古き死の王の目覚め   作:梵丸

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色々詰め込んでいたら、思いの外時間が掛かってしまった。申し訳ない。今回は戦争準備回です。恐らく今までで一番長い。戦争までイケるかなぁと思ったんですが、ちょっと長くなり過ぎたので次回になりました。


第7話 戦争準備とそれぞれの思い

「しっかし、とんでもねぇ事になっちまったなァ!」

 ガンッと大きな音を立てながら、酒の瓶がテーブルに置かれる。ガガーランは半分程飲み干したそれを眺めながら、ガッシリとした筋肉のついた肩を、これ見よがしに竦めてみせた。

 王都の大通りに面したその宿屋は、王都の中でも最上級の宿と名高い。今、ガガーラン達が居るのは一階の酒場兼食堂だった。それなりに力のある冒険者達がよく此処を利用する。実際、彼女達の他にも何組かの冒険者達が酒を煽ったり、料理に舌鼓を打っていた。だが、どことなく彼らの雰囲気がいつもとは違う。それは、言い知れぬ不安と王国への疑心が混ざり合った、不安定なものだった。

 仕方が無いとガガーランは思う。自分達も彼らと同じなのだから。

 彼らから視線を戻し、ガガーランは目の前に座るイビルアイに問いかけた。

「リーダーから聞いた時は、おいおいマジかよって思っちまったけどさ、お前だってそう思っただろう?」

 彼女はガガーランの問いに、コクリと小さく頷いた。

「アンデッドの王と帝国が手を組むなんて……悪夢にも程がある」

「あれだろ? おとぎ話の『嘆きの死の王』だったか。俺もあの話は吟遊詩人が語っているのを聞いた事があるぜ。まぁ、今の彼奴は嘆いてなんかいないだろうがよ」

「恐らくな。でなければ帝国と手を組んで、王国を潰そうとは考えん」

 イビルアイは、深く溜息を吐いた。

「――アンデッドが王だなんて、上手くいく筈が無い」

 ボソッと呟かれた言葉に、ガガーランは敢えて特に反応を示さなかった。

 代わりに、今この場にはいないリーダーの居場所を尋ねる。

「そんで? リーダーがいないようだが、何かあったのか?」

 因みにティアとティナは、独自に魔導国を調査すると言って偵察に出かけた為、この場にはいない。しかし、リーダーであるラキュースは、特にそういった秘密裏に動くような作戦は取っていなかった筈だ。

 イビルアイはチラッと窓の外へ視線をやる。やがて、ゆっくりと口を開いた。

「この間、リーダーに昔、命を救われたと礼を言いに来た小僧がいただろう?」

「あー……そういやぁ、そんな奴いたな。それで冒険者を目指すようになったとか」

 つい最近、任務でエ・ランテルに赴いた時の事だ。蒼の薔薇は、国内でかなり人気が高い冒険者チームという事もあり、通りを歩いているだけで、多くの民衆が一目見ようと集まって来た。その中に、例の青年がいたのだ。

 どうやら彼は、以前、蒼の薔薇が助けた村の住人だったらしい。特に、ラキュースに命を救われた事から、彼女に対し強い憧れと尊敬の念を抱いたと語っていた。

「ソイツに、今回の招集には応じるなと伝えに行ったんだよ」

「は? その為だけにエ・ランテルに行ったのか?」

 困惑するガガーランに、イビルアイは「奴の気持ちも多少は分かる」と言った。

「――自分が救った命だ。今回の戦争で無残に殺されるよりは、生きていて欲しいと思ったんだろう」

 そう告げると、ガガーランは僅かに表情を曇らせた。

「あぁ、成程な。確かにそうだ。俺達を招集するなんざ、もうこの国は終わりって言ってるようなもんだ」

 事実、そうなのだろう。

 でなければ、本来戦争には手を出さないと決めている冒険者達に招集をかける訳が無い。

 

 ランポッサⅢ世は、今回の帝国との戦争で、民衆のみならず、冒険者達にも参加するよう御触れを出した。

 勿論、多くの冒険者達は事の重大さを理解している為、その招集には応じるつもりはない。冒険者は人間を守る為に存在している。それなのに戦争に駆り出されてしまえば、人間を殺さなければならなくなるのだ。

 それは絶対に避けなければならない。一度参戦してしまえば、キリが無くなるのは目に見えている。

 

 蒼の薔薇がラナーに呼ばれたのは、つい一週間程前の事だ。

 一体何があったのかと思えば、どうやら例年通り、帝国から布告官が訪れたらしい。そこまではいつもの流れだった。だが、彼の持ってきた帝国の宣言文が問題だったようだ。

 

 要約すれば、内容はこういうことになる。

 

 バハルス帝国と同盟を組んだ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は、嘗て300年前に世話になった男の生きていた村、カルネ村が、当時と比べてかなり衰退している事に心を痛め、王国から魔導国へと鞍替えをさせた。その際、民の訴えに耳を貸さず、王族や貴族達だけが豊かなこの国は、このままでは衰退の一途を辿るとランポッサⅢ世に忠告したものの、彼は何も打開策を提案しなかった。

