稀血をよこせ、人間ども   作:鬼の手下

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 その存在を感じた時、私の心は既に屈していた。



血戦

「誰が喋っていいと言った?」

 

「……!?」

 

 それを聞いてカナエちゃんは咄嗟に口を手で抑えた。

 自らの失態に、カナエちゃんは目を白黒させてる。

 

 今のうちにと、私は無惨様のおそばに寄る。

 携帯している血を飲みやすい器に入れかえて、器を差し出したまま、無惨様の脇に控える。

 

「ふん……。私が、産屋敷に似ていると不思議のようだな? 違う。似ているとするならば、産屋敷が私に似ているのだ。かつては同じ一族だったようだが、それも千年以上も昔のこと……今やなんの繋がりもないというのに、あの産屋敷は執拗に私の命をつけ狙う。そんな狂人どもと私は、まるで違う。黒死牟……お前があのとき一族もろとも……いや、過ぎたことか……」

 

 そうして、無惨様は私から血を受け取って飲む。しばらく舌鼓を打った後、空になった容器を私に返す。

 もう一度、容器に血を注ぎ、無惨様へと差し出し、また、お飲みになられる瞬間を待ち望む。

 

「…………」

 

 カナエちゃんは、震えているようだった。無惨様の存在を感じ、身がこわばっている。怯えているようにも見える。

 きっと、その素晴らしさに感動を覚えているのだろう。

 

「勝てない、だと? お前たち、鬼狩りどもは、どうして私に勝つつもりでいるのだ? 私は、限りなく完璧に近い生物だ。私が殺されそうに見えるか?」

 

 無惨様は、あの縁壱でさえ殺しきれなかった。無惨様を殺せる人間など、この世にいるはずがない。

 無惨様は永遠に生き続ける素晴らしいお方だ。

 

「…………」

 

「答えてみろ? 私が鬼狩り風情に殺されるように見えるのか」

 

 無惨様は、カナエちゃんに発言を許していた。今日は、気分がいい日なのかもしれない。血を飲む勢いも、いつもよりいい。

 

 カナエちゃんは、何かを深く考えるように表情を歪ませたあと、わなないて、声を絞り出す。

 

「……見えま……せん。倒すなどと考えていた……私が……間違……って、いました……。無惨……様、お許しください……」

 

 カナエちゃんは大粒の涙を流していた。

 無惨様に対して発言できた感動からだろうか。それとも、鬼殺隊が無惨様に剣を向けようとしていることに心を痛めているのだろうか。

 私には、うまく推し量ることはできなかった。

 

「そんなことはどうでもいい。私は、お前のその思想に興味がある」

 

「……!?」

 

 カナエちゃんは、一瞬で顔を明るくした。

 期待を込めて、カナエちゃんは無惨様を見つめる。

 

「フン。お前たちが人間どもをどうしようと、知ったことではない。鬼狩りどもが滅び、私が太陽を克服さえできれば、お前たちは不要なのだ。美味い血を飲みながら、穏やかに永遠を過ごせれば私はそれでいい。だが、人間どもはのうのうと生きているのに、なぜ鬼である私が正体を隠さなくてはならない? 違う、違う、違う、違う。私は限りなく完璧に近い生物だ。人間どもに気を遣う必要などありはしない。お前は人間どもを掌握しろ。人間どもには黙って鬼に従うべきだと、教え込め」

 

「…………」

 

「悪く思う必要はない。人と鬼の争いがなくなるのだ。お前の望む素晴らしい世の中だ。この件は、全て、お前に任せる。()()()()()()

 

「……!!」

 

 期待していると、そんな言葉をもらえることは、上弦でも滅多にない。

 無惨様に集められた上弦のみんなは、驚いたようにカナエちゃんを見つめる。

 

「今から、上弦の陸から順に入れ替わりの血戦を挑め。私は忙しい。鳴女。終わったら知らせろ」

 

「はい……」

 

 一つ、礼をして、私は無惨様のおそばから離れる。

 そうすると、琵琶の子の血鬼術で、無惨様は退出なされた。

 

 そうして無惨様がいなくなったのを見計らってか、玉壺がカナエちゃんに近づいていく。

 

