神の炎剣を拾った少年 ~精霊の少女は未来に降り立つ~ 作:ごぼう大臣
「ヒャハアァーー!!」
「下がってろ! 俺がやる!」
歓声をあげながら森の中を駆け出してきた五人の盗賊たち。迎え撃つリオン、ニール、ミィナの三人からは、まず一番にニールが前に出る。
「死ねぇ!」
盗賊の一人がナイフを突き出す。ニールはそれを体をひねってかわすと、ためらいなく剣を横凪ぎに振り、胴を切り裂いた。
「ごふっ……!」
斬られた盗賊の男が、口から血の塊を吐いて倒れる。それを気にする暇もなく、別の盗賊が襲いかかる。
今度の敵はナイフを振り回して切りつけようとしたが、ニールはそのナイフを弾くと、下から切り上げるようにして盗賊の腕を斬り飛ばす。
「ぎゃああぁぁ!」
盗賊が腕を押さえ、うずくまって悲鳴をあげる。リオンはその様子を見て、思わず目を逸らした。
襲ってくる人間に容赦はしていられない。ずっと以前からニールはそう言っていた。
理屈では分かっている。仲間がそれを割り切ってくれていたからこそ、彼もこうして生きているのだ。それでも、胸を締めつけるような忌避感は未だにぬぐえなかった。
「リオン君、前!」
『危ない!』
「……っは!?」
ミィナとレヴィの呼びかけに、彼はハッと我に返り、顔を上げる。すると目の前に、回り込んできた盗賊の一人がナイフを振り上げて迫っていた。
「くっ!」
リオンはとっさに剣でそれを受け止める。刃が擦れ合ってキリキリと音が鳴り、武器ごしに視線がぶつかる。
口布の上で光る、人間の目。それを目の当たりにして、リオンは肩を震わせて怯んでしまった。盗賊はその隙に腕の力を強め、相手の剣を押しのけようとする。
リオンの上半身がのけ反り、足がわずかに後ろへ滑る。
「ぐっ……おおぉ!」
力負けしそうになったリオンは強くかぶりを振り、剣で盗賊を払いのける。そしてぎこちない足を強引に踏み出して斬りかかった。
縦に振りかぶり、大振りな斬撃を見舞う。しかしそれは敵に当たる直前で微かに動きを鈍らせ、盗賊の肩を斬りつけただけだった。
「ちぃっ!」
「はぁっ、はぁっ……!」
盗賊は傷を押さえて舌打ちし、後ろへ引き下がる。リオンは荒い息を吐きながら、崩れそうになる体で必死に地面を踏みしめる。構え直した剣の先から赤黒い血が数滴落ちた。
「リオン!? 大丈夫か!?」
『ケガは!?』
「……平気、です」
前方にいるニールと剣の中のレヴィが、切迫した声をあげる。リオンは敵から目を離さずに短く答えた。そして汗ばむ手で剣を握りしめ、小さく低い声で言った。
「……レヴィ……」
『へ?』
「ここから先、絶対に魔法は使わないで」
その気になれば盗賊たちをまとめて焼き払えるであろうレヴィの魔法。それをあえて封じてくれと、彼は言った。当然、レヴィは反発する。
『……本気なの? アイツら全然話が通じそうにないし、ニールだって……!』
「お願い。大変だろうけど……きっとどうにかするから」
レヴィの台詞をさえぎって、リオンは曖昧な言葉を並べる。彼の頭に、実際の具体的な策はない。目の前の盗賊たちに見るからに動揺し、口をついて出る言葉をそのまま述べているだけだ。
ただ一つ……彼に自覚があるのは、レヴィが魔法によって敵を皆殺しにするという光景に対する、強烈な抵抗感であった。
そんな風にリオンが上手く回らない頭で思考していると、正面にいた盗賊は孤立を避けてか一気に後ろへ飛んで間合いを取る。その時ニールとこぜり合いしていた者たちも引き下がり、仲間と寄り集まる。
そしてにらみ合っていたところに、もう一人の盗賊が森の中から悠々と現れた。他の連中より大柄で、口布の上の目の片方に眼帯をつけている。筋肉質な腕には大きく刃の広い山刀が握られていた。
「ただの旅人ではないみてえだな……。なかなかやる」
眼帯をつけた男は片目でリオンたちを値踏みするように見つめ、低い声で言った。周囲に盗賊たちが男を庇うように立ちはだかる。その雰囲気から、リオンたちは眼帯の男が盗賊の首領だろうと分かった。
その首領に向けて、ニールは強気に言い返す。
「見くびるんじゃねえよ。これでも何度も死線をくぐり抜けてきた身だ」
盗賊たちに剣を突きつけ、ニールは連中を鋭くにらみつける。そして、しばらく彼らを見つめた後、どこか躊躇いがちにこう話し出した。
「……もし俺らの実力が分かったなら、おとなしく退散してもらえねえかな。ゲスでも殺すのは好かねえんだ」
その台詞に、盗賊たちが目を丸くする。そして首領が愉快そうに笑いだした。
