神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
リオンがイーヴェルを追い、林の奥へと踏み込んで数分後。サラの姿も見えなくなり、周りは相変わらず木々と雪しか見えない。
リオンはその途中でしゃがみこみ、何やらジッと地面の雪を見つめていた。いぶかしげに眉を寄せ、足元から一回り視線をめぐらせて、ふとつぶやく。
「やっぱりだ……足跡が続いてない……?」
その深刻な声に、剣に入っていたレヴィがたずねる。
『足跡って何の事?』
「いや、雪が積もっているんだから、走ったら普通は跡が残るはずなんだけど……」
そう言いながらリオンは自分の背後を振り返る。視線の先には、今まさにしゃがんいでいる場所まで続くリオン自身の足跡と、イーヴェルが走ったであろう足跡が二筋並んでいる。
ところが、どういうわけかイーヴェルの足跡だけが、中途でふっと消えてしまっているのだ。リオンも疑問に思って雪の表面を観察しているのだが、本当に途中で途切れていた。
「一体どこに行ったんだろう……?」
『悩むより探しに行けばいいんじゃない? 煙じゃあるまいし、近くにいるでしょ』
「や、それは危ないよ。どこから何してくるか分からないんだし」
レヴィは探せと急かすが、リオンは相手を警戒してなかなか首を縦に振らない。しだいにレヴィは焦れてきたのか、怒気を含んだ声を張り上げる。
『そんな事言ってるうちに、見つからなくなったらどうするのさ!? 今は足だって速くなってんでしょ。さっさと……!』
「魔法だっていつまでも続くわけじゃないんだよ。それに、サラちゃんから離れすぎたらまたあの子が捕まるかもしれないし」
二人の意見はなかなかまとまらない。そうこうしているうちに、リオンはふと、自分の体がガクンと重たくなるのを感じた。
自身にかけていた祝法が解けたのだ。立ちくらみがし、フラつくのをとっさにこらえる。
『……リオン?』
「なんでもないよ……平気」
絞り出すような声で返事をし、剣を握り直す。倒れている場合ではない。そう考えながらリオンはどうにか気を張り続けた。
その直後。彼の背後から、茂みがうるさく揺れ、何かが飛び出す気配がした。
「うわっ!?」
リオンは叫び、反射的にその場を飛びのく。重い体を無理に動かすと、先ほどまでいた場所に大鎌の刃が深々と突き刺さった。
「そろそろ魔法が解けたかぁ? 動きがにぶいぜ」
「…………」
飛び出してきたイーヴェルはへらへらと笑いながら鎌を担ぎなおす。リオンも剣をかまえるが、その動きは少々ぎこちなかった。
「イーヴェル……サラちゃんは……」
『サラに何かしてないだろうね、この陰気のド変態!』
リオンが言いかけた疑問を、レヴィが罵倒をつけて代わりにぶつける。イーヴェルは一瞬目を丸くすると、鼻で笑って答えた。
「ああ、あの子供か。心配すんなよ。俺の好みはともかく、今はもうどうでもいいんだ」
『どうでも……いい?』
「そ。こうやって邪魔が入らないようにするためのエサさ。そんだけだよ」
聞き返すレヴィの声は震えていたが、イーヴェルは気にする様子もなく肩をすくめる。リオンも顔つきをキッと険しくさせた。
「あの……ミィナとニールだっけ? あの二人も手間かけさせやがったなぁ。お陰でマグロスに借りつくっちまったよ」
イーヴェルはぼんやりと空を見上げ、あからさまに気だるげにぼやいた。そのしぐさを見て、レヴィが低い声でたずねた。
『……その程度?』
「は?」
『アンタにとっての皆の値打ちは! その程度かって聞いてるの!!』
レヴィの高い声が林中に反響する。その大きさはリオンまで肩が跳ねるほどだった。イーヴェルは意にも介さず髪をなびかせ、レヴィに近づいた。
「そうカリカリすんなって。今の俺が興味あるのはお前だけさ。だから大人しくついて来てくれよ」
『…………』
「今までと違う景色を見せてやるよ。なんなら今から村のお仲間を助けに行ってやっても……」
イーヴェルが手をさしのべながら、そう言いかけた時。
リオンの額の炎の入れ墨が、不意に赤く光った。
『こっちに、来んなあぁーーっ!!』
レヴィのエコーがかった声が剣から発せられると同時に、リオンが剣を高々と振り上げ突進する。その動きはまるでイノシシのようで、先ほどのぎこちない動きとは別人のようだった。
振り上げた赤い剣が、詠唱もなしに炎を纏いはじめる。燈色の炎が渦を巻き、昨日のリオンの魔法とは段違いの、人を呑み込めるほどの大きさまで膨れ上がった。
「うおおっ!?」
イーヴェルはその予想外の勢いに戸惑いながらも、すんでのところで振り下ろされた剣を回避する。マントの裾がボロクズのようになったのを見て、彼は舌打ちした。
イーヴェルは困惑しながらもリオンへと向き直る。しかしそこで、イーヴェルはリオンの目が確かに、気弱く泳いだそれになっているのを見た。
(あれは……?)