「ヒョッ、ヒョッ、ヒョ。見たところ下弦でもない。そんな鬼が上弦の陸である私に挑むなど……。ヒョヒョ……、軽くのしてあげましょう」

 

「……無惨様は血戦とおっしゃられたけれど……私はなにをすればいいの?」

 

「ヒョヒョ、鬼同士、力尽きるまで戦うのです! それが血戦! どちらが十二鬼月のその『数字』にふさわしいかッ!! 地獄を見せてあげましょう。私の作品、とくとご覧あれ!」

 

 そうして、カナエちゃんと玉壺が向き合った。

 

「頑張れー! カナエちゃん! 玉壺、早く降参した方がいいわよ?」

 

「玉壺殿! 俺もカナエちゃんが勝つと思うぜ! なにせ、無惨様にカナエちゃんは上弦に丁度いいだろうと推薦したのも俺だからな。でも、無理だと思っていても諦めない……。感動的だなぁ。くぅ……泣けてくるぜ」

 

 童磨のやつはそう言いながら、本当に涙を流していた。感動なんてしていないだろうに。

 

 それにしても、カナエちゃんがここに呼ばれたのは、童磨の報告が原因だったのか。どうりで、無惨様はなにもおっしゃられないわけだ。

 

「ヒョヒョ、好き勝手言っていればいい! 真の姿になるまでもない……」

 

「始めても、いいのかしら……?」

 

 カナエちゃんは刀を抜いて、構えをとる。

 

 ――全集中『花の呼吸』……。

 

 ヒュゥゥと呼吸の音がして、空気に緊張が満ちる。

 上弦の壱は、一対の目を細めて、その姿を見つめていた。

 

「先手は、譲りましょう。ヒョヒョ、どこからでもかかって来るがいい」

 

 この後に及んで、玉壺は余裕ぶっている。私の忠告なんてまるで無視だ。壺のくせに。

 

「カナエちゃん! やっちゃえ!」

 

「いくわよ?」

 

 ――『花の呼吸・壱ノ型――』。

 

「ヒョ……?」

 

 目で追えなかった。

 気がついたら、玉壺の頸が飛んでいる。

 

 ――血鬼術……。

 

 だが、今、カナエちゃんが持っている刀は日輪刀ではない。頸が刎ねられようと、玉壺は決して止まらない。

 かろうじて、その血鬼術を発動させようとしていた。

 

 ――『花の呼吸・伍ノ型 徒の芍薬』。

 

 次の瞬間に、術が完成されるよりも前に、玉壺は細切れになる。

 壺もバラバラになって、粉微塵の肉片と、血だけが残った。

 

 鬼は不死だ。日に焼かれるか、日輪刀で首を斬られるかしなければ、死なない。

 生きている肉片は、なおも再生しようとし、集まる。

 

 そんな原型を留めていない玉壺を刀でグチャグチャとしながら、カナエちゃんは困ったような表情をした。

 

「ねぇ、ハツミちゃん。これって、どれくらい続ければいいのかしら?」

 

「もう、玉壺の負けでいいんじゃない? みんなもそう思うでしょう?」

 

「…………」

 

 上弦のみんなに同意を求めるが、誰一人として頷かない。それでも、カナエちゃんの勝ちという結末を認めないという声は上がらなかったから、終わりでいいのだろう。

 

「カナエちゃん。もう玉壺は放っておいてもいいと思うわ。次は半天狗ね……」

 

「ヒィ……!?」

 

 どうやら、半天狗は、カナエちゃんに怯えているようだった。目の前で、玉壺が簡単にバラバラになる姿を見せられて、恐慌状態に陥っている。

 

「陸だったから、……次は伍……! あなたね!」

 

 そして、悲鳴にも近い声を聞いて、カナエちゃんはそちらに目を向ける。

 

「ヒィ……! 儂は必死に何年もかけて、努力し、伍の位についた身。そんな儂を追い落とすのか……!? 可哀想とは思わないのか?」

 

「でも、血戦を挑めと言われたから……悪いかもしれないけど、挑ませてもらうわ?」

 

「ヒィィィ!?」

 

 ――『花の呼吸・陸ノ型 渦桃』!

