神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
リオンたちがベル村に来て、夜も更けた頃。
仲間と馬小屋で寝ていたニールは、小便のためにと外に出て、怪しい男と対峙していた。
「神器の精霊……お前がか?」
「くく……そうともさ。お前たちが精霊を連れ歩いて戦ってきたのを、俺はちゃーんと見てるんだ」
レヴィを迎えに来たというこの男、イーヴェル。彼はいぶかしむニールを鼻で笑い、赤い眼を光らせて詰めよってくる。
全身を包む黒いマントと、肩まで伸びる灰色の髪が風にあおられる。体のあちこちに光る貴金属がかすかに音を立てた。
ニールはイーヴェル向けていた剣を更に突きつけるが、相手は今にも鼻先に剣が触れそうになってもびくともしない。むしろ愉快そうに笑い、威圧するように首を鳴らす。
「……ほらよ、これが証拠だ」
すると、イーヴェルはおもむろにマントから片腕を出すと、手の甲をニールへと見せつけた。ニールがいぶかしげに手の甲を凝視すると、そこには三本の引っかきキズのような、または風のマークにも見える入れ墨があった。
それを見て、ニールの眉がピクリと動く。
「その入れ墨……!」
「見りゃ分かるだろ。神器と契約した印さ。いい加減さっさと居場所を教えるか、連れて来るかしてくれねぇかな」
「…………」
イーヴェルは手をプラプラさせながらニールへと迫る。だが、ニールは言う通りにする気にはなれなかった。こんな夜中に忍び寄って二人きりの状況で詰問する相手を、信用できない。
そうでなくとも、仲間であるレヴィをやすやすと見ず知らずの相手に会わせる訳にいかなかった。
「黙ってるなら、痛い目見てもらうぜ?」
口を割らないニールに、イーヴェルはふんと鼻を鳴らして何やら自身の胸に手を当てる。そして手を少しずつ離していくと、体内から細長く刃の付いた武器のようなものが、光に包まれながら服をすり抜けて姿を現す。
その物体が全身を出し、光を失うと、イーヴェルはそれを真ん中辺りでつかんで見せつけるように振り回した。
それは大の男の背丈にも届きそうな、長い大鎌だった。
「……体の、中から……!?」
「おっと、こいつは見るの初めてか。俺にとっちゃあこの体は単なる入れ物で……ってまあ、いいか」
目を見張るニールだったが、イーヴェルは大して気にする様子もなく鎌を掲げる。
その鎌の形状は独特で、両端に湾曲した刃が互い違いに付き、ちょうど"乙"の字のような形になっていた。神器に流れる魔力のお陰か、刃は夜闇の中で薄緑色に光っている。
それを見て、ニールの背中を嫌な汗が伝った。
「……一つ聞きたい」
「あ?」
「なんでレヴィにこだわる? 何が目的なんだよ」
ニールが剣を向けたまま、じりじりと後ずさりながら問う。イーヴェルは鼻白んだように眉をしかめ、つまらなそうに答えた。
「んなもんどーだっていいだろうがよ……。こちとら幼女に会えなくてイライラしてんだ。さっさと……」
イーヴェルがそう言いかけた時、彼の鼻に切るような痛みが走る。その痛みに気づいてイーヴェルが指をすべらせると、鼻先の皮膚がぱっくりと裂けている。
一方、剣を振るったニールは再度構え直してイーヴェルへ向き直り、警戒心をむき出しにしながら言った。
「冗談じゃねえ! 言わせておけばヘラヘラしやがって。お前みたいな不審者に、仲間が渡せるか!」
怒鳴りながらも、緊張した面持ちで彼は目の前の相手を注視していた。かすり傷とはいえ、剣を振るった以上は反撃を想定しなければならない。運がよければ相手の方から穏便に行こうと出直してくれるかも知れないが……それは望み薄だった。
ところが、ニールの思考はすぐにそれどこれではなくなる。イーヴェルの鼻先の傷からは、血が一滴も垂れてこないのだ。しかも、何もしていないのにひとりでに塞がっていくではないか。赤い肉をのぞかせる裂け目が、みるみる元の肌色に覆われていく。
「なっ……」
ニールが唖然としていると、イーヴェルは牙を見せてせせら笑って言った。
「なんだ、驚いてんのか? こちとら量産品でもない、精霊が宿った神器だぜ。普通の武器じゃ通じねえよ」
「…………あっ」
その台詞を聞いて、ニールの脳裏にある言葉がよみがえる。いつか、盗賊を追い払った直後にリオンが倒れた際、レヴィがうろたえながら言った言葉。
"『どうして……? ボクと契約したら、大抵の傷や毒なんて何ともないハズなのに……』"
(……そうか……あん時は聞き流してたが、これも神器の力って訳か……!)
