神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~   作:ごぼう大臣

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四人ぶんの一撃

「……この辺でいいか? もういい加減イラついてきたぞ」

 

「ええ、ここなら村にも影響ないでしょう」

 

 村から数百メートル離れた林の中。木々が鬱蒼としげる、月の光も届かない暗闇の中で、リオンたちは剣と防具、そして薬や細かい装備品を万端に身につけてイーヴェルと向かい合っていた。

 薬で前もって回復したのかミィナはさほど疲労していなかったが、ニールは先ほどの傷が痛むのか、少々所作がぎこちなかった。

 

『……ニール、大丈夫?』

 

「……ああ、平気さ。じゃねえとここまでついて来るもんか」

 

 剣の中から問いかけるレヴィに、ニールは軽い調子で答える。しかしその顔色は真っ青で、額に脂汗が浮かんでいる。

 

「……ミィナさん、さっきの作戦……本気ですか?」

 

「ええ、思いついたのはあれしかないわ。気をつけて、以前と違って普通にケガするからね」

 

 何やら心配げな顔をするリオンに、ミィナは事もなげにうなずく。その時、イーヴェルが鎌を地面に突き立て、無愛想に言った。

 

「じゃ、始めていいんだな? 吐いた唾呑むなよ?」

 

「ええ、お待たせしたわね」

 

 ミィナが返事をし、彼らはリオンを先頭にして背後の左右にニール、ミィナと三角形に散らばった。リオンとニールが剣を抜き、ミィナは魔法を補助する手袋を着ける。

 

「じゃあ……行くぜ!」

 

 そう叫ぶなり、イーヴェルはリオンに向けてまっすぐ飛び出した。狼のようなその突進にリオンは一瞬遅れて反応し、すぐさま迎え撃つ。

 真上から振り下ろされた緑色に光る鎌を、赤い剣が受け止める。リオンの頭上で高い音が鳴った。細腕二本で持ちこたえるリオン。その後ろで、ニール、ミィナはそれぞれ左右に走り出し、イーヴェルの視界から消える。

 

「なんだいきなり逃げんのかぁ!? 邪魔する気もねえのかよ!?」

 

「……すぐに分かりますよ……!」

 

 鎌に力を込めながら挑発するイーヴェル。リオンはかろうじて膝で踏ん張りながらも、笑みを浮かべて答えた。

 

「……はっ!」

 

 イーヴェルが嘲笑い、鎌を持ち上げて今度は横に振り回す。リオンはとっさに後ろへ跳んで避けたが、続けて反対側についた鎌が迫りくる。

 

「うわっ!?」

 

 あわててまた跳んで避けるリオン。そこにまた鎌が襲いかかる。横から、上から、あるいは下から。自身を軸にして回転しながら、イーヴェルは自在に身長ほどの武器を振り回す。

 

「くっ……!」

 

 雪に足を取られそうになりながら、リオンは苦しそうに息をつく。どうにか懐に飛び込みたいが、回転する巨大な刃の内側に入るのはなかなか容易ではなかった。コマが回るように勢いよく動くイーヴェルだが、その実さまざまな角度で足元などを狙ったり、寸止めでフェイントをかましたりと、気を抜くひまがない。

 

「うらぁ!」

 

 隙を見て接近したリオンに、イーヴェルが蹴りをくり出す。リオンは腕でガードしたが、近づこうとしていた反動で何メートルも弾き飛ばされた。

 

「うわっとと……!」

 

『このっ……!』

 

 バランスを失いそうになりながらも、リオンはどうにか屈んで着地する。すると距離が出来たイーヴェルの手元に、今度は緑色の魔法陣が現れた。

 

風法武術(ふうほうぶじゅつ)弧月風刃(こげつふうじん)!!」

 

 イーヴェルがそう叫んで鎌を振るった瞬間、リオンの目に一瞬だけ、三日月のような形の薄緑色の何かがいくつも飛んでくるのが見えた。

 

「っ!」

 

 リオンは何を言う暇もなく横に転がる。その直後、彼の背後にあった木々が相次いでへし折れる騒音が響いた。

 リオンが顔を上げると一寸遅れて、太い木が五、六本同時に中ほどから折れたかと思うと、幹が音を立てて落下する。

 

