古き死の王の目覚め   作:梵丸

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前回は幕間の話でしたが、今回からまた元の時間軸に戻ります。


第6話 同盟締結

 深夜。一人の少女が全身鏡を見つめながら、静かな笑みを浮かべていた。

 リ・エスティーゼ王国内、ロ・レンテ城のとある一室。

 そこは、第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの私室だ。

「おや、また笑顔の練習か?」

 アインズはそんな彼女の様子を見ながら、ゆっくりとその姿を現した。

 闇に溶け込むような漆黒のローブ。骨の指には美しい宝石が填め込まれた指輪が幾つも嵌められている。

 眼窩に灯る血のように赤い灯火と、胸元が開けられたローブの隙間から見える紅玉が、ぼんやりと淡い光を放っていた。

 アインズのその姿は、常人ならば恐怖を覚えるだろう。

 だが、ラナーは違った。

「こんばんは、アインズ様」

 ドレスの裾を細い指で摘まみ、優雅に一礼をする彼女に、アインズは軽く手を振った。

「良い。此処には私と貴様しかいないのだ。貴族の礼など取る必要は無いぞ」

「あら、それは助かりますわ。でも、理想の貴族を演じるのも、なかなか楽しいのですがね」

 クスリと笑うラナーに、アインズは肩を竦める。

「それはお前の可愛い子犬の為だろう? それにしても、王族の中に貴様のような存在がいるとは、なかなかに驚いたぞ」

 来客用の椅子に腰掛けると、アインズは頬杖を突きながらラナーを見つめた。

「しかし、他の王族や貴族達は愚かだな。お前のような逸材を使わずにいるのだから」

 ラナーはアインズに向かい合うように椅子に座ると、仕方ないですわと唇を三日月型に歪めた。

「彼らはただの人間ですもの。私や、貴方とは違いますからね」

 自分は人間ではない、とでも言うような言い方だが、アインズとしては確かに彼女が人間だとは思えなかった。

 言うならば、精神の異形とも呼ぶべきだろうか。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)を彼女の側に放ち、その本質を知った時、アインズはこの機を逃してはならないと直感した。

 ラナーこそ、今後の計画を遂行する上で重要な立ち位置になる。彼女がいる事で、アインズの計画はかなり円滑に進める事が出来るだろう。

 

 薄暗い部屋の中でも、彼女の美貌は曇る事無く輝いている。確かにこうして見るだけでは、彼女の中身が化け物だとは思いもしない筈だ。純粋で国民思いな、麗しい黄金の姫。それは彼女がクライムの為に演じているに過ぎない。

 

「それで、今後の流れだが……以前話し合った通りの流れで構わないのだな?」

「えぇ。それが恐らく一番王国にとって打撃を与えられると思います」

 一切王国に未練を感じさせないその態度は、最早感心してしまう域だ。

 ラナーにとって王国はその程度の価値しかなく、全てはクライムとの幸せの為に生きているのだろう。

 ある意味、化け物の癖に人間らしいとさえ思った。

「では、皇帝が接触を図って来たら、そのように提案してみよう。きっと頷いてくれる筈だからな」

「そうでしょうね。彼は貴方の力を心底恐れています。その為に同盟を組み、ゆくゆくは属国として貴方の下に付き、帝国を守ろうと考えている様子。その判断は確かに正しいですわ」

 王国とは違いますもの、と彼女は微笑む。

「では、計画通りにお願いします。私はどのような形であれ、クライムと共に生きられるのであれば、それで構いませんから」

 アインズはそれを聞いてゆるりと頷いた。

「うむ。私も丁度あの魔法は試したいと思っていたからな。お前で無事成功したならば、今後何かあった時にそれを交渉に使おうと考えている。それと、何度も言っているがもし失敗したとしても恨むなよ? あの魔法は初めて使う事になるのだから」

 念の為そう告げると、ラナーはコクリと頷いた。

「恨むなんてとんでもない。本当の私の姿と、クライムへの愛を理解してくれる存在――そんな相手と出会えただけで、私は嬉しいですもの」

 そう微笑む姿は、どうやら本心のようだった。

 化け物であり、人間でもある。

 それがラナーという生き物だとアインズは認識している。

(私にはもう人間の残滓が僅かに残る程度だが……)

 ラナーはクライムを愛する事で人間の心を保っているのだろう。

 

 では自分は?

