神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「ふふ……さぁーてどこまで行ったかなぁ?」
村の外れの林の中で、イーヴェルはニタニタと笑いながらリオンの姿を探していた。
とはいえ、その足取りに迷いはなく、むしろ弾むように早足で進んでいく。
理由は、彼の眼下から続く足跡である。雪の積もった地面を踏めばどうしても跡が残る。リオンがどこに逃げようが、足跡をたどればすぐに捕まえられるという寸法だ。
ほどなくして彼は、追っていた足跡の先にあるものを見つけた。
「ははーん……?」
道脇の木陰の根本から、ぺろりと薄い布のようなものがはみ出ている。その質感からして、リオンの羽織っていたマントにそっくりだった。
足跡がそのマントに続いているのを視線で確認して、イーヴェルは忍び足で近寄った。木陰にリオンが隠れていると確信し、息をひそめる。
(魔力切れか……? まあいい。理由なんざどうでもいいさ!)
そしてマントのすぐそばまで近寄ると、いざ首を刈ってやろうと鎌を振り上げ、イーヴェルは木の反対側へ飛び出した。
しかし、そこでイーヴェルはふと動きを止める。そこにはリオンの姿はなく、ただ茂みに引っかけて木陰からはみ出る格好で放置されたマントだけがあった。
(……なんだ? 罠か? 逃げやがったのか?)
イーヴェルはあわてて足跡を見直したが、何故かマントのそばで足跡は途切れている。木に登ったのかとも思い樹上を見上げるが、そこにも姿は見当たらなかった。
足跡もつくらずにどこに消えたのか。イーヴェルはいら立ちながら辺りを見回す。すると、彼の背後の茂みから、すばやく何かが飛び出す音がした。
「な……っ!?」
「やああぁ!!」
イーヴェルが驚いて振り向くと、リオンが剣を振りかざし迫ってくるところだった。イーヴェルが身構える間に、リオンは魔法を唱えだす。
「火法武術・【火炎斬】!!」
「ぐおぉ!?」
燃え盛る赤い剣を、イーヴェルは間一髪鎌の柄で受け止めた。魔力を流された鎌が緑色に光って炎剣を食い止めたが、イーヴェルはそれでもプレッシャーに圧されて膝をつく。
「テメェ……どうやって足跡をごまかした……!?」
目の前に来た炎剣をギリギリ押し返しながら、イーヴェルは忌々しげに聞いた。揺らめいた炎が互いの顔を赤く照らす。
リオンは腕に力を込めながら、相手の目をまっすぐ見て答えた。
「……昔、他の冒険者から教えてもらったんです。"バックトラック"ってやり方を」
「バック……なんだと?」
「途中で自分の足跡を逆にたどって、追っ手の目をあざむき隠れる。地上の野生動物が長年で編み出した知恵です……!」
リオンは強い口調でそう述べながら、歯を食いしばって剣を押しつける。そこで自慢げにニヤリと笑い、イーヴェルを見据えて言った。
「神器が特別だからって、油断しすぎですよ!」
『このまま押しきってやる!』
リオンの言葉にレヴィが呼応し、剣がいっそう激しく燃え盛る。イーヴェルの顔はとたんに青ざめたが、なぜか彼は冷や汗をかきながらも、次の瞬間に小さく笑みを浮かべた。
そして、イーヴェルは鎌の柄を強引に横にスライドさせ、片側の刃で炎剣を受け止めた。そして同時に、炎剣から遠ざかった側の柄を片手で引っ張ると、鎌は金具が外れるような音を鳴らして、柄の中央から二本に分離した。
「!?」
それを見てリオンの顔つきがハッと険しくなる。イーヴェルは自由になった方の鎌を瞬時に片手で持ち帰ると、拮抗していた手元に集中していたリオンに向け、すばやく振りかざした。
反射的に後ろに跳んだリオンの横腹を、鎌は高い音をたててかすめた。リオンの服が大きく横に破れ、血が噴き出す。血が雪の上に染み込み、足元を真っ赤に染める。
「つっ……!」
「奥の手ってのは取っておくもんだよなぁ、そうだろ!?」
イーヴェルはリオンに退くひまを与えず、両手の鎌をカマキリのごとく振り回して追い詰める。眼前をよぎる刃を避けつつ、リオンはわざと木を背にして鎌をかわした。刃は幹に突き刺さり、動かなくなる。
……と思われたが、鎌の刃はまるでバターでも切るかのように容易に幹に食い込み、あっさりと木を切断した。リオンは真後ろであらわになった木の年輪を見て、一瞬言葉を失う。
「『油断しましたね』だぁ!? テメェこそ神器をなめるなよ!!」
イーヴェルは追撃の手を全くゆるめない。リオンも必死で攻撃をかわすが、次第に息が上がりはじめていた。雪に足を取られそうになっては息が止まり、鎌の威力を思い出しては肩が震える。
『リオン、体貸して!』
「な、えぇ!?」
防戦一方かと思われた頃、レヴィが唐突に叫んだ。リオンが返事する間もなく額の入れ墨が光り、体のコントロールがレヴィに移る。
レヴィはすぐさまイーヴェルから遠ざかると、地面に落ちていたマント――リオンが罠に使ったもの――をつかんだ。そしてまっすぐ突っ込んでくるイーヴェルに向けて、そのマントを思い切り投げつける。
「ぶお!?」
(……レヴィ、ナイス!)
