稀血をよこせ、人間ども   作:鬼の手下

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 その女は、日照りによる飢饉の中、まるで鬼のように、親兄弟の血肉を喰らい、一人、生き残っていた。






鬼と鬼殺隊

 思い立ったのは、たぶん五百年前。かつて私はしがない農家の娘だった。

 

 私の一族の稲は、病に耐え、日照りに耐え、僅かに残ったものを大切に増やし、より強い稲が選りすぐられ、ご先祖様から代々受け継がれてきた、というのが私の父親の弁だった。

 

 子の性質は親に似る。途中、子が予想もしないような変化をすることもあるが、その変化した子が親となったとき、不思議なもので、その変化も子孫に受け継がれることが往々にしてあるものだ。

 

 そこで、私は考えた。

 

 稀血を攫って、子どもを増やし、その中から、より美味しい血を持った者を、掛け合わせる。

 そうやって、どんどんと世代を重ねていけば、すごく美味しい血を持った人間が出来上がるのではないか、と。

 

「あらあら? 血の匂い……なかなかの絶品の匂い」

 

 これは十年に一度の逸材の匂いだ。ぜひ、うちの里に案内しないと……。

 

 申し遅れたが、私は鬼である。鬼舞辻無惨様より血を分け与えられ、人ならざる不死の肉体に、強力な術、そして圧倒的な怪力を手にした鬼である。

 人と目立って違う点といえば、その異形な見た目に、あとは食料が人の血肉なことくらい。

 不便な点は、日光を浴びたら死ぬこと。

 

 私も無惨様と同じく、夜の闇に紛れ、日々を暮らす、しがない鬼だ。

 

「あら? あなたは……」

 

 血の匂いに誘われているうちに、どうやら屋敷に迷い込んでしまっていたようだった。

 

「ひぃ……」

 

 その鬼は、か細い声を上げて、まるで怯え切ったようだった。

 鼓を体に幾つも埋め込んだような奇怪な風体をしている。私は可憐な少女の姿なのに、そんなに怯えるなんて……酷い……。

 

「稀血、わぁ……けぇ……て……っ?」

 

「……ここは……小生の縄張りだ。小生の獲物だ。……なぜ渡さなければ……」

 

「わけて?」

 

「……ひぃ……っ」

 

 鼓が一つ、小生くんの体から飛んでいく。

 鬼だから、彼の体はすぐに再生するけれど、あらあらどうも、埋め込まれていた鼓は飛んで行ったままだった。

 

「案内して?」

 

 可愛くおねだりをする。こんなに可愛い子のおねだり、無下にするのは鬼の所業だ。

 

「わかった……。案内する……」

 

 と、彼は、まだ残っている自分の身体に埋まった鼓を叩こうとする。

 

「ダメでしょ? 術使っちゃ……」

 

「なっ……」

 

 もうすでに鼓は私の手の中だ。

 

 なるほど、今気がついたが、男の眼には『下陸』と書かれている文字がバツ印で消されている。

 

 鬼たちの精鋭――十二鬼月の下っ端の下っ端、下弦の『(ろく)』になったが、その後、位を奪われた哀れな鬼だろう。

 

 一応昔は十二鬼月だった。それだけに、自分の血鬼術には自信があったのだろうが、残念だ。

 

「ちゃんと案内してね?」

 

 奪った鼓は、地面に転がし、踏みつけ、壊す。

 本当は、この分からず屋の鬼をこうしてやりたかったが、私は優しい。だから、鼓が壊れるだけで済んでいるのだ。

 

「あ……」

 

 何か虚脱感の伴った目で、壊れた鼓の残骸を、彼は眺めている。壊れた物はもういいから、私は早く案内をしてほしかった。

 

「ねぇ、やる気あるの? は・や・く!」

 

「…………」

 

 そうやって催促をしたら、今度は睨み付けられる。

 どうしてそうなってしまうのか、まるで身に覚えのない反抗的な態度だった。

 

 咄嗟に私は反論する。

 

「なに? こっちはアナタの屋敷だから、アナタをたてて案内させようとしてあげようとしてるのに……その態度は……なに? 自分で血の匂いを辿ってもいいのよ? 私一人でもできる。でも、一応、角が立つといけないから、アナタにお伺いを立ててあげてるの。階級のない下っ端のアナタに、『上弦』のこの私が、()()()()、お伺いを立ててあげてるの。それがわからない? そうね、わかったわ。それを理解することが、アナタには難しいのね! あのお方も、さぞお辛かったでしょうね……。そんなのだから十二鬼月を除名になるの――( )