「はっはっは! 何を言い出すかと思えば……人数的にはまだこちらが有利だぜ?」
「……やっぱりそう来るか……」
ニールは剣を構えて下がりつつ、苦々しくつぶやく。そして不意に後ろのミィナへ目配せしたかと思うと、力強く言い放った。
「ミィナ!! 今だっ!!」
その声に合わせて、ミィナが両手を前に掲げて魔法発動の体勢に入る。青い魔法陣が浮かび上がると同時に、ミィナがこう唱えた。
「水法・【
その瞬間、魔法陣から幾筋にも枝別れした水流が噴き出し、一斉に盗賊たちに向かっていく。まっすぐ向かえばリオンやニールも巻き込んでいただろうが、どういう訳かその水流はぐにゃりと急激なカーブを描き、まるで蛇のように獲物へと襲いかかる。そして三秒もしないうちに逃げようとする盗賊たちの動きをも捉え、敵をまとめて地面へ叩きつけた。
「のわっ!」
「ぐああっ!」
「……おおっと!」
首領は近くにいた手下の一人を投げ飛ばし、自分を狙う水流を強引に止める。その直後に魔法の効力が切れたのか、水流が保っていた蛇の姿が弾け、多量の水の塊が地面にくずれ落ちる。
その水は道に積もった雪に染み込んでもまだあふれ、魔法をくらった盗賊たちを水浸しにしてなお、一番の距離を保っていた首領の足元にまで流れた。
勢いを失い、靴底を濡らす水たまりを一瞥して、首領はニヤリと笑ってリオンたちを見る。
「危ない、危ない……。少し驚いたが、こんなもの……」
肩を揺らしてせせら笑う首領。しかし、ニールが水たまりの手前まで素早く跳ぶと、その中に剣を突き立て、黄色い魔法陣が浮かぶと共にこう唱えた。
「雷法武術・【
「っ!!」
その声を聞くと同時に、首領が木につかまって素早く上に逃れる。そのほんの少し後にニールの剣から水たまり全体へと、一瞬で激しい電流が走った。
「ぎああーーぁぁ!!」
「ぐわああぁっ!!」
水浸しになっていた盗賊たちが悲鳴をあげる。パチパチと火花が散るなかで体を
やがてニールの魔法が止むと、盗賊は首領以外の全員があお向けに四肢を伸ばし、がくりと気絶してしまった。
「むぅ……」
枝にぶら下がっていた首領は面白くなさそうに唸り、改めて地面に着地する。その首領に、ニールがゆったりと近づきながら、口を開く。
「さぁ、あとはお前だけだ。大人しく降参しろ」
そう言って剣を向けるニール。しかしどういうわけか、首領は味方が皆たおれているにも関わらず、目を細め、不敵に笑い声を漏らす。
「……くっ、くくく……」
「……? 何がおかしいんだよ?」
不気味なその様子に、ニールが眉をひそめる。リオンとミィナも何か隠し玉があるのかと警戒し、首領から目を離さずに身構える。
そんな彼らに向けて、首領は肩をすくめ、さもおかしそうに言った。
「降参しろだぁ? おかしな事を言う。有利になったつもりか?」
「……だったらなんだ? それとも頭がおかしくなったか?」
ニールはいぶかしげな声で挑発する。が、首領は平然とこう返した。
「これで……手の内は見えた!」
そう言って、首領はパチィッ、と指を鳴らす。するとニールの後方、リオンたちの背後の森から、また新手の盗賊が六人ほど飛び出してきた。
「なっ!?」
「後ろにも!?」
突然の不意打ちに、二人はあわてて振り返る。リオンはどうにか攻撃を弾き、ミィナもローブの下から細身のナイフを出して応戦するが、隙をつかれ取り囲まれてしまえば、不利になるのは必至であった。
「くそっ!」
ニールはとっさに二人のもとへ駆け出そうとする。しかし、そんな彼に向けて首領が片手を突きだすと、手のひらの前に黒い魔法陣が浮かんだ。
「
その瞬間、ニールの体が急に重たくなり、その膝がガクンと沈む。なんとか再び走ろうとするも、体はノロノロと鈍い動きをするばかりだった。
"呪法"――相手を支援する"祝法"とは反対に、相手の能力を一定時間低下させる魔法である。
なにくそともがいているニールへ、今度は首領が山刀を振りかざして襲いかかる。ギリギリ剣で受け止めたが、思うように動けない分、ニールは明らかに不利に見えた。
「行かせねぇぜ。テメェが一番やっかいだ……!」
「野郎……!」
首領が口布の奥でしめしめと笑い、次々に山刀を振るう。ニールも必死に応戦するが、動きが鈍った状態では首領一人を足止めするのが精一杯だった。
他の動ける盗賊たちは全員でリオンとミィナに襲いかかる。二人は怯えこそしないが、リオンは人間を相手にする抵抗から、ミィナは接近戦の不得意さから、みるみる追い詰められていく。
