神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「よし、ここでキャンプを張るか」
ニールがそう言った頃、すでに空は薄紫色になっていた。裾野から見る山の影が黒々と覆いかぶさり、稜線だけが微かに白く光っている。
「少し歩きすぎたんじゃない?」
「いや、盗賊どものせいで時間食ったんだよ」
不満そうにこぼすミィナに、ニールは口をとがらせ、荷物を地面にドスンと置いた。
木の枝が大きく張りだし、良い具合に木陰になっている場所である。
少し遅れて、リオンとレヴィの二人が追いついてくる。その表情は深刻でこそないが、先の盗賊殺しのせいか、二人ともなんとなく沈んでいた。口数も少なく、荷物にふらつきながらトボトボと歩いている。
「……リオン、体の方はもう平気か?」
あえて殺しの件には触れずに、ニールはさりげなく問う。リオンは少し間を置いて、こくりと頷く。
「なら良かった。初っぱなからダウンされたら大変だからなぁ」
「その時はニールがおぶってあげたら? この前、パン勝手に食べてたお詫びに」
「……よく覚えてんなぁ、そんな事」
ミィナが嫌みを言うと、ニールは弱ったように笑う。しかしそんな光景ににこりともせず、レヴィは二人に歩み寄ると、ポツリとこう言った。
「何か、する事ある? またあの……テントだっけ。あれ張るんでしょ」
いつもの明るさが見られない声。ニールとミィナが振り向くと、どうにも落ち着かない、気が重そうな表情が目に入った。
二人は顔を見合せ、互いに視線を傍らの森へと一瞬移した。心に何かつかえている時、周りに何人もいるとそれを吐露しづらいであろう事、そしてそんな時は、よく何かしらの仕事をして気をまぎらわせようとするであろう事、二人はレヴィの態度から同じようなものを感じ取っていたのだ。
ミィナがフッと笑みをつくり、ゆっくりと首を横に振る。
「いえ、こっちは私とニールでやるからいいわ。レヴィちゃんは……」
そこまで言って、少し離れた場所でぼんやりと荷物を探っていたリオンに近づき、声をかけた。
「リオン君、レヴィちゃんと一緒に焚き木拾ってきてもらえない?」
「え……あ、はい」
上の空だったリオンは顔を上げ、あわてて駆け寄ってくる。ミィナはそんな彼の手に、「念のため」と言って小さな瓶を握らせた。緑色の、魔力回復薬。
「いざって時には使うといいわ。本当に"いざ"という時ね。 いい?」
「…………」
どこか含みのある言い方で、ミィナは念を押す。それに何か察したのか、リオンは「はい」と頷くと、レヴィに手招きをする。
「早めに戻ってこいよ。この季節はすぐ暗くなるから」
「分かりました」
「……ん」
ニールの言葉にそっけない返事を返し、二人は森の中へと入って言った。彼らの背中が木々に隠れて見えなくなった頃、ニールがミィナへと口を開く。
「相変わらず繊細だよなあ。レヴィは少し意外だったけど」
「……図太ければいいって訳でもないわ。お互いあんな感じだからこそ、話せる事ってあると思うの」
ミィナは地面に目を落とし、それから憂いの混じったようなため息をついた。それから、気を取り直すようにニールへ言う。
「さ、こっちはさっさとテント張るわよ。ボサッとしてないで」
「へいへい、あーめんどくさ……」
形だけぼやきながら、ニールは自分の荷物をほどく。リオンとレヴィは何かしら話したりできてるだろうか、と頭の中で少し考えて、ニールは楽観的に笑った。
――
「……なるべく落ちてる枝を拾ってね。あんまり折ると可愛そうだから」
「……ん」
さくり、さくり、と雪を踏みしめる音が二人ぶん、森の中にこだまする。リオンとレヴィはまだ互いに明るくない顔つきで、もくもくと地面に落ちた枝、近くの茂みにからまって積み上がる枯れ草、また近くの木から折った枝などを拝借していた。
