稀血をよこせ、人間ども 作:鬼の手下
雪、吹き荒ぶ中、歩いていた。
あの、上弦の弐と、鬼になった胡蝶カナエ、その討伐についての柱合会議から、もう随分と経つ。
最近、元号が大正へと変わった。
蛇柱、伊黒小芭内の加入。そして、炎柱が煉獄杏寿郎に入れ替わった。まだ八人には届かず、上弦の弐の村への襲撃の目処は立っていない。
真菰は順当に育ってはいるが、まだ自身を倒せない以上、水柱には不適任だった。
十二鬼月の下弦の後半ならば、なんとか相手になるのかもしれないが、それまで。だが、きっと自身を超えて、立派な柱にいつかなってくれるに違いない。
肝心の十二鬼月だが、不死川が下弦の弐を倒して以来、下弦の一体も討伐ができていなかった。
ここまで厳しい状況は、自身が経験した中でも初めてだった。
十二鬼月――この百年、上弦どころか、下弦の壱さえ打ち倒せていない。
このままでは、鬼の始祖たる鬼舞辻無惨に届くなど、夢のまた夢……。とにかく今は、上弦の弐、それに鬼になった花柱を目標に、柱が育つことを待つしかない。
鬼になった花柱だが、その血鬼術……それを受けた胡蝶しのぶは、今は牢から解き放たれていた。
あれは、胡蝶が牢に繋がれてから、数週間が経った日のことだったか。
本当に血鬼術が解けていないのか、御館様に言われ、面会の機会が設けられた。
血鬼術をかけられた後の状況を知っている自分が、判断するのに適任だという話だった。
相手の血鬼術の効力がわかれば、攻略も易くなる。年数が経てば、多少は上方に修正しなければならないが、それでも情報が何もないよりはマシだった。
牢に繋がれ、胡蝶は憔悴し切ったように、地面に座り込み、項垂れていた。
だが、そんな胡蝶はこちらの存在を確認するなり、顔を上げて言った。
「冨岡さん。実際に会った冨岡さんならわかるのでしょう? 姉さんは姉さんのままだった……っ! 姉さんは姉さんのままでっ、人を食べない鬼で……っ、鬼と人とが仲良くできる世界にっ……ぃ、導いてくれる!! はぁ……はぁ……」
声を荒らげて、肩で息をしながら、胡蝶しのぶはそう伝えてくる。
「胡蝶、それはお前の幻想だ。お前は血鬼術にやられ、そう思わされている」
「ち、違う……ぅうっ!? 姉さんは私に、そんなことはしない!!」
「それは、お前がそう思いたいだけだっ!!」
「……!?」
「ああ、たしかに胡蝶カナエは立派な柱だった。鬼になっても変わらな
「うぅ……冨岡さんは……っ、冨岡さんは……!! 姉さんのことをしらないから、そんなことを……!!」
胡蝶カナエのことを、誰よりも知っているのは、妹である胡蝶しのぶだろう。
この件に関していえば、自身は部外者なのかもしれない。
だが、鬼になっても自分の家族は特別だ、人を食わない、そう言って食われてきた人間を数多く知っている。胡蝶もそのはずだった。
「胡蝶カナエのことをよく知っているのならば、もう分かっているはずだ。都合の良い理想に浸る方が楽だからそうしているのだろう? あれから、蝶屋敷の隊士が何人死んだかお前は知っているのか? お前がこうしている間にも、鬼は人を食っているぞ?」
「……うぅ……」
「お前は
胡蝶しのぶは、自身とは違い立派な鬼殺隊の隊士だった。
どんなに辛いことがあろうとも、立ち上がる力がある。そんな人間だったはずだ。
「姉さんは……姉さんは……」
受けた血鬼術など、きっかけに過ぎない。今まで胡蝶が姉を語るとき、まるで本気の目をしていなかった。
あまり対話の得意でもない自分でも、それはわかる。
あの血鬼術を受けたばかりのおかしな様子でもない。
「お前は血鬼術にかかっているフリをして……腐っているだけだ。用が済んだから、俺は戻らせてもらう」
血鬼術が解けているとわかれば、もうここにいる意味がなかった。
強い胡蝶のことだ。誰が助けるでもなく、一人で立ち直るだろう。
「ま、待ってください……冨岡さん!」
早く御館様に報告して、鬼になった胡蝶カナエの対策をしなければならない。
