神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~   作:ごぼう大臣

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仲間と書いてチームワークと読む

「む~~……」

 

 リオンがレヴィと出会ってから三日。いまだ冬の寒さが和らがないある日の午前。

 ある安宿の一室のベッドにて、レヴィは本を片手に寝転がって、なにやら忌々しげにうなっていた。

 やがてイライラが頂点に達したのか、シーツを蹴っ飛ばしてベッドの上に猛然と立ちあがり、レヴィは一言こう叫んだ。

 

(けむ)いっ!!」

 

「……レヴィ、そう怒鳴らないで。分かってるから」

 

 向かいの机椅子に座っていたリオンが振り向き、肩をすくめる。その直後に彼はせき込んでいた。

 彼らのいる六畳ほどの部屋には、ドアや床の隙間から流れてきた黒煙が漂っていた。

 原因は、その部屋の階下、一階のリビングにある囲炉裏である。壁際に作られたそれは石などの不燃物で囲まれ、煙を吸い込むための三角帽子のようなフードが設けられているものの、やはり煙は完全には防げない。

 

 余談だが、煙突という便利なものが普及するのは、この世界で何百年も先の事である。

 

「大体さー、この個室せまいんだよ。すっからかんのクセにちっとも余裕がない」

 

 レヴィはベッドの上に立ったまま両手を広げ、身の周りを示してみせる。部屋にあるのはベッド、机椅子、それに挟まれる位置の木製の窓に、その正面にある塗装もされていないドア。主に目につくのはその程度。

 主な客の冒険者を含めよそ者たちは、着替えを自分の荷物として持ち歩いているため、タンスなども用意されていない。火事を恐れてか、囲炉裏もない。せいぜい使い古しの蝋燭と小さな壁掛けフックがあるくらいだ。

 愚痴を聞くリオンはただただ苦笑いをしている。

 

「あの時から街の外にも出てないし、食べ物も少ないし。この時代つまらない……でっ!?」

 

「あ、大丈夫?」

 

 愚痴がヒートアップしてきたレヴィがベッド上で飛びはね、頭が天井に激突する。心配するリオンをよそに、彼女は床に下りて窓の方へと歩いていく。

 

「せめて窓あけようよ窓。"炎の加護"で寒さは平気なんだし」

 

「あ……それ無理。窓枠に雪が詰まって凍っちゃってるんだ」

 

「えー?」

 

 リオンの答えにレヴィは不満げな声を漏らす。それでも諦め悪く窓の取っ手を押したりなどしていると"バキッ"と音が鳴り、彼女はあわてて手を離す。

 

「あーもうイタズラしないの。大人しく座りな? ホラ」

 

「むー……」

 

 リオンはやれやれと立ち上がると、レヴィの背中を押して自分の座っていた椅子へと誘導してやる。しぶしぶといった様子で座ったレヴィだが、不意に自分の持っていた本をズイッとリオンの方へ突き出した。座高が足りないために伸ばした腕が少し突っ張っている。

 

「……なに?」

 

「もうこの本にも飽きちゃったよ。他に何かない?」

 

 レヴィは持っている本をプラプラと揺らす。背表紙には『よいこのことば(三歳児用)』と書かれてあった。

 

「いや、今はその本くらいしか読めないでしょ……。文字が読めないって言ったのレヴィだし」

 

「そりゃ、最初はボクが言ったんだけどさぁ……」

 

 苦笑いが止まらないリオンに、レヴィは不満げに口をとがらせる。そしてふと、思い出したように顔を上げた。

 

「そういえばさ、リオンはなんでこんなの持ってるの?」

 

「ああ、それはね……」

 

 答えかけて、リオンは一瞬言いにくそうに目を逸らす。そして、いくぶんか低い声で言った。

 

「文字が読めない人って、探すとけっこう居るんだよ。色んな事情で……。だから、たまに役に立つんだ。」

 

