神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
……次の日は、エノーラを出た日と比べると平穏だった。雪も降らず、盗賊や危険な野生動物も出現しない。強いて言えば舗装もない雪道が大変ではあったが、慣れればどうという事はなかった。
ただ、レヴィの様子はどうにも、昨晩から静かすぎるように見えた。今までのように先頭を行きたがる事もなく、話しかけてもポツリポツリと応じるだけ。キツネやリスが何度か森から顔を出したが、彼女は「……うん。かわいいね」などと気の抜けた返事をしただけたった。
そんな風に二日目の道程を終え、夜もふけてきた頃。
同じようにキャンプを張り、焚き火をしたその横で、リオンとレヴィが並んで座っていた。夜の見張りである。
リオンが時おり周囲に気を張る一方で、レヴィは膝をかかえ、すぐそばの地面をジッと見つめていた。
火を焚いているせいか、動物も姿を現さない。冷たい風がたまに吹き、木々をざわめかせる。思い出したように火がはぜる。互いに口を開かない二人のせいで、それらの音が大きく聞こえた。
「……レヴィ、もしかして眠い?」
「へっ?」
不意にリオンが尋ねる。レヴィは弾かれたように振り向き、大げさに手を振った。
「ああいやいや、全然。そんなにボーッとしてた?」
「まあ、少しね。もう少しで交代だから頑張って」
リオンがクスリと笑うと、レヴィは少し恥ずかしそうに頬を染めたが、すぐにホッとため息をついた。
まるで秘密がばれずに済んだ、とでも言いたげなしぐさ。リオンはそれを眺めながら、思案するかのように一瞬瞳をよそへと動かしてから、こう言った。
「もし暇だったら、空でも見てなよ。冬は星がきれいだよ」
「星……」
言われるがままにレヴィは顔を上げる。目にした瞬間、その視界いっぱいに数えきれないほどの大小さまざまな輝きが広がった。かき集めたら太陽の何倍も大きくなりそうな、きらめく砂のような星々。
一つくらいなら光が落っこちてきそうなその光景にレヴィが思わず手を伸ばしていると、ふと、独り言のようにリオンがこう口にした。
「……星空はいつもきれいだ。昔はよく、教会のバルコニーに出てボーッとしてたっけ」
「教会?」
レヴィが聞き返すと、リオンはさも今気づいたかのように言った。
「ああ、そういえばまだ話してなかったね。僕、実は捨て子でさ……。教会の孤児院で育ったんだ。昨日言った、レミア教の教会」
捨て子、という言葉を聞いてレヴィが驚いたように眉を動かす。リオンはそれを何でもない事のように一瞥し、話を続ける。
「別に珍しくなかったんだけどね……。子供の頃はまだ戦争してたし、院には同じような子たちが大勢いた」
「戦争……やっぱりこっちでもやるんだ……」
「お恥ずかしながら、ね」
悲しげな目をするレヴィに微笑みかけ、リオンは空を見上げた。ひゅう、と冷たい風が彼の頬をなでる。
「当たり前だけど、みんな親の顔はほとんど知らなくてさ……。おまけに戦争中でお金もない。そんなんだから、けっこう荒んでた」
「……荒んでたって、どんな風に?」
「よくあったのはケンカと盗みかな。仲間内で食べ物やお小遣いを取り合ったり、イジメが起きたり……。たまに教会のお金を盗む子もいた。仕方なしに追い出されたけど……でも、教会で栄養失調になるよりは、望みがあったのかも」
つらい境遇をさらりと話すリオンに、レヴィは口を挟みづらくなっていた。リオンは空を見上げたまま、遠くを見るような目をしている。しばし沈黙が続き、レヴィが目を伏せ、ポツリと言った。
「全然知らなかった……」
「そりゃ言ってないもの。当たり前だよ」
リオンは振り向き、いつものように笑う。そしてうんと伸びをして、冗談めかして言った。
「色んな場所を飛び回れるからって冒険者になったけどさ、未だに戦いは苦手で、迷惑かけ通しだよ」
はは、と笑うリオンを、レヴィは同情するような目で見つめていた。そしてうっすらと作り笑いを浮かべると、レヴィは少し明るい口調で言った。
「別に、どうって事ないよ。リオンがそんな奴じゃなきゃ、ボクも契約しなかったかもしれない」
「……ありがとう」
今まで文句を言う事はあったにしろ、リオンの過去を聞かされると、彼の割り切りできない性格も受け入れられそうだと、そう彼女は思い始めていた。リオンは微笑み礼を言ってから、また同じように言葉をつむぐ。
「できれば、昨日の盗賊みたいな人たちも……昔どんな事があったかとか聞いてみたいけど、やっぱり難しいんだよね」
「まあ、一人か二人はいるんじゃない? 話してくれる人もさ」
「はは、でも無理矢理はよくないけどね」
楽観的なレヴィの物言いに、リオンの表情も和らぐ。そして彼は、スッと真面目な顔にもどると、心なしか力を込めて言った。
「とにかく……過去ってのは、それぞれ色々あるからね。話したくない事があったり、後から思い出してビックリするなんてのは、よくある事さ」
「…………?」
「だから、その……あんまり気にする事じゃないよ。話せる時、話したいと思った時で十分さ。肝心なのは、互いにどう思ってるかなんだから」
リオンの口ぶりが急に言い聞かせるような長台詞に変わる。レヴィが戸惑いながらリオンの方を見ると、ちょうど目が合い、彼はあわてて目をそらした。そのしぐさは、まるで照れ隠しのようにも見えた。
それを見て、レヴィは彼の意図に気づく。自分の過去を通して、"思い出せない記憶に怯える事はない"と伝えようとしたのだ。彼女は気を遣わせた事に内心で苦笑すると同時に、リオンは素知らぬふりとか苦手なんだな、などとも考えた。
「ねぇ、じゃあニールやミィナは昔どうしてたの? 何か知らない?」
あえて察した事実には触れずに、レヴィは元の陽気な口調で尋ねる。リオンは「ん、ああ……」などと生返事をして、頬をポリポリとかく。
「んーそうだなぁ……。僕あんまり他人のプライベートとか聞かないから……」
「えー、でもちょっとは聞いたりしてないの? 付き合い長いんでしょ?」
「まあ、僕の知っている範囲だと……」
隣から身を乗り出してくるレヴィに、リオンはもったいつけながらも話し出す。しかし、いざ本題に入ろうというところで、リオンの顔つきが急に険しくなった。
「……? どしたの?」
「しっ」
呑気にまばたきするレヴィを、リオンは口に人差し指を当てて静止する。そしてほぼ藍色と黒だけが広がる夜闇の中を、目だけを動かして慎重にうかがう。
そして、相変わらずポカンとしているレヴィに小声でこう促した。
「……レヴィ、ちょっとテントの二人を起こしてきてくれない?」
「え……その、一人で大丈夫?」
「大丈夫じゃないから頼んでるの。さ、早く」
早口で笑い、リオンはそそくさとレヴィの背中を押す。そして彼女がテントへと離れていくと同時に、リオンは夜闇に沈んだ森の中の一点を、キッとにらんだ。
ほぼ同時に静まっていた周囲に、かすかに茂みをかき分ける音が響く。
……リオンの感じた気配は正しかった。にらんだその方向には、あの盗賊たちの生き残りが、息をひそめて隠れていたのだ。