神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「何だよ、これ……」
目の前に広がる光景、周りの木々を優に越す高さの竜巻を見ながら、リオンは呆然としてつぶやいた。
風が吹くだけで地鳴りのような音が響き渡り、耳が悲鳴をあげる。吹きつける突風はもはや衝撃に近く、立っているだけで押しつぶされそうだった。
「ははは! 驚いた顔してんな! こんな姿をさらしたからには、ただじゃすまさねえぞ!!」
イーヴェルは、緑色に光る入れ墨が身体中に広がった状態で、さも愉快そうに笑った。その姿はもはや人間というよりは、風を巻き起こす怪物のようだった。
体をすくませるリオンに向けて、イーヴェルは戯れのように片腕を横に振るう。
すると、殴りつけるような突風が何十メートルも離れたリオンに襲いかかり、体が紙のように浮き上がる。リオンは息をつまらせ、叫び声をあげる暇もなく何本も切れ目をさらしている木々の中へと吹っ飛んでいった。
「――ぐわっ!!」
リオンの見る景色が一瞬にして小さくなり、空中からダイレクトに背中を木に打ちつけて、彼の体はようやく止まる。
「つっ……」
がんがんと頭を揺らす頭痛をこらえ、リオンは顔だけをどうにか前に向けた。
その目には、竜巻が勢いを増し、切断されて転がる幹を軽々と巻き上げるさまが映った。風がとどろいているはずなのに、イーヴェルの見下した笑い声がやけにはっきり聞こえる。
リオンは必死で体を起こそうとするが、体力と魔力の消費がたたって思うように動かない。引きずるように手足を動かす彼の隣に、レヴィが実体化して降り立つ。
「リオン、何してるの!? 早くしないと……」
「分かってる。けど……」
レヴィが腕を引っ張って
「さぁどうしたどうした。お前も神器の契約者だろ? 黙って殺されたりなんぞしないよな? え?」
「……このっ……!」
煽るように口を動かし続けるイーヴェルへ、レヴィが振り向き、にらみつけた。
ところが、直後に彼女の表情がふっと変わる。
「あっ……」
身体中に奇妙な模様が光り、周りで力が荒れ狂って猛威をふるう姿。その光景を目にした瞬間、レヴィの頭の中に見覚えのない影像と音が流れ込む。
――白黒の視界。自分の周囲で、地鳴りと嵐が同時に起きたような重く激しい音が響いている。周りを見渡しても、他には誰もいない。まぶしい光が壁をつくり、まぶたを焦がすように辺りを照らしている。
岩と砂しか見当たらない不毛な地面の上で小さな自分を置き去りにして、音はいつしか空気のうねりとなる。
自身を取り巻く光は何なのだろう。レヴィは記憶の中で目を凝らしたが、色のとぼしい映像からでは何も分からなかった。
ただ……熱い。白い光は時おり揺らめいたかと思うと、吐息のように焼けつくほどの熱を吐く。裸足の足裏は痛みさえ忘れ、露出した肌がじりじりと
(何……何なの?)
レヴィは声にならない声でうったえたが、答えてくれるものはいない。代わりに脳をつんざくような頭痛がはしる。
レヴィは思わず頭を両手でおさえた。それが記憶の中での行為なのか、現実にそうしているのか、彼女には分からなかった。
頭の中をきしむような音が駆けめぐる。影像にチカチカとまばたきのような黒い闇が割り込みだしたかと思うと、だんだんとその頻度が増え始めた。
(痛っ……痛い……!)