「ふーん……あ、じゃあさ。ボクも勉強しなくて良いんじゃない? 珍しくないんでしょ?」

 

「いやだから、最初に困るって言ったのはレヴィじゃん……」

 

 リオンはついに脱力し、ガックリとうなだれる。しかし顔を上げると、目の前にはいまだ『もう別の事しちゃおうよ』とでも言いたげなレヴィの笑顔があった。

 『あ、この子本気で飽きちゃってるな』とリオンは内心でつぶやき、気を取り直すように口を開く。

 

「うーん、それならさ。僕が読んでた本でも見ててよ。僕、まだ勉強しなきゃいけないから」

 

 そう言って、リオンはさっきまで自分の読んでいた、机に広げられている本を指し示す。そこには、普段彼らが使っている魔法の魔法陣、その名称、解説などが事細かに書かれてあった。

 

「これ、人間用の魔法の教科書だっけ?」

 

「うん。この辺はあまり読んでなかったんだけど……」

 

 言いながらリオンはページをめくる。文中には火法(かほう)"……すなわち火の魔法の名前があった。

 

「そんな小難しい勉強、必要なの?」

 

「いや、必要だよ……。レヴィは感覚が違うかもしれないけど、僕らは神様よりずっと劣化してるから。この陣図を何度も何度も頭に叩き込んで、何も見ないで書けるようになって……それに必要な魔力コントロールが備わって、やっと術を習得できるんだ」

 

 眉をひそめるレヴィに向けて、リオンは自分の苦労を思い出すように語る。しかし、レヴィはふくれっ面でその口上をさえぎった。

 

「そうじゃなくてさ」

 

「へ?」

 

「……ボクの力が、要らないの?」

 

 そう言ったレヴィの顔は、少し寂しそうだった。リオンにはすぐに察しがつく。恐らく、ギルドの男と揉めた日の事を思い出しているのだろう。

 強引に決闘を申し込まれたリオンは、剣を振るう気になれずに一方的に追い込まれていた。そこでレヴィが強引にリオンの体を操作し、男を殺そうとしたのだ。

 幸いリオンの精神力と仲間の静止のお陰で殺人は免れたが、その一件は互いに生命の認識の違いを浮き彫りにしてしまった。

 間をおいて、彼女はこう漏らす。

 

「……戦いだったら、ボクだけで何とでもなるよ。相手が猛獣でも人間でも……それだけじゃ足りないの?」

 

「…………」

 

 不安と不満が入り交じったような目で見上げてくるレヴィ。リオンはその目をじっと見つめ、微笑んだ。

 

「そんな深刻な顔しないで。言ったでしょ? 一度みんなで依頼をこなしてみようって」

 

 そう言って肩を叩き、ドアの向こうをチラリと見て、言った。

 

「今、ニールとミィナさんが良さそうな依頼を探してるから。もう少し待ってな」

 

「……うん」

 

 レヴィはようやくコクりとうなずく。その時、階下から階段を上がり、廊下を渡ってくる足音が聞こえた。

 ほどなくして部屋のドアが開き、依頼書を持ったニールと、後ろに並んだミィナが姿を現す。

 

「待たせたな! やっと丁度いい依頼を見つけて……ゲホッ! けは、 ゲホゲホッ!」

 

「……ケホ、んんっ」

 

「ニール、と、扉閉めて……」

 

「ぶはっ、やっぱケムい……!」

 

 ドアを盛大に開けて、満面の笑みで登場したニールとともに、部屋の中には今までの数倍の黒煙がなだれ込んできていた。

 

 

――

 

 

「なんか曇ってきたわね……」

 

「こりゃ早めに終わらせた方が良さそうだな」

 

 エノーラの街から出てしばらく。山の裾野の森深くまで来て、灰色の雲を見上げながらミィナとニールがつぶやいた。

 一番危険な後詰めを担うのがニール、その前の後衛がミィナ、その前にリオン。そして一番前では、黒いマントにブーツを身につけたレヴィが、さっさと先を歩いていた。

 