 

「言わせておけば……! 小生を愚弄して……っ!! 『上弦』の『()』だろうと……許さん……!」

 

 目の前の鬼は、凄まじい怒気を放つ。思わず私の身は竦んだ。

 

「ひ……っ。あなた、アナタ……死んだわ。死んだわよ……? この私に楯突いて、許されると思っているの? もう、知らない。そうよ、そう。あなたはもう……日輪刀の刑よ。……この屋敷の周りで暴れて、鬼殺隊とか、柱とか、なすりつけてやるんだから!」

 

 鬼殺隊とは、親の敵、子の敵、兄弟の敵と、日輪刀という不死身の鬼を殺せる武器片手に、鬼を見ただけで襲ってくる集団のことだ。まるで鬼は一緒くたに、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと話すら通じない異常者の集団である。

 

 柱とは、その異常者の集団の中でも強い人たちのことで、十二鬼月の『下弦』でも、『(いち)』以外なら、一対一で余裕を持って勝てるくらいの人間やめてる奴らである。

 ちなみに、私の一個上の(くらい)の『上弦』の『(いち)』は、昔、鬼殺隊にいた。そのくらい昔に、私は彼らに殺されかけたこともあった。

 

 

 

 ――は……!? 縁壱……!!

 

 

 

「貴様……っ!? それでも上弦か……! その性根、小生が叩き直してやる!!」

 

「ひっ……、ひっ……、は……っ」

 

 目の前の鬼が何か言ってるが、嫌なことを思い出したせいで過呼吸になって体が動かない。

 

 やめて……!! 縁壱……。縁壱……。首が……はんぶん。

 

 

 

 ***

 

 

 

「助けに来たわよ?」

 

 冷静に、かの鬼に捕まっていた子たちの前に出る。五人いる。結構溜め込んでるじゃないの。

 

 小生は死んだ。いや、死んでないけれど、鬼の力の根源たる血を搾り尽くしてカラカラにしたから、もう、当分、蘇らない。

 

 鬼の力は、基本、無惨様から与えられた血の力だ。だから、こう、血を抜けば、無惨様の血も抜けて、鬼の不死身の再生力もほとんどなくなる。

 

 基本、鬼同士の闘いは不毛だ。鬼は日光に当たるか、日光の力を帯びた刀――( )日輪刀で頸を切られるかしないと死なない。だから、ずっと不死身で殴り合うしかない。

 だが、鬼同士は、無惨様の意向により、群れない。会ったら戦う。共喰いする。

 

 けれども、私は何百年という年の功により、鬼は血を抜けば、行動不能にできるという知識を得ている。鬼同士の闘いでも、すぐに終わらせられる。

 鬼は、あまり美味しくないから食べない。

 

「ひっ……化け物……!?」

 

 可憐な私の姿を見て、なんだか彼らは警戒してしまっている。可愛いのに……。こんなにも可愛いのに……。私の里の男の人や女の子は、ちゃんと私のこと、別嬪さんだって言うもん。

 

「化け物じゃない……。ただの鬼よ?」

 

「鬼……っ!?」

 

 鬼という種族は伝説の中にしかいないというのが、世間一般の常識だろう。

 だが、こうして鬼は居る。

 

「そう。鬼は人の血肉を食べるのよ?」

 

「ひっ……」

 

「そして、あなたたちは、稀血……つまり、鬼のご馳走……。生きているだけで鬼を引き付けてしまうわ! 酷い話ね……あなたたちが、鬼を引き付けたせいで、両親も、兄弟も、子も、友も、愛する人も……ついでとばかりに食べられてしまう。……私は悲しいわ……」

 

「――――」

 

 各々、捕まっている子たちは反応を見せる。怯える者、涙を流す者、神仏に祈る者、いろいろだ。

 

「そこでよ、私の里に来なさい。そしたら、私が他の鬼から守ってあげるわ! 後で食べられるんじゃないかって……? 心配いらない。稀血は一人で何十人、何百人分の、鬼にとっての栄養を持っているの。毎日、血をちょっと分けてくれるだけでいいのよ。私はそれで十分。悪い話じゃないでしょう?」

