稀血をよこせ、人間ども   作:鬼の手下

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 地面からくる気配、触れればただでは済まないと思った。その鬼の頸を中程まで斬り裂き、気がつく。決して急所を狙われてはいなかった。その訳を、どうしても、問いたくなった。


接触

「お侍様……っ! 強い!」

 

「修練を重ねれば、すぐにこの程度など、至れる……」

 

 賽子……? 私は、遊んでいた。賽子を使って遊んでいた。

 

 相手をしていたのは、刀を腰に携えたお侍様。……侍? この大正の世に侍? 時代遅れと言う他ないのに……。

 

「あら、巌勝くん。こんなところにいたのね?」

 

 やって来たのは、(ハツ)()さまだった。首に包帯を巻いている。(ハツ)()さまは鬼だから、怪我なんてすぐに治るはずだけど……なんで包帯なんか……。

 その表情は、緊張するように、やけにぎこちない。

 

 外は曇り。曇りだからって、普通なら、昼間、(ハツ)()さまが出歩くことはないのに、どういう風の吹き回しだろうか。

 

(ハツ)()様! あのね、お侍様、とっても強いよ!!」

 

 賽子の遊びで、お侍様に惨敗した私は、まるで親に甘える小さい子どものように、そう伝えた。

 

「そうなの? じゃあ、あわ。もう一回戦って見せて? 私はここで見ているから……」

 

 魃実様は、一つお侍様に目線を送ると、それだけでお侍様は頷いて、私の相手をしてくれるようだった。

 

「うん! じゃあ、あわ、もう一回、やる!」

 

 あわ、というのが私の名前だった。あわ、あわ……そんな名前の人は村にはいなかった気がする。

 

 賽子を振って、駒を進めて、相手と駒を取り合いながら、向こう側の陣地へと駒を辿り着かせるゲームだった。ルールの知らないゲームだった。

 

 (ハツ)()さまに見守られる中、私は慣れた手つきでお侍様と戦うが、今度も惨敗してしまう。

 

「あら……本当に強いのねぇ……」

 

「ずるい……」

 

「励むことだ……」

 

 私の恨み言にも動じず、お侍様は柔らかい表情でそう微笑みかけた。撫でてくれる。

 二人はまるで嫌味なく、優しく私に接してくれる。負けてばかりのはずなのに、不思議と楽しく、心が暖まる時間だった。

 

 それでも、負けてばかりだから、私には飽きが来てしまう。

 

「お侍様、お侍様。お侍様って、刀でいろんなの斬れるんでしょ? ねー、見せて……?」

 

 その剣術を見せてと私はねだっていた。腰に付けたままのその刀が気になったのだろう。

 

「……未熟ゆえ、人に見せられるものではなし」

 

「えー、いいでしょ……っ? ねぇ、ねぇ」

 

「…………」

 

 しつこく頼み込むと、お侍様は困った表情を見せる。

 

「そういえば、刀、腰に携えたままなのね。座ってるけど、邪魔でしょう? 外して床に置いたらどう?」

 

「…………」

 

 お侍様は、凄まじい形相で(ハツ)()さまを見つめる。その表情が、なんだか私には面白かった。

 

「ねぇ、いいでしょ! なにか斬って……! なにか……えっと……そうっ! 薪、薪でいいから!!」

 

 斬っても良さそうなものを必死に思い浮かべた私は、そうやってねだった。

 本当にお侍様は難しいような顔をしていた。

 

「あわもこんなに頼んでるんだから、別にいいんじゃない? 子どもがこんなにもせがんでるのに、相手をしてあげないだなんて……お侍様って、心がかなり狭いのね」

 

「……よかろう」

 

「やった……!!」

 

「だが、我が剣術……縁壱と比べれば、つまらぬもの」

 

「はやく、みせて……!」

 

 縁壱というのが誰かは知らなかったし、興味がなかった。私はただ、お侍様が刀を使っている姿を見られるのが嬉しかった。

 

「そう……。じゃあ、準備させてもらうわ」

 

 そうして、外に出て、(ハツ)()さまが薪をたくさん束ねて抱えて持ってくる。

 さすがは鬼の(ハツ)()さまだ。重いだろうに、まったく疲れた様子もなかった。

 

 (ハツ)()さまは薪を積み重ねて、的を作る。

 

「できたわよ!」

 

 薪の切り口がデコボコとしているからか、積み上げてできた的は少し不安定だった。私は、そんな今にも崩れそうな的をぽかんと見つめていた。本当にこんな的でいいのだろうか?

 

「では……」

 

 刀が抜かれる。

 色は――紫。日輪刀……? 刀がムラなく一色に染まり、その紫に美しささえ感じられる。

 

 ホオオオと呼吸の音がする。

 

 急に(ハツ)()さまが物陰に隠れた。(ハツ)()さまの見ている方向に視線がいく。

 炭治郎……? 炭治郎と同じ耳飾りをした、お侍様とそっくりな人がこっちを覗いているのがわかった。

 

「参る……」

 

 ――『月の呼吸・壱ノ型』……。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夢を……とても懐かしい夢を見ていた気がした。

 

 目覚める。選別を終えて、私は今は育手のところに戻っていた。

 

 選別は一日で終わった。あの女のおかげで台無しになってしまったことは言うまでもない。

 

 一応、あの時生き残っていた隊士たちは皆合格になった。特別な計らいとして、私と炭治郎も合格ということにしてもらえた。

 

 曰く、上弦の弐に遭遇して生きて帰れたこと、情報を持ち帰れたこと、もうそれで、隊士の資格は十分にあるという話だった。

 

 あの上弦の弐が結界で発動した大規模な血鬼術は、山の植物を消滅させるのみで、生物――( )さらに言えば人間は、対象に選ばれてはいないようだった。

 

 結果として、いつもの選別よりも生き残りが多くなったらしいが、あの上弦の弐の血鬼術をまのあたりにして、戦意を挫いた者がほとんどだった。

 

 結局、日輪刀の材料である玉鋼を選ぶまで残ったのは、私と炭治郎を含めて五人だった。

 

