神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「……はぁ、ダリぃ。やっぱこの体じゃ無理がかかるな……」
四人が顔を突き合わせて策を練っている頃、イーヴェルはうなる竜巻の中心でため息をついた。
竜巻は相変わらず暴威を振りまいており、巻き上げられた木が十本ほど軽々と回転している。中には根っこごと引き抜かれたものまであった。
しかしながら、その震源地であるイーヴェルはというと、半裸になった体をずるずると引きずり、げっそりと薄目を開けている。
彼はふと立ち止まると、入れ墨が広がって緑色になった体に触れ、小さくつぶやく。
「……また
そう言ってイーヴェルが肩を落とし、まだ木々の中でも被害の浅い場所に立ち入った時。
ニ、三十メートルほど離れた木陰から、恐る恐るリオンが姿を現した。
「……ん?」
リオンの手に握られた剣が、元通り赤く染まっているのを見て、イーヴェルは少々いぶかしんだ。先ほど力の差は思い知っただろうに、まだ戦う気かと。
もはやこれまでと開き直ったのだろうか。目に闘志が宿ったリオンに、彼は距離を取ったまま問いかける。
「まだやるのか? こりない奴だな」
「……無理してでも決着つけなきゃ、どうなるか分かりませんから」
『それに、サラや他のみんなへの借りがあるかんね』
リオンは剣を構え、意外に強気な口調で言い返す。レヴィは緊張もせず、余裕さえうかがえた。勝算でもあるのかとイーヴェルが眉をしかめていると、リオンは不意に、真っ向から相手へと走り出した。
「ふん……」
イーヴェルは警戒しつつ、竜巻に乗った木を一本飛ばす。まともにぶつかれば潰れてしまいそうな木の幹が、まっすぐにリオンへと迫る。
「雷法武術・【飛雷針】!」
その時、リオンの脇を鋭い雷が横切り、木に突き刺さった。リオンに向かっていた木は斜めに弾かれ、あらぬ方向へ向かっていく。
イーヴェルが雷の飛んできた方向をにらむと、ニールが離れた木陰で勝ち気に笑っているのが見えた。
「それがどうした?」
イーヴェルは吐き捨てるように言って、今度は二本同時に木を飛ばす。ニールがまた雷の魔法を飛ばすが、片方は防げない。
「水法・【蛇流波】!」
すると今度は、ニールの反対側の前方から、太い水流が弧をえがいて迫る。それは木にぶつかる寸前で外側にねじ曲がり、木の幹を遠くへ放り出す。その水流の出所には案の定、ミィナがいた。
そうしているうちに、リオンは竜巻におされながらも、イーヴェルとの距離を少しずつ詰めてきていた。
「無駄だ」
イーヴェルがそうつぶやくと、彼を覆っている竜巻が一気に威力を増す。リオンはたたきつけるような風の勢いに顔を覆い、吹き飛ばされそうになる。彼はそれでもなお進もうとしたが、もはや竜巻はリオンの意思に関係なく体を押し退ける。空気の波が鼓膜を震わせ、踏ん張る足が勝手に雪をすべっていく。
「ったく何がしてーのかね。テメェの技なんて近づかなきゃなんて事ねーんだよ」
「くっ……!」
イーヴェルは呆れたようにリオンを見つめ、ますます風力を強めていく。リオンはやがて立つのもあきらめたのか、くず折れるように地に伏し、膝立ちで地面に剣を突き立てた。
地に刺さった剣を支えにして後退は止まったが、代わりに武器は使えなくなり、ただその場にうずくまるだけになる。
竜巻の中心でその姿を見ながら、イーヴェルは不審そうに目を細めた。
(なんだ……何を狙っている? また上から来ようって気にも見えねーし……)
一方、そんな目で見下ろされながら、リオンはつい先ほど話し合っていた内容を思い出していた。
――
『確かに時間はないわね。一度しか言わないからよく聞いて。火の魔法はね……』
そう切り出して、ミィナはていねいにこう続けた。
『まずは水と同じような流動性。火の魔法は自分の意思で揺らめかせたり、くねらせたりできる』
『……あとは?』
『あとは雷に並ぶ殺傷力、もとい破壊力ね。威力しだいでは物体を貫いたり、熔かしたりできるわ』