小枝についた雪が腕の中で融け、リオンの袖や、レヴィがくるむのに使っていたマントにシミをつくる。
「……あのさ、レヴィ」
「……なに?」
ふと、リオンがつぶやくように名を呼ぶ。その声にレヴィの背筋がぴくんと跳ねた。盗賊を殺したこと、勝手に魔法を使ったこと、それらにリオンが怒っているのではないかと、内心で気まずさが沸き起こる。
いつか、あのハンゲルを殺そうとして怒られた時の感覚がよみがえった。レヴィにとって、今回は面白半分でやったのではないという言い分もあったが、開き直れるほどではない。結果的にはリオンを巻き添えにしかけたのだ。
しかし、振り返ってリオンが口にした言葉は、意外なものだった。
「あの時はごめん。無責任なこと言って」
「……え?」
レヴィがきょとんとして目をしばたかせる。リオンは伏し目がちで眉を垂らし、訥々とこう語りかける。
「あの盗賊たち……レヴィが魔法でみんな殺しちゃうかもって考えたら、どうしても嫌でさ。つい魔法を使うなって言っちゃったんだ」
「…………」
「でも、街を出たら衛兵なんていないし、結局殺しちゃうしかなかった……。振り回しちゃって本当、ごめん」
ペコリと頭を下げるリオン。レヴィはそんな彼を戸惑った様子で見つめていた。しばらくして、安堵したような、すねたような声色でレヴィは問いかけた。
「……ったく、ややこしいなぁ。つまり何? 殺していいかどうかなんて、コロコロ変わるっての?」
「うーん……たしかに難しいな。なんと言えばいいか……」
リオンは曖昧につぶやき、ポリポリと頭をかく。そしてしばし考えてから、レヴィの前にしゃがみ、視線を合わせて言う。
「……なるべくで良いんだ。誰も彼も殺しちゃうのだけは、やめて欲しい。本当に"いざ"という時だけにして欲しいんだ」
リオンの表情と声に力がこもる。レヴィは声をつまらせ、つい「分かった」と言いそうになるが、ただ単に言う通りにするのではかえっていい加減な気がした。彼女は了承しかけたセリフを舌の上で転がし、突っつくような言葉を向けた。
「……努力してもいいけどさ、保証はできないよ。ボクまだこの時代のことよく知らないし……第一、"いざ"って時なんて、いちいちハッキリ分かんないし……」
「分かってる。だから出来る限りでいいんだ。文句なら全部僕が聞く。何かあれば、僕が責任を持つ。だから、約束してくれない?」
口をとがらせるレヴィをまっすぐ見て、リオンは力のこもった口調で頼みこむ。不器用だが真剣なその言い様に、レヴィはようやく頷いた。
「……分かったよ。約束する」
「良かった……ありがとう」
返事を聞いたリオンは一気に脱力し、ホッとした笑みを浮かべた。見た目だけならずっと背が高いのに、"お願い"のような形にとどめる彼の姿が、レヴィにはなんだかおかしく思えた。彼女もつい一緒に笑みをこぼす。
「あ、そろそろ行かなきゃね。本当に夜になっちゃう」
リオンは自分が抱えた焚き木を見て思い出したように言い、もと来た道を戻りだす。レヴィは「うん」とだけ答え、その後を追ったのだった。
――
「おせーな、心配したんだぞ?」
「何事もなかった?」
「ええ、大丈夫です」
リオンが仲間のもとへ戻ってきた時、そこにはキャンプの準備が一通り整えられていた。テントと内部の寝床の準備はもとより、焚き火のスペースを囲むように夕食用の食料の袋が置かれている。ニールとミィナはそれぞれ自分の分の袋に手を付けず、律儀に座って待っていた。
「早く火を焚いちまおうぜ。もう寒くなっちまって……」
「ああ、すみません。では早速」
一言ことわり、リオンは自分の持っていた焚き木をバラバラと地面に置く。横にいたレヴィも同じようにすると、リオンはばら蒔かれた焚き木を丁寧により分けだした。
「もう火つけちゃえばいいんじゃない?」
「まあ待ってて。これにはちゃんと手順があるからさ」
