神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「はぁっ、はぁっ……!」
収容所の中へと逃げ込んだマルクは、裏口を抜けて薄暗い通路を走っていた。
所々ランプが吊り下げられている他に灯りもない、素の木材を組んだだけの寒々とした廊下。周りには木で組まれた檻がいくつも並んでいる。
「あうっ!」
ふと、走っていたマルクがつまずき転ぶ。なにやら消耗しているのか、うちひしがれたように体をよじり、ノロノロと上半身を起こす。左右に並ぶ檻の中の、痩せ細った男たち――収容所に入れられた囚人たち――は、その様子を恨めしそうな濁った目で見つめていた。
マルクはうずくまったまま、震える腕で床を引っかく。
(くそ……一度に禁術を使いすぎた……!)
忌々しそうに歯噛みしながら、ヨロヨロと立ち上がるマルク。しかしその背後から、猛然と一人の少年が飛びかかって顔を振り向かせる。
「マルクッ!!」
「ぬっ……」
飛びかかった少年、リオンはローブのフードをはぎとり、マルクの顔を間近に見据える。その必死さのにじんだ瞳を見て、マルクは思わず顔を歪めた。
「もう諦めて! 全部話してもらうよ!!」
『大人しく街までついて来なって!』
「ぐっ……離せ! 離せえっ!!」
レヴィが剣の中から叫んだが、それを気にも留めないほどにマルクは錯乱していた。やたらめったらに腕を振り回し、叫び、リオンを引き剥がそうとする。
忙しくめくれるローブをはね除け、リオンはマルクの手をつかむ。しかしマルクはそれをも強引に払い、勢い余って床に思い切り手をぶつけてしまった。
「ぐっ……!」
うめくマルクの手の皮が裂け、じわりと血がにじみ出す。その傷口を見て、リオンは一瞬だけひるんでしまった。
「あっ!?」
その隙に、マルクはリオンの下をすり抜けて走り出す。リオンもあわてて捕まえようとしたが間に合わず、ローブを掴みそこねる。その拍子にマルクの服の内から何かが滑り落ちて金属音を立てたが、マルクはそれにも気づかずに一直線に廊下の向こうへと消えていってしまった。
『リオン、逃げちゃう!』
「分かってる!」
レヴィに急かされ、リオンはあわてて立ち上がろうとする。しかしその時、今度は彼の背後から、何者かがすがりつくような声をあげて駆け寄ってきた。
「ま、待ってくれぇ!」
「うわっ!?」
突然足首をつかまれ、リオンは驚いて後ろを振り向く。するとそこには、先ほどゾンビにされかけた盗賊三人が、恐怖におののいた顔でそろって腰を抜かしていた。あの首領でさえ青ざめ、威厳が見る陰もない。
『うわ、アンタらいたの!?』
「頼む、俺たちを連れてってくれ! マルクが狂ってるのは分かっただろ! 逃げ出すの手伝ってくれよ、な!?」
情けなく助けを懇願する盗賊たち。それを見て胸が悪くなるような思いを抱きつつも、リオンはとっさにそれを押し留めた。
今は盗賊よりも、マルクを止めるのが優先だ。仲間を助けるためにも、彼を裁くためにも、そうするしかない。
「……とにかく、ここから動かないでください。僕はマルクを追いかけますから」
それだけ言って、リオンは前方に向き直る。マルクの走って行った廊下には、点々と血の跡が続いていた。二人でもみ合った際にマルクが床にぶつけた、あの手の傷のせいだ。
薄暗い中で目をこらしながら、リオンは早足に廊下の奥へと走り去った。
盗賊たちは、その姿を半ば呆然と見つけていたが、ふとすぐそばの足元に、血の跡とは別にある物を発見した。
暗い中で光る、金属の輪。ちょうど片手で持ち歩ける程度の大きさのそれに、何本も同じような形のカギがぶら下がっている。そのカギの束は一番端に、一つだけ短い別の形のものが混じっていた。
マルクが落としたものだ。
しかし、盗賊たちにとっては、誰がいつ落としたかなどどうでも良い事だった。問題は、そのカギが何の為のものなのか、心当たりがあるという事……。
……廊下の左右に並ぶ檻の列を一瞥し、盗賊たちは顔を見合わせた。
――
「……どこだ……一体どこに?」
