稀血をよこせ、人間ども   作:鬼の手下

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 あの鬼を連れた鬼狩りを殴り、上弦の弐の情報を吐かせた。肋が折れたようだったが、気にするべきことではない。鬼舞辻無惨も、上弦の弐も、必ず殺す。その罪、決して許しはしない。


大切な人たち

 新しい任務だった。

 鬼殺隊が鬼を倒しに向かうのは、被害が出て、そこに鬼がいるとわかってから。必然的に戦う鬼はそれなりの強さになる。

 

 鬼殺隊の正式な隊員と認められてからの初任務を終え、私は次の任務へとすぐに駆り出された。

 

 鎹鴉の指示に従って、歩いていたところだった。

 

「……?」

 

 黄色い奇抜な髪色の男の子が、道端に具合が悪そうに蹲っていた。

 

「俺、死ぬんだ……。次の任務で……」

 

「チュン! チュン、チュン!」

 

 雀が周りでチュンチュンとしている。

 とても珍妙な光景だった。

 

「ごめんなさい。なにをしているのかしら?」

 

 声をかける。

 私の記憶が正しければ、この子は最終選別の玉鋼を選ぶときに見かけた子だ。黄色い頭なんて滅多にいないから、たぶん、間違えはないと思う。

 

 黄色い男の子は、私の声に顔をあげる。

 

「……!? ……!!」

 

 こちらを見て、目の色を変えた。

 

「……なに、かしら……?」

 

「助けてくれよ……ぉ。結婚してくれ……ぇ」

 

「え……? え……?」

 

 急に抱きつかれる。この男はなに? ほとんど初対面でしょう? 結婚?

 意味がわからなかった。

 

「俺、すごく弱いんだ……ぁ。次の任務で死ぬんだ……。だから、結婚してくれよ……ぉ」

 

「離れなさい! あなたも鬼殺隊の隊士でしょう! 死ぬことくらい覚悟なさい!」

 

 引き剥がそうとする。思ったより力が強くて難しい。

 ここは道の真ん中。通りかかる人だっている。女の子が、関わりにならないようにか、そそくさと脇を通り抜けて行った。すごく好奇の目で見られた気がした。

 

「せめて死ぬなら……女の子と結婚してから死にたいんだ……ぁ! 結婚してくれよ……ぉ!」

 

「あぁ……もう……いい加減にしなさい! こんな道端で、みっともない!!」

 

 こんなのを見られてしまったら、恥ずかしくてたまらない。

 同じ隊服を着ているから、本当に色々と勘違いをされそうで嫌だった。

 

「なにをしているんだ?」

 

 聞き覚えのある声だった。この黄色い男の子よりも、そっちに目が行く。

 

「炭治郎!」

 

 ああ、あの最終選別を思い出す。あの時に会った、日の耳飾りの少年だった。

 

「なえ、その人は?」

 

「知らないわよ! 声をかけるなり結婚してくれって……!!」

 

「うぅ……お願いだ……ぁ」

 

 まだ懲りないようだった。本当に面倒でたまらない。

 

 私の気持ちを察したようで、炭治郎が近づくと、その黄色い子の襟を後ろから掴んで引っ張る。私から引き剥がしてくれる。

 

「なにやってるんだ! なえが困ってるだろう!」

 

「隊服……っ!? お前は最終選別の……!?」

 

 引き剥がされて、ようやく炭治郎のことに気がついたのだろうか。

 それはともかく、炭治郎に駆け寄る。炭治郎の近くだと、不思議と自分の表情が柔らかくなるのがわかる。

 

「ありがとう。炭治郎。とても困っていたの」

 

「いいんだ、なえ。困ったことがあったら、なんでも言ってくれよ。力になるから」

 

 あぁ、本当に炭治郎は優しい。一緒にいると、胸がすくような気分になる。

 

 これで引き下がればいいものを、黄色い子はなおも騒ぐ。

 

「ちょっと、待ってくれよ! なんで邪魔するんだ! お前には関係ないだろ!」

 

「なえが嫌がってる!」

 