 自分は何故、人間の残滓が消えずにいるのだろうか。

 それはやはりトーマスがいたからであり、そしてその残滓を消さずにいるのは、エンリ達カルネ村の住人がいるからだ。

 

「フフッ……どうやら化け物というのは、誰か大切な存在がいるとその心をギリギリ崩壊させずに済むらしいな」

 アインズが楽し気に眼窩の灯火を細めると、ラナーは口元に手を当てて小さく笑みを浮かべた。

「そのようですね。ですが、その存在を守る為ならどんな手でも使ってみせるのが化け物です」

「それには同意するよ」

 だからこそ、こうして自分はラナーと密談をしているのだから。

 ギシッと椅子を軋ませながら、アインズは立ち上がる。

 薄暗い室内に、その巨体が闇と同化するかの如く立ち昇った。

「では、この計画が上手く進む事を祈ろう。また何かあれば影の悪魔(シャドウ・デーモン)に伝えてくれ」

「了解しました」

 ラナーも立ち上がると、優雅に一礼をした。

 彼女が顔を上げた時、既にアインズの姿は消えており、残ったのは夜の深い闇だけだった。

 

 

   ・

 

 

 アインズは、玉座に腰掛けながら、目の前にいる人間達をぐるりと見渡した。

 その内の一人、金髪の男がゆっくりと前へ進み出る。

「お初にお目にかかる。私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。隣にいるのは主席宮廷魔術師のフールーダ・パラダインという男だ」

 アインズは彼の隣にいる老人へと視線を向けた。

 先程から、その老人が自分を凝視している事に薄々気付いてはいたが、その理由については既に分かっている。ラナーからの情報で、彼が魔法について並々ならぬ情熱を注いでいる事を教えられていたからだ。

 フールーダは、わなわなと体を震わせたかと思うと、勢い良く額を床に擦り付けた。

「じ、爺!?」

 ジルクニフが驚いて声を上げる。

 フールーダはガバッと頭を上げると、アインズを真っ直ぐに見つめた。

「至高なる御方よ……貴方のような素晴らしい存在に出会えた幸運を、心から感謝いたします!! 私は長年、魔法の深淵を覗き込みたい一心で、魔法に全てを捧げて参りました。その為に寿命を延ばし、200年以上生きておりますが、未だその領域まで届かず、悔しい思いをしているのです……ッ」

 彼の視線が、玉座を挟んで並び立つ二人の死の騎士(デス・ナイト)へ向けられる。彼らはエンリとよく行動を共にしている、ペイルとストライフだ。それぞれ左腕に巻かれた青と赤のスカーフは、ピクリとも動いていない。

 不動の姿勢を保ち、アインズの両脇に控えているその姿は、完全に彼らを支配下に置いている事の何よりの証明だった。

「失礼を承知で申し上げます。貴方様は今、探知阻害のマジックアイテムをお使いになっていらっしゃいますな? 私は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)に限り、使用出来る位階を見破る事が出来るのですが――現在の貴方からは、どの程度の位階魔法を使用出来るのか見えないのです。ですからどうか、貴方様の本来の御力を、お見せして頂けないでしょうか……!?」

 再び額を床に擦り付けるフールーダ。彼の弟子らしき者達も、彼に続くように頭を下げている。

 その様子を見て、ジルクニフの騎士と思われる二人が、困惑気味にジルクニフに視線を送っているのが見えた。

 ジルクニフはと言うと、こうなる事も想定済みだったのだろう。苦笑を浮かべつつも、特に焦った様子は感じられなかった。

「すまないな、ゴウン殿。爺――もとい、フールーダは魔法の事となるといつもこうなんだ。特に、貴方のような大魔法詠唱者(マジック・キャスター)とも呼ぶべき存在……人の域を超え、まさに死の王となった特殊な存在は、我々にとっても規格外の存在なんだ。だから、そんなゴウン殿の御力の一部だけでも、その目で見たいと思ってしまったのだろう」

「成程な。その気持ちは理解出来なくもない。だが、この指輪を外すと、恐らくジルクニフ殿やそこの騎士達、弟子の魔法詠唱者(マジック・キャスター)達は大丈夫だろうが、フールーダ、お前の場合は危険だぞ? お前のそれはタレントなんだろうが、その精度が高ければ高い程影響を受ける。それでも良いのかね?」