だというのに、胡蝶はこちらを呼び止めた。
「…………」
振り返ると、なぜか胡蝶はこちらを強く睨んでいる。
なぜそうなるのかが分からなかった。余計なことを言ってしまったのかもしれない。
「冨岡さんは……鬼と人とが、仲良くできると思いますか……!? 姉さんの理想が、叶えられると思いますか……!?」
「無理な話だ。鬼が人を喰らう限りは」
「…………」
今度こそと、この場を後にする。
胡蝶カナエの理想は耐えがたいものだった。
人を食うような存在に生殺与奪の権を握らせるなどということは、断じて認められない。
血を飲むだけと、あの鬼たちは言っていたが、人間を支配した後、掌を返さないとも限らない。
鬼が人を喰らう限りは、人は鬼に怯え続けなければならない。鬼さえ居なければ、鬼に怯える必要もない。
人喰いの鬼は全て滅さなければならなかった。
そこから数日後、胡蝶は牢から解き放たれた。その際に御館様と話をしたようだった。
今でも鬼と人と仲良くなりたいと触れ回るのは変わらずに、鬼殺隊の中での評判は、あまり良くない。
だが、鬼を殺す毒の開発に加え、任務でも何十体も鬼を倒している。その実績から、鬼殺隊から追放するという話はなかった。
胡蝶が何を考えているのかは分からないが、きっと自らの力で前に進んでいるのだろう。
それからそうだ。上弦の弐の村から連れ出した二人のうち、生き残った方。稀血の少女は、あれから鬼殺の道を進むことになった。
風の呼吸の育手のもと、鍛錬に励んでいると風の噂で聞いている。
「――頑張れ……!! 頑張れ、禰豆子……!」
声がする。男の声だった。悲痛な声で叫んでいた。
その声が、意識を現実に引き戻す。
走る。走らなければ間に合わない。また何も守れない。
「鬼になんかなるな!! しっかりするんだ! 頑張れ!」
目に入る。女が少年を組み伏せている。その気配は鬼のものだった。
刀を構える。
鬼ならば、頸を切るのみ。
近づき、そして――
――庇った!?
***
「はつみさま、はつみさま」
「なあに?」
そう言って近寄ってくるのは、実弥くんと
名前は
なぜ
ちょっと、その推し具合に、実弥くんは引いていたけれど、妊娠直後ならよくあることだ。
「みのり、はつみさま……すき……!」
「そう、私も好きよ、
そして、ギュッと抱きしめる。
この子の血の味はもう知っている。
産まれて少ししてから、味見をさせてもらったのだ。
それはもう、頭がスッと冷たくなって、それでいて意識がぼうっとする。
一口だというのに、私は我を忘れてしまった。
そのあとの記憶が欠けている。
話によれば、笑顔のまま、定まらない視線で、ずっと座りっぱなしだったそう。
鬼殺しとでも呼ぶべきか、無惨様に飲ませてもいいか、私は少し心配になった。
「とうとも、かあかも、きらい! つぼみのことばっかり……!」
弟が産まれて、あんまり構ってもらえなくなったからか、最近はよく私のところに遊びにくる。
「そう……? でも、ほら……小さい子は、目を離すと簡単に死んでしまうの……どうしても、心配になってしまうものよ?」
「はつみさまも、つぼみのほうが……いいのっ?」
「そうねぇ……私はとても長生きでしょう? 私にとっては二人とも、小さい子だから、二人とも、心配ってこと……」
「……うー」
納得できないような表情だった。
そんな
「ふふ、一番がいいのねっ。まあ、あなたのことを一番に考えてくれる人は、いつか私が見繕ってあげるわ。だから安心しなさい?」
「……? はつみさまは?」
どうやら、私の言っていることは、あまり理解されていないようだった。
まあ、時間をかけて理解してくれればいい。
「そうね。じゃあ、アナタがここにいる間は……私がアナタのことを一番に考えてあげるわ?」
「……!? はつみさま……!」
なんとか宥めすかそうとしたが、こうなってしまった。
三人目も、もう
「今日は何する?」
「はつみさまと、おそとであそびたい!」
太陽の下には出られないと、言ってあるはずなのだけれど。やはり何度も言い聞かせないと駄目なのか。
