神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
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木々の密集している森の中。人の手がほぼ入っていないその一帯は、日が高くのぼった昼下がりの時間にあっても日差しをほとんどさえぎる程に樹木に囲まれている。
冬になって緑を失ってしまったその場所では、地面や枝を覆う白い雪がせめてもの彩りだ。わずかな日光を反射し、キラキラときらめいて滴を落としている。
そんな雪の上に、一筋だけぽつんと足跡が続いていた。獣のものではない。人のそれだ。
足跡は木々の隙間をくぐって奥へと続いていき、やがて木立にうずもれるように存在する洞窟の中へと続いていた。
岩肌が湿って、こけむした洞窟の奥の暗がり。そこには、一人の男が立っていた。黒いマントに身を包んだ、長身のやせた男。長い灰色の髪を肩まで垂らし、全身にジャラジャラとつけた金のネックレス、腕輪、指輪などが、暗がりの中に浮いている。それぞれのアクセサリーに付いた宝石だけでも、相当な値段になるだろう。
そんな風変わりな男の前には、六角柱の形をした小さな石碑のようなものが建っている。男は自分の腰ほどの高さのそれに手をのばすと、上面に描かれた魔法陣にぴったりはまるように、手のひらを押し付けた。
すると、その石碑と男を囲むようにして、人の形をした影のようなものがいくつも浮かび上がった。やがて影は人のように様々なシルエットをつくりだすが、灰色一色で背後が透け、厚みを感じないそれは、物体というよりは映像がその場に映し出されているようだった。目の場所に光る二つの白い光が、かえって不気味だ。
その影が五人ほど出揃うと、黒マントの男は石碑から手を離して影たちに顔を向け、気だるそうに口を開いた。
「……わざわざ呼び出して悪いな、お前ら」
『かまわん、それより久々だな"イーヴェル"。用件はなんだ? お前はちょうどエノーラの近くに行っていたはずだが』
「あー……それなんだけどよ」
ちょうど目の前にいた大柄な男の形をした影が、エコーのかかった声で応じる。イーヴェルと呼ばれた男は灰色の髪をかきあげ、周囲の連中を見回して言った。
「ちと珍しいのが見つかってな。神器の契約者が現れた。国や教会と関係ない、一介の冒険者だ」
「!」
イーヴェルの言葉に、影たちが一斉に反応する。そして、先ほど口を開いた大柄な男の隣、背が低く痩せた少女然とした見た目の影が、懐疑的な口調で言った。
『確かなんですの? それは……』
「この目で確認した。間違いない」
イーヴェルがはっきりと答えると、大柄の男は低くうなり、悩ましげに言った。
『国の禁足地以外にも、見落としていた神器があったのか……盲点だったな』
すると今度は、少女の影の逆どなり、背が高く毛皮を羽織った男の影が、愉快そうに笑いだした。
『へっ、面白いじゃねえか!
「うっせえよ。ただでさえこのクソ寒い土地に飽き飽きしてんだ。とっとと連れて帰りてえや」
イーヴェルが毛皮の男にいらだたしげに言い返す。その直後、その男のそばで座り込んでいた二人組の子供の影が、フッと顔を上げて言った。
『また……仲間が増えるの?』
『知らないヤツが、増えるの?』
「あ?」
二人組は交互に口を開き、暗く沈んだ声で尋ねる。イーヴェルがにらみつけると二人はそろって顔をそらし、ボソッとつぶやいた。
『……会いたくないなぁ』
その言葉に、洞窟の中が静まり返る。そして毛皮の男が二人組に振り向くと、見下ろしながら低い声で言った。
『……お前よぉ。これから仕事に出ようって奴の前でなぁーにテンション下がること言ってくれちゃってんだよ……』
『…………』
『黙り込んでんじゃねえよクソガキが! お前いっぺんその性根を叩き直して……』
『おやめなさい、大の男がみっともない』
少女の凜とした声が響き渡ると、毛皮の男はキッと振り向き、しぶしぶといった様子で前へ向き直る。二人組は無言で、ジッと目を伏せていた。
少し間をおいて、大柄の男がせきばらいをしてイーヴェルへ言った。
『とにかく、だ……。連れ帰るのが前提条件だが、コンタクトは慎重にな。何かあればここなりの通信魔法を使うか、アジトに直接来い。リーダーがいない今、下手な損害は避けたいからな』