 民の苦しみを理解せず、自らが動く力も無い国王が君臨する現状は、最早緩やかな死へと突き進んでいると言えよう。その惨状を、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は非常に憂いたのである。

 それを聞いた皇帝は、このままでは愚鈍な国王のせいで、民らが今以上に苦しむだろうと考えた。

 そこでバハルス帝国は王国に対し、無条件の降伏を要求する。

 王都リ・エスティーゼを皇帝の支配下に置き、ランポッサⅢ世の直轄領であるエ・ランテルを魔導王に割譲する事が、王国にとって最善の道であると皇帝は確信している。

 故に、これを認めぬ場合、帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導王と協力し、王国に侵攻を開始する。

 これは正義の行いであり、愚かな王から多くの民らを救う為のものである。

 

 ラナーから伝えられたその内容は、真っ向から否定出来ない内容だった。

 実際に王国は衰退の一途を辿っている。辺境の村々が冬を越すのも厳しい事は、ガガーラン達も理解していた。

 しかし、だからと言って無条件に降伏など出来る筈もない。

 王国は例年通り帝国からの宣言文に異を唱え、事実上戦争への道が開かれたことになる。

 

 ランポッサⅢ世も、この戦争に勝ち目が無いこと位は分かっていた。

 しかし、もうどうすることも出来ないのが事実。だからこそ、本来戦争には干渉出来ない冒険者にまで招集をかけたのだろう。だが、それがいけなかった。王国内では王族への不信感がじりじりと燃え始めている。

 ラナーはそれを察知したが、自分ではどうすることも出来ないと悲しげに眉を下げていた。

 こればかりはガガーラン達でも動くことは出来ない。

(やれやれ、面倒な事になったなァおい)

 内心毒づきながら、再び酒を頼もうかと考えた時、入り口の扉が静かに開けられるのが見えた。

「お?」

 そこにいたのは、どうやら偵察から戻って来たらしいティアとティナの二人。

「おー、戻って来たか!」

 ガガーランが声をかけると、二人はどこか緊張した面持ちで彼女らの座るテーブル席へとやって来た。

 その表情を、ガガーランは訝しげに見つめる。

「どうしたんだお前ら。まさか、偵察中に何かあったのか……?」

 相手はあの魔導国だ。何があっても可笑しくは無い。ガガーランが真剣な表情を浮かべると、二人は顔を見合わせ、慎重に言葉を紡いだ。

「――例のカルネ村だが、あれは最早村では無かった。巨大な要塞だ。下手したらエ・ランテルと同じ位、いや、それ以上に要塞として機能を果たすと思う」

 ティアの言葉に、イビルアイも反応する。

「……カルネ村が魔導国に鞍替えしてから、まだそれ程時間は経ってない筈だ。しかし、もうそこまで開発が進んでいるのか?」

「間違いない。この目で見たからな。それに、想像以上にヤバイ連中がいた。それが何なのか、イビルアイに聞きたい」

「私に?」

 訝し気に問いかけると、ティアはカルネ村で目にした恐ろしい存在の事を口に出した。

「イビルアイ、お前はアンデッドの騎士について、何か知ってるか?」

「!!」

 ガタンッと。イビルアイが勢い良く立ち上がった。

 それに驚いたのはガガーラン達だ。まさか、こんなにも彼女が動揺するとは思いもしなかったのだから。

「お、おい、大丈夫か!?」

 ガガーランが慌てて声を掛けると、イビルアイはハッとして椅子に座り直した。

 幸い、このテーブル席には盗聴防止の魔法をかけているので、彼女達の騒ぎは全く周囲には気付かれていない。

 イビルアイは、握り締めた拳を微かに震わせながら、恐る恐るティアに尋ねた。

「……アンデッドの騎士。それは恐らく死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれる存在だ。一体いるだけでも、あの帝国ですら滅ぼせるやも知れん」

「な!?」

 唖然としてイビルアイを見つめる。とてもじゃないが信じられなかった。だが、彼女が嘘を吐く筈もない。

「ティア、一応聞くが、死の騎士(デス・ナイト)は複数居たのか?」

 ティアはティナと視線を合わせると、緊張した面持ちで頷いた。

「――確認出来ただけで、十二体は居た」

 その言葉に、ガガーラン達は一瞬で静まり返った。

 各々が緊迫した空気を放っている。

 イビルアイの言葉が正しければ、これは、絶対にあってはならない事だ。

 一体いるだけで帝国すら崩壊させる危険性のある存在が、十二体も居るという事実。

 それが、あの小さな村に配備されているというのだ。

(有り得ないだろ……!)