 私は見ていないからわからないけれど、この五人以外にももう一人同期がいるらしい。そんな噂を聞いたが、真偽は不確かだった。

 

 玉鋼を選ぶ前には、顔の怖い男の子が、選別を仕切る女の子に乱暴を働いて、炭治郎に腕を折られたりもしたが、それ以外の問題はなく、私たちはそれぞれ玉鋼を選んで、一旦みんな育手のもとに戻って行った。

 

「なえ! 来なさい! 刀鍛冶の人が来ましたよ!」

 

「はい!」

 

 軽く身支度を整えて出て行く。

 

 選別の時の刀は育手の人からの借り物だった。炭治郎に担がれたときに、重いからと捨ててしまったから、返すことはできなかった。あの山はもうあの女の縄張りだから、取りに向かうこともできない。

 申し訳ないと伝えたけれど、命には替えられないからと涙ながらに抱きしめられただけだった。

 

 ああ、ようやく自分の刀が手に入る。なにか一人前になれたようで、心が弾んでしまう。

 

「刀を持参した……。お前がなえか?」

 

「はい!」

 

 ひょっとこのお面をした人だった。

 刀鍛冶の里は、鬼にバレるといけないから、その里の位置も、そこにいる人も、秘匿されていると言う。

 このお面もその一環で、顔がバレないためだろう。

 

「これが日輪刀だ。日輪刀の原料は――( )

 

「…………」

 

 長くなりそうだったから、適当に聞き流す。

 要するに、日輪刀は鬼を斬れる刀というわけだ。それがわかっていれば十分だろう。

 

「日輪刀は、色変わりの刀とも呼ばれている。抜いてみな。持ち主によって、色が変わる」

 

「はい!」

 

 刀が渡される。

 緊張して、胸が高鳴る。

 

 日輪刀の色、そしてその濃さは、呼吸の適正により変わるという。私の使う呼吸は風。通常なら、色は緑になる。

 

 ああ、私はいったい……どれくらい……。

 

 刀を握った。

 

「…………」

 

 刀が染まる。

 緑ではなかった。

 

 紫……闇のように深い紫……それが私の刀の色だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(ハツ)()さま。大丈夫ですか……?」

 

 ()()が私の看病に来ていた。

 あの後、私は大規模な血鬼術を使った後遺症で、里に着くなり倒れてしまった。

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 普段なら、ご飯を食べて元気になるはずなのだけれど、藤の花の匂いをたくさん嗅いだせいか、食欲が沸かない。

 ちまちまと血を飲むばかりで、一向に回復できていなかった。

 

 こうじろうくんが死んでしまったこと、なえが無事だったことをそれぞれの家族に伝えた。

 私が帰ってくるなり、寝込んでばかりいたせいか、あまり良い状況にはなっていない。

 

 こうじろうくんの家族はまだよかった。こうじろうくんのことは、もう諦めてしまっていたようで、悲しみはしたけれど、ちゃんと今生きている家族を大切に過ごしてくれている。

 

 問題は、なえの家族だ。

 鬼殺隊に入って私に刃を向けたこと、なえを連れ戻すことに失敗をして私がこうなったこと、それを知って、責任を感じたからか、両親は自死を選んだ。

 

 幸い、死ぬ前に発見されて大事にはならなかったのだけれど、これからを考えると、私は気が滅入ってしまう。

 

 死ねば、私が食べるから、それで私が元気になればいいっていう考えなのはわかる。

 ただ、そもそも今の私では食欲があまり沸かないから、蔵の血をちまちまと飲んでいるわけなのだが、今の調子のままなら、死体を少しずつ齧ったところでという話になる。

 

 はぁ……命は大切にしてもらわないと……。

 

「ハツミちゃん。ハツミちゃん! ちゃんと説得してきたわよ!」

 

 カナエちゃんがやってきた。私が話しても、ただ罪悪感を深めるだけというところだったから、カナエちゃんに説得を任せることにした。

 

 自殺したことにして、食べてしまわないか不安だったけれど、外で一人のときも食欲を抑えられているようだし、いい加減、もう信用していいかなと思っている。疑い続けるのも面倒だし。

 

 一応、私の看病をしていた()()には下がりなさいと視線を送る。

 

「本当に……? 説得できたの?」

 

「ええ、鬼殺隊が、そんなに悪い組織じゃないって、ちゃんと納得してくれたわ!」

 

「……そ、そうね……」

 

 思ったのとは違う説得の方向だった。

 確かに、娘が鬼殺隊に入ったことを気に病んでいるのなら、鬼殺隊が悪い組織ではないと信じられれば、自殺もしなくなる。

 

 私は、自殺なんて私にとって利益にならないんだからと、そういうふうに説得するものだとばかり思っていたから、意表をつかれて少し呆れてしまう。

 

「そう! それで、この間の話なのだけど……」

 

「この間……?」

 

 首をひねる。

 なにかあっただろうか……忘れてしまっていた。

 

「ええ、人間の偉い人に、この村のことを知ってもらうのよ! いろいろと便宜を図ってもらえるという話だったから、ハツミちゃんも一緒に打ち合わせに行こうって、話していたじゃない」

 

「……あぁ、その話ね!」

 

 カナエちゃんの開いている怪しい集会の構成員と密会をする予定だったのだ。

 少し立て込んでいて、すっかり忘れてしまっていた。

 

「ハツミちゃんがこの調子じゃ……延期にするしか……」

 

 少し考える。カナエちゃんは目に見えて落ち込んでいた。

 予定を合わせるのも大変だっただろう。せっかく開いてくれたわけだし、私の調子で延期になってしまうのは心苦しい。

 

「いいえ、大丈夫よ! 行ける……行けるわ!」

 

 まさか縁壱のようなやつがいるわけでもないのに、調子が悪いくらいで私がどうこうなるわけがない。

 延期にする意味はないだろう。

 

「ハツミちゃん……。辛そうだけど、本当に大丈夫? 無理はしない方がいいわ」

 

「別に話を聞くくらいなら大丈夫よ? 戦ったりするわけではないのでしょう?」

 

