神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
(ここは……どこだろう?)
それから何時間経っただろうか。リオンは暗闇の中でうっすらと目を開けた。何も見えない中、体を動かそうとすると激痛が走り、あちこちにつっかえた。そこで彼は、自分が谷底へ落ちたのだという事を思い出す。シロガネグマに食いちぎられた右腕もそのままだった。
上手く動かない首の代わりに、眼球を上へめいっぱい動かす。暗闇に慣れてきてはいたが、見えたのはひたすら灰色の谷底と、切り立った岩壁だけだった。
飽きるほどその殺風景な周囲を眺めたあと、リオンは落胆のため息をついた。こんなところで目を覚ましてどうなるというのだ。体も動かせず、誰の一人もいない。死ぬしかないじゃないか。眠ったままでも同じだった。
そこまで考えて、彼は一つ疑問に思う。自分はどうやって助かったのだろうか。落ちる寸前の記憶からして、この谷はそうとう深い。げんに月明かりもろくに入って来ず、虫一匹の気配すらしないのだ。多少打ちどころが良かったり、雪がクッションになったりした程度では説明がつかない。
(夢でも見てるのかな……うーん)
血の足りない頭をひねるリオン。そのうちにまた意識が薄れ、代わりにさまざまな風景が頭に浮かび出す。
生まれてから、同じ年頃の子供たちと遊んでいた事。
初めて剣を握った日の事。
天上の伝説を記した本を読みあさり、とうとう街を飛び出した日の事。
(ああ……これが走馬灯か……)
懐かしさを噛みしめながら、リオンは冒険者ギルドに入った日の事を思い出していた。
人間が地上に生まれるより前、天上にかつてあった神の国。そこで戦った神々や数多の人外の者たち。そんな伝説に惹かれて旅に出た自分を、ニールとミィナの二人が拾ってくれたのだ。
『なんだお前、行くところがないのか? じゃあ組もうぜ! メンバー不足だったんだ』
『はじめまして。サポートは出来る限りさせてもらいますが、危険は覚悟してくださいね。念のため』
…………
『おお、意外とリオンの魔法も使えるじゃん! その調子で頼むぜ、ニューフェイス』
『……え、敬語は要らない? ああ、そうね。じゃあ、改めてよろしく、リオン……君』
…………
『んー、天上の国ー? そんなの嘘っぱちじゃねーのかぁ? 大したロマンだな、はは』
『一介の冒険者でどこまで調べられるかしらね……。まあ、しばらくは手伝ってもいいけど』
…………
(……楽しかったな、今まで……)
傷のせいでぎこちない笑みをこぼし、、リオンはそっと目を閉じる。過去の事を思い出すうちに、運命も受け入れられそうな気がしていた。せっかく励ましてもらったが、流石にもうどうにもならない。
死んでまた会えたら、叱ってもらいたい。一抹の寂しさを感じながら、リオンは意識を手放そうとした。
ところがそんな時。
『おーい。君、起きてるのかい?』
「……ん?」
不意に、聞き覚えのない声がしてリオンは目を開けた。心なしか幼い、女の子のような声。彼はしばし眉をしかめていたが、死ぬ間際の幻聴かと思い直し、また目を閉じ直す。
しかし、その声はまた聞こえてきた。
『ねぇちょっと、聞こえてるんでしょ? 返事してよ』
先ほどよりも大きな声。ハッキリと聞こえてくると、その声にエコーのような無機質な声色がまじっているのが分かった。
(なんだ……? 耳が変になったのかな……)
リオンは途切れそうになる意識を繋ぎ直し、また視線をめぐらせる。すると、先ほどまで何もないと思っていた視界の隅の崖下に、細長い何物かが突き刺さっているのが見えた。
そのフォルムの根本から
『あー、やっと気づいてくれた。こっち来てよ。起きるまで待ってたんだからさ』
リオンは耳を疑った。谷底の剣に気づくと、まるで謎の声がその剣そのものであるかのように喜びだしたのだ。あぜんとする彼を、声はかまわず『来い来い』とせき立てる。リオンは仕方なく、よろける片腕の体を少しずつ起こし、遠く離れたその剣へと歩いていった。足を引きずるようにして進むのはもどかしかったが、不思議と体が止まる事はなかった。
やっと剣のそばまで来ると、その姿がハッキリと見えはじめる。長さは1メートルと少し、ロングソードと同じ程度の大きさである。しかしその剣の姿は、一目見てなかなかに異様なものであった。