 ガガーランは頭を掻き毟り、小さく呻き声を上げた。

「オイオイオイ、そりゃヤベェってレベルじゃねぇぞ? どうすんだよ。もしソイツらが王国に侵攻して来たら」

「いや、恐らくそれは無い。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。理由があってあの村に配備している筈だ。それをおいそれと動かす可能性は低い」

 ガガーランの方へ視線を向けて、イビルアイは問い掛ける。

「忘れたのか? 死の王は、トブの大森林の中に城を持っているんだぞ」

 トントンと彼女は指先でテーブルを叩いた。

 その言葉に、一同は顔を引き攣らせる。

「まさか、城の中にも?」

「奴に直属の部下は居ない。だが、カルネ村を領地としている以上、奴一人だけでは動くのにも限界がある筈だ。その際に自らの手足となって動くよう、多くの死の騎士(デス・ナイト)を生み出したとしても可笑しくは無いだろう? もしかしたら他にもアンデッド達を多数配備しているかも知れないぞ」

「それは確かにそうだな……」

 イビルアイの指摘は尤もだ。いくら強力な死の王だと言っても、一人では限界がある。まして国を動かすとなると、一定数の部下が必要になってくるだろう。そして、その部下達も自分達が想像している以上に強力な存在に違いない。

 そんな恐ろしい力を持ったアインズ・ウール・ゴウン魔導王と、王国は戦うというのか?

(王国の被害は相当なものになるだろうな、こりゃあ)

 ガガーランは眉間に皺を寄せながら、深く息を吐いた。

「それで? 俺達はこれからどうすりゃ良いんだい?」

 それに対しイビルアイは、一瞬の迷いも無く答えた。

「我々はアインズ・ウール・ゴウン魔導国とは一切関わらない。それしか生き延びる術は無いだろう」

「つまり、鬼リーダーが帰還したら、国外に逃げるという事?」

 ティナが小さく手を上げ尋ねる。イビルアイは彼女へ顔を向けると、コクリと頷いた。

「今回の戦争で、王国は帝国に併合されるだろう。直ぐにとはいかないかも知れないが、まず、王都は確実に皇帝が支配下に置く筈だ。それに、死の王がエ・ランテルを手に入れるだけで満足するとも限らない。何か他にも要求する可能性もある。その際、我々冒険者にも影響が出ないとは言えないだろう。もしかしたら、戦力として軍門に下れと言ってくるかも知れない。これら様々な可能性がある中で、現状王国に居続ける事は危険だと、私は判断している」

 イビルアイの判断は正しい。

 今の王国は、滅びへの道を一直線に突き進んでいる。そして、その道から逸れる事は出来ないだろう。

 王国には、それだけの力がもう無いのだ。

「逃げるにしても、何処に行く気?」

 ティアとティナの二人が、顔を見合わせ首を傾げた。

 イビルアイは、ゴソッと懐から地図を取り出すと、とある国を指差した。

「カルサナス都市国家連合。そこに行こうかと考えている。此処なら王国からも距離があるし、冒険者組合もある。我々の実力なら、何も問題は無いだろう」

 ガガーラン達は彼女の指示した国を見る。確かに此処なら、今まで同様冒険者として活躍できる筈だ。

「でもよ、俺達アダマンタイト級冒険者が他の国に拠点を変えるのを、王国の冒険者組合が許すと思うか?」

「そこはもう押し通すしかない。誰だって命は大事だろう?」

 そう告げると、ガガーラン達は深く頷いた。

「それもそうだな。じゃあラキュースが戻ってきたら、とっとと逃げる準備をしたいところだが――姫さんの事はどうする?」

「それは……」

 ラキュースの事だ。王族であるラナーが、この国から逃げる事は出来ないと分かってはいるだろうが、それでも、どうにかしようとするかも知れない。

 しかし、ラナーはきっと王族としての務めを果たそうとするだろう。ならば、自分達は無理矢理にでもラキュースを連れて逃げる必要がある。最悪、彼女を気絶させてでも。

(生きてりゃどうにでもなるんだ。今は耐えるしかない)

 ガガーランは残り僅かになった酒の瓶を一気に煽ると、プハーっと豪快に息を吐いた。

 

 恐らく、王国は帝国に併合された方が、豊かにはなるのだろう。

 だが、それにアンデッドの王が手を貸すというのが恐ろしいのだ。それは、人としての根源の恐怖。

 仮にあの死の王が善政を布いたとしても、この恐怖ばかりは消えようがないとガガーランは思う。

 バハルス帝国の皇帝であるジルクニフは、確かに鮮血帝と呼ばれ恐れられている。だが、あくまでも彼は『人間』だ。

 だが、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は人間では無い。アンデッドである。この違いは、余りにも大きかった。

 

 

   ・

 

 

 六大貴族の一人であり、政治手腕において彼を凌ぐ者はいないとされるレエブン候。彼は今、第二王子であるザナックの執務室を訪れていた。

 テーブルを挟んでソファーに座る二人の顔色は、どこか疲れ切った面持ちである。

 レエブン候は顔を隠すように覆い、深い溜息を吐く。それを見たザナックが、重苦しく口を開けた。

「――それで、我が妹が我々を裏切ったと言うのは本当なんだな?」

 ザナックの問いかけに、レエブン候は力無く頷いた。

「えぇ。間違いないでしょう」

 第一王子であるバルブロを、ラナー・ザナック・レエブン候の三人で罠に嵌めて粛正させるまでは良かった。

 だが、問題はその後。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王という化け物が現れてから、全てが狂い出した。

 

