神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「リオン、リオン! しっかりして!」
さっきまで盗賊と戦っていたにも関わらず、雪道に倒れ伏してしまったリオン。そんな彼に向けて、レヴィは体を揺らして必死に呼びかけていた。
「……やべぇな。確かアイツら、ナイフには毒があるとか言ってなかったか?」
ようやく動きの戻ってきたニールが、険しい顔をしながら駆け寄ってくる。その言葉に深刻な表情を浮かべつつ、ミィナがこう語りかけた。
「リオン君、しゃべれる? 刺されたのはどこだった?」
「背中……です……」
弱々しく咳をしながら答えるリオン。ミィナはそれを聞いて素早く彼の体をうつ伏せに転がすと、背中全体を注意深く観察した。
しかし、しばらく精いっぱい凝視し、手探りで触れてみて、ミィナはいぶかしげに眉をひそめた。
(血が止まってる……?)
そう、服とチェインメイルを貫いた跡は確かにあるのだが、いくら凝視しても出血した形跡が見当たらないのだ。血がにじまないばかりでなく、乾いた跡すらない。
ミィナは一瞬リオンの顔へ目を移し、考えを巡らせる。
(……リオン君だって防具は着けてる……刺されたって言うからには、かすり傷どころじゃないはず。それにこれは……)
「おいミィナ? お前まで黙ってどうしたんだよ?」
横から心配そうな顔のニールが口を挟んでくる。それに続いて、レヴィがうろたえた様子で、こんな事を口走った。
「どうして……? ボクと契約したら、大抵の傷や毒なんて何ともないハズなのに……」
それを聞いて、ミィナの頭の中で考えが繋がる。リオンはレヴィの契約者だ。そのおかげで傷や毒が瞬時に治った、と解釈すれば……。
ミィナは素早くローブの下をさぐり、緑色の液体が入った小瓶を取り出して栓を開けると、こう言った。
「大丈夫よ。心配ない」
「ミィナ……?」
「多分、魔力が枯渇しただけ」
気弱そうに見上げてくるレヴィに一つ頷くと、ミィナはリオンの顔を支えて瓶の中身を流し込む。ゆっくりと飲み込んだ後、リオンが「うぅ……」と唸って身をよじり、起き上がった。
「リオン!」
顔を押さえてかぶりを振るリオンに、レヴィが跳ねて飛びついた。リオンはそれに気づくと、起き抜けのような顔で微笑みかける。
「ああ……ごめん。心配かけたね。もう大丈夫」
それを見て、ニールもホッと胸を撫で下ろす。そしてよろけながら立ち上がるリオンに向けて、心配そうな顔で問いかけた。
「でも急にどうしたんだよ? いきなりとんでもない魔法使ったと思えば、ぶっ倒れちまって」
「……それは……」
リオンは言いにくそうに口ごもる。レヴィもどこか不満そうな顔をして彼を見上げていた。そんな時、ミィナが真剣な口調で言った。
「レヴィちゃん」
「……な、なに?」
「あなた、さっき自分だけの判断で魔法を使わなかった?」
厳しいまなざしを向けるミィナ。対して、レヴィは戸惑ったような表情で答える。
「自分だけ、って……あんな事になったら仕方ないじゃん! 下手したら死んでたし!」
「ああ、いえ……言い方が悪かったわね。リオン君の体の負担を考えた? って聞きたかったの。魔法陣も呪文も使ってなかったから」
魔法陣、呪文……そのワードに、レヴィはハッと息を呑む。そして脳裏に、以前リオンから聞いた魔法の説明を思い出す。
"……僕らは神様よりずっと劣化してるから。この陣図を何度も何度も頭に叩き込んで、何も見ないで書けるようになって……それに必要な魔力コントロールが備わって、やっと術を習得できるんだ"
もしかしたら、自分は人間に合わせて魔法を使っていなかったのかもしれない。そう思ってリオンへ振り向くと、彼は心苦しそうにうなずき、頭を下げた。
「ごめん……最初にちょっと苦しいと思ったんだけど……。なかなか言えなくて」
「なんでそんな大事なこと黙ってたんだよ? 俺らにだって一言も……」
「ニール」
もどかしげに問い詰めようとするニールを、ミィナが止める。そして、やるせない風に首を横に振り、言った。
「簡単には言えないでしょう……。心配かけさせるのは分かってる」
「む……」
諭すような言い方に、ニールはグッと押し黙る。すると話の矛先を変えようとしてか、リオンはすぐそばでまだ気絶している盗賊たちへ視線を移し、言った。