ニールが苦々しい顔をしてさらに後ろへ下がる。茂みに足が突っ込み、自分の小便の跡を踏みつけるが気にしてはいられない。そんな彼をイーヴェルが鎌をちらつかせて追い詰める。
「けはは! 怖じ気づいたか? どうやらお前の体に聞いた方が簡単そうだな!」
「くっ……!」
ニールは歯噛みすると、剣に魔力を込め始める。黄色い魔法陣が浮かび、刀身が徐々に電光を帯びる。その光を見下ろしながらも、イーヴェルは陰影の濃くなった顔で余裕ありげに笑っている。
「雷法武術・【迅雷斬】!!」
ニールは雷をまとった剣で真っ向から相手を斬りつけた。辺りに光がまたたき、イーヴェルのマントが裂けてめくれ上がる。しかし、そうして出来た大きな縦の傷は、またもやすぐに塞がりだす。
「効かねーっての。……ジタバタすんじゃねえよ、このダボ!!」
そう言い捨てるのと、喜悦に顔を歪ませたイーヴェルが肉薄してきたのは、同時だった。
――
……時間は少しだけさかのぼる。ニールがちょうどイーヴェルと遭遇した頃……。
――
「……うわわっ、虫! 虫っ!」
「……ん……?」
真夜中のサラの家の馬小屋。静まっていた小屋の中に、不意にリオンのあわてふためく声が響いた。
「どうしたのよ。うるさいわね……」
「ん~……なに~?……」
その声で目を覚ましたミィナが、眠い目をこすりながらつぶやく。一緒に寝ていたレヴィもミィナの胸から顔を離し、振り向いた。
体を包んでいた藁から二人が這い出ると、リオンがうつ伏せになりながら、ロウソクの火を頼りに二冊の本を同時に読んでいる姿が目に入った。
ミィナとレヴィの視線に気づくと、リオンはハッとなり、恐縮した笑みを浮かべた。
「あ、すみません。起こしちゃいました?」
「リオン君……。何してるのこんな時間に」
「いやぁハハ……。最近バタバタしてたので、今のうちに魔法の本を見直しとこうかと」
寝ぼけまなこでトゲのある声を放つミィナへ、リオンは床に置いた本を指さしながら弁解する。レヴィが四つん這いで滑って近づくと、そこにはいつか見た魔法の教科書と、剣術についての教本があった。
「あれー? この前と違う本もあるんだね」
「ああ……僕が使ってるのは"魔法武術"だから。武器の使い方も覚えなきゃならないんだ」
剣術の本を見せながらリオンは言う。そこには基本的な剣の振るい方に加え、魔法と併用する際のコツなども小さく載っている。
それを見て、ふとレヴィは首をかしげた。
「けどさ、ミィナは手ぶらで魔法使ってるよね? わざわざ武器と一緒に使う必要あるの?」
そう疑問を口にすると、ミィナが寝そべったままレヴィの背中に向けて口を開く。
「接近戦に便利だからよ。なんせ魔法使いがいたら後ろに回り込んで潰すっていうのが定石だから」
それに続けて、リオンも少々自虐的な表情で捕捉する。
「それに、本当は武器を介するだけ威力が弱まりがちなんだよね。僕だって、レヴィの助けがなきゃ攻撃魔法に手を伸ばしたりしなかっただろうし」
「ふーん……」
二人の説明によく分かってないような顔で相づちを打つレヴィ。そして何を思ったか突然立ち上がると、盛大に胸を張って言った。
「要はボクのお陰って事か! だったらもっとエラソーにしときゃよかった! へへへ」
「う、うん……。ありがとう。感謝してるよ」
一切の遠慮もなく偉そうにしだすレヴィにリオンは苦笑いを返す。その様子を眺めていたミィナは一つあくびをして、また藁をかぶりつつ言った。
「何でもいいけど、ほどほどにしなさいよ。私たち馬じゃあるまいし、立ったまま寝たりできないんだから」