『焦んないで、血の跡はちゃんと続いてる!』
リオンとレヴィは灯りもない収容所の中を、さ迷うようにして探し続けていた。何十もの檻が続く廊下を抜けると、今度はドアがいくつも並び、ホコリをかぶった倉庫のような部屋や、書斎のような部屋などがそれぞれ広がっていた。血の跡は追いかけるうちに間隔がまちまちになっており、何度も寄り道をして確かめる羽目になる。
「ん……?」
そうしてもどかしさを抑えつつ歩いていると、廊下の向こうから、リオンの耳に微かな声が聞こえてくる。
「ない……檻のカギが……母さんとアルマの檻のカギがない……」
「……これは……」
今にも泣き出しそうな少年の声。マルクだ。そう思い当たったリオンは、そうっと声の方角へと足をしのばせる。
すると、廊下の角から膝で這う格好のマルクがぬっと現れた。彼は見るからに憔悴しながら床を見つめ、手であちこちを探っている。
その視線がふと、リオンのいる方角へと向かう。そしてリオンの姿を見た瞬間、マルクは幽霊でも見たかのように目を見張り、一瞬石のように硬直していた。
「マルク! 待て!!」
リオンが叫び、飛びかかるように剣を向けて走り出すと、マルクも弾かれたように逃げ出した。黒いローブをひるがえして角の向こうに消え、どこかの部屋に逃げたのかすぐにドアを閉める音が響く。
「くっ……!」
リオンは素早く角を曲がり、最寄りのドアに手をかける。ノブを回し、すぐにカギがかかっているのに気づく。
彼は神剣もといレヴィへと目を移し、こう言った。
「……レヴィ。ここから先、なるべく剣の力は絞っていこう。いい?」
『え? いいけど……どうしたの改まって』
「……荒っぽい事するから、念のためさ」
そこまで言うと、彼はすぐさま剣を振り上げ、魔法を唱えた。
「火法武術・【火炎斬】!!」
炎をまとった剣で扉を真っ二つにすると、焦げた扉が吹っ飛び、入り口まわりに煙があがる。先ほどから相当大きな音を立てているが、気にしてはいられない。リオンはすぐさま部屋に飛び込んだ。
中は、本棚がところ狭しと置かれた小さめの部屋だった。ところが人の気配はない。視界に窓が映り、外に逃げたのかとも考えたが、リオンはすぐに考え直した。
外ではたった二人とはいえニールとミィナが戦っているし、何より……先ほど言っていた肉親の入った檻のカギ。それが見つからないまま外に逃げ出すとは、考えづらかった。
リオンは部屋の中を素早く見て回る。そして本棚で死角の多い部屋の隅に、ついに怪しいものを見つけた。
床の一部に、一メートル四方の正方形の板が、うっすらと陰をつくっている。恐らく地下につながる上げ蓋だろう。とっさにリオンは蓋に手をかけるが、やはりカギがかかっているのか動かない。
「……火法武術……!」
リオンは再び剣を振り上げるが、それと同時に蓋の下から、微かにマルクの声が聞こえた。
「土法……」
そこまで聞いて、リオンは反射的に剣を振り下ろす。その刹那に、マルクの魔法を唱える声がした。
「【
「【火炎斬】!!」
マルクの声に呼応して、リオンの足元から尖った土の塊がいくつも一斉に上を向いて突きだした。リオンは渾身の力でそれらに炎剣を叩きつける。
くぐもったような重たい音がして、塊の勢いが止まる。そしてリオンの半身が埋まりそうな分厚いそれを、橙色に燃えた剣がめり込むように切り裂き、やがて床下まで一気に振り抜かれる。噴きあがった炎の渦が部屋中を照らし、地鳴りのような音を立ててリオンの足元が崩れ落ちた。
「うわっ!?」
炭化した床材と火の粉とともに現れたリオンの姿に、マルクがすっとんきょうな声をあげる。リオンが見ると、マルクはちょうど尻餅をついていた。
『……ここは……』
マルクに注意を向けつつ、リオンは周りを観察する。
地下はちょっとした空洞が出来ており、高さはマルクとリオンの頭くらいだった。横向きの正角柱を土からくりぬいたような形で、壁や天井は木の板で申し訳程度に補強し、下の土はむき出しだった。おそらく先ほどの土法もこの土を使ったのだろう。リオンの足元は少々えぐれて穴が出来ていた。