柄から鍔、細身の両刃に剣先まで、余す所なく血のような深紅に染められている。左右にけばだつように広がる鍔はその色と合わせると炎のようで、心なしか剣が燃えているようにも見えた。鍔の中心に嵌め込まれた緑色の宝石が、不思議な気品を与えている。
見た事もないその剣を、リオンはしばらくしげしげと見つめていた。すると、ふと先ほどまで痛んでいた体が、少し楽になっている事に気づいた。うっすらとだが、まるで治癒の魔法をかけられた時のように痛みがやわらいでいる。
ようやく慣れてきた目でズタボロの体を不思議そうに眺めていると、目の前にある剣から再び声がした。
『近くに来ると楽でしょ? ボクが魔力を放ってなかったら、君今ごろ死んでたよ?』
見た目だけなら死体のようなリオンに向かって、声はけらけらと笑う。彼はその態度に少しムッとしたが、それ以上に魔力で他人を生かすという言葉が気になった。
「ねえ君……あなたは、剣なんですか?」
『え、今さら気付いた? 目の前にいるじゃん』
「いやだって……しゃべっていますし……」
事も無げに答えるその深紅の剣に、リオンは苦笑いを浮かべる。死にかけの人間を回復させ、しかも会話のできる剣など、彼の十五年の生涯では一度も見た事がなかった。それを聞くと、剣はアハハと笑いだす。
『やっぱりねぇ……外がどうなっているか知らないけど、神器なんてそうそう見ないかぁ……』
「えっ!?」
ぼやくように言った剣の"神器"という言葉に、リオンの体が跳ね上がる。そして傷を忘れたかのように駆け寄り、早口にまくし立てた。
「神器! 神器ってまさか、天上の!?」
『は? う、うん……まぁ』
「あのはるか昔の天上にあった、幻の武器!!?」
『あー……やっぱり時間は経ってるのか。そんなに珍しがるだなんて……』
食い入るように見つめてくるリオンに剣は声だけで戸惑いを伝えてくる。リオンの台詞がとりあえず止むと、今度は剣の方が問いかけた。
『そんなに嬉しいの? 正直ボク、ずっと谷底にいただけなんだけど』
「嬉しいに決まってますよ! あの本でしか見た事がない神々の宝が、この目で見られるなんて! うわー、すごい! 生きてて良かった!」
『死にかけで一人きりの状況で、よく喜べるもんだね君……』
剣が呆れぎみにこぼすと、喜色満面だったリオンの顔が、かすかに曇る。自分の置かれた状況を思い出したのだろう。生きているといっても頼りは得体の知れない剣で、人もいなければ食べ物もない。リオンは次第に悲しげになり、うつむいていく。
「そう……でしたね、そういえば……」
『悪いけどねー、ボクだってそんなに慈悲深くはないんだ。元はといえば一つ頼みがあってだね』
「頼み?」
『そうそう。それを聞いてほしくて、今まで生かしたのさ』
剣が軽々しく言ってのけると、リオンの表情に緊張が走る。聞いてほしくて生かした。となれば、これからの返答しだいで死ぬ羽目になるかもしれない。
彼は唾をゆっくりと呑みこみ、おそるおそる問いかける。
「頼み……とは?」
『んー、悪い話じゃないよ。ボクと契約してくれないかな?』
「……契約、ですか?」
剣はそう言って、顔をこわばらせているリオンに話しはじめた。
『そう、神器の力を使うための契約さ。そうしないと、ボクらも力を発揮できないんだ』
「はぁ……というか、僕は生きられるんですか? そもそもの話」
『うん。今こうやって魔力をあげてるでしょ? 契約したらそれが何倍にもなるから、心配しないでいいよ』
剣はあっけらかんとした声でそう話した。しかし、リオンはその言葉に安心する反面、そこにきて一つ、気がとがめた事があった。
山中で死んだ仲間……ミィナとニールの二人。
彼らの死に様は、いまだにリオンの脳裏に焼き付いている。ミィナは息も絶え絶えに自分を最期まで助けてくれた。ニールは自分のせいで死なせてしまったという思いはあるものの、恨んで道連れを望むような男ではないと、リオンは信じていた。
しかし、神器の魔力で生き延びるというのは、受け入れて良いものなのだろうか。二人とて冒険者という職業にあって、死の危険がつきまとうのは承知していただろう。
例えば獣に首をもがれて。例えば吹雪に疲れはてて。例えば……谷底に落ちて。
リオンも、本来ならば彼らと同じく死ぬ立場にあったのだ。それを自分だけ、人ならざるものに助けられる……。そう考えると、彼はつい躊躇してしまった。
『おーい、君、聞いてる?』
「……え、あ、はい。すみません」
