神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
『冒険者ギルド・エノーラ支部……って何これ?』
「その名の通りさ。この街の冒険者の溜まり場だ」
目の前にある大きな建物を見ながら、レヴィは呑気な声で尋ねる。それに答えるニールの前では、同じような鎧や剣などを身につけた人々が行き交っていた。
『なんかショボい建物だねー』
「そんな事言っちゃダメだって。僕らここで仕事もらうんだから」
「……無駄話はその辺にして。早く入りましょう」
ミィナにうながされ、一行はドアの向こうへ足を踏み入れる。足元は板張りの床、上を見上げれば剣でつつけば届きそうな高さの天井が、周囲を見回せばところどころ傷の入った壁がある。どれも塗装や装飾は見当たらず、味気なさを感じさせる室内だった。壁際の囲炉裏からの煙が、天井に空けられた穴だけでは排出しきれずに部屋に漂っている。
その薄暗い室内には、木で出来た粗末なテーブルと椅子がいくつか並べられ、三、四人のグループがいくつか向かい合って座っていた。
リオンたちはそのグループたちが座る中を、まっすぐ奥へと進んでいく。グループの中の何人かがジロジロと蔑むような視線を送ってくる。真ん中にいたリオンは微かに肩をこわばらせていた。
彼らが向かう先には、壁際一帯を使うだけの大きなカウンターがあり、至るところに書類の山がある。
白いブラウスにコルセットを着けた若い女性や、革のベストに羽根つき帽子をつけた気品のありそうな中年の男性など、街の庶民より少しだけ高級そうな格好をした者たちが、カウンターの中とその後ろの関係者用の扉を忙しそうに行き来していた。
先頭を歩いていたニールが担いでいたシロガネグマの毛皮を降ろすと、ドスンと音をたててカウンターの上に置く。
「失礼、ニールその他、依頼を完遂した。ご確認ねがう」
いつもより少々かしこまった口調でニールが声をあげると、気づいた若い女性がパタパタと駆けてくる。
「お待たせしました。身分の証明書と、依頼書はお持ちですか?」
「おっと、ちょっと待ってよ……ヤベ、どこだっけ」
「依頼書なら私が持ってるわ」
最後尾のミィナが羊皮紙を一枚取り出し、証明書と、シロガネグマの首を共に前へ手渡す。リオンとニールを経て渡されたその羊皮紙には、シロガネグマの討伐の依頼と出没する場所、報酬の額などが記載されていた。
女性はそれに目を通すと、一つうなずく。
「確認いたしました。少々お待ちください」
そう言って彼女はカウンター内の男性と相談し、後ろ壁のドアを通って中に入っていく。そこでふと、レヴィがひそひそ声でこう言った。
『ただ渡して終わりじゃないんだね。"ぎるど"の仕事って』
「まあ、お役所みたいなものだからね……。ちょっと堅苦しいかもだけど、もうじき終わるから。静かにしてて」
「んー」
リオンとレヴィの二人が小声で話していると、例の女性が小さな袋を持って戻ってくる。女性はその袋をニールへ手渡し、頭を下げた。
「ではお約束の報酬、銀貨十枚と銅貨五十枚です。またよろしくお願いいたします」
「よっしゃ、お待ちかねのカネだ! こちらこそよろしくなお姉さん!」
ニールはガッツポーズとともに高らかに声をあげる。すると、部屋の中の何名かがジロリとニールたちをにらんだ。一人の男が低い声を放つ。
「……なんだ、ニール。ずいぶん嬉しそうじゃねえか」
「おうともよ。デッカイ依頼が終わったところでな、やっと懐が暖まったぜ」
ニールが歯を見せて笑う。すると男はバカにしたように鼻で笑うと、リオンの方を見て、部屋中に聞こえるような大声をあげた。