『おりゃああぁっ!!』
イーヴェルはその様子にはいまいち心当たりがなかったが、リオンにとっては初めてではなかったのだ。
レヴィと契約して間もない頃に、何度か同じ事があった。体が勝手に動き、あるいは魔力を際限なく使う。リオンは今まさにその状態だったのだ。
(くっ……まずい……!)
体が自由に動かず、口もきけない状態でリオンは必死に考えをめぐらせる。レヴィの攻撃の威力は高いが、剣の振り方は未熟そのものでイーヴェルに難なく避けられてしまっている。おまけに、リオンの魔力は常にとんでもない勢いで削られていくのだ。
(レヴィ、レヴィ! いったん止まって!)
リオンは内心で必死に呼びかけるが、レヴィは相変わらず勝手に腕を振るい、脚を動かす。サラやミィナ、ニールの事で、頭に血がのぼっているのだ。
「ははは、それが本当の力か!? いいぜ、もっと見せてみろよ!」
イーヴェルはすぐに攻撃を見切りだし、愉快そうに吠えて後ろへ飛びのく。レヴィはまた剣を振り上げると、今度は空中でそれを振るった。
『こんのぉーーっ!!』
レヴィが振り下ろした剣から、辺りの木々を何本も巻き込むほどの巨大な火球が放たれた。辺り一面が一瞬にして燈色に染まり、熱風でイーヴェルのマントがめくれ上がる。
「風法武術・【鼓月風刃】!」
イーヴェルはすばやく三日月型の風の刃を放ち、目の前の火球にぶつける。火球が破裂し、周りで熱風がうねり、燈色の炎が撒き散らされた。
『くぅっ……』
(レヴィ、待ってってば! このままじゃまずい!)
風圧と熱から体をかばい、レヴィはようやく動きを止める。そこでリオンが再度呼びかけると、ようやく額の入れ墨から光が消えた。
『はぁ、はぁっ……ゴメン……』
「先走ったらダメだよ。ただ攻撃して勝てるなら、とっくにやってるって」
レヴィをいさめながら、リオンはジッと前方に目をこらしていた。まつ毛を焦がしそうな熱と突風、そして体中にのしかかる疲労感に耐えながら、リオンは必死に感覚を研ぎ澄まさせる。
わずかな時間があって視界がはっきりした頃。リオンの前方には小さな火をくすぶらせる木々と雪以外、何もなくなっていた。
火球を散らした時に身をひそめたか、そう思ってリオンは左右、背後にすばやく視線をめぐらせる。しかし、どこを見てもイーヴェルの姿はない。
「風法武術・【鼓月風刃】」
その時、リオンの《頭上》から声が聞こえた。リオンがまさかと思って振り向くと、その時はすでに風の刃が上空から迫ってきていた。
「うわっ!」
リオンは反射的に横に飛びのいた。直後に風の刃が地面を穿ち、地響きのような音が鳴り響く。
リオンは雪の上を転がって泥まみれになりながら、素早くはね起きて声のした方を見上げる。そして、一瞬言葉を失った。
「なっ……」
「残念。よけられたか」
イーヴェルは呑気な声で、リオンを《上空から見下ろしながら》言った。
見間違いではないかとリオンは何度も目をこすったが、どう見ても彼は地面から二メートルほど離れた何もない場所に浮かんでいる。
「……魔法……?」
「ん? ああこれの事か。魔法じゃないんだなぁコレが」
『……?』
からかうように頭上を飛び回るイーヴェルの言葉に、リオンたちは頭をひねる。しばらくして、レヴィが思い当たったように言った
『もしかして……加護の力?』
「あっ……」
レヴィの言葉に、リオンもハッとなる。リオンを雪山の寒さから守った"炎の加護"のような力が、彼にも備わっているのだろうか。
その答えを聞いたイーヴェルは、満足そうに手を叩いて笑った。
「はははっ、ご名答! 俺の"風の加護"がありゃ、
そう言って、イーヴェルは一直線にリオンへと突っ込み、鎌を振りかざす。リオンはあわてて走って逃げ出すが、イーヴェルは空中でカーブを描き、目を離さずについてくる。
「悪いが昨日の傷が
地上を逃げまどうリオンに向けて、風の刃が降り注ぐ。リオンは全力で脚を動かすが、イーヴェルはそれを弄ぶような目で追いかけ、攻撃し続ける。
「……だから足跡が途中から消えてたんだ」
『昨日もあれで逃げたんだね、セコいやつ!』