 

 カナエちゃんは容赦なく襲い掛かった。頸と胴体が泣き別れ!

 

 半天狗は、たくさんの分身を作る血鬼術を用いる鬼だ。分身を使うという点では私と似ているかもしれない。

 

「……!?」

 

 切る度に分裂をし、同時に何体も復活して増えていく半天狗にカナエちゃんは困惑をする。

 ちょっと、私は感知の血鬼術を発動させる。本体は、カナエちゃんから離れたところ……猗窩座の後ろあたりでヒソヒソとしていた。

 

「いやぁ、カナエちゃんも半天狗殿には苦戦しているようだねぇ。猗窩座殿は、どちらが勝つと思うかい?」

 

 分身が増えるたびに一瞬で細切れにして対応するカナエちゃんを見て、童磨は猗窩座に忍び寄りながら、そう尋ねる。

 

「下弦でもない鬼が、なぜ、ここまで……」

 

「カナエちゃんは、鬼殺隊で柱をやっていたそうなんだ。今も柱のつもりらしいんだけど、鬼になって……とっくに鬼殺隊のみんなからは仲間とも思われていないだろうに……可哀想だよね」

 

「…………」

 

「もともと柱ならば、強いのも当然。それに加えて、(ハツ)()ちゃんが貯蓄していた血をたくさん飲んだそうなんだ。猗窩座殿も、(ハツ)()ちゃんに血をもらえよう頼んでみたらどうだい? ややもすると、俺にも勝てるようなるかもしれない」

 

「…………」

 

「……そうだった、猗窩座殿は女を食わないのだった。失敬失敬。(ハツ)()ちゃんは、そこらへん頓着しないから、猗窩座殿はご馳走にならないのだったか……せっかく強くなれる方法があるのに、それを選べないなんて……同情するぜ」

 

「…………」

 

 気がつけば、童磨の顔の上半分がなくなっている。

 すぐに手が出るなんて、猗窩座くんは、なんて乱暴者なのだろう。

 

 それはそうと、カナエちゃんの方を見る。

 あっちこっちに生えて来る半天狗の分身を切り刻んでいるカナエちゃんだ。人間ならとっくに体力の限界を迎えているだろうけれど、鬼であるカナエちゃんは疲れなんて知らずにまだまだ元気だった。

 

 対して半天狗は、息切れをしている。コソコソとしている本体の方を見ればわかる。

 無傷で、剣を振るだけで立ち回っているカナエちゃんに対して、半天狗は斬られる度に分身を再構築している。

 

 鬼の体力は無限ではない。だからこそ、着実に半天狗は追い詰められていた。

 

「……終わった……?」

 

 唐突に、半天狗は分身の再構築をやめる。

 このまま戦っていたら、体力が尽きて自身が負けると思っての判断だろう。

 

「か弱き儂の分身を……ォオ! 作る度に粉々にして……ェエ! 儂が可哀想だとは……思わんのか……ァアあぁああ!」

 

 そんな大声を上げて、猗窩座の後ろにいた本体が巨大化する。

 

「どういうことなの?」

 

 カナエちゃんは、別のところにいた巨大化する半天狗を見てそう言った。

 カナエちゃんは、半天狗の本体と分身の仕組みがよくわかっていなかったのかもしれない。

 

「弱い者いじめをするなァア!」

 

 そうして半天狗はカナエちゃんに向かっていく。

 消耗が激しかったのか、血鬼術を使わずに、身一つでの突貫だった。

 

 ――全集中『花の呼吸』。

 

 だが、それでもカナエちゃんには敵わなかった。

 瞬きする間もなく、巨大化した半天狗はバラバラになった。

 

「今度こそ、終わり?」

 

「ヒ、ヒィ……」

 

 バラバラになった巨大半天狗の中から、小さな半天狗がヒソヒソと抜け出し、逃げようとしている。

 この不毛な戦いを、まだやろうとしているのかと、私はちょっと呆れる。飽きてきた。

 

「もうどうしたって、半天狗は勝てないだろうから、カナエちゃんの勝ちね」

 

「ヒ……?」

 