「けっ! 毎度毎度よくやるぜ、"お荷物"を連れてよぉ!」
別の者が立ちあがり、ニールたちへ向けて下卑た視線を送る。目が合ったリオンが、ハッと目を伏せた。
「……何が言いたいのよ」
ミィナが静かに、しかし刺すような視線を向けて前に進み出る。言われた男は鼻で笑うと、リオンを指さした。
「そこの坊やだよ! 魔法も剣術も半端で、ほとんど役に立たねぇ!」
「今回もニールとミィナで組んでたじゃねえか。何度同じヤツに面倒みてもらうんだぁ?」
「……っ」
男たちがそろってゲタゲタと笑う。リオンはうつむいて押し黙り、ただ立ち尽くしていた。
その前にニールが庇うように飛び出すと、眉間にシワをつくって言った。
「失礼な事を言うんじゃねえ! コイツには何度も助けられてんだよ。昨日だって死んでたところを……」
「ちょっと、ニール!」
レヴィの一件まで言及しそうだと感じたミィナがあわてて止める。しかし何も知らない男は、意にも介さずに罵倒を続ける。
「ま~さか、そんな訳ねーよぉ。別の街の冒険者にも言われてたぜ? 口を開けば天上の伝説の事ばかりでクソの役にも立たねえ、リオンっつーガキがいるってなぁ!」
「……僕は……」
「天上なんざあるわけねーだろが! つまんねー夢見て、命がけの仕事に出てくんじゃねーよ!」
リオンは涙ぐみながらか細い声を発した。それをかき消す笑い声が、また部屋中に響き渡る。その時突然、少女のような高い声が割り込むように発された。
『天上はちゃんとあるよ! 知りもしないでいい加減なこと言うな!!』
「――お?」
「わ、しー、しぃーっ!」
笑っていた男たちがそろって目を丸くする。リオンはそれがレヴィの声だと気づいて、あわてて腰の神剣を服のすそで隠した。男たちはいぶかしみながら辺りを見回し、リオンたちをにらむ。
「……なんだ今の。女の声だよな」
「わ、私よ。私がしゃべったの」
「いやお前じゃねーわ。もっと幼い……ガキの声だ」
ミィナがごまかそうとするが男たちは疑いを解かない。すると怪訝な顔で立ち上がった男の前に、ニールが進み出る。目が合った男は、いらだった目つきでニールとにらみ合った。
「……お前、どっかに親戚の子でも連れ込んだか? だったら役立たずと一緒にさっさと帰ってくれねーかな」
「……黙れよ、木偶の坊」
「あ?」
「黙れっつったんだ。聞こえないのか?」
ニールがそう言い放つと、男が険しい顔をして掴みかかる。椅子が倒れる音が響き、建物の中に緊迫した雰囲気が流れる。
「テメーぶん殴られてえのか!?」
「やめてください! ほら、ニールも……」
「ちよっとアンタら、いい加減にしなさいよ!」
ニールは黙ったままずっと目の前の男をにらみ返す。その周りには他の者たちがワラワラと集まり、ある者は迷惑そうに顔をゆがめ、またある者は見せ物でも見るかのようにはやし立てる。リオンやミィナが止めようとするが、ニールは目を逸らさず、微動だにしない。
やがて、我慢の限界に達した男が殴りかかろうとした時、羽根つき帽子に口ひげを生やしたギルド職員の男がつかつかと歩み寄り、言った。
「すみません、ここでの無用な騒ぎはお止めいただけますか……? 業務に差し支えますのでね」
口ひげをいじり、事務的な口調で注意する職員。リオンが振り向くと、カウンターにいる他の職員たちも大なり小なり面倒そうな顔をしていた。仕事中にトラブルは御免だ、やるなら外でやれ……そう言いたげな顔である。
「……けっ」
男は一つ舌打ちすると胸ぐらをつかんでいた手を離し、椅子を直し始める。ニールも一つため息をつき、くるりときびすを返した。