「ごめんね、
ここは日の光の当たらない部屋だ。少し薄暗いから、前まではロウソクを使っていたけれど、今は電気が通って、電気の灯りで部屋が明るい。
火を使わないでも、こんなに明るくなるなんて、人間には驚かされる。血鬼術みたいだ。
「きょう、くもりだよ?」
「…………」
外に、出たくない。
曇りならば、確かに出られないこともないけれど、危険を犯したくはない。日に焼かれるか焼かれないかは雲の厚さにもよるし、いつ日が差すか怯えながら動くのは嫌だ。
「はつみさま……!」
「しかたがないわね。今日は特別よ?」
「やったぁ!」
私は悩んだ。だが、この子がこうして目を輝かせて喜ぶ姿を見れば、この選択が間違いではないことがわかる。
こうして毎日を幸せに生きてくれた方が、いい血になるのだ。
「ふふ、何をしたい?」
「たこあげ、したい!」
「凧揚げ? いいわよ。取りに行きましょう」
あまり経験のない遊びだ。
双六や花札は私の部屋に置いてあるのだけれど、さすがに凧ははなかった。
遊び道具は一度に買って配ったりするから、備品庫には余ったものが置いてある。
迷ったが、一緒に取りに行くことにした。小さい子だから、目を離した隙に何をするかはわからない。
大抵、こういうときに子供は、備品庫に置いてあるいろいろなものに目移りをするのだけれど、今回は目当てなものに一直線だった。
「あがら、ないわね……」
かくいう私も、さっきから、凧は地面から離れない。何故だ。
「むぅ、みのりの、だめっ!」
そうして、
凧の方に問題があるのかと思い、何度か、備品庫の凧を交換したが、それでも上がらない。そういう問題ではないのだろう。
一応、電線に引っかからないような場所を選んで遊んでいるけれど、その甲斐もなし。凧の残骸だけが積み上がるばかりだった。
凧には風が大事だと、話には聞いたことがある。もちろん、無風ではない。なぜ、なぜ上がらない。
「あら……?」
結界に鬼が入っていた。
この気配は巌勝くんか。
最近は、カナエちゃんに修行をつけるために、私の里に入り浸っていた。
こんな真っ昼間から……曇りだからって、少し無用心だと思う。
ちなみにカナエちゃんは、修行の末、痣をほとんど一日中現れたまま保てるようになった。透けて見えるようには、まだなっていないらしい。
「はつみさま……。ちがうのっ!」
また、違う凧を持ってこようと、
巌勝くんのことよりも、こちらの方が重要なことだ。
「じゃあ、一緒にいきましょうか」
「えへへ……」
往復すること、十回近く。
子どもの体力では、きっと疲れてしまうから、私がおんぶをして運ぶ。
備品庫で、選んで、持って、もう一度、凧揚げの場所に戻ろうとするときだった。
「奥方さま……すこしよろしいか……」
「あら、巌勝くん……どうしたの?」
巌勝くんが話しかけてきた。
この里に入り浸っていると言っても、用があるのはカナエちゃんに。私に話しかけることは、そんなにない。
呼ばれ方は変わっていない。
私は月彦さんの妻をやめて、今は愛人になった。資産家の娘に取り入り結婚したが、無惨様の説明によると、互いに形だけのものだそうだ。
だから実質、無惨様の妻は私だ。何も変わっていない。だから、私の呼び方も変える必要はない。
無惨様は折を見て殺して、私を妻に戻すとおっしゃってくれていたし……。
あれから四年……なんの音沙汰もない。
私の背中の
「おめめ……いっぱい……」
そんな声にはさして反応を見せず、上弦の壱は用件を言う。
「沙華は……?」
「ああ……そういえば、昨日の夜から、帰ってきていないわね」
お金集めでそれなりに忙しいようだし、帰ってこれない急な用事でも入ったのだろう。
この暇人と、カナエちゃんは違った。
「ならば……やむなし……」
なぜだか、この上弦の壱はカナエちゃんを強くしようとしていた。
いまだに、カナエちゃんはまるで上弦の壱に敵う様子がないけれども、この男がいなければ、今ほどに強くなかったことはわかる。