 元々、ラナーの異常性にいち早く気付いたのは第二王子であるザナックだった。彼はその異常性に恐怖を抱いたが、同時にその類稀なる頭脳を、王国を動かす為に使えるのではと考えた。

 そこで、彼の協力者だったレエブン候にラナーの正体を告げ、王国の未来の為に彼女を仲間にするのはどうかと提案したのだ。当時二人は、第一王子であるバルブロの愚行に頭を悩ませていた事もあり、どうにかして信頼の置ける仲間を引き入れたいと願っていた事もある。

 レエブン候は最初こそ王座を狙っていた時期もあったが、自分に子供が生まれてからは考え方がまるっと変わった。何に代えてもこの子を守りたいと思ってしまったのだ。彼の中で、野望に燃えていた自分が木っ端微塵に吹き飛んだ瞬間だった。それから彼は、家族の為にこの国をより良い国へと導かなければならないと決意する。だからこそ、王国の未来を考えた場合、第二王子であるザナックの方が、常識もあり、知恵もあり最適だと考えた。

 だからこそ、彼からラナーの事を聞かされた時は、好機だと思ったのだ。聞けば、彼女はクライムという自分の世話役との幸福の為だけに動いている。ある意味、分かりやすかった。その為にはあのバルブロは邪魔だ。平民を見下し、横暴な態度を取る輩。真っ先に彼を消しましょうと言われた時も、然程驚きはしなかった。

 

 そう。そこまでは良かったのだ。

 

「一体いつ、あの魔導王と接触したのかは分かりませんが、我々との密談の回数も以前と比べると格段に減っております。そして、伝えられる情報の量も減りました。唯一正確性があると思われるのは、カルネ村の情報でしょうか。何でも、あの村は最早村では無く、要塞と言っても過言ではない位に急成長しているとか。それも全てアインズ・ウール・ゴウン魔導王の力だと、彼女は言っていましたが」

「それ以上の情報は、まだ仕入れていないのだな?」

「えぇ。というよりも、ラナー様に聞いてもやんわりと話題を変えられました。明らかにこちらに『自分はもうお前達とは手を組まない』という態度を見せつけていたと思います」

 ザナックは、眉間を揉む様に指を動かすと、目を閉じながら告げた。

「……では、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は妹と何か契約を交わしたという訳だな。自分に協力するのならば、何か見返りを与えようと」

 恐らくそれは一つしかない。

 クライムだ。

 あの青年との未来を約束して貰ったのだろう。

 だが、どうやってその幸せを掴むというのか。相手は死の王。その代償は計り知れない筈だ。

(それでもラナー様はそれを選んだに違いない。彼女にとってこの国は、足枷でしか無いのだから)

 今のままでは、ラナーはクライムと結ばれる事は難しい。王族と平民のままでは、どう考えてもその愛を実らせる事は不可能だ。だが、それを可能にする計画を彼女はきっと考えたに違いない。そしてそれをアインズ・ウール・ゴウン魔導王は了承した。

 彼女は己の幸せの為に王国を売ったのだ。

 やってる事はバルブロと同じだが、当時とは状況が違い過ぎる。相手はアンデッドの王。そんな男に、自らの価値を認めさせ、そして自分の未来をも託すような女。末恐ろしい存在だった。

 

「正直に言いましょう。ラナー様が裏切った事で、我々はもう敗北が確定しております」

「分かっている……! だが、それでも戦わねばならない。父上も言っていたが、無条件降伏等出来る筈も無いのだ。王都とエ・ランテルを何もせずに明け渡す事など、出来る筈も無いだろう?」

 そう言って顔を上げた彼の顔は、酷くやつれていた。第一王子が地下へと幽閉された今、実質次期国王の座はザナックにある。その為、今まで以上に動かなければならなかった。だからこそ、その疲れが溜まっているのだ。しかし、それはレエブン候も同じ事。ラナーを探り、王国内の情報をかき集め、魔導国の情報も入手する為に奔走していた。しかし、結局ラナーは口を割らず、魔導国の情報も噂程度のものしか手に入らなかった。

 

 戦争は、始まる前に終わっていたも同然だ。

 

「では、我々がすべき事は――」

「妹が計画した通りに動くしかあるまい。例えそれが敗北への道だとしても。それ以外の道を、我々は作る事が出来なかったんだからな……」

 フゥと息を吐き、ザナックは背凭れに寄りかかった。

 その目は、どこか遠くを見つめている。

「……すまなかったな。俺がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかったものを」

「何を仰いますか! 殿下は精一杯この国の為に動いて下さいました! それだけで私は、どれ程の感謝の念を抱いている事か……ッ」

 思わずレエブン候は立ち上がり、ザナックへ深く頭を下げた。

「ザナック殿下。ラナー様がどのような契約をアインズ・ウール・ゴウン魔導王と交わしたのかは分かりませんが、もしそれで王族や我々貴族が殺されたとしても、貴方を恨む事は無いでしょう。ラナー様の事も、私は恨みはしません。彼女はただ、幸せになりたかっただけなのですから。全ては、運が悪かったという事でしょうかね」

