神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「む……」
意識を取り戻すと同時に、一瞬だけ頭痛がはしる。全身に寝起きの重たさと、かすかな違和感を感じる。
リオンは目がいまだ覚めやらぬまま、体をもぞもぞと動かした。全身がなにか柔らかく暖かなものにくるまれており、肌にはうっすらとだが暖気も感じる。
ゆっくりと目を開ける。最初に橙色のまぶしい光が飛び込み、しだいに視界が細かく色分けされていく。
彼の寝かされている場所は、カーキ色の幕のようなものが家の形に張られていた。四角く小ぢんまりとした天井からして、それほど広くないのが分かる。その天井の中央からは、穏やかに燃えるランプが吊り下げられていた。
リオンは上手く回らない頭で、ここがあの谷底とは別の場所なのだと理解した。外からはあの吹雪の音だけが耳に届く。
「あ、起きた?」
リオンの真上から、ニッコリと笑う少女が覗き込んできた。方々へ跳ねる燃えるような赤髪、黄金色の瞳に、額にある赤茶色の炎のような入れ墨。そして、赤い布をまとった古めかしい服装が目に入る。その手には何の変哲もない鋼の剣を抱いている。
「……あなたは、確か……」
うつろな声を漏らしながら、リオンは谷底での記憶を引き出す。神剣を見つけ、会話し、契約とやらをした。その時に目の前の少女が出てきたのは覚えている。
では、あれは現実だったのだろうか。リオンはそんな事を考えつつ顔をしかめ、しばらく頭痛をこらえていた。そして一人で頬をつねったりなどしていると、不意に思いもよらぬ声がした。
「お、よっしゃ起きた! 良かったぁ~」
「本当に願いが叶ったのね。嘘みたいだけど」
「……ん?」
その二種類の声に、リオンは耳を疑った。男と女、一人ずつ。聞き覚えはあったが、それは彼にとって聞こえるはずがない声だった。
かかっていた毛布を払いのけ、がばりと上半身を起こす。ランプに照らされたカーキ色の空間で、座って毛布にくるまる二人の人物が目に入る。
長い金髪を後ろで束ね、背が高くたくましい姿をした男性が歯を見せて笑っている。その明るい表情は、ハンサムながらも嫌味さを感じさせない爽やかなものだ。
その隣では、栗色の髪を背中まで伸ばし、灰色の瞳をした小柄な女性が、穏やかな笑みを浮かべて座っている。
その二人の姿、そして傍らに置いてある金属鎧、剣、ローブにマフラーなどは、どれも見覚えがあるものだった。
「ニールに……ミィナさん……?」
「ああ。正真正銘ご本人様だぜ。この美形に見覚えがあるだろ?」
「……本当、に……?」
「ええ、お互い無事でなにより。私も信じられなかったけど、どうやら生きているようね」
放心状態のリオンに向けて、二人は呑気な言葉を返す。その余裕たっぷりな態度を見て、リオンは谷底で言った"願い"を思い出した。
『二人の仲間を生き返らせてくれ』
もし、神剣とやらに言ったその願いが本当に叶ったのだとしたら。そう考えて眼前の光景を理解していくうち、リオンの目頭にじわじわと熱いものがこみ上げてきた。
「……あ、ああ……」
「なんだよ変な顔して……のわっ」
懐かしい二人の名前をつぶやくと、リオンはぶつかるような勢いで目の前の仲間を抱き締めた。驚いて戸惑う二人の首へ腕を回して抱き寄せ、肩口に顔をうずめるようにして泣きじゃくる。
「良かった……良かったぁ……うぅ、ぐす……」
「な、泣くなよ。……ごめんな、無茶させちまって」
「……あんまりドタバタしないでよ。テントの中なんだから」