「ええ……。あっ……でも、そういえば、最近は私のお話を聞く人たちに、鬼殺隊の子たちが混じっていることがあるのよ……」

 

「え……っ?」

 

 初耳だった。カナエちゃんは、なんでもないように言ったが、看過できない事態なのではないだろうか。

 大丈夫なのだろうか。

 

「ああ、鬼と人とが仲良くできるようには私がするから、鬼殺隊はやめて、幸せになるようにって、ちゃんと説得して帰しているから大丈夫よ? 私のことも、鬼殺隊のみんなに言わないようにって、一応釘を刺しているし……今のところはなんともないのだけれど……」

 

「そう……なの……」

 

 私は不安でならなかった。

 それにしても、どうして鬼殺隊が嗅ぎつけたのだろうか。カナエちゃんの仲間だから、裏切り者ということはあり得ない。

 

 ああ、そういえば、カナエちゃんの妹も鬼殺隊に居るわけだった。似ている人を見なかったかと尋ねてまわれば辿り着けるかもしれない。写真なんて便利なものも最近は出回っているのだし。

 鬼殺隊――凄まじい執念で地獄の果てまで追いかけ回す異常者どもだ。奴らならばやるだろう。

 

「それでも、今回は私の見知った顔の人たちばかりだから、鬼殺隊の子たちが混じっていることはないと思うわ」

 

「それならいいのだけど……」

 

「ごめんなさい……。不安になるようなことを言ってしまって」

 

「いいえ、そんなことないわ……」

 

 カナエちゃんが謝る必要はないだろう。悪いのは私たちの邪魔をする異常者どもだ。

 カナエちゃんに協力した方が絶対にいいだろうに……。

 

「ねぇ、ハツミちゃん。やっぱり、万全な状態で挑んだ方がいいと思うの」

 

「……えっ? 延期にするの?」

 

 ここまで話して、結局はそうなってしまうのか。

 あまり私としては納得がいかないのだけれど……。

 

 カナエちゃんは、布団で寝ている私にグッと顔を近づける。そして、優しく微笑んだ。

 

「いいえ、今夜は飲み明かしましょう? そうすれば、きっと体調も良くなるわっ!」

 

「え……っ? 今は食欲がなくて……」

 

「大丈夫よ! そういうときは、直接体内に流し込めばいいの! そういう治療法もあるのよっ! 今から血を持ってくるわ」

 

「え……っ?」

 

 そうすると、カナエちゃんはそそくさと行ってしまった。私は呆然とする。

 

「持ってきたわ……!」

 

 するとすぐに血の瓶をたくさん抱えて、カナエちゃんが戻ってきた。

 さすがは鬼の身体能力か……呼吸も合わせて、本当に早い。巌勝くんの言った痣も最近じゃずっと出ているし、カナエちゃんは本当に強くなっている。

 

「えっと……」

 

「ふ……ふぅ……。いくよ、ハツミちゃん!」

 

 カナエちゃんは、私から布団を剥がして馬乗りになった。さっき、血を取りに行く前とは違って、ほんのり顔が赤い。

 

「か、カナエちゃん、酔ってる?」

 

「酔ってないわよ……?」

 

 持ってくるときに、つまみ食いをしたのは明白だった。

 カナエちゃんは私から服も剥いで、お腹に爪を突き立てる。

 

「か、カナエちゃん……」

 

「ふふ……少しチクッとするわ?」

 

 ぐちゃりとお腹の皮膚が引き裂かれた。中身まで届くと、血がだらだらと流し込まれる。

 

「うあ……っ、んぅ……」

 

 すぐに私の身体は栄養を吸収する。身体が火照って、頭が一瞬クラッとなる。思考が白くぼんやりとしてくる。

 休まるところなしに感じていた倦怠感が、薄らと誤魔化されていくのを感じる。

 

「……? ハツミちゃんの臓器って、おかしいのね……」

 

「……んぐ……うぅ……あ……」

 

 頭が働かない。聞き取れた言葉を理解しようとするが、難しい。難しいから、諦める。頭が真っ白になっていく。そうやって、抗えない陶酔に意識が沈んでいく。

 

 そんな私を見て、カナエちゃん頷いた。

 

「直接の方が、やっぱり効きがいいのねっ! えっと、このままだと、すぐに意識がなくなりそうだから……そう! こっちね?」

 

 次も無理やり体内に注ぎ込まれる。満腹感で気持ちが悪いのに、私の身体は入ってきた血を吸収していた。

 

 頭が急激に冷たく透明になる。もう、なにもわからなくて、気を失いそうだったのに、強引な覚醒に頭がフラフラとする。

 

「カナエちゃん……!」

 

「なにかしら?」

 

「あれ……えっと……カナエちゃん……? カナエちゃん……。えっと……カナエちゃん……」

 

 意識は戻っても、思考力は戻らなかった。

 言いたいことがあったのに、次に繋がらない。名前だけ呼びかけて、そこからの言葉を忘れてしまう。結果として、カナエちゃんの名前ばかりを呼ぶはめになる。

 

「カナエちゃん……カナエちゃん……えっと、えっと……カナエちゃん」

 

「そんなに名前を呼んでくれるなんて……嬉しいわ!」

 

 カナエちゃんも血を飲んでいた。

 なにもかもが新鮮で、幸せでたまらないというような表情でうっとりとしている。

 

「か、カナエちゃん……カナエちゃん……」

 

「あぁ、ハツミちゃん、ハツミちゃん、ハツミちゃん」

 

 わけがわからなかった。

 私の拙い思考でも、今がとてもおかしなことは充分にわかる。

 

「カナエちゃん……カナエちゃん……。ああっ!? んんぅうぅ……っ!?」

 

「ハツミちゃん。えへへ、ハツミちゃんっ!」

 

 カナエちゃんは、私への血の供給を絶やさない。ごぼごぼと容器に音を立てさせて、凄まじい量を私の身体に飲み込ませる。

 

「あぁ……ああっ。うふふ、あははっ」

 