「なえ……なえちゃんって言うのか? なえちゃんは俺のことが好きなんだ! だから、結婚してくれるんだ!」

 

「……? あなたのような意気地なし、だれが好くの?」

 

 単純に疑問だった。

 男の子は、強くて、頼りになって、自分に自信を持っている人の方がいいに決まってる。

 

「……え……? 俺のことが好きだから、声をかけてくれたんじゃ……」

 

「……? 同じ鬼殺隊として、道端で蹲っているのはみっともないから、注意しようと声をかけたのよ?」

 

「…………」

 

 黄色い男の子は黙り込んだ。

 どうして私がこの黄色い男の子を好くのかは、わからないままだったが、誤解が解けたようでよかった。

 

 炭治郎は、そんな黄色い男の子の肩に慰めるように手をかけた。

 

「大丈夫か?」

 

「なんでお前! 妙に優しいんだよ!」

 

「お前じゃない。俺は竈門炭治郎だ!」

 

「あぁ……俺は我妻善逸だよっ!」

 

 投げやり気味に自分の名前を言った黄色い男の子だった。

 

 私の自己紹介は……まぁ、いいか。炭治郎が言っていたから、それで善逸くんもわかっているようだし。

 

「さぁ、行くわよ! 鬼を倒しに! こうしている間にも、被害に遭っている人がいるかもしれないわ!」

 

「あぁ、俺、弱いんだ……。次の任務で死ぬんだ……。守ってくれよ炭治郎……ぉ」

 

「善逸、俺にはわかるぞ! 善逸が強いってこと」

 

「そんな……ぁ。俺は弱いんだよ……ぉ。選別も逃げ回ってただけだし……。気持ち悪い音がして、わけわからない内に終わってたし……」

 

「…………」

 

 選別のことはあまり思い出したいことではなかった。

 そういえば、あのとき残った五人以外は、上弦の弐の血鬼術を身近に体感して、その脅威に鬼狩りの道を諦めてしまった。あと一人のことは知らないけど、諦めずに鬼狩りでいるということは、根性だけはあるのだろう。

 

「……うぅ」

 

「頑張りなさい。応援するわ! あなたならきっとできる! きっとあなたにはその力があるわ! あなただからこそ成し遂げられるのよ!」

 

「な……なえちゃん!」

 

 善逸くんがこっちを見た。

 なにか期待をするような目で見ている。目を逸らす。

 

「行きましょう炭治郎。善逸くんもやる気になっているようだし」

 

「あぁ……!」

 

 目的地に急ぐ。一秒一秒が惜しい。早く鬼を倒して、これから鬼に襲われるかもしれない人を、助けないといけないんだ。

 

「待ってくれよ……。なえちゃん……。炭治郎……ぉ」

 

 走り出した私と炭治郎に、善逸くんが遅れて追いすがってくる。

 ちゃんと付いてきているようでよかった。

 

 しばらく走ったところだった。炭治郎が、先頭を走っていた私に並走してくる。

 改めて炭治郎を見直す。何か、箱を背負っているよう。

 

「なぁ、なえ。少し気になったんだけど、その隊服……その……」

 

 炭治郎の視線は私の胸元にあった。

 それだけで、言いたいことはわかる。

 

「えぇ、ちゃんと送ったと思ったのだけど、胸の寸法が合ってなかったのよ。おかげで留め具が閉められないの……」

 

 下から二つ留めて、もう留めるのを諦めている。無理に留めようとしたけれど、キツくて本当にだめだった。

 

「そうなのか……? 隊服は雑魚鬼の攻撃なら防げるのに、そんなふうに、胸もとが露出してるんじゃ、危なくないか? それに、首もとの留め金は閉められるんじゃないのか?」

 

「首もとのこれなら、最初の任務で壊れたわ。あまり良くはないけど、任務が入ったのだから、仕方がないわ……。後で、ちゃんと寸法の合った隊服をもらうつもりよ?」

 

「そうなのか。それじゃあ、なえは、あんまり前に出ない方がいいんだな」

 

 炭治郎は万全でない私を気遣ってくれる。

 