首をかしげるレヴィに、リオンは手を動かしながら答える。そして最初に焚き木と一緒に集めた枯れ草を取ると、それに向け、ミィナが魔法を使う時のように両手を向けた。
「火法・【
リオンが唱えると同時に、枯れ草にロウソクほどの火がポンッと灯る。それを見たレヴィが驚いたように声をあげた。
「おお、ボクの手助けなしで火法を使った」
「そんなに驚かないでよ……。こんなの初歩中の初歩なんだから」
「前々から勉強してた甲斐があったわね」
「まだまだですよ。精進します」
リオンは殊勝に答え、おもむろに膝と手を地面につけ、這いつくばるような格好になる。そして枯れ草の火に向けて、ふぅー、ふぅー、と息を吹きかけると、指先でつまめそうだった大きさの炎が、少しずつ大きくなっていく。
「……よし。ニール、焚き木をくべてもらえませんか。最初は小さいのを」
「ん? おお」
ボケッと眺めているニールにリオンが声をかける。ニールは食料の袋から視線を移すと、言われた通り小枝をつまみ、火の近くに投げる。枯れ草の火が小枝に移り、パチパチと火のはぜる音が鳴り出す。
「よし、あとは仕上げね」
そう言って、ミィナが大きめの枝を拾い、火の中に差し入れていく。なるべく色々な方向からまんべんなく、適度に隙間をつくって組み上げ、空気が通る工夫をする。
「毎度の事だけど、ミィナの火起こしって細かいよなー。適当にポイポイ放り込めばいいじゃん」
「火ってのは最初が肝心なのよ。……いつだったっけ。火が途中で消えて、ニールが鼻水たらしながら火打ち石をカチカチと……」
「いやアレは俺のせいじゃねえって! たまたま風が強くて冷えてただけだっ……ぶはっ」
あわてて抗弁しかけたニールが、途中でゲホゲホとせき込む。火の勢いが安定してきた焚き火から、煙が上がりはじめたのだ。それを見たミィナが吹き出し、火の向こうにいたレヴィにけしかけるように言う。
「あはは! ウソついた罰かしら。あ、レヴィちゃんもっと煽って……じゃないや。扇いで。そのマントで」
「ん、オッケー。ほーれバサバサァっとぉ!」
「ちょっ……お前ら、やめろ……っ!! 目がっ、痛ってーん、だって……!!」
「あ、あの二人とも。あんまりふざけちゃダメですって……」
遠慮がちに静止するリオンを尻目に一分ほどニールをいぶした後、彼らは席をずらして事なきを得た。ところが、すねたような顔で食料に手を伸ばすニールへ、ミィナが待ったをかける。
「……なんだよ。俺もう腹へってんだけど」
「私もそうだけど。ほら、食べる前にお祈り」
「あ、そうだ。僕も忘れてた」
ミィナの言葉を横で聞いたリオンが、取り出したパンをあわてて袋にもどす。ニールはしばし面倒そうな渋面をつくっていたが、ミィナにジッと見つめられ、観念したように肩を落とす。
そして、まずは男性二人が胸の前で両手を組み、目をつむって静かにこう述べる。
「"我らを迎えてくださった大地よ。女神レミアの名において、恵みに感謝いたします。"」
続けて、ミィナも胸に指を走らせ、両手で胸を押さえる祈りのポーズをとる。こちらは無言。
三人の祈りを黙ってながめていたレヴィは、男二人に視線を移すと、こう尋ねる。
「ねぇ、レミアって誰なの?」
「ああ……神様たちが地上に降りてきた時、指導者になった一人なんだと」
「地上に共に住まわせてもらう為に、"慈悲"と"寛容"を説いた女神様だよ」
「ふぅん……慈悲と、寛容ね……」
「……レヴィ、言葉の意味分かってる?」
レヴィは二人の説明にぼんやりと返事をし、次はミィナに視線を向け、こう尋ねた。
「じゃあさ、ミィナは何て神様に祈ったの? やり方違ったじゃん」
「……んー、私は……」
質問を受けてミィナはうつむき、一瞬考え込む……が、顔を上げると、小さく首を横に振った。
「ごめんなさい。"みだりに神の名を口にするべからず"って、教義で決まっているの」