頬をかすかに染めながら言ったミィナの言葉に、リオンはふとある事を思い出す。依頼で山中に入り、雪がチラホラ降りだした頃。「何かあったらここに戻って来よう」とあらかじめテントを張っておいたのだ。もっとも、金欠のためにいつも使っている山岳向きでない普通のテントだったのだが……。
それにしてはいささか不可解なことがあった。テントの中はもとより、吹雪で外にも火を焚けないというのに、リオンは全く寒気を感じていなかった。毛布にくるまっている二人と違い毛皮と肌着だけだというのに、まるで春のような暖かさ。
抱きついた格好のままリオンが内心で首をかしげていると、その横から声をかける者がいる。
「あの~もしもし?」
「……ん?」
リオンの肩をツンツンとつつき、赤髪の少女が横から覗き込んだ。
「感動の再会はいいんだけど、ボクのこともそろそろ思い出してよ」
「あ、すみません……」
リオンはあわてて少女に向き直ると、正座をし、深々と頭を下げた。
「僕らを助けていただきありがとうございます。えと……レヴィ、トポロミス様」
眠る間際に告げられた名前を思い出しながら礼を述べる。すると少女は肩をすくめ、面倒くさそうに言う。
「あーいいよいいよ敬語なんて。名前もレヴィでいい」
「そ、そうですか?」
「契約があるから、この姿でいられるんだしね。他の二人にも話はすませておいたよ。君……リオンが寝ている間に」
レヴィが二人を指差すと、ニールもミィナもこくりとうなずく。その様子を見て、案外すんなり打ち解けたものだとリオンは感心した。
「しっかし、いまだに信じがたいよなぁ。レヴィがいなきゃ、三人そろって夢でも見てたかと思うところだぜ」
「なに? ボクのこと疑うのー?」
「いやいやまさか。お力は十分見させてもらいましたよ」
ニールの軽口に、レヴィが冗談めかして詰め寄る。そんな二人の様子を見て、リオンはふと疑問を口にした。
「あの、すみません。そういえば僕、お二人をどうやって運んだんですか? あの吹雪の中を」
彼のその一言に、他の三人が一斉に振り向く。そしてそれぞれと顔を見合わせると、レヴィはなぜか得意顔で、ニールとミィナは合点がいったようにうなずく。そして、ミィナが口を開いた。
「ああ……やっぱり覚えてなかったのね」
「え? どういう事です?」
「あなた、私たちが目を覚ました時に、吹雪の中にじっと立ってたのよ」
「えぇ?」
さっぱり記憶にないその証言に眉をしかめるリオン。ミィナは驚きもせず、真面目な顔で続けた。
「私も驚いて『え、なんでここに』って聞こうとしたんだけど、リオン君は黙ったまま私たちを抱えあげて……」
「二人同時にですか?」
「そうよ。こんなに力があったっけと思ったけど……苦しがる様子もなくヒョイヒョイとね」
リオンはポカンと口を開け、自分の腕を見る。それなりに鍛えてはいるが、まだまだ細腕の域だ。手をいぶかしげに握ったりしているリオンに、今度はニールが口を開く。
「最初は幽霊かと思ったけどよ。お前その後、『どこかに休める場所はある?』なんて言い出して」
「……いや、覚えてないです」
「だろ? このテントの場所知ってるはずなのにさ。だから、別人なのかと疑ったりして……」
そこまで言って、ニールは視線をレヴィへと移す。リオンも同じ方を向くと、レヴィが上機嫌に鼻息を吐いた。
「君が気絶してる間に私がやっといたんだよ。契約の代償だからキッチリとね」
「レヴィさ……じゃないや。レヴィが?」
「うん。まあ右腕はちょいとサービスしたけどねー」
「……ん?」
レヴィが事も無げに言った右腕という言葉が、ふとリオンの頭に引っかかる。言われて自分の腕を見つめ、手のひらを握ったり開いたりなどしてみる。見慣れた、いつも通りの右腕。そこで彼は、ある衝撃的な事実に気づいた。