「見えにくいだろ? それが利点なんだ。いつまでも意地はってたらボロボロになっちまうぜ?」

 

「…………」

 

 イーヴェルの見下した態度に、リオンは思わず歯噛みする。しかし悔しがっていたのもつかの間、イーヴェルはまた何度も同じ魔法を放ってくる。

 

「風法武術・【弧月風刃】!」

 

 リオンは素早く立ち上がると、距離を保ったまま円を描くように走り出す。通りすぎたそばから、木が何本も切り裂かれては無惨な姿に変わっていく。揺れる枝から鳥が飛び立ち、羽音と悲鳴が絶え間なく響いた。

 三十秒ほどリオンが走り続けると、辺りはすっかり折れた樹木に埋め尽くされる。枯れかけの枝がやかましく折れ、雪が飛び散り、残っていた枯れ葉がガサガサと音を立てる。

 その残骸が三十メートルほど列を作ったところで、イーヴェルはようやく攻撃を止める。視線をめぐらせると、空に向けて広がっていた枝がいくつも正面を向き、黒いかたまりとなって視界に広がる。

 

(まいったな……調子にのって見失っちまった)

 

 イーヴェルは目を細め、自身が最後に魔法を放った辺りを凝視する。魔力の刃か樹木のどちらかが命中していれば、そこらに倒れているはずなのだが……。

 夜の闇の中でジッと目を凝らす。横たわる木々の隙間からマントか何かが見えるだろうと考えていた。しかし。

 それを見つけるより先に、彼の右耳に猛然と駆け寄る足音が聞こえた。

 

「むっ……!?」

 

「うおおおぉっ!!」

 

 イーヴェルがとっさに振り向くと、泥だらけになったリオンがまっすぐに突っ込んでくるのが見えた。倒れた樹木の陰を隠れて移動してきたのだろう。

 イーヴェルはすぐに身構えようとするが、リオンの神剣にはすでに赤い魔法陣が浮かんでいる。

 

「火法武術・【火炎斬】!」

 

 リオンが叫んで一気に距離を詰め、燃え盛る刀身を振り下ろす。イーヴェルが動かなければ確実に当たる距離だった。

 

「ちぃっ!」

 

 しかし、刃が触れる寸前にイーヴェルは後ろへと飛び退く。肩に食い込まんとしていた剣の先が、引っかかったマントを焦がし、引き裂いていく。全身で光っていた金品を犠牲にして、イーヴェルはどうにか数メートル距離をとった。

 

「へへ……危ねえ危ねえ」

 

 薄ら笑いを浮かべてつぶやくイーヴェル。しかし、リオンは彼を見据えたまま、また平然と剣を構えた。

 その姿にイーヴェルが違和感を持つと同時に、彼の両脇の木陰から同時に何かが飛び出してくる。

 イーヴェルが素早く左右に視線をめぐらせると、今まで隠れていたらしいニールとミィナが走ってくるのが見えた。二人は全速力でイーヴェルに左右から組み付き、彼の動きを封じる。

 

「……なるほど……ハナからこれが狙いか!」

 

 イーヴェルが感心したように叫ぶと、ニールとミィナが得意気に口を開いた。

 

「わざわざついて来たんだからな……! 策くらい立てるさ! ミィナがな!」

 

「普通の魔法は効かないらしいからね……! 役に立てるのはこれくらいよ」

 

 二人が早口にしゃべっている間に、リオンはまた攻撃の準備をしていた。剣に赤い魔法陣が浮かぶと同時に、リオンはさっき以上の勢いで走り出す。

 

「リオン、今だ! ぶった斬れ!!」

 

『こいつで終わりだよ!』

 

 ニールとレヴィがけしかける一瞬に、リオンは敵へと肉薄する。その今にも一撃が見舞われそうな刹那に、イーヴェルがほんの一瞬、フッと笑みを浮かべた。

 

「風法武術・【空障壁(くうしょうへき)】」

 

 その直後、イーヴェルを中心にして風の渦が巻き起こる。辺りの木々をざわめかせ、地面の雪を水滴に変えて頭上高くまで巻き上げた。

 イーヴェルに触れ、あるいは接近していた三人は、分厚い空気の壁に押されるように五メートルほど一気に体を浮き上がらせ、はね飛ばされた。

 