「レヴィ、あんまり早く歩くと危ないよ」

 

 リオンが背中に声をかけると、レヴィはマントをはためかせ、辺りに響くほどの声で言った。

 

「早めに終わらせたいんでしょー! 大丈夫、何かあれば剣の中に戻るからー!」

 

 そして、レヴィは前に向き直るともはや走っているといっても良い速度で進んでいく。リオンがそれをあわてて追うのを見ながら、ニールが口を開く。

 

「そういや、レヴィの実体化の原理ってどうなってんだろな……」

 

「確か昨日か一昨日に言ってたわ。『精霊の神秘』だって」

 

 ミィナが事もなげに答える。そのあっさりしたセリフにニールは白けた表情を浮かべる。

 

「説明になってねーじゃん」

 

「でもあんまりゴテゴテ着たら上手くいかないかもですって。せっかくアクセサリーとかあげたかったのに……」

 

「いやいや、簡単にスルーしすぎだろ。アイツの体どうなってんだよ」

 

「うっさいわね、私に聞かれても困るわ。神秘で納得したリオン君を見習いなさい」

 

「……俺、なんで怒られてんだ……?」

 

 ミィナのつっけんどんな口調に、ニールは遠い目で空を見上げた。

 二人がそんな会話をしている間にも、レヴィはどんどん先へと進んでいた。雪に足を取られながら、追いかけるリオンが叫ぶ。

 

「コラ! あんまり一人で行っちゃダメだって! 戻って!」

 

「平気だってー! いざとなればボクの魔法一発で片付くよ! ほら早く!」

 

 後ろも気にせずに振り返り、相変わらず呑気な顔で笑うレヴィ。しかしその笑顔の裏には、仲間たちを見返してやりたいという焦りがあるのを、リオンはちゃんと見抜いていた。

 

「……ん?」

 

 すると、前を向いて再び駆け出そうとしたレヴィが、再度振り返る。そして、少々はずかしそうに言った。

 

「……そういえばさ」

 

「え?」

 

「そもそもどんなヤツだっけ? その……倒せって言われた怪物」

 

「…………」

 

 追い付いたリオンが呆れ顔でレヴィを見下ろす。レヴィは両手の人差し指を付き合わせながら、苦笑いをしていた。

 

「だから話はちゃんと聞いときなって言ったんだよ。出かける前にさ……」

 

「いやぁ~、やっと退屈しのぎ出来るってだけで頭がいっぱいで……あはは」

 

「はぁ……じゃあ今から話すよ? 今回は……」

 

 額を押さえて、リオンは一つため息をつく。そして顔を上げて口を開いた時、彼はレヴィの背後に妙なものを見た。

 枯れた茂みが雪に埋もれ、こんもりと盛り上がる白いかたまり。その一部から、なにやら緑色の(つる)のようなものが、何本も太く絡まっているのが覗いていた。

 それを見た瞬間、リオンはハッと目を見開く。

 

「レヴィ、危ない!!」

 

「へ?」

 

 リオンはそう叫ぶなり、レヴィを抱きかかえて飛びのく。その刹那、人の腕ほどもある緑色の蔓が、何本も蛇のように襲いかかった。

 

「ぐっ……!」

 

 リオンはその蔓を間一髪でかわし、レヴィと一緒にゴロゴロと地面を転がる。

 

「リオン!」

 

「大丈夫!?」

 

「は、はい……レヴィは?」

 

「平気……」

 

 大急ぎで駆けつけてきたニールとミィナに、雪まみれで生返事をするリオン。そしてレヴィと共に蔓の伸びてきた場所を見ると、そこにはさっきまで見当たらなかった異形の怪物がいた。

 