 私は小さな半天狗を摘み上げて、そう審判を下す。

 まだ、半天狗には余力がそれなりにあるのかもしれないが、分身をあんなふうに簡単にボロボロにやられてる以上、勝てないのは明確だった。

 

「ハツミちゃん、それって……」

 

「これが半天狗の本体よ? 本体を倒さない限り死なない鬼なのだけど、鬼同士の戦いなら、先に消耗し切った方が負け。そんなこと関係ない。血鬼術頼りな分、半天狗の方が消耗が早いから、どうやったってカナエちゃんには勝てなかったのよ」

 

「ヒィ……」

 

 そんな半天狗をカナエちゃんに投げ渡す。

 カナエちゃんは、困った顔をしながら、半天狗の本体を切り刻んだ。これで上弦の伍との戦いも終わりだろう。

 

「次、猗窩座くんね」

 

 ここらへんから、カナエちゃんでも勝てるかどうかがわからなくなって来る。肆と伍の強さの差はかなり広いはずだ。

 そういえば、猗窩座くんに私が血戦を挑まれたことはないのだっけ。猗窩座くんが『参』をやっていたときは、私を飛ばして『壱』にばかり挑んでいた。今は童磨とよく遊んでいる。

 

 だから、猗窩座の正確な強さが私にはわからない。それでも、なんとなく半天狗よりかなり強そうな感じがしているのはわかる。

 

「どうやら、鬼狩りの柱だったらしいじゃないか……。お前ほどの強者が鬼になったこと、俺は感動さえ覚える」

 

「えっ?」

 

 満面の笑顔で猗窩座はカナエちゃんの前に立った。猗窩座のそのセリフに、カナエちゃんは少し驚いているようだった。

 

 私も、ちょっとビックリした。猗窩座といえば、いつも仏頂面で、大して喋らない印象を持っていたから、それが覆された気分だ。

 

「さあ、始めよう……」

 

 ――『術式展開 破壊殺・羅針』。

 

 空気が張り詰める。猗窩座は、今までの二体の鬼の比ではない強さだと、わかるくらいにだった。

 

「……いくわ!」

 

 ――全集中『花の呼吸』……!!

 

 ひと息にカナエちゃんが距離を詰める。

 頸に刀が迫ったところを上体を反らして猗窩座は躱すが、やはりカナエちゃんは速い。頸が半分切り裂かれた。

 

 腕、脚と、次々にカナエちゃんは猗窩座を切り刻んでいく。だが、猗窩座も上位の鬼だ。玉壺や半天狗などとは比べものにならない速度ですぐに再生する。

 

「俺が柱を鬼に誘っても、頷くものはいなかった。どうすれば柱は誘いに乗る?」

 

「えっと……。たぶん、無理だと思うわ。みんな、鬼に家族や仲間を殺されたりしたから、鬼のこと嫌っているのよ……」

 

「弱い者が死に、強い者が生き残る……それが自然の摂理だ。鬼に殺されたのも弱かったからだろう? 人間は鬼には決して勝てない。どうして弱者にこだわって、鬼になろうとしない?」

 

 上弦の肆の猗窩座だ。玉壺の時のように、簡単には刻めない。刀の一振りごとに、与えられる傷が浅くなっていく。確実に、カナエちゃんの速度に慣れていっている。完全に躱され切るのも時間の問題だろうとわかる。

 

「弱いとか、どうだっていいことでしょう? そんなこと、関係なく……仲良くできれば、みんな幸せだとは思わない? 鬼の力は人を幸せにできるのよ! そうやって、その代わりに血をもらえば、みんな幸せ!」

 

「強者は弱者に施しをなど与えない。俺は弱者が嫌いだ! 俺は強者が好きだぞ……カナエぇ!」

 

「……!!」

 

 その声に、カナエちゃんが、いったん引いた。すごい表情をしていた。

 

 なんというか、猗窩座って、こんな気持ち悪い奴だったのか。百年以上の付き合いになるのだけれど、私は知らなかった。知らない方が良かったかもしれない。明日から、どう接しようか。

 

「もっとだ。もっと見せてみろ!! 全ての型を……! お前の力はこんなものではないのだろう?」

 

「くっ……」

 

 ――『花の呼吸・肆ノ型 紅花衣』!

