歴史とは、勝者によって創られる。それも、都合よく脚色された歴史が。これはある歴史研究家が発表した本当の歴史である。
「私は驚きました。今まで我々が知っていた歴史が全て誤りだったのです。彼女は悪ノ娘なんかじゃありませんでした。寧ろ、彼女は改革を実行しようとして失脚していたのです。」
歴史研究家は古びた一冊の本を示す。
「これは、王女の召使が記した日記です。ここに我々の知らなかった本当の歴史が記されていたのです。」
ルシフェニア王国王宮
「ねえ、アレン。」
彼女はリリアンヌ=ルシフェン=ドートゥリシュ。ルシフェニア王国の頂点に君臨する齢14の王女様である。後世の者達は彼女のことを「悪ノ娘」、「悪逆非道」と罵るが、それは事実と相反する都合よく脚色された歴史が語り継がれたが故であった。
「如何されましたか王女様。」
そして王女に呼びつけられた少年はアレン=アヴァドニア。彼女の実の弟であり、彼女に強い忠誠を誓う顔のよく似た召使である。召使という身分ではありながら、幼い王女と歳が近いため大臣達より厚遇され、相談を受けることもある。
「私、少し腑に落ちないことがあるの。」
「と、申されますと。」
「いやね、大臣達はさ、私に強い女であるように振舞えとか、我々の言うとおりにしていれば国は確実に良くなるとか言ってくるじゃない?」
「左様でございますね。」
「でも、何かがおかしい気がしてきたの。この前はお金に関する会議だったんだけどさ。」
「昨日の会議でございますか?」
「そうそう! まあ、だるくて話半分に聞いていたんだけどさ。」
「それは頂けないかと。」
「・・・・むかつくけどアレンに免じて許してあげるわ。でね、ちょっと前に増税するってなった時にこれで財政は改善されるとか言ってたのにまた増税するって話だったの。普通に考えておかしくない? 二回上げるくらいならまとめて一回で上げちゃった方が楽じゃない? 何でそんなメンドクサイことするのかな~って。」
「・・・それは、まとめて上げると国民が反乱を起こしかねないからではないかと愚行致しますが。もし王女が望むのでしたら、探りでも入れますか?」
この時王女も召使も驚愕の事実を知ることとなった。
「・・・以上が探りを入れた結果でございます。」
「・・・・・・・あの、無能どもめ!! よくも私をコケにしてくれたわね!!」
王女が読んだ資料にはアレンが調べた予算の執行結果が記されていた。それも、ただの予算執行結果ではなかった。
「増税した分の税金はあいつらが貪り食っていたなんて・・・しかもそれも私の命令という体を使って私腹を肥やしていたなんて・・・。」
僅か14歳で王女になった彼女は政治のことなど右も左も分からなかった。それ故政治に関しては大臣達に事実上委ねる形となっていたのだが、それを奴らは利用して私腹を肥やしていたのだ。
「そりゃあ財政が改善されるわけないわ!! ムキー!!」
怒り狂った王女。
「アレン。」
「はい、王女様。」
低い声でアレンに王女としての命令を告げる。
「今回私をコケにした大臣全員を呼び出して、私の目の前で・・・。」
「・・・承知致しました。」
「お、王女様。これは一体どういうことでございますか!!」
「我々が一体何をしたというのですか!!」
縄で手足を縛られ、王女に跪く体勢を取らされた大臣達は口々に不満を訴える。
「何をした? これを見て私が怒らないとでも思ったのかしら? アレン。」
「はっ。」
アレンは大臣達に王女の命令を告げる。
「お前たちは王女の名を使い、民を苦しめ、自らの私腹を肥やすことに精を尽くした大罪人である。そんな大罪人を王女様は死刑にすると。」
「死刑」その言葉に大臣達は顔を青ざめる。
「な、何を!!」
「そ、そんなのでたらめだ!!」
「たかが小僧に財政の何が分かる!!」
「では、これは一体どういうことかな?」
アレンは自らが調べた証拠の数々を突きつける。
「増税を断行した前日、お前は賭博で多額の損失をだしていたようだな? そしてそこのお前は増税後に何やら豪華な家財道具を仕入れていた。果たしてこれはどういうことかな? そして更に・・・」
