神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~   作:ごぼう大臣

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ある一家の生活

「泊めてほしい……ですか?」

 

 髪飾りを拾い上げてからのち、リオンたちの申し出を聞いた少女はぱちくりと目をしばたかせた。唐突だったからか、彼女は頭の鈴つき髪飾りが片方だけなのをそのままに、片手にもう一つ握ってリオンたちの顔を順に見渡す。

 

「そうんだ。僕ら旅をしていて、泊まる家を探してるんだけど……なかなか見つからなくてね」

 

 濡れた体を拭きながら、リオンがきまり悪そうに笑う。ミィナはタオルを取り出したザックを閉め、少女に言った。

 

「……とりあえず、親御さんに会うだけでもお願いできないかしら。お嬢ちゃんは一応くらいに思ってくれてかまわないから」

 

「なんだったら家の事も手伝うぜ。薪割りでも皿洗いでも」

 

「う、うん……じゃあ、ご案内しますね」

 

 少女は少し考えて微笑むと、改めて水を汲もうと桶を手に取る。ニールとミィナはそれを代わりにやってあげた。

 その頃、リオンとレヴィは周りにいた野次馬たち、もとい村人に色々と質問を受けていた。

 

「なんでぇ、お前よそから来たのか?」

 

「見かけない顔だと思ったが……」

 

「ええ。ちょっと色んな事情で」

 

「ねぇリオン。とりあえず服着ようよ」

 

「あ、うん」

 

 レヴィに手渡された服をいそいそと着込むリオン。その様子を見ていた村人の一人が、ふと指をさして言う。

 

「ああやっぱりだ。鈴つけてないもんなぁ」

 

「え?」

 

 村人の言葉に、周りも納得したように顔を見合わせる。レヴィは首をかしげ、近くの村人に尋ねた。

 

「鈴ってなんの事?」

 

「ああ、この村ではみんな鈴をどっかに付けてんだよ。ホラ」

 

 そう言って村人の一人が腰のベルトを指さすと、確かに鈴がヒモでくくられてぶら下がっている。周囲の何人かも手首や首もとなどに付けられた鈴を見せた。

 

「ふぅーん……なんでそんなの付けてんの? おしゃれ?」

 

「確か、獣よけに鈴を付けてた風習が残っていたんですよね? 昔に噂で聞いたような……」

 

 レヴィが不思議そうな顔をする横で、服を着たリオンが話に混ざる。それを見ると、村人たちは感心したように笑った。

 

「おお、よく知ってるね。確かにこの辺は熊もよく出るからなぁ」

 

「よそから来た人も見分けられるんで、そのままになってるんだ」

 

「へぇー、だからベル(鈴の)村かぁ……」

 

 レヴィは腑に落ちたようにうなずきながら、村人たちが身につけた鈴を興味津々に見つめる。それに気づいたリオンが手でさえぎった。

 

「こら、なにジロジロ見てるの」

 

「えー、いいじゃんちょっとくらい」

 

 きまり悪そうなリオンに向け、口をとがらせるレヴィ。二人が顔を見合わせていると、その背中に声がかかった。

 

「おーい、そろそろいくぞー?」

 

「あ、すいません!」

 

 リオンが振り向くと、ニールが片手に水の入った桶を持って手を振っていた。ミィナは座っている少女の後ろから、髪飾りを結んでやっていた。

 

「これでよしっ……と」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 振り向いた少女が礼を言って微笑むと、ミィナも顔をほころばせる。それはさぞかし嬉しそうな、見慣れないものにとっては大変な変わりようであった。

 そこに、村人たちへのあいさつを終えたリオンが駆けてくる。それに気づいたミィナはきりりと表情を作り直すと、素早く腰をあげる。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「ええ。遅くなりました」

 

「どうぞ。私の家、こっちです」

 

 少女が先頭に立ち、一行はその後を追う。レヴィはその時になっても少女のすぐ後ろに駆け寄ると、髪飾りについた鈴を興味深そうに見つめていた。

 

