神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「お、見えてきた見えてきた!」
「良かった……もうすぐ降ってきそうよ」
時刻にして夕暮れ前の三時頃、太陽があいにく雲に隠れ、辺りが早めに薄暗くなってきた、そんな時分。
リオンたちは最初の中継地点である、"エルノア村"にたどり着いた。木を組んで作った入り口の柵の向かいには、雪かきで積んだらしい雪が、柵から顔を出す高さで灰色の壁となって鎮座している。
そこからさらに先にはいくつもの古びた木造の家が並び立っている。遠目に見てもところどころ屋根に穴が空き、そこかしこに生えている雑草が軒下に侵食したりなどしているが、村の中ではポツポツと人々が往来している。
「なんだ、わりと普通の村じゃねえか」
先頭にいたニールがそう口にする。すると、後方にいたレヴィがおどろいた声をあげた。
「えー、普通なのコレ? なんだか貧乏くさーい」
「こら、そんなこと言っちゃダメだって」
かすかにバカにするような笑みを浮かべるレヴィを、隣のリオンが叱りつける。振り向いて目をぱちくりとさせるレヴィに、彼は言い聞かせるように言った。
「エノーラと比べたらさびれて見えるだろうけど……村の人たちは一生懸命なんだから、失礼なこと言わないの」
「……はぁい」
レヴィはため息をつき、気の抜ける返事を返す。リオンが困った顔で頭をかいていると、一番うしろにいたミィナが口を開く。
「見た目はともかく、一応警戒はしておきましょ。……この人たちの件があるし」
そう言って、ミィナはひょいとリオンの陰から前方を見る。同時に、ニールも後ろを振り返って、彼らに前後を挟まれて歩く三人の男……盗賊たちに視線を向けた。
ロープでまとめて数珠繋ぎに縛られ、並んで立っている三人。眼帯をつけた大柄の首領に、ひょろ長の手下ふたり。一度は十人以上の集団でリオンたちに襲いかかり、三人になるまで返り討ちにあっても再び夜襲をしかけ、捕縛されてしまった者たちである。
一度目の襲撃では血気盛んに武器を振り回し、リオンたちを追いつめてあざ笑っていたものだが、今では一様に
「……本当なんですか? この村がなんだか変だって」
「…………」
リオンが問いかけると、盗賊たちは小さくうなずく。その動きの中で青ざめた顔が一瞬見えたが、ついぞ言葉は発しなかった。
リオンたちが聞いたところに寄ると、盗賊たちは目の前の"変になった村"から逃げ出してきたのだという。最近近くに増えている盗賊も同じような連中なのだそうだ。
くわしい事は聞けずにリオンたちは半信半疑であったが、そのろくに事情も話せない怯えようからは、嘘に思えない迫力があった。そういう訳でリオン一行は捕縛した盗賊をわざわざ生かし、目の前のエルノア村まで来たのであった。
「さて……まずは
「とにかく挨拶しとこうぜ。おーい!」
「あ、バカ……!」
ミィナが思案するのを尻目に、ニールは目に入った村人に向けて一直線に走っていく。仕事の区切りがついたのか、家々の向こう側にある殺風景な牧場からノロノロと歩いてくる男を、ニールは駆け足で引き留めた。
「あのーすんませーん!」
「…………」
威勢よく言ったニールに、その村人はにこやかな顔を向ける。無造作に伸ばしたヒゲに薄い膝丈までのシャツ、革のズボンに簡素な革靴、そしてウール製のマント。絵に描いたような田舎の農夫、それも冬は寒さで難儀していそうな貧相な格好だったが、三十代半ばあたりの村人の笑顔は不自然なほど疲れを感じさせなかった。
「あの、俺たち旅をしてて、この村にご厄介になりたいなーと思ったんですけど……よければ村長さんのお宅を教えてくれませんか」
村人の表情に疑問を感じていないのか、ニールはなれなれしく話をしだす。それを村人は穏やかな目で見つめ、じっと笑みを崩さず聞いていた。……そしてニールが言葉を切り、フッと村人の目を窺い、数秒たった後。