「いいえ。私も鬼殺隊の隊士。気遣いは嬉しいけれど、ちゃんと前に出て戦うわ」

 

 今まで私は修行をしてきたんだ。多少調子が悪いくらいで、仲間の負担を増やすわけにはいけない。

 

「わかった。でも、無理はしないんだ」

 

「ええ、わきまえてる」

 

 私は稀血だ。私が死んで食べられてしまえば、鬼はかなり力をつけることになる。力を付けた鬼によって、より多くの人が殺されてしまう可能性がある。

 

 私がやられるわけにはいかなかった。

 危ないと思ったら、すぐに撤退するつもりでいる。

 

「なぁ、じゃあ、俺が後ろに下がってても……。俺がいても、なんの役にも立たないしさぁ……」

 

 善逸が何か言っていた。

 

 それよりも、近い。鬼の気配を……ジトッと湿るような気味の悪い熱さを肌に感じる。風に流れてくる。

 

「…………」

 

 炭治郎も気付いているのか、足を早めて黙々と前に進んだ。

 

「屋敷……?」

 

 ああ、屋敷だ。木が生い茂る中、一つ屋敷が佇んでいる。

 

「血の匂いだ。でも、これは……なえと同じような血の匂いがする」

 

「え……? 私?」

 

 炭治郎がよくわからないことを言った。

 鼻がきくという話だったが、血……私と同じような血……。

 

「匂い……? それよりも、音がしないか……気持ち悪い……」

 

 そう言うのは善逸だった。

 私には聞こえない。炭治郎に視線を送り確認するけれど、同様のようだった。

 

「あ……っ」

 

 炭治郎が、何かに気がついたように振り向く。釣られてそちらに視線が移る。

 

「子ども……」

 

 男の子に、それより小さな女の子――( )二人の子供が身を寄せ合って、木の陰にいた。

 

「どうしたの? そんなところで……」

 

 ここは、女の子の私が、話をきくのにもってこいだろう。男の子よりも、子供に警戒されないはずだ。

 

「……うぅ」

 

 かなり怯えているようだった。どうにか安心させなければならない。そのために近付く。

 

「ひっ……」

 

 後退りされる。

 私でもこんなに怯えられてしまうんだ。きっと、ものすごく怖い目に遭ったのだろう。

 

 一気に距離を詰める。

 

「もう大丈夫よ。安心しなさい?」

 

 笑顔で、二人のことを包み込むように抱きしめてあげる。

 私が、夜の闇で不安な時も、こうやって……。

 

「ぐすっ……。うぁ……あぁあ」

 

 女の子が安心したように泣き出した。

 

「落ち着いて……。よしよし、落ち着いてね」

 

 撫でてあげる。頼れるような大人たちもいなくて、きっととても心細かったのだろう。

 

「うぅ……」

 

 少しだけだけれど、落ち着いてくれたようでよかった。

 

「どうして、二人はここに?」

 

 まだ話せそうな男の子に、そうやって尋ねる。やっぱり、鬼を倒すなら、情報が大切だろう。

 

「兄ちゃんが……兄ちゃんが化け物に連れて行かれたんだ……」

 

「化け物……?」

 

「夜道を歩いていたら、兄ちゃんが……」

 

 化け物というのは鬼のことだろう。

 

「化け物はこの屋敷に入ったのかしら?」

 

「うん……。兄ちゃんが、ケガしたから……血の跡を辿って、ここまで来たんだ……」

 

「その化け物の特徴ってわかるかしら? 例えば、そうね、手足がたくさんあったりだとか、その化け物が何かをすると不思議なことが起こったりだとか……」

 

「わ、わからない……暗くて、よく見えなかったから……」

 

「なんでもいいの。何かわかることがあったら教えてくれないかしら。よく思い出して……」

 

「わ、わからない……」

 

「本当になにもわからないの……?」

 

「うぅ……」

 

 男の子は、口を閉ざしてしまった。

 鬼を見たのだから、きっと何か情報を持っているに決まっている。情報があるかどうかはとても重要だ。血鬼術なんて、知っていないと本当に酷い目に遭う。

 