「こらレヴィ、もうやめなって」

 

 リオンが少しだけ強く言って、レヴィのマントを引っ張る。すると歩いていた少女も振り向いた。

 左右に結ばれた髪飾りの鈴がちりん、と音をたてる。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「あ、いや、なんでもないよ」

 

 少女も後ろからの熱心な視線には気づいていたようで、微笑みながらも戸惑った顔をしている。

 リオンがあわてて取り繕おうとしたが、少女の視線はほどなくして間近で目を輝かせているレヴィとぶつかる。

 

「えっと……」

 

「綺麗だねーその鈴!」

 

「ああ、これ?」

 

 ピョコピョコと跳ねてはしゃぐレヴィに相づちを打つ少女。すると少女は自身の頭部とレヴィへと代わる代わる視線をめぐらせ、ふと片側の髪飾りを指さし、言った。

 

「片方あげよっか? そんなに欲しいなら」

 

「えっ、いいの!?」

 

「いや、そんな……」

 

 レヴィは満面の笑みで喜んだが、リオンは心配そうな顔で躊躇する。髪飾りをほどいている少女に、彼は遠慮がちに確認した。

 

「本当にいいのかい?」

 

「いいですよ。見つけてくれたのはあなた方ですし」

 

「本人が良いならいいんじゃねえの?」

 

「まあ、今さら受け取らないのもかえって失礼かもね」

 

 ここにきて、ニールとミィナももらうように勧めてくる。リオンはやがて観念したように頭をかくと、隣で浮かれているレヴィにこう言った。

 

「じゃあ、ちゃんとお礼言いな」

 

「やったー、ありがとー!」

 

「どういたしまして」

 

 歯を見せて笑うレヴィに、少女は微笑み返して髪飾りを片方ほどき、レヴィに結んでやる。

 耳のすぐ下あたりにそれを結び終わると、レヴィはウキウキとした調子で頬を緩ませながら、軽く飛びはねて髪飾りを見せつけるように一回転する。鈴がチリリン、と音を立てた。

 

「へへーっ、似合う? 似合う?」

 

「うん。本当に可愛いわ……ふふふ」

 

「ミィナ、ずいぶん嬉しそうだな……」

 

 満足げなレヴィの姿を見て、目を細めるミィナ。そんな彼女を、ニールはあきれ半分に見つめていた。

 

「ね、ボク、レヴィっていうんだ。君の名前は?」

 

「へ……私?」

 

 ご機嫌な顔で尋ねられ、少女は思い出したように目をしばたかせる。そしてレヴィとリオンたちを見回しながら答えた。

 

「私は……サラっていいます。サラ・メルダース」

 

「あ、そういえば自己紹介してなかったね。僕はリオン。リオン・エルベルタ」

 

「俺はニールだ。ニール・フォスター」

 

「私は、ミィナ・ルコット」

 

 三人がそれぞれ名乗ると、サラは気になっていたのか、もう一つ質問をした。

 

「そういえば、皆さんはどちらからここに?」

 

「うーん、どこから……と聞かれたら……」

 

 問われるとリオンは困った顔をしてアゴをさすり、ニールやミィナと視線を交わす。そうしているうちにミィナが代わりに話し始める。

 

「実は私たち、冒険者でね。出身はバラバラなのよ。今でもあちこちを巡っているところ」

 

「ああ、旅っていうのはそういう事だったんですね」

 

 腑に落ちた様子でうなずくサラ。するとそこに、レヴィが自慢げに胸を張って口を挟んだ。

 

「ふふん。でも、ボクはちょっと違うよ」

 

「え?」

 

「驚くなかれ。ボクは長い間、あの山のずっと向こうの谷底に……むぐ」

 

 遠くの山々を指さして話しだしたレヴィの口を、リオンはあわててふさぐ。サラはきょとんとした顔で首をかしげた。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「あ、いや、なんでもないよ」

 

 サラの問いに、リオンは笑顔で取り繕う。そして口をモゴモゴさせているレヴィに、彼はそっと耳打ちした。

 

(もー、何すんのさ?)