 

「――――っ!!」

 

 そう話せば、人間たちは縋るような目でこちらを見る。

 どうやら、興味を持ってくれたみたいだ。

 

 だが、里に連れて行く前に、やらなければならないことがある。

 

 一人一人、私の綺麗な爪で傷付け、傷口をペロッと舐める。稀血の中でも美味しさに違いがある。だから、味見だ。

 

「この子と、この子ね。ささ、一緒に行きましょう」

 

 五人の中から二人、私は連れて行こうとする。

 

「……ちょっと待て……オレたちは……!?」

 

 残された内の一人が、そう声を上げた。

 声を上げなかった方たちは、ただひたすらに困惑しているようだった。

 

「確かに稀血には違いないけど、あまり美味しくない稀血だわ。普通の人より美味しいから、鬼が寄ってくるのは変わらないけど、仕方ないじゃない……うちの里も、限界があるのよ……全員は無理」

 

 こう、美味しい稀血を交配して、さらに美味しくがウチの里の目的だ。

 稀血の中でも下の方は、お呼びじゃない。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「まあ、人様に迷惑かけないよう、ひっそりと生きることね。この屋敷の鬼は私がやっつけたから、どこへなりとも行けばいいわ。さ、行きましょう?」

 

 そう言って、二人の手を引いて、行こうとする。けれども、そのうちの一人が、なぜか歩こうとはしなかった。

 

「オレ……いいよ。鬼のねぇちゃん。あの人たちを連れて行ってあげて?」

 

「……なっ、なに言ってるの!」

 

 信じられなかった。この子は、天然物じゃあ、五十年に一度の逸材だ。なんてことを言っているんだ。ありえない。

 

「だって、かわいそう……。オレ、自分だけ助かるなんて嫌だ……」

 

 私は頭を捻った。この数百年、類似した状況なら、何度かあったか。

 

「そうね……そうよ。私も悲しいわ。それでも、より鬼を引き付けやすい、あなたたち二人を連れて行くことが、ここに居るみんなが助かる見込みの高い最善の方法なの。わかる?」

 

「…………」

 

 無言で黙り込んだ。理屈はわかっても、納得できないのだろう。なら、と、残った三人に声をかける。

 

「この子の代わりに、助かりたい人はいるかしら?」

 

「…………」

 

 三人は目を泳がせる。

 我が身を犠牲に、という精神を持つ人間の代わりに助かろうとすれば、風聞が悪い。白い目で見られる。

 

 普通に生きてたって、鬼が、必ず襲ってくるとは限らないんだ。そこまでして、安全な場所に行こうとは思わない。

 

「ね。それじゃ、行きましょうか……」

 

 これ以上、なにか言われるのは面倒なので、二人は小脇に抱えて、走って抜け出す。

 私の対応力も万全だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん……。はぁ……うぅ……」

 

 ひっそりと、私一人で、おちょこに入れた血を飲んで、身悶えている。私の里の真ん中にある屋敷の中だ。

 鬼だろうと、元は人。何の楽しみもなく生きていくことなどできない。

 

 鬼になってから、稀血以外の食べ物を、美味しいとは感じなくなってしまった。

 他に楽しいこともないし、娯楽といえば、こうして、美味しい血を飲むことだけだ。

 

 稀血といっても、一括りにするべきではなく、それが鬼の精神に与える効能には種類がある。長年、里で研究を重ねた結果、見えてきたものだ。

 

 今、飲んでいる血は、人間で言うところの、茶のように気分を高揚させて、頭をスッキリさせる効果がある。

 他にも、酒のように気分良く酩酊してしまうものや、(きのこ)のように感覚をごちゃ混ぜにした幸福で神秘的な超越感を得られるものもある。

 

「あ、あ……。もう、なくなってしまうのね……」

 

 甘美な時間というものは、すぐに過ぎてしまうものだ。

 私は我慢のできる鬼だから、里にいる稀血たちを今すぐ殺して食べたりしない。人間でも再生しやすい血だけをもらう。

 そうして明日に取っておくのだ。そうすれば、長く、永く、楽しめるし。

 