大柄の男の助言を、イーヴェルは憮然とした表情で聞いていた。その口上が終わると、毛皮の男が嫌みったらしく言う。
『じゃ、せいぜい頑張れよ~。何度もヘマこくお前の
「テメーは一言多いんだよ、ダボが!」
イーヴェルは歯をむいて怒鳴ると、石碑に乱暴に手を置いた。周りの影たちが一斉に消え失せる。
それを見届けてイーヴェルはため息をつくと、洞窟の外の光をジロリとにらんだ。まぶしさに目を細めため息をつくと、彼はいやらしく口角を上げる。
「さぁーて……楽しみに待っておいでレヴィちゃんとやら。この親愛なるお友達、
三日月のようにぱっくりと裂けた口から、イーヴェルはどす黒い声でそう言った。
――
「……おぉ、見えてきた見えてきた」
「なんだ、本当に近かったんだね」
「エノーラ街からエルノア村までが長かったからなぁ」
朝に出発し、林道をひたすら歩いていたリオンたちは、さいわい夕方になる前に次の村へとたどり着いた。
地図の上でエルノア村とボルノダ街の中間に位置する、ベル村である。
外観はエルノア村とそう変わらない。丸太の柵に囲まれ、その向こうに家々と畑が広がる。違うのは村の真ん中辺りに、小さな川が横切っているくらいか。
「……今度は普通の村だよね?」
「た、多分……。そうだといいんだけどね」
レヴィがリオンに問いかけ、二人は苦笑いした表情を見合わせる。その顔には、若干の疲れが浮き出ていた。
そんな彼らに向けて、ミィナが気を入れるように手を打って口を開く。
「はいはい、心配してもキリがないわ。とにかく屋根だけでも借りれるようにしないと」
「はぁい」
「あ、すいません!」
二人はそそくさと村へ走り出す。前方を見るとニールはすでに入り口の柵をくぐり、辺りをキョロキョロと見回している。
「街と違って宿場がないから苦労するわね」
「別にその辺の人に頼めばいいんじゃないの?」
「そうもいかないよ……。泊めてほしいとか急に頼むわけだし。言い方悪いけど、人がよさそうな方に頼んだ方がいいし」
辺りを農夫や中年の婦人がポツポツと行き交う中を、連れ立って歩くリオンたち。人口の少ない村などどこも同じようなものだが、服装や周りの家々の雰囲気からして、どうにも裕福な印象は見受けられない。
ニールの方を見ると、早くも農夫の親爺に話しかけ、断られているようだった。しつこく食い下がってかあからさまににこやかに頼み込んでいたが、結局は親爺に軽くあしらわれてすごすごと戻ってきたのだった。
「悪い悪い、残念賞引いたわ」
「……うーん」
「? どうした?」
「やっぱりニールの顔ってのんきなのよねぇ。必死さが足りないというか」
ミィナが本人の目の前でやれやれと首を振ってみせる。「それじゃあ寝泊まりさせてやろうとは思わないわ」と肩をすくめる彼女に、ニールはムッとする。
「なんだよ、そんなに言うなら自分がやれよ。前の村でも話をまとめてたじゃねえか」
「何でも私に押しつけないでちょうだい。頼りっきりだと後で困るわよ」
「ちょ、ちょっと。二人とも」
言い争いを始めそうな二人を、リオンが周囲の目を気にしながら止める。そして笑みをつくり、ミィナに向けて言った。
「そう怒らなくても……。ニールは明るいのがいいんじゃないですか。ね?」
「うん。いつも通りの方が面白いよ。ちょっとウザいけど」
リオンが話を振ると、レヴィが飾り気のない微笑みを浮かべる。ミィナはその表情を見て開きかけた口をしぶしぶと閉じ、毒気が抜かれたように額をさする。
そしてふと、何かに気づいたかのように表情を変えると、レヴィを見て言った。
「そうだ、いっそレヴィちゃんが頼んでみたら? 一晩泊めてくださいって」
「え、ボク?」
「ええ。人間は子供をあまり警戒しないものなのよ」
「そりゃ人間ってよりお前の事なんじゃねーか?」
「うっさいっての。どう? やってみない?」
ニールが口を挟むのをあしらい、ミィナはレヴィに向けて屈み、微笑んでみせる。その横でリオンは複雑そうな顔をしていた。
「あの、あんまりレヴィに無茶ぶりするのは……」
「うん、やってみる! 面白そう!」
「えぇー……」
レヴィは元気いっぱいに返事をすると、さっそく目に入った中年の婦人のもとへ駆け寄る。その後ろ姿を見ながら、リオンは内心でほんの少し落胆していた。
(僕、やっぱり頼りないのかな……)
彼がそんな事を考えている間にも、レヴィは意気揚々と婦人に話しかけていた。他の仲間もその会話を見守っていたので、リオンもそれにならう。