 なんだか、おかしくてたまらない。自分の手の動きや、口の動き、声一つとっても、とてもおもしろおかしい。

 一つ自分の動作を感じても、全てが新鮮、感動さえ覚える。おもしろい。自分の身体が自分のものではない気がしてくる。あぁ、楽しい。

 

「ハツミちゃん……ふふ……あぁ、ふふふっ」

 

「あはは。カナエちゃん……! ふふ、あはっ」

 

 なにがおかしいかわからないけど、私たちは笑い合う。笑い合って、笑い合って、笑い合って、もう、なにがなんだかわからなくなる。

 

「あぁ……うふふ、あぁ……。あぁ……っ!!」

 

「あはは、あはは、うふふ」

 

 楽しくて、楽しくて、時間が過ぎるのも忘れてしまうくらいだった。持ってきた血もすぐになくなってしまう。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 栄養を摂取しすぎによる、急激な身体の変化を感じる。鬼としてより強く、身体が成長していく変化だ。

 

「…………」

 

「……はぁ……」

 

 だが、血による精神の作用により、私はカナエちゃんともども倒れてしまう。カナエちゃんの意識はもうほぼなかった。

 

 なくなりそうな意識の中、私はカナエちゃんの言った会合のことを思い出す。たしか、浅草でやるのだったか……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「禰豆子! そいつから、離れろ!!」

 

「んっ!?」

 

 人間ではなかった。酷い血の匂いがした。

 

 浅草での任務だった。禰豆子から目を離してしまっていた。

 家族の仇である鬼舞辻無惨の匂いを感じ取り追いかけたからだった。だが、鬼舞辻無惨は、人間に紛れ暮らしていた。あの男は、道ゆく人を鬼に変えて、逃げて行く。

 

 なんの罪のない――( )通りかかっただけの人を、囮として鬼に変えて……。

 

 だが、今日、偶々、鬼舞辻無惨の隣を通っただけで、それだけで鬼されてしまったその男性を――( )まだ人を食べていない()()()を、決して見捨ててはいけない。見捨ててあの男を追ってはいけない。

 

 憲兵に無理に引き剥がされそうになったけれども、鬼舞辻の命を狙う珠世という女性の鬼に助けられ、一度、禰豆子のもとに戻ることになった。

 

 そして、この鬼と会った。

 

「禰豆子ちゃんって言うの? この子、口に枷をはめられて、とても可哀想だったの……。だから、とってあげようと思って……」

 

 嘘の匂いはしなかった。

 この鬼は嘘をついていない。

 この鬼が禰豆子に近付いたのは、間違いなく善意だった。

 

 羽織りを着た……蝶のような模様の羽織りを着て、頬には彼岸花のような痣がある女性の鬼……。一度、選別で会ったあの結界の鬼に近い血の匂い。近付いただけで目眩のするくらいの血の匂いだった。

 

「んー!」

 

「…………」

 

 禰豆子が近付いてくる。

 鬼は、おどおどとこちらを見つめるばかりで、攻撃をしてくるような様子はなかった。

 

「ごめんな、禰豆子、一人にして……」

 

「うー」

 

 頭を撫でる。

 眠たげに、うとうとしている禰豆子だった。それでも、反応を返してくれる禰豆子に微笑む。

 

 その間も、鬼への警戒は怠らない。

 

「あなたは……人間なのよね? その子は鬼でしょう? どうして一緒にいるのかしら……? 食べられてしまうわよ?」

 

「禰豆子は人間を食べない! それに俺たちは兄妹だから……っ!」

 

 死んでしまった花子や六太たちの分まで全部、してやれなかったことを禰豆子にはしてやるんだ。

 

「そうなの……? 人間を食べないの?」

 

「……禰豆子は、人を食べない!」

 

 女の鬼からは、哀れみの匂いがした。この鬼は、禰豆子のことを、哀れんでいる。

 

「とても美味しいのに……。今度、美味しい血をご馳走してあげるわ? ええ、いいわねっ! それがいいわ!! きっと、禰豆子ちゃんも喜んでくれるわ! ほっぺたが落ちるくらいに美味しいものね」

 

「ふざけるなっ! どうして、禰豆子のことを、お前が勝手に決めるんだ!!」

 

「……え、えぇ……」

 

 鬼は、目に見えて落ち込んでしまう。可哀想に思えてくるが、腹立たしさは変わらない。

 

「禰豆子を、お前のような人殺しの鬼と、一緒にするなっ!!」

 

「私、人殺しじゃないわ……! 人を殺したこと、ないもの!」

 

「……っ!?」

 

 嘘の匂いがしない!?

 

 おかしい。この鬼の纏う血の匂いから、食べてきた人間の数は、百や二百じゃきかないはずだ。それを殺さずに……できるのか……? できるとしたら、どうやって!?

 

「うふふ……私は(しゃ)()! あのお方から、上弦の参の位を賜っているの……! 鬼の中で、四番目に強いということよ?」

 

「……上弦の参!?」

 

 鬼が、擬態を解く。左目には上弦、右目には参の文字……言葉でだけでなく、その位が紛れもない本物だと、目に刻まれた文字からでも示される。

 

「ええ、上弦の参よ? そして、私は……鬼と人間が仲良くできる世界を目指しているのっ!! あのお方もお認めになっているわ!」

 

「鬼と……、人が……っ!?」

 

 にわかには信じられない話だった。

 鬼は人を喰らう。禰豆子以外の鬼は、皆そうだった。仲良くできればいい。そうは思いもするけれど、現実は違う。

 

 鬼は人を殺し、喰らう。だから、せめて、これ以上罪を犯さないようにと、鬼殺隊は鬼の頸を刎ねている。

 

「ええ、鬼の食人衝動は、凄まじいの。耐えられない……! 鬼になってみればわかるのだけれど、これなら、()()()()()()()()()()()()()()()と諦めるしかないわ……。でも、満たされてさえいれば違う! 満たされていれば、鬼も人間と仲良くだってできるのよ!」

 

「…………」

 