 

 カナエちゃんが一閃すると、猗窩座の両腕が削がれる。

 好機と見たのか、カナエちゃんは一気に踏み込んでいく。

 

 ――『花の呼吸・陸ノ型 渦桃』!

 

「それはさっき見た……!!」

 

 頸を狙った一撃を、猗窩座は素早く屈み込むことで()けきる。

 

「まだ……」

 

 ――『壱ノ型』、『肆ノ型』、『弐ノ型』。

 

 次々とカナエちゃんは技を出すが、猗窩座の身体を掠めるだけで、傷を刻むには至らない。

 

 読まれ切っている。

 

「どうした……? それで終わりか?」

 

「アナタは間違っているわ! 鬼だって、人間を食べなくちゃ生きていけない! 一緒に生きることだって、できるはずよ?」

 

 ――『花の呼吸――』。

 

「くどい!!」

 

「あ……っ」

 

 カナエちゃんの振った刀が、猗窩座の拳に叩き折られる。

 甲高い音を立てて、折れた刃が地面に転がった。

 

「弱者は強者に喰われるのみだ。お前の型は全て見た。降参しろ。その刃が俺に届くことは、もう二度とない」

 

 折られた。せっかく私が作った刀なのに。私の血肉から作った、私の刀だ。

 

「…………」

 

 ――血鬼術『()()(きり)(まい)(みす)(がみなり)』。

 

 ……え!?

 

「……なっ……!?」

 

 カナエちゃんの斬撃を食らった部分から、猗窩座の体が崩れていく。私の血鬼術だった。私の血鬼術が発動していた。

 

「暴発したわ! ごめんなさい! カナエちゃんの刀、私が作ったの!!」

 

 私の血鬼術は、血を起点に接触した部分を感知することができる。私の血肉で作った刀で斬ったから、猗窩座の身体には私の血肉がわずかに付着したことになる。

 生き物を感知した後に壊す血鬼術だから、その付着した血から身体を壊していくことができるのも当然だ。

 

 急いで血鬼術を止める。

 血戦に割り込むつもりはなかった。なぜ私の血鬼術が発動したのかわからなかった。

 

「……まだ、やれるわ!」

 

 そんなことをしているうちに、カナエちゃんは折れて落ちた刃を拾って、くっつける。

 私の血肉で出来ていて、カナエちゃんが手を加えた刀だ。再生力もあって当然だろう。

 

「水が差されたが……もうお前の攻撃は見切っているぞ?」

 

「アナタのことは認めない。アナタには、絶対に負けないわ!」

 

 フゥゥゥと呼吸の音がする。

 

 ――全集中『花の呼吸・終ノ型 彼岸朱眼』!!

 

 カナエちゃんの白目の部分が赤く染まる。血の色だった。今のカナエちゃんのような配色の眼をしている鬼もたまに見はするが、それとは根本的に、何かが違うような気がする。

 

「今までとは比べものにならない闘気だ……。まだそんな型を持っていたのか」

 

「これで、倒すわ!」

 

 踏み出す。

 カナエちゃんは猗窩座に挑みかかる。

 

「だが、その闘気……。読みやすいだけだ!」

 

 カナエちゃんの攻撃に合わせて、猗窩座が拳を振るう。

 ついさっきと比べても、カナエちゃんの速度は変わっていなかった。

 その速度に慣れられ、対応されている以上、傷を与えることなど不可能。同じように刀を折られる。

 

 そう思った。

 

「……違うわ!」

 

「……なっ!?」

 

 振るわれた猗窩座の拳ごと、カナエちゃんはその胴体を袈裟斬りに両断する。

 

 もう一太刀、合間をおかずに。

 それに合わせて猗窩座もその刃を折ろうと反撃を試みるが、またその拳ごと、今度は頸が切り裂かれた。

 

 再生した腕で、斬られた部分を離れないように抑えながら、猗窩座は一度、離脱をする。

 その表情には困惑が見られた。

 

 ふと、童磨が前に一歩進み出る。

 

