神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「うーむ、他の支部への移籍ですか……」
昼下がりの冒険者ギルド。リオンはじめ四人の一行はカウンターで職員の男と向き合っていた。職員はペンと紙の用意をしつつ、あごに手を当てて考えこんでいる。
そしてふと顔を上げ、先頭にいるニールへ問う。
「しかし何故また急に? 道にはまだまだ雪が残っておりますが……」
「んーまあ、それは……」
「この先にちょっと用がありまして。一緒に向こうのギルドに移ろうかと思うんです」
ミィナに補足してもらいつつ、ニールは職員と話を進めている。その後ろでは、リオンが小声で誰かと会話をしているところだった。
『ねぇリオン。あの二人何話してんの? 今日から出かけるって言ったじゃん』
「だからだよ。冒険者ギルドにも色んな手続きがあるから……」
リオンが話している相手は腰の剣、もとい神器の精霊レヴィに向けてである。
彼女の"神器の仲間に会いたい"という希望を叶えるため、リオン、ニール、ミィナの三人は各地をめぐって伝承を集めてみよう、と考えた。そこで今日、滞在している街の"エノーラ"を発つことになっていたのだが、何やら冒険者ギルドでの手続きに時間を食ってレヴィが退屈しだした……のが今である。
『もうこの街は出ちゃうんだから、あの人たち関係ないじゃん? ね?』
「そうはいかないよ。黙って出ていったら、どこに行ったか分からなくなっちゃうし」
レヴィの能天気な口調にリオンが困った顔をする。そして、辺りに漏れ聞こえないか周囲をキョロキョロと見回してから、言い聞かせるように話し始めた。
「冒険者が別の街に行く時はね。逐一『この街から来ました』って紹介状を書いてもらうんだよ」
『そんなの本当に必要なの?』
「そりゃそうだよ。万が一冒険者を騙ったニセ者でも派遣しちゃったら、ギルドの信用を落としちゃうもん」
『相変わらず面倒だねー、仕事って』
レヴィは他人事のようにケラケラと笑った。別の街に行く途中でのたれ死にし、記録上で死亡と見なされたギルドメンバーが何人もいる……という事実を、リオンは言わずにおいた。住み処を移しても変わらず仕事にありつけるというのは、危険に目をつむっても非常にありがたいシステムなのだ。
「……はい、これが紹介状です。ではくれぐれもお気をつけて」
「サンキュー!」
そんな話をしているうちに手続きが終わったのか、リオンの方に紹介状入りの封筒を持ったニールと、すました顔のミィナが戻ってきた。
「いやーやっと終わったぜ。待たせたなリオン」
「あ……いえ、気にしていませんよ」
「早速だけど移動しましょう。夜までになるべく進んでおきたいし」
三人はめいめい置いておいた荷物を取り、あらためて支度をする。その時カウンターから職員が声をかけてきた。
「紹介状はなくさないで下さいよ。ギルドの印をわざわざ入れてるんですから」
「へいへい、大丈夫ですって」
「ニール、その紹介状は私が持つわ」
「え~、なんでぇ……」
ニールの大丈夫という言葉を全く信用せず、ミィナは封筒を奪い取る。眉尻の下がったニールの顔を見ながら、リオンはクスクス笑っていた。
ギルドを出てから一行は、重い荷物をかつぎながら街の出口へ歩いていく。冬の季節にわざわざ旅に出ようなんて輩はそうとう珍しいのか、旅支度をしている者たちはリオン以外にほぼ見当たらなかった。
『ねぇ、ボクもうちょっとで外に出られる?』
「まあね。見張りの兵隊さんをごまかすまでの辛抱だから」
『んー、早く歩きたい……』
レヴィは口ぶりだけでも分かるほどに旅を楽しみにしている。リオンからすれば少々能天気だったが、そこはそれ。世間などまだ分からない精霊だと、調子を合わせていた。
しかし、なかなかそう上手くはいかない。街道をたどり、もうすぐ出口の門に差しかかるというところで、前方から声をかけてくる者があった。
「あれ、お前ら……!」
「あ……」
前から驚いたような顔で歩いてくる男の三人組。痩せぎすで長身の者、太っちょで背の低い者。そして大柄で頭を剃りあげた者、ハンゲル。忘れもしない、あのギルドで揉めて、公園で勝負を挑んできた、あの男たちである。
目があったリオンたちもウッと気まずそうな顔になる。
「あ……その……こんにちわ」
「お、おう……」
リオンが進み出て頭を下げると、ハンゲルはひきつった笑みで返事をする。やはり、公園であわや殺されそうになったのを引きずっているのだろう。実際はレヴィがリオンの肉体を操っていたのだが、彼らが知るはずもない。