 そうアインズが尋ねると、フールーダは力強く頷いた。

「覚悟の上です陛下。私は魔法の深淵を覗き込みたい……その為に生きているのですから」

 そう言い切る彼を見て、アインズは静かに眼窩の灯火を瞬かせた。

「――ふむ。その心意気、評価に値する。では、貴様に私の力の一端を見せてやろう」

 ゆっくりと、骨の指に嵌められた指輪の一つが外された。

 その途端、アインズの体から圧倒的な魔力の波動が溢れ出す。

「……ぉ、おおおおおおぉぉお!!」

 それは魔力の暴風のようだった。フールーダはその圧倒的な力を前に、胸を抑え蹲る。

 アインズはジルクニフ達は大丈夫だと言ったが、フールーダのようなタレントの無い彼らでさえ、その異常なまでに膨れ上がった覇気に圧倒されていた。

「こ、これは――これは、伝説の第十位階……ッ!! 貴方様は神なのか!? いや、神は我らを直接救ってはくれない。貴方様ならば、我らに知恵を与えて下さる!! 手を差し伸べて下さる!!」

 涙を浮かべながら、フールーダはジルクニフを振り返った。

「私の可愛いジルや……お前の考えは正解だった。死の王であらせられるこの御方は、神代の力の持ち主。我々人間如きが勝てる相手ではあるまいよ」

 何処か達観した物言いのフールーダに、ジルクニフはごくりと生唾を飲み込んだ。

 

 ここまで彼が言い切るのだ。

 バハルス帝国の皇帝として、帝国の未来を守る為に、ジルクニフは行動せねばならない。

 

「――ゴウン殿。今日、我々がこの場に来たのは、貴方の国であるアインズ・ウール・ゴウン魔導国と同盟を結びたいと願ったからなんだ」

 力強い光を宿した瞳が、アインズを見据える。

 アインズは、ゆるりとその骨の指先を顎の下に当てた。

「ふむ……実は、私にとっても、君達バハルス帝国と同盟を組む事は利益になるんだよ」

 カタリと骨を鳴らす。それは、アインズが笑う際に鳴る骨の音だ。ジルクニフらもアインズが笑っていると声色で気付いたのか、どこか緊張した面持ちを浮かべた。

「利益になる、とは?」

「帝国は毎年、王国と戦争をしているんだろう? 今回の戦争で、君達は王国を完全に潰す気でいる。違いないな?」

「……そうだ。そのつもりだ。いつまでも小競り合いばかりしていては、時間の無駄だからな。だからこそ、今回の戦争で私は王国を帝国に併合しようと考えている」

 ジルクニフの返答に、アインズは満足そうに頷いた。

「ジルクニフ殿。私はエ・ランテルとその周辺一帯が欲しい。その為にもバハルス帝国と同盟を組むのはこちらから願いたいと思っていた位だ」

「――ゴウン殿は、王都では無くエ・ランテルが欲しいのか?」

 訝し気に眉を顰めるジルクニフに、アインズは説明する。

「あの街は王国の中では比較的まともな都市だろう? 人も物資も多く集まる。それは、バハルス帝国の領土に面しているせいもあるのだがな。それと、地理的にあの街はカルネ村にも程近い。だからあの周辺一帯が欲しくてね。エ・ランテルを私の支配下に置けば、カルネ村をより発展させる事が出来るからな」

 カルネ村をより強固な村にするには、それが一番手っ取り早い方法だった。

「それに、バハルス帝国と同盟を組めば、私という存在をより周辺国家に周知出来るだろう? そして、それを知った何者かが、君達のように私へ接触してくる可能性が高い。それこそ、今回の戦争でコッソリと私を監視するかも知れない。私の狙いはそれさ。敵と味方を知る為にも、ね」

 そう語ると、ジルクニフは暫し考え込んだ。

 探るような視線がアインズを射貫く。

「エ・ランテルよりも王都を支配下に置いた方が、ゴウン殿を周知させるという意味では良いのではないか?」

「それはそうだが、あくまでも『帝国と王国の戦争』だろう? だったら、皇帝である君が王都を直接の支配下に置いた方が良い。私は同盟国であり協力者という形で参戦させて貰おう」