「猗窩座殿! 猗窩座殿は血鬼術での先読みが得意のようだが、どうやら、カナエちゃんは動体視力を強化したようだ! 猗窩座殿の先読みに合わせて、後出しで攻撃を変えていると言ってもいい。これならば、猗窩座殿では絶対に勝てまい……。俺は優しいから、これ以上は無駄だと教えてあげたが……カナエちゃん、猗窩座殿は無駄なことをするのが好きなのだ。わかってやってくれ」

 

 なるほど、カナエちゃんは動体視力を強化したのか。白目が赤くなるとそうなるのだろう。理由はよくわからないけれど、わかった。

 

「ぐっ……」

 

 猗窩座の表情に、初めて焦りが見える。そして、カナエちゃんはそんな猗窩座に微笑んだ。

 

「私は、弱者だとか、強者だとか……そんなこと関係なく、みんな仲良くできる世の中が良い!! 鬼も人も仲良くできる世の中が良い! 私はそれを叶えるの! できれば、アナタにも手を貸してほしいわ」

 

「弱者も強者も関係ない? ふざけるな……! 俺は強くならなければならない……! 強くならなければ……――( )

 

 猗窩座の動きが止まった。

 好機だった。

 

「…………」

 

 だというのに、カナエちゃんは攻撃を仕掛けない。猗窩座が動くのを待っているのだろうか。

 

 無言で猗窩座はカナエちゃんを見つめ直す。その顔には不快感が灯っている。

 

「よくも……――」

 

 その先の言葉はなかった。

 それを合図にか、カナエちゃんはもう一度動き出す。

 

「私が目指すのは、弱かろうと、強かろうと、誰でも幸せに生きられる世界! 鬼の力は、みんなの幸せを()()ためにも使えるの! きっと――( )()()()()、それを()()()()()はずよ!」

 

()()……」

 

 カナエちゃんは猗窩座を切り刻んだ。わずかに抵抗を試みる猗窩座だったが、それが敵うことはなかった。

 

「一緒に目指しましょう? みんなが仲良くできる世界を!」

 

 そうして、地面に倒れた猗窩座にカナエちゃんは手を差し伸べる。

 

 うつろな表情をして、猗窩座はそれを手に取った。

 

「俺の負けだ……」

 

 ちょっとばかし、私にはよくわからないやりとりだったけど、カナエちゃんの勝ちだった。

 

 肆まで倒したから、次は参……童磨か。

 

「いやぁ、猗窩座殿も倒すとは、さすがはカナエちゃんだ……」

 

「次はあなた?」

 

「まいった。俺は降参する」

 

「え……っ?」

 

「言っただろう? 俺ではカナエちゃんには敵わないと……」

 

「…………」

 

 童磨が降参してしまった。

 とても気味が悪い。本当に、なにを考えているのかまるでわからない。

 

「じゃあ、次はハツミちゃん!」

 

「そうね……」

 

 ついに私の番が来てしまった。あんなふうに、猗窩座も下してしまうのだ。カナエちゃんは、思ったより強いのかもしれない。

 

「もう……いい?」

 

「ええ……手加減はしないわよ?」

 

「私も……!」

 

 そうしてカナエちゃんは刀を持って、私に向かってくる。

 

「ふふっ」

 

 ――血鬼術『死障結界・蝕害』。

 

「えっ……」

 

 私の血鬼術を受けて、カナエちゃんは崩れ落ちる。

 

「ふふっ、あはは。私の勝ちよ! 隠れて結界を張っていた甲斐があったわ! さ、鳴女ちゃん。早く無惨様に報告しましょう?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 童磨以外のみんなの視線が厳しかった。

 みんながみんな、私のことを卑怯者だと言うような表情をしていた。

 

 どんな手を使ってでも、勝てばいいんだ。無惨様も、そうおっしゃっていたはず……ぐぬぬ。

 

「終わったようだな……」

 

「……!?」

 

 無惨様がお姿をお見せになる。

 そうして、無惨様のお近くに、カナエちゃんが一瞬で持っていかれた。

 

「やはり(ハツ)()には勝てなかったか……。だが、童磨を倒すとは、良くやった。貴様は今から『上弦』の『参』だ。これからは、『(しゃ)()』と名乗るがいい。褒美に私の血をふんだんに分けてやろう……」