頭の中の音が、けたたましく絶え間なく鳴り出す。レヴィが必死でかぶりを振り、叫んだところで、映像は直後、ぶつりと途切れた。――
「……ヴィ、レヴィ!!」
「……はっ」
すぐ隣で呼びかけるリオンの声に、レヴィは両手で頭をおさえた格好で我にかえった。つぶやいた言葉はやけに重く、現実感があった。
一方、二十メートルほど先では、イーヴェルがまた片手をかかげ、リオンたちに向けて突きつけたところだった。それと同時に、風に巻き上げられていた木がまっすぐリオンたちへと飛んでいく。
「危ない!」
リオンは叫び、レヴィを小脇に抱えると、半ば転ぶようにして飛びのいた。直後に風に乗った木がまだ無事な木々に直撃し、五、六本をへし折って木端微塵になる。
幹の残骸が降り注ぐ中で、リオンはとっさに道脇の茂みへと隠れた。
「どうしたんだよ、今度はそっちが動かなくなって!」
「それは……その……」
焦りのせいか語気が強まるリオンに、レヴィは歯切れ悪く目をそらす。先ほどの不明瞭な記憶をどう説明したものか、彼女には少し決めかねた。それに、心なしか未だに残る肌の焼けるような感覚。確信はないが、あれはなんとも忌まわしい、恐ろしげな記憶のように思えた。
その時、敵に背を向けていたリオンたちへ、また突風が吹き荒れる。二人は風の勢いだけではじき出され、雪の上に転がる。
「かくれんぼだったら後でやろうぜ。そのリオンって奴を殺したら、二人きりでな」
イーヴェルが辺りの木を鎌で斬りながら言った。風に乗った幹がますます増え、いつ飛んできてもおかしくない。
リオンは雪と風でよろめきながら、打開策を必死に考えた。最低でもイーヴェルを取り巻く木の幹と、風の渦をかいくぐらなければ攻撃は当たらない。正直、自分にそこまで出来る自信はない。
レヴィに体を明け渡せば勝機はあるかもしれないが、それは一か八かの賭けだった。それに、レヴィが見覚えのない記憶でうろたえている今、ますます望みは薄く思えた。
そう考えている間にも、イーヴェルは近づいてくる。リオンは剣をレヴィに押しつけ、こう言った。
「レヴィ、これ持って逃げて。僕の事はいい!」
「で、でも……」
「早く!」
イーヴェルの口ぶりからして、契約者が死んでも精霊に影響はないと思われた。そのためリオンは逃げるようにすすめたのだが、レヴィは躊躇する。
イーヴェルは元々リオンに興味がない。もはや戦う事さえ難しそうなリオンを置いていけば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。しかし迷っている間にも、風の音が近づき、地吹雪とともに肌をたたく。
レヴィは至近距離まできた竜巻を見て、続いてリオンを見つめた。いつか谷底で見た時のような、真剣な目つき。
彼の意思を尊重するか、命を尊重するか。二つの選択肢が頭の中でぐるぐると駆けめぐり、レヴィは半ばパニックに陥って目をかたくつむった。
「レヴィッ!!」
リオンの切迫した声が響く。それをかき消すような風が、彼の背後ににじり寄る。
その時、リオンとレヴィの頭越しに、突如水流と雷が矢のようにイーヴェルの竜巻にぶつかった。
「……ん?」
風にさえぎられたそれらが飛散し、イーヴェルが不快そうに顔をしかめる。リオンがぽかんとしてそれを見つめていると、背後から一組の男女の声がした。
「悪い、遅くなった!」
「ずいぶん奥まで行ってたのね。竜巻のおかげで分かったけど」
「あっ……」
その男女の姿を見て、リオンとレヴィの目に光が宿る。頼もしい援軍、ミィナとニールが来てくれたのだ。
「ミィナさん、ニールっ!」
リオンは叫ぶと、レヴィの腕をつかんで走りだし、その勢いで仲間のもとへと滑り込む。雪まみれになって見上げるリオンに二人は苦笑したが、反面リオンとレヴィはミィナとニールの姿を見て目を見張った。
「二人とも、そのケガ……!」
「ん? ああこれか? 気にすんな。死んじゃいねぇ」
