神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
……日がとっぷりと沈み、代わりに闇の中に薄ぼんやりと月が浮かんでから、数時間が経つ。
家の中には一欠片の明かりもなく、一寸先もろくに見えない暗闇が満ちる。そんな屋内の片隅で、床に転がり寝たふりをしながらミィナはジッと意識を集中させていた。
ミィナたち一行がエルノア村に着き、かれこれ半日ほど。彼らは村の収容所やマルクの存在を怪しみ、引き渡した盗賊たちの救出計画を練っていた。
まずは、何らかの薬が盛られているのを警戒し、差し出された食事を囲炉裏にくべて燃やし、食べたかのように偽装。リオンたちは就寝の準備など出来なかったかのようにわざと乱雑に床に寝転んで寝たふりをし、ミィナが自身の"追跡蜘蛛"を使ってマルクの居場所を追う。
そうして緊張した状態が続き、いつしか外では人の声一つしなくなっていた。
リオンは寝そべったまま、ミィナをチラリと見る。彼女は追跡に集中しているのか、目を閉じてジッとしていた。一見寝ているように見えるが、間近で見ると、微かに表情をこわばらせているのが分かる。
(来たわ)
(……!)
突如、動かなかった口から、四人にだけ聞こえるような声が出る。それを聞いてリオンは寝た姿勢のまま意識を張りつめさせる。
同時に、家中にキイィと木のきしむようなか細い音が響く。誰かがドアを開けて入ってきたのだろう。ほのかな月明かりが、壁を伝ってリオンたちの視界の隅に映る。
その誰かは、床をきしませながらゆっくりと彼らの近くへ歩み寄ってくる。ミィナはこっそりナイフを懐から取り出し、リオンもいつでも立ち上がれるようにと床に手をつけ、力を込める。
誰かは暗がりの中でリオンたちを見下ろし、ジッと観察する。リオンは視線を感じながら、必死に息をひそめた。今にも武器や魔法を使って殺しにかかってくるかもしれない。そんな恐れと戦いながら。
「……よしよし、よく寝てるな」
屈んで見下ろしていたその男はそうつぶやく。それはやはり、あのマルクの声だった。
そして彼はゆらりと立ち上がると、リオンたちを放置し、家を出ていった。バタン、と扉が閉まって暗闇がもどり、土を踏む足音が遠ざかっていく。ようやくその音が聞こえなくなり、家中に静寂がもどると、リオンは長い長い息を吐いた。
「はぁー……助かった……」
その言葉をきっかけに、ミィナもモゾモゾと体を起こす。持っていたナイフをしまうと、彼女は小声で話しだす。
「やっぱり眠らせるつもりだったみたいね……」
「こっそりこっちに戻ってきたり……してませんよね?」
「大丈夫。追跡蜘蛛はちゃんと遠ざかってるわ。今のうちに……」
心配そうに辺りを見回すリオンをよそに、ミィナは未だに寝転がっているレヴィとニールの方へ膝で這っていき、こっそりと声をかける。
「ちょっと、いつまで寝たフリしているの。もういくわよ」
しかし、二人は腕枕をし、あるいは大の字という格好のまま動かない。まさか、と二人が耳をすませると、レヴィからはスゥスゥ、ニールからはグゥグゥと口からいびきのようなものが聞こえてくる。
「……寝てるわね」
「……ですね」
呆れを押し殺したようなミィナのつぶやきに、リオンはこわばった顔で同調する。仮にも危機のまっただ中にあるのに呑気だと思いつつも、リオンはぺちぺちとレヴィの頬をたたく。
「ほらレヴィ、起きて。すぐ行くよ」
「むー、んぅー……」
レヴィは鬱陶しげにうなり、プイッと顔をそむける。雪山で出会ってからこっち、寝起きの悪さと寝顔の可愛らしさは相変わらずであった。しかし今はそれを眺めていられる状況ではないので、リオンは肩を揺すってさらに強硬に起こそうとする。
「レヴィ、起きて! 急がないと間に合わないよ!」
「うー……」
そこでようやくレヴィは上半身を起こしてかぶりを振り、寝ぼけまなこでリオンと目が合う。リオンはため息をつきそうになるのをこらえつつ、短く話しかける。
「……よく眠れた?」
「……うん」
「これから何するか覚えてる?」
「えと……マルクを倒しに」
「よしオッケー。じゃあ立って。ここからが本番だよ」
リオンがそう言って腰を上げると、レヴィも目をこすりながら立ち上がる。それを確認したリオンは、同じくニールを起こしていたミィナの方へと振り向く。