 何を言っているのかわからなかった。

 要するに、鬼が人を食べるのは仕方がないから、黙って我慢して食べられていろと、そういう理屈ではないのか。

 認められるわけがなかった。

 

「ふふ、人間には、稀血って、血を持つ子がいるの! その子たちの血なら、少しの量でも鬼は満足できる! だから、その子たちをたくさん育てて、血をもらって、ええ、もちろん、稀血じゃない子たちからは支援を貰うわ。そうすれば、稀血の子をたくさん育てられるもの。これで、鬼と人とが仲良くできる……! 素晴らしい世の中でしょう?」

 

 どうしてか、その話は頭に入ってくる。頭が冴えて、いつもより集中して聞いてしまう。気分の高まりを感じる。

 

「そ、それなら……」

 

「そうそう。それなら、鬼だって人間と一緒に生きていてもいいでしょう? 人間だけが損をするわけじゃあ、ないわぁ。血鬼術は、人を殺すだけじゃない。うまく使えば本当に便利で、時には人を救うことだってできるもの……」

 

 そう語る鬼は、恍惚とした表情を見せる。

 何故だか、この鬼の話を聞いていると、浮わつくような心になる。思考が鈍って、話を聞くことばかりしかできなくなる。

 

「…………」

 

「あなたも協力してくれたら、嬉しいわ! 協力してくれる人が多ければ多いほど、実現にも近づくっ! ええ、あなたも、鬼と人が仲良くできる世の中が良いと思っていたのよねぇ。えぇ、私にはわかる……っ、わかるわ! 私たちは仲間だったのよ? 同じ世界を目指す仲間ねっ……! だから、()()()()()、一緒に協力していきましょう!」

 

「……俺も……」

 

 この鬼の言う通り、自分もそう思っていたに違いない。

 心が溶けているような気分だった。心が溶けて、この鬼との間に、心地良い言いようのない一体感が生まれている。この鬼の言葉こそが、変えようのない自身の本心――( )

 

「んー! んー!」

 

 禰豆子が俺の腕を引っ張った。大事な話をしていたのに……煩わしい。

 

 

 ……()()()()? 誰のことが……? 禰豆子の?

 

 

「……!?」

 

 ハッとなって禰豆子を見つめる。目が醒めるような気分になる。

 俺が、禰豆子のことを煩わしいなんて思うはずがない。これは……、血鬼術?

 

「どうしたのかしら?」

 

 不思議げに上弦の参はこちらのことを見つめてくる。

 さっきまではそうではなかった。けれど、幻が消えたように、この鬼がおぞましいもののように思えてくる。

 

 一歩、退()く。

 

「間違ってる! お前のようなやり方は、間違ってるんだ! そんなふうに血鬼術を使って無理やり従わせるだなんて、認められるわけがない!!」

 

 言われたことを振り返って、この鬼の言葉にも正しいと思うところはあった。だけれども、こんなやり方、正しいわけがない。

 

 危ないところだった。この血鬼術、長男だったから気付くことができたが、次男だったら気付くことはできなかった。

 

「どうして……そんな酷いこと言うの? 私、血鬼術、使ってないわよ?」

 

「……!?」

 

「それに私、血鬼術を使えないの……」

 

 嘘の匂いがしなかった。

 だが、術を使われたのは間違いがない。俺が禰豆子のことを煩わしいだなんて、思うはずがない。

 

 まさかこの鬼は、そうだと気が付かずに、無意識に血鬼術を使っているのか!?

 

「そんな……!?」

 

「ねぇ、私に協力してほしいのよ」

 

 変わらずに鬼は笑顔で語りかけてくる。

 

「…………」

 

 この鬼は危ない。この鬼が生きていたら、きっとなにもかもが滅茶苦茶になる。

 

 どうしたらいい? さっき人を殺していないと言ったけれども、この鬼が言った通り、もし本当に人を殺していないのだったら、この鬼は殺すべきなのか?

 いや、術と同じように、もしかしたら無意識に殺して――( )

 

「ごめんなさい。時間だわ。用事があったの! そう、気が向いたら、私のところに来てくれると嬉しいわ。連絡先を渡しておくわね」

 

「あ……はい」

 

 紙を渡される。

 とっさに受けとったけれど、そこには住所らしき番号が書いてあった。その紙が、家族と同じく自身の命よりも大切なもののように思えてくる。

 

「これは、お願いなのだけど……ここでの話は、誰にも言わないで! 禰豆子ちゃんもね!」

 

「んー!」

 

「……はい……」

 

 そうお願いされたのだから、仕方がなかった。ここでのことを、誰にも言わないと、心にかたく誓う。

 

「ああ、それと……あのお方のお顔は忘れるようにって……。なんのことかはわからないけど、そう言えってハツミちゃんが……」

 

「……!?」

 

 しまった!?

 あの男の……仇の、鬼舞辻無惨の顔が、上手く思い出せなくなる。

 この鬼の血鬼術は、そういうものだ。そうだとわかっていた。この鬼は十二鬼月、鬼舞辻無惨の直属の配下……それなのに、今の今まで話を続けてしまっていた。わかったら、すぐに逃げるべきだった。

 

 せっかく見つけた仇の顔を、死んでしまったみんなの為にも、忘れるわけにはいかないんだ……!

