハッとしてモモンガは咳払いをする。

「ゴホン! し、しかし、あれでは目立ち過ぎる。今回は出来るだけ目立たないようにしなければな」

 モモンガがこの街を訪れた理由。それは、情報収集の為だった。

 

 エンリ達に国を作ると宣言したは良いが、自分は300年眠りについていた。なので、圧倒的に現在の情報が足りない。

 カルネ村の住人達から、基本的な主要国家の関係性や情報は聞き出したが、あの村は辺境地だ。最新の情報が届くまでに時間がかかる。だから、こうして自ら動いて情報を得ようと考えた訳だ。

 

 エ・ランテルは、城塞都市であり、隣国であるバハルス帝国の領土に面している為、交通量が多く、物資や人、金、様々なものが行き交っている。その為、他の街と比べても明らかに栄えている都市と言えよう。だからこそ、情報収集にはうってつけの街だった。

「城壁の外周部は軍の駐屯地のようだな。そこはわりとしっかりしているのか」

 むしろ、この領地だけはしっかりしているのだろう。モモンガはそう判断した。

 

 さて。情報を得るにはやはり宿に行ってみるのが良いかも知れない。勿論、その宿に泊まる訳では無い。不可視化の魔法をかけて、コッソリと中に入るのだ。

 高級宿屋の場合、高ランクの冒険者達が泊まっていると聞く。

(もしかしたら、この幻術を見破れる者がいるかも知れないな……)

 エンリ達に聞いたが、そういう存在がいるかどうかは分からないと言っていた。それもそうだろう。彼女達は基本的に村の中で生活が完結している。週に一度、薬草を売る為にエ・ランテルに訪れる程度で、そこまで詳しく強者の情報を得る事は難しい筈だ。

 

 チラッとモモンガは、目の前に見えて来た安宿を見上げた。此処は、冒険者御用達の安宿だ。主に駆け出しの冒険者や銅や鉄級の冒険者達が使う一番安い宿で、1階が酒場、2階と3階が宿になっている。

 此処ならば、そんな高ランクの奴らに遭遇する心配も無いだろう。

 意外とこういう所でこそ、貴重な情報が得られたりもする。駆け出しだからこそ、様々な情報を掴もうと躍起になる者達が多いのだ。

 一先ずはこの安宿で冒険者達の話を聞いて様子見をしてみよう。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を放つのは、ある程度情報を掴んでからの方が良いとモモンガは考えていた。闇雲に放つのと、一定の情報を得てから放つのでは、かなり意味合いが変わってくる。

 

(――それにしても、高級宿屋は少し気になるな。300年前には無かったぞ)

 確か、黄金の輝き亭という名前だった。

 此処、エ・ランテル自体は、勿論300年前もあった。だが、時の流れもあってか、昔と今ではわりと街並みが変わっているようだった。なので気持ち的には、ほぼ初めて見る街に近い。

 そんな街の高級旅館と聞けば、いくら元貴族のモモンガでも多少は気になるというもの。

(正直、幻術がバレる心配が無ければ泊まってみたい気持ちはある。情報の精度もより高いのは確実だろう。それに、泊まる分の金は余裕であるしな)

 

 実はモモンガは人間だった頃、ずっと貯金をしていた。元々慎重な性格だった事もある。何か起きた場合に備えて、両親にも言わずにコッソリと貯めていたのだ。勿論それは自身が眠りにつく前に、城の地下にマジックアイテムや様々な資料と共に封印しておいた。エンリ達に見せたところ、現在もその貨幣は使える事が分かったので、当分は金に困るという事は無い筈だ。そもそもモモンガはアンデッドなので、食事や睡眠の必要が無い。食費がかからないというのは、かなり助かった。

 

 国を作る際、まずカルネ村が領土となるので、彼らの村を発展させる為にも大規模な畑を作ろうと考えていた。その為の資金として自分の貯金は使うつもりだったので、食費がかからない分そちらに回せるのは大きい。