「ミィナさん、こっちは大丈夫……」
言いかけたリオンのセリフが途中で止まる。彼の目に入ったのは、寝癖のついたまま四肢を投げ出して寝ているニールと、それを放置して何故か部屋の隅へと歩いていくミィナの姿であった。
「あの……?」
リオンの呼びかけも無視し、彼女は部屋の隅に積まれた
そして間近に座るとニールの顔を覗き込むようにして、そろそろと摘まんだ藁の先を彼の鼻の穴へと……。
「ふがっ!? けは、んぐ……けほ、けほっ!?」
「ぷふぅっ……!」
藁を深々と鼻に押し込まれたニールは弾かれたように飛び起き、鼻を押さえて咳き込んだ。遠くで眺めていたレヴィが吹き出したが、あわてふためいているニールは気づかずに、目に涙をにじませてすぐそばのミィナへと詰め寄る。
「ミ、ミィナ! お前何かしたか!?」
「……何も?」
「その藁はなんだよ」
「なんだと聞かれても……藁は藁よ」
「…………」
ニールはしばしいら立った表情でミィナを見つめていたが、やがて真面目な顔になって立ち上がると、こう問いかけた。
「で、あのマルクの野郎はどこにいるんだ? 近いのか?」
「いえ……今は、村長のところにも収容所にもいないわ。多分自分の家かしら」
「じゃあさっさと行こうぜ。時間が惜しい」
そう言って、ニールは壁に立てかけた自分の剣を取る。眠らされた振りをする為とはいえ、装備を部屋の中で整えていれば怪しまれる。そしてその振りが成功したらしたで時間はない。よって彼らは最低限の武器で出ざるを得ない。
その中で唯一ミィナが手早くローブを引っかけ、手には手袋を装着する。それを見たレヴィが、ふと首をかしげた。
「ミィナ、そういえばそれ何?」
「ああ、これ? 魔法使い用の特殊な衣類でね。物理的にはもろいけど、攻防を補強する魔法陣が書かれているの」
ミィナが手のひらやローブの裏を見せてやると、確かに色々な幾何学模様が書かれている。
「丸腰よりは大分マシなんだけど、きっとマルクも同じような……って、説明してるヒマはないわね。準備できた?」
「はいっ!」
「おうよ」
ミィナが男たちの方に振り向くと、剣を腰に挿したリオンとニールは片や緊張し、片や気楽な表情でうなずいた。ミィナはそれを確認し、戸口へと走り出す。
「レヴィ、念のため剣の中に入っておいて。いつでも戦えるように」
「分かった!」
レヴィが火の玉に変化し、鞘をすり抜けて剣と同化する。そしてリオンも戸口の方に駆け寄ると、三人は扉の陰にまとまって隠れるようにして、そぅっと扉を開ける。
木のきしむ微かな音とともに暗闇に溶けた景色が広がる。先ほどからさらに時間が経ったせいか空は墨で塗りつぶされたようで、周りの家々はただ黒々とした姿で並び立っている。灯りをともしている家もなく、月明かりがなければ廃屋とでも間違えそうだった。
リオンたちは忍び足で家を出ると、姿勢を低くして中腰で少しずつ歩き出す。井戸や立木の陰に隠れながらある程度移動すると、次第に気になるものが目につきはじめた。
「……なんか、人が多くねえか?」
「そうよね。確かに……」
彼らが村の中心部に近づくにつれ、農具をかついだ男の姿が増えてきていた。格好は昼間に見た時と変わらず、数十人ほどが、右へ左へまるで回遊魚のように行き交っている。
「つうか、こんな夜に何やってんだ?」
「害獣を警戒してる……とかでしょうか」
「それにしちゃ人数が多すぎるわよ。第一、畑からも遠すぎるし」
三人は気配を隠しながら怪訝な顔で村人たちを見つめていた。村人たちは互いに会話する様子もなく、二度、三度と同じコースを同じペースで歩き回る。それを見ているうちに、三人は次第に不気味さを感じはじめていた。
「さっきから、なんだかやってる事が代わり映えしませんね……」
『街でもこんな風な人たちいなかったよね?』
「これじゃあまるで……」
彼らの脳裏に浮かぶのは、昼間に見かけた同じセリフを連呼する村人や村長の姿である。言葉は発しないものの、それらの人間味のない姿は否応なしに重なった。
『でもどうするの? マルクがいるのって、まだ先なんでしょ?』
「そうね、どうしたものか……」