そしてマルクの背後、地下の奥には、小さな机とその上に火のついたロウソク、いくつかの分厚い本、そして金貨のこぼれた袋が散らばっていた。
「……隠し部屋だね」
「……う、ぐ……」
リオンがそう言って近づくと、マルクは悔しそうにうめいて後ずさった。青い瞳は憎悪に燃え、握った拳の生乾きの傷痕が痛々しい。
「く、来るな!」
そう叫んで、マルクは懐から短剣を抜いた。薄暗い中で刃が銀色に光る。
しかし、リオンは怯えを感じなかった。目の前で必死に武器をちらつかせるマルクが、何故だか哀れに見えたからだ。
「マルク、教えてよ。なんで村の人をゾンビに変えるなんて事をしたの? 家族を閉じ込めてまで……」
不意に問いかけたリオンに、マルクは怪訝そうに眉をしかめた。リオンは所詮、偶然村を訪れたよそ者でしかない。
リオンもそれは分かっているのだろう。さらに詰めより、懇願するような口調で言った。レヴィも剣から飛び出し、歩み寄る。
「お母さんと妹さんに会ったんだ。二人とも心配してた。だから気になって……」
「あれは大事に思ってる目だよ。ボクにだって分かる!」
「…………」
リオンとレヴィの言葉に、マルクは一瞬だけためらうように動きを止める。しかし、すぐに蔑むような笑みを浮かべ、こう吐き捨てた。
「……ふん、何も知らない奴には、さぞかし悪者に見えるんだろうね」
「なんだって?」
「お前、冒険者だろ? だったら分からないだろうさ。村にしがみつく奴の気持ちなんて……!」
マルクの言いざまに、リオンは剣を持ったまま戸惑った。しかし、それでも目はそらさず、言葉を待つ姿勢は崩さない。
その態度が功を奏したのだろうか。マルクは警戒を解かないものの、こわばった口からポツポツと語りだしたのだ。
「……僕の家は、ご先祖が高名な魔法使いだったとかで、村の中では一番のお金持ちだった。小さい頃は、貴重な本や宝がたくさんあったんだ」
母親とアルマが閉じ込められた、あの大きな家をリオンは思い出した。マルクは続ける。
「けど、時代が移ればそんな物は大して使いどころもなくなってくる。そしてちょうど十年前には、戦局がいよいよ悪くなってきたんだ。当然この村だって貧しさにあえいでいたさ……。僕もまだ子供で、アルマなんて生まれたばかりだった。働き手も少なくて、生活は苦しくなる一方だった。そんな時に、父さんがこう言ったんだ」
「……!」
リオンはハッと息を呑んだ。マルクの母親もこぼしていた、父親の事。集中する彼に、マルクは言った。
「『私が街へ行ってくる。家の宝を金に代えて、出来る限りの食料を買って帰ろう』。そう言って、父さんは一人で出かけていった……。その間、僕らは村で食いつないで、ずっと待っていたんだ」
「まさか、出先でなにか……」
一人になった父親に何か起こったのか、と勘ぐったリオンだったが、マルクは首を横に振る。そしてうつむき、沈んだ声になる。
「いや……ちゃんと帰ってきたよ。パンや豆なんかをたくさん持って……村のみんなと分け合うつもりで、山ほどあったんだ。けど……」
そこまで言って、マルクはギリリと歯を食い縛る。肩を震わせ、拳を血が出そうなほどに強く握りしめる。戸惑うリオンやレヴィに向けて、彼は絞り出すような声で、こう言った。
「村の奴らは、その父さんを殺した……! いきなり家に押し入って、
「なっ……」
「えぇっ……!?」
「僕らがお金持ちだからって、内心でやっかんでいたんだろうさ……。『自分たちだけ助かるつもりか!』なんて言って……話も聞かずに、僕や母さんをこづき回していったんだ……」
話しているうちにマルクの口調は激しくなり、嗚咽まじりのものに変わっていった。壮絶な事実を告げられて立ち尽くしているリオンに、マルクは顔を上げ、叫ぶように言う。
「それからは悲惨な生活だったよ……! 女手ひとつじゃ、村を出ていくわけにもいかない。何度も何度も近所に頭を下げて、食料を恵んでもらっていたんだ!」
「…………」