「この、召使のぶんざいでええええええええええええ!!」
「!!」
大臣の一人がアレン目がけて体当たりをかます。一瞬の出来事に近衛兵達も混乱した。
「うあっ!」
「アレン! 大丈夫?!」
お気に入りの召使に直ぐ駆け寄る王女。
「アレン! しっかりして!! アレン!!」
「うう、王女様。」
無事であることを知り、安心する王女。
「この豚共は死刑よ! さあ、跪きなさい!!」
私腹を肥やしていた大臣達を粛清した王女は、混乱した国の財政を建て直す為にお気に入りの召使であり、絶対に裏切ることのないアレンを財政担当に命じて政を手助けさせることにしたのだが、
「今こそ悪の王女を倒す時だ!!」
「「「「「おおおおおおおお!!!」」」」」
大臣達を粛清した翌日、ルシフェニア王国で革命が発生。粛清された大臣達の子供も革命軍に参加し、王宮は革命軍に包囲されてしまった。ちなみにであるが、革命軍の背後にはマーロン国が支援していたが、これは革命軍に政府を倒させた後に彼らも倒し、王国を自らの国の一部にすることが目的だった。また、革命軍の反乱の大義名分の一つであるエルフェゴート侵攻はマーロン国の陰謀であり、ルシフェニア王国に責任を被せた卑劣な策略であったとアレンの日記に記されている。
王宮
「もうすぐこの国も終わりだな。」
アレンは自室の窓から外を見つめる。王宮の周りには多数の群衆が武器を手に取り、今にも城門を破壊せんとしていた。破壊されるのも、時間の問題だった。
「そしてあれは・・・マーロン国か。口では友好と叫びながら実際はこの仕打ち。王女との婚姻を一方的に破棄しただけに留まらず、挙句の果てには国家転覆とは。だけど。」
アレンは自室を出て王女の部屋へ向かう。
「僕には、守りたい人がいるんだ。それも、片時も離れぬと心に誓った人が!!」
王女の召使の日記には、この後のことについてこうある。
「マーロン国や粛清した大臣が流布した悪ノ娘という実態とは乖離するイメージに流された国民が王女を捕らえんと迫ってきていた。僕は直ぐに彼女の元に向かい、脱出用の秘密通路へ誘導した。怯える王女を誘導するのは大変だったが、僕は強引にその手を引き脱出した。また、僕は近衛兵達にこの先には絶対に進めさせるなと命じた。それは死ねという命令であったが、皆は不満一つ言わなかった。寧ろ王女の為に死ねるのは我々の本望だと言ってくれた。彼らの勇気と決意に僕は敬意を表す。そして、僕は王女と共に王女の愛馬の元に辿り着いた。そこで僕は王女を身軽な格好に着替えさせ、馬にまたがり、全力で走らせた。とにかく全力で走らせた。そして、何時しか僕たちは以前訪れた小さな港町に辿り着くこととなった。」
港町
「また来たね、ここに。」
「・・・・そうね。」
命からがら王宮から脱出した王女と召使。二人は以前王女と召使になる前の小さなときに訪れた港町に来ていた。
「でも、ここでどうすれば良いの?」
「大丈夫だよお・・・リリアンヌ。」
アレンは優しくリリアンヌを抱く。
「どんなことがあっても、僕は君を守る。この命に代えてね。だから、君には笑ってて欲しいんだ。」
「・・・うう、アレン・・・。」
泣く元王女を召使は優しく、温かく抱く。
「もう、以前のような生活は出来ないけど、二人で力を合わせて生き抜こう。ね?」
「・・・絶対にどっか変なとこで死なないでね、アレン。」
「勿論だよ、リリアンヌ。」
その後、元王女と元召使は「リン」、「レン」と名乗り、小さな港町で小さな茶店を経営することになった。優しく、気さくな「レン」と華やかな笑顔の「リン」の二人が話題となり、茶店は繁盛したという。
「レン」の日記
「風の便りで我が祖国では王女の処刑が行われたと聞いた。そして程なくして我が祖国はマーロン国に併合されたとも。今となってはそんなことはどうでもいい。ただ、唯一言えるのは本物の王女は死んでなんかいないということだ。一体どこの馬の骨を身代わりに仕立てたのかは知らないが、これが事実だ。そしてこの日記を後世の誰かが読むまでは、「リン」を悪ノ娘と呼ぶのだろう。だけど、僕はいつかその名誉が挽回される日が来ると信じている。その日が来ることを願って。」
(完)