目の前のニールに向けて、村人は唐突にこう言った。
「エルノア村へようこそ!」
「へ?」
「エルノア村へようこそ!」
脈絡のない歓迎の言葉を、村人は戸惑うニールへ向けて二度も繰り返した。その声が気になってか、リオン、レヴィ、ミィナの三人がその場に駆けつける。その後ろには例の縛られた盗賊たちがいる。
「どうかしたんですか?」
「まさかアンタ変な事した?」
「いや、俺は別に……」
「エルノア村へようこそ!」
「こんにちはー」
遠目に様子がおかしいのを察したリオンとミィナが、ニールに疑いの目を向ける。ニールが顔をしかめて誤解を解こうとしている横で、村人はまた同じ挨拶を繰り返す。一行の中で挨拶を返したのはレヴィだけだった。
村人の声で我に返ったミィナが振り向く。何にせよ、ニールが失礼を働いたならば謝らなければならない。ミィナはあわててローブの裾を直し、村人に愛想笑いを浮かべる。
「すみません、連れが失礼をしたみたいで……少しお話しよろしいですか?」
「エルノア村へようこそ!」
「え、あ、はいこんにちは。それでですね……」
「エルノア村へようこそ!」
「……ミィナさん、この方ちょっと妙ですよ……」
何べんも同じ挨拶を繰り返す村人を、リオンたちも徐々に不審に思い始めた。リオンはぎこちなく笑みを返してから、ふと自分の背後を振り返る。
エルノア村から逃げてきたという、三人の盗賊たち。もし面識がなかったとしても、縄で縛られている彼らを見れば、普通はいくらか警戒し、何者かと疑念を抱くだろう。
しかし、村人の笑みは一向に崩れる気配がない。いつまでも客人をもてなすようににこやかな顔をし、むしろ内心で何を考えているのか分からないような……作り物のような表情をしている。
らちが開かないと思ったリオンは、他に村人はいないかとキョロキョロと辺りを見回す。すると、ちょうど玄関先で薪を運んでいる娘の姿が目に入った。
「あの、すみません!」
リオンが駆け寄り声をかけると、十代半ばくらいのその娘は驚いた顔で振り向いた。ワンピースタイプの地味な服にエプロン、ウール製の頭巾。先ほどの村人と同じく薄着だったが、こちらは小刻みに体を震わせ、頬を赤くして白い息を吐いている。
リオンは先ほどの村人との違いにしばし戸惑ったが、すぐに表情を作り直し、こう切り出した。
「あの、僕ら旅をしている者なのですが、村長さんの家を教えていただけないでしょうか……」
当たりさわりのない挨拶。ところが娘は最後まで聞かないうちに素早く背を向けると、薪を抱えて大急ぎに家へと駆け込んでしまった。しかも荒々しく扉が閉められた直後には、これまた乱暴に錠をかける音が鳴る。
「え、あの、ちょっと!?」
リオンは驚いて扉に駆け寄り呼びかけたが、住人はウンともスンとも言わない。帰ってくれとすら言わないその仕打ちには、かえって拒絶の意志が強く表れていた。
「何なんだろ、もう……」
リオンはまいったという風に頭をかき、その家に背を向ける。するとトボトボ歩いてくる仲間たちとかち合った。彼らもろくな収穫は得られなかったのか、一様に浮かない顔をしている。
「ダメだったんですか?」
「ええ、てんでダメよ。あの人同じセリフしか言わないの」
「……ボケてんのか、もしかして」
「うーん、少なくともボクの言霊なら意味は通じるはずなんだけどなぁ」
ミィナが肩をすくめ、他の二人が人目をはばからずにぼやく。後をついて歩く盗賊たちは相変わらず無言で、小さくうつむいていた。
その盗賊たちの姿を、いい加減リオンも異様に感じ始めた。まるで乱暴された飼い犬が、望まぬ場所に放り出されるかのようだ。
確かに、リオンたちからしてもこの村の様子はいささか変だった。一方では歓迎の言葉を幾度も繰り返し、また一方では一言も話さずに接触を絶ってしまう。