「ぐわっ!」

 

「きゃあぁ!」

 

「うっ!」

 

『のわっ!』

 

 それぞれの悲鳴をあげ、ニールとミィナは後ろにあった木に激突し、リオンは雪で冷たい地面に転がった。無意識にしっかり掴んでいた剣から、レヴィの驚いた声があがる。

 

「くっ……」

 

 彼らの中で最初に立ち上がったのはミィナだった。しかし彼女はいっとう体のダメージが大きかった上、神器への対抗手段も持っていなかった。

 イーヴェルはくすぶるマントの火をはたき、ミィナへと振り向いて残忍な笑みをつくる。

 

「悪いが年増は趣味じゃねえんだ。また邪魔する前に消えてもらうぜ!」

 

 そう言って、イーヴェルは鎌を持ちなおし、ミィナへ向けて風のように駆け出す。背後でニールが怒鳴るのが聞こえたが、意にも介さなかった。

 ミィナはよろめきながら立ちあがり、その場を動こうとする。イーヴェルが素早く近づきながら、スローモーションの獲物の動きを鋭く目で追って――。

 

 その彼の眼前に、不意に、オレンジ色の熱いものが躍り出る。イーヴェルは体に急ブレーキをかけると、くるくると空中を縦に回って後退し、そのオレンジ色の――火球が飛んできた方角をにらんだ。

 レヴィが飛び出してきたのかと最初は思ったが、そうではない。視界に映ったリオンが突きつけている剣は赤く染まっていたし、赤い魔法陣が浮かんだ直後、リオンは苦もなく魔法を放ったのだ。

 

「火法武術・【飛炎弾(ひえんだん)】!!」

 

 合間に本で覚えていたのだろうか。彼がそう唱えた瞬間、剣の切っ先から人の頭ほどの火球が飛び出した。まっすぐ飛んできた高速のそれを、イーヴェルはとっさに横へ避ける。

 

『まだまだ!』

 

 レヴィが叫ぶ。リオンは今度は繰り返し、剣をさまざまな軌道で振るった。すると振るう度に剣からは次々に火球が飛び出し、剣の軌道によってさまざまなカーブを描きながら、そろってイーヴェルへと向かっていく。

 

「……面倒くせえ!」

 

「二人とも、僕の後ろに!」

 

 イーヴェルも神器を介した魔法は恐れており、右へ左へ細かくステップを踏みながら火球を避ける。焦げた髪が鼻にかかり、彼は舌打ちした。

 一方、リオンはこの隙に仲間を呼び寄せ、自身の背後に避難させる。相変わらず火球は間断なく放ち、ほんの少しの間、イーヴェルが防戦一方となる状況が作られた。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 イーヴェルが、鎌を自分の体の前へと差し出すように横向きに持つと、柄の真ん中を軸にして、両手で縦に回転させはじめる。イーヴェルの目の前、風車のように回転する鎌の軌跡に巨大な緑色の魔法陣が浮かび上がると、彼は大声で唱えた。

 

「風法武術・【回刃壁(かいじんへき)】!」

 

 すると、回転する鎌の大きさからは考えられないほどの巨大な円を思わせる風が、イーヴェルの前に吹き荒れた。地面をかすめた鎌に一瞬遅れて、風の刃が振り子のような軌道で二メートルほど雪と土をえぐった。

 輪を描いて循環する風の渦は巨大な盾の役割を果たし、イーヴェルに向かっていた火球を距離も関係なく吹き散らしてしまった。

 

「…………っ」

 

「どしたどしたぁ! さっきのが隠し球か!? とんだ期待はずれだな!」

 

 鎌を軽快に回しながら、イーヴェルは強風にかき消されないほどの大声で怒鳴った。リオンは歯噛みしたが、言い返せなかった。

 神器の扱いにかけてはおそらくイーヴェルが上。しかも神器を振るう度に、リオンは大きく消耗していく。いつしかリオンは火球を飛ばす事もやめ、イーヴェルの鎌から扇風機の要領で吹きすさぶ突風にさらされるばかりとなった。