 軽く肩を竦めると、ジルクニフは納得したとばかりに何度か頷いた。

「成程。それならば話が分かる。ただ、こう言っては何だが……アンデッドである貴殿が街を支配するというのは、やはり反発が強いのではなかろうか?」

 ジルクニフの隣で、フールーダが「陛下!!」と叫んだ。

「陛下、それは不敬でありまするぞ!? 御方の素晴らしい力を理解出来ない愚民共が愚かなのです!!」

「フールーダよ、お前の気持ちは嬉しいが、一般的な感覚で考えるとジルクニフ殿の疑問が正しい」

 憤慨するフールーダに、アインズはひらひらと手を振るった。

「し、しかし――」

「だからこその同盟だ、フールーダ」

 そう告げると、フールーダは不思議そうに首を傾げた。

「バハルス帝国の同盟国である、アインズ・ウール・ゴウン魔導国。その王である私と、バハルス帝国の皇帝、ジルクニフ殿。この二人が友好的な関係を築いていると、民衆に理解して貰うのだ。そこで、私がエ・ランテルを支配下に置く際、ジルクニフ殿と共に凱旋を行うつもりなのだが、その時に私の事をジルクニフ殿、君に紹介して貰う」

 ジルクニフは頭の中で様々な計画を練っているのだろう。眉間に人差し指を当て、考え込んでいる。

 その後ろで、ジルクニフの騎士達やフールーダの弟子らが、不安げに彼を見つめていた。

 やがて考えが纏まったのか、ゆっくりと息を吐くと、ジルクニフは顔を上げた。

「つまりゴウン殿は、王国の民は私を信用すると?」

「あぁそうだ。君の評判は、この王国にも広く知れ渡っている。愚かな王族達よりも、帝国のような圧倒的なカリスマ性を持った存在が上に立ってくれれば良いと、酒場で話している冒険者達もいる位だ。民衆は重税で苦しみ、冬を越えるのが厳しい農村だってある。しかし、決定的な政策を出さず、王国は滅びの一途を辿っている。だからこそ、今回の戦争で圧倒的な勝利を収めて、君が王国の新たな王となる必要があるのさ。そしてそんな君が私を信用していると言えば、アンデッドである私の事は信じられずとも、君の事ならば信用出来るだろう?」

 それならば、現在と同様とまではいかなくても、それなりの活気は維持出来る筈だ。

 

(だがまぁ、私がこれからしようとしている事を思うと、どう考えても根強い恐怖心は残るだろう。しかし、一定の恐怖心は敗戦国を支配するにあたって必要なものだ)

 

 アインズは、自分の力を行使した際、どの程度の威力を他者に与えるのか、それをまだ実験していない。

 今まで自分のスキルや魔法を確認する為に行っていたのは、無人の場所で魔法を発動してみたり、動物相手に行使してみたりと、その程度のものだった。

 

 要するに、アインズはまだ人間で試してはいなかったのである。

 

 今後の事を踏まえると、それは確認しておいた方が良いだろう。

 どの程度で人間は死ぬのか。どの程度ならギリギリ情報が吐ける程度に生きていられるのか。

 力加減を見極めておかなければ、不用意に人間を殺してしまいかねない。

 だからこそ、大掛かりな実験の場が必要だとアインズは考えていた。

 そして今、それにお誂え向きの場所がある。

 

――戦場だ。

 

(魔法もそうだが、例の漆黒の全身鎧を装備した状態での戦闘記録は必要だ。今回はあの鎧を着て参戦しよう。戦士としてどの位まで力が上昇しているのか、非常に興味があるしな)

 今回は漆黒の全身鎧の能力を調べる事に重点を置くとする。王国の兵達には実験体になって貰おう。それに対しては特に思う事は無い。やはりアンデッドと化した事で、嘗ては自分も人間だったというのに、同情心も何も浮かばないようだ。

 

 そうつらつらと思考を繰り広げていると、ジルクニフがゆっくりと口を開けた。

 