なぜ、この男がそんな自分の敵を作るようなことをしているのか、私にはわからなかった。
「はつみさま……いこ……!」
「ええ、そうね……」
私はこの男に用事がない。
私におぶられた
「凧揚げか……。懐かしき……ものだ……」
上弦の壱は、
私は、足を止める。
「ねぇ……。すごくおかしな質問かと思うのだけれど、凧って、上がるものなのかしら……?」
どうして、こんなものが空に上がるのか、私は不審に思ってきた。いや、空を飛ぶ船も見たことがあるし、飛んでもおかしくはないとは思うけれど、それでもやっぱり……認められない。
「……かしてみよ……」
「ええ……」
促されるままに、凧を渡す。
凧を受け取った巌勝くんは、クイっとして、バッとやって、そのまま数歩後退、凧が空に舞い上がった。
「凧を揚げることなど……さほど難しきことではない……。要領さえ掴めれば……誰にもできよう……」
「……!?」
なんでもないことのように巌勝くんはそう言った。
あんなに頑張ってもできなかったのに……。巌勝くんめ……。
そんなことをしみじみと感じていれば、
そうして巌勝くんに近づくと、自分の持っている凧を掲げた。
「みのりのも、やって!」
「よかろう……」
「あ……少し待って……。電線に引っかかるといけないから、場所を移りましょう?」
「わかった……」
障害物に引っ掛けずに、上がった凧を器用に手元に戻したら、巌勝くんは私に返す。
なぜこんなにも簡単に凧を操れるのか、私は納得がいかないが、仕方ない。
そこからそのまま
その途中、おもむろに巌勝くんに
「おめめ、いっぱい。なんで……?」
「鬼ゆえだ……。鬼には……目を増やすなど……容易い……」
「はつみさま、おめめふたつ……!」
今度は私の顔を見て、そんな反応をした。
私は少し立ち止まり、かがみ込んで、視線を揃えて微笑む。
「そうね、私は二つよ?」
「みのりとおそろい!」
「ええ、そうねっ」
頭をなでてあげる。
こんなことでも嬉しいのだろう。本当に幸せそうで、私も嬉しくなる。
きっと、最高の美味しさにしてあげれるに違いない。
「異形の顔に……驚かぬとは……稀に見る……胆力……」
あまり
「……? みのりのとうと、かお、こわい……」
「そうか……」
娘にそんなことを言われてしまって、実弥くんが可哀想だった。
実弥くんは、今では穏やかな表情が多いし、出会ったときみたいに怖い顔をすることもあまりない。険がとれて、見ようによっては別人とも見違えるほどだった。
ただ、まあ、顔についた傷痕が、子どもに怖さを感じさせるのかもしれない。
ふたたび歩いて、あげられなかった凧たちが転がっているもとに着く。
だぶん、巌勝くんの手にかかれば、こんな凧たちも揚げられるのだろう。
着いたら、すぐに
そうして、巌勝くんは
私は暇になったから、今度こそはと巌勝くんの真似をして、凧をあげようとしてみるが、出来なかった。
私には才能がないのかもしれない。
「…………」
凧をあげている二人をみつめる。
こんなことになるとは思わなかったけれど、別に悪いことじゃない。
まあ、好きにやっていればいい。私も一人で勝手にやっている。
しばらく揚らない私の凧を見つめて茫然としていると、少し雲の流れが怪しくなってきていると感じた。
晴れ間が差すかもしれない。
私は凧を揚げて遊んでいる二人に近づく。
「ねぇ、そろそろ帰りましょう? 太陽が怖いわ……」
「みのり、まだあそぶ……ぅ」
困った。
巌勝くんをみる。同じく困った顔をしている。
「わかったわ。暇な人を呼んでくるから、その人に一緒にいてもらいましょう。本当は一緒にいたいのだけれど、日が差すと無理なの……ごめんなさい。私は屋敷に帰るわ」
「……え……っ?」
その後に、助け舟を求めるように、おそるおそる巌勝くんの方をみる。
「鬼ゆえ……日のもとにいることはできぬ……」
「……!?」
そう言われ、
今にも泣いてしまいそうな顔だった。
いったいどうして……!?