 

(本当の事を話したら、サラちゃんビックリしちゃうよ。レヴィのこと人間だと思ってるんだから)

 

(ん……ああそうか。ごめんごめん)

 

「あの……?」

 

 ヒソヒソと話している二人を、サラは戸惑った目で見つめていた。そこに、さりげなくミィナが助け船を出す。

 

「この二人だけは兄妹なのよ。ちょっと事情があって、二人で生活してたの」

 

「あら、それは大変……」

 

「まあ、慣れれば明るいもんさ。今時は大変じゃない方が珍しいかんな」

 

「…………」

 

 サラが驚いたようにつぶやいた直後に、ニールがすかさず話の矛先をそらす。

 サラはリオンとレヴィの方をちらりと見て、ふっと寂しい笑みを浮かべた。そしてクルリと前へ向き直ると、独り言のようにつぶやいた。

 

「……私も、恵まれてる方なのかな……」

 

 その小さな声をたまたま聞いたリオンが、眉をひそめる。

 その直後、ちょうど目の前にあった民家から、扉をうるさく開け放って一人の男が飛び出してきた。

 

「きゃっ!?」

 

「わあ!」

 

「ん?」

 

 前を歩いていたサラ、リオン、レヴィの三人が三者三様に声をあげ、飛び出してきた男を見つめる。

 革のズボンと薄手のシャツ、そして上着というシンプルな装いの大柄な男。短く雑に切り揃えた金髪に、アゴにうっすらと残ったヒゲが大雑把な性格を思わせる。背はリオンやニールよりも高く、二メートルにも届きそうなほどで、サラと比べるとまるで巨人と小人のようであった。

 見下ろしてくる青い瞳をうかがいながら、サラが上目遣いに身を縮める。

 

「……サラ、帰ってきたのか」

 

「お、お父さん……」

 

 短く言われ、サラは消え入りそうな声を出してうつむいてしまう。すると父親と呼ばれた目の前の男は、サラを見下ろしながら眉間にシワを刻むと、周囲も気にせずに大声をあげた。

 

「まったく、水汲みにいつまでかかってるんだ。心配したんだぞ!」

 

「ごめんなさい……」

 

「母さんや他のやつらもソワソワして、今探しに行こうとしてたんだ。もし村の外に出てたらどうしようかと……!」

 

 シュンとなる娘の前で、父親は腰に手を当てクドクドと説教をはじめる。リオンたちの事は眼中にないようで、父親が「母さんの仕事が云々、弟や妹が云々」と喋り倒している間、リオンたちは割って入る事もできずにその場に棒立ちでいた。

 その時。

 

「もうお父さん、そんなに怒らないでくださいな……あら?」

 

「あ、サラねえちゃんかえってきた!」

 

「だれー? おきゃくさん?」

 

「うむ?」

 

 奥から、中年の女性と三、四歳ていどの男女の子供が二人あらわれた。おそらく母親と弟妹だろう。

 父親は彼らの声でやっと我に返る。そして彼らの視線がサラの背後に向いているのに気づくと、ようやくリオンたちへと振り向いた。

 

「お前たちは……」

 

「あの、こんにちは……」

 

 怪訝な顔をする父親に、リオンは笑顔をつくって頭を下げた。

 

 

――

 

 

「泊めてくれだぁ? 今夜いきなりか?」

 

 とりあえず家に上げてもらい、テーブルをはさんで事情を説明したリオンたち。対して、やはりというか父親の反応はかんばしくなかった。

 家の中は田舎のご多分にもれず部屋の仕切りもなく、火元は煙臭い小さな囲炉裏のみ。壁にはいたるところに隙間があり、冬の寒風がぴゅうぴゅうと吹き込んでいる。小さな弟妹は椅子に座った母親の膝の上で、震えながらしがみついていた。

 