「一つ聞きたい。ゴウン殿、貴殿はラナー王女と知り合いか?」

 この質問は来るだろうと思っていた。

 勿論、即座に頷いて見せる。

「彼女も王国を潰す事に賛同しているよ。君に、さっさとこの国を併合してくれと言っていた」

 そう笑って伝えると、彼は「はあぁ~……」と盛大な溜息を吐いた。

「あのいけ好かない第三王女、バルブロの件といい今回の件といい、本当に頭が回る奴だな。それで、彼女は何かゴウン殿に要求をしたのかい? あの女の事だ。どうせクライムとかいう少年絡みだとは思うが」

「フフッ。彼女はなかなか面白い女だな。君はいけ好かないと言うが、私個人としては、ああも自分の欲に忠実なのは最早称賛の域に達するよ。同じ『化け物』としては、彼女の方がまだ人間らしい」

 その言葉に、一同がギョッとして顔を見合わせていた。

 あの女を人間らしいと称したのが、余程意外だったらしい。

 そこまで彼女の精神の異常さが伝わっていると考えると、ラナーという存在が如何にこの世界で孤立していたのかが理解出来る。

 だからこそ、あの子犬に何かを見出したのだろうが。

 

「そ、それで、あの女は何を?」

 気を取り直し、ジルクニフが再度尋ねる。

「……君の予想通り、クライムとの幸せを願ったさ。ただ、その願いを叶える為の過程は、まだ教えられない」

 ざわりと空気が震えた。

 アインズの返答に、何か不穏なものを感じ取ったのだろうか。だが、特にアインズはそういう意図は含めていなかった。

「あぁ違うんだ。君達が誤解するような事は無い。ただ、全てを話しては勿体無いからな。それと、私がどういう形で君達の戦争に協力するのか、それも直前まで情報は伝えない事にする。こちらも万全を期して実験に取り組みたいからな。君達を信頼していない訳では無いが、仮に何処かから情報が洩れると厄介だ」

「――実験、と言ったがそれは我が軍には影響は出ないだろうか?」

 鋭く視線を投げつけるジルクニフ。その態度に感心しつつ、アインズは首を縦に振った。

「勿論。ただ、恐怖はするかも知れんな。実害的な被害は無いと思うが。それと、私が戦場に現れた際、君達は手を出さないで貰いたい」

 ジルクニフの後ろに控える騎士達が、何か言いたげにこちらを見てくる。しかし、それに気付いたジルクニフが彼らを睨み付けた。

「やめんか、お前達」

「けどよ陛下、戦場で俺達に出るなって言ってるんだぜ? この御方は。それは騎士としてどうなんですかい?」

 随分と砕けた物言いだが、恐らくそれを許される立場なのだろう。事実、ジルクニフは特にそれを咎めはしなかった。

「騎士としてどうではなく、私達が目指すのは圧倒的な帝国の勝利だ。その為にゴウン殿が何かをすると言うのならば、それに従うまで。未来を見据えて考えろ、バジウッド」

 ジルクニフの言葉に、彼――バジウッドは、渋々ながらも納得したようだ。チラッとアインズを一度見たが、直ぐに視線は逸らされた。

「へいへい。陛下がそう仰るなら、従いますよっと」

「ニンブルもそれは分かっているな?」

 バジウッドの隣に立つもう一人の騎士に彼は問いかけた。ニンブルと呼ばれた男は、直ぐに頷く。

「勿論。それが帝国の為ならば従うまでです」

 彼らの答えを聞き、ようやくジルクニフはアインズへと振り向いた。

「すまないな、話の腰を折ってしまって」

「いや。君らの疑問も尤もだ。しかし、今回ばかりは私の指示に従って欲しい。下手をすれば君らは一瞬で死ぬ」

 思わず一同は息を飲む。

 その様子を知ってか知らずか、アインズは己の骨だけの手をジッと見つめた。

「まだ力加減が分からんからな。その為にも実験しなければ……」

 独り言のように呟いたが、その言葉はハッキリと彼らには聞こえていた。圧倒的な強者故の発言に、内心冷や汗をかいてしまう。

「ま、そういう事だ。何かと秘密が多くなってしまったが、それは当日のお楽しみという事にしておいてくれ。私の力で、帝国を圧倒的な勝利へと導いてみせよう」

 ゆっくりと玉座から立ち上がり、アインズはジルクニフらの前へと歩み寄る。

 そして、骨だけの手をジルクニフへと差し出した。

「ではここに、アインズ・ウール・ゴウン魔導国と、バハルス帝国の同盟を締結しよう。宣戦布告の宣言文は、後程話し合って決める形で宜しいか? エ・ランテルを奪う為にも、大義名分を作らねばならぬからな」