 増やして、供給の安定かつ、味の改良。他の鬼は、馬鹿で短絡的だから、こんなことも思いつかない。貴重な稀血を簡単に殺してしまうのだ。ああ、勿体ない。

 人間なんて、今日からあなたたちは夫婦(めおと)ですと言って、男女を同じ家に放り込めば、簡単に増えるっていうのに。

 

 ちなみに、この里では、神仏の代わりに無惨様を讃えることになっている。神や仏に祈ろうが、無惨様に祈ろうが、同じことだと私は思う。私はその無惨様の使いとして、冠婚葬祭を取り仕切っているわけだ。

 

 出産に立ち会い、元服の儀で言葉を述べ、誰と誰とを交配させるか決め、葬儀では最終的に遺体は私が処理、そして先祖の供養は私に祈ることになる。

 

「あら、お客様……?」

 

 私の結界に反応があった。

 この里を覆う、私の血鬼術で作った禍い避けの結界なのだが、こうして、私の許可なく入ってきた生き物を探知できる。

 

 大抵の生き物は殺してしまうのだけれど、今回は人のようだ。誰かが来るという予定もなかったし、迷い込んでしまったのだろうか。

 

 少しの間、動向を見守る。

 

(ハツ)()様、(ハツ)()様……!」

 

「あら……どうかしたの……?」

 

 私のお世話係の侍女が慌てた様子でやってきた。この子は里一番の美味しい血だ。味を覚えてしまったからには、この子がいないと、私はつらい、耐えられない。

 

「鬼殺隊です! 鬼殺隊が村に……! お逃げください!」

 

 鬼殺隊……か。

 なぜ彼女が鬼殺隊をわかるのかといえば、廃刀令のこの時代に、刀を携え現れるのはそれくらいしかいないからだ。そう教えた。

 

「落ち着きなさい……。ここは私の結界の中……どうにでもなるわ……ぁ?」

 

 頸を撫でる。そうだ。私は強くなったのだ。昔、鬼殺隊に追い詰められた頃の私とは違う。

 

「ですが……!? すぐそこまで」

 

 まあ、あれだ。

 情報を掴んできたっていうなら、このいかにもと言った感じの存在感を持つお屋敷にやってくるのは必然だ。

 

「ふふ、なら私が直々に出迎えてあげる」 

 

 正直、どうしてここがバレたのかよくわからない。

 とにかく、吐かせる必要があった。

 

 勇み急いで私は外へと出て行こうとする。

 

(ハツ)()様! せめて、お召し物を……っ!」

 

「え……っ。あ……。うん」

 

 血を飲んだら、体が熱くなって、脱いだのだった。血を飲むといつも、頭がおかしくなって変な行動に出てしまうから困る。

 

 侍女に服を着せてもらう。

 別に私は鬼だから、着ないで出て行っても構わないのだけれど、そしたら里の子たちの教育にはあまりよろしくないか。

 劣情を催させるような格好で出歩くのは、この里では禁忌になる。なるべく、予定通りの相手と子どもを作って貰いたいからだ。

 

「できました」

 

「いつもありがとう、()()

 

「いえ、(ハツ)()様のお世話ができて、さゆは幸せ者です」

 

 きっと、私が窮地に陥れば、この子は喜んで身を捧げるだろう。哀れなことだ。

 

 この里にいるみんなは、私がいないと自分たちは生きていけないと思っている。そして、実際にそうだ。

 私に寄りかかることでしか、命を繋げない。そういうふうに育てたから。

 

 急いで表へ出てみる。

 表では、鬼殺隊の人が里の人たちに囲まれていた。

 

 里の人たちは、包丁やら、なんやらで武装をしているようで、鬼殺隊の人は困ったように相手をしている。

 

「お前たち……っ! やめなさい!!」

 

 正直、戦いに慣れていない彼らでは相手にもならない。

 鬼殺隊は特殊な呼吸法で身体能力を強化させたりしているから、普通の人間が束になったところで、刺し違えることも難しい。

 

「……で、ですが……っ!」

 

「引き下がれと言っているのがわからないの!! 足手纏いよ? 不敬よ? この私の力を知らないわけではないでしょう!?」

 

 稀血を求めて、この里に鬼がやってくる時がある。その時に、私が力を存分に発揮して、倒しているのを見ているはずだ。

 いや、そういえば、鬼殺隊に私が殺されかけた話、口伝されて残っているような気がしないでもない。

 