 

『リオンどうするの!? このままじゃ……!』

 

 剣の中から、レヴィが焦った様子で問いかける。言われてリオンは背後に目をやった。そこではニールとミィナが、互いに寄り添って思い詰めた表情で彼を見上げていた。

 リオンは強風に踏ん張りながら、必死に考えをめぐらせた。イーヴェルに攻撃が通じるのは自分しかいないが、魔力はこころもとない。いっそ降参してニールとミィナだけでも見逃してもらおうかとも考えたが、先ほどミィナへと襲いかかられたのを考えると、それも良案とは思えなかった。

 

 次第に思考はせっぱ詰まり、彼は今日一日の出来事を思い返した。川に飛び込んで鈴の髪飾りを拾い、それをレヴィが受け取り、一家の手伝いをする中で、自分は馬小屋の掃除、レヴィは子供たちと鬼ごっこをして――。

 

 そこまで考えて、リオンはハッと目を見開く。そして、手の中の神剣を目の前にかかげ、風の中で敵に聞こえないよう気を遣いながらささやいた。

 

「レヴィ、頼みがある」

 

『な、なに!?』

 

「一回、外に出てきてくれない?」

 

『……えっ!?』

 

 リオンの言葉に、レヴィがすっとんきょうな声をあげる。後ろの二人も驚いた顔でしゃがみながら詰め寄った。

 

「おいお前、何言ってんだよ!?」

 

「そうよ、レヴィちゃんがいなくなったら、それこそ……!」

 

 声がかぶさるのも構わず叫ぶ二人に、リオンは微笑んでみせる。そして、珍しく自身のこもった口調で言った。

 

「大丈夫……。僕に考えがあります」

 

――

 

 離れた場所から風を巻き起こしていたイーヴェルは、リオンが仲間となにやら相談しだしたのを見て、ようやく魔法を解いた。

 何かまだ手があるのか? イーヴェルは風で乱れた髪を片手ですいて、鎌を持って相手を見据える。

 しかし実際のところ、イーヴェルは大して警戒はしていなかった。もっと使える魔法があればとっくに出しているだろう。神器を持ったばかりの少年に、取るに足らない冒険者二人など、知恵をしぼってどうなるというのだ。

 おおかた降参するかどうかの言い争いでもしているのだろう……。そう考えて、イーヴェルが一歩近づいた時。

 

「……ん?」

 

 おもむろに、ニールがリオンの前に躍り出た。そしてニールは自分の目の前に剣を掲げ、何かの誓いをするような格好になる。

 イーヴェルは眉をくねらせて彼の行動を凝視する。すると、ニールの剣に黄色い魔法陣が浮かび、持ち主がこう唱えた。

 

「雷法武術・【閃雷散(せんらいさん)】!」

 

 その途端、掲げた刀身からまばゆいばかりの白い光が走り、辺り一面を一瞬だけ覆った。

 

「ぐあっ!?」

 

 イーヴェルは叫び声をあげて目を覆い、数歩たじろいでかぶりを振った。顔をしかめてまばたきをし、目を開けて辺りを見回すが、元が夜なだけに明滅する視界はろくにものが映らない。

 イーヴェルは目をこすりながら忌々しげに喉を鳴らした。直接攻撃はともかく、こんな魔法は想定していなかったのだ。

 とにかく目的に逃げられないようにだけ注意しなければ……。そう考えたイーヴェルは手の感覚を頼りに鎌を握り直す。ところがその時。

 

 チリン。

 

 彼の耳に突如鈴の転がる音がした。森林の動物が鳴らすはずがない、人工的な音。それに、否応なしにイーヴェルは反応した。

 頼りにならない薄目を駆使しつつ、音の鳴った方角へと走り出す。鈴の音は聞き間違いではないようで、遠ざかりながらもチリン、チリンと複数回鳴り響く。

 逃がすものか、とイーヴェルは瞬く間に音と距離を詰める。そしてちょうど視力の回復してきた目を見開き、眼前の獲物をにらみつけようとする。

 しかし、その獲物を見た瞬間、彼の動きがピタリと止まった。

 

「……ん?」

 