 雪をおしのけた緑色のそれは、大きさが優に人の五倍ほどあり、蔓が絡み合って人の脳みそのような外見になっている。その本体ともいうべき塊からは、先ほどの太い蔓が何本も伸び、獲物を獲る機会をうかがうように頭をもたげ、空中でうごめいている。本体からは、シュウシュウとまるで息をするかのような気味の悪い音が漏れていた。

 それを見たレヴィが「うえっ」と顔を歪める。

 

「何あれ~。気色わる……」

 

「説明の手間がはぶけた……。あれは"獄絡草(ごくらくそう)"って植物でね。見ての通り、動物や人間を食べるんだ」

 

「ゴクラク……?」

 

 リオンが険しい口調で話すと、レヴィはしげしげとその植物を見つめる。後ろにいたミィナがぼやくように言った。

 

「普通は冬までに種をまいて死ぬんだけど……たまに餌を食べまくって生き延びる個体が出るのよ」

 

「つまり、そいつを倒すのが今回の仕事ってわけさ」

 

 ニールが続けて言い放ち、素早く剣を抜く。ゴクラク草はその所作に敵意を感じ取ってか、狙いを定めるように蔓をたわませた。

 リオンはそれを注視しつつ、立ちあがり、口を開いた。

 

「レヴィ、いよいよだよ。僕らで作戦を立てるから、ちゃんと聞いてね」

 

 その声に、レヴィが振り返る。他の三人はみんな真剣な顔を突き合わせ、気楽さが消え失せている。

 レヴィにはそれが不満だった。気を抜けない、作戦が必要だという態度が、自分の信用の無さのあらわれのように思えたのだ。自分が力を貸せばどんな奴も鼻唄混じりに倒せる、そんな自信があるからこそ、自分を除いた三人が戦いの主軸になるのが、気に入らなかった。

 レヴィはへの字に口を曲げ、前のめりに声を張り上げた。

 

「そんなん要らないよ! あんなの、ボクの力があればすぐ倒せる!」

 

「レヴィ……」

 

 リオンが困ったように口を開く。しかしレヴィは言葉を待たずに、火の玉に変わって剣へと飛び込んだ。

 

『リオン、体貸して!』

 

「へ……うわあっ!?」

 

 レヴィが叫ぶなり、リオンの額の入れ墨が光りだし、体が勝手に剣を抜いて突進する。後ろの二人は喋るヒマもなく、息を呑んでその先を見つめる。

 

『ぬおりゃあーーっ!』

 

 迎え撃つべく、ゴクラク草から次々と蔓が伸びてくるが、リオン、もとい彼を操ったレヴィはそれをことごとくそれらを退けた。見るからにデタラメな太刀筋にも関わらず、十本以上の蔓は剣に触れただけで燃え上がり、アメ細工のように崩れ落ちる。

 そしてついに本体を斬れる距離まで来て、レヴィは勢いよく剣を振り上げ、叫ぶ。

 

『これでトドメだあーーーっ!!』

 

 しかし、それが振り下ろされる直前に、リオンの体の足下から、地面を突き破って何かが飛び出してきた。

 

(なっ、根っこ!?)

 

 細長く、尖ったような根が、足に絡みつこうと襲いかかる。レヴィはそれに気を取られ、かわすのが遅れてしまう。

 と、その時。別の誰かが素早く割り込み、襲いかかる何本もの根を薙ぎ払った。

 

「ほれ、油断しない!」

 

 剣を持ってそう言ったのは、ニールだった。彼が続けざまにゴクラク草へ剣先を向けると、剣を中心に黄色い魔法陣が現れる。

 

「雷法武術・【飛雷針(ひらいしん)】!」

 

 その瞬間、ニールの剣から稲妻が一直線にゴクラク草へとほとばしり、突き刺さった。

 

「キシャアアァ!」

 

 敵が鋭い電撃に悲鳴をあげる。怯んだ隙に、ニールはそのままリオンの肩をつかむと、自分と一緒に後ろへ引っ張り込む。

 

『わわっ』

 

「一人で飛び出したら危ないって分かったろ? とにかく落ち着けって」

 