レヴィの問いに、ミィナがジッと考え込む。あのうろつく村人どもが何者かはともかく、見つかってしまえば危険だというのは想像にかたくない。ともかく彼らの目をどうにかして誤魔化さなければ……。
そんな事を考えながら、なんとなくレヴィもとい剣へと視線を移した時、ミィナの脳裏にある記憶がよみがえる。
「あっ……」
『ん?』
思い出すのは、レヴィを見つけて雪山を下り、最寄りの街エノーラへと入る時の事。
見張りをしている兵隊たちの目をごまかす為に
もし、その発想を逆にしてみたら……。
無言でいるミィナをきょとんとした目で見つめるリオンとニール。彼女は仲間たちに向き直ると、レヴィへと向けてこうささやいた。
「レヴィちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど……」
――
……それから数分後、相変わらず村人たちは静まり返った村の中をウロウロと歩き回っていた。
そんな中、彼らの目をかいくぐるようにして、物陰に隠れて様子をうかがう者が一人いた。
レヴィである。剣から出て実体化し、ただ一人で村人に気取られないようにして身をひそめる。周りにリオンやミィナの姿はない。それでもレヴィの表情に緊張の色はなく、むしろイタズラをする前のようにウキウキしている風である。
彼女は近くにあった木に素早くよじ登ると、手近な太い枝を凍っている雪ごとつかむ。そしてためらいなく、満身の力を込めて枝をへし折った。
バキィ、という鈍い音が周囲に響き渡り、ついでに樹上にのしかかっていた雪までドサドサと崩れ落ちる。その音に反応して、村人たちは一斉にそちらへ振り向いた。
「しめた!」
レヴィは小さく叫んでほくそ笑むと、火の玉に変化して目にも止まらない速さでその場を去る。少し遅れて、村中に散らばっていた村人たちが入れ替わりに大挙して押し寄せた。
『あんなので良かったの?』
「上出来よ、今のうちに!」
離れた場所に隠れていたリオンたちの元に戻ると、彼らは
「寝ている人たち、起こしちゃいましたかね……」
「気にしてるヒマないわよ。大体私たちが犯人なんて知るわけないし」
ばつが悪そうにつぶやくリオンを、ミィナは一蹴する。その後ろで、ニールが呆れたような顔で言った。
「にしても、ずいぶん上手く引っかかったなぁ。全員であんなに殺到してくるなんてよ」
「…………」
ちょろいもんだぜ、とばかりにつぶやいたニールだったが、ミィナは何かが気にかかったのか、足元の地面に目を落として沈黙する。
それを見つけて、レヴィが話しかけた。
『ミィナ? どうかしたの?』
「へ? ああいえ何でもないわよ」
ミィナは顔を上げると、あわてて笑って取り繕う。そして表情をまじめに作り直すと、前方を見据えながらこう言った。
「それより、もうすぐマルクに追いつくわ。油断しないで」
「は、はいっ」
『……分かった』
ミィナの視界にいた内で、リオンは緊迫した様子で応えたが、レヴィはいささか歯切れの悪い返事を返す。しかしミィナの態度を追及するヒマもなく、移動していた彼らの前にとあるものが出現した。
「これは……」
「でっけえな……周りと比べてだけど」
そこにあったのは、村の小さな一軒家と比べれば五倍ほどの大きさがある、目立つ屋敷だった。材料も木のほかに石材をいくつも使って軒下を補強したり、てっぺんの三角屋根に明るい色の洋瓦を使ったりなど、いくつか気を使った点が見られる。その屋根からは今の時代に珍しく、屋根から突きだすような形になって設置されたの明かり窓――ドーマーがあり、周りの家よりもいくらか裕福そうな雰囲気がその屋敷にはあった。
『この中に……マルクがいるの?』
「ええ、この家の二階あたりでジッとしているわ。何やってんだか知らないけど……」
「早く入ろうぜ。村の奴らがもどってくる」
ニールの一言に押され、一行はその屋敷の中に踏み込む。それからは村を走る時と同様、慎重な行動を強いられた。
というのも、どういう訳か屋敷の中にまで村人たちがいたのだ。それも何人も警備兵のごとくあちこちに立っていながら、服装は外と同じく農夫のもの。手に持っているのも凡庸な農具である。
一行はいぶかしみながらも、レヴィが実体化して気を引く先ほどのやり方で少しずつ奥へと進んでいった。廊下の床板が僅かにきしむだけでも、リオンは心臓が飛び出しそうになった。