そこまで言って、ミィナはぐいとリオンへ詰め寄った。
『で、その流動性と威力を利用すれば、あのイーヴェルの足元を狙えるのよ』
そう言って、彼女は意味ありげに雪に覆われた地面をなでた。そして続ける。
『……リオン君、確か魔法の教本持ってたわよね。それ出して、今からでも見ておいて』
――
……回想している間、リオンはうつむきながらジッと剣に魔力を込めていた。頭上では彼に向かってくる木の幹を、ニールの雷やミィナの水流がいそがしく弾いている。
体に虚脱感が広がり、剣が熱くなっていく。体内の魔力がまたもや減っていくのが分かったが、リオンはそれでも魔力を流し続けた。
『ぶっつけ本番の魔法は、魔力を相当消費しないと上手くいかないわ。レヴィちゃんの力にも頼らないといけない。……二度目はないと思ってね』
最後のミィナの警告を思い返し、リオンは前方のイーヴェルをにらむ。風の渦に覆われて守られている彼の足元を見て、続けざまに頭の中でうろ覚えの魔法陣を思い浮かべた。
火の特性、"流動性"と"威力"を生かしたある魔法を発動せんとする。
その瞬間、リオンの剣を中心に、赤い魔法陣が地面に広がった。
……一方その時、離れた場所にいるイーヴェルは、足元にふと熱のようなものを感じた。
「ん?」
不意に感じる足元の違和感と、リオンの手元の魔法陣を目にして、イーヴェルは不穏な予感を覚える。
……しかし、地面に埋まったリオンの剣先から、炎が土を穿って自分の真下に迫ってきているとまでは、彼も瞬時に見抜けなかった。
満を持して、リオンは初めて使う魔法の名を唱える。
「火法武術・【
その声と同時に、イーヴェルの足元から突如人を呑み込むほどの炎が噴きあがる。それは竜巻の風にあおられ渦を巻き、あっという間にイーヴェルを覆って燈色の竜のように燃え盛る。
「ぐがっ……!? が、あ、あぁっあぁあああァーーーッ!!!」
イーヴェルが全身を焦がされながら悲鳴をあげる。竜巻が全て炎にとって代わられ、周りを飛んでいた折れた木々が一瞬で炭になり、砕け散ってゆく。
そんな中でイーヴェルと彼の大鎌だけが、元の形を保ったまま炎の中で黒い影をゆらめかせていた。
……一分ほどたっただろうか。燃え盛っていた炎もおさまり、全身にやけどを負ったイーヴェルがぽつんと取り残される。彼は持っていたボロボロの大鎌を取り落とすと、雪の上に大の字に倒れた。
「つっ……」
それを見届けて、リオンも立ち上がる。というよりそれまで体が動かなかったというのが正しい。大岩でも背負ったかのようによろめいていた彼は、ミィナとニールに支えられてどうにか前に踏み出す。
「うっ……ぐぅ」
「アイツ、まだ生きてるな……」
「…………」
うめき声をあげるイーヴェルを見て、ニールが険しい顔をする。うつろな目でイーヴェルを見つめるリオンに、ミィナがささやく。
「すぐに止めを刺しちゃいましょう。こっちも限界だわ」
「…………」
「リオン君、やりづらいだろうけど……」
「いえ、大丈夫です。すぐ済ませます」
気遣わしげに眉をたれるミィナに、リオンは作り笑いで答える。殺しはやはり心苦しい彼であったが、目の当たりにした脅威を思うと、躊躇する余裕はないと思われた。
そうなれば、始末をつけられるのは神器を持つリオンしかいないのだ。
「レヴィ、剣から出ないでね。万が一があるから」
『う、うん……』
緊張を押し殺したリオンの声に、レヴィは若干とまどう。リオンは一人でどうにか歩き出し、とうとうあお向けのイーヴェルを見下ろせる位置に来た。
「……言い残す事は、ありますか?」
小さくそう言って、リオンは剣を逆手に持ちかえ、イーヴェルに突きつける。
ただれた全身や、焦げた髪に混じってギョロリと光る目をむいて、イーヴェルはにやりと笑う。
「……この期におよんで遺言を言えってか? ……ははは、呆れたぜ。頭ン中お花畑かよ」
「……何もないよりマシです」