 イーヴェルは間抜けな声をあげ、間近にいる獲物を"見下ろす"。

 そこにいたのは、子供の姿に変わった神器の精霊、レヴィだった。鎌を構えるイーヴェルを上目遣いに見やり、髪飾りについた鈴を揺らしながら、舌を出してからかっている。

 イーヴェルは彼女の姿を見てはいたが、戦いの最中に目にするとは思わなかったので、予想外の事態にわずかな間だけ戸惑ってしまった。

 その一瞬の隙に、レヴィは火の玉へと姿を変えて飛び去っていってしまう。それを見てイーヴェルは我にかえった。

 

「待て! こいつ……」

 

 イーヴェルは手を伸ばして遠くなる火の玉をつかもうとしたが、その手は空をかいた。彼が追いかけようとすると、その背後から魔法を唱える声がした。

 

「水法・【破流波】!」

 

 人一人を呑み込むほどの水の塊は、イーヴェルの背中に渦巻きながらぶつかった。イーヴェルはその冷や水にいら立ちを露にしながら振り返り、その魔法の主、自身を見据えているミィナに向けて怒鳴った。

 

「効かねえっつってんだろ、年増のダボがぁ!」

 

 イーヴェルは片手で水流を払いのけ、脇に水溜まりをつくった。するとその張り裂けるような水音に混じり、また別の誰かの足音が、忙しく響いてきた。

 イーヴェルが目をむいて振り向くと、視界にリオンが躍り出た。自身に「祝法・【俊敏】」をかけたその動きは、今までとは別人のようだった。そして何より、手に持つ神器には深紅の色が、精霊の力が戻っている。

 しかし、それでもイーヴェルの反応速度は越えられない。敵は一瞬だけ顔つきを変えたものの、すぐに足を動かし、剣をかわそうとする。

 

 だが、そこで一つ誤算があった。イーヴェルが駆け出そうとした瞬間、その足が何かにすくわれたように、大きく雪の上を――先ほどの水法で水浸しになった雪の上を――滑ったのだ。

 

「のわぁっ!?」

 

 イーヴェルは冬にはしゃぎすぎた子供のような悲鳴をあげ、動転する視界の中でふとミィナを見た。

 "魔法にはいくらでも活用法があるのよ"とでも言いたげな、勝ち気な笑み。

 憎々しげにそれをにらみつつ、イーヴェルがどうにか体勢を立て直そうとしている間に、背後にはもうリオンが剣を振り上げ、迫っていた。

 

「いっ――」

 

「火法武術・【火炎斬】!!」

 

 満を持した炎剣の一撃が、一閃イーヴェルの胴を切り裂く。イーヴェルは背筋をそらして天をあおぎ、目一杯に口を開いた。

 

「かっ、はぁっ……」

 

 声にならない叫びと血を吐いて、イーヴェルはその場に崩れ落ちる。水溜まりの中に手と膝をつき、水が連続してはねる。彼がうずくまると下を向いた口から血がしたたり、泥水に赤色が混じる。その水には彼の苦悶の表情がうっすらと反射していた。

 

「上手くいったわね」

 

「とっさの思いつきにしちゃ上出来だぜ」

 

「……え、ええ……」

 

 イーヴェルを見下ろして荒い息を吐くリオンの周りに、ミィナとニールが駆け寄ってくる。その足元を一瞥し、イーヴェルは悔しそうに言った。

 

「……油断したな。まさか俺が背後を……」

 

「悪いがな、負け惜しみを聞いてる余裕はないんだ」

 

 しわがれたイーヴェルの声を、ニールが強い口調でさえぎる。その表情にいつものふざけた色はない。厳しい目でイーヴェルと、続けて神剣に視線を投げつけ、ニールは最後にリオンを見た。

 どこか遠くを見るような目をしていたリオンは、ニールの視線に気づいてハッと息を呑む。人を斬る感触はいまだに慣れていなかったが、今はそう言っていられない。本番はここからなのだ。

 

『……リオン』

 

「リオン君」

 

 レヴィに気遣わしげに、ミィナに戒めるように名を呼ばれ、リオンは目の前で血を流す相手に剣を向ける。

 