「ず、ずいぶん大荷物だな。どっか行くのか?」
ハンゲルは口角を不自然に釣り上げたまま、早口で尋ねた。対してリオンはつとめてにこやかに答える。
「ええ、ちょっと事情があって、北回りで隣の街へ」
「……北」
リオンの答えに、ハンゲルはふと顔をしかめた。「どうかしたの?」とミィナが尋ねると、彼はツルツルの頭をかく。
「ああ……」
曖昧に生返事をしてから、ハンゲルは遠慮がちに口を開いた。
「あの辺、最近盗賊がよく出るなんて聞いたからよ。少し驚いて」
「盗賊なんて珍しくねーだろ?」
「しかし、あんまりにも多いっつーからよ……」
ニールが首をかしげると、ハンゲルは神妙な顔で眉間にシワをつくる。職にあぶれた者たちが犯罪に染まることは確かにそれなりにあるのだが、冒険者としてならしている男たちまで懸念するほど出る盗賊というのは、少し妙である。
その情報に街道の全員が難しい顔をしていたが、ハンゲルはふとリオンと目が合うと、あわてて作り笑いを浮かべた。
「ああ悪い悪い引き留めちまって! 俺らはあの丘の上の貴族さまに用があるから! ほんじゃな!」
「えっ……ああ」
ハンゲルはわたわたと両手を振ると、取り巻きたちを引き連れて街道を走り去っていく。その背中にむけて、リオンはとっさに大声でこう叫んだ。
「あの! 先日はすみませんでしたー!!」
手で作ったメガホンから伝わった声が街に反響する。それが聞こえたのか聞こえていないのか、ハンゲルたちは脇目もふらずに建物の中に消えていった。
『……行っちゃったね』
「あんなに怯えなくてもいいのにねぇ」
レヴィがぽかんとした声でつぶやき、ミィナがふん、と鼻を鳴らす。その横でリオンは複雑そうな表情を浮かべていた。
「貴族さま、ねぇ……」
ふと、ニールが呆れたようにつぶやいた。それに気づいたレヴィが問いかける。
『どうかしたの?』
「いや、あれの事だよ。ほら……」
ニールは街の中心の方角、その上空を見上げて遠くを指さした。そこには小高い丘と、石造りの巨大な城が顔を出していた。
ぎっしりと密集する都市を見下ろすかのようなその威容は、そこらの民家より長さも高さも比べ物にならないほどに広い。内郭からそびえ立つ長方形の塔はさぞかし見晴らしが良さそうだった。青空にたなびく赤い旗が街中に向けて権威を主張している。
それを見たレヴィは『あれが?』と疑問符を浮かべると、再びニールへ問う。
『そういえばあのお城って結局なんだったの? なんかエライ人がいるとしか聞いてなかったけど』
「この街を治める人が住んでるんだよ。貴族でも間違いじゃないけど……」
「つっても下っぱだけどな。こーんな辺境の街まで派遣される奴なんて大したことねーよ」
リオンが答えかけたところで、ニールがコケにするように笑う。そこでミィナが口をはさんだ。
「よしなさい、そういうこと言うの。王様も領主様もその下請けも、私たちには雲の上の人なんだから」
「へっ、裏で何やってるか分かんねー奴らに、敬意なんぞ払えるかよ」
ニールははるか遠くの城に向けて大人げなく舌をべっと出し、ずんずん先を歩いていった。ミィナはそれを見て一つため息をつくと、「行きましょう」とリオンとレヴィに声をかけてその後をついていく。
「…………」
『…………?』
二人はムキになったニールの態度に戸惑い、しばらく彼の背中をながめていた。やがてリオンはハッと我に返り、レヴィに向けて言う。
「い、急ごっか!」
『あ、うん』
レヴィは今気づいたという風な気の抜けた声で答えた。リオンは剣の中でじっとしている彼女を携えたまま、あわてて二人の後を追っていった。
――
……街を出てしばらく歩いた頃。街を囲んでいた城壁はやがて見えなくなり、雪が積もりに積もった自然のままの道が姿を現す。舗装どころか道しるべもろくに無く、かろうじて歩ける細長い道の周りを、茂みや無数の木々、そしてそれらが作る寒々とした影が取り囲む。
先を歩いていたレヴィが、雪に足をとられてバタンと転んだ。
「レヴィ、大丈夫!?」
「……うん」
後ろで見守っていたリオンがあわてて駆け寄る。最初こそ手付かずの自然を歩けると喜んでいたレヴィだったが、街から離れるうちに雪は深くなり道は狭くなり、次第にその笑顔は陰っていった。
「だから意地でも先頭歩くのやめなって。終いにはケガするよ?」
「だ、大丈夫……! 精霊はケガしないし!」
「とにかく落ち着きな。あーもうビショビショだよ……」
リオンは苦笑しながらレヴィの全身の雪を払ってやる。せっかく買ったブーツやマントも濡れてしまい、長い赤髪の先からしずくが垂れている。地面を見ると雪の上に見事なバンザイの跡ができていた。