「み、
「みのり……はつみさまと、すごろく……する」
凧を投げ捨てて、
凧は風に飛ばされる前に巌勝くんが掴んで、手繰り寄せていた。
「え……凧揚げはもういいの?」
「みのり、すごろくがいい……」
「そう……」
少し不思議だったが、暇な大人を呼ぶ必要がないというのなら、それでいい。
「…………」
巌勝くんも無言でついてきている。そうなるのね。
散らばった凧は、後で手の空いている人に片付けさせよう。
三人で屋敷に向かった。
着いて、
「おかしいわよ……。これは……」
巌勝くんの駒が、一番前で、終着駅手前だった。
私は一番最後で、中間あたり。その二つ前の駅には
「ぜんぶ……ろく……」
そうだ。
「イカサマしてるんじゃないでしょうね……!?」
賽子を振って、ぜんぶ六だなんて、ありえない! そうとしか考えられない!
イカサマって、どうやったらできるのか知らないけれど、絶対そうだ!
「双六は……望む目を出すことも……勝負の内……。イカサマなどでは……ありはせぬ……」
そう言って、巌勝くんが賽子を転がすと、四が出る。過不足なく終着駅に着き、完全にあがりだった。
「…………」
「…………」
やはり、納得がいかない。
「ねぇ、巌勝くん。三よ! 三を出しなさい!」
「…………」
無言のまま、巌勝くんが賽子を手に取って、転がす。
一瞬の緊張の後、転がった賽子が止まる。
「さんだっ!」
「…………」
「に! にぃだして!」
「見ていろ……」
なんでもないふうに、巌勝くんは賽子を振って、結果、二が出る。自然な賽子の投げ方でそうなる。
なにか特徴的な投げ方をしているとか、そんなことはなかった。
「みのりも、やる! にぃ出す!」
そうして、
「むぅ……」
「励む……ことだ……」
今度は私が賽子を振る。一が出た。いろいろあって、二つ戻った。
「はつみさま……だめだめ……」
「ええ、そうね」
そのまま差が縮まることなく、
私は最下位だった。
私が終着駅に着くまで、二人に優しく見守られた。
そこから何度か、双六で遊んだが、巌勝くんが一位で、
何というか、今日は運が悪い日なのだろう。
「もう、日暮れかしら……」
「……!?」
小さな子供を抱えた実弥くんと、その後ろにくっ付いた
「みのり、ご飯ですよ! 帰りましょ!」
二人の姿を見るなり、
「やだ! みのり、はつみさまのところに、ずっといるぅ……」
「あらあら」
それを聞いて、実弥くんは眉を顰めた。顔が怖いと、
「みのり。ハツミ様に、あんまり迷惑かけるんじゃねぇ」
「やだ。みのり、はつみさまのこどもになる」
思ったよりも、頑なに
「みのり。みのりは、さゆとさねみさんの子どもです。
「――ハツミ様からも、何か言ってください」
やれやれと言ったところか。
「
カナエちゃんと遭ってしまったら、どうなるかはわからない。私の方が強いのは当然だけれど、最近はカナエちゃんも強くなったから、本気を出されたら、止められるかは不安だった。
「みのり、たべられる?」
「ええ。みのりはとても美味しいから、殺されて食べられちゃうわ」
「……!?」
私がそう言えば、
これで、納得して帰ってくれればいい。
「ふふ、じゃあ、
「はつみさま……たべられない?」
必要がないのに、私の心配がされた。
そういうことが気になってしまうのね。ええ。
「私のこと、食べてもあまり美味しくないの。それに、その鬼とは仲がいいからね……ぇ」
「……!? ……みのりより……?」
「同じ鬼だから……ええ……まあ……比べるものではないわ」
「……?」