彼らが心得顔でうなずく間にも、リオンの体の至るところにはみるみるかすり傷ができる。リオンは痛みに顔をしかめ、目の前の木々の中へと逃げ込んだ。イーヴェルは陰に隠れた相手を追って風のように詰め寄る。
「おいおい逃げんのか!? もう少し俺と遊んでいけ!」
赤い目を光らせ突進するイーヴェル。そんな彼の目の前に突如、小さな火球が林の中から飛び出した。
「おっと!」
イーヴェルはあわてて止まり、体をひねって火球をかわす。見覚えのあるその火を見送っていると、間もなくして彼を狙う火球が正面から大きく円を描くようにして、始点を移動しつつ次々と放たれていく。
イーヴェルはそれを右に左に避けながら、小さくほくそ笑んだ。
(くく、この程度で俺が倒せる訳がねえ。それは向こうも分かってるはず……)
思考をめぐらせながらイーヴェルは鎌を構えると、魔法の詠唱とともに一回転に振り抜いた。
「風法武術・【
直後、イーヴェルを中心にして、半径20メートルほどの範囲にある木が残らず真ん中から真っ二つになる。重たい幹があらゆる場所で折り重なり、くすぶっていた火がまとめて消える。
耳が痛くなりそうな騒音の中で、一人剣を持ったリオンがイーヴェルへ向けて飛び出した。
「火法武術・【飛炎弾】!」
魔法を唱えてリオンが剣を振るうと、またいくつも火球が放たれる。イーヴェルはそれを悠々と避けつつ、リオンを見つめながら勝算を立てていた。
(……火球を放って俺の動きを制限し、徐々に接近する。そしてその次は……)
考えて視線で追う間にもリオンはイーヴェルの足元に近づくと、助走をつけて大きく飛び上がった。体を反らし、魔法陣の浮かんだ剣を全身で振るおうとする。
(……一か八か、懐に飛び込んで叩き斬る。見え見えだ、バァーカ!)
イーヴェルは嘲りをたたえた笑みを浮かべ、剣が届かないギリギリの距離まで身を引いた。リオンが剣を空振りした直後にカウンターを打ち込むつもりで、鎌を準備する。
しかし、リオンの次の行動は、予想外のものだった。
「火法武術・【飛炎弾】!!」
「っ!? ぐおっ!!」
ほぼゼロ距離で放たれた火球が、イーヴェルの胴体に直撃する。イーヴェルはマントに広がる火にあわてふためきながら、地上へとまっすぐ落下していく。
すんでの所で態勢を立て直し、イーヴェルは膝をくずしそうになりながらも足で着地する。が、彼が顔を上げたその目の前には、リオンが鬼気迫る表情で突進してきていた。
「火法武術・【火炎斬】!!」
「ちいぃっ!」
横薙ぎに振るわれた炎の剣を、イーヴェルは紙一重でかわした。マントの半分が引き裂かれ燃えカスとなり、金品が融けて雪の上に転がる。
「野郎……ムカつく真似しやがって」
「……こっちはとっくに怒ってますよ」
『ふん、騙されといて怒るなんてダッサ』
忌々しげに睨むイーヴェルに、無理をして笑みを返すリオン。レヴィは鼻を鳴らして挑発する。
どうにか攻撃を通したリオンたちだったが、状況が好転したわけではなかった。せいぜいイーヴェルは火傷を負った程度で、リオンの魔力も普段の半分以下にまで減っているのだ。
(正直言えば今のでいけるかと思ったんだけど……まずいな)
剣を持つ手に汗をにじませながら、リオンは苦笑いする。そんな彼に向けて、突如イーヴェルが急接近した。
「わっ!?」
リオンは肉薄する敵に動揺しつつも、とっさに剣で体をかばう。しかし、イーヴェルは鎌を振るうのではなく、リオンの足元を回し蹴りで払った。
油断したリオンの体が一瞬浮き上がり、無防備になる。その隙にイーヴェルはリオンの手元にあった剣を、鎌で弾き飛ばした。
『なっ……!』
驚いたような声をあげながら、レヴィもとい赤い剣が数メートル離れた地面に突き刺さる。同時にリオンの体は背中を打ちつけ、首元に鎌を突きつけられた。
「痛っ……!」
「面倒くせぇのは程々にしようぜ。勝ち目が無いの分かるだろ?」
イーヴェルは鎌の先で首をつつきながら言った。その様子を見て、レヴィが叫ぶ。
『このやろっ! リオンに何すんだ!』
「おぉっと、剣から出てくるなよ。
イーヴェルが鋭い目を向けると、レヴィはしぶしぶ押し黙った。それを確認すると、改めてリオンに話しかける。
「で、もう一度聞くぜ? 俺らについて来る気はないか?」