 

「あぅ……っ!?」

 

 機嫌よく、無惨様はカナエちゃんの首筋に指を突き立てた。

 ドクドクと流れ込んでいく血だ。羨ましい……。

 

「…………」

 

 私も、と思ったが、つい数日前に血を分け与えられたばかり。今与えられても死んでしまうから、指を加えて見つめているしかない。

 羨ましい。羨ましい。羨ましい。

 

「あ……、ああ……」

 

 カナエちゃんは地面に転がって、悶えている。

 頬も上気して、瞳孔も開いて、とても幸せそうだった。

 なんだか、最初に私が血を与えた時を思い出す。あの時も、私の与えた血にカナエちゃんは夢中になっていたっけ。

 

「……あっ……」

 

 その眼球には、早くも『上弦』の『参』の文字が刻まれている。

 

 童磨、猗窩座、そしていつの間にか復活して身を潜めていた半天狗の眼の数字は一つずつ落ちて、まだ復活しきらない壺のお化けは十二鬼月でさえなくなってしまった。

 

「より一層、励み、一刻も早く私の目的を叶えることだ」

 

 これで、用が全て済んだのか、無惨様はいなくなる。

 

 地面に寝転がって、震えているカナエちゃんに、私は手を貸す。

 

「カナエちゃん。大丈夫……?」

 

「ハツミちゃん……私……今なら何でもできる気がするわ……! うふふ」

 

 とろけるような顔のまま、カナエちゃんはそう私に喋りかける。

 無惨様から、血を分けていただいた後の全能感に浸っているのだろう。

 

「……そう。カナエちゃんなら、きっと望む世界を手に入れられるわ!」

 

「少し……いいか? 沙華」

 

 そうやって、話していると、かつては上弦の参まで昇ったが、上弦の伍にまで落ちた猗窩座が近寄ってきた。

 可哀想そうな猗窩座!

 

「沙華? 沙華……。あぁっ、私のことね……。私の……! どうしたの……猗窩座くん……?」

 

「お前の目指す世界のことだ。協力すると言ったが、俺はどうすれば良い?」

 

 眼を瞬いて、カナエちゃんは考える。

 鬼は瞳が常に潤んでいるから、無意識な瞬きをしないが、カナエちゃんは感情表現のために、わざと目を瞬かせたのかもしれない。

 

「そうねぇ。人を食べずに、(ハツ)()ちゃんの村にある血を飲んで飢えを満たすこと……。あと、血はお金と交換するから、血を買うためのお金を稼ぐことね。ちゃんと、真っ当に稼ぐのよ?」

 

「……わかった。だが、俺は女は食べない。そこは……」

 

「好き嫌いはよくないわ」

 

 つい、私は口を挟む。

 猗窩座は贅沢な奴だ。食べなければ生きていけないというのに、食べられるものを選り好みする。そんなもの、直さなければならないに決まっている。

 

「そうねぇ、好き嫌いはよくないわ」

 

「…………」

 

 カナエちゃんも同意してくれた。

 私たちが正しい。猗窩座は間違ってる。純然たるこの事実に、猗窩座は黙り込んだ。

 

「でも、お金を払うんだから、ちゃんと選ばせてあげるわ?」

 

「……!? わかった」

 

「…………」

 

 カナエちゃんは甘いんだ。

 

 血を買う約束で思い出したが、そういえば童磨がもういなかった。あいつなら、しつこく絡んでくると思ったのだが、意外だ。帰るのが早い。

 

 それはそうとだ。私は、上弦の壱に用があった。私もカナエちゃんに負けてはいられない。

 カナエちゃんは、まだ猗窩座となにか話しているようだった。

 

「巌勝くん。この後、うち、寄っていかない?」

 

「……なにゆえだ……」

 

「飲んでいかない? いい血があるのよ」

 

「よかろう……。しばらくぶりに……飲み比べるのも……一興」

 

 ふふ、酔い潰れたところを襲ってやる!






 次回、魃実、敗北す!

 ちなみにこの後、玉壺は爆速で下弦の鬼を捜索し、下弦の壱になりました。

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