「すみません。えーとボクら旅をしているんですけど……今夜ちょっと泊めてもらえませんか?」
「え……あの、お嬢ちゃん、大人の方はいないかしら?」
「ん? あっち」
レヴィはとぼけた顔で後ろの三人を指さす。リオンはあわてて頭を下げ、ミィナとニールも会釈を返したが、やはりというか婦人は顔を曇らせる。
「うーん……どうにかしてあげたいんだけどねぇ。四人も家に入れるとなると……」
「あ、大丈夫だよ。いざとなったら三人になれるから」
「? は?」
「ああいえいえ! お邪魔でしたら納屋や部屋の隅でもいいんです。夜風さえしのげれば」
首をかしげる婦人に、リオンはあわてて捕捉する。しかし、譲歩をしても相手はなかなか首を縦に振らない。
「そうは言ってもねぇ、食べるものだってろくに無いし……」
これまた予想通りの反応だった。見ず知らずの人間に食事を提供する余裕など、庶民にあるような世の中ではない。ならば、食べ物はいらない。自分たちで何とかする……と答えるのが定石だ。
なのだが……。
「え、何食べれるの? 教えて教えて!」
レヴィの顔が心なしか輝きだす。昨晩は色々あってろくに食べなかったせいだろう。ところが、その顔色も答えを聞いたとたんに一変する。
「余ってるのはたとえば、……漬け物くらいかしら」
「え~? ボク漬け物きらーい」
レヴィが眉尻を下げてそう言い放つと同時に、後ろの三人が小さくずっこける。案の定、婦人は「あらそう、それは残念ねぇ。ごめんなさい」などと言って早々に去っていってしまった。
「おいおい、逃がしちゃったじゃねえか」
「……ダメだったかな? 今の」
「……まあ、正直なのは良い事よ。うん」
「ミィナ、やっぱお前こいつに甘くないか?」
「ああもう、二人とも済んだ事じゃないですか。ほら」
「テヘッ」と今にでも言いそうなレヴィの前で、またもや言い争いが起こりかける。辺りで働いていた村人の数人が、チラチラと視線を向けていた。
そんな時、せわしなく口を開いていた一行の耳に、遠くから知らない声がかすかに聞こえてきた。
「しく……しく……えーん……」
「………?」
その声は幼い、女の子の声だった。リオンたちが振り向くと、村の中を通っている小川のそばで、一人の少女がうずくまっている。
「おい、どうした?」
ニールが駆け寄ると、その少女が振り向き、涙を浮かべて赤らんだ顔を見せる。所々ツギハギのある古い子供服にエプロンという格好で、ショートカットの金髪の片側を結ってまとめている。その髪を結うヒモには小さな鈴が二つ、アクセサリーになってくっついていた。
「お嬢ちゃん、どうして泣いてるの? ケガしちゃった?」
「それとも何か、物を壊しちゃったとか……」
「えっとほら、とりあえず泣き止みなー? よしよし」
ミィナ、リオンが屈んで一つずつ尋ねてみるが、少女はふるふると首を横にふるばかり。年は六、七歳……レヴィより少し下くらいの見た目である。そのせいか、レヴィは少女の頭を自然となでていた。
やがて少女は泣き声も止み、袖で大きく涙をぬぐうと、リオンたちの方を向いて言った。
「ごめんなさい……もう大丈夫です」
そう言ってペコリと頭を下げる姿は、年頃に似合わない気丈さが感じられた。とはいえ、いまだに放っておけないミィナは、顔を近づけてさらに問いかける。
「……良かったら、何があったか話してみて。力になれるかもしれないよ?」
「…………」
ミィナはにこやかに笑いかけて見せたが、少女はばつが悪そうに目を泳がせた。恐らく、初対面の人間たちに頼み事などするのは、図々しいと思ってしまうタイプなのだろう。少女は膝もとにかかったエプロンをいじくりながら、リオンたちの顔を遠慮がちにうかがう。
すると、一番端にいたニールと目が合った時、ニールが肩をすくめて笑った。
「心配すんなって。仕事柄、面倒には慣れてんだ。とにかく、話すだけでもしてみろよ」
その言葉でようやくためらいが無くなったのか、少女は目の前を流れる小川を指さし、言った。
「髪飾りの鈴を片方、川の中に落としちゃったんです……。父さんがくれた大事なものなのに……」
少女はシュンとうなだれる。なるほど、周りを見ると小さな桶が一つ転がっている。水くみでもしていた拍子に、片側の髪飾りがほどけて落ちたのだろう。
ミィナが川をジッと見つめ、少女へ問う。