「……お断りします。昨日からこっち強引な事ばかりして、信用なんて出来ませんよ」
リオンは精一杯強気な顔をして言い放つ。それを聞くと、イーヴェルはやれやれと額を押さえて言った。
「はぁーったく……じゃあまた改めて"探す"しかねえのかなぁ。せめてレヴィちゃんが乗り気なら……」
「…………?」
なにやら嘆く姿を見て、リオンは眉をひそめる。思えば先ほども『契約者の同意がなくともやり方はある』という風な事を言っていた。
自分を殺すのはそれと関係あるのではないか? そう思ったリオンは、おずおずとイーヴェルに向けて口を開く。
「気になりますね」
「は?」
「僕が自分から協力しなきゃ、何かしら手間が増えるみたいですが……それは、契約についての手間でいいんですか?」
「…………」
「僕はレヴィと同意して契約しましたが……もしかしたら他にも方法はあるのかも。レヴィの知らない、あるいは覚えてないやり方が……」
静かに推理を口に出すリオン。イーヴェルはそれを聞くうちにだんだんと顔を険しくして、鎌を目の前に突きつけた。
「詮索なんてやめとけ。命がいらないか?」
「……それは、ただの脅しですか? それとも、殺しても問題ないんですか?」
低い声でたずねるイーヴェルに、なおもリオンは質問をぶつける。それを見て、イーヴェルはうんざりしたようにため息をついた。
「交渉はなしだな。悪いがお前は始末しとく」
『なっ……!』
「……神器の力は契約ありきだと最初に聞きました。最悪でも神器だけ持ち帰ればいいんですね」
「ああ、そうともよ。ついでに言えばな……」
レヴィが焦り出すのをよそに、リオンはまだ推理を続ける。そんな彼を見下ろしながら、イーヴェルは鎌を振り上げ、こう吐き捨てた。
「俺の"容れ物"は、お前ほどおしゃべりじゃあなかったぜ!!」
リオンの首に向けて、鎌が風を切って弧を描く。しかしそれが首に食い込むより先に、リオンが手元の雪をつかみ、イーヴェルに投げつけた。
「うっ!?」
雪が目に当たり、イーヴェルがのけ反った直後に、リオンは自身に魔法をかける。
「祝法・【俊敏】!」
リオンの胸元で魔法陣が光る。体が軽くなった瞬間にリオンは跳ね起きて近くの剣をつかむと、猛然と林の中へ走り出した。
「あっ! 待てこの野郎!」
目を押さえながらイーヴェルが振り向き、怒鳴ったが、リオンは脇目も振らずに木々の合間に消えてゆく。イーヴェルは腹立たしげにうなると、魔法を唱え、鎌を振り回した。
「風法武術・
するとイーヴェルの鎌からすさまじい強風が巻き起こり、リオンの消えた方角の木々を直撃した。まるで風の津波とも言えそうなそれに煽られ、木々はざっと二百本ほどが根こそぎ根本からへし折れた。
将棋倒しになった林を見つめて、イーヴェルは目をジッとこらす。普通の人間なら木の下敷きでお陀仏だが、リオンは契約者だ。神器での傷でもない限りはすぐに回復する。
果たして驚いて這い出してくるか、それとも一足早く奥へ逃げたか……。思考を組み立てながら、彼は見晴らしのよくなった林の跡を、穴のあくほど睨んだ。
「…………ふん」
やがて視界が代わり映えしないのを確かめると、イーヴェルは鎌を担いで鼻を鳴らす。実際逃げられたのだが、彼は焦る様子もなく、ふと足元に目を落とした。
「無駄だぜ。俺と違って空も飛べないお前は、すぐに捕まえられる……」
そう言うイーヴェルの眼下には、戦いで地面のあちこちについた足跡が残っていた。
……一方、リオンは背後で木がなぎ倒されるのも構わず、全速力でイーヴェルから遠ざかっていた。荒い息を吐くリオンへ、レヴィがあわてて声をかける。
『ちょっとちょっと! どこまで行くのさ? サラから離れすぎたらまずいんじゃなかったの!?』
早口なその声に、リオンは弱ったような笑みをつくると、走りながら答えた。
「……そんなに遠くまでは行かないよ。どうせ正面からじゃ勝てないから……」
そこまで言って彼は立ち止まり、うつむいて息を整える。
「大丈夫……手はある」
『……へ?』
少しだけ語気を強めてリオンはつぶやき、自分の走ってきた方角を見返した。そこには、自分が通ってきた分の足跡が、まっすぐ一筋続いていた。