 えっと、なるほど。

 もしかして、里の中では鬼より鬼殺隊の方が強いって認識なの。

 

「は……はい」

 

 なにか、哀愁漂う雰囲気を醸し出しながら、里の人たちは下がっていく。

 基本、鬼殺隊より鬼の方が強い。ただ、特殊な呼吸法を使う剣士の中に、たまに化け物が生まれるだけだ。後でちゃんと教えてあげよう。

 

「『上弦』の『()』?」

 

 私の目玉に刻まれた文字を読んで、鬼殺隊の方はそう言った。

 蝶の髪飾りをした、髪の長い綺麗な少女だった。おおよそ、戦いが好みとは思えないような、穏やかな目つきで、彼女はこちらを見つめる。

 

「『上弦』の『弐』……(ハツ)()よ? 少しお話しをしましょう?」

 

「鬼殺隊、花柱――胡蝶カナエです」

 

 彼女は恭しく、こちらに一礼をする。

 

 は……柱っ!?

 と、とにかく、なんのつもりかは知らないが、話を聞いたら口封じだ。この里に鬼殺隊が大量に押し寄せてきたら困るし。

 

「そう、胡蝶カナエね。覚えたわ……。なら、どうして、あなたはここに来たの? あなた一人なの?」

 

 基本、鬼殺隊は何人かで鬼の討伐に向かう。

 鬼は人よりも強い故に、一人で戦うのは愚の骨頂。囲んで倒すのが奴らの手口だ。

 

「鬼を倒した帰りに、人を拐う鬼を見かけたから追いかけて来たわ」

 

「えっ……!?」

 

 つけられていたの、私。

 気がつかなかった。

 人目につかないように頑張っていたのに。ここ数百年、死にかけてから鬼殺隊に気取られぬようにやってきたつもりだったのに。

 大失態なんだけど。

 

「人の命を、あなたはどう思っている? この里の人たちは、あなたにとっての何?」

 

 被った。

 彼女のその姿が、かつての私を追い詰めた、太陽の描かれた耳飾りの剣士と被る。

 

「知らない……他人の命なんて、正直、どうでも良いわ……。でも、この里の人たちは、私にとって、かけがえのない大切なものよ!!」

 

「…………」

 

 ここまで来るのに何百年とかけてきたんだ。

 質の良い稀血をここまで安定して得られるようになるのには、もう、長い道のりだった。ここを捨てて、それを今更やり直せだなんて無理だ。

 

「それを壊そうと言うのなら、容赦はしない!」

 

 手をかざす。血鬼術の準備は万端だ。

 

「…………」

 

 押し黙って、彼女はこちらを見つめる。

 

 彼女は、いつでも抜けるよう、腰に帯びたその日輪刀に手を添えていた。私が手をかざした姿を見て、彼女は日輪刀に添えた手を……は、離した。えっ?

 

「な、なんのつもり……!?」

 

 何故だか、その目には、ずっと探していたものを見つけたかのような輝きが灯っている。

 

「あなたと、もっとお話しがしたい……」

 

 何故そうなるのかがわからなかった。

 鬼と見たら、殺していくのが鬼殺隊だ。基本、会話なんてしない。話しかけても、オレは喋るのが嫌いだ、とか言って、ただ頸を淡々と刎ねていく。

 鬼の中で最近はもう、そういう噂だ。

 

「う、嘘でしょ……。なにが目的……!? 金目のモノならないわよ……ここには……!」

 

 私から、そういう情報を聞き出して、盗んでいく気なんだ、きっと。きっとそうよ、そうなのよ。

 おのれ、鬼殺隊……っ!!

 

「そうじゃないの……。私、どうしたら鬼が人間と仲良くできるか、ずっと考えてて……!」

 

「…………」

 

「最初、村人は血鬼術かなにかで操られてるんじゃないかと思ったのだけれど、あなたに会ってわかったわ。そうじゃないのね」

 

「…………」

 

「私、この村は、すごく良い村だと思うわ!」

 

 人と鬼が……あり得ない話だった。

 人は鬼にとっての食料でしかない。私がやっていることは、家畜を飼うことと同じだ。

 

 まず、家畜を飼うには、家畜にとっての最適な環境を提供しなければならない。体にも心にも負荷を与えない。そうした方が美味しくなる。それが、彼女にとって、鬼である私が歩み寄っているように、見て取れたのかも知れない。