 自嘲気味に笑うレエブン候に、ザナックはかける言葉が見つからなかった。家族を幸せにしたいと願った男が、こんな風に笑うのは見たくは無かったのに。己の力不足を悔やみ、ザナックは拳を強く握り締めた。

「レエブン候、まだ悲観するのは早い。もしかしたら、生き残れる確率だってあるんじゃないか? あの皇帝の事だ。優秀な奴はどんな者でも採用する。ならば、お前の頭脳を必要とするかも知れんぞ?」

 確かにあの皇帝は、有能ならば平民からも取り立てる政策を打っている。だが、敵国である王国の、ましてや貴族にそれが適用されるかどうかは分からない。過度な期待はしない方が良いだろう。

「……そうだと良いのですがね。私は家族が無事ならそれで良いです。私の命一つで妻と子が救われるのなら、それに越したことはないですから」

 フッと小さく口角を上げると、レエブン候は静かに告げた。

「なるべくしかならないでしょう。我々に出来る事は、来るべき時まで必死に生き抜く事です」

 ザナックはレエブン候の言葉に、深く頷いた。

「そうだな。私も王子としての役割としっかりと果たさなければなるまい」

 どんな結末になるかは分からないが、どうか無様な死に方だけは避けたいものだ。出来れば、痛みなく死ねると良いのだが。もし処刑されるとなった時は、あの死の王に頼んでみよう。どうせ死ぬのなら、その位の望みは叶えてくれるかも知れない。

 そんな事をザナックが考えていると、レエブン候と視線が合った。恐らく、同じ事を考えていたのかも知れない。

 二人して苦笑を浮かべてしまった。

 

――こうして、真に王国の未来を憂いていた者達は、終焉へと突き進む王国の現状を、静かに受け入れるしかなかったのだった。

 

 

   ・

 

 

 その男は、つい最近所属していた傭兵団を辞め、個人で用心棒として活躍していた。その剣の腕前は確かなもので、あの王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフと互角とまで言われている。

 元々彼はただの農夫だったが、剣の才能に恵まれた為、戦場ではかすり傷以上は受けたことが無かった位だ。

 最近まで所属していた傭兵団は、金払いが良かった為暫くの間所属していたが、馴れ合いのような空気がどうも肌に合わなかった。なので、収入は減ってしまうが、個人で動いた方が自由も利く為、こうして一人、エ・ランテルを歩いている。

 パッと見ほっそりとした体躯だが、その体は鋼のように引き締まっている。それは、戦の中で鍛え上げられた身体だった。髪は自分で切っている事もあり、ぼさぼさと四方に伸びている。しかし、その深い青色の髪は非常に目立つので、用心棒として働く際に相手の記憶に残りやすい。

 そもそも、彼――ブレイン・アングラウス――は、その名が広く知れ渡っている。

 嘗て、御前試合でガゼフと戦ったという功績は、王国内でも有名な話だ。そこで彼はガゼフに敗北したが、その戦いぶりは多くの民の心を惹き付けた。

 ブレインはその敗北で、自分が井の中の蛙だった事を知った。だからこそ、より強くなりガゼフに勝利するべく、対人間に特化した戦い方を習得しようと、傭兵団に入団したのだ。

 そこで、ある程度は自分の能力が向上したのが分かったが、それでもまだ足りなかった。

 あの傭兵団は余り評判も良くなかった事から、しっかりとした依頼が来た事は少なかった。戦争ともなれば国に駆り出されていたのだが、普段は自分よりもかなり弱い相手を叩っ切る日々。最初こそ、どう切れば相手に有利なのか、色々と研究する為に一人で多くの人間を殺していたが、それも段々と飽きてきた。パターンが読めてきたのである。それも傭兵団を辞めた理由の一つだった。

 

 そして、そんな彼は今、エ・ランテルに居た。

 元々ブレインは依頼があれば王国内のどんな所にも向かう。ただ、王都はガゼフがいる為、自分の精神安定上、依頼が無い時は出来る限り近付かないようにしていた。今回は、丁度ポーションの調達をしにエ・ランテルに寄っていたところを、依頼主に声を掛けられた次第である。

 ()() ()はどうやら、エ・ランテルの生まれでは無いらしい。

 

 彼女は、最近よく話題に上るカルネ村の住人だった。

 

――アンデッドの王が支配する村。

 

 勿論、その情報をブレインは知っていた。

 そして、彼女がその村の村長だと聞かされた時、もしかして自分はとんでもない依頼を引き受けようとしているのではないか、と思った。

 だが、その肝心の依頼内容はまだ聞いていない。ただ、ブレインの腕を見込んで、カルネ村に来て欲しいとだけ言われている。依頼内容は村を訪れた際に伝えると。

 

 十中八九ヤバい案件だろう。

 

 それ位は分かっている。

 だが、わざわざ自分を指名している事。そして、アンデッドの王が支配する村の村長が、ただの村娘である筈が無い事――事実、彼女を初めて見た際、何かしらの能力を持っている事を、戦士の勘とも言うべきものでブレインは理解した――を考えると、今回の依頼を断る事は非常に危険だと結論付けた。