そうして二階へ上がり、ミィナいわく「目前」にまで彼らが迫ってきた時。
不意に、レヴィがこうつぶやいた。
『ねぇリオン』
「わ、なに。急にしゃべらないでよ」
『確か、ここに来る前の街って"エノーラ"だったよね?』
「……そうだけど」
こんな時に何を言い出すのだろう、と焦っているリオン。それに構わずレヴィは話を続ける。
『ちょっと昼間から気になってさ。この村の名前が"エルノア"でしょ? なんか妙に名前が似てるから、これも関係あるのかと思って』
「そりゃ確かに分かるけど……今気にすることじゃないよ」
あしらいつつも、リオンもほんの少し気になった。この小さな
「あの部屋だわ」
背後を歩いていたミィナの声に、リオンはハッと我に返る。前方を見ると、突き当たりの部屋のドアが少しだけ開き、中からほんのりと明かりが漏れている。
彼らは息を呑み、忍び足でその近くに歩み寄ると、ドアの隙間から慎重に中を覗き込んだ。
すると、小声だがハッキリと人の話す声が聞こえてくる。マルクと、それだけではない。
「……ごめんね、急な来客があってさ。食べ物がますます減っちゃったんだ」
「……私はかまわないけれど……マルクあなた……」
マルクが話しているのは女性のようだった。彼の手にあるろうそくだけが、彼の顔と女性のいるであろう場所を照らしている。
次第に目が慣れ、マルクの周りのものが明瞭に見えてくる。マルクの眼下、立って見下ろす位置にあるものを認識した時、リオンはあっと声をあげそうになった。
「どうした?」
「あ、あれ……」
リオンは震えながら部屋の中を指さす。そこには、人間が二人ほど入りそうな、大きな木製の牢があった。その牢の中で、盆に載せられた食事を前に座り込んでいる人物が二人。目をこらすと、大人の女性と、十歳ていどの子供の姿が見えた。
「アルマ、私の分もお食べ。お母さんはいいから……」
そう言って、大人の方は自分の膳を隣の子供へと滑らせる。
しかしその子供は、膝を抱えてうずくまったままで手をつけようとはしない。 背格好からして女の子だろう。肩にかかる黒髪は遠目に見てもくしゃくしゃで、衛生面や体力面での不足がありありとうかがえる。アルマと呼ばれた彼女はふっと顔を上げると、マルクに言った。
「お兄ちゃん……私たち、いつここから出られるの?」
その声はか細くしわがれてさえいて、不安がたぶんに宿っていた。マルクはそれを聞いてつらそうに表情を歪め、アルマに向けて屈み込む。
「……もうすぐだよ。もうすぐ村が平和になる」
「でも、前もそう言ってたよ……。この家どころか、牢屋からも出してくれないし……」
「アルマや母さんが危ないからだよ。もう女の人や子供しか
「…………」
マルクはそう言って微笑んだが、アルマはふさぎこむように目を伏せただけだった。マルクは立ち上がると、また辛そうな顔にもどり、つぶやくように言った。
「……今日だって、よそ者が転がり込んできたんだ。下手に母さんやアルマに会わせたくないんだよ」
「……! まさか、あなた……」
「その人たち……殺しちゃうの?」
母親が息をのみ、アルマも不安げに顔を上げる。マルクはため息をつくと、ゆっくりと首を横に振る。
「そんな訳ないだろ……。食事に眠り薬を混ぜただけさ。効きすぎて多少記憶が飛ぶかもしれないけど、死ぬのは絶対にないよ」
「……そう」
母親はやや安心したようにふぅっと息をつく。その様子を見てか、マルクはおどけるように肩をすくめ、こんな言葉を付け加えた。
「まあ、あの"ゾンビ"の群れを突破してチョッカイかけてこようなんて、そうそう考えないだろうけどね」
「……!?」
ゾンビ。その言葉の響きに、ドアの向こうのリオンたちの顔色が変わる。アゴに手を添えてリオンがぽつりとつぶやく。
「ゾンビ……って、聞いた事があるような……」
「鳥の名前じゃなかったか?」
「そりゃトンビですよ……」
危険な状況に関わらず、ボケをかますニールに脱力するリオン。そんな二人をよそに、ミィナは部屋の中を凝視しつつ険しい表情を浮かべていた。
『ミィナ? どうかした?』
「え? ああ、何でもないわよ」
レヴィの言葉に、ミィナは笑って取り繕う。その笑顔がわざとらしく見えたリオンはつい口を開いたが、それとほぼ同時に部屋の中から足音が近づいてきた。
「まずい、マルクが来る!」