なんというか、私が鬼にしたからというか、同じ未来を目指す腐れ縁な感じだろう。
お金を入れてくれるようになってから、だんだんとカナエちゃんの飲み方が酷くなってきているような気がする。
本当にいつか我慢できなくなって、里の子を食べてしまうんじゃないかと私は心配だ。
それを考えると、頭が痛くてどうしようもない。
どうして、私の飲み友達はこんなふうなのだろう。
「みのり。ハツミ様と一番仲が良いのは、さ
「みのり、帰るぞ」
状況にそぐわないことを言い出そうとした
「や、やだ。みのり、はつみさまといっしょにいたいっ」
「わがまま言うんじゃねぇ……。このまま連れて帰るぞ……」
「やぁ、だぁ」
本当に今回は強情だった。テコでも動きそうにない。
そんな
なんというか、
そのおかげか、思ったより子どもができる間隔が短いから、その点は良いのだけれど……基本的にそういう場合は、疎外感を覚えるからか、子どもがあまり幸せにならないことが問題だった。
どうしようか。
まあ、今は下の子のせいで親に構ってもらえていないと
「
「みのり……。ずっと、いっしょがいい……」
ぎゅっと
困った。
「
「う……ぅ」
「ふふ、大丈夫。一晩なんて、
「…………」
なにか私に伝えたそうな表情だった。今までの経験から、この子がなにを言いたいのか汲み取る。
「そう……
「はつみさま……ぁ」
「大丈夫よ。また明日、会えるのだもの……。それまで、少しの我慢よ……? 私も我慢して頑張るわ」
「…………」
ギュッと
ふと、視線を感じた。
そんな
なにをしているのだろう。
「さ、帰りましょう? 日も落ちているみたいだし、家まで送って行くわよ?」
「……うん」
そうして、
そしたら、実弥くんが何か言いたげに近寄ってくる。言うまでに一瞬の迷いがあった。
「ハツミ様。みのりのことを甘やかしすぎじゃあ、ないですか?」
「……えぇ」
そんなつもりはないのだけれど。私の完璧なこの対応が、間違っているとでも言いたいのだろうか。ありえない。
「そうですよ?
得意げに
「
「さゆ。お前も甘やかされすぎだ」
「かあか……ずるい」
「……!? そんな……」
そうして、
ふと、部屋の隅で静かに座っていた巌勝くんに目をやる。
特に言いたいことはなさそうだった。
まあ、巌勝くんはカナエちゃんと違って理性ある鬼だから、急に襲っては来ないだろうし、いいか。
里一番の血の良い家族を前にしてもこの通りだ。正直、希血を前に理性を失う姿は想像できない。カナエちゃんとは大違いだ。
「行きましょうか……」
「さよなら……めだまのひと……! すごかった……」
「懐かしき頃を思い出す……良き日だった……。達者で過ごせ……」
そうして、巌勝くんとは屋敷で別れた。
ここでは、駄々を捏ねずに、すんなり別れてくれるから、手間がなくてよかった。
巌勝くんには懐いてはいたが、それほどではなかったのかもしれない。
そうして歩いて、
本当の別れはすぐにやってくる。
別れ際、
「はつみさま……。すき……」
「私も好きよ。
頭を撫でてあげる。
そうして、私は
「はつみさま……うぅ……じゃあね」
「ええ……さようなら……」
泣き出しそうな
なんだか、今生の別れみたいで面白かった。ああ、子どもというのは、一瞬一瞬をとても大切に生きているのだろう。
長生きしすぎている私からしてみれば、少しだけ……ほんの少しだけ羨ましいかもしれない。
――いや、そんなことはないか……。
「あらあら……?」
帰り際だった。私の結界が反応をする。
こっちの結界じゃない。鬼殺隊の最終選別の会
この反応は……なえ……?