「すみません、もう片付けます」
「馬って立って寝るの?」
「うん、そう。現に寝てるから。じゃ、お休みなさい……」
いかにも眠そうに相づちを打ち、ミィナは素早く寝返りを打って背を向ける。
がしかし、その直後に彼女は急に藁をはいで起き上がったかと思うと、血相を変えてリオンたちへ振り向いた。
「ど、どうしたんですか?」
「ねぇ、そういえばニールは? リオン君の隣にいなかった?」
戸惑うリオンの後ろを指さしながら、あわてふためいてミィナは言う。レヴィが覗き込むと、確かにリオンのそばには人一人を包める程度の藁が積まれている。
「ああ、そういえばトイレに行くって言って出て行きましたけど……」
「それにしては長くない? 私が起きてからだけでも結構な時間よ」
「"大きい方"かな……?」
深刻な様子に気圧され、次第にリオンも眉をひそめだす。そんな中でレヴィだけが呑気な予想を口にしていた。
その時。
「ぐおぉっ!?」
突然、馬小屋の外で男のくぐもった悲鳴が響く。続けざまに壁に重い何かがぶつかる音。それらを聞いたリオンたちは、反射的に顔を見合わせた。
「今のは……」
「ニール!」
ミィナが叫ぶが早いか、リオンはかたわらに置いた剣をつかんで飛び出した。ミィナとレヴィも同じく着のみ着のまま後を追う。
馬小屋を横手に回ると、奇妙な形の鎌を持った男と、その目の前で血を流し、茂みの中にうずくまっているニールの姿があった。
「ニールっ!!」
「……っバカヤロ、なんで来た……!」
ミィナが早足に駆け寄り、ニールへ取りすがる。ニールは口からも血を吐きながら、姿を現した事を非難する。彼の体には赤い十文字の傷が、胴体いっぱいに刻まれていた。
一方、鎌を持った男……イーヴェルは真っ先に視線を、リオンとその隣のレヴィへと向ける。
特に、レヴィと視線がぶつかったとたん、イーヴェルは目の色を変えて口角を上げる。
「おぉ~う、レヴィちゃん! 会いたかったぜぇ。ここまで来たかいがあったってもんだぁ」
その赤い両目に、心なしか下卑た色が混じる。それに気づいたリオンが、庇うようにレヴィの前へと躍り出て、口を開いた。
「なんなんですか、あなたは! レヴィに何の用があるんです!?」
イーヴェルはリオンの顔を見ると一瞬鼻白んだ様子だったが、すぐに笑顔を作り直し、こうはぐらかす。
「そう邪険にするなよ。名誉ある神器の契約者として、仲間に迎えてやろうと思ったのさ」
「……神器の……仲間?」
その台詞に、リオンの眉がかすかに動く。「レヴィの友達を探す」という旅の目的が頭をよぎった。
その反応を見て気をよくしたのか、イーヴェルは得意顔でこう口にした。
「そうさ……。お前たち、仲間に会いたくはないか? 俺以外にもいっぱいいるんだぜ」
「何を……デタラメ言ってんじゃないの? ニールをこんなにして!」
血まみれの仲間を一瞥して、レヴィは不信感を露にしたまま噛みつく。しかし、イーヴェルはどこ吹く風といった様子で口を開く。
「本当さ。それもただ集まってるんじゃない。大いなる目的がある」
「目的……だと……?」
うずくまってあえぎながら、ニールが口を挟む。イーヴェルはそれには反応せず、レヴィをジッと見つめて屈む。リオンが後ずさりし、レヴィもその後ろに隠れる。
ミィナもニールの傷を診ながら、イーヴェルをにらみつけていた。しかし当の彼はいっさい気にする様子を見せず、ささやくように、猫なで声でこう言った。
「レヴィちゃん……。一緒に、"神器"から"神"になる気はないかい……?」