「なんとかお願いできませんか。納屋や馬小屋でもかまわないのです。食べ物だって、自分たちの分があります」

 

 ミィナが改まってそう言ったが、父親は相変わらずしぶい顔。そこに母親が子供たちの頭をなでながら、苦笑して言った。

 

「ここまで言っていますし、置いてあげたらどうです。私たちが損するわけじゃなし」

 

「いやしかし、いくら恩があるとはいえ見ず知らずの人間をなぁ……」

 

 母親に言われて少々迷いが生まれたかに見えたが、それでも父親は腕を組んで椅子にふんぞり返り、頑固に首を横に振る。

 他人を泊めるというのは、時に危険をともなう。治安が維持され、あるいは通信技術などが発達しているならともかく、それらが不十分な場合は、旅人が盗みなどを働き雲隠れするケースが珍しくないのだ。

 もっとも、リオンたちにそんなつもりは毛頭ないのだが、父親にそれが分かるはずもない。

 彼は剃り残しのあるアゴをさすりながら、ふとリオンたちのそばにいるサラの方を見た。レヴィとお揃いになった髪飾りの鈴を小さく鳴らし、サラは顔を上げる。

 

「…………」

 

 親子でよく似た娘の青い瞳が、訴えかけるような光をもって父親に向けられる。それを見て父親は頭をガシガシとかくと、ようやく腹を決めて言った。

 

「……分かった。隣の馬小屋を使え。あと、飯は分けてやるから少し働いてもらうぞ」

 

「よっしゃ! ありがとーございます!」

 

「感謝します。出来るだけのお手伝いはしましょう」

 

 その言葉にニールは元気よく手のひらを打ち、ミィナが深々と頭を下げる。リオンは隣のレヴィやサラと、ホッとした笑顔を見合わせていた。

 

「分かったらとりあえず、さっさとその鎧やらを脱げ。家の仕事は山ほどあるんだからな。例えば……」

 

 喜ぶ客人たちを横目に見ながら、父親は照れ隠しからか早口にまくし立てる。その時、不意に部屋の中に、間抜けな音がこだました。

 

"グウウゥ~~……"

 

 その音に、部屋の中の全員が振り向く。その明らかな腹の音は、父親から聞こえたものだった。

 

「ぼ、ぼやっとすんな! ほらお前も、夕飯の支度があるだろ!?」

 

「ふふ、はいはい」

 

 父親が真っ赤になって母親へ言い放つと、母親はクスクスと笑いながら立ち上がる。サラや他の子供たち、そしてリオンたちも、そろって微笑みながらその様子を眺めていた。

 

――

 

「おばさん、ニンジンの皮むき終わりました」

 

「ありがとう。じゃあ切るのもお願いしていいかしら? ミィナちゃん、手際がよくて助かるわぁ」

 

「恐れいります」

 

 その後、家の中ではミィナと母親が二人で食事の支度を進めていた。ミィナが数少ない野菜をていねいに切り分け、母親は囲炉裏のそばでスープの鍋をかき混ぜている。スープの隣ではボソボソとした雑穀が煮られていた。

 

「悪いわね。手伝ってくれた分、景気よく分けてあげたいのだけど……」

 

「いえ、気にしないでください。無理を言ったのはこちらなんですから」

 

 湯気にむせながら謝る母親へ、ミィナは軽く手のひらを振る。

 切った野菜はどれも形こそ綺麗だったが、よく見れば表面や葉の一部がところどころ腐っていた。量もせいぜい多くて一本丸ごと、野菜によってはもう半分も残っていないものまである。家族五人分だけでも足りないだろう。

 最初は単なる遠慮だったが、実際に食材を目にすると、ミィナはかえって気が引けてしまった。

 

「あ、野菜の皮は捨てないでね。それも使うから」

 

「あ、はいっ」

 

 声をかけられ、ミィナは内心を悟られないようにして作業を続行する。下手に彼らを憐れむような態度を見せれば、かえって失礼だ。せめて適度に遠慮して振る舞わなければ……。