 ニールがやれやれと肩をすくめると、剣をつかむリオンの腕が力なく垂れる。同時に術を解いたのか、体全体が一気に弛緩した。

 

「けはっ!! ……はぁ……はぁ……」

 

 リオンは膝をついて荒い息を吐く。そんな彼を見て、横からミィナが声をかけた。

 

「リオン君、レヴィちゃん、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……です」

 

『…………』

 

 咳き込みながら返事をするリオン。レヴィは何も言わずに押し黙っていた。するとニールはふと数メートル先のゴクラク草を一瞥する。

 敵は更に警戒を強め、蔓をいまいましげに振りかざし、地面に打ちつけている。

 

「うーん……やっぱ草に雷は相性悪ぃな……」

 

「できれば火で仕留めたいところね」

 

 ミィナがそう言って、リオンの方をちらりと見る。リオンはそれに気づくと、心得顔でうなずいた。

 二人がこの依頼を選んだのには、ちゃんと狙いがあるのだと悟ったのだ。

 

「……水、雷、火の順番で行こうぜ。ミィナ、リオン、行けるか?」

 

「ええ、いつでも」

 

「……分かりました」

 

 リオンは剣を地面に突き立て、よろけながら立ち上がる。レヴィがそんな彼に『手があるの?』と尋ねた。若干すねたような口調。

 リオンは剣に向けてうなずきで答え、こう付け加える。

 

「レヴィ、人間の得意分野を一つ教えてあげる」

 

『……何それ?』

 

 聞き返すレヴィに、リオンはぐっと背筋を伸ばし、答えた。

 

「"チームワーク"だ!」

 

 その声と同時に、ミィナが両手をゴクラク草へと向ける。両手の前に青い魔法陣が浮かび上がり、リオンとニールが横によけると、ミィナが魔法を発動する。

 

「水法・【破流波(はりゅうは)】!!」

 

 その瞬間、魔法陣から音を立てて水の塊が飛び出す。雪山で見せたものより二倍は水量の多い、人間なら軽く押し流せるほどの水流が、前方の敵に直撃する。

 ゴクラク草は体をすくませ、水の中でモゾモゾともがくが、それほどのダメージは無さそうだった。しかし、その水流の中にニールが剣を突っ込んだかと思うと、今度はこう唱える。

 

「雷法武術・【伝雷斬(でんらいざん)】!!」

 

 すると剣全体にみるみる黄色い電流が走り、ミィナの魔法を伝わって弾け飛ぶ。まぶしいほどの閃光が水流に乗って、一瞬でゴクラク草の全身を切り裂いた。

 

「シャアアァ! ギオ、オオオヲッ!!」

 

 ゴクラク草がさっきにも増して甲高い悲鳴をあげる。今度はすぐに立ち上がっては来ず、びしょ濡れの体を震わせ、蔓を地面に垂らしてのたうち回っている。そのただならぬ様子にレヴィは驚きの声をあげた。

 

『い、今の何やったの?』

 

「水は電気をよく通す……。ああやって魔法を組み合わせて範囲と威力をカバーするのが、二人の得意技なんだ」

 

 リオンはそう言って、自らも剣を構える。仲間の二人が、背中を押すように声を張り上げた。

 

「動きが鈍ってる。リオン、今だ!」

 

「身体強化しておくの忘れないでね!」

 

 リオンは敵をまっすぐ見据え、深く息を吐く。そしてレヴィに一言こう告げた。

 

「……レヴィ、力を貸して」

 

『う、うん……わっ!?』

 

 言うなりリオンはゴクラク草に向けて駆け出す。敵が攻撃する前にリオンは自身に手のひらを向けると、紫の魔法陣が現れると共にこう唱える。

 

「祝法・【俊敏】!」

 

 刹那、リオンの動きが一気に加速する。一足飛びに駆け出すと、狩りをする(ひょう)のごとく瞬く間に敵へと接近した。

 