 

「一体何が待ち受けているのやら」

 ブレインは獰猛な瞳を光らせながら、彼女が待つ宿へと向かう。

 そこは、ランクで言えば中程度の宿屋だった。

 入り口の扉を開けて中に入ると、壁際のテーブル席に件の依頼主が座っている。それを確認すると、彼女が気付く前にこちらから声を掛けた。

「よぉ、依頼主さん。遅くなって悪かったな」

「あ! ブレインさん!」

 慌てて立ち上がりペコリと頭を下げる少女。彼女こそが、カルネ村の村長、エンリ・エモットだ。

「用事はもう済んだのですか?」

 ブレインに椅子を進めながら彼女が問いかける。ブレインはドカッとそれに座ると「おうよ」と返答した。

「予定通りポーションも買ったし、取り合えず俺の用事は全部済んだところだ。それで? アンタの依頼の件だが、詳しい内容はやっぱり此処では教えられないのか?」

 そうエンリに尋ねると、彼女は眉を下げつつ苦笑を浮かべた。

「……すみません。先程も言いましたが、依頼内容は村で直接お伝えしたいと指示を受けていますので」

「成程な」

 つまり、村長である彼女に指示を出せるような相手。

 それは一人しかいないだろう。

(アインズ・ウール・ゴウン魔導王……)

 恐らく彼が自分に依頼を出したのだ。

 しかし、その理由がさっぱり分からない。自分はただの用心棒だ。どう考えても化け物相手に自分が出来る事は無いと思う。それこそ、何かドデカイ魔法を一発使えば、簡単に敵を滅ぼせる筈だ。

 何が狙いなのだろうか?

 それが分からない事が不安を煽るが、今の自分には、この依頼を引き受けるという選択肢しか存在しない。

「ま、いいぜ。その依頼、受けてやる。丁度他に依頼も受けてないしな」

 ブレインがそう告げると、エンリは嬉しそうに目を輝かせた。

「本当ですか!? あ、ありがとうございます! 良かった……これであの方はもっと強くなれる……!」

「は? どういう意味だ?」

 彼女の言葉に、思わずブレインは首を傾げた。

 ただでさえ強いというのに、その更に上を目指すというのか?

 訝しげに眉を顰めると、エンリはハッとしたように慌てて椅子に座り直した。

「ンンッ、で、では、今からカルネ村にご案内します。ただ、初めてあの村を訪れる方には、幾つか説明をしなければなりません」

「説明?」

「はい。私達の村は普通の村とは違います。まず、カルネ村はアンデッドであるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が治めております。故に、魔導王陛下がお作りになったアンデッドの騎士達が村に常駐しているのです」

「……は?」

 アンデッドの騎士だと?

 思わずブレインの口から間抜けな声が出てしまった。

 そんな情報は全く耳にしていなかったからだ。

(いや、もしかしたら敢えてその情報を隠していた可能性が高い。必要な相手にだけ情報を流し、信用出来るかどうか試しているのかも……)

 そもそもアンデッドである、という時点で潜在的に命ある者の敵だ。そんな存在が王を名乗っているのだから、普通に考えても敵の方が多いと判断するだろう。

 それを思えば、村の情報を余り流さないのは正解だと思った。

 そして、何か理由があって村を訪れる者にだけ、その情報を与える。確かにこれならば、必要以上に情報が広がる事は無い。

「その騎士達は主に村の開墾作業や、土木作業等に従事させているんです。彼らはアンデッドなので、疲労や空腹を感じません。なので、カルネ村にとっては貴重な働き手となっています。私達はもう慣れましたが、外から来る方が初めて彼らを見た場合、かなり驚かれるのではと思いまして」

 彼女の言葉は尤もだった。そのアンデッドの騎士とやらがどれ程のものなのか想像も出来ないが、確実に自分より強いだろう。あのアインズ・ウール・ゴウン魔導王が直々に作り出した存在なのだから。

「ですので、このように先にお伝えする事になっているんです。それと、これが一番重要な事なのですが……彼らは自分が攻撃をされない限り、相手に危害を加えようとはしません。ですので、決して彼らを刺激するような行動は取らないで下さい。その場合、命の保障は出来ません」

 真剣な眼差しがブレインを射貫く。

 ブレインはその眼差しを受け、勿論直ぐに頷いた。

「それは流石に分かってるさ。そもそも、依頼者が支配する村で問題行動なんか起こさねぇよ。それに、ソイツらは村の連中と上手く共存してるんだろう? それなら大丈夫な筈だ。俺はただ、依頼をこなせば良いだけの話だ」