 そんな風にミィナが考えていると。

 

「よっしゃあー! 終わったあぁーーっ!!」

 

 突然、家の前で舞い上がった男の大声がした。ニールだ。

 仕事が一段落でもしたのだろうか。遠慮も何もない嬉しそうな声だった。

 

「…………」

 

「……うちのバカがすいません」

 

「あ、ううん。いいのよ謝らなくて」

 

 一緒にポカンとしていた母親へ、ミィナはあわてて頭を下げる。母親は気にする風もなく笑っていたが、ミィナは赤面しながら戸口の方角をにらんだ。

 

「……ったく、あのアホ……」

 

――

 

「おしっ! 親父さん、(まき)割り終わったぜ」

 

 こちらはサラの家の庭先。大きな切り株の前で、ニールが片手に斧を持って父親へと胸を張った。

 切り株の上には、ニールの手で四つに割られた丸太が転がり、そのかたわらには薪がいくつも山になって積まれている。その薪の山は何十回も斧を振るったのが一目瞭然で、ニールも得意気に鼻息を吐いている。

 だがそんな彼のそばへ、父親は無情にも新たな丸太を何本も持ってきてドサドサと降ろした。ニールの笑みが毛虫でも見たかのように引きつる。

 

「えぇ~、そりゃねえよ。これ以上やったらまたマメができちまうぜ」

 

「悪いな。力仕事できるのが普段は俺しかいねぇから……。俺も手伝うからよ」

 

 さすがに父親も申し訳なさそうに笑って、隣の切り株で薪を割り始める。そんな彼を見ながら、ニールはため息混じりに小声でつぶやいた。

 

「……使用人でもいてくれたらな。ちっとは楽だろうによ」

 

 ありもしない空想を口にして、ニールは気を入れ直すように額の汗をぬぐう。そしてまた元通りに薪割りへと戻るのだった。

 

――

 

「ふー……。よいしょっと」

 

 こちらはサラの家に隣接した馬小屋。ところどころ雪解け水が漏れる屋根に、丸太を組んだ壁。そして板張りの仕切りという簡素な造りだ。

 ロープでつながれた馬一匹ずつが、仕切りごとに狭く詰められたその小屋の隅で、家畜用フォーク、桶、スコップ、予備のロープなどの道具を一通りしまい終えるたリオンは、小さく息をついた。

 

「ありがとうございます。これで夕方の掃除と餌やりは終わりました」

 

「お疲れ様~。どうにか無事にできて良かったよ」

 

 疲労が混じった笑みを浮かべるリオンの隣で、サラが手慣れた様子で頬笑む。

 彼女のスカートの裾や髪の毛には、干し草を取り替えた際の残りかすがいくつもくっついていた。リオンの方も、糞の掃除をした時に付いたであろう濃い緑色のシミが、靴にうっすら付いている。

 リオンの聞くところによると、サラは馬小屋の掃除や餌やりなどもろもろを毎日こなしているのだという。並んで馬小屋を出て、リオンは一つ伸びをしてからサラに言った。

 

「それにしても偉いね。あんな大変な事いつもやってるなんて」

 

「大した事ありませんよ。いつもはあんな風に隅々まで掃除しませんし。リオンさんのおかげです」

 

「どういたしまして。冒険者稼業でブランクあったけど、役に立ててよかったよ……」

 

 ペコンと頭を下げるサラ。彼女にくっついている干し草を屈んで取ってやりながら、リオンは切なげな笑みを浮かべた。まだ十歳にも満たないだろうに、殊勝すぎるほど出来た娘である。

 

「まあ、僕らは馬小屋(ここ)で寝る訳だからね。そりゃ頑張って掃除するよ」

 

「あはは、そうですね」

 

 冗談を交え、さて一緒に帰ろうとリオンが立ち上がる。その時、すぐそばで子供のはしゃぐ声が聞こえた。

 

「レヴィねえちゃん、まてー!」

 

「さっきつかまえた! ぜったいタッチしたって!」

 