「隠れるぞ、早く!」
「は、はい……」
ミィナが小声で叫び、リオンたちは素早くドアから離れる。その時ドアの向こうで、不意に母親の呼び止める声がした。
「マルク!」
「…………」
その声に、部屋を出ようとしていたマルクの足音が止まる。リオンたちは一瞬戸惑って振り返ったが、すぐに身をかがめて廊下のチェストの陰に隠れた。ジッと息をひそめていると、母親とマルクの話す声がかすかに聞こえてくる。
「いつまで続けるの……? こんな事」
「……最後までだよ。言ったろ? もうすぐだって。じきに牢からも出られるよ」
母親の弱々しい声に、マルクは低い声で答える。冷淡で突き放すような語調でありながら、どこかにためらいのようなものが混じっていた。
「もうやめて! こんな事しなくたって、生き方は色々あるじゃない。村を出て、街に行ったって……」
「外から潜り込んだって、ろくな仕事があるもんか。考えなくても分かるでしょ」
「それは……」
マルクたちは、どうやら暮らしやもろもろについて切実な話をしているらしかった。しかし、今までの言動に加えて母と妹が牢の中にいるなど、不可解な点が多すぎる。
もう少し核心をつかめないだろうか。そう思ってミィナが耳をすましていると、母親はすがるような口調で、こう言った。
「だけど……っ父さんの事で、これ以上……!」
その瞬間、マルクが破れそうなほどの勢いでドアを蹴りつけ、廊下にまで音が響き渡る。リオンが思わず耳をふさいでいるうちに、マルクは荒々しく足を踏み鳴らしながらリオンたちの反対方向へと去っていった。
数秒たち、騒音の余韻がなくなると、ミィナは注意深く顔をだして開きっぱなしのドアを見つめ、こう仲間に問いかける。
「どうすべきかしらね。追う?」
「すぐ追いかけた方が危険は少ないんだろうが……」
ニールがやや迷いながらそうつぶやく。確かにマルクを止めるのが目的ならば、追跡蜘蛛で居場所が分かるとはいえ、常に彼の近くに構えていた方がいい。
しかし、先ほどまで話していた母と妹が貴重な情報源である事も確かだ。備えとしては接触するのも無駄ではない。
焦りを抑えながら一行は無言でしばし考え込む。その時、リオンがおずおずと口を開いた。
「……部屋の二人に、話を聞きましょう」
ミィナとニールがそろって振り向く。その二人に向けて、リオンは気弱そうにゆっくりと、こう話しだした。
「マルクとは多分、どうしても荒っぽい事になると思うんです。せめてなるだけ事情を知ってからでないと、彼や、お母さんや妹が不憫に思えて……」
要は、マルクが何かしら悪行を積んでいるとしても、そこに至るまでの事情は知りたい、汲んでやりたいといったところだろう。
どのみち衝突すれば危険が及ぶのは分かりきっている。だいいち、相手の事をかんがみる時点で、事情を知ろうが知るまいがどこかに迷いが生じるだろう。ずいぶんと気楽なことだった。
しかし、仲間もすぐに否定はしない。リオンの甘さを抜きにしても、家族から話を聞けるというのはやはりメリットだ。
やがて、ミィナがうなずき、ハッキリと言う。
「分かったわ。試してみましょう」
「……ありがとうございます」
「ただし手早くね。……マルクは多分いま、収容所に向かってる。必要最低限に聞いたらすぐ追いかけるわよ」
ミィナが早口に言ったのを合図に、一行は部屋に乗り込んでいく。明かりのない部屋の中は暗かったが、唐突に入ってきた彼らの物音に、牢の中の二人は息を呑んだ。
「だ、誰?」
『しぃーっ』
あわてだすアルマの問いを、レヴィがさえぎる。もっとも今は実体化していないのでなおさら眉をしかめたようだったが、そこで母親が同じ質問をした。
「誰ですか、あなた方は?」
「僕らは、旅でこの村に寄ったものです。ほら、マルクの話していた……」
リオンが答えると、母親とアルマは目を丸くする。そして三人の姿を目をこらしてキョロキョロと見回すと、母親の方が言った。
「まあ、では……マルクが食事に薬を盛ったというのは……」
「……残念ながら、それは恐らく事実です。私たちは、彼をあざむいてここまで来たのですよ」
一瞬表情が和らぎかけた母親だったが、ミィナが首を横に振りながらその予測を否定する。母親はすぐにぐったりとうなだれてしまったが、そこでニールが詰め寄るようにして言った。