 あの女の結界の血鬼術も、なにも知らなければどうにもできないものだった。

 

「ねぇ、なにか教えてくれないかしら……」

 

「本当に、なにも……」

 

「なんでもいいのよ? 本当になんでもいいの。だから……」

 

「なえ……」

 

 肩を掴まれる。炭治郎にだった。

 

「なに?」

 

「その子たちは、わからないって言ってる。そんなに無理に聞き出す必要はないんじゃないか?」

 

 そうやって、制止をしてくる炭治郎に、少しだけムッとくる。

 

「だって……情報は必要よ! 確かに……私が……強引だったところはあるかもしれないけど……それでもなのよ!」

 

「……なえ。なえが任務のことを誰よりも考えていることはわかる。でも、その子たちを困らせたらダメだ」

 

 炭治郎は、私ではなく、私が問い質していたその男の子のことを見ていた。

 確かに、私の強引な問いかけに、困惑しているようだった。

 

 それを見て、ハッとなる。

 

 鬼殺隊にとって重要なのは、鬼を狩ること。それともう一つ、同じくらいに大切なことは、鬼に襲われた人を守ることだ。

 こんなふうに、鬼に怯えているこの子たちに、さらに負担を強いることは、きっと間違っているのだろう。

 

「……私が悪かったわ」

 

「その……。なにもわからなくて……ごめんなさい……」

 

 無理にしつこく尋ねた私が悪いというのに、謝られてしまう。罪悪感で私が逡巡している間に、炭治郎がその子たちに微笑み掛けた。

 

「大丈夫だ! どんな化け物だろうと、俺たちがやっつけてやる!」

 

 俯いていた女の子が、炭治郎の方を向く。

 

「ほ……ホント?」

 

「本当だ! その連れて行かれた兄ちゃんのことも、きっと助ける」

 

 連れて行かれたのが夜ならば、その連れて行かれた子は……もう……。

 それでも、炭治郎は諦めていないのだとわかる。

 

「そうと決まれば、さっさと鬼を倒しましょう。ここで往生している暇はないわ」

 

「……あぁ。行こう、善逸」

 

 鬼はこの屋敷の中。手早く倒してしまおう。

 

「ひ……っ」

 

 善逸くんは首を振った。

 行きたくないようだった。

 失望した。

 

「情けないわね……」

 

 屋敷の玄関の前に立つ。戸を開ける。事前に用意していた容器の中身を、その玄関に撒き散らす。

 

「血?」

 

「ええ、そうよ? 探しに行くのも手間だから、あっちから出てきてもらうの。私って、それなりの稀血でしょ? こうすれば簡単にお引き寄せられる。わざわざ罠の張ってあるかもしれない奥に向かうよりも、こっちの方がずっといいはずでしょう?」

 

「その容器は?」

 

「鬼殺隊に相談したら貰えたのよ。事前に私の血をとって、抗凝固剤を混ぜて、保存しておいているの」

 

 こんな形で役に立つとは、思ってもみなかったけれど、使えるものはなんでも使うべきだろう。それが、たとえ自分の血でも……鬼を殺すためなら……。

 

「そうか、わかったぞ! この匂い! きっと、あの子達の兄ちゃんも、なえと同じ稀血なんだ!」

 

「……え?」

 

 そういえば、確かにさっき、この屋敷の中から、私と同じような血の匂いがするって……。炭治郎の鼻は、そんなこともわかるのか。

 

 まあ、稀血といっても、私と比べたら、大したことはないはずだ。私の血は、鬼にとって、かなりの栄養になる。あの女も執着するくらいだ。わ、私の方が絶対にすごい。

 

「なえ……ちょっと待ってくれ……。この屋敷の奥から、薄いけど……あの上弦の弐の匂いがする……」

 

「そんな……!?」

 

 確かに、稀血と言ったら、あの女だ。

 だけれども、この屋敷にあの女がいるわけがない。この時間なら、村にいるはずだ。

 

「な、なぁ炭治郎……上弦の弐って、確か……藤襲山を丸裸にした……あの……」

 

 善逸は、それを聞くや、ガクガクと怯え始める。

 