「へへーん、覚えてないもん。悔しかったらここまでおーいで!」

 

 レヴィがマントをはためかせながらリオンとサラの目の前を駆け抜けていく。そのすぐあとに、サラの弟妹が息を切らしながら追いかけていく。

 おそらく鬼ごっこの最中なのだろう。三人とも寒い中でクタクタになりながら、白い歯を見せ、頬を真っ赤にしながら雪の上を跳ね回る。

 レヴィはけっこう余裕があるようで、たびたび立ち止まり振り返っては手をヒラヒラと動かし、弟妹をからかっていた。サラからもらった髪飾りの鈴が、動く度に高い音を立てる。

 その様子を遠目に見ながら、リオンは少々呆れたように微笑んだ。

 

「……まったく、小さな子供相手なんだから、手加減してあげればいいのに」

 

「でも、二人とも楽しそうですよ。あんな顔ひさしぶり」

 

「……ごめんね。君の方は働いてるのに、レヴィは遊んでばっかりで……」

 

 リオンはきまり悪そうに頬をかく。サラがいつも苦労しているのを聞いているだけに、無邪気に遊ぶ様子を見てばかりはいられなかった。

 しかし、サラはリオンへと振り向くと、首を横に振って笑みをつくる。

 

「そんな。むしろありがたいですよ。チビたちの相手をしてくれるなんて」

 

「でも……」

 

「それに、あの子たちが遊んでいられる時期なんて、あっという間なんですから」

 

 引け目を見せるリオンに、彼女は笑みを絶やさず礼を言ったが、やはりその表情はどこか陰って見えた。

 抜け出せそうにない国の、領地の、村の、そして家の貧困。その中にあっては、幼い弟妹もじきに働かざるを得なくなるだろう。サラ自身もまだ遊んでいたい年頃だろうに、愚痴をこぼす余裕さえないのだ。

 

「……いつか、また来てくれませんか? 春や夏なら、もっと食べ物もあると思うんです」

 

 ふと、サラが独り言のように言う。本気で問いかけているのではない。ただ、願望をリオンに聞いてほしいだけだ。

 リオンはそれを受けて、重苦しい気持ちを押さえて微笑んで見せると、頼もしい口調で言った。

 

「ああ、きっと来るよ。約束する。レヴィだって会いたがるだろうし」

 

「……うれしい。今度は一緒に遊べるといいなぁ」

 

 けなげな笑顔で、サラはそう口にした。もしレヴィと一緒に他の神器を見つけて、共に触れ合えるようになれたら。

 その時は、みんなでサラの手助けをしてやろう。友達が増えたら、きっと喜ぶだろう。

 ……そんな風に、リオンがこの先の想像に思いを馳せていると。

 

 視界の隅から一瞬、オレンジ色の火の玉のようなもの飛び出し、馬小屋の裏手へと飛び去っていくのを、彼は見た。

 

「あっ!」

 

「へ?」

 

 リオンが目を見開いてすっとんきょうな声をあげる。サラは驚いてリオンの顔を見たが、彼は口の端をひきつらせながら、呆然とその場に固まっていた。

 

「……あの、リオンさん?」

 

「はっ」

 

 やがて頭に疑問符を浮かべたサラの呼びかけに、リオンはようやく我に返る。そしてあわててサラに向き直ると、ぎこちない笑みを浮かべて言った。

 

「ごめん、ちょっと忘れ物したから、先に戻っててくれる?」

 

「え……どうしたんですか?」

 

「いやいや、大した事じゃないの。ほら、行って行って」

 

 戸惑うサラの背中を、リオンは何度も急かすように押す。そして彼女が眉をひそめながらも歩き出した瞬間に、リオンは火の玉が飛んでいった場所へと駆け出した。

 鬼ごっこのせいで足跡だらけになった雪の上を走り、リオンは馬小屋の裏手の壁と、積もった雪の隙間に隠れるように立っているレヴィの姿を見つけた。

 