それにしても、ここまで萎縮して怯えるほどだろうか。それとも、もしかしたらまだ何か良からぬものが――
そんな風にリオンが頭の中で思考していた時。
彼らに向けて、突然聞いたことのない第三者の声がした。
「どなたですか? あなた方は」
どこか幼さを残した、少年の声だった。リオンたちがそちらへ振り向くと、そこにはリオンと同じくらいの背丈の黒いローブを羽織った少年が、
「ひっ、ひいぃ!」
「あっコラ!! 暴れんな!!」
その少年を見たとたん、大人しくしていた盗賊たちが半狂乱に暴れだす。それを見ても、周りの村人たちは何故か直立不動で眉一つ動かさなかった。唯一黒ローブの少年だけが、フードの下、目にかかるほど伸ばした黒髪の奥で、鋭い青色の光を盗賊たちへと向けていた。
盗賊たちを取り押さえるゴタゴタの中で、ミィナだけが少年の眼光に気づく。彼女は直感的に、この少年には何かある、と勘づいた。
遅れて、盗賊をなだめていたリオンが、少年らの方に気づくとあわてて駆け寄り、やっと名を名乗る。
「失礼いたしました。僕らはエノーラ街から旅をしてきた者です。僕がリオン・エルベルタ、あの子がえーと……レヴィ・エルベルタ、それとミィナ・ルコットさんに、ニール・フォスターです」
一部、姓を捏造してそう述べると、少年は警戒心をその目に宿したまま、淡々と自己紹介をする。
「はじめまして。私は村長の補佐をしております、マルク・エーリッヒです。旅の方と聞きましたが……そちらの男たちは?」
「う、うわあっ、あぁ!」
マルクと名乗った少年は、ミィナとニールに未だ抵抗している盗賊をじろりと見る。その視線に気づいた盗賊たちは、たちまち背筋を凍らせ、上ずった悲鳴をあげる。その姿は蛇に見込まれたカエルそのものだった。
「そ、それはですね……」
背後で震え上がる男たちを気にかけながら、リオンはどうにか上手い言い訳をしようと頭をひねる。
しかし、言葉をつむぐより先に、ミィナが足早に隣に来ると、ハキハキとした口調でこう述べた。
「この近くを通りかかった時、彼らに襲われまして……殺そうかとも思いましたが、この村の出身だと言い出しまして。なにぶん彼らのくわしい事情は知りませんし、村の方々が万が一悲しまれてはいけないと、連れて来たのです」
「はぁ、それはとんだ事を……。しかしそこまでしていただいて申し訳ありませんが、この村はもてなす余裕がないものでして。あの罪人どもはこちらで……」
「そこを何とか、納屋にでも泊まらせていただけないでしょうか。雪や風をしのげれば良いのです。実は、あの盗賊たちのせいで行程が遅れてしまいまして」
ミィナは嘘を織りまぜつつ、滑らかな口調で切り返した。すげなく追い返そうとしたマルクの言葉をさえぎり、セリフの後半でさりげなく盗賊たち、もとい元村人からの被害を強調する。
マルクの眉が不愉快そうにピクリと動く。そして、ミィナとリオンの後ろでまだ暴れている盗賊たちをにらむようにして、彼は低い声で言った。
「彼らは……何か、言いませんでしたか?」
「何か、と言いますと?」
「……それは……他の盗賊の情報など、ですよ」
言い繕ってはいたが、一瞬マルクがうろたえていたのを、ミィナは見逃さなかった。恐らく村の内情……盗賊たちの言う「変になった」部分をバラされてはいないのかと恐れたのだろう。彼女は隣でハラハラしているリオンを無視して、素早く首を横に振る。
「いえ、何も。なんせ彼らの相手で精一杯でしたので」
ニッコリと作り笑いを浮かべ、ミィナは素知らぬ顔でまた嘘をつく。もっとも、マルクの真意を推しはかるならそうともいえないが。
ともかく、簡単にあしらわれたマルクはいら立った様子で眉間のシワを深め、ミィナをにらむ。対するミィナは笑みを崩さず、目を細めてまっすぐマルクを見返した。