「きゃあっ!」
「っミィナさん!」
そしてついに、二人の盗賊に挟まれていたミィナが、ナイフを弾かれてしまう。その手のひらに長い切り傷がついたのを見た盗賊が、ゲラゲラと笑いだした。
「はっはぁ! このナイフには毒が塗ってあるんだぜぇ!? すぐに体が痺れだす!」
「……くっ……」
盗賊の言った通り、ミィナは苦しそうに顔をしかめると、ガクッとその場に膝をついた。立ち上がろうとするも動きはおぼつかなく、傷のできた方の腕を押さえて震えだす。
「ミィナさ……ぐっ!」
助けに入ろうとしたリオンの背中に、焼けるような痛みが走る。振り返ると彼の後ろで、ナイフを突き立てた盗賊が歯をむいて笑っていた。毒が塗ってあるというのは本当のようで、刺された部分から徐々に悪寒としびれが広がっていく。
「まずはテメェからだ!」
ミィナの前の盗賊が叫び、ナイフを振り上げる。ミィナはうずくまった状態のまま、回避できそうにない。リオンはその様子を、毒が回るのを感じながら、目を見開いて見つめていた。
下ろされたナイフが迫り、『間に合わない』と思いかけた時。
突然、リオンの視界が瞬時に橙色に染まり、耳元に風が吹き荒れるような音がぶつかる。リオンが驚いて辺りを見回すと、さっきまで笑っていた背後の盗賊が全身を炎に巻かれ、黒こげになる光景が目に飛び込んできた。
「オアアァァ……ァァ……!」
盗賊はもはや声ともいえない濁った息を吐き、人型の影が骸骨へと変わると、溶けるように炎の中へと消えていった。リオンが焦って自分の剣を見ると、その神器を起点に、いくつにも別れた炎の渦――ミィナの蛇流波の何倍も大きい、龍のような姿――が空中を舞い、周囲の盗賊へ食らいついている姿が見えた。
ある者は頭をもがれて焼かれ、ある者は胴体を貫かれ、ある者は龍に挟まれてぺしゃんこに潰されてしまった。
「ひ、ひやあああ!」
「助けてぇーーっ!」
残った二人の盗賊が腰を抜かし、ニールと共に呆然としている首領の元へと這っていく。そんな生き残りにも、炎の龍は容赦なく迫っていった。水たまりに転がり、気絶している仲間を無様に押し退けようとする二人に、龍は橙色の大きな口を開ける。盗賊たちは目をつむり、絶望に身を凍らせた。
「レヴィ、待って!!」
その時、恐怖に染められた空間にリオンの切実な叫び声が響く。場の者たちが振り向くと、リオンはうなだれて脚を震わせ、今にも倒れそうになりながら手に持った神剣をキッと見つめている。
盗賊に向かっていた龍はつんのめるようにして止まり、しばらく納得いかない風に首を縮めていたが、やがてその形を崩すと剣の中へ吸い込まれるようにして戻っていった。
「はっ……はひっ……」
逃げていた盗賊たちはそれを見ながら、鼻水をたらして目に涙を浮かべていた。その情けない姿と周りの惨状を見て、首領は忌々しそうに顔を歪めた。
「……のわっ!」
「逃げるぞ! 何やってる!?」
首領はいまだ呆けているニールの剣を払い、生き残った盗賊たちを怒鳴りつけた。そして一足先に森へ逃れた首領に、盗賊たちはもんどり打ちながら追いすがる。
「か、
「置いていかないでくれ!」
ニールたちは先ほどまでの凄惨な光景に呑まれてか、盗賊たちの後を追いはしなかった。ミィナはぎこちない手つきで白い魔法陣を出現させると、祈法――回復を司る魔法――にて自身の解毒を行っていた。
ただ、消耗した様子で膝をついたリオンに気づくと、ニールは戸惑いながらも駆け寄った。
「おいリオン、しっかりしろ!」
「……大丈夫、です」
その返答とは裏腹に、リオンは息も絶え絶えに、剣を地面に刺して体を支えていた。その赤い神剣の中から、レヴィが火の玉となって飛び出して実体化する。
少女の姿となったレヴィは、バツが悪そうな表情でリオンの前に立つと、小さくポツリと言った。
「……ごめん、リオン。黙って見ていられなくなって……」
珍しく自分から謝ったレヴィだったが、当のリオンが理解できているかは怪しかった。いまだにまっすぐ立つことすら出来ず、額に汗をにじませて隙間風のような呼吸を繰り返す。ようやく回復したミィナが歩み寄ったところで、リオンは顔をあげ、無理をして笑みを浮かべた。
「……いいんだ……大丈……」
しかし、そこまで言いかけて、リオンの体は一気に崩れ落ちる。レヴィ、ニール、ミィナの三人が、目を見開いた。
「リオン!!」
地面に倒れ伏すリオンのそばで、レヴィの悲痛な声が響き渡った。