「そ、それはそうと……あの人たち、どうしましょうか……」
リオンの台詞は尻すぼみなものだった。レヴィを除いた二人も、スッと表情を曇らせる。というのも、三人ともそんな事は本来、聞くまでもない事だったからだ。
一人話が見えずにいるレヴィをよそに、ニールがクルリと背を向ける。そして言った。
「……向こう向いてろ」
「へ?」
レヴィが問い返すよりも先に、ミィナがその両目を塞いでそっぽを向かせる。リオンも思いつめた表情で、火法で燃え残った方の死体を森の中へ引きずっていった。
その後、ニールは盗賊たちを見下ろせる位置にまで近づくと、持っていた剣の先を下に向け、一人一人に順に突き立てた。
ドスン、という鈍い音が人数分響く。その音が止んだ頃、ミィナが目隠しを外してやると、レヴィは一瞬間を置いて尋ねた。
「……死んだの?」
周りの表情や雰囲気で、直感的に察したのだろう。レヴィの顔つきは、リオンたちに同調したかのように暗いものだった。
「……ええ」
ミィナが目を合わせずに答える。彼女の視線の先からは、死体を茂みへと投げる無情な音が聞こえてくる。水たまりの中が赤黒い血で濁り、周りの雪にまで点々と染み着いている。レヴィが目を移すと、リオンの足元にも黒く残った体のかけらのようなものが、細かく転がっていた。
リオンはその場にまっすぐ立ち、なにやら胸の前で両手を組んで目を閉じていた。ニールは背中しか見えないが、同じような姿勢をしているようだった。
最後にミィナを見ると、彼女は目を閉じて自らの胸に何かを描くように指を動かし、最後に両手で胸を押さえる。しぐさは違うが、他の二人と似たような事をしているのは、なんとなく分かった。
一分ほど、誰もしゃべらずその場に静寂が流れる。レヴィは三人が何をしているかは分からなかったが、邪魔をしてはいけない気がして、じっとしていた。
やがて、ニール、リオン、ミィナと順に肩の力を抜いていく。それを確かめたレヴィは、ミィナに振り向いて問いかけた。
「……なんだったの? 今の」
「お祈りよ。さっきは死者のために祈ったの」
ミィナはにこりともせず、レヴィの目をジッと見つめて言う。するとリオンが歩み寄りながら、補足するように言った。
「死んだ人に安心してもらうって言えばいいのかな……。『死んでも一人じゃありませんよ。先に世を去った神様たちが待っているので、怖がらずに神のもとへ帰ってください』って、心の中で念じるんだ」
「…………」
そう言って、寂しげに頬笑むリオン。それを聞いてレヴィはピクリと眉を動かし、どこかトゲのある口調で言い放った。
「そんなの……意味あるの? 死んだのは変わんないじゃない。天上ももう無くなっちゃってるのに、死んだ後の事なんて分かるの?」
納得いかない様子で三人の顔を見渡すレヴィ。死者への祈りそのものに対して疑念を抱いてはいるが、同時に無関心ではない証拠である。芽生えかけた罪の意識の裏返しだと、少なくともリオンはそう解釈した。
「……殺しが平気にならない為、ってのもある」
その時、剣を納めたニールがぼそりと声を発した。レヴィが振り向くと、ニールは先ほど自分が死体を置いた場所を振り返り、独り言のように語りだした。
「戦争で神々が天上から逃れて……地上に来てからも、血なまぐさい争いがあったんだろうさ。だからわざわざ、祈りって習慣をつくって残したんだ」
「……本当かなぁ……」
「多分な。『平気で血を流す奴にだけはなるな』って感じで」
ニールはわざとらしく肩をすくめる。そして湿っぽくなった空気を打ち消すかのように、大声で仲間を叱咤する。
「ほら、もう行こうぜ! グズグズしてたら、アイツらが戻ってきちまうよ」
「……分かりました……」
「リオン君、本当に大丈夫?」
「ええ、もう平気です」
手早く荷物をまとめ、リオンたちはまた歩き始める。それを横で見ながら、レヴィは珍しく先頭へ走らずに最後尾になった。そして後をついて行きながら、さまざまな思いをめぐらせる。
人間にとっての魔法のこと、祈りのこと、この時代の神様に絡んだ文化のこと。
自分はまだまだ知らないことだらけだったのだと、レヴィは心の中で反省し、教えてくれた前の三人に感謝を送る。
そして最後に、後ろを振り返って殺した盗賊たちへ見よう見まねで祈りをささげて、後を追ったのだった。