「……さあ、約束通り聞かせてください。まず、あなた方はどうやって契約したんです?」

 

 その声は硬く、緊張していた。赤い剣先もわずかに震えている。もし相手が捨て身でかかってくれば、すぐさま止めを刺さねばならない。重苦しいプレッシャーを感じながら、リオンは答えを待つ。

 

「へ……へへへ……」

 

 イーヴェルは薄ら笑いをして、答えなかった。水溜まりに不愉快な笑顔が映る。

 

「答えてください! 仲間は何人ですか! 天上の再建とは、どうやって……」

 

 肩にのしかかる重圧を払いのけるかのように、リオンはわめいた。ニールが代わりにイーヴェルを警戒し、ミィナは心配そうな目を向ける。

 ……張りつめた空気が漂って、数分ほど。イーヴェルはおもむろに、不可解なセリフをつぶやいた。

 

「なるほど……対等な契約ってのも便利だな……今さら、遅いが……」

 

「え?」

 

 そのセリフにリオンが声を漏らした瞬間、なんと、イーヴェルは小さく風を起こしたかと思うと、跡形もなく消え去ってしまった。

 

「……!?」

 

 リオンは目を見張った。続けて「なっ、え?」などとあわてながらニールたちは辺りを見回したが、せいぜい水溜まりに波紋が広がっている程度しか痕跡はなかった。

 

『逃げられた……!?』

 

「くそっ! なんなんだよ、どんな手品だ!?」

 

「……一筋縄ではいかないわね」

 

 メンバーの大半が戸惑い、あるいは悔しがって地団駄を踏む。そんな中にあって、リオンがうつむき、こうつぶやいた。

 

「……すみません」

 

「謝る事はないわ。生き残れただけ良しとしましょう」

 

 緊張からの反動か、リオンは卑屈に頭を下げた。ミィナはそれをなだめてから、ニールを含めた男二人を見渡す。

 

「とにかくサラちゃんの家に戻りましょう。いなくなっていたら怪しまれるわ」

 

 その声におされ、一行は戦いの余韻が冷めやらぬ体を引きずり、トボトボと帰路についた。空は日の短い冬にあって、すでに白みはじめていた。

 

 しかし、彼らは気づいていなかった。イーヴェルが消えた時に、林の中ばかりを見て注意していなかった上空で、一羽の鳥がいつまでも同じ場所を旋回していたのを…………。

 

 

――

 

 

 先の戦闘から、数時間後……。

 

 

「糞がぁっ!!」

 

 岩に囲まれた薄暗い空間に、イーヴェルの怒鳴り声が響いた。腹を押さえてうめく彼の血の跡をたどると、洞窟のように見えるその空間の突き当たりには、上へとつながる階段があった。

 すると、そこは地下だろうか? まさか……と疑いたくなる想像だが、ざっと広さ五十メートル四方もありそうなその空間は、壁も、天井も、床も、荒削りながら明らかに人の手でつくられた、れっきとした部屋だった。

 部屋の中央には、イーヴェルが昼間に洞窟内で幻影と話していた時の、あの六角柱の石碑があった。

 

 その部屋の奥まで進んだイーヴェルの目に、一つの灯りと人物の影が見えてくる。ランプが床に置かれ、そのそばで足を投げ出し壁にもたれかかる、一人の男。

 

「よぉイーヴェル。派手にやられたみたいだなぁ」

 

 その男はイーヴェルに振り向き、愉快そうに笑う。

 身につけた毛皮の肩口から筋肉質な腕がのぞき、開いた胸元からは彫りの深いラインがくっきりした陰影をつくっている。下半身を包む革ズボンはところどころが破れ、足先ははだしであった。

 そしてニヤニヤと笑う顔の上、髪の毛は、片側を思い切り剃りあげ、もう半分には目元からうなじにかけ、たてがみのような長い茶髪を垂らしているという、斬新なヘアスタイルだった。

 

「……マグロス」

 

「大丈夫かよ青い顔して。(つら)がいっそう酷くなってるぜ」

 

 マグロスと呼ばれた男はわざとらしくのけぞり、血まみれのイーヴェルの全身を舐めるように見つめた。その声は、以前イーヴェルが"通信魔法"で話していた幻影のうち、やけに挑発的だった男のものだった。