「う、腕が治ってる! え? なんで!?」
あの時、シロガネグマに食いちぎられたはずの右腕が、また生えている。あわてふためいて辺りを見回すと、レヴィはやれやれと声に出し、ミィナは呆れたようにため息をつく。ニールは話が見えてこないといった様子で眉をしかめていた。
「ミィナさん……じゃないですもんね」
「ええ、私じゃ千切れた体なんか戻せないわ」
「だからー、それもボクなんだって。神器の精霊の力は
リオンが仲間の二人と話しているところに、レヴィが当然のように言って胸を張る。そして剣を置き、足を伸ばすと、天井を見上げて言った。
「ま、ボクも長い付き合いにしたいからね。その契約の印がある限り、君とボクは無二の契約者だ」
「契約の印?」
「ああ、言ってなかったっけ? 額、おデコ見てみな」
そう言いながら、レヴィが自身の額の入れ墨を指さす。それに倣ってリオンは自分の額を触るが、「それじゃ分からないでしょ」と言ってミィナが手鏡を出したので、それを覗きこんだ。
小さな鏡面に映った彼の額には、レヴィの額と同じように炎をかたどった赤茶色の入れ墨がはいっていた。
「……これが契約の印」
「そ、ボクの能力『炎の加護』さ。あらゆる冷気から身を守れる、お得なタイプだよ」
「炎……なるほど」
言われて、リオンは他の二人へと目を移す。よく見ればニールもミィナも回復してはいるものの、毛布にくるまったその体はかすかに震えていた。リオンは外で二人を運べた事、そして今こうして平気でいられる事の理由に気づく。
「それにしてもすごい偶然だよな。たまたま冬山が平気になる能力をもらえるなんてさ」
ニールがテントの壁に寄りかかって言う。隣にいたミィナが口を挟んだ。
「そのおかげで全員助かったんじゃない。素直に感謝しときなさい」
「そりゃ感謝はしてるさ。こんな場所で死んだら、骨も拾ってもらえないぜ」
ニールはそう言ってから少し間を置き、なにやらニヤリと笑ってこう付け加えた。
「なんせ探すのが
「…………」
「…………」
「…………」
ニールがほがらかに笑う中で、他の三人がげんなりした顔を見合わせる。そしてミィナが長い長いため息をつくと、額を押さえてボソリと言い捨てる。
「死んでもバカは治らないのね……」
「な、なんだよその言いぐさ! 俺はフインキを和ませようと……」
「雰囲気、ね」
リオンとレヴィが傍観する前で、二人はたちまちに言い合いを始めた。言葉を投げ合ううちにその声はテント中に響く大声になっていく。
「お前はいつも事あるごとにバカ、バカって! もちっと優しくできねーのかよ!?」
「アンタみたいのには厳しいくらいでちょうどいいのよ。今朝だって『吹雪を警戒、武器も携帯』なんてくっだらない事……」
「ありゃ緊張をほぐすためだって! ただでさえ寒さでガチガチだったろ!」
「アンタのせいで更に寒かったのよ! リオン君だって気の毒な愛想笑いを……」
「ま、まあまあ二人とも……」
ヒートアップしていく二人を、リオンが苦笑いしつつなだめる。その様子をレヴィは眠そうな目で眺めていたが、やがて三人の背中に向けて気だるそうに言った。
「……君ら、本当に神様たちの末裔かい? 威厳を全く感じないんだけど」
三人はその声に振り返り、自覚があるのか揃って恥ずかしそうに赤面した。
外の吹雪の音がひとしきりテント内にこだまする。するとミィナが弁解するように言った。
「……そりゃ仕方ないじゃない。私たちには、神様なんて伝説みたいなものだし」
続けて、雰囲気を変えたかったのか、リオンがこう切り出す。
「あ、でも確か、神器はいくつか残っているんですよね? 主要な教会とか、お城とか……」