「ギォオッ!!」

 

 ゴクラク草は雄叫びを上げ、前方へ蔓を、地面から根を同時に何十本も突き出す。しかしそれを読んでいたのか、リオンは食らう寸前で上へと跳躍した。

 

「遅い!!」

 

 そう叫んで手前の木を蹴り、更に高く飛び上がる。そして敵の真上まで来て、リオンは今まで読んでおいた火の魔法の記述を一瞬だけ反芻(はんすう)する。

 武器を介して魔法を行使する魔法武術。その中で何度も読み返した火法武術の、初歩の初歩……。

 リオンがかっと目を見開いた瞬間、剣に赤い魔法陣が現れる。そして、彼は大声でこう唱えた。

 

「火法武術・【火炎斬(かえんざん)】!!」

 

 すると刀身が燃え上がり、振り下ろされると同時にゴクラク草に食い込んでその身を焼く。ゴクラク草はみるみるうちに炎に包まれ、剣を振り抜いた時には遠目にも分かるほどの大きな火だるまになっていた。

 

「オ、オオオォ……ヲッ……」

 

 ゴクラク草は苦しそうにうめき、消し炭となって燃え尽きた。ものの数秒で片付いた敵の前で、リオンは呆然と立ち尽くす。そのまま、数秒の時間が経った。

 

「リオン!」

 

「リオン君!」

 

「えっ……ああ」

 

 後ろから駆け寄ってきた二人に、リオンは生返事を返す。ニールがバシバシと背中を叩いた。

 

「よくやったじゃねーか! やっぱり俺らで組んで正解だっだぜ。なあ!?」

 

「あはは……」

 

 リオンは小さく愛想笑いを浮かべる。すると、最後に強く背を叩かれ、ふらりとよろけてしまった。

 

「お? どした?」

 

「すいません。少し緊張して……」

 

「……まあ、戦った直後だものね。ニールもほどほどに」

 

「へーい」

 

 ミィナが指を突きつけ、ニールに釘を刺す。その横でリオンは姿勢を直しつつ、内心でつぶやく。

 

(やっぱりだ……。人間用の魔法陣を介したら、魔力の消費が減った)

 

 そして剣をしまうと、その中からレヴィが飛び出し、実体化した。

 

「あちちっ!」

 

「…………」

 

「……レヴィ?」

 

 リオンが飛び退いたのを余所に、レヴィはツンとした表情でそっぽを向いていた。リオンがきょとんとしてレヴィを見つめていると、その内にニールとミィナも気になって集まってくる。

 そこまできて、レヴィはようやく三人に振り向き、口を開いた。

 

「あの……ごめん。かえって足引っ張っちゃったみたいで」

 

 そう言ってぺこりと頭を下げるレヴィ。そんな彼女に、三人は穏やかに笑いかける。

 

「気にしてないよ。レヴィの力があったから楽に倒せたんだし」

 

「大体、初めから全部上手くいくわけねーって。なぁ?」

 

「……ええ、ニールが良い見本ね」

 

「なぬっ」

 

 からかい合うニールとミィナをよそに、リオンはレヴィへと歩み寄り、屈んで目線を合わせる。そして、にこやかに尋ねた。

 

「どう? 仲間の手を借りるのも悪くないでしょ」

 

「……うん」

 

 レヴィは照れたように頷いた。そして、リオンの顔を見返すと、レヴィはふとこう言った。

 

「ね、リオン」

 

「ん?」

 

「ボクにも……神器にも、仲間っているのかな」

 

 その問いに、リオンは首をかしげる。レヴィの言う"神器の仲間"の意味を考え、こう問い返した。

 

「それは……神器どうしで友達になれるか……ってこと?」

 

「……うん……ボク、天上の事がいまいちよく思い出せなくて、他の神器もよく知らないから、知りたくて……」

 