一見すると親しみやすい表情にも見えるが、そのうっすら開けられた灰色の目の奥には、注意深く相手を観察する鋭さがあった。
怯える盗賊とは別に、緊迫した空気が辺りに漂いだす。リオンはその空気に身を固くしながらも、マルクの背後にいる男たちが気になった。一様にいかめしい顔をしてはいたが、棒立ちで一言もしゃべらずに前方をながめているその様は、先ほどの同じセリフしか言わない村人に、どこか似ていた。
……やがて、にらみあっていた二人のうち、マルクが観念したようにため息をつき、こう言った。
「仕方ありませんね……。でしたら、一つ空き家をお貸ししましょう。ご無礼のお詫びに、食事はこちらでご用意いたします」
「すみませんね、何から何まで」
「あ、ありがとうございます」
「ふん……それはそうと……」
礼を言うミィナとリオンに鼻を鳴らし、マルクは背後にいる村人たちに目配せをする。すると、たちまち彼らは持っていた鍬や鋤をかまえ、盗賊たちの方へと走り出した。
そしてニールやレヴィを押しのけ、強引に盗賊たちの腕をつかんで引っ張りだすと、盗賊たちは泣き叫ばんばかりの悲鳴をあげた。
「はっ、離せ! 離せえぇっ!!」
「やめて下さい! 助けて下さいよぉ~っ!!」
「畜生、この腐れ野郎共があぁ!!」
引きずるようにして運ばれていく彼らの叫び声が、寂れた村中に反響する。しかし、助けようとする者は誰一人いなかった。
とくに男の村人たちは全く反応すらせず、家畜に餌をやり、農具を片付け、薪をパカンパカンと呑気に割っている。全く知らぬ風情だ。
女や子供の村人は大体が振り返り、眉をひそめたりなどしていたが、見ているだけですぐに家中へと引っ込んでしまった。ミィナやリオンは元より、ずっと盗賊の相手をしていたニールやレヴィから見ても、その村の光景は明らかに異様なものだった。
「あの……マルクさん」
「なんです?」
「あの人たちは……どこに連れていかれるんですか?」
リオンが遠慮がちにたずねると、マルクは視線である方角を示した。
住宅地や牧場を抜け、村を囲むようにそびえ立つ大きな山々。その内にちょっと突き出ている崖のすぐ真下に、木造の建物があった。
塗装もなく地味で、どこか陰気くさい掘っ建て小屋。だが、牧場の隅にある家畜小屋よりは何倍も広い。平屋ながら、その気になれば数十人も詰め込めそうだった。
「あれは……」
「……収容所、といったところでしょうか。実を言いますと、この村は貧しさから盗みやいさかいが絶えなくて。ああいう罪人も含めて、頭を冷やしてもらうのですよ」
収容所、その物騒な響きにリオンとミィナはぎょっとするが、マルクは連れていかれた盗賊たちを見て冷ややかな笑みを浮かべていた。よほど愉快なのか、その笑みはニールやレヴィが近くに来ても消えることはない。
「しかし、あの場所は危なくないですか? 土砂崩れでもあったら確実に被害が出ますよ」
ミィナが水をさすと、マルクは鼻白んだ表情になり、崖下の収容所を一瞥してミィナをにらむ。そして面白くなさそうに答えた。
「それは……他に場所の余裕がなかったのですよ。いいじゃないですか、そんな事は」
そっぽを向くマルク。あからさまに話を切り上げたい様子だった。途中から聞いていたニールとレヴィは話がつかめない様子で、ポカンと顔を見合わせている。
ミィナはそれを一瞥し、頃合いとみたかマルクへと笑顔で詰め寄ると、彼の肩をつかんで回転させ、せわしくその背中を押した。
「あぁすみませんお時間を取らせてしまって。さぁ早く村長さんのところに行きましょう。日がくれてしまいます」
「え、ええ……そうですね」
マルクは勢いにおされ、戸惑いながら先を歩き出す。リオンはそれを見届け、他の二人に「詳しくは後で話します」と述べると、二人と一緒に後を追っていった。