 そんな事を考えつつ、モモンガは宿の物陰に隠れ、自身に不可視化の魔法をかける。最初から不可視化をかけて街を見れば良いと思うかも知れないが、モモンガとしては道行く人に色々と聞きながら情報を仕入れる事も大事だと考えていた。実際、黄金の輝き亭や冒険者達の話は、そうやって得た知識である。

 ある程度情報を得たら、影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を王国各地に送り込もう。それは他国に対しても同じだ。

 ただ他国の場合、現状自分が現地に赴いて情報を得るのは厳しい。王国以上に情報が無いので、下手に動くのが危険だからだ。なので他国に関しては、危険性も考慮した上で最初から影の悪魔(シャドウ・デーモン)達に任せる事にする。

(取り合えず今後の計画としてはこんな所か。さて、誰か宿に入ろうとする奴はいないかな?)

 思考を切り替え、モモンガは宿屋の入り口付近で様子を見る事にした。

 

 

 暫く待っていると、宿に向かって一人の女冒険者が歩いてくるのが見えた。燃えるような赤髪が、風に吹かれてサラサラと揺れている。

 丁度良い。

 彼女が扉を開けた瞬間、その隙間に素早く体を滑り込ませる。

「ん?」

 彼女は不思議そうに首を傾げたが「野良猫かな?」と呟くと、特に気にせずそのまま宿の中へと入って行った。

 

 こうして無事宿の中へと入ると、モモンガは部屋の隅へと移動した。

(ふむ。やはり思った通り安宿だけはあるな)

 明らかにガラの悪い連中が多い。馬鹿騒ぎまではいかないが、作法も何も無く飲み食いする者達が何人かいる。思わず顔を顰めてしまった。

 だが、全てが全てそういう人間ではなさそうだ。

 先程一緒に入って来た女冒険者は、壁際のテーブル席に迷わず進むと、鞄から青いポーションを取り出しジッとそれを見つめている。何やらやり切った顔をしていた。

(……青いポーションか)

 モモンガが人間だった頃、ポーションは赤いポーションと青いポーションの二種類あった。だが、此処まで来る間に薬師の区画を見て回ったが、どうやら赤いポーションは売っていないようだった。

 カルネ村の住人達に聞いてみたが、やはり現在の世界は青いポーションが主流だという。

 そもそも当時でさえ、赤いポーションは生成するのがかなり難しかった。その為に青いポーションが台頭してきていたのだが、この300年で遂に赤いポーションは失われてしまったのかも知れない。

 

 しかし、その効能は明らかに赤いポーションの方が格段に良かった。

 

 モモンガとしては、赤いポーションをもう一度作り出したい気持ちが強い。元々、ポーションについては父と共に研究していた資料を城に残していた。勿論材料や器材も含めて。

 だが、当時でさえ貴重だった材料が、現在もある筈が無い。なので、その代わりとなるような材料を探し出し、研究しようと考えていた。

 もしそれが上手くいって赤いポーションが完成したら、国を作った際、それを自国で流通させようと思う。それは良い売りになるだろう。

 