「あとは禁足地とかね。入った事はないけど」
「そんなにたくさんあるのか? 聞いた事ねーよ」
「アンタが聞いてなくとも、あるものはあるのよ」
「むっ……」
いつしか話題は神器の事に移り、三人は各々の知識を引き出していく。それに若干ついていけてないニールが、うんざりしたようにこう言い捨てた。
「だぁーっ! 神器の話はもういいだろ? ンなのは学者の爺ちゃんたちに任しとけって……」
「そんな事はありません!」
「うわっ!?」
ニールが文句を言っていると、突如目を輝かせたリオンが肉薄し、それをさえぎる。そしてリオンは両手でレヴィを示してアピールするような格好になると、今までとは打って変わって堂々とした声で、仲間の二人に向けてこう述べた。
「僕らは今、あの天上の、普通なら見る事もできない遺物を目の前にしているんです! 彼女と会話するだけで、未だ人類が知らない歴史も分かるかもしれないんですよ! この場においてそんな面倒臭そうな態度をとるなんて許されざる――」
「リオン君、どうどう」
拳をにぎって熱弁するリオンを、ミィナが横からなだめる。レヴィは両耳を手でふさぎ、目の前にいる己の契約者をうるさそうに見つめていた。
リオンの迫力のせいか、腰が引けて目をしばたかせていたニールが、ぽつりとこうこぼす。
「おおぅ……流石は天上オタク。興奮は天井知らず……」
「そのダジャレは聞き飽きました! 今は一秒でも惜しいんです!」
「あぁもう分かったわよ……」
壁際で顔を突き合わせている男二人を放っておき、ミィナがレヴィの方へと歩み寄る。暇なのかゴロンと寝転がるレヴィに、彼女はしゃがんでこう聞いた。
「ねぇレヴィちゃん。良かったら、もう少しあなたのこと聞いてもいい?」
「……んー?」
「昔の思い出とか……神様の住んでた様子とか。あなたの契約者さんが知りたいんだって」
「え~? んーとぉ……」
ミィナがにこやかに話しかけると、レヴィは寝転がったまま視線を天井の隅に向け、しばらく黙りこんでいた。ニールは大した期待もせずにボンヤリとそれを眺め、リオンは固唾をのんで見守っている。
……やがて一分、二分と時が経ち、レヴィはゆっくりとリオンたちに視線を戻し、口を開く。
「忘れた」
「ええぇぇえっ!??」
無情なその答えに、リオンは悲痛な叫び声をあげる。そしてレヴィの前に素早く這い寄ると、すがるようにして質問をぶつけた。
「そんな、ちょっとは覚えてないの? 街並みとか服装とか!」
「……知らない」
「食べ物とか、お金は!?」
「んー、武器だからそういうの要らなかったんじゃないかなー」
「……そんなぁ……」
膝をつけて天を仰ぐリオン。それを一瞥したレヴィは大あくびをすると、むにゃむにゃと息をもらしてこう言った。
「悪いけどボクもう寝るよ。眠いし」
「お、じゃあ場所空けるか。ちょっと手ぜまだけど……」
「いいよ。ボクはこうするから」
ニールの言葉に首を横に振ると、レヴィは一瞬目を閉じる。するとたちまち彼女の全身が赤く変色したかと思うと、燃えるようにして両手に収まるほどの火の玉へと変わった。
三人が驚く暇もなく、火の玉は切るように尾を振るい、立て掛けた鋼色の剣へと向かっていく。火の玉は剣にぶつかると吸い込まれるように消え、代わりに剣がみるみる赤く染まり、鍔が燃えるような形に尖っていく。五秒もしないうちに、それはリオンが谷底で見たのと同じ神剣の姿に戻っていた。
「こんな風に出し入れできたんだ……」
「あれ? リオンお前見てなかったのかよ?」
「僕、意識の上ではずっと眠っていましたから……」