村での戦闘のせいか、服が焦げ、鎧がへこんだりなどしている。ニールは手甲から血をにじませて事も無げに笑ったが、リオンとレヴィは緊迫した面持ちのままだった。
続いて、レヴィが思い出したようにハッと目を見開き、叫ぶ。
「そうだ、サラは!?」
「それも大丈夫よ。村まで送ったわ。けど……」
レヴィが小さく息をつく横で、ミィナは険しい目で正面の竜巻を見すえる。木の幹を風で巻き上げ、その中心で全身を緑色に光らせるイーヴェルを凝視して、リオンへと振り向いた。
「……ねぇ、あれって本当にイーヴェルなの? ずいぶん雰囲気変わったけど」
「僕も信じられませんが……追い詰められたせいなのか、急にあんな感じに……」
リオンは息も絶え絶えに答え、ミィナと同じくイーヴェルへ振り向く。竜巻の中心にいたイーヴェルは、顔を歪めてうっとうしそうにミィナとニールをにらみつけた。
「生きてやがったか……。俺の邪魔ばかりしやがって!」
「アンタが林をメチャクチャにしたからよ。あかげでいい道しるべになったわ」
声にドスをきかせるイーヴェルに、ミィナはからかうように答える。それがカンにさわったのか、イーヴェルはますます苦々しい顔をして、肩を怒らせた。
そのにじみ出る苛立ちを察し、ニールが仲間たちの前へかばうように立つ。
一方、ミィナは気にも留めずに懐を探ると、魔力回復薬を取り出してリオンに手渡した。
「これ……」
「必要だろうと思って取っておいたのよ。早く飲んで」
淡々とリオンを急かすミィナ。そんな彼女に、レヴィが口を挟む。
「待って。回復しても、どうやってアイツ倒すのさ? 正直攻撃が当たるかも分かんないし」
「考えが無くはないわ。こっちの想像通りなら……」
ミィナは竜巻を横目に見ながら冷静に語りだす。その時、またイーヴェルが風で木の幹を飛ばしてくる。
「雷法武術・【迅雷斬】!」
ニールが間髪入れず、雷をまとった剣で木を叩き斬る。真っ二つになって左右へと逸れた木にニールは得意顔だった。
「へへ、どうよ?」
「…………」
が、イーヴェルは意にも介さず、ニールに向けて人差し指を突きつけると、それをクイッと上に向ける。
するとニールの足元から上向きに強風が吹きはじめ、鎧に包まれた彼の体を軽々と舞い上がらせた。
「うおっ、おわああぁ~っ!?」
「ニール!」
ミィナが見守る中、ニールは間抜けな悲鳴をあげつつ空高く放り出される。しばらくしてイーヴェルが腕を下ろすと、ニールの上昇がぴたりと止み、今度はまっ逆さまに落下しはじめた。ちょうど、イーヴェルとその周りで吹き荒れる竜巻に向けて。
「ほらおいでー虫ケラくーん。一足先にあの世へ送ってやるよ」
「くそっ……!」
真上でもがいているニールを見上げながら、イーヴェルは舌をだして笑った。ニールはそんな彼に歯噛みすると、空中で剣を振り上げ、魔法を唱える。
「雷法武術・【
その声と共に剣を振り下ろすと、ニールの真下に向けて一閃、巨大な雷が発生する。その雷は食らいつく龍がごとく、上を見上げていたイーヴェルを直撃した。
「うっ……」
雷が散った後、イーヴェルは小さくうめいてかぶりを振る。神器のおかげでダメージはないが、やはり目もくらむような光は防げなかった。彼は目をつむってうつむいたまま、間近に迫ったニールを払いのけるように腕を振るう。
「ぬわーっ!?」
すると、ニールを今度は横向きの風が襲い、彼はリオンたちのいる方向へと吹っ飛ばされた。ミィナがとっさに手のひらを向け、魔法を発動する。
「水法・【蛇流波】!」
ミィナの手から飛び出した水流がニールを受け止めると、水はぐにゃぐにゃと形を変えて柔軟に勢いを殺し、ニールを軟着陸させる。倒れた彼に、ミィナを先頭にしてリオンたちが駆け寄った。
「ニール、大丈夫!?」
「し、死ぬかと思った……」
「早く立って! でないとまたアイツが……」
耳から水を出そうと頭を傾けるニールに、レヴィが急き立てるように肩を揺らす。そんな彼らにまた一陣の突風が吹き、リオンたちは互いに庇いあってそれをしのぐ。