「分かる……? 赤ん坊の妹で同情をひく辛さが。働けないで泣いてばかりいるアルマに、腹をたててしまう情けなさが! それが何年も続いたんだ。ずっと村で
怒鳴り散らすように言って、マルクはどさりとその場に崩れ落ちた。リオンはしばしかける言葉もなく、ジッとその姿を見下ろしていたが、やがてやっとの思いで、こう尋ねる。
「だから……村の人たちをゾンビにしたっていうの? でもどうやって……」
それを聞いたマルクは、泣き笑いをしながら後ろの机の上の本を指さし、答える。
「いくら貴重品を売るにしても、禁術の本は出せないから……。隙を見て、こっそり読んでたんだ。ずいぶん役に立ったよ。ゾンビは不眠不休で飲まず食わずで、何でも言う事を聞く。この建物だってあっという間だ」
「そこまでして……」
憎しみの深さに思わず口を出すリオン。しかし、マルクはそんな彼を嘲笑うように見上げ、皮肉な口調で話しだす。
「他人事みたいに言うんだな、お前は」
「え?」
「僕らが苦労する羽目になったのは、元はといえばお前らのせいじゃないか」
リオンの顔が一瞬、驚きに染まる。今まで会った事もない彼には、突拍子もないセリフだった。しかし、マルクは笑みを浮かべたまま、ほの暗い瞳を向けて語りはじめる。
「百年以上前まで……この辺りには王国とは別に、異民族が住んでいたんだ。こぜり合いはあってもそれなりに平和だった。けど……」
「…………」
「……けど?」
戸惑いで話を聞くのに夢中なリオンに代わって、レヴィが相づちを打つ。マルクは続けた。
「ある代の王様が見栄を張ってね……。この北国の土地まで欲しがったんだ。大軍をさいて一気に攻めこんで、あっという間に街をつくって、異民族を押しやっちゃった」
「そんな事が……」
「そ、そんな昔の事、どうやって分かるのさ! 逃げるためのウソっぱちじゃないの!?」
絶句するリオン。レヴィは陰惨な雰囲気に耐えられないのか、マルクに疑ってかかる。だが、当のマルクはゆっくりと立ち上がると裾の土を払い、落ち着き払って言った。
「……僕のご先祖が記録につけてたのさ。もっとも、この辺りじゃ有名だ。
「……名前?」
要領がつかめずにリオンが問う。マルクは一つため息をついて、こう付け加えた。
「……僕らの先祖を追いやって街をつくった後、奴らはその街に、追い出した村の名前を借りたんだ。
「……発……音?」
それを聞いて、リオンの頭にある記憶がよみがえる。レヴィがたまたま口にした、村の名前についての疑問。
~『確か、ここに来る前の街って"エノーラ"だったよね?』~
~『この村の名前が"エルノア"でしょ? なんか妙に名前が似てるから……』~
「……まさか……あの街の名前が」
「そうさ、元はお前らが……国が押しつけたんだ。だから僕は国なんか信じない。教会も、兵隊も、誰も彼も信じない! 好き勝手にその日暮らししてる
そう叫ぶや、マルクはまた短剣を突きつける。先ほどよりも恨みのこもった、鬼気迫る表情だ。レヴィも危機を感じたのか、すぐさま火の玉に変わって剣の中に飛び込む。
『リオン、ボーッとしないで! コイツやる気だ!』
「…………」
レヴィが呼びかけるが、リオンは剣を納めてマルクをジッと見つめると、ゆっくりと近づく。
「なっ!? く、来るな! 刺すぞ!?」
「……気が済むなら刺していいよ。僕は平気だ」
取り乱して後ずさるマルクに向けて、リオンは事もなげに言い放つ。レヴィは驚いて口を挟んだ。
『ちょ、何言ってるの!?』
「僕なら刺されても大丈夫だよ。そうだろ?」
『そ、それは……』
リオンが笑うと、レヴィが言葉に詰まる。リオンは敵対心をあらわにしているマルクに向き直ると、こう語りかけた。
「マルク……一つ聞かせて。村の人たちをゾンビに変えるの……悪いと思ってないの?」
「……っ思ってる訳ないだろ。当然の報いだ! 収容所にぶちこむまで、何も知らないアルマまで邪険にしてたんだぞ、奴らは!」
マルクは吠えるように答える。しかしその目にはどこか、ためらいのようなものが見てとれた。
リオンは悲しそうに頷き、今度はこう問う。