リオンはポカンとしながら返し、元の姿になった神剣をしげしげと見つめる。その隣で無言でいたミィナが、ぽつりと言った。
「レヴィちゃん、ちょっといい?」
『んー、なに? 眠いから手短にね』
「いやあの……ちょっとだけ出てきてもらえる?」
ミィナが何やら恥ずかしがりながら言う。剣の中からあのエコーのかかった声で応対していたレヴィは、しばし面倒そうに黙っていたが、少ししてまた火の玉の姿で飛び出してきた。
「うわ
「どうかしたの? 口で済む用ならあのまま聞いたのに」
火の玉がかすめてひっくり返ったリオンを無視し、レヴィは口をとがらせる。対するミィナはもじもじと肩をすくめ、小さく口を開く。
「……あのね、嫌ならいいんだけど……」
そう言いながら彼女は自分の毛布をまくり上げると、毛皮をまとった胴体をあらわにする。レヴィはそれを見て首をかしげたが、ミィナが手招きをしてきたので、戸惑いつつ歩み寄った。
「その毛布の中が何さ?」
「そうじゃなくて……。ほ、ほらっ」
「わっ」
なおも意図をつかめないレヴィに対して、ミィナは急に膝立ちになると、毛布を広げてレヴィを強引に抱き寄せた。
レヴィは最初は目をぱちくりさせていたが、もぞもぞと動いてミィナの膝に座ると、背をもたれてミィナを見上げて聞いた。
「こうやって寝ろっての?」
「……嫌じゃなければね。ど、どう?」
「ああ、まあ……なんでもいいよ」
レヴィは生返事をして目を閉じると、頭の位置を調整して早々に休む体勢になる。ミィナは柔らかい表情でそれを見守りながら、起こさないようにそっとレヴィの頭を撫でた。
その様子を見ていたニールが、からかうように言う。
「なんかお前、猫に不器用にかまう奴みたいだな」
「う、うっさいわね。いいのよ本人は嫌がってないんだから」
ミィナは早口にそう返し、レヴィの頭をまた撫でる。三度、四度。しつこいくらいに撫でる。すると寝言なのか何なのか、目を閉じたままよく通る声でレヴィが喋りだした。
「うーん、いざこうしてみると……おっきくて気持ちいいかもなぁ~うふふ」
そう言って寝返りをうつレヴィ。ミィナが頬を染めてテント内に気まずい空気が流れる中、そばへと寄ったニールがまたからかうような口調で言った。
「なあミィナ。良かったら俺にもちょい触らせて……」
その瞬間、目にも止まらぬミィナの鉄拳がニールの顔面にヒットする。「ぶほぁ」と悲鳴をあげて彼はテントの壁へ一直線に飛んで勢いよくバウンドし、敷物が三枚ほどのテントの床に音を立てて突っ伏した。その間レヴィはピクリともせず、リオンは口をあんぐりと開けて見ているのが精一杯だった。
「ニール、大丈夫!?」
「な、な、何すんだよ急に!」
「雪山での必要措置よ」
「はぁ!?」
鼻血をたらして抗議するニールに、ミィナは事もなげに答える。そして血のついた拳をビキビキと握ると、異様に整った笑顔でこう述べる。
「テントの中とはいえ山中で外は吹雪、暖房もなくて疲労してる……そんな状態で眠ったら、万が一も考えられるわ。さっきのはいわば、目覚まし」
「なっ……」
「さあ次はどこがいいかしら? 好きな場所を好きなだけ殴ってあげる。遠慮はいらないわ」
ミィナが拳を鳴らして平坦な声を発するたびに、テント内の気温が徐々に下がっていくようだった。ニールは顔がこわばって血の気も引き、起き上がった姿勢のまま固まる。
するとそんな二人の間にリオンが割って入り、あわてながらもこう言った。
「ま、待ってください! 穏便にすませましょう穏便に」
「リオン君は平気なんでしょ? 気にせず寝ていればいいじゃない」
「いえあの、僕ちょうどしりとりがやりたかったんですよ! やりましょうよ三人で!」