レヴィがじれったそうにはたいたマントにリオンが扇がれていると、後ろからニールとミィナが歩み寄ってきた。
「おいおい、早く行けばいいってもんじゃないぜ? 俺を置いてく気かよ」
「あら、私と同じペースで全力なの? ずいぶん遅いのね」
「なっ! まだまだだっての! これでも一番体力に自信あんだぜ!?」
「冗談よ。……ごめんね気を遣わせて」
無駄に威勢のいいニールに、ミィナはこっそりと笑みを漏らす。そして彼女はレヴィの方を見ると、自分の着ているローブでレヴィの頭をぬぐってやる。
「ともかく、もう少しペースは合わせて。元々一日で行ける距離じゃないんだから」
その言葉に、レヴィは「へ?」と目をしばたかせる。目が合ったミィナが「あれ?」と声を漏らすと、レヴィは飛びはねるようにして声をあげた。
「そんなに遠いの!?」
「ああ、聞いてなかったのね……」
「ハッハッハ! 将来有望だなこりゃ」
肩を落とすミィナの横で、ニールが大笑いをする。その様子を横目に見ていたリオンが、懐をごそごそと探り、一枚の紙を取り出した。それに気づいたレヴィが手元の紙を凝視する。
「リオン? それ何?」
「ああ、実はね。一応簡単な地図があったから……。お二人も見てください」
そう言ってリオンは三人に向けて紙を広げると、一部を指さしながら細かく印をつけていく。
「さっき僕らが出たのが、このエノーラ街……。南の道は平坦な分長いから止めて、北回りで村を二つ経由していく……でしたよね?」
「ええ、それで合ってるわ」
「このエルノア村、ベル村にそれぞれ泊まって……火山のふもとの、このボルノダ街がゴール! ああ、最後はゆっくり休みたいや……」
得意気に説明するリオンの姿は、心なしかとても楽しそうだった。そんな彼が気になってか、レヴィは一つ口を挟む。
「ねぇ、そのボルノダってどんな所?」
「温泉で有名な街だよ。あ、温泉って分かる? こう……地面からお湯が出てて、体を洗えるの」
「裸になってなー」
「ニール、わざわざ言わなくていい」
「……ああ、湯あみ……ってやつかな? 分かる分かる」
レヴィは乏しい記憶をたどり、どうにか関連する単語をひねり出す。同時に、「リオンたちって湯あみしてなかったよね……」と内心で思ったが、子供ながらに言うべきではないような気がして、黙っておいた。
ちなみに、彼らの土地ではたまにしか入浴しないのが普通であったので、特別不潔という訳ではない。
「しっかし、手作り感満載の地図だな。自分で書いたのか?」
「こ、子供の頃ですよ……。冒険に憧れて、本を元に書いたんです」
「この絵って……クマ? 可愛い……」
「ああもう、そんなのジロジロ見ないでくださいよ……」
レヴィが思考にふけっている横で、リオンは手作りの地図のせいで左右からいじり倒されていた。頬を赤らめているリオンを眺めてレヴィは白けた顔になり、珍しく三人をたしなめる。
「ねぇ、街まで長いんでしょ? そろそろ行こうよ……」
「あ、そっそうだよね!」
レヴィに言われて、リオンから順に三人は表情を引き締める。そして手早く隊列をつくり、歩き出そうとした……が。
小さく、パキリと枝を踏む音がした。
「っ!」
その瞬間、場に一斉に緊張が走り、三人は一斉にレヴィに――正しくは、レヴィの背後の森の中――を見た。唯一事態を呑み込めないレヴィが、戸惑って視線をさまよわせる。
「へ? なになに?」
「レヴィ」
焦り出すレヴィの名を、リオンが静かに口にする。普段面倒をみる時とは打って変わった、切迫した声だった。
「……剣の中に戻って」
「え? 何かあるの?」
「いいから、早く!」
リオンがピシャリと言い放つと、レヴィはあわてて火の玉に変わり剣へと飛び込む。その直後、森の中から一斉にざわざわと耳障りな音が鳴り出し、不穏な影が動き出す。
五人ほどもいるその影は、二つ並んだ目をそろってギラつかせ、二本足で雪の上を一直線にリオンたちへと迫りくる。革の鎧に口布という軽装の彼らは、鋭く銀色に光る短い凶器を持った手を高々と掲げていた。
「……ハンゲルの忠告を聞いとべきだったな……」
ニールは剣を抜きつつそうつぶやく。顔では勝ち気に笑っていたが、頬にうっすらと汗が伝った。
リオンも素早く剣を抜き、ミィナの前に庇うように立った。レヴィの宿った赤い色が今ではがぜん頼もしく見える。
ミィナは両手を空けておき、いつでも魔法を放てるよう準備する。動物のように簡単には逃げないこざかしい相手に対して、決して手落ちのないように。
突如現れた男たちに向けて彼らはいざ身構え、命がけの戦いにのぞんだのだった。