「じゃあ……それを家族に胸を張って言える?」
「えっ……」
「君のお母さんと妹さんは、詳しい事は知らないって言ってた。包み隠さず、本当の事が言える?」
「それは……」
マルクは口ごもり、目を逸らす。リオンは、静かな口調で続ける。
「……僕には親がいない。教会や神様だって信じてる。けど、やっちゃいけない事かどうかは、最後は自分で決めなきゃいけないと思うんだ」
「…………」
「大事な仲間を見ると、そう思えてくる。マルクも、もし大事な家族を見て気が咎めるなら……きっと間違いだと思ってるんだよ」
リオンの話す間、マルクはずっと黙っていた。リオンはさらに近づき、手を差し出す。
「とにかく、外に出よう。こんな事続けていたら、いつか大変な事に……」
そう言いながらリオンがマルクの手を取ろうとした、その時だった。
「痛っ!?」
『あ、こらっ!?』
マルクは短剣で切りつけ、リオンが驚いた隙に脇をすり抜けると、出口へと駆け出した。リオンが追いかけようと振り返った時、マルクは、床が抜けて出来た入り口を、呆然と見上げていた。
そしてリオンがいぶかしむ間もなく、入り口から何人もの男たちが飛び降りてきた。
「うわあぁぁっ!?」
マルクが怯えた叫び声をあげる。汚い格好をしたその男たちは、かつてマルクが牢に閉じ込めた囚人たちだったのだ。その中の一人がカギの束を身につけているのに気付き、母と妹の檻のカギも、すでに拾われていたのだと、マルクはようやく分かった。
間もなくして、男たちは疲労したマルクを集団で押さえつけると、彼の持っていた短剣や周りの石ころ、尖った床材の欠片などを手に取り、一斉になぶりはじめた。
「この悪魔め!」
「村をメチャクチャにしやがって!」
「死ね、死んでしまえ! 気味が悪い!!」
『あ……あぁ……』
囚人たちの怒声と、突き刺し、殴る鈍い音だけが隠し部屋にこだまする。リオンはしばらくその光景にあぜんとしていたが、ハッと我にかえり、男たちに走り寄った。
「やめて、やめてください! お願いです!」
リオンは男たちの輪に入ろうともがきながら、必死に訴える。しかし、囚人の一人がそんな彼の胸ぐらをつかむと、「邪魔をするな!」と怒鳴って壁に放り投げた。
「ぐぁっ!」
背中を打ちつけ、リオンはずるずると崩れ落ちる。辺りに響く音は、何かを砕くような硬いものから、ぐちゃ、という柔らかいものに変わっていった。
ああ、血がいっぱい出てるんだな。リオンはむごたらしい光景を眺めながら、そんな事を思った。
すると、その時。
「リオン君!」
不意に、頭上から見知った声が聞こえた。リオンが顔を上げると、所々を擦りむいたミィナとニールが緊迫した表情で見下ろしている。
「ミィナさん……ニール……」
「何してるの! 早く立ちなさい。ここにいたら危ない!」
「けど……マルクが……」
「んな事言ってる場合じゃねーんだって! ほら、早く手ぇ出せ!」
必死になって急き立てる二人。リオンは気持ちの整理がつかないまま、ミィナ、ニール、そして実体化したレヴィに引っ張り出された。そしてすぐそばの窓から飛び出し、二人についていく形でリオンはひたすら遠くに走る。
先を走っていたミィナが、振り返らずに説明してくれた。
「マルクは多分もう死んでるわ……。ゴーレムとゾンビの魔法が切れたの」
「え……!?」
「だから離れないと。あそこにいたら……」
ミィナの説明を最後まで聞かずに、リオンは急いで体ごと振り返る。よく見ると、遠目にあのゾンビのなれの果ての骸骨がいくつか転がっている。そして、あの収容所を見下ろすようにそびえていた崖の部分を見た時、リオンはあっと声をあげた。
リオンが収容所に乗り込む直前に見た、あの再生するゴーレム。崩れて再生するのを何度も繰り返したのだろう。いびつに膨れ上がった岩の塊になって、収容所の向かいの崖にもたれかかっている。
マルクが死んだ事で制御が解かれたのだろう。徐々に形を崩し始め、巨大なそれは重力にしたがって収容所へと降りかかる。