あからさまな作り笑いを浮かべながら、リオンは必死に訴える。ミィナはそんな彼と、鼻栓を詰めるのに苦戦しているニールを交互に見つめ、やがて短く息を吐く。
「……分かったわよ」
「やった! じゃあ僕からいきますね!」
リオンは無駄に威勢よく宣言し、自分の毛布をニールへと投げ渡す。そして間もなく、ランプを中心に輪をつくった三人の中で、リオンが口火を切る。
「しりとりの……"り"! はいミィナさん」
「リンゴ」
「えーとゴルゴン……いやゴリラ!」
「ちょっとニール! ……ねぇ、言い直すのアリなの?」
「じゃあ……三回までにしましょう。ラム」
「ムカゴ」
「何だそれ?」
「木の芽の膨らんだ部分よ。そんな事も知らないの?」
「なにぃ!? つーかお前リンゴときてムカゴって、さてはずっと同じ字で攻める気か!」
「だったら何よ、うるさいわね」
「け、ケンカしないでください! 続かないと意味ないんですから!」
……すぐそばの三人の喧騒をよそに、レヴィはすでにスゥスゥと寝息をたてていた。
――
「……むー……まだ眠いぃ……」
「ほらしっかりして。晴れているうちに降りるんだから」
「んー……あとちょっとぉ……」
翌朝。装備を元通り着込んでテントを出たリオンは、背中におぶさってまどろんでいるレヴィをしきりに揺すっていた。
あれから数時間後、吹雪はだんだんと弱くなり、やがて山稜からは穏やかな薄紫色の光がにじみ出ていた。夜明けの風は夜と負けず劣らず冷たかったが、太陽がもうじき昇るというだけでも心強い。
『また天候が悪化しないうちに下山したい』というのがレヴィ以外の全員の思いだったので、リオンはどうにか彼女を起こそうとした。が、返ってきたのは口の端から垂れるヨダレや鼻ちょうちんだけだった。
リオンは神器の精霊が存外人間くさい事に感激しつつも、自分の支度をしながら目覚めるのを十分ほど待ってやり、それでも起きないのでとりあえず背負って外へ連れ出して、今に至るのである。
彼は忘れ物はないかと自身の姿を見直し、腰に差した鋼の剣を見て言った。
「というか、また剣に戻ったりできないの? 一応それでも寝られるんだよね?」
「んー……出来るけどさ。面倒くさい」
「はぁ……」
レヴィのつれない返事に、リオンはがっくりと肩を落とす。その時、仲間の二人が何かを言い合いながらテント内から顔を出す。
「だからー、"ゴ"で終わったら"コ"から続けるのって、しりとりなら普通だろ?」
「そんなのはアンタの地方だけよ。私は同じ音で続けるルールだったもん」
「いや厳しすぎだろ。大体お前、最後の方は"◯◯語"だの"××語"だのばっか言ってたじゃねえか。 あんなん勝てるか!」
「ああホラ、もう夜も明けたんですからいいじゃないですか。落ち着いてください」
日が出てまでケンカを続けるニールとミィナを、リオンは若干あきれながら仲裁する。改めて見ると、二人とも疲れと睡眠不足のせいか目にクマができていた。この分だと自分も同じだろうと思うと、寄りかかるレヴィが重く感じる。
「ま、いいか。あとはこのテント片して山を下りるだけだかんな」
ニールが気を取り直すように言う。しかし、ミィナが横からボソッと口をはさむ。
「まだよ。昨日のあのシロガネグマの死体から、首とか毛皮とか取っていかなきゃ」
「えぇー、まだ何かあんのかよ」
「仕方ないでしょ。狩った証拠がなきゃ、報酬ももらえないんだから」
大げさに文句を垂れるニールを、ミィナがぴしゃりとたしなめる。リオンはそれを見て苦笑いしてから、何気なく周囲に視線をめぐらせた。
すると、一面の白い雪とわずかに覗く岩肌、そして遠くに木々の影が並ぶ景色の中で、彼はある一点を認める。