剣の声に気づいて、リオンはあわてて作り笑いを浮かべる。すると剣は事も無げにこう言った。
『もし自然に死にたいならそれでもいいよ。そういう奴もいたし』
「へっ?」
言われて、リオンはあわてて周囲を見回す。よく見ると、岩や石ころだと思っていたものの中に、白くてつるりとした、人の頭ほどのものがいくつも紛れていた。
骸骨、そして周りには散らばったさまざまな形の骨が、何人ぶんも。
「ひっ……!」
気づいた途端、リオンの背中に寒気が走る。恐怖にしばし体がすくんだが、しかし、内心ではそれがあるべき姿なのかという思いもあった。自然の死を取るか、幸運の生を取るか……彼の中で、二つの考えがせめぎ合う。
その時、悩んでいるリオンをよそに、剣が思い出したように叫んだ。
『あー! そうだそうだ思い出した!』
「な、なんです?」
『契約のルールがもう一つあったんだ。君の願いを一つ叶えてあげなきゃ』
突拍子のないその言葉に、リオンは「願いを?」と聞き返す。『うん』と相づちを打ってから、剣はこう話した。
『どんな願いがある? 過去を変えるとかは無理だけど……例えば不老不死だとか、神の智恵が欲しいだとか……かな?』
「出来るんですか、そんな事が……」
『契約してくれたら分かるよ。ボクも一人きりでここにずっといるの飽きちゃった』
剣は若干いじわるそうに誘いをかけてくる。しかしリオンの願いは決まっていた。彼は体が痛むのをこらえて膝を折り、背筋を伸ばして正座して言った。
「ではお願いします。仲間を……死んだ二人を、元に戻してください」
『ほえ?』
その答えが意外だったのか、剣は間の抜けた声を出す。リオンは構わず、頭を下げて続けた。
「この近くの岩場に、シロガネグマの死体と一緒に倒れているんです! 男と女が、二人……。どうか、その二人を無事に街まで帰らせてあげてください! お願いします!!」
『…………』
リオンのはっきり通る声が、静まり返っていた谷底に反響する。その声がこだまして消え失せるまでの間、剣は何もしゃべらずに押し黙っていた。
『本当にそれでいいの?』
「大丈夫です」
『一回きりだよ? もうチャンスないよ?』
「分かっています。かまいません」
『後悔しない? 美女ハーレムとか興味ないかい?』
「……興味はありますけど、要りません」
何度も確認して、その度にリオンは最初の願いを通した。しばらくして剣もようやく納得したのが、長い長い息を吐いた。
そして、こう告げる。
『気に入った。そういう願いなら叶えてあげよう』
その瞬間、リオンの周囲の藍色が一転、まばゆいばかりの橙色に変わる。リオンが驚いて顔を上げると、辺り一帯、はるか頭上まで、巨大な炎の渦が彼と剣を取り囲んでいた。
リオンはとっさに飛び退いたが、不思議と熱さは感じない。それどころか例の剣の魔力に抱かれるかのような心地よさが全身に伝わってきた。
その奇妙な暖かさに次第に眠気を感じ始めると、ふと、剣の声がこう問いかけた。気のせいか、それはさっきまでとは違い肉声に聞こえた。
「あー、やっと出てこれた。そういえば君、名前は?」
「?……リオン、です。リオン……エルベルタ」
答えるリオンの声がか細くなっていく。睡魔に意識を奪われそうになる中で必死に目を凝らすと、いつの間にか目の前に、一人の少女が立っているのが見えた。
リオンの腰程度の背をした、子供の姿。そして燃えるように方々へ跳ねる赤い髪の毛を、腰までワイルドに伸ばしている。前髪の一部には一房ほど、目立つ黄色の髪の毛が混じっていた。
服装はこれまた赤一色で、布一枚を器用に重ねたものだ。前後から体を包む布を肩口で留め、胸は前に折った布を垂らし、覆えていない腕には、両手首にはめた金の腕輪が光っている。
腰は細い紐で縛り、その下はスカート部分を膝上でカットし、素足に編み上げサンダルを履いているのみ。
その服装は髪と合わせたような赤色を除けば、リオンから見て古い時代のものによく似ていた。
そして他に目を引いたのが、額にある赤茶色の小さな入れ墨のようなものだった。目をこらすと、炎をかたどった印が見えてくる。少女はその下の、金色の瞳をリオンへと向けた。
「力を与えてくれて感謝するよ、リオン・エルベルタ……。君の願いは必ず叶える」
あの剣と同じ声をした少女はそう感慨深げにつぶやく。そして意識の薄れるリオンに向けて、彼女は最後にこう言った。
「この高貴なる神剣にしてその精霊、レヴィトポロミスこと"レヴィ"の名において誓おう」