突然視界がふさがり、イーヴェルはマントを被ったままジタバタともがいた。その隙にコントロールが戻ったリオンは、すぐさま魔法を唱えだす。ここしかないと、ありったけの魔力を込めて。
「火法武術……」
「っ、クソがぁ!」
イーヴェルは怒りの表情でマントをはぎ取った。その目にちょうど、自分の頭上で燃える赤い剣が映る。
「【火炎斬】ッ!!!」
リオンの渾身の一撃が、イーヴェルの肩から腰を斜めに切り裂いた。だめ押しに、横にもう一撃。
イーヴェルは半身が火に包まれ、金品が蒸発し、マントが残らず塵に変わる。イーヴェルの目はみるみる驚愕の色に見開かれ、続けて苦悶に歪んでいく。
「ぐっ……がぁ、あああぁ!!」
イーヴェルは叫びながら血を吐き、その場で炎に巻かれながらくるくると体を回転させた。炎が狐の尾のように宙を舞う。鎌を取り落とし、服がほとんど燃え尽きて肉体の一部を炭化させ、彼はようやく地面に倒れ込む。雪が体の日で蒸発し、湯気をたててイーヴェルをめり込ませた。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
イーヴェルが倒れたのを見届けたリオンは、苦しげに息を吐いて膝をついた。額から汗が流れ落ち、視界が白黒に明滅する。
『リオン、大丈夫!?』
「ああ……ちょっと無理した、かな……?」
うつろな声で答え、リオンはふらつきながら立ち上がる。腹の傷を押さえながら、笑う膝をこらえて先ほど斬ったイーヴェルのもとに歩み寄る。
その時、倒れていたイーヴェルが、低い声でうめいた。
「……うぅ……」
『っリオン! こいつまだ生きてる!』
「あわてないで。……大丈夫」
レヴィは焦った様子で叫んだが、リオンはかすれた声でいさめる。その表情は心なしかホッとしているように見えた。
リオンは倒れているイーヴェルに向けて屈み、こう話しかけた。
「……もう決着はつきました。今度は質問をさせてもらいます」
「あ……?」
イーヴェルはいぶかしげな声をあげて、目だけ動かしてリオンを見る。リオンは目をジッと見つめながら、慎重な声で問う。
「昨日、『天上を再建する』と話していた……具体的な内容を教えてくれませんか?」
「……んな事今さら聞いてどうする。とっとと止めを刺せよ」
イーヴェルは当てつけのように問いをはねつける。リオンはそれでもめげずに口を開いた。
「詳しいやり方次第では……僕らも、どこかで妥協できるかもしれません。そりゃあまり期待はできませんけど、協力できるに越した事はないじゃないですか」
『…………』
リオンは大真面目な顔でそう言い切った。イーヴェルは目を疑って眉根を寄せたが、表情は変わらない。
レヴィもリオンが本気だと分かっているのだろう。口を挟まず、ジッと話のなりゆきを見守っていた。
「……ふ、ふふふ……」
不意に、イーヴェルは小さく笑いを漏らす。もしかしたら分かってくれたのか、とリオンは一瞬だけ気を抜いた。
その瞬間、鼓膜が破れるかと思うほどの衝撃がし、リオンの周りから音が消えた。そして視界が揺れ、なぜかイーヴェルの姿が急激に遠くなっていく。
リオンはその時気づいていなかったが、彼は急激な突風にあおられ、宙を浮いてはね飛ばされていたのだった。
「ぐっ!?」
短い悲鳴をあげて、リオンは木の一本にノーバウンドで背中を打ちつける。地面に倒れ、あわてて顔を上げると、彼は信じられないものを見た。
イーヴェルのいた場所で、先ほどまで兆候もなかった巨大な風の渦が、木々をへし折り、巻き上げていた。その風圧は近づくのも困難で、何十メートルも離れたリオンがろくに目も開けられないほどであった。
その渦の中心では、ほとんど衣服を失ったイーヴェルが宙に浮かんでいる。灰色の髪がバサバサと末広がり、赤い目は今までにないほどぎらつく。
そして、上半身を真っ赤に染めるほどだった血が逆に吸い込まれ、体の傷がみるみるうちにふさがった。
リオンがその光景に呆然としていると、イーヴェルは自身の手の甲の入れ墨を掲げた。それはうるさく緑色に光っている……。ちょうど、レヴィがリオンの体を操作した時のように。そして、その緑色の光は、リオンが見ている間にも体をむしばむかのように広がっていくのだ。
それを気にする暇もなく、イーヴェルはせせら笑うようにしてこう叫んだ。
「テメェが馬鹿で助かったぜ……。"容れ物"が壊れても、死ぬよりゃマシだ!」
叫び声と同時に、イーヴェルを取り巻く風の渦がますます激しくなる。もはや小さな竜巻のようなその光景を見て、リオンは思わず身震いした。
……同時に、イーヴェルの全身に広がった光を見て、リオンの頭にはふと、『暴走』という言葉が浮かんでいた。