 ブレインの返答に、エンリは安心したのだろう。ほっと小さく息を吐くと、チラッと壁に掛けられた時計へ視線を移した。

「――では、注意事項についての話も終わりましたので、そろそろ村へ行きましょう。馬車を手配しておりますので、もう直ぐエ・ランテルに到着する筈です」

「了解っと。んじゃ、検問の所まで行けば良いのか?」

「はい。あ、それと、ブレインさんはこれから暫くはカルネ村に居る事になると思います。何か必要な物があれば、今の内に買っておいた方が良いかと」

「あぁ。それは別に大丈夫だ。ポーションなんかはもう買ったし」

 そう告げると、何故か彼女は楽しげな笑みを浮かべた。

「実は、カルネ村にはポーションについて研究する工房があるんですよ! なので、ポーションについては何も心配はありません! 色々と実験しているみたいなんですが、その過程で出来たポーションも、なかなかの効果を持つ物ばかりでして……折角ですし、良ければブレインさんも使ってみる事をお勧めします!」

 ポーションの工房まであるとは、これはもうただの村じゃねぇなとブレインは思った。

 恐らく、カルネ村に行けば自分の常識なんかはガラガラと音を立てて崩れ落ちるに違いない。

 現時点でブレインに分かるのは、その事実だけだった。

 

 

 その後、迎えに来た馬車に乗り、二人はカルネ村へと向かった。

 馬車に揺られる事暫く。ようやく目の前に現れたその村を見て、ブレインは唖然としてしまった。

 それは最早要塞だ。村なんて柔なものじゃない。

 高く聳える重厚な門に、塀の向こうには物見やぐらが見える。

(何だこれは――エ・ランテル並みに頑丈に見えるぞ……? いや、もしかしたらそれ以上かも知れねえ」

 そこまでの力を持つアインズ・ウール・ゴウン魔導王。一体どんな人物なのか、ブレインは戦々恐々としながらエンリの後に続く形で馬車から降りた。

 

「ズィークさん! 私です! エンリです! 予定通り、ブレイン・アングラウス氏を連れて来ました! 門を開けて下さい!」

 エンリが門に向かって声を張り上げると、直後、それは鈍い音を上げながらゆっくりと内側から開いた。

 そして、そこに立っていた存在に、ブレインは思わず生唾を飲み込んだ。

 

(コイツが、アンデッドの騎士ってやつか……!)

 巨体をゆっくりと動かしながら、それはこちらへ視線を向けてきた。

 身長は2メートルはある。黒光りする全身鎧には、血管のような真紅の文様があちこちに走り、鋭い棘が所々から飛び出していた。

 その身に纏うボロボロの漆黒のマントが、風に揺られてひらりと宙を舞っている。顔の部分が開いた兜には、悪魔のような角が生えていた。

 顔は腐り落ちかけた人間の顔だ。

 窪んだ眼窩に灯る赤い灯火が、品定めをするように自分を見ているのが分かる。

 背筋にぞわりとした悪寒が走ったが、努めて冷静さを失わないよう、気を強く持った。

「ズィークさん、お疲れ様です。アインズ様はお城ですか?」

 彼女の問いに、ズィークと呼ばれたアンデッドの騎士は、コクリと頷いた。

 その騎士は何故か左腕に白いスカーフを巻いている。それが禍々しい外見と反して、どこかアンバランスな雰囲気を出していた。

「なぁ、何でコイツはスカーフなんて巻いてるんだ?」

 不思議に思って問いかけると、エンリはニコリと笑って答えてくれた。

「このスカーフを巻いている方は、私が名前を付けた方々なんですよ! 村にいる騎士さん達の半分くらいでしょうか……あ、そうそう。彼らは死の騎士(デス・ナイト)って呼ばれる存在です。この村にいる死の騎士(デス・ナイト)さん達は、アインズ様の支配下にいますが、私にも彼らを使役する権利が与えられているので、普段、アインズ様がお城にいる間は私が指示を出して彼らを動かしています」

 サラッと伝えられた内容に、ブレインはギョッとして目を見開いた。

 この少女が、あの騎士達を使役するだと……?

「コイツらを使役するなんて、そんな事が出来るのか!?」

 信じられないとばかりに声を上げると、エンリは苦笑しつつも頷いた。

「私には、指揮官系の能力があるようなんです。それによって、死の騎士(デス・ナイト)さん達を従える事が出来るだとか――詳しくはよく分からないですけど、アインズ様がそう仰ってました。実際、彼らはきちんと私の指示に従ってくれますよ。特に、私が名付けた死の騎士(デス・ナイト)さん達は、より村の為にと働いてくれています」

 

 ブレインは理解した。

 自分が信じていた『力』というものは、あまりにもちっぽけなものだったと。

 こんな規格外の世界を知ってしまえば、あのガゼフ・ストロノーフでさえ、手も足も出ないだろう。

 そんな世界に、自分は触れてしまったのだ。

 心底恐ろしいが、同時にそんな『力』を持つ存在が、自分のような人間に依頼を出してきた事に対し、歓喜にも似た感情が沸き上がるのを感じる。

 どんな理由であれ、そんな存在の目に自分が留まったというのが、奇跡のように思えた。

 

「では、お城の方に案内しますね」

 その言葉を合図に、二人の後ろで門がゆっくりと閉じられていく。

 まるで、自らの退路を断たれたような気持ちになったが、それでも構わなかった。

 

 

   ・

 

 