イーヴェルの嘲りに、リオンは沈んだ声で返す。問答無用で殺す、というのはやはりできなかった。
そんな彼の様子が意外だったのか、イーヴェルはしばしリオンをジッと見上げ、こんな事を口にした。
「……そうさなぁ、それなら……」
「……?」
「一つ良い事を教えてやろうか」
その言葉に、リオンの顔つきが変わる。後ろにいたミィナとニールも表情が険しくなった。レヴィは剣の中から、食いつくような口調で尋ねた。
『な、何? 何を言おうっての?』
天上の記憶がないレヴィには、それを取り戻す数少ないチャンスに思えたのだろう。
それに、――レヴィ以外はあずかり知らぬ事だが――突然脳裏に浮かんだ、あの白黒の映像が気がかりだった。
ともかく、イーヴェルは首をもたげて自身の体をかえりみながら、しわがれた声で話し出した。
「昨日から……俺のこの体は"容れ物"だって話してたよな」
「……ええ」
「その事についてだ」
リオンは神妙な顔で聞き入っている。イーヴェルは真上の赤い剣先を見ながら続けた。
「レヴィちゃんも少しは分かってるみてぇだが……人間は神の劣化品だ。その気になりゃ神器の都合で勝手に動かせる……」
「…………」
リオンは苦々しい顔をしたが、確かに覚えはある。イーヴェルと戦う時だけでも、二度レヴィに体を貸したのだ。
しかし、それだけなら今さら話す必要も無いではないか。リオンはそう思ったが、イーヴェルは再度口を開いた。
「……だがな、お前らは意識してなかったろうが、それだけじゃない……」
『……どういう意味さ』
イーヴェルは妙に愉快そうだった。レヴィの声色に恐れがにじむ。
イーヴェルはなにやらケタケタと笑いだし、リオンの方を見て言った。
「
「なっ……」
『う、嘘! そんな訳ないっ!』
リオンとレヴィが取り乱して叫ぶ。見守っていたミィナとニールも息を呑んだ。イーヴェルだけが平然と鼻を鳴らし、こう尋ねる。
「……一度でも見たか? 俺と契約者が話しているのをよ」
「……まさか……そんな」
リオンは信じられないといった様子でかぶりを振る。同時に、イーヴェルの手が、熔けた大鎌の残骸へと伸びていた。
「だから"容れ物"っつったんだよ……。俺はこの体の持ち主の事なんざ何も知らねぇ。ただの操り人形だ」
『……くっ……』
「体が傷ついても、武器が残りゃ死にはしない……。容れ物を乗り換えりゃ……それですむんだからなあぁっ!!!」
「っ!?」
イーヴェルは大鎌の残骸をつかむと、金切り声をあげてリオンへと斬りかかる。リオンは内心で動揺しつつも、防衛本能で反射的に剣を振り下ろしていた。
「がふぁっ!」
潰れた声をあげてイーヴェルがまた大の字に倒れる。剣が振り抜かれ、胴から血が噴き出し、大鎌の残骸がとうとう砕け散る。
壊れきった大鎌は次の瞬間さらさらとくずれ、霧散しだす。イーヴェルの体も少しずつ散りはじめた。
「……ははっ、ははは! お前もいずれ乗っ取られるぜ!? どんな気まぐれで全てを奪われるか、それを楽しみにしておけよ!!」
イーヴェルの体が散った部分から、皮がめくれるようにして別人の肢体が現れだす。それは手足、胴体、首と続き、イーヴェルの面影を残すものはいつしか顔だけとなった。
「レヴィちゃんよ、その契約者の姿を乗っ取ったら、生まれ変わった俺の前に出てきてくれよ! 約束だぜっ、あはっはは、ひゃはははは!!」
狂気のさたとしか言えない笑い声をあげながら、イーヴェルは元の姿を失っていた。後には乗っ取られた体らしき見知らぬ中年男性の体が残ると、それも程なくして霧散していった。
イーヴェルの犠牲になっていた男が消えていくのを、四人は無言でながめていた。それはただの沈黙ではなく、恐れや不信をそこはかとなく含んだ、気まずいものだった。
今までリオンたちが連れ立っていた神剣の精霊、レヴィ。現代にうとく、人懐こい少女くらいの認識でいた彼女に備わっていた、人智を越えた予想外の力。それを意識すると、人間である三人……特に契約したリオンは、否応なしに見る目が変わってしまうのだ。