 ポーションを見つめる女から視線を外し、周囲を見渡してみる。ガラの悪い連中は視界から外し、カウンターの直ぐ近くの席に座っていた二人の冒険者に目を止めた。

「あー、やっと鉄級冒険者になれたな俺達……!」

「そうだな。まぁ、先は長い。今まで通りコツコツ依頼をこなして上を目指して行こうぜ!」

 どうやら鉄級冒険者に昇級したばかりらしい。モモンガは彼らの近くまで移動すると、二人の会話に耳を傾けた。

「お前って確か『蒼の薔薇』に憧れてるんだろ? あの域まで目指すってなると、相当時間がかかるんじゃないのか?」

「う、それは分かってるけどさぁ……」

 項垂れる仲間に、男はカラカラと人の良さそうな笑みを浮かべた。

「まぁ彼らは王都を中心に動いてるけど、此処エ・ランテルにもよく来るらしいからな。もしかしたら会えるんじゃないか?」

 そう問いかける男に、彼は「だといいんだけどな」と肩を竦めた。

「――前にも言ったけど、俺、蒼の薔薇の人達に命を救われた事があるからさ。その時は死にかけてたのもあって気が動転しちまってて……回復魔法で回復して貰った時も、ろくに礼も言えなかったんだ。他にも俺みたいに重症な村人達がいたから、彼女達もそっちに行っちまったし。だから、もし偶然会えたのならきちんとお礼がしたい。そんで、貴方達みたいな冒険者になりますって伝えたいんだよ。自己満足でしかないけどさ」

 蒼の薔薇。

 どうやら、かなり高ランクの冒険者達らしい。

(これは当たりだな。もう少し話を聞いておくか)

 男達はモモンガの存在に勿論気付いていない。そのまま彼らは会話を続けた。

「蒼の薔薇はアダマンタイト級冒険者。それぞれがとんでもなく強いんだけど、中でもやっぱりリーダーのラキュースさんは凄いと思うよ。彼女は戦士としての実力もあるけど、神官としての力もかなりのものだ。何てったって第五位階の蘇生魔法が使えるからな」

 

 蘇生魔法。

 それを聞いた瞬間、眠るように亡くなった母の姿が脳裏を過ぎった。

 もしもあの時、蘇生魔法を覚えていれば――いや、それでも彼女の体が保たない可能性の方が高かったと、カルネ村には伝わっている。

 今更何を……と思った、その時。

 

「――は?」

 

 思わず、小声で呟いてしまった。

 慌てて二人を見るが、どうやら聞こえてはいなかったらしい。

 それよりも、だ。

 今、頭の中にぼんやりと浮かんできた魔法。それは、紛れもなく蘇生魔法だった。しかもそれは複数ある。

 

 信じられなかった。

 

 何より自分はアンデッドだ。それなのに蘇生魔法が使えるだと?

 オーバーロードという存在は、生も死も操る事が出来るのだろうか。だとしたら、何たる皮肉だろう。

 本当に生き返って欲しい人間は、もう決して手の届かない場所にいる。

 蘇生を行うには、その肉体が必要になる。300年も経っているんだ。骨さえ残っていないだろう。

 

 そう思っている内に、精神の動揺が急速に収まっていく。

 アンデッドの特性として、感情の高ぶりが一定量を超えると、強制的に鎮静化されてしまう。今回はそれが起こる程の衝撃だった。それでも僅かに残る感情の燻りが、その心を静かに焼いていく。

 

 それを感じつつも、自分ではどうする事も出来ない。

 モモンガは無理矢理二人の会話に意識を集中させる事にした。

 

「ラキュースさんは、同じアダマンタイト級冒険者、朱の雫のリーダーであるアズスさんの姪っ子なんだけど、俺的にはラキュースさんの方が実力があると思ってるんだ」

 男は力強く告げた。

「ほら、例の聖なる泉の精霊から受け取ったとされる聖剣キリネイラム。その聖なる力で悪しき存在を浄化すると言われている剣! あの剣の威力は本当に凄いんだぞ……!!」

 ダンッとテーブルを叩きながら、男は興奮気味に語る。

「お、おう。その話は俺も知ってるが、そんなにヤバいのか?」

 仲間の男が問いかけると、男はその瞳に熱を宿しながら何度も頷いた。

「俺はラキュースさんに命を救われた。その時に振るっていた剣がまさにそれだったんだ。聖剣キリネイラムから放たれた超技『神聖剣超弩級衝撃波(セイクレッドブレードメガインパクト)』の威力は凄まじいものだった……」

 男は当時の記憶を思い出しているのだろう。遠くを見つめるように目を細める。

「あの剣は魔力を注ぎ込むと、刀身が膨れ上がって無属性エネルギーの大爆発を起こすんだ。村を襲ってきたモンスター達はその爆発に巻き込まれて、一匹残らず消え去ったよ。あれを見てしまったら、そりゃもう憧れるに決まってる」