 トブの大森林。そこは、深く立ち入るとモンスター達が生息する危険な森だが、それ程奥まで行かなければ、比較的安全な森でもある。そこに、白亜の城が建っていた。

 周囲の森に囲まれて、表からはハッキリとその姿は見えないが、近くで見るとその荘厳さが伺える。

「こちらです」

 エンリに声を掛けられ、ブレインは後を付いて行く。少し歩くと、大きな門が見えてきた。その両脇には、二体の死の騎士(デス・ナイト)が立っている。それぞれ左腕に赤いスカーフと青いスカーフを巻いていた。彼らもまた、エンリから名を授かった者達だろう。

「ストライフさん、ペイルさん! お疲れ様です」

 ペコリとエンリが彼らに頭を下げた。すると、彼らもまた頭を下げる。

「事前にお伝えしていましたけど、ブレイン・アングラウスさんを連れて来ました」

 二体の死の騎士(デス・ナイト)達は、眼窩の赤い灯火をブレインへと向ける。ブレインは緊張した面持ちでその視線を見つめ返した。暫しの沈黙。やがて、二体は互いに頷き合うと、背後の重厚な門へと手を掛けた。

 ギギギ……と、鈍い音を立てながら、ゆっくりと門が開く。

 薄らと漂う冷たい空気に、ぶるりと体を震わせた。

 エンリに続いて門を潜り、敷地内へと足を踏み入れる。

 言い知れぬ気配が、この地に漂っている気がした。

 

 城の扉をエンリが開く。

「さぁ、どうぞお入り下さい」

 エンリが城の中へ先に入ると、くるりと振り返り軽く会釈をした。

 ブレインは意を決し、ドアの隙間から城の中へと体を滑り込ませる。

 後ろ手に扉を閉めて周囲を見渡した。

 天井には美しいシャンデリアが飾ってあった。

 敷き詰められた赤い絨毯は、これを踏んでも良いのだろうかと思うほど柔らかい。

 室内は永続光(コンティニュアル・ライト)によって明るさを保っているようだ。

「アインズ様は玉座の間におりますので、そちらまでお連れします」

 エンリがそう言って歩き出す。壁に飾られた絵画や、棚に置かれているマジックアイテム等を見ながら、ブレインは広い城内を進んで行った。

 やがて、一際大きな扉が現れた。

「アインズ様! エンリ・エモットです。ブレイン・アングラウスさんをお連れしました!」

 声を上げるエンリ。すると、目の前の扉がゆっくりと左右に開かれた。

 開かれたその扉の向こう。

 玉座へと伸びる通路の先に、その死の王は鎮座していた。

「――ッ!!」

 ヒュッと反射的に息を吐く。

 それは、確かにアンデッドだった。

 深い闇色のローブを羽織り、ゆったりと玉座に腰掛ける『死そのもの』

 白い頭蓋は、傷一つなく美しい。

 曝け出された腹部には、ぼんやりと光る赤い球体が浮かんでいた。

 両手には、明らかに何らかのマジックアイテムであろう指輪が嵌められている。

 眼窩で揺らめく赤い灯火が、ジッとブレインを見下ろしていた。

「お前が、ブレイン・アングラウスだな?」

 低く、身体に絡み付くような声がこの場を支配する。

 ブレインは、無意識の内に彼の前へと歩み寄り、膝を突いていた。それを見ながら、エンリは静かにアインズの座る玉座の横へと移動する。膝を突いたブレインを、そうするのが当たり前だと言わんばかりに見つめていた。

「……はい、私がブレイン・アングラウスです。今回は私に依頼をして下さり、ありがとうございます」

 そう述べると、死の王――アインズ・ウール・ゴウン魔導王は満足気に頷いた。

「うむ。実はある人物からお前の話を聞いてな。あのガゼフ・ストロノーフと互角に戦ったとか」

「互角、と言えば聞こえが良いのかも知れませんが、私はアイツに負けました」

 悔し気にそう訴えると、アインズはカラカラと笑った。

「だが、接戦だったのだろう? そもそも、御前試合でガゼフ・ストロノーフと戦える立場にあったという事実が素晴らしいものだと、私は思うぞ」

 心の底からそう思っているとばかりの言い方だった。

 ブレインは、この恐ろしい死の王が、自分の実力を認めてくれたという現実を、信じられない気持ちで受け止めていた。

「さて。そこで、だ。君程の実力者ならば、私の依頼を頼めるに違いないと確信したのだよ。私はこれから、大掛かりな実験をするつもりなのでね。その準備を、君にも手伝って貰いたい」

 アインズは、玉座の肘掛けに肘を突き、顎の下で骨だけの指先を絡め合わせた。そうしてコテリと小首を傾げる仕草は、まるでこちらを誘う悪魔のようにも見える。恐怖に心が支配されるが、それと同時に彼の醸し出す、抗い難い魅力に惹かれている自覚があった。

 ブレインがアインズを真っ直ぐに見据えると、彼はそっとその手を差し出し、こう言った。

 

 

「ブレイン・アングラウス。私に剣を教えてはくれないか?」

 

 




次回、いよいよ戦争です。また長くなりそうな予感を既にヒシヒシと感じていますが、そうなったらいつもの事だと笑って下さいね!!!!

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