 ジルクニフは、差し出された手に己の手を重ねながら頷いた。

「そうだな。まぁその位なら特に考えずとも適当に並び立てるだけで良いとは思うが。毎年の戦争はそのような形で始まっているよ」

 彼は軽く肩を竦めて見せた。要するに、理由は何でも良いのだろう。それが戦争というものだ。

「それもそうだな。まぁ今回は初陣となる訳だし、君との交流を深める為にも、宣言文の話し合いはしておくべきかと思ったまでさ」

 それに対してジルクニフは、成程、と小さく呟いた。

「――そちらがその気ならば、そうさせて頂こう」

「うむ。では、そのような流れで頼んだぞ」

 ところで、とアインズはフールーダへ視線を向けた。

「エンリから聞いたんだが、魔法省の最奥に死の騎士(デス・ナイト)を封じているんだって? カッツェ平野で自然発生したものらしいが……もし良ければ、見せて貰っても構わないかな?」

 眼窩の灯火が瞬くように点滅する。フールーダはアインズの言葉に、喜び勇んで頷いた。

「勿論です我が師よ!! 未だ私は奴を制御しきれないのですが、貴方様の御力があれば、きっと何か掴めるかと思います……!」

 深く頭を下げる彼に対し、アインズは「我が師……?」と思わず呟いたが、運良くそれはフールーダには聞こえていなかった。

「まぁそれは追々だな。今は王国との戦争について色々と段取りを確認するのが先だ。ジルクニフ殿。今後色々と迷惑をかけると思うが、宜しく頼む」

 アインズがそう告げると、ジルクニフは未だ感動に打ち震えているフールーダを宥めつつ、苦笑を浮かべた。

「――こちらの方が、貴方に迷惑を掛けると思うがね。では、諸々の話し合いは後程帝国で行う形にしよう。その際は馬車をこちらに送るので、手間を掛けるがそれに乗って帝国まで来て頂きたい」

「それは構わないとも。あぁでも、それは最初だけで良い。一度行けば、転移門(ゲート)の魔法で一瞬で行き来出来るようになるからな」

 事も無げに言うアインズに、一同は驚きの声を上げる。そんな魔法があるとは、フールーダも知らなかったからだ。

「それでは、今日のところはこの辺りでお開きとしよう。今後とも、君達とは良い関係を続けていける事を願うよ」

 カタリと骨を鳴らし、アインズは笑う。

 

 

 こうして、アインズ・ウール・ゴウン魔導国とバハルス帝国は、この日を境に同盟国となった。

 帝国はそれを内外に公表し、アインズ・ウール・ゴウンが有名なおとぎ話である『嘆きの死の王』である事も伝えた。

 人々は半信半疑だったが、実際に帝国でアインズの姿を見た者達は、それが真実であると理解する。

 同時に、アンデッドである事に恐怖を覚えたが、あのジルクニフが同盟を組み、そして帝国内に招いているのだ。きっと大丈夫だろうという彼への信頼が強かった。

 そして、ジルクニフと話すアインズの姿は、理知的で常識があり、生者を憎むと言われるアンデッドとはとても思えなかったのも大きい。

 帝国の国民達は、少しずつだがアインズの事を受け入れるようになっていった。

 

 勿論、その情報は王国にも流れてくる。特に、帝国の領土に面しているエ・ランテルは多くの情報が行き交う街だ。

 商人や旅人らが、アインズの情報をエ・ランテルの人々に流していたのである。その中には、ジルクニフが敢えて流していた情報もあるのだが。

 

 王国の人々は、帝国が王国よりも栄えている事実を勿論知っていた。そこに、死の王と呼ばれる異形の存在が加わる事で、帝国の力が更に強大になるであろう事も予想出来る。

 それは、ここ数年行われている戦争への恐怖心を煽るものには、十分過ぎるものだった。

 

 その恐怖は、勿論王都でも広がっている。

 ランポッサⅢ世ら王族や貴族達は、アインズが帝国に付いた現状に最早絶望するしかない。

 そして、誰もが理解する。

 

 王国は既に、終わりが決まっていたのだと。

 

 




着々と戦争準備が開始されました。

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