剣の中にいたレヴィはずっと黙りこんでいた。出ていくのがためらわれた。リオンたちは口にこそ出さないものの、本心は自然とにじみ出るものだ。しばらくの間、互いに誰も目を合わさない時間が続いた。
その時ふと、彼らの頭上で「キィーッ」と鳥の高い鳴き声が響いた。リオンが顔をあげると、もう真上を過ぎた太陽に照らされ、大きな鳥がゆっくりと旋回している。
「……行きましょう」
鳥の声で我に返ったのか、ミィナがぼそりとつぶやく。それに従い、彼らはノロノロと村への帰途につく。
そんな中で、最後尾のリオンがその場にぽつんと残り、手に持ったままの剣を見下ろしていた。刃から血がポタポタとしたたり落ちている。
『……リオン?』
不安が宿った声をもらすレヴィ。リオンは目をそらして剣を鞘にしまうと、沈んだ声で言った。
「……レヴィ、村の近くまで来たら、剣から出ておいで。サラちゃんたちに挨拶しなきゃ」
『…………』
なんの変哲もない台詞だったが、その表情には明るさがなく、ぎこちないものだった。レヴィの返事も待たず、リオンは仲間の後を追って歩き出していた。
――
ボロボロの体を引きずって村へ戻ってきたリオンたち。しかし、リオンとレヴィはその光景を一目見て、言葉を失いかけた。あの二匹の怪物が暴れた跡が、村には生々しく残っていた。
まるで豪雨の後のような水溜まりがところかまわず広がり、舗装もされていない地面を水浸しにしている。
雪が積もっていたのもあって水量は増え、場所によっては膝まで浸かるほど。その上に怪物のものであろう足跡がいくつも残り、泥状になった土がこねくり回されたような形に変わっていた。
畑などの被害は、推して知るべしだ。
村の立ち木や木造の家々は、怪物の火炎に焼かれてどれも焦げた痕をつくっている。
まだ家の体裁を保っている民家からも、燻した香りが濃く漂ってくる。完全に焼け落ちた家もいくつか目につき、その軒先では途方に暮れた家族が身を寄せあっている。煙にあてられた赤子の泣き声が、不憫だった。
「……そういえば、死骸はどうなったんです? あの怪物たち、倒したんでしょう?」
ふと、あの巨大な蛇と獅子の姿が見当たらない事に気づいたリオンが、ミィナへと振り向く。やにわにそんな質問をしたのは、現実逃避だったかもしれない。
ミィナは「ああ」とつぶやいて、意外と冷静に口を開いた。
「……それがね、死んだとたんに、急に体が散り散りになって消えたのよ。……ちょうど、あのイーヴェルみたいに」
その台詞は、ただの事実の説明だっただろう。しかし、動揺したリオンには、それさえも恐怖を感じさせる言葉になる。
もしかしたらこの先、自分も何かのきっかけでレヴィの"容れ物"にされてしまうのではないか。意識も、姿もレヴィのそれに変わり、死体も残らずに消えるような事態になりうるのではないだろうか。そんな恐れがわき起こってくる。
リオンは視線を、村を呆然と見回しているレヴィへと移した。その表情には悲壮感が浮かび、言葉が見つからないという風に荒れ果てた村を見つめている。
そんな彼女を、いまだ恐怖が冷めやらぬ村人たちが不信感をあらわにしてにらむ。見知らぬよそ者に対しての陰口が、どこからともなく聞こえてくる。
『……どうなってるのよ。夢じゃないわよね? あんな怪物が出てくるだなんて』
『これからどう暮らせばいいの……?』
『あの四人、何か関係あるのかしら。昨晩も今日も、林ですごい風が鳴ってたし』
『……それは……さすがに考えすぎじゃ』
『あなた知らないの? 隣のエルノア村で土砂崩れがあったって。逃げてきた人がいたじゃない』
『うわ、まるで疫病神じゃん。なんでよりによってこっちに来たのさ……』
遠慮のない嫌悪が次々と突き刺さる。レヴィは次第にうつむき、かたく目をつぶった。隣にいたニールも唇をかみ、拳を握っている。
しかし、反論はできなかった。村全体が不信をつのらせる中でそんな事をすれば、ますます非難を受けるのは目に見えている。