さらに、中途半端にゴーレムに吸い付いていたのか、崖の一部まで一緒にえぐり抜かれ、一斉に形を崩して収容所になだれ込んでいった。
「あ……」
レヴィがこぼした声が最後だった。
岩の塊はあっけなく収容所を覆い隠し、ズシャ、という音を立てて押し潰した。マルクはもとより、中にいた囚人たちも、丸ごと呑み込んで。
長い間、一行はその光景を見つめたまま、無言で立ち尽くしていた。いまだに信じられないという表情のリオン、レヴィ。やりきれなさに満ちた表情のミィナ、ニール。夜の冬の寒さに凍る中でずっとそうしていた四人の中で、ニールがふと口を開いた。
「……あの母ちゃんと妹、助けに行こうぜ」
そう言った彼の声は、とても沈んでいた。
――
「ねえ、マルクが死んだんだって!」
「本当!?」
「本当よ。言いなりになってた人たちが皆いなくなってるもん!」
「じゃあ……もうあんな風に毎日おびえなくて済むのね!?」
「やったー! やったーぁ!」
翌朝、リオンたちからマルクの死を聞いた生き残りの村人は、何度もそれを確かめた後に、すぐさま他の村人へ伝えた。
情報は瞬く間に広まり、村人たちは抱き合い、涙を流して喜びあっていた。
リオンはそれを遠目に見ながら、胸が絞めつけられるような感触がした。今までの諸行を考えれば無理はないのかもしれないが、マルクの心情を思い出すと、辛くてたまらなかった。
「リオン」
そうしていると、ニールが声をかけてきた。やはりというか浮かない表情で、彼は短く伝える。
「もう行くぞ。せめてあの母ちゃんに挨拶しておかねぇと」
そう言って、ニールは再び背を向けて歩き出した。彼の目には、クマが浮かんでいる。昨晩の戦いに加え、母娘の救出、そして村に転がる骸骨の埋葬と、ほとんど眠るヒマがなかったのだ。もっとも、それはリオンも同じだったが。
ニールに連れられて収容所のあった場所に行くと、無残に崖崩れの跡が残るそばに、三、四人の村人たちとアルマ。そして母親と話しているミィナ、レヴィの姿が見えてきた。
「よう、待たせた」
「あ……やっと来た」
ニールが手を振ると、悲しげな表情のミィナが振り向いた。いつもの冷静な雰囲気も、今は陰をひそめている。
その向かいにいた母親が振り向き、リオンの姿を認めると、彼女は間髪入れずに頭を下げた。
「申し訳ありません。このような事に巻き込んでしまって……」
「へ……い、いえ。そんな……」
「だから謝らなくていーんですって。勝手に首つっこんだの俺らなんですから」
答えに窮するリオンに代わって、ニールが場を流す。その時、リオンのそばにレヴィが駆け寄ってきた。
「……ねぇ、この村もう出ていっちゃうの?」
「レヴィ……」
後味の悪そうな表情でそう言ってから、彼女は崖崩れ跡にいる村人たちを一瞥した。
彼らはマルクの死を聞いて、せめて死体だけでも掘り出してやろうと考えた、数少ない者たちである。母娘に罪はない、死んだ人間は責められない、内心で同情していた……。理由は様々だが、そんな彼らを置いて旅を続ける事に、レヴィは後ろ髪をひかれる思いだった。
「私たちは気にしないでください。村の事は、村の中でやります」
母親が毅然とした口調で言った。レヴィが振り向くと、母親はその頭をそっとなでて、笑顔をつくって言った。
「気持ちだけで十分よ。ありがとう」
レヴィは一瞬押し黙ったが、釈然としない目で母親を見つめていた。
実は、リオンたちは母親だけには一部始終の真実を伝えていた。息子が村全体に恐ろしい魔法をかけて復讐しようとしていたと聞いて、一時はショックを受けていたものだ。
「これから……どうなさるおつもりですか?」
リオンも心配なのだろう。不安げに母親を見つめている。その視線に気づくと、母親は悲しげに微笑んだ。
「実は……まだ分かりません。もしかしたらそのうち移住する事になるかも。でも……」
「でも?」
リオンが聞き返すと、母親は言った。
「他人を恨まないで生きていきたいと思っています。どこへ行く事になっても……それが正しい生き方だと思うんです」
「妹さんは……アルマちゃんには、どう話すのですか?」