「成程な……それなら確かに憧れるのも分かるな」

 しみじみと同意する男に、彼は更に続けた。

「それに、彼女はどうやら精霊の世界と交信出来るらしいんだ。仲間のガガーランさんが、部屋で天井を見上げながら、こっそりと精霊に話しかけている彼女を見たそうだ」

「マジか!? そりゃ凄いな……」

 

 二人は興奮冷めやらぬ雰囲気でその後も会話を続けていた。だが、専らリーダーのラキュースの話ばかりで、他のメンバーの話がなかなか出てこない。彼は恐らく蒼の薔薇というより、ラキュース個人に憧れているようだ。

 

 モモンガは、蒼の薔薇の情報をより詳しく探るべきだと判断する。

(取りあえずそのラキュースとかいう女は危険だな。私の属性は今は悪だ。聖剣を使う事を考えると、万が一戦闘に陥った際、かなり不利な立場になる)

 他のメンバーについても何か話してくれないものかと考えていると、彼らの会話がようやくラキュース以外へと変わった。

 

「――あとはそうだな、イビルアイさんもヤバイよな。あの人は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)だけど、彼女も第五位階魔法を使えるんだ。その威力も相当強い。飛行の能力が一級だとは聞いてるし、転移魔法も使える。実力で言えば蒼の薔薇の中でトップらしい。王国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と言っても過言ではないんじゃないか?」

 まぁでも俺の一番はラキュースさんだけどな! と彼は笑った。

 

(イビルアイという魔法詠唱者(マジック・キャスター)……私はオーバーロードとなり、第十位階の魔法も使えるようになった。だが、これは例外中の例外だ。そもそも一般的に魔法とは、第三位階まで使えれば天才と言われる。そんな中で第五位階魔法が使えるとは――)

 ラキュース以上に警戒すべきだろう。他のメンバーについても彼は話していたが、やはり一番に注視するべきはこのイビルアイという魔法詠唱者(マジック・キャスター)だとモモンガは認識した。

 

 王国でさえこんな存在がいるのだ。そうなると、王国よりも魔法に力を入れているとされる帝国なら、それ以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいる可能性が高い。

 モモンガは早めに影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を帝国に送り込もうと考えた。

 

「それに、ラキュースさんは王国の第三王女様とも仲が良い。何しろ貴族だからな。彼女の指示で、色々と動いているらしいぞ」

(……ほぉ?)

 男の言葉に、モモンガは興味深そうに眼窩の灯火を大きく瞬かせた。

「第三王女のラナー様は、友人であるラキュース様に色々と国内を調査させているらしいんだ。本当は王族がそんな事を勝手にしてはいけないらしいんだけど、個人的な頼みという事で特別に動いているんだと」

「流石は黄金の姫と呼ばれるだけはあるな。そんな姫とご友人とは、ラキュースさんの人柄の良さが窺える」

 ラキュースを褒められて嬉しかったのか、男は満足気に頷いた。

 

 王国の第三王女。

 個人的にアダマンタイト級冒険者に依頼を出して国内を調査させる姫。

 少しばかり興味が湧いた。

(丁度王族達の情報も得ようと思っていたしな。王城へ影の悪魔(シャドウ・デーモン)を送り、特にラナーの様子を観察して貰おう)

 

 モモンガは今後の計画を立てていく。それによって今後どう動くべきか決めなければならない。使えそうな人間がいれば、有効に利用する事も一つの手だ。

 協力して貰う代わりに、何か褒美を与える形を取るのが良いだろう。

 

(よし、良い感じに考えが纏まってきたな。初手としてはこれ位で良いのか? こんな行動を取るのは初めてだから、手探りで進めていくしかないが……)

 

 これ以上、この二人から何か情報が出てきそうな気配も無い。

 モモンガはそっとその場から離れると、扉を開けて出て行く客に紛れて、自身も宿の外へと進み出た。

 

 