「なあ、アイツは一体、この村で何やったんだ? あんたら何か知ってるんだろ?」
『あの同じ事ばっかり言う連中はいつから増えたの? あれがゾンビってやつ?』
「…………」
ニールやレヴィの言葉に、母親は辛そうに押し黙る。アルマも膝を抱えたまま無言で目を伏せた。身内をかばいたいのか、あるいは口にできないほど恐ろしい事をしているのか……。
言葉を待つ間、部屋の中に音はなく、冷えた膳からただよう匂いがうっすらと鼻をくすぐる。
やがて、しびれを切らしたリオンが、思い詰めた顔でこう迫った。
「突然あらわれて、信用してもらえないのは当然です……。でも、教えてください! 助けたい人たちがいるんです!」
リオンの言葉に、母親はハッと顔をあげる。彼のいう助けたい人というのは、つまりあの盗賊たちだったのだが、母親は事情を知らないのと、なによりリオンの表情が真剣だったおかげで、さぞかし大切な人が危機に陥っているのだろう、と早合点した。もっとも、リオン本人にとっては譲れない問題に変わりないだろうが。
母親はしばしためらいがちに目を泳がせた後、ぽつりぽつりと、こう述べた。
「私にも、詳しい事は分かりません……。あの子は、長らく私たちも信用していないみたいでしたから。でも……」
彼女はいったん言葉を切り、息を整える。そしてまた口を開いた。
「なんとなく、村の人たちがおかしくなったのは覚えています……。半年ほど前から、最初に村長とマルクがいつも一緒にいるようになって、そこに男の取り巻きが一人二人と増えていったのです」
「おかしくなったっていうのは……例えば、語彙が極端に少なくなったり?」
「ええ、そんな感じです……。変だと感じる人もいたようですが……みんな日々の生活が精一杯で……」
早めに気づけていたら、と悔やんでいるのだろう。母親は唇を噛んで床に目を落とす。それを横目に、今度はアルマが話しだす。
「いつの間にか、お兄ちゃんは村の顔役みたいになってて……収容所なんかつくって、悪い事した人を片っ端から放り込んだの。ちょっとしたケンカとか盗みとか、ささいな事まで」
貧しさゆえにいさかいは珍しくなかったのだろう。幼いアルマはささいな事と言い切った。言葉に詰まるリオンに代わって、今度はミィナが問う。
「今まで、秘密を探ろうとした人とかはいなかった? それともされるがままだったの?」
「いたかも知れないけど……そうしたら捕まるって噂になってる。お兄ちゃんの取り巻きは夜中もずっと起きてて、しかもいつの間にか数が増えてるの。男の人ばっかりで
「そのうちに怖くなって、村を出ていく人が多くなりました。暮らしは不安定でも、こんな場所にはいたくない、と……」
そこまで話して、アルマも母親もふさぎこんでしまった。結局核心の部分については分からぬままだが、マルクが何らかの方法で村人たちを配下に置き、村を支配するようになったというのは事実のようだ。村の周辺で盗賊が増えたという話とも一致する。
母娘が話し終えてから、少しだけ沈黙が流れる。そこでミィナが一つうなずき、今度はこう切り出した。
「……分かったわ。じゃあ次の質問」
「…………」
「さっき、たまたま聞いたんだけれど……」
ミィナは母親の目をジッと見つめ、神妙な顔つきでしゃべりかける。かすかに戸惑う母親に向けて、言った。
「あなたたちの、"父親"って……」
しかし、言い終わらないうちに。
「ぎゃあああぁぁーーーっ!!」
突如、窓の外で耳をつんざくような悲鳴が響いた。聞き覚えのある男たちの、あの盗賊の悲鳴だ。
「……っ時間切れね」
ミィナは悔しそうにつぶやくと、窓際のカーテンを引ったくるように開け、窓を乱暴に押し開いた。
吹き込んでくる寒風にあおられながら、ミィナは振り向き、急かすように言った。
「行くわよ、早く!」
「そ、
「時間がない! ほらニールも!」
「お、おう!」
ドタバタと音を立てて、一行は二階から外に向けて飛び出していった。最後に荒々しく閉められた窓を、牢の中の二人はいぶかしげに見つめていた。
少しして、アルマが隣の母親に尋ねる。
「……お母さん、父さんって……?」
その声に、母親は弱々しく振り向き、ふっと目を伏せた。そして、後悔を噛み潰すように、小さく小さくつぶやいた。
「……マルク……」