「えー、そんなのもあるの?」
「ええ、一口に指導者といっても、一人や二人じゃないもの」
言いながら、ミィナはパンをちぎってつまみ始める。見ればリオンとニールも、各々のパンや干し肉、豆などに手をつけていた。それにならうレヴィに向けて、今度はリオンが口を開く。
「この辺りの国じゃレミア教が有名だけど、他にも色々いるんだよ。戦いの神とか、お金の神とか」
「海を越えたらまだ居るとさ。果たして見る機会はあるやら……」
「何言ってるんですか。レヴィの仲間を探す旅でしょう。海の一つや二つが何だっていうんです」
「軽い気持ちでいたら泣きをみるぜ。航海したら後悔、なんて」
「言うと思った……」
ニールの駄洒落にミィナが呆れ、場に笑いが起こる。いつしかとっぷりと日は沈み、輪になって座る四人の顔を焚き火が下から照らし出す。昼間とは違い明暗のはっきり映る視界から、レヴィはすぐ近くの焚き火へと目を落とした。
パチリ、パチン、と時折はじけるような音を立てて炎は赤々と燃えている。焚き木をすっかり黒く焦がし、橙色の体をユラユラと揺らめかせる姿をながめているうちに、レヴィはだんだんと自分の頭の中で思索にふけるようになっていった。
レミアをはじめ、天上が滅びてからも伝わる神々の名。自分のような神器ばかりでなく、神々も海を越えてはるか遠くまで名を残している。
彼女の中でふと、おかしさが込み上げてきた。本来ならば天上と身近にいたのは自分のはずなのに、いまだに色々なものを思い出せずにいる。仲間の神器、戦っていた神々、そして神々らがつくっていた国、社会……。
視線は炎に向けたまま、今一度レヴィは自分の記憶の糸をたぐりよせようとしてみた。が、どうにもハッキリとした光景が浮かんで来ない。どれも霞のようにぼやけ、あるいは何かに遮られるかのように黒い影が割り込んでくる。
「ぐっ……!」
レヴィの頭に、突如ズキリとした痛みが走る。他の三人が一斉に振り向くと、レヴィは額を押さえた格好でハッと顔を上げる。
「レヴィちゃん、どうしたの?」
「……あ、ごめん。ボクもう休むね。なんか調子悪いや」
「大丈夫? ほとんど食べてないじゃない」
「平気……精霊は飢え死にしないし……」
レヴィはぎこちない笑顔でぼんやりと答え、倒れそうな足取りでテントへ引っ込んでいった。その様子を見ていたリオンたちは、そろって心配そうな顔を見合わせる。
「急にどうしたんだ? アイツ……」
「神様たちの話をしたのが良くなかったのでしょうか……」
首をかしげるニールに、リオンは憂いを含んだ表情で答える。すると、ジッとテントの方角を見つめていたミィナが、やや断定的な口調で言った。
「昔の記憶のせいかもしれないわね」
「……どういう事です?」
要領をつかめないリオンが尋ねると、ミィナは振り向き、声をひそめて言った。
「レヴィちゃんが忘れていた記憶は、レヴィちゃん自身にとってもショックかもしれないって事よ。話題に出す時は注意すべきかも……」
「さっき記憶が戻ったってのか?」
「それは分からないわ。どちらにしろ、うかつに聞かない方が良いと思う。……なにせ伝説通りなら神器は武器、殺しの道具なんだから」
険しいミィナの表情が、炎に照らされて濃い陰影をつくった。リオンはその顔と向き合いながら、もどかしい思いを抱えていた。
レヴィの苦悩は、自分が想像しているよりずっと深いかもしれない。こうして打ち解けて時間をすごしていると、それを取り除いてやりたくなるが、人間と精霊、太古と現在、さまざまな違いが障害となり、手を出しにくくする。
リオンは、いつしかレヴィと同じように額を押さえ、眉間にシワをつくって黙りこんでいた。
「リオン、とりあえず先に休めよ。先に俺らで見張りしておくから」
「あ……はい。ありがとうございます」
ニールの提案でリオンは腰を上げたが、気がかりそうな表情は直らなかった。