諦めて、リオンが「行きましょう」と言いかけた時。
「レヴィちゃん!」
前方から、小さな女の子が駆けてくるのが見えた。金髪に鈴の髪飾りをつけた少女、サラだ。後ろには両親と弟妹が、心配そうな顔で見守っている。
「良かったぁー、無事だったんだね」
「……うん」
微笑みかけるサラに、レヴィはうつむきがちに答える。そこに、後ろにいた家族が恐る恐る近寄ってきた。
「えぇと……もう、行くの?」
「……あー、まあそうっすね。急いでるんで」
ひきつるような笑みで問いかけた母親に、ニールはおざなりに答えた。互いに失礼を気にしてはいない。母親が何も言わずとも、さっさと出ていってほしいという本音はありありと見てとれた。両脇にいた弟妹も少なからず、村が荒れてショックを受けているようだ。
「もうお母さん、もうちょっと待ってよ」
そんな中で、サラだけが口をとがらせる。母親は弱った顔をしながら、言い聞かせるように言った。
「引き止めたらかえって迷惑よ。今晩はもう泊められないんだから」
「そんな冷たいこと言わないでよ! 私のこと助けてくれたんだよ?」
サラはただ一人反発する。余裕をなくして怪しんでも何らおかしくないのに、必死に体を張ったレヴィたちをかばっているのだ。
レヴィはその様子を上目遣いに見て、うっすらと目に涙を浮かべていた。
不安な気持ちをおして、幼いながらに無理をしてかばっているのでは……。そんな悲観的な考えが、レヴィの中でじわじわと膨らんでいた。
「もういいよ、大丈夫。僕ら、もう行くからさ」
そこでリオンが割り込み、サラをなだめる。そしてレヴィの方へ向き直ると、笑みをつくって言った。
「……レヴィも、もう行こう? ほら泣かないで」
「……ん」
レヴィは涙をぬぐうと、小さくうなずいた。リオンはその頭をなでてやろうとしたが、途中で笑みを小さくしてためらい、手を下ろした。
唐突に泣き出したレヴィにサラが戸惑っていると、今度はミィナが前へ進み出た。
「すみません。お世話になっておいて、こんな状況で出ていくのは心苦しいのですが……」
「……お前らには関係ない。行けばいい」
話しかけられた父親はぶっきらぼうにそう言った。顔つきは険しくいかめしいが、取り繕う風ではなかった。
するとリオンが立ちあがり、父親に向けて小さな袋を取り出した。
「あの、これ……」
「む?」
片手に収まるほどのその袋には、二十枚ほどの銅貨が入っていた。おそらくリオン個人の分のお金だろう。しかし父親はすげなく首を横に振る。
「関係ないと言ったろう。そんなもの受けとれん」
「でも……」
リオンは申し訳なさそうな顔をして引き下がらない。そんな彼を、ニールが肩をたたいて止めた。
「まあ仕方ねぇよ。こんな田舎じゃ、通貨なんて意味ねぇ」
「…………」
ニールの言葉に、リオンはようやくうなずいた。そして「失礼いたします」と頭を下げ、歩き出す。
「レヴィちゃん!」
背を向けたリオンたちに、サラがあわてて声をかける。振り向くと、サラは微笑み、大きく手を振っていた。
「またねー!」
ほがらかな声。リオンたちが去って、そばにいる家族が安堵する中、彼女だけが友人として別れようとする。レヴィは努めて笑顔をつくり、手を振り返す。
「うん、またね。サラ」
陰鬱な雰囲気に包まれた村に、レヴィの切なげな声が響く。それを見ていたリオンがふと前へ振り返ると、ミィナとニールも小さく手を振っていた。その中でリオンは、一人悲しげに目を伏せる。
信頼してやらなければレヴィを傷つけてしまう。ミィナとニールも、おそらくそれが分かっているから明るく振る舞っている。
頭の中で何度そう言い聞かせても、リオンだけは暗い気分のままだった。
恐らくミィナとニールは大人なのだろう。リオンはそう思った。レヴィがしきりに別れを惜しむのを横目に見ながら、契約者であるリオンだけが、一人暗い面持ちのまま、惨劇にあった村を後にしていった。