こうじろうくんは、近くにはいないみたいだ。
あれからかなりの時間が経つ。まだ生きていたことに、感動を覚える。
感慨に浸っている時間はない。急がないと。時間が経てば経つほどに、稀血に誘われた選別の鬼に食べられてしまう可能性が上がっていく。
さっと、琵琶の子に連絡をして、空間を転移させてもらう。
琵琶の音とともに、最終選別の会場に着いた。
手っ取り早く人間に擬態して、なえのもとを目指す。
感知は良好だ。少し歩けば、なえのもとに着ける。せっかくだから、気配を消して、後ろから近付く。少しだけ、驚かせてあげよう。
うん、気付かれていない。
目の前に、いつ鬼が出るかと緊張し、周囲を警戒しているなえが見えた。
歩調を上げて距離を詰めて、肩を掴む。
「……っ!? あなたは……?」
「私よ、私。久しぶりね。もう四年になるの……。今までの日々がとても長く感じられるわ……。ああ、片時もあなたのことを忘れたことはなかった……。こうしてジッと耐えて待った甲斐があったものね……ああ……よかった……」
「…………」
なえは、眉を顰めて、困惑をしている。
「ああ、もしかして……私のことを忘れてしまった? そうね……四年も前……子どもなら、それでもおかしくはないわよね……ええ。大丈夫。恥じることはないのよ。それとも、そうね……こっちの姿の方がわかりやすくて良いかしら」
そうして、私は擬態を解く。
「……!?」
その姿に、なえは目を見開いた。
「久しぶりね、なえ。元気そうで、本当に良かった。……何度、もう駄目かと思ったことか……。諦めが肝心とも言うけれど、諦めないことも、時には重要ということね。ああ、生きていてくれてとても嬉しい……さあ、帰りましょう?」
「『上弦』の……ッ、『弐』ぃいィイッ!」
――『風の呼吸・壱ノ型 塵旋風・削ぎ』!!
「……えっ?」
感動の再会だというのに、私を私だと認識した瞬間になえが放ったのは斬撃だった。
風の呼吸と言ったが、柱だった実弥くんの使っていた技よりは、幾分か
「……っ!?」
斬撃は避けて、なえの首根っこを掴んで地面に叩きつける。
手加減、手加減。
今は
「ねぇ、なえ。私に攻撃なんて、どういうことかしら……? ああ、どうしてこんな乱暴になってしまったの……? こんなことをあなたのお母さんと、お父さんに伝えたら、きっと悲しくて泣いてしまうわ……? ああ、きっと、
「黙れ……っ! 黙れ……っ! お前が……お前が……ぁああ」
「そういえば、なえ、あなたに妹ができたのよ? 名前は、まいって言うの。里もお金が前よりも入ってくるようになったから、子供もたくさん育てられるようになった。あなたの姉のいなほも、祝言をあげて、今は妊娠中ね。でもやっぱり、あなたがいないから、あなたのお母さんとお父さんに、お姉さんはとても寂しい思いをしているわよ?