「たぶん、この感じ……あの上弦の弐自体がいるわけじゃない……。あの結界だけだと思う……。それに、この屋敷の中からは、複数の鬼の匂いがする……」

 

 きっと、あの子達の兄を攫ったのは、あの女ではない別の鬼だろう。あの女の結界が屋敷の中にあるのは……きっと、この屋敷の鬼が前にも稀血の子を攫ったからか……。

 そういう子を助け出して、信頼させて、村の一員にさせるのが、あの女の手口だった。

 

「結界だけ……。結界だけなら、そうね……あの女もあちこちにある結界を、全て監視できているわけじゃない……。実際、あの藤襲山でも、私が山に入ってから、あの女が現れるまで、それなりに時間があった。鬼を私の血で誘き出して……踏み入れるのは一瞬……すぐに屋敷の外に出る。……それで大丈夫なはずよ」

 

「そうなのか? でも、かなり危険じゃないか?」

 

「それでも、この屋敷の鬼は、今日ここで殺す!! それだけは絶対よ!! さぁ、出てきたわよ?」

 

 影が蠢く。私の血に釣られて、鬼がまんまと姿を現す。

 

「ヘッ、ヘッ、ヘッ……。稀血……ィ、こんなところに逃げたか……俺が食ってやる……」

 

 四つん這いで動き回り、舌を長く伸ばした鬼だった。

 

「残念だけど……それはできないわ?」

 

「お前たちはなんだ? あの稀血の子どもはどこにいる?」

 

 稀血の子どもとは、あの子たちの兄のことだろう。なるほど、私の血をそれと勘違いして、ここにやって来たのか。

 

「それは私の血よ? 私も稀血なのよ。すごいでしょう? 少し垂らしたら、すぐにあなたがやってきたわ?」

 

「グッ、ヘッ、ヘッ……。これは確かに良い匂いだ。そんなところにいないで……こっちに来るんだ……。ヘッ、ヘッ……悪いようにはしないぞ……? 陽の光の下は暑いだろう? 影で涼んだらどうだ?」

 

 私のような、質の良い稀血の匂いを嗅ぐと、鬼は頭があまりよろしくなくなる。だから、こんな太陽の光が近いところにもノコノコとやってきてしまう。

 

 そんなよろしくない頭で、稀血の私を陽の光の届かぬ場所へと、誘い込もうとしている。

 

「炭治郎……」

 

 小声で合図を送る。

 

「…………」

 

 それに炭治郎は無言で頷いてくれた。そして、動くのは私だ。

 

「ええ、じゃあ、屋敷に入らせてもらうわ」

 

 屋敷へと、陽の光の届かない、影の中へと足を踏み入れる。

 

「グッ、ヘッ、ヘッ……稀血……ィイ! 食ってやる……! 死ねぇ……!」

 

 舌が伸びる。人の体なら、簡単に貫通しそうな速度だった。

 血鬼術の使えない、異形の鬼か。その単純な攻撃なら、簡単に見切れる。

 

 ――『風の呼吸・参ノ型 青嵐風樹』!

 

 伸びてくる舌を、風の刃で巻き上げて、細切れにする。風の刃で千切れ、短くなりながら、舌はこちらに進んでくるも、限界まで伸び切ったのか、私にたどり着かずに止まる。

 所詮はこの程度の鬼というわけだ。

 

「そんなのじゃ、私のことは食べられないわよ?」

 

「コイツ……ゥ! ぐっ……、まだ……――( )!?」

 

「――なえじゃない! 俺がお前の頸を斬る!」

 

 ――『水の呼吸・壱ノ型 水面斬り』!