 

「それじゃあ、また会いましょう?」

 

 そう言って、鬼はどこかに行ってしまう。

 もう、鬼舞辻無惨の顔を、思い出すことはかなわなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 太陽の模様の描かれた耳飾りをした少年だった。その少年を見た時、運命のうねりのようなものを感じた。

 

 継国縁壱――かつて憎きあの鬼を……鬼舞辻無惨を死の手前まで追い詰めた男。そんな彼と同じ耳飾りで、鬼になっても、人という言葉を使って気遣う優しい少年だった。

 

 あの男に、鬼舞辻に鬼にされてしまった男性と、その妻を預かり、少年を屋敷に招いた。

 

 体を弄って、鬼舞辻の呪いを外し、少量の人間の血でも生きていけるようになったこと、愈史郎を鬼にしたこと、それらを暴力ばかりを働く愈史郎を諫めながら、少年に話し、鬼が人間に戻る方法があるか、という話になった。

 

 ああ、鬼が人間になる方法は今はない。だけれども、どんな病にも治療法がある。鬼から人間に戻す方法は、必ず確立させてみせる。

 

 そのために、妹の竈門禰豆子の血、そして、鬼舞辻に近しい鬼の血――( )すなわち十二鬼月の血を採って来てほしいとお願いしたところだった。

 

「……!? これは……」

 

「この匂いは……!?」

 

 覚えのある感覚だった。

 旧友とも言っていい、鬼の血鬼術。

 

「珠世さん! 俺が囮になります! 禰豆子を連れて逃げてください!」

 

「いいえ、愈史郎……。この方たちを連れて逃げなさい! あなたの目眩しの術なら、きっと少しくらいは隠れられる。私が注意を引けば、逃げるくらいはできるはずです」

 

「珠世様……なにをおっしゃっているのですか……!?」

 

 愈史郎にも、広がった結界はその目の血鬼術で見えているはずだろう。きっと、ことの重大さはわかっている。

 

「上弦の弐です! 俺は会ったことがあるからわかる。あの鬼はまずい! 俺はあの鬼に狙われてる! 珠世さん! 俺が時間を稼ぎます! 禰豆子を連れて逃げてください!」

 

 ああ、心の優しい少年だった。

 会ったことがあるのなら、あの鬼の強さと異質さはわかっているだろうに……それでも真っ先に囮になると言い出してくれた。

 

 一度自暴自棄になり、たくさんの人を殺してしまった私とは、比べ物にならないくらい、心が綺麗な、生きるべき人間なのだろう。

 

「ええ、わかっています。けれど、足止めには、鬼である私の方が向いています。それに、少し旧友と話をしてくるだけですから……心配をしなくても大丈夫ですよ」

 

 微笑んで、そう言う。私にできることは、もうこれくらいしかない。

 

「珠世様! 何を言っているんですか! こいつもこう言ってるんだ! こいつを囮にして逃げましょう!!」

 

「…………」

 

 少し、信じられないことを愈史郎は言った。

 

「冗談です!」

 

 愈史郎は、すぐに自身の言葉を撤回する。

 

「珠世さん!」

 

 少年は、竈門炭治郎は、物言いたげな目でこちらを見つめていた。その気持ちも、少しだけなら察することができる。

 

 そういえばと、一つ謝っておかなければならないことがあったのだった。

 

「すみません。鬼を人に戻す薬は、もう作ることができないかもしれません――( )

 

「珠世さん! 必ず生きて帰ってきてください! 必ず禰豆子を、それに望まずに鬼になった人を人間に戻す方法を見つけてください! 約束です!」

 

「お前……! 珠世様に無礼だぞ!!」

 

 愈史郎は炭治郎さんを押さえつけた。どうして愈史郎は、こうも人に暴力を振るうのだろうか。

 

「わかりました。必ず、鬼を人に戻す方法を見つけましょう! 約束です。さあ、早く行って!!」

 

「くそっ……。こっちだ! これだから、俺は鬼狩りに関わるのは反対だったんだ……くそッ!」

 

 悔しげに愈史郎は炭治郎さんたちを案内する。

 奥で寝ている女性に、地下で拘束されている鬼になった男性を運んで、逃げてくれるはずだろう。

 

 一息ついて、私は表へと足を運んだ。

 

「久しぶりね。珠世ちゃん」

 

「ええ、久しぶりね、(ハツ)()

 

 上弦の弐だった。その眼に、『上弦』の『弐』と刻まれている以外、昔と変わったところはない。

 

「ハツミちゃん。知り合い?」

 

 その上弦の弐の隣に居たのは、見たことのない女の鬼だった。

 眼に『上弦』の『参』の文字。この鬼も危険か。鬼は普通群れないが、あの男の指示だろうか。

 

「昔馴染みよ? 飲み友達。悪友と言ってもいいでしょう」

 

 悪友と、そう称されるのも仕方がない。あのころの私は悪そのものだった。

 鬼舞辻に、あの男に重用されていた。それはまだいい。彼女の……(ハツ)()のところで、血を分けてもらっている、それで足りるはずなのにも飽き足らず、人を殺して回って食べていたのだ。

 

 だから、彼女のところでも、あそこの人間をたくさん殺しただの、あの人間が食べてみたら不味かっただの、そんな(はなし)しかしなかった。

 

「変わりがないのね」

 

「そう? 珠世ちゃんが居なくなってから、いろいろなことがあったのよ? 私の里の子たちも、昔と比べれば、すごく美味しくなったし……それで、私も強くなった……」

 

 確かに、昔より、よほどにその鬼としての存在の格は上がっているだろう。より、鬼舞辻に近くなったとも言える。

 

「私は鬼舞辻無惨、あの男を殺したいと思っている……」

 

「最後に会ったときも、そんなことを言っていたわね……ぇ。正直、冗談だと思って聞き流していたのだけれど、本当に居なくなって驚いたのよ?」

 

 苦々しい思い出だった。

 この子なら、この善良な鬼ならば、私に協力してくれると、あの時の私は信じ込んでいた。だって、この子は、最低なあの男を、私と同じく心の底では嫌悪していると思い込んでいた。

 

「あなたなら、私の仲間になってくれるって思っていたの。だって、あなたは人を殺したことがない。そんな善良なあなたが、他人をなんとも思わないようなあの男を、良くは思ってないって、ずっと私は信じていたわ」

 

「た、珠世ちゃん。な、なにを言っているの!? あるわよ! 私、人を殺したこと……!!」

 

 そのあからさまに動揺したような態度に、私はクスリとしてしまう。

 だって、私が人を殺した話なんかは、この子はいい顔をせずにただ相槌だけを打っていたんだ。

 

「いいえ、ないわ。昔から今に至るまで、あなたは人を誰一人として殺さずに、常に人を助けて来たの!」

 