「この辺で落としたのは、間違いないのね?」
「うん……はい」
「流れていくところとかは、見てない?」
「一応……見てない、です」
少女の答えを聞きながら、ミィナは眉間にシワをつくる。見たところ深さはせいぜい大人の膝上ていど、流れもそれほど急ではない。
が、川は川だ。流れてしまえばあっという間。ましてや小さく軽い髪飾りとなれば、望みは薄いと言わざるを得ない。
「……全身潜るくらいの気持ちで、探すしかありませんね」
横で同じように川を見ていたリオンが、不意につぶやいた。ミィナも同感だったが、言うほど簡単ではない。
凍ってもいない小さな川とはいえ、季節は冬だ。水をかぶれば相当な冷気に襲われる。それを軽々しく頼むのは、少しためらわれた。
「しゃーねえ。いっちょ俺が……」
ニールがそう言いかけた時。
おもむろにリオンが立ち上がったかと思うと、すばやく服を脱ぎ始めた。
「きゃっ!?」
「うおぉリオン、何してんの?」
ミィナが驚いて頬を染め、レヴィも面食らった様子で問いかける。対してリオンは真面目な顔で二人に振り向くと、自身の胸を指して、こう言った。
「僕が潜って探してみます。大丈夫。『炎の加護』のおかげで、冷たいのは平気ですから」
「へ? ああそういえば……」
レヴィはいかにも今思い出したという風に眉を動かす。彼らの背後ではすでに何人かの野次馬が集まっており、下着のみになったリオンの姿を物珍しそうに眺めている。頼み事をした少女までがポカンとしている中、ニール一人が感心した様子で彼を見つめていた。
リオンとて背中に刺さる視線に羞恥心を感じないではない。しかし、それがどうしたと己に言い聞かせた。
「ちょっと待ってて。今見つける!」
リオンは少女にそう言うと、音をたてて川へと飛び込んだ。手探りで辺りをかき回してから顔をつけ、限界までくると大きく息をつく。それを繰り返しながら少しずつ下流の方向へ歩いていくと、次第にミィナやニール、レヴィ、少女や野次馬たちも、神妙な顔でその様子を見守るようになっていった。
十分ほどそれが続いただろうか。十メートルていど離れた辺りを折り返して水中を探していたリオンが、突如がばりと顔を上げ、右手をかかげた。
その手には、二つの鈴が結びつけられたヒモが、確かに握られていた。
「ありましたよ! 鈴が岩の隙間にはさまっていましたよ!」
「おお、本当に見つけてきた!」
「よっしゃー! よくやったぜリオン!」
レヴィやニールが歓声をあげると、それが野次馬たちにも広がって辺りは一気に祝福ムードとなった。ずぶ濡れのリオンに髪飾りを手渡され、少女は苦笑いをしつつ礼を返す。
「あ、ありがとうございます!」
「……ねぇ、本当は少し無理してない?」
「そんな事ありません!」
何とも言えない顔のミィナが尋ねると、少女は大きな声で言い張った。周りは事情をよく知らずに喜んでいる者たちもふくめ、たくさんの村人が大きな人だかりをつくっていた。
「やったー、素晴らしい!」
「何だかよく分からんがおめでとう!」
「すごいぞー格好いいぞー」
「……えへへ」
拍手や歓声が村にこだまする。その真ん中で、リオンは複雑そうな照れた表情を浮かべていた。
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「はあーぁ、バカ騒ぎしやがってよ。アホくせぇ」
……村の外れの、山にほど近い森の一角。先ほど髪飾りを見つけ出したリオンを中心とした人だかりを遠目に見ながら、一人の男がため息をついた。
黒いマントに肩までの灰色の髪。そして全身にうるさいほど付いた財宝の数々。イーヴェルだ。
彼は人だかりをサルの群れでも見るかのように鼻で笑うと、クルリと背を向け、空を見上げてつぶやいた。
「……ま、『炎の加護』を改めて拝見できただけでも良しとするか。それにしても……」
そこまで言って、イーヴェルはまた人だかりに目を移すと、かすかに遠くに見えるレヴィの姿をとらえ、歪んだ笑みを浮かべる。
「ふふふ、あの精霊……。ちょいと頭は悪そうだが、なかなかそそる外見じゃねぇか……。精霊は成長しない。つまりいつまでも綺麗な可愛い未発達な女の子のままって訳だ……くく……くくく……けははははは!!」
セリフ、笑み、視線……。その全てに狂気を宿しながら、イーヴェルはいつまでもレヴィの姿を目で追い、舌なめずりをしていた……。