「あ……」

 

 リオンと目が合った瞬間、レヴィは気まずそうに笑った。リオンは呆れた笑みを返しながら、雪を踏み抜きながら近づき、問いかける。

 

「……レヴィ。何してたの? 今」

 

「い、いやぁ~。鬼ごっこっていうのが思ったより面白くてさ。意地でも捕まるもんかって……」

 

 リオンの追求に、目を泳がせながら苦笑いするレヴィ。そんな彼らの耳に、レヴィを探す弟妹の声が聞こえてくる。

 

「レヴィねえちゃーん? どこー!?」

 

「あ、サラねえちゃん。レヴィねえちゃんみなかった?」

 

「え? さっきまで追いかけっこしてたじゃない」

 

「それが……いきなりいなくなっちゃって……」

 

 心配や戸惑いを多分に含んだ声。リオンが改めてレヴィを見ると、彼女は目を伏せて小さくなっていた。

 

「ほら、戻るよ」

 

「はーい」

 

 リオンが背を向けてそう告げると、レヴィはつまらなそうな返事をしてついてくる。まだ他人との関わり方は要努力だな、とリオンはこっそり内心でつぶやいた。

 

 

――

 

 

 …………それから日が沈み、リオンたちやサラの家族を含め、村全体が寝静まった頃。

 月はどんよりとした灰色の雲に隠され、肌を刺すような寒風が吹きすさぶ。ちらほらと光の粒のような雪が、風にあおられながらも黒色の景色の中を飛んでいる。

 そんな時間に、一人の男がサラの家の馬小屋からひっそりと出て、かたわらの茂みへと走っていく。

 肌着に剣だけを携え、白い息を吐くその男は、夜闇の中でも目立つ長い金髪を垂らしていた。ニールだ。

 

「う~さぶっ、やっぱり宿屋と馬小屋じゃあ居心地が違うよな~」

 

 ニールは寝ぼけなまこでそうぼやきつつ、茂みへむけて小便をはじめる。地面から湯気が立ち上り、茂みの中をウサギが逃げていった。

 

「…………」

 

 数秒ほど、ニールはその場に立ってボンヤリと空を眺めていた。本当に何気ないしぐさだったが、ほんの一瞬、彼は顔を空に向けたまま、眼球だけを音もなく動かして背後をうかがった。

 

「……ふぅー」

 

 そして一つため息をつき、手早くズボンを直す。直後、振り返ろうとした瞬間……。

 彼は目にも止まらぬ早さで剣を抜くと、振り向きざまに目の前へと突きつけた。

 

「うおっ!?」

 

 闇の中で、驚く男の声がした。姿は見えにくいが、あちこちに身につけている指輪やネックレスなどが、きらめく存在感を放っている。

 ニールは何も言わず、険しい目で剣を向けている。しばらくして男は気を取り直すように咳払いし、余裕のある口調で言った。

 

「……いやぁ、勘がいい。よく俺に気づいたな、ニール・フォスター君よ」

 

「誰だテメェは。俺に悪霊(レイス)の知り合いはいないはずだがな」

 

 ニールは警戒心を宿した目で問う。目が慣れて彼の姿……黒マントで覆った体に貴金属や宝石をふんだんに身につけ、灰色の長い髪を揺らしているという格好が見えてくると、その眼光はさらに鋭くなった。

 その目に見据えられると、男は何がおかしいのかケタケタと笑った。そして赤い瞳をぎらつかせ、大げさに両手を広げて彼は言った。

 

「そうさな……自己紹介しとこうか。俺は魔鎌(まれん)イーヴェル」

 

「まれん……?」

 

 いぶかしげに眉をひそめるニールに、イーヴェルはこう続けた。

 

「そう。お前たちが連れている神器の精霊……あのレヴィという赤髪の可愛らしい幼女のお仲間さ……。彼女を迎えに来た」

 

 そう言って、イーヴェルは目をいやらしく細め、口の端から鋭い牙をのぞかせて笑った。

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