「ええい往生際が悪ぃ! いい加減あきらめねぇか!」
イーヴェルが吐き捨てるように怒鳴ると、それに呼応するかのように竜巻が膨れ上がった。辺り一面に木がへし折れる音が鳴り響き、風が爆発のように空気を振動させる。
リオンたちはその姿に本能的な危機を覚え、誰が言い出すでもなくひとかたまりになって退却を始める。
「どうすんのさ、このままじゃジリ貧だよ!」
「手はあると言ったでしょう。とにかく隠れないと」
「この調子じゃ隠れる場所もなくなるぜ!」
「ああもう、少し黙って……っ!」
レヴィとニールに両脇から文句を言われながら、ミィナがただ一人冷静に先を走る。しかし体力が尽きてきたのか、不意に彼女はふらついた。
「三人とも、こっちへ!」
リオンがまだ無事な木の陰に背をあずけ、ミィナを支えながら彼らは身をひそめる。
間もなくして、その背後では風のうなる音とイーヴェルの怒鳴り声がこだましだした。
「おらぁ、いつまで手間かけさせんだ。こちとらレヴィちゃん以外に用はねえんだぞ!」
遠くの方で木々がへし折れる音がする。どうやらイーヴェルは冷静さを失い、半分八つ当たりで木々を破壊しているようだった。リオンはこの隙にと、そばでうずくまっているミィナへと視線を移す。
「ミィナさん」
「けほっ、な……何?」
「さっき何か手があるって言いましたよね。具体的に教えてもらえませんか」
「ああそうだったわね。まず……」
ミィナは息を整えると、ニールの方へ振り向き、こう尋ねる。
「ニール。アイツに吹っ飛ばされた時、何か感じなかった?」
「は? そう言われても……」
「例えば、アイツの真上に落っこちてる時とか、意外と自由に動けてたんじゃない?」
「ああ、言われてみれば。無我夢中だったけど、剣が振るえたわけだしな……」
戸惑いながらもうなずくニールに、ミィナは納得したようにうなずき返した。
「やっぱりね。その辺は本物の竜巻と一緒か……」
「え、なんて?」
「どういう事です?」
話が見えないレヴィとリオンが待ったをかける。ミィナは二人とニール両方に向けて解説を始めた。
「竜巻は渦の形になってるから。風の塊みたいに見えても、中心に勢いの弱い部分があるのよ」
「と、なると攻撃を通せるとしたら……」
「ニールがやったように頭上からか、足元ね」
ミィナは確信したようにそう述べる。しかし、そこでレヴィがまた話に割り込んだ。
「待ってよ、そんな場所どうやって狙うのさ。また同じように近付ける保証なんかないよ?」
「それに足元っつっても、行ける気がしねえよ……」
レヴィやニールも釈然としないようだった。ミィナはそれを予期していたかのように、冷静に口を開く。
「まあ待ちなさい。魔法の"特性"を利用すれば、そうとも言えないわ」
「特性、と言いますと?」
「例えばニールの得意な"雷"。あれは素早くて威力もあるけど、まっすぐにしか飛ばないの。接触してたら別だけど、軌道が読まれやすい」
「そんなん意識して使ってなかったぜ」
「それは今はいいわ。それで……」
ニールのつぶやきを軽く流し、彼女は今度は自身を指さす。
「で、私が得意なのは"水"。こっちは流動性があって、ある程度は魔法の向きや形をコントロールできる。殺傷力は低いけど、おかげで人を受け止めたりもできるわ」
「……そう来て、僕らは"火"ですよね」
「ボクらの特性ってどんなのさ。早く教えてよ」
長い口上のせいか早口になるリオンとレヴィ。その時、彼らのすぐそばで風がとどろく音がした。四人がそろって耳をふさぐ。
「おら、どこ行きやがった! お望みなら、この林をハゲ坊主にしてやってもいいんだぜ!」
イーヴェルの怒鳴り声がすごみを増す。ミィナは険しい顔つきで仲間に向き直ると、小声で話し出す。
「確かに時間はないわね。一度しか言わないからよく聞いて。火の魔法はね……」
ミィナの声に、リオンたち三人は神妙な顔で聞き入った。