「ニール……」
「行こうぜ」
心配そうに声をかけるリオンに短く答え、ニールはまっすぐ出口へと向かっていく。他の二人は背中に刺すような視線を浴びつつ後を追い、ギルドを抜けて街道に出た。
『何あれ、感じ悪っ!!』
往来を歩きながら開口一番、レヴィが吐き捨てるように言った。リオンが相変わらず沈んだ顔をするのを見て、ミィナが口を開く。
「まあ、冒険者って荒くれものが多いから……。気にしないのが一番よ」
『そんな風にいかないよ。ボクの契約者をボロクソに言ってさぁ! 失礼しちゃう!』
レヴィは怒りの冷めやらぬ様子で不満を叫び続ける。一番近くのリオンは目を逸らし、沈んだ表情のまま何も言わなかった。
その時不意に、からりとした明るい口調でニールが言った。
「……なあリオン。よかったら、少し買い物にでも行かないか? レヴィを連れてさ」
「……へ? でも、さっきは休みたいって……」
リオンは顔を上げ、意外そうに目をしばたかせた。ニールは気にせず、さらに続ける。
「いやホラあれだろ? 報酬そのまま持って宿に戻るのも危ねえし……買いたい物もあるから、気晴らしもかねてよ」
「…………」
『え、買い物に行くの? じゃあボクも行きたい!』
リオンが答えるよりも先に、レヴィが嬉しそうな声をあげる。リオンはしばし考え込み、ミィナの方をチラリと見る。
「ミィナはどうする? 帰るんなら、要らねー荷物あずかるぜ」
ニールも彼女へと振り向き、手を差し出す。ミィナはその手をしばし見つめた後、小さくため息をついた。
「……いえ、私も行くわ」
「いいのか? 休んでおかなくて」
「男二人に買い物を任せるのって心配なのよ。特にニール」
「え、俺?」
眉をしかめるニールを尻目に、ミィナはリオンの方へと歩いていく。そして腰に差してある剣を一瞥して、言った。
「ねぇ、レヴィちゃんも外に出してあげていいんじゃない? ギルドの用も済んだし、もういいでしょ」
「……ああ、でも」
「あの格好じゃ目立つぜ? 昔の人の仮装みてーだ」
「じゃ、私のローブを貸すわ」
ミィナが羽織っていたローブを脱ぎ、下の毛皮も取って身軽になる。その隣に火の玉となったレヴィが降り立ち、人の姿に変わった。
「いやぁよかった。そろそろあの格好に飽きてきてさぁ」
「分かった分かった。じゃ、早くこれ着て」
返事もそこそこにミィナは脱いだローブをレヴィに被せる。ミィナが小柄とはいえ身長差があり、袖と裾がなすすべなくベロンと垂れ下がる。
「なんかブカブカだよ、これ……」
「うーん、これはこれで可愛いけど……服も買うべきかしら」
「けど、戦う時は剣の中にいるんだろ? もったいなくねーか」
「んー、じゃあ外套だけ。コートかマントでも買いましょう。あと靴」
「やったー!」
あれこれと相談するニールとミィナの横で、リオンはいまいち気分を切り替えられずにポツンと立っていた。そんな彼のところに、レヴィがてけてけと歩み寄ってくる。そしてまとわりつく袖を苦労してまくり、手をつなごうと差し出してくる。
「…………」
その手を取った瞬間、強く背中を叩かれる。追い抜きざまにニールが景気よくこう言った。
「おら、早く行くぞ! 日が暮れちまう」
「シャキッとしなさいよ。リオン君にも後輩ができたんだから」
そう言って、前を連れだって行く二人。いつも通りのその姿を見てリオンは隣のレヴィを見て、笑みをつくって言った。
「行こうか」
「うん、早く!」
そう言ってレヴィの方から引っ張るようにして走りだし、彼女は引きずっていた裾を踏んで二人そろって転びそうになっていたのである。