「……いつかは、本当の事を話すつもりです。でも、それでも人を恨んで生きないようにと、出来るだけ言い聞かせるつもりでいます」
「……本当にそれでいいの?」
母親の決意に、レヴィはトゲのある口調で尋ねる。マルクの境遇を聞き、殺されたのを間近で見た彼女には、母親の考えが納得しかねたのだろう。
しかし、母親はハッキリとうなずいた。
「確かに、かけがえのない私の子です。本当は今にも泣き叫びたいし……これから先で恨む気持ちが噴き出すかもしれません」
「…………」
「けど、それでも死ぬまで、正しくあろうとしなければいけないんです。いつかマルクと同じ場所に行った時……キチンと叱って話し合う責任が、私にはあるのですから」
時折に涙をにじませながらも、母親はそう言い切った。レヴィはその覚悟に折れたのか、ふっと目を伏せる。そこに、ミィナが取りなすようにこう言った。
「まあ、どのみち次の街に行って救援を呼ばないと、これは収拾つかないわよ。だから……ね」
「なるほどな」
「……分かりました」
「……ん」
その言葉に皆がうなずき、彼らはやっと出発する決意をしたのであった。
――
「気をつけてください。どうか幸運を」
「ええ、貴女もどうかお元気で」
「さよならー……」
入ってきた時とは別の出口から、母親に見送られてリオンたちは村を出た。リオンたちが気がかりそうに振り向くと、毎回母親は気丈に笑顔を見せていた。
やがて村を離れ、その姿も見えなくなった頃。
ずっと無言で歩いていた四人の中で、手をつないでいたリオンにレヴィがふと尋ねた。
「ねぇ、リオン」
「……なに?」
「あのお母さん……あれで本当に良かったのかな?」
そう言ったレヴィの表情はまだ悲しげだった。今まで死んだ者に同情する姿は見せていたが、それゆえに残された者の憎しみも想像できるようになったのだろう。
リオンはしばし目を伏せてジッと考えた後、静かに話し出す。
「……分からない。正しくありたいとは言ったけど、どうするのが正しいかなんて一言で言えないし、正しければそれで良いかも、分からない」
「……分からないばっかりじゃん」
レヴィは歯がゆそうにつぶやく。リオンはその後に、こう続けた。
「けど、あの人がそう在りたいって願ったんだ。自分なりに一生懸命考えて、そうしようと決めたんだよ」
「…………」
「僕だって、今まで何度も殺したくない、殺しちゃダメだって思ってきた。それは本心だけど………誰かにとっては間違いかもしれないんだ」
「……ハッキリしないんだね」
レヴィは不満そうな目を向ける。ただ大丈夫だと言ってほしかったのかもしれない。だが、リオンはそう単純には答えられなかった。
「でもね、正しいと思う限り、それを捨てないのが良い人間なんだと思う。どんなに辛い目にあっても、周りにバカにされても。あの人はそれを貫く気でいるんだよ」
リオンはそう言って微笑んだ。レヴィは無言で、すねたような目つきでそれを見つめる。綺麗事を聞くと反発したくなる。その心理がレヴィにも働いていた。
「……そんなに上手くいくといいけどね」
「諦める訳にはいかないさ。恥ずかしいところを子供に見せられないもん」
「むぅ…………」
「それに、頼りにもなるんだから。弱音なんて吐いてられないよ」
レヴィの手を握り直し、リオンは歯を見せて笑った。レヴィはしばし目をチラチラと泳がせていたが、やがて振り向いて皮肉っぽく言った。
「じゃ、ボクも間違ったと思ったら言わせてもらおうかな。ケンカになるかもね」
「ふふ、それは良いや。いつでも頼むよ」
二人は並んで笑い合う。そこで前を歩いていたミィナとニールが振り返ると、明るい調子で言った。
「そろそろペースあげるわよ。次の村は近いんだから、日をまたげないわ」
「寝不足なのは全員だからな。へへ」
危険に付き合ってくれた、それぞれ違うタイプの二人。仲間たちとなら、互いに正しい道を探りあえる。そう思って、リオンは元気に返事をした。
「はいっ!」
四人は再び歩き出す。レヴィの友達を探すという、自分たちで決めた目的のために。