「お前……ェエエ!!」
なぜか、私の話を聞くたびに、なえは顔を赤くして激昂した。
意味がわからなかった。
そして、私は一番に気になったことを問いかける。
「そういえば……こうじろうくんは、どこかしら……? あなたと一緒に拐われたこうじろうくんよ。
「……!?」
「ねぇ、知らない? 知らないなら、仕方ないわ……知っていると思ったのだけど……残念ね。知らないなら今は諦めるし
「――ふざけるなっ!! こうじろう
呪い? なんのことだろう。呪いなんて、かけた覚えはない。私の血鬼術にそんなものはない。なにかの喩えか……それでもわからない。
まあ、いいか。
「そう、こうじろうくんは死んだのね……? ええ、とても残念だわ……。ああ、とても残念……なえとは良い
「なにを言っているの……!? 残念? 殺しておいて……? それに、私の結婚相手……? それで私が幸せ……? ふざけないで……!?」
なえは私に抑えつけられながらも暴れる。
困った。
すぐに連れて帰ろうと思ったのに、これでは帰った後も暴れられてしまうかもしれない。できればここで説得したいのだけれど。
「ああ……鬼狩り達に育てられたから、こんなにも悪い子になってしまったのね……」
「鬼……ぃ! ふざけるな……っ! 私の恩人達をっ、悪く言うな……っ!」
ああ、なえは、異常者どもに躾けられてしまったのか……。拐った相手に懐くだなんて、どうかしているとしか言いようがない。
きっと、家族のもとに戻れば、我を取り戻す。そうに違いない。
「帰りましょう、なえ。あなたは鬼狩りでなんているべきではないわ。家族のみんなが待っている……! ずっと、待っていたの! さあ……」
「私は、帰らない! 鬼は、みんな、滅ぼす! あなたも含めて……! 私の本当の家族は、鬼狩りのみんな!! あなたに飼われる生活なんて……二度とごめんよ!!」
「えぇ……」
意味がわからなかった。
なぜ、命をかけてまで、鬼を滅ぼそうとしているのか、私には理解できない。
ちゃんと、家族にも会えて、幸せに生きられるだろうに。
記憶を消そうか……いや、消す記憶の調整はうまくできないから、両親の記憶まで消えてしまう。
そうなれば、なえの周りが悲しんでしまうのは必定。やっぱり、ちゃんと説得しないと……。
「死んでも、あなたなんかには頼らないわっ! いまさら……っ、いまさら現れて……ぇえっ! もう二度と……っ」
泣きそうな顔でなえは言う。
なにを悲しんでいるのか私にはわからなかった。里の子ならわかるのだけれど、異常者に染められた以上、私にはどうしようもない。
「そうだ……カナエちゃんを呼んでこよう。カナエちゃんなら、きっと、説得できるわ……!」
「……!?」
異常者には異常者をぶつけるのがいいだろう。
それに、カナエちゃんなら、うまく説得してくれると、確信があった。
無惨様が言うには、こういうのに、カナエちゃんの血鬼術は最適らしいし。
そうと決まれば、カナエちゃんと連絡を取らなければいけない。カナエちゃんは、今どこにいるだろう。
「……?」
私たちのもとに、人間が近づいていた。
明確に、こっちを目指していた鬼狩りがいる。
確かに近づいていたのだ
今はなえと大切な話をしている。邪魔をされるのは面倒だ。
「…………」
「そこに居るのでしょう? 顔くらいは見てあげるから、出てきなさい?」
結界で、無力化するのは簡単だが、なんとなく興味が湧いた。どうして、迷わずにここを目指したのか、理由も聞きたい。
「逃げて……っ!? 見習いのあなたに勝てる相手じゃないわ……っ! 狙いは私……っ! 逃げるの! 麓まで……藤の花の向こうまで……! 走って、逃げなさい……!!」
なえがそう喚く。
まあ、逃げてくれるのならそれでいい。別に血鬼術を使わなくて済むのならば、それにこしたことはないわけだし。
少し疑問は残るけれど、それは大したことではない。
「…………」
ガサリと、草木を分け入る音がする。
どうやら、隠れていた人物は、逃げるよりも姿を現すことを選んだらしい。
「バカ……っ」
その行動に、なえはそう溢した。
まあ、結界が張ってあるから、逃げてもそう変わらないのだけれど……。
「この、濃い血のにおい……。禰豆子を鬼にしたやつに似てる……! 何なんだ、お前は!」
赤みがかった黒髪に、目をした少年。額には、傷痕。青みがかった緑に黒の市松模様の羽織を着ている。
手には抜身の青い刀身。
「うそ……でしょ?」
なにより目立つのはその耳飾り。
花札のような形で、憎らしいほどに燦然と輝く太陽が描かれている。
忘れもしない……紛れもなく、縁壱と同じ……。
「……っ。……!! 鳴女ちゃんっ!!」
私は全力で逃げた。
次回、VS炭治郎。
ちなみに、魃実様は戦いません。