神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「……は? 神になる……?」
イーヴェルの言葉に、露骨に怪訝な顔をするレヴィ。イーヴェルはその反応を気にする風もなく、周りの者たちを無視してレヴィだけに話しかける。
「ああそうさ。確かに俺たちはかつて、天上で使われていただけの武器に過ぎなかった。だが、今はもうそんな時代じゃない」
そう言ってイーヴェルは立ちあがり、月をバックに大きく手を広げる。そして、民を見下ろす独裁者のごとき傲慢な口調で言った。
「この時代に、地上に何がある? 神々の力にまるで及ばない人間どもが、虫みたいにウジャウジャ湧いてるじゃないか。もういいかげん教会やら、禁足地やらに縛られる必要はない。解放されて自由になるべきなんだよ」
レヴィ以外は眼中にないと言わんばかりの、まるで配慮のない言葉。リオンたちはもとより、レヴィまでが反感を丸出しにしてイーヴェルをにらみつけている。
一方、ミィナはイーヴェルを横目に、祈法でニールの傷を治してやっていた。先程の不遜なセリフに険しくなっていた眉間がふと、さらに厳しくなり、ミィナは血まみれの手元を凝視した。
(傷の治りが遅い……これも神器の力……?)
治癒の魔力を送ると一時的に出血は治まるものの、またすぐに血が溢れだす。ニールの胴体一面が真っ赤に染まり、シャツは肌に張りついてしまっていた。
何分間も根気強く治癒を続け、どうにか皮膚をつなぎ止めた瞬間、ミィナはぐらりと倒れかかる。
「おい、ミィナ!」
そのまま倒れそうになる彼女を、ニールはすかさず腕で抱き止める。力なくもたれかかり、苦しい息をするミィナを見て、ニールは顔を上げてイーヴェルを強くにらみつける。
視界に入ったイーヴェルは、必死になっていた二人など気にも留めていないようで、いまだにレヴィへと向けて嬉しそうに話し続けていた。
「あの天上の社会が懐かしくないかい? 白一色の石材で造られた、虫一匹もいない清潔な街。そこから遥か下の下界を見下ろすのは格別だったろ」
「…………」
「なんせ場所は雲の上だ。土も、雨も、雪も、雷にも縁がない。戦場にさえ行かなければ、死にも、飢えにも、貧しさにだって悩まずに済んだ。今の世界を壊せば、あの社会を再建できるんだ。そのためにはレヴィちゃんの力が必要なのさ」
媚びの光をふんだんに目に宿らせたイーヴェルの演説が続く。レヴィは次第に顔色を見るからに悪くして、リオンの後ろに隠れてしまった。リオンはイーヴェルを神妙な目で見つめながら、なにやら思案顔で押し黙っている。
ひとしきり喋りおえた後、イーヴェルは無言でニヤつきながらレヴィを見た。その両目だけは笑っていない。そんな彼に、レヴィは訥々と言った。
「……イヤだよ。そんな急に言われても乗り気になんてなれない。大体ボク、天上の記憶がほとんど無いし」
リオンのマントをつかみ、首を横に振るレヴィ。そんな彼女を見てイーヴェルが不機嫌そうに笑みを歪めていると、横からニールが口を挟む。
「そういう事だ。分かったらとっとと帰れよ、イーヴェルとやら」
「テメーには話してねえんだよ、ダボが!」
いら立った様子でイーヴェルが怒鳴る。その時、リオンの眉がぴくりと動いた。
「イーヴェル……」
「あん?」
「そうだ思い出した。その姿……」
イーヴェルの名をつぶやくと、リオンは目の前の黒マントを着て鎌を持った男を凝視する。イーヴェルが怪訝な目を向けると、リオンは思い出すかのように静かな口調で言った。
「ずっと昔……神器に関する言い伝えで、風を操る鎌の話を聞いた覚えがあります。その神器の精霊は気まぐれで、時には味方をも屠り、金品を巻き上げさせたと……」
「…………」
リオンのセリフを、首もとのネックレスを弄りつつ聞いていたイーヴェルだが、やがて鼻を小さく鳴らし、こう問い返した。