「あの、二人とも。アレ!」
「ん?」
「どうしたのよ?」
リオンが呼びかけると、二人は彼が指さす方向を凝視する。すると、岩を避けて通る狭い下山ルートの二十メートルほど先で、雪が道を塞ぐかのように高く積もっているのが見えた。
三人は慎重に道を下り、そのそばまで来ると目の前の雪の壁をそろって見上げる。
「参りましたね……回り道します?」
「そのまま掘って進めねーか? ダルいし」
雪を突っつきながらつぶやくニールに、またミィナが口を出した。
「やってみたら? 体力を消耗していいならね」
「体力なんてどうとでもなるだろ。こちとら冒険者だぜ?」
「そーやって油断する人が真っ先に死ぬのよねぇ……。言っておくけど、私たち徹夜したのよ?」
またもや言い合いを始めそうな二人を見て、リオンは頭の中で上手く仲裁できる言葉を探す。その時、思考にふける彼の耳元で、ふいにレヴィが声を発した。
「……んむ? 何やってんの?」
「わっ」
驚いたリオンが振り返ると、寝ぼけまなこのレヴィと目が合った。何回かまばたきをした後、レヴィは辺りを見回して首をかしげる。
「んー……これ、雪?」
「う、うん。道が塞がっちゃって困ってるんだ」
リオンはレヴィが見やすいようにと頭を傾けながら事情を説明する。さっきまで口論していた二人もレヴィの呑気な声を聞いて困った顔を見合わせた。
そんな時、レヴィが急に何でもない事のように得意気な口調で言った。
「なんだ、そんなの簡単だよ!」
その途端、リオンの背がいきなり軽くなる。戸惑う彼の眼前を火の玉が飛び、腰に差した鋼の剣へ鞘をすり抜けて飛び込んだ。リオンはその剣から、瞬く間に熱いエネルギーがほとばしるのを感じていた。剣ことレヴィは、あのエコーのかかった声でこう話す。
『リオン。ボクをその雪に向かって軽く振ってみて。かるーくだよ』
「う……うん。ニール、ミィナさん、下がって」
「へ? おう」
「分かったわ」
念のため二人を退避させ、リオンは神剣を抜く。炎のような鍔に緑色の石を嵌め込んだ、深紅の剣。彼はそれを雪に向けると、手先だけで、本当にゆっくりと剣を振るった。
その瞬間、彼の頬を焼けつくような熱風がなでる。続けて白銀の世界が一変して橙色に変わるほどの巨大な炎が、音をたてて膨れ上がったかと思うと、刹那に眼前にあった雪の壁を呑みこんだ。
「うわっ!?」
「きゃあぁ!!」
突如おこった衝撃に、ニールとミィナは目を覆って悲鳴をあげる。数秒しておそるおそる目を凝らすと、そこには剣を振るった姿勢のままポカンと立ち尽くすリオンと、そして初めからなかったかのように雪がすっかり消え失せ、開通した道があった。
下がっていた二人は目を丸くし、我に返るなりそろってリオンへ駆け寄った。
「す、すげえ! どうやったんだ今の!」
「いきなりあんな魔法を使う人、初めて見たわ……」
「いえ、僕は何も……ただ……」
リオンが「この剣を」と続けようとしたところで、レヴィが意気揚々と言い放った。
『ほとんどボクのおかげだよ。もっとも、リオンの実力しだいでまだ先はあるだろうけどね』
「これより、もっとすごい力が使えるの?」
『当たり前さ。神様たちみたいにいかなくても、神器の力はこんなものじゃない』
呆気にとられるリオンたちに対して、レヴィは当然のように断言する。そして続けてさらりとこう言った。
『そんな事より、さっさと山を下りようよ。ずっとずーっとあの谷底にいたから、ボク外に興味あるんだ』
「そ、そっか……分かった。うん、行こう」
遊びに行きたがる子供のような口調。直前に目にした大きな力とのギャップに戸惑いながら、一行は下山の準備を始めた。