 この子は村の子どもには、嫌な顔一つ見せず相手をしてあげていた。大人たちの相談にも真剣に乗っていて、本当に尊敬されていた。

 殺さずに、彼女が人肉を食べるのは、その命が自然に全うされてからと決まっていた。

 ああ、四百年……私が鬼舞辻から離反して、この子のもとにも行かなくなって、もう四百年になる。

 

 その間、ずっと、ずっと続けて来たんだ。

 

「意味のわからないことを言わないでっ! おかしいわよ珠世ちゃん!」

 

「あなたは、あの最低な男のもとから離れるべきだった! あの時なら、それができた!! ああ、なんで、あんな男なんかに! あぁ……あぁっ!」

 

 本当にこの子は、私なんかは比べ物にならないくらいの良い子だった。

 一緒にいるのが腹が立つくらい……それでも、一緒にいたくなるようなそんな子だった。

 

「私は、あのお方に救われたのよ! あのお方を裏切るのなら、死んだ方がましなの! ねぇ、珠世ちゃん。あのお方を殺したいなら、私を殺してからにしなさい! 絶対に、私、珠世ちゃんには殺されてあげないわ……! 私、強いもの」

 

「えぇ……」

 

 ため息が漏れる。

 彼女のそういうところだ。そういうところに呆れてしまう。

 

 鬼になれば、普通、私のように利己的で短絡的になる。

 

 私の知る限りでは、あのお方の為と、自分のことよりも鬼舞辻のことを優先する鬼はいなかった。鬼舞辻のことを慮っても、それは自分の二の次。きっと、そんな鬼は、彼女以外では今もいないだろう。

 

 どこであの男は、こんな子を拾ってきて懐かせたのか本当に不思議だった。

 

「ねぇ、珠世ちゃん。今から、あのお方に謝りに行きましょう? ねっ。私も一緒に謝るわ! そうしたら、許してくれるかもしれないわ! ねぇ、そうしましょう!」

 

「いいえ、しないわ! 私はあの男を殺す! 殺すべきなの! これからあの男の犠牲になる人たちのためにもっ!」

 

 あぁ、私は私の復讐のことばかりを考えていた。

 それでも、私のためだけではない。これから犠牲になる誰かのためにもなる。きっと、それは鬼から人に戻すための薬のように……。あの耳飾りの少年の顔を思い出す。

 

「まさじろうに、ときに、よね、ね」

 

「…………」

 

 不意に彼女は名前を口に出した。一瞬、なんのことだかわからなかった。

 

「ねぇ、珠世ちゃん。あなたが食べてしまった家族の名前よ? あの時はうまく誤魔化されたけれど……そんなことを言うのなら……きっと、珠世ちゃん……正直なことを言わなきゃよね?」

 

「あ……あぁ……」

 

 昔の話だ。とても昔の……。本当に私は、どうしようもない悪い鬼だった。

 

「ねぇ、珠世ちゃん……」

 

「…………」

 

 言いたくなかった。過去のことは、もう全てなかったことにしたかった。

 

()()()、ちゃん!」

 

 催促をされる。

 あぁ……あぁ……。

 

「だって……」

 

「…………」

 

「――だって、ずるかったのよ! なにが、(ハツ)()様のおかげで、長生きができます、子どもの成長を見届けることができます……よ! おかしいわ……! 私は喰い殺した!! 夫もっ! 子供もっ……ぉ! 鬼になって……っ! 鬼になったのよ……ぉおっ!! 体も……っ、心も……っぉ! ええ、そう……心もよ……!! 同じ……同じ病だったのに……ぃ。私だけ、私だけ……。あぁ……。許せなかった!!」

 

 バレないように、血の一滴も溢さないように、服ごと体に吸収した。

 美味しかった。食べて数時間は夢心地だった。身体が震えるくらいの感動だった。

 

「珠世ちゃん……」

 

「あぁ……あの男は許せない……。私を鬼にしたあの男は本当に許せない……っ!! あぁ……はぁっ……はぁっ……」

 

 なにより許せないのは私自身。愈史郎は、不治の病だから、鬼になってまで生き長らえたいかと聞き鬼にした。けれども、鬼にする以外にも方法はあった。

 

 あぁ、私が死ぬ覚悟で、この子の、(ハツ)()のもとに持ってくればよかったのだ。

 

 結局、私はあの男と同じことをしていた。

 それでいて、あの男に鬼にされた時よりも、私が鬼にした方がと、昔の自分を慰めて、満足感を得ていただけだった。

 

 最低な鬼だった。

 

「ねぇ、あのお方は太陽さえ克服すれば、ハツミちゃんの村で穏やかに過ごすって、言ってくださっているわ? 人を鬼にするのもやめるって……。あのお方の悲願を叶えることこそ、これからの犠牲を減らすことに繋がると思うの」

 

「…………」

 

 話に割り込んできたのは上弦の参だった。なんなの一体……この女は……。

 

「どんな罪も、きっと償えるわ! あのお方の悲願を少しでも早く叶えるためにも、お手伝いをすることが、あなたの役目だと思うの!」

 

 笑顔で上弦の参は語る。この鬼は、まずい……。本能がそう訴えかけてくる。それなのに、身体が動かない。

 

「どうせ、太陽を克服したって、あの男は、また、すぐ、つまらない理由で鬼を増やすに決まっているわ!」

 

 気がつけば、会話をしてしまっている。

 この鬼の言葉は、きっと、聞くべきではない。わずかな血ばかりで生きていけるように身体を改造したせいで、鬼としての力は昔よりも弱い。だからこそ、様々なものに対しての耐性も少ない。

 

 その正体はわからないが、このままでは、間違いなく、この女の何かに()()()()

 

「そうしたら、次の願いも私たちで叶えればいい。私たちが働いた分、犠牲も少なくて済むと思うの! そう思えば、私たちは素晴らしいことをしているでしょう? えぇ、素晴らしいことをしているのよ! だから……っ! あなたも一緒に! 罪を償うためにも……! より多くの人のためにも……! あのお方のもとで働きましょう!!」

 

「つ……罪……。罪……私の……私の……」

 

 あぁ、私は沢山の人を喰い殺した。取り返しのつかないことをしてしまっていた。

 