「よく知ってるじゃねえか。誰から聞いたんだ?」
「小さい頃に調べたんですよ。まさかこんな風に対面するとは思いませんでしたが」
リオンの口調に、レヴィと出会った時のような感動はない。仲間を害し、企みに誘おうとする輩への恐れと、怒りに満ちている。
イーヴェルは灰色の髪をかきあげ、やれやれと肩をすくめた。
「ふふ、そりゃ光栄だ……。だがな、一つ事実が抜けてるぜ」
「……?」
「俺は小さな女の子が大っっ好きでな……! 戦場では我慢してたが、今なら関係ねえ! レヴィちゃんと契約者さえ連れ帰ればいいんだからなぁ!!」
そう言って、鎌を振りかざすイーヴェル。冗談のようなセリフだったが、彼は殺意の宿った目でニールとミィナを見る。そのしぐさに、リオンは反射的に叫んだ。
「待って! 待ってください!」
「ンだよ?」
もどかしげなイーヴェルの視線に射抜かれ、一瞬言葉につまったが、リオンは少しずつ言葉を絞り出す。
「そこまで言うなら……そうだ。勝負しましょう。一対一で!」
「勝負ぅ?」
「はい。あなたが勝てば大人しく付いていきます。僕が勝てば……あなたはこちらの質問に答えてもらいましょう」
くだらないと言いたげなイーヴェルに、リオンはつとめて強気で話す。途中でレヴィへと視線を移すと、リオンは小声で言った。
「レヴィ、悪いけど……お願いできる?」
「ボクは良いけど……」
一応うなずきながらも、レヴィは遠慮がちにニールとミィナを見つめる。置いていく不安ももちろんあるが、それ以上に仲間のいない不安があった。巻き込まない為には仕方ない賭けかもしれないが、リオンの甘さは彼女もよく知っている。
すると、その心中を知ってか知らずか、ニールがよろけながら立ちあがり、言った。
「待てよ……。大人しく待ってるなんてゴメンだ。俺もついていく」
「ちょっとニール!? アンタまだケガが治りきってないのよ?」
ミィナがあわてて袖をつかむと、ニールはにこやかに振り返る。
「お前こそ魔力切れでフラフラじゃねーか。心配しないで待ってろって」
「ニールだけ行かせたら余計に心配だわ。私も行く」
「いや本当にいいって! ……つーか何か引っかかる言い方だな」
「下手したら二度と会えないかも知れないのに、私だけ置いてきぼりにさせるもんですか……!」
互いを気遣っていたはずの二人だったが、少しずつ言い争いの気配が漂いはじめる。薄い寝巻姿で白い息を吐きながら、いつしか二人は「体力ねーだろ」「頭の切れがないじゃない」などと単なる口ゲンカを繰り広げていた。
「ええいうるっせえ!! とにかくついて来るならさっさと……」
「ぶえっくしょ!」
しびれを切らしたイーヴェルが怒鳴ったところで、ニールが大きなくしゃみをする。寒空の下にずっと薄着でいたので当然だ。
すると、その薄着の状態をあらためて見て、ミィナはふとこんな提案をした。
「そうだ忘れるところだったわ。一旦こちらの装備を整えさせてちょうだい。防具や薬が置きっぱなしだから」
「テメェ……それまで俺に待ってろってのか?」
「あら? ここまで待っておいて、こちらが備えるのは拒否するわけ? どうせなら全員納得ずくの方がいいと思うのだけれど」
じれた様子のイーヴェルに、ミィナは挑発的な態度で言い返す。
「……ちっ」
少しの間押し黙り、やがてイーヴェルが舌打ちをすると、ミィナは我が意を得たりとばかりにニールを支え、馬小屋の方へと引き返す。
「ミィナさん!」
「ミィナ!」
心配そうに成り行きを眺めていたリオンとレヴィが、あわててその背中を追いかける。ミィナはゆっくり振り返ると、微笑んでこう言った。
「大丈夫よ、きっと……。そうでしょ?」
その笑みは安心させるというより、望みをかけるかのような雰囲気が、どこかにあった。