   ・

 

 

 宿の外へ出ると、モモンガは不可視化を解き人の波に紛れ込む。

「さて。取り合えず蒼の薔薇の情報は出来るだけ常に把握しておく事、それから、ラナー王女を筆頭に王族の情報を調べる事、同時に帝国にも影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を送り込む。他の国も同様だな」

 小声でブツブツと呟きながら、モモンガは歩き出す。

「あぁそれと、世界の守り手の動向も気を付けなければ。国を作るとなると確実に目を付けてくるだろう。だが、最初こそそれを恐れたが、今はそんな事を言ってはいられない。カルネ村を守る為にも、私には情報と力が必要なんだ」

 世界の守り手であるドラゴンがいるのは、アーグランド評議国だ。そこに影の悪魔(シャドウ・デーモン)を送り込むか?

(いや、危険だ。どうせ国を作れば否が応でも関わってくる可能性が高い。こちらから手を出す事は、現段階では止めておいた方がいい)

 なので、アーグランド評議国には影の悪魔(シャドウ・デーモン)は送らない事にする。

 他の国となると、エンリ達に聞いた辺りだと、ローブル聖王国や都市国家連合だろう。地理的に此処からは距離があるが、アーグランド評議国よりは危険度は低い。まずはそちらに送り込む事にした方が良さそうだ。

 色々と考え込みながら歩いていると、前方に人だかりが見えて来た。

「ん? 何だ?」

 何かあったのだろうか?

 人間達のざわめきがその場を満たしていく。

「すみません、何かあったんですか?」

 壁際に出店を出していた店主に声をかけると、彼は嬉しそうに声を弾ませた。

「どうやら蒼の薔薇の人達が来たみたいなんだよ! 多分、任務か何かの途中で寄ったのかもな。恐らく、黄金の輝き亭に向かう途中だろう」

「蒼の薔薇の皆さんが?」

「あぁそうだよ。アンタ、見たところ駆け出しの冒険者っぽいけど、運が良かったな! 彼らはアダマンタイト級冒険者だ。見ただけでその実力が分かる位のオーラが出てる。良い刺激になると思うよ」

 ほら、あそこだ! と彼が指差す方向を見ると、そこには道路を挟んで向かい側、五人の女性が人々に囲まれながら歩いて来るのが見えた。

 

 先頭を歩く女性が、リーダーのラキュースだろう。

 美しい金髪に、緑色の瞳をしている。背筋をピンと伸ばし、堂々と進む姿は迷いが無い。

 続いて男のような大柄な体躯の女性。短く切り揃えられた金髪に、獣のように鋭い瞳、そして逞しい大胸筋がやたら目立っている。彼女はガガーランだ。

 その次は双子の忍者。ティアとティナが歩いてくる。

 二人の髪はオレンジに近い金色。そして、二人ともスラリとした肢体だ。あれなら確かに忍者として動きやすそうだ。

 そして最後。彼女こそが例の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、イビルアイだ。

 小柄な体だが、他のメンバー同様に堂々とした立ち振る舞いをしている。

 額に朱の宝石を埋め込んだ仮面、すっぽりと体を覆ったローブ。フードの隙間から見える長い金髪が、歩く度にサラサラと揺れていた。

 

 モモンガは目立たないように、そっと道の端に移動した。

 この人混みだ。そうそう視線が向く事は無いと思うが、なるべく後ろの方から彼女達を眺めていた。

 イビルアイからは、特にこれといった魔力は感じられないが、恐らく探知阻害系のマジックアイテムを使っているのだろう。自分も念の為、使用出来る位階を探知されないようにする指輪を嵌めている。

 

