神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「はっ……はっ……!」
イーヴェルを追いかけて数分後、息を切らしてようやくリオンは見覚えのある場所にたどり着いた。
昨晩にイーヴェルと戦った場所。魔法の影響で切り倒された木々が何本も転がっているその場所に、二人の子供と、黒マントの男の姿がある。
黒マントの男、イーヴェルは腕に抱えた少女、サラの首に大鎌を大鎌を突きつけ、高い木の枝に立っていた。イーヴェルが見下ろすその下では、赤い髪をした少女、レヴィが肩をいからせ、イーヴェルを見上げて声を張り上げている。
「サラを放せって言ってるだろ! その子は関係ないじゃんかーっ!!」
「悪いがなぁ、契約者が来るまでは預からせてもらうぜ。なんせ今回失敗したら、奴らのところへ戻れなさそうだからな」
リオンはその光景を見て、まずはサラを解放しなければと思った。強引に戦いにに行けばまず間違いなく巻き込まれる。
立ち止まってリオンが息を整えていると、イーヴェルがその姿を見つける。そして軽薄そうに笑った。
「おや、契約者さんが助けに来てくれたよ?」
「……!」
イーヴェルの声にレヴィが振り返り、緊迫した顔を向ける。今まで手を出しかねていたのだろうが、あいにくリオンの頭にも名案は浮かばなかった。
リオンはさしあたり、イーヴェルを刺激しないようにと、ゆっくり歩み寄って話しかける。
「……イーヴェル、その子を渡してくれませんか」
「お前がついてきてくれるなら、いつでもそうしてやるぜ? 本来こんなガキに用はないからなぁ」
イーヴェルが手元のサラをちらりと見ると、サラは怯えるように目をそらした。レヴィが思わず駆け出そうとするが、リオンは手で制する。
「……なら、もう少しくわしく聞かせてください。『天上を再建する』っていうのは……具体的にどういう事なんですか」
イーヴェルを見上げながら慎重に問いかけるリオン。相手はその問いに少し考えてから、思い出すように話しはじめる。
「んー……実を言うと俺も新入りなんだがな……。神々が滅んだ今、神器を人間どもから解放し、権力者に成り代わる……。そいつは譲れない目的だと言ってたか」
「そんな大それた事を……」
「手始めはこの国からだ。世界中を探せば、神器はまだまだ残ってる。そいつらを味方につければ、すぐに実現できるだろう。俺たちは永遠に近い時を待ったんだ……。レヴィちゃんも含めてな」
イーヴェルが最後に怪しい視線を向けると、レヴィは嫌悪感に満ちた目をして身構えた。サラは隣の男が丸っきり夢物語を語っているとしか思えないようで、顔面蒼白となってもがいている。
リオンは話についていけるように気を張りながら、精一杯声を張り上げた。
「……っそんなの! みんなが納得するわけないでしょう! 神器の力を使うには契約者が要る。そんな目的のために契約する人間が、どれだけいるんですか。あなただって……!」
リオンがまくし立てるのを聞いて、イーヴェルは長いため息をついた。いかにも面倒そうなそのしぐさにリオンが言葉をつまらせると、イーヴェルはぼやくように言った。
「あーそれなー……。実際やり方はあるんだが、ちょいと面倒くさいからよ。できれば大人しくついて来てもらいたんだよな」
「……やり方?」
不明瞭な言い方に、リオンは眉根を寄せた。レヴィも心当たりがないのか、口をきつく曲げてイーヴェルをにらむ。
そんな彼らの表情を見て、イーヴェルは隣のサラを一瞥し、一転して明るい口調で言った。
「そうだ! 人間どもの被害が心配なら、俺から掛け合ってやってもいいぜ。とりあえず『10歳以下の少女は殺すの禁止』ってのはどうだ?」
「なっ……!」
その馬鹿げた提案に、リオンとレヴィはそろって肩を震わせた。それに気づいてか、相手は妥協案を出してくる。
「ダメか? なら12歳以下にしよう。生き残りは安全のために俺たちのハーレムにしようじゃないか。あるいは、俺ら抜きでイチャイチャさせてそれを眺め……」
「ふざけんなあァッ!!」
イーヴェルのセリフを、レヴィの怒声がさえぎる。そしてレヴィは自身を火の玉へ変えると、一瞬でイーヴェルの目の前へと飛びあがり、実体化して殴りかかった。
「おっと」
イーヴェルはそれを、枝の上に立ったまま軽々と避ける。レヴィも枝に着地してサラを奪い返そうとするが、イーヴェルはそれをお遊びのような調子でかわし続ける。
「はは、そう怒るなよ! 俺は幼女だけは殺さない事にしてんだ」
馬鹿にするように叫ぶイーヴェル。だが、それを見ていたリオンがとっさに自身の胸に手を当て、こう唱える。
「祝法・【俊敏】、【剛力】!」
瞬発力と筋力を強化した状態で、リオンはイーヴェルたちがこぜり合いしている木へまっすぐ駆け出すと、その幹を思い切り殴り付けた。ばきり、と生々しい音がして幹にヒビが入る。
「うわっ!?」
ヒビから上がメキメキと折れ、枝の上を跳ね回っていたイーヴェルが足をすべらせる。その拍子にサラが腕を離れ、すぐさまレヴィがそれをキャッチする。
「キャアァッ!」
イーヴェル、そしてサラとレヴィはあっという間に地上へと落ちていく。連れ去られてからずっと緊張のさなかにあったサラは高い悲鳴をあげた。少女二人が地面に叩きつけられそうになる直前、その下にリオンが滑り込む。
「よっ……と!」
間一髪、リオンの腕の中にサラとレヴィが収まる。少し衝撃があったが、【剛力】のせいか大した負荷は感じなかった。目の前で折れた幹が地響きをたてて転がる。
「ちぃっ……!」
一方、サラを手放したイーヴェルは、何か策があるのか舌打ち混じりに林の奥へと逃げ出した。リオンはそれを見て一瞬追いかけようとしたが、それより先に手元のサラの方へ目を移す。
「サラちゃん、ケガはない?」
「……はっ、はい……」
「もう大丈夫だから、落ち着いて。ね?」
リオンはできるだけ穏やかな表情でなだめたが、やはり子供の彼女は平静でいられなかったようだ。声も体も細かく震え、目を合わせるのさえ辛いのか、ジッと目をそらしている。
リオンはその姿を見て心を痛め、同時に彼女をどこに避難させるか考えた。
自分が連れ歩くのは論外だ。またいつイーヴェルが襲いかかって巻き込んでしまうか知れない。かといって村に帰そうにも、まだあの怪物が暴れているかもしれない。林の外に連れ出すだけでもしてやりたいが、そうすれば目と鼻の先に村がある。
「……リオン?」
レヴィの心配そうな声に我に返ると、リオンはサラを担いだままかたわらの茂みまで運ぶと、座らせてこう言い含めた。
「ごめんね。少しだけここで待ってて。すぐに戻るから」
「リオン……さん?」
「レヴィ、行こう。アイツを倒さなきゃ安心できない」
サラはいまだに気が動転しているようだったが、リオンは心苦しい表情で背を向け、レヴィと共に林の奥へと走り出した。
ふと、レヴィが途中で立ち止まり、振り返って笑みを浮かべる。
「大丈夫! ぜったい無事に帰すから心配しないで!」
「…………」
レヴィが駆け出していくのを、サラは心細い面持ちで見送った。その内心は果たして怖いのか、それとも心配しているのか。
彼女は茂みの中で座り込みながら、スカートのすそを固く握りしめていた。