神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「えっ、もう帰っちゃうの?」
太陽が登りはじめ、空が青白く染まる時分。子供より先に起きて掃除や囲炉裏の手入れをしていたサラの両親は、戸口に並んだリオンたちの言葉を聞いて、目を丸くした。
「『急いでるから行かなきゃならない』って……子供らに挨拶しなくていいのか?」
「そうよ。朝ごはんもまだなのに……」
「ああいえ、本当にいいんです。そこまでご厄介になる訳にはいきません……。サラちゃんたちに、よろしくお伝えください」
荷物の紐を直しながら、リオンはクマのできた目で頬笑む。遠慮もあったが、それ以上に昨夜の"騒動"を知られ、無用な不安を与えたくなかった。
「……ねぇミィナ、本当にもう行かなきゃダメ? ボクねむいよ」
レヴィがむずがるようにマントをかきよせ、隣のミィナに尋ねる。ミィナは首を横に振り、家の中に聞こえないように小声で言った。
「……ガマンして。早く
「むー……」
「お前はまだいいぜ。剣の中で寝ていられるんだから……」
しぶしぶといった様子でうなるレヴィに、ニールがあくびを噛み殺しながら笑いかける。三人の目元も、リオンと同じようにクマができていた。
昨夜の夜更け、ニールを始めとしてリオンたち全員を襲った神器の契約者、イーヴェル。風を操る神器を持つ彼は、『天上を地に再建する』ためにレヴィが必要だといい、連れ去ろうとしたのだ。
衝突のすえにどうにか追い返したが、すんでのところでイーヴェルは逃げ出してしまった。いまいち目的やたくらみの全容は分からなかったが、とにかく出来るだけ周りを巻き込まないようにと、ミィナが早めに村を出ようと提案したのだった。
「本当にお世話になりました。失礼いたします」
そう言ってミィナが深々と頭を下げ、背を向けようとした時……。
「おはよー……」
部屋の隅から、トボトボと寝巻き姿のサラが歩いてきた。髪は跳ね、眠たげに目をこする。
そんな彼女に気づくと、両親はリオンたちの方を一瞥してから、ホッとしたように言った。
「ああサラ、ちょうどよかったわ」
「ふぇ?」
「お兄さんたちな、もう行かなきゃいけないんだってよ。だから挨拶しておきな」
「え……?」
サラは小さく声をあげると、リオンたちの方を向いて目をしばたかせる。リオンが少し寂しそうな笑みを浮かべて前に進み出ると、前屈みになってサラに話しかけた。
「色々とありがとうね。これから先すごく大変だろうけど……どうか、頑張って」
「……はい、お元気で」
サラは一瞬何か言おうと口を開きかけたが、すぐにつぐんで無難な言葉を送った。その時、リオンの隣のレヴィが話しかける。
「サラ!」
「……レヴィちゃん」
「これ、ありがとね」
レヴィは耳の下あたりにある、鈴の髪飾りをつまんで微笑んだ。リン、と鈴が転がると、サラはつられたように笑顔になる。そしてレヴィの間近まで駆け寄ると、手を取ってたがいに言葉を交わす。
「大事にするよ。またなんかお返しに来る」
「あはは、そんな大げさな」
「大げさじゃないって。大事な贈り物だもん」
レヴィが屈託なくそう言うと、サラと、その両親もかすかに微笑んだ。家中に、和やかな空気が流れる。
やがて、ミィナがそっとなだめるようにレヴィの頭をなでた。
「さ、そろそろ行かなきゃ。急がないと遅れるわ」
「……うん、またね」
「……ええ、さよなら」
「失礼いたします」
「お気をつけて」
各々別れの言葉を口にし、ゆっくりと戸口から外へと歩き出す。少し話しているうちにも日は高くなっていたようで、リオンたちは戸外へ振り向いた瞬間に、まぶしそうに目を細めた。
そんな中で、ミィナがふと空へ目をやり、何かに気づいたように声を漏らす。
「――ん?」
「どした? 忘れ物か?」
「いえ、アレ……」
ミィナが空を指さすと、リオン、レヴィ、ニールの三人は空を見上げた。
月が完全に沈み、夜の面影を失って水色と白の二色に染まりつつある空。その一点……村のはるか上空、サラの家の真上あたりに、黒く小さな点のようなものが三つ浮かんでいるのが見えた。