 その言いぐさがカンにさわったのか、イーヴェルが怒鳴りだす。

 

「テメェよくもいけしゃあしゃあと……。ずっと"使い魔"を使って見てたんだろ! 知らねえとは言わせねえぞ!!」

 

「ああ、あの鳥か? だってありゃ元々監視用だもんよ。戦闘力なんて皆無だぜ」

 

 いきり立つイーヴェルに、マグロスはヒラヒラと手を振って答えた。それからイーヴェルの目を見てから、白々しい口調で言った。

 

「監視用の使い魔は、俺と視界を共有する代わりに普通の動物ていどの力しかない。お前も知ってるだろ?」

 

 マグロスは自分の片目を指さして説明しながら、なぜか最後に舌を出してあっかんべーをした。その舌には、口を開けた狼の入れ墨があった。

 

「お陰でしっかり見えてたぜ? お前があのガキンチョに鼻の下のばしてたの。ったく、未成熟のメスが何の役に立つんだか……」

 

「テメッ……俺の数百万年越しの嗜好を否定するのか!?」

 

「うん」

 

 マグロスがすげなく答えると、イーヴェルはがっくりと肩を落とした。それからしばらくして気を入れ直すようにかぶりを振ると、膝をついて目線を合わせ、イーヴェルが言った。

 

「……いや、そんな事は今はいいんだ。重要な事じゃない」

 

「なんだよ、夜更けにわざわざ来てよ」

 

「お前の、"戦闘用"の使い魔を貸してくれ! 二匹でいいんだ!」

 

 イーヴェルが頭を下げると、マグロスは他人事のようにやにさがった笑みを浮かべると、もったいぶってそっぽを向いた。

 

「おいおい、奥ではまだ仲間が寝てるんだぜ? ちょっと静かにしてくれよ」

 

「いや早くしてくれって! あの目障りな冒険者ふたりを抑えられたら、一対一(さし)でどうとでも出来るんだ!」

 

「……はぁ……」

 

 マグロスは気だるげに立ちあがり、自身の両手を胸に当て、ゆっくりと引く。

 すると、彼の両手の甲を光が滑るように包み、長いカギ爪の形をつくる。次第にそれは質量をもった黄金色の物体へと変化していった。その様子は、イーヴェルが体内から鎌を取り出してみせた時と、よく似ていた。

 マグロスは一瞬だけ見とれるように自らの両手のカギ爪を眺めていた。手甲の部分に彫られた不可思議な文字は、天上のものだろうか。

 続けて彼は床に片ひざをつくと、両手のカギ爪の先を床にそっと立てる。すると爪の先を中心に左右からそれぞれ赤と青の巨大な魔法陣が浮かび上がり、マグロスが目を閉じてぼそりとつぶやいた。

 

「召喚法・【(キバ)(ムレ)】……【水ノ三十一番】、及び【火ノ十五番】、出でよ」

 

 何やら長い呪文を唱えると、半径五メートルはある二つの魔法陣から、ずるずると音を立てて二匹の動物……いや、怪物が這い出てきた。片方はコウモリの翼を持った水色の蛇、もう片方は鷹の翼を持ち炎のように逆立つ赤い毛を生やした獅子。とぐろを巻き、あるいは四つ足でいながら、三メートルほどの高さの天井を間近で窮屈そうに見つめている。

 

「……大したもんだな」

 

 怪物をぼんやり見上げながら、イーヴェルがつぶやく。マグロスは目を開けると壁にどっかりと背をあずけ、いくらか重圧をもって言った。

 

「ムダには使うなよ。作るのだってタダじゃねえんだから」

 

「あ、ああ。分かってるって」

 

 マグロスと怪物たちの迫力に尻込みしながら、イーヴェルは生返事を返す。そして一つため息をつくと、ニヤリと笑って自信ありげな口調で言った。

 

「奴らはどうも村の心配をしてたみたいだからな……俺に任せてくれ」

 

 イーヴェルが怪物たちを見上げ、残忍そうに目を細める。それを快く思ったのか、怪物たちも邪悪な獣の目を、同じように細めた。

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