 それなのに……今更……他人のためなんかを理由にして……あぁ……心の憎しみも消えていないのに……。

 ……あぁ、きっと、あのお方のもとでもう一度働けたら、この罪も贖えるのだろう。

 

 ち、違う……。焦る。こんなことを考えるつもりはなかった。

 あの男こそが、元凶。諸悪の根源。罪を償うならばあの男だ。あんな男がのうのうと生きいていていいはずがない。

 

「罪は償えるし、頑張りは報われるわ! 鬼の力は人のために使うことができる! 鬼になったのは、鬼の始祖であるあのお方のおかげ……私たちの人を救うための力は、あのお方のおかげで……そう思えば……きっと、赦せると思うわ! 辛いでしょう……? ずっと、憎み続けるのは……もう十分に苦しんだ……楽になっていいのよ……? いいえ……私は珠世ちゃんに、楽になって欲しいの……!」

 

「赦す……? ら……楽に……、わ、私が……、はぁっ……はぁっ……」

 

 呼吸が荒くなる。

 わ、私は、私は……。

 

「私たちと一緒に――( )

 

 ――血鬼術『惑血・夢幻の香』。

 

 なにも聞きたくない。なにも見たくない。

 血鬼術を使った相手は、自分自身。

 

 もう、無理だった。あの女とは、一秒も話したくはなかった。視界に入れたくもなかった。

 

 蹲って、これで私は、難を逃れることができる。

 

 自身に使った血鬼術のせいで、時間感覚も曖昧だった。自分の殻に閉じ籠って、どれくらいこうしていただろうか。

 

「んが……っ」

 

「ふん……(しゃ)()の血鬼術に耐えかねて、自らの血鬼術で視覚に聴覚を塞いだか……。だが、それではなにもできまい。正気を失ったな、珠世」

 

 頭が掴まれる。

 頭に響く……耳を介さない、直接頭に言葉を送り込む……こんな芸当ができるのは一人しかいない。

 

「なるほど……鬼を人間に戻す薬……。それを使い、弱らせ、私を殺そうという魂胆だったか……。考えたものだ……。だが、最早そんなものは完成しない。お前の行動は無意味だった」

 

「む……無惨……! 鬼舞辻無惨……!」

 

 記憶が読まれている。この男のことだ。自身を害するものを全て排するため、どんな可能性であろうと潰す。恥知らずの臆病者だ。

 

 万が一にも、自分が殺されないために、私の記憶を好き勝手に調べまわっているのだろう。

 

「ふん……。青い彼岸花は見つけられていない……か。鬼に太陽を克服させる薬も……珠世、お前ならば、とも思ったが……役に立たないものだ……」

 

「返せ……っ! 返せ……! 私の夫を……子どもを……っぉお! 鬼舞辻無惨!!」

 

「喰い殺したのは自分だろう? 恨むのならば、自分を恨め」

 

「ふざけるな……! お前が鬼にしたせいだ! お前は必ず地獄に堕ちる!」

 

 この男がきた以上、私もこれまで……。

 不死である鬼を殺せるのはこの男。もはや観念する他ない。

 

「珠世……お前の力は役に立った。身体をいじって、弱くなっているようだが……私の血をわけてやろう……。呪いをかけ直した」

 

 せっかく、改造した身体が、もとに戻っていくのを感じる。昔のように……あの、人を殺してばかりだった頃に、戻ってしまう。

 

「いや……、いやっ……!」

 

「一度逃れたことは許してやろう。これからは私の役に立つことだ」

 

「む、無惨……! 鬼舞辻無惨……!!」

 

 呪いがかけられたならばと、名前を叫んだ。

 町じゅうに響くくらいに大きく叫ぶ。

 

「…………」

 

「無惨! 無惨!」

 

「……哀れだな、珠世。ここは無限城だ……。お前が蹲っている間に移動させてもらった。私たち以外に、お前の声を聞くものなどいない。呪いを発動させる必要などない」

 

「ん……んぁあ……あぁ……むざぁああん!!」

 

「気でも狂ったか……」

 

 呆れたように無惨は呟いた。意味がないことが分かっても、叫ばずにはいられなかった。悔しくて、悔しくて、どうしようもなかった。

 

「落ち着いて、珠世ちゃん。よしよし、落ち着いてね」

 

 いつのまにか、私が私にかけた術が解けていた。無惨以外の声が聞こえた。

 

 後ろから、抱きしめられる。慣れた手つきで、私のことを宥めようとしてくれている。(ハツ)()の声だった。

 

(しゃ)()。死なれても構わないが、せっかく生かした。……よく話しておけ」

 

「はい」

 

 琵琶の音がする。その音とともに無惨は消えて行った。

 

「……!?」

 

 そして、あの上弦の参が近づいてくる。

 この鬼は無理だ。ダメだ。今は鬼舞辻の呪いもかけ直されている。これ以上は……。

 

「ふふ、せっかくハツミちゃんが頼んで生かしてもらえたのよ? そうでなくても、自死なんて選んではいけないわ……」

 

「…………」

 

 こ、怖い……。

 身体が、震えてしまう。

 

「大丈夫よ。あなたが食べてしまった夫に、子供も、きっとアナタのことを赦しているはずよ? 鬼になったのだもの……食べてしまったことは仕方がないことよ」

 

「あの男は……あの男だけは……」

 

「あのお方のことも、赦して……そうすればきっと、私たちには新しい生が待っているわ! そんなに辛い顔をする必要も、もうなくなるの。もう……いいのよ……。アナタはじゅうぶんに頑張ったわ」

 

「……あぁ……」

 

 もう、いいのかもしれない。食べてしまった夫に子どもも……決して……私を……。

 

「死んでしまった人たちの分まで……アナタには幸せになってほしいの……。もう、恨まないで……憎まないで……。目指しましょう、鬼と人が仲良く暮らせる世界を」

 

「……えぇ……」

 

 とても楽で、幸せな気分だった。





 次回は響凱から。

 映画、観てきました。初日に観てきました。特典も貰いました。やっぱり鬼滅はいいですね。
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