「……あれは……」
リオンが片目をつぶって目を凝らしながらつぶやく。サラたち家族が不思議そうに背を見つめるのもかまわず、彼らはその視界に映ったものを凝視した。
空を浮かんでいるその点の一つ、三角形の頂点の位置で前を飛んでいたものが、不意にじわじわと大きくなりはじめる。
……否、落ちてきているのだ。黒い幕のようなマントをはためかせ、灰色の長髪を生やし、両端に刃のついた大鎌を持った男が、まっすぐ落下してくる。
その見覚えのある姿を認めた瞬間、ミィナが家中に振り返って叫ぶように言った。
「いけない! 皆さん、早く隠れ――」
言い切るよりも早く、ミィナの背後で音を立てて突風が巻き起こる。ミィナの髪が舞い上がり、リオン、レヴィ、ニールの三人が体をかばいながら目を見張る。その後ろではサラが驚きにあぜんとして突っ立ち、両親が大口を開けて風の起こった方角を見つめていた。
「……お前は……!」
リオンが腕で顔をかばいながら、目の前の大鎌を持った男をにらむ。昨晩にレヴィを巡って争った男……イーヴェル。ミィナとニールも身構え、彼をにらんだ。
イーヴェルはマントや金品を新調したのか、小綺麗な格好で彼らと向かい合う。口角を不気味に上げて、イーヴェルはこう言った。
「昨日は世話になったなぁ。諸君」
「日付はとっくに変わってただろ。おかげで寝不足だ、悪霊野郎」
「悪い悪い、用がすんだら永遠に寝かせてやってもいいぜ」
ニールの言葉を軽く流し、イーヴェルの目がレヴィへと向く。リオンは反射的にレヴィをかばうように前に飛び出した。レヴィ自身も敵対心をあらわに陰で目をつり上げる。ミィナとニールも緊張した面持ちでその場を見つめていた。
しかしその時、リオンたちの後ろから場違いな戸惑った声がした。
「あの……どなたですか?」
サラが、リオンたちの背後からおずおずと進み出てきた。その表情は盗み聞きをしていた子供のよう。彼女を含め家中の人間には、イーヴェルの正体どころか何が起こっているかさえ分からなかったのだ。
キョロキョロと周りを見回したサラは、イーヴェルと目が合う。黒いマントに大鎌、その異様な姿を見て、サラは目を見開いた。
ほぼ同時に、イーヴェルも目を見開く。ただし、前者は驚き、怯えていたが、後者は獲物を見つけた悪党のような喜悦に満ちていた。
「下がって!」
イーヴェルの表情に危機を感じ、リオンはサラを後ろへ押しやろうとする。が、それより一陣の風がふく方が早かった。
「ぐっ……」
「サラ!?」
リオンたちが目をつむり、うめき声をあげる。ここにきて両親もあわてて戸口に駆けつけたが、風がやんだ時にはもうサラの体がふわりと舞い上がっていた。
「お父さん、お母さん!」
サラの悲痛な声が響く。数秒後、イーヴェルは彼女を小脇に抱え、数メートル上空に浮き上がってリオンたちと両親を見下ろしていた。
「テメェ、サラをどうする気だ!」
「娘を返して!」
両親はイーヴェルを見上げて怒鳴り、懇願したが、イーヴェルはどこ吹く風といった様子で無視し、リオンの方を見て言った。
「コイツを返してほしけりゃ昨日の場所に来い。そこでケリをつけてやる」
「なっ……!」
リオンは思わず叫びかけたが、イーヴェルはそれより早く背を向けると、空中を滑るようにして村の外れへと飛んでいった。みるみる小さくなるイーヴェルに捕まったまま、サラは必死に助けを求める。
「いやっ! 離してください! 誰かぁーーっ!!」
「待てーっ!! サラをどうしようっていうんだ!!」
レヴィが怒気を露にして後を追って走り出す。それに気づいたリオンたちも、剣やいくつかの薬などを残し、重い荷物を床に置く。
「すまん、一旦カバン預かっといてくれ!」
「すぐ戻ります!」
「や、しかし……」
「お二人は中に! お願いします!」
「あの野郎め、やっぱロ◯コンか……!」
最後尾のミィナが両親を家中に押し込み、強引に扉を閉める。そして改めて武器の確認をし、顔を見合わせ、追いかけようとした。