 彼女達が目の前を通り過ぎた時、最後尾を歩いていたイビルアイが、ピタッと歩みを止めた。

 そして、真っ直ぐにこちらへと顔を向けてきた。

「――!!」

 見間違いかと思ったが、彼女はジッとこちらを見ている。何か勘付かれたのだろうか。しかし、ここで慌てて背を向けると余計に怪しまれる。

 内心ヒヤヒヤしながら見つめ返していると、彼女は訝し気に首を傾げつつも、視線をモモンガから外し再び歩き出した。

「……ギリギリバレなかった、のか?」

 無い心臓がドクトクと鳴っている気がした。

 取り合えずは何とも無いようだが、彼女が自分の存在に疑問を感じたのは確かだろう。

 あまりこの場に長居しない方が良さそうだ。

 モモンガは彼女らの姿が見えなくなると、足早にその場から姿を消した。

 

 

 次に向かったのは墓地だ。

 そこは、エ・ランテル外周部、城壁内の西側地区にある巨大な共同墓地である。城壁内のおおよそ四分の一を占める巨大な墓地である為、強いアンデッドが生まれる前に冒険者や衛兵隊が巡回しているらしい。

 モモンガがそこに向かった理由は一つ。モモンガは種族のスキルで、周囲のアンデッド反応を感知する事が出来る。なので、もしも此処に強いアンデッドがいれば、服従させてカルネ村の警備にでも使おうかと考えていた。

 だが、モモンガのスキルに反応する存在はいない。

 どうやらきちんと冒険者達が仕事をしているようだった。

「まぁ、こんな所でそうそう強いアンデッド等が出来る筈も無いか。ある程度の強さのアンデッドとなると、やはりカッツェ平野に行ってみるしかないかな」

 門番に怪しまれる前にそそくさとその場から去ると、モモンガはヘルムの上から顎に手を当て、思案気に首を捻った。

「カッツェ平野は王国と帝国の戦争の場所だ。アンデッド多発地帯と聞いているし、処理しきれなかった死体も沢山あるみたいだしな」

 あの地は誰の所有物でも無いらしい。

 ならば、そこから死体を持ってきてアンデッドを創造し、カルネ村の警護や狩り、開墾作業等の力仕事に回すのが良いだろう。

 小さな村では人手が足りない。ならば、疲労を感じず、食事も睡眠も必要無いアンデッドは優秀な働き手だ。

 ただ、それを住人達が受け入れてくれるかどうかだが――

 

(そもそも私がアンデッドだしな)

 

 恐らく驚きはするだろうが、受け入れてくれるだろうとモモンガは信じていた。

 

「よし、後でカッツェ平野に行ってみるか!」

 

――この時のモモンガは、すっかりと忘れていた。

 自分がオーバーロードという最上位アンデッドであり、そんな自分がカッツェ平野に赴く事で、より強いアンデッドが生まれてしまう事を。

 それにより多くの冒険者達が死闘を繰り広げ、そして実際死んでしまう冒険者達がいる事を、モモンガはまだ知らない。

 そのアンデッド討伐の為に、ちょうどモモンガが王城へと赴いたあの日、蒼の薔薇が依頼を受けてカッツェ平野へと向かう事になるとは、露程も思っていなかった。

 結果としてあの日、蒼の薔薇と遭遇する事が無かったのだから、良かったのかも知れないが。

 モモンガ本人は、それを知る由も無かった。

 

「さてと、一先ず今日はこれ位にして、明日にでも影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を放つとするか」

 

 モモンガはくるっと振り返り、エ・ランテルの街並みを眺めた。

 王国の中でも、この街は活気に満ちている。少しはマシなようだった。店の数も多いし、品物も品質が良いものが多かった。

 

 だからこそ、この街が欲しいと思う。

 

 腐った王族達が国を破滅へと導く中、この街が共に滅びるのは何とも勿体無い気がした。

 この街ならば多くの物資が手に入る筈だ。それらをカルネ村に回せば、あの村はかなり豊かになる。

 

「帝国は王国と戦争しているのだし、上手い具合に手を組めれば良いかも知れんな」

 

 ふとそんな事を、モモンガは考えるのだった。

 

 




ラキュースの魔剣キリネイラムは、この世界では聖剣になりました。中二病なのは変わらない模様です。

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