 話すうちに、レヴィは少しずつ寂しい笑みを浮かべていく。すると、リオンの背後から、いつの間にか聞いていたらしいニールとミィナが現れた。

 

「そういや雪山でも言ってたよな。昔をよく思い出せないみたいな事」

 

「うーん……途方もない年月が経ってるし、気になるのは分かるけど……」

 

 二人はそろって難しい顔をする。リオンも弱ったように頭をかいた。

 なにせ、神器といえば一部領主の城や教会、そして禁足地などにあるのが主なのだ。とてもじゃないが一介の冒険者がお目にかかれる代物ではない。レヴィを見つけたのは、奇跡に近い偶然なのだ。なんと答えれば良いものだろうか。

 それでも、三人は無理とは言わなかった。信用できる相手が出来たなら、それを増やしたいと思うのが人情だろう。近しい存在がどこかにいるなら、なおさらだ。

 

「…………んん~」

 

 しばらく無言で考えた後、リオンが口を開く。

 

「ダメ元で聞きますが……僕らで各地の伝承をめぐるとか、出来ないでしょうか。レヴィと……他の神器の手がかりを探すために」

 

 しかし、その言葉にニールが水をさす。

 

「壮大な話だなおい。金も時間もかかるぜ。第一それで神器の仲間なんか出来るかどうか……」

 

「……しかし……」

 

 リオンは不服そうに唇を噛む。今度はミィナが口を開く。

 

「リオン君」

 

「は、はいっ」

 

「あなた、半分くらい自分の趣味が入ってない?」

 

「……ぐっ」

 

 ミィナの指摘に、リオンはぎくりと肩を跳ねさせる。確かに、彼の天上に対しての熱は相当なものだった。リオンは「少し……ありますが……」と前置きし、レヴィの前に立ってこう言い張った。

 

「で、でも! 子供が友達を欲しがるのを無下になんて出来ないですよ! 命の恩人で、三日の付き合いなんですから!」

 

 その迫力に、そばにいたレヴィが息を呑むような、ハッとした表情を浮かべた。ニールとミィナは少々けわしい顔になり、リオンをじっと見る。

 レヴィの肩を持つ彼の目つき。その目つきに少しでもレヴィを出汁にした打算や、はたまた迷いがあれば、二人は断るつもりでいた。少し聞くだけならバカバカしいとも言える、あてのない旅である。その旅に付き合うかどうかを、二人はリオンの目にかけたのだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 五秒、十秒……。リオンにとっては無限にも思える時間が過ぎ去る。やがて、ニールとミィナは観念したような顔を見合わせた。

 

「……仕方ないわね」

 

「元々根なし草だもんな。はは」

 

 二人の返事を聞いて、リオンとレヴィの表情がぱあっと晴れやかになる。そこでミィナが一つ念をおした。

 

「ただし。どうしても無理な時があれば、私は降りるわよ。いざとなれば二人でやり切ってちょうだい」

 

「あ、じゃあそうなったら俺と二人旅しようぜ」

 

「ならニールは馬の代わりね」

 

「なんでそうなるんだよ!?」

 

 いつものように言い争いを始めそうなニールとミィナを、リオンは苦笑して止めようとする。しかし、そこにトコトコとレヴィが進み出た。

 

「……ん?」

 

 ジッと見上げてくるレヴィに、二人はきょとんとした顔を向ける。その二人に向けて、レヴィは遠慮がちに微笑んで、言った。

 

「……二人とも。その……ありがとう、ね」

 

「レヴィ……」

 

 リオンが感慨深そうにつぶやき、笑みをつくる。出会って間もない精霊のためを思い、あての無い旅に身を投じてくれる人間が、自分以外に二人もいる。そしてその事に精霊が素直に感謝してくれている。それらの事実が無性にうれしかったのだ。

 

 ……その後、依頼の証拠品として、ゴクラク草の燃えカスの下に埋まった根っこを手で数時間、雪の中から掘り起こすハメになったのは、また別の話である。

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