しかし、そんな彼らの目の前で、突如地を揺らす轟音が響く。周りの家々がそろってきしみ、木々がざわめいた。
「きゃっ!」
「今度は何だぁ!?」
耳を割るような衝撃にミィナが耳をふさぎ、ニールが剣に手をかける。
しかし、そこにいたモノを目にした時、彼らは言葉を失った。
「これは……」
リオンが震える声でつぶやく。そこには、身長の二倍以上の高さから彼らを見下ろす、二匹の怪物がいた。コウモリの翼を持った巨大な青いヘビと、鷹の翼をもった巨大な赤い獅子。
それはイーヴェルが仲間に借りた"使い魔"だったのだが、リオンたちは知るよしもなかった。
「……まさか……天上の……」
「へ?」
リオンのかすかなつぶやきに、ミィナとニールだけが反応する。周りは畑から逃げ帰る農夫や、家中で悲鳴をあげる親子などで騒然となっていた。
「知ってんのか?」
「本で読みました……。天上のあった昔、権威のために飼われたり、神々と戦ったりした怪物たちがいたって。でも、今は絶滅してるはず……」
「……捕まえたら高く売れそうね。リオン君みたいのに」
「中に人でも入ってるんじゃねえか? 祭りの着ぐるみみたいによ」
若干の知的興奮をにじませながら話すリオンに、二人はひきつった笑顔で軽口を叩く。しかし、その顔色は瞬時に変わった。
眼下のリオンたちに向けて怪物二匹が口を開ける。大剣ほどの牙が並ぶその口の奥から、ヘビが渦をまく水流を、獅子が熱気をはらんだ豪火を、視界を覆うほどの勢いで吐き出したのだ。
「雷法武術・【迅雷斬】!!」
「水法・【破流波】!!」
とっさにニールが雷の剣で水流を切り裂き、ミィナが水の魔法で豪火を押し留める。一面にしぶきが飛び、蒸気が舞った。
「……おい、口から鉄砲水が出たぞ」
「見えたわよ。火も吹いた」
ニールとミィナが苦笑いするうちに、蒸気が晴れてくる。その奥でうなり声をあげる怪物たちを見て、リオンは焦った様子で言った。
「……まずいですね……コイツらの相手をしていたら……」
「……水と火、か。どっちも火の魔法じゃ不利だな」
「あからさまな足止めね」
歯噛みするリオンを見て、他の二人は視線といくつかの言葉を交わす。そして改めてリオンへと振り返ると、彼らはこう言った。
「リオン君、先にレヴィちゃんを追いかけて」
「え!? でも……」
「先にアイツがイーヴェルに捕まったら、思うつぼだろ!」
「くっ……」
リオンはためらいがちに視線を怪物たちへと映す。今まで戦った猛獣や怪植物より何倍も大きい正体不明の相手。そんな奴らを相手に、二人を残していいものか……。
「心配すんな。雪山よりゃ戦いやすいさ」
「私たちもすぐに追いつくわ。早く!」
迷うリオンに、二人は笑って言葉で背中を押す。リオンは意を決したようにうなずくと、二人の背にそれぞれ触れて、こう唱えた。
「祝法・【俊敏】【剛力】!」
瞬間、ミィナの体が軽くなり、ニールの体に力がみなぎる。二人を残していくリオンの、せめてもの気遣いだった。
「二人とも、どうか無事で!」
「縁起でもねぇっての!」
「リオン君もね!」
リオンは背中に仲間の言葉を受けながら、怪物たちの隣を横切る。それに反応し、間近にいたヘビが鎌首を持ち上げた。
「祝法・【俊敏】!」
リオンは自身の素早さを上げ、一気にヘビの視界から逃げ出す。ヘビが驚いて視線を動かすと、その後ろからニールが躍り出る。
「雷法武術・【迅雷斬】!」
「キシャアアァッ!?」
ニールが魔法を唱えた直後に、肉を斬る重たい音、電気がほとばしる音、ヘビのかん高い悲鳴が続けざまに響き渡る。
リオンはそれを聞きながら、ただただ村外れの林だけを見て走った。昨晩命がけで戦ったあの場所に、イーヴェルがいる。サラも、レヴィもいる。自分も行かなくてはならない。急がなくてはならない。
腰に挿した剣を何度も確認し、喉や胸が焼けつくような思いをしながら、彼は魔法で増幅した素早さの限り、ヒョウのように駆ける。
向かい風で前髪がめくれ、リオンの額に刻まれた炎の入れ墨が露になる。その契約の印をふと思い出すと、リオンはレヴィへと呼びかけるような気持ちで、入れ墨に向けて何度も祈っていた。