 

 けれど、実際、生殺与奪の権は私にあるのだ。そんなもの、仲良くしているとは言えない。

 

「ねぇ、例えばの話なんだけど……。自分を簡単に殺せるような猛獣が隣にいるとするじゃない。でも、その猛獣は、自分を殺したりしない」

 

「…………」

 

「そうわかってても……。怖いじゃない? ……私は、すごく怖いわ。まるで抵抗も許さず、言葉も通じず、自分を気分次第で殺せるような相手が……」

 

「…………」

 

 頸を触る。

 もう、四百年も昔だというのに、昨日のことのように思い出せる。あの恐怖を、忘れた日はない。

 毎日のように、思い出しては動けなくなり、過呼吸に陥ったり……。忘れられるのは食事の時だけ。

 

「まるで、日の光を浴びているみたいに、私の心を焼き焦がすのよ……」

 

 なにか、憂いに満ちた目で、胡蝶カナエは私のことを見つめている。そして、そっと私に微笑みかけた。

 

「あなたはとても、優しい鬼なのね……」

 

 なんだかその言葉に、私は涙を流していた。

 

 

 

 

  ***

 

 

 

 胡蝶カナエ、不思議な子だった。

 

 その後、私は彼女のことを食事に誘った。

 一応、誘った私が食べないのも心苦しく、人間である彼女に合わせた料理も食べるが、私は血を飲む。人の血だ。種族の違いをマジマジと見せつけてやろうという魂胆だった。

 

 案の定、私の食事事情を聞いてきた彼女に、正直に答えてやったら、なぜか、血を飲むだけなのね、と感極まったように口走った。

 

 そこからは、訊かれるがままに、里の維持費の調達方法だの、昔話だのなんだのを聞かせたのだけれど、事あるごとに、彼女は私を褒めてくるのだ。

 気分が良くなった私は、私の血鬼術で腐らないようにして地下に貯蔵した何百年分の血のこととか、上弦の仲間のこととか、調子に乗って、いらないことまで喋ったような気がする。

 

 覚えているのはそこまでだ。

 あくびをして、目を擦り、私は起床する。

 

 鬼は、基本、寝ない。

 だが、昨日はおそらく酩酊する血を摂りすぎて、意識の混濁から、こうして睡眠に近い状態に陥ったのだろう。調子に乗りすぎたのだ。

 

 目が覚めて、真っ先に目に入ってきたものは、人の脚だった。血色が悪いと思ったが、繋がるべき胴体のない千切られた人の脚だったからか。

 

 なんとなく、口に運んで食べてみる。

 

「はむっ……」

 

 稀血ではない味。でもそこそこの味だから、栄養価の高い人間の女だろう。元気に鍛えた女の子って感じだ。

 

「えっ……。カナエ……ちゃん?」

 

 冷や汗が流れた。

 寝ぼけた頭が一気に覚醒する。

 昨日、招待した女の子の姿を私は探した。

 

「……あれ?」

 

 すぐに見つかる。

 床で安らかな顔で眠っているが、なんと、五体満足だった。

 

 じゃあ、これ、誰の脚なんだろう?

 もう一度、かじってみる。

 

「はむっ……」

 

 やっぱり、稀血ではない。稀血ではないということは、里の人ではないということになる。

 となると、やっぱり、候補はカナエちゃんくらいしかいないけど、もう一人、昨日、来たのかな。

 

「むむむ?」

 

 今掴んでる脚以外にも、腕が二本、足が一本、地面に転がっているのが見える。

 一つずつ、カジカジ、バリバリ、ゴクンと食べてみるが、全部同じ味だった。きっと、同一人物の物だ。

 ちゃんと人間の味だから、私がバラされたって線もない。

 

「……んぅ……」

 

 そうこうしているうちに、カナエちゃんがお目覚めだった。

 不思議現象だったが、カナエちゃんも五体満足なことだし、まあ、さして重要なことではないだろう。

 

「おはよう、カナエちゃん」

 

 時間的には、朝ではなく宵の口だが、起床したのだから、この挨拶だ。

 

「んん……おはよう……」

 

 そう言って、目を擦りながら起き上がって、彼女はこちらを見つめた。

 

「へ……?」

 

 なんか、鬼化してるんだけど……カナエちゃん。


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