 

「……うぐ……っ」

 

 炭治郎により、スッパリと頸が斬られ、地面に鬼の頭が落ちた。

 

 稀血の私にばかり鬼が気を取られている間に、炭治郎に頸を斬ってもらおうと、そのために送った合図だったけれど、炭治郎はしっかり理解してくれたようでよかった。

 

 鬼の体が、ボロボロと崩れて消えていく。

 

「…………」

 

 手を合わせて、炭治郎は祈っているようだった。死んだ鬼が成仏できるようにだろうか。

 

「とりあえず、離れるわよ炭治郎。屋敷の外に出るの。これで、鬼は倒せたから……あの子達のお兄さんを探すなら、あの女に知られていない善逸くんにでも任せればいいわ」

 

 炭治郎の手を引っ張って、屋敷の外に出ようとする。

 

「待ってくれ、なえ! まだ油断したらダメだ! この屋敷からは、この鬼と、上弦の弐以外の鬼の匂いがする……まだ鬼がいる!」

 

「……えっ?」

 

 ――鼓の音がした。

 

 雰囲気が変わった。何かが起きている。

 周りを見渡す。さっきは、開けっ放しだったはずの玄関の戸が、閉じていた。

 

 戸を開ける。

 この戸の向こうはたしかに外だった。そのはずなのに、繋がっているのは違う部屋だ。

 

「なえ……」

 

「してやられたわ……。さっき垂らした血の跡がないから、これは……移動系の血鬼術……? 面倒なことになったわ」

 

 血の跡がないということは、こちらには鬼は来ない。きっと、血鬼術で移動させられる前に私たちがいた出口の方に向かうだろう。

 善逸くんがうまくやってくれればいいのだけれど。

 

「どうする? さっきよりも、上弦の弐の匂いが強い……。ここはもう、結界の中央に近い……」

 

「仕方ないわ……これで最後なのだけれど……」

 

 もう一個、容器を取り出して、血を垂らす。

 これで、二つに一つの可能性で、鬼がこちらにくることになる。それだけでは、不確かだろう。

 

 さっきの鬼の舌を切って、刀にこびりついた血を隊服で拭う。

 

「なえ?」

 

「…………」

 

 左手の掌を刀で傷付ける。地面に私の血を垂らす。

 

「なえ……! なにやってるんだ!」

 

「血の量……これじゃ、向こうの玄関と同じでしょう? ちゃんと鬼にはこっちにきてもらわないと……」

 

 これで、血の匂いも、こちらの方が濃くなるはずだ。

 本当にこれでこっちに来るかはわからないけど、なにもしないよりはマシだろう。

 

「は、早く血を止めないと!!」

 

「そうね」

 

 呼吸で血の流れを抑えて血を止める。呼吸を使えば、このくらいの傷、どうってことはない。

 あとは……念のため、服を千切って布を傷口に当てておくくらいだ。

 

「そうだ! 傷薬があるんだ! 俺が師匠から貰った――( )

 

「稀血ィ……、あいつらのせいでまた取り逃した……。小生の獲物だった……。小生の縄張りだった……」

 

「お出ましね……」

 

 鬼だった。

 身体から鼓の生えた鬼だった。

 

 その威圧感、存在から放たれる熱量、並の鬼ではない。あの十二鬼月を騙った鬼よりも、圧倒的な重圧がかかる。

 

「貴様……稀血だな……?」

 

 ただ、この鬼は、不気味なほど異様に痩せ細っていた。

 

「ええ、そうよ? そして、あなたを殺しに来た……。――鬼殺隊よ!!」

 

 日輪刀を向ける。そんな私に、この鬼は不快感にか目を細める。

 

「あの女……ァア!! 小生から稀血を奪うばかりではなく……鬼殺隊まで……!! 許せぬ……!! 上弦の弐だろうと許せぬ!!」

 

「こっちは急いでいるの……! その上弦の弐のせいでね!! さっさと死になさい!!」

 

 ――全集中『風の呼吸』!!

 

 頸に目掛け、勢いに任せて刀を振るう。

 

 もらった!!

 

「ふん……」

 

 鬼が鼓を叩く。

 

「……え?」

 

 不思議な浮遊感が体を襲った。刀の軌道がブレる。鬼の頸を斬るはずだった斬撃が、空を切った。

 

「なえ! 回転した! 部屋が回転した!!」

 

 炭治郎の言う通り、部屋が回転――( )床と天井が側面に、壁が床面にある。

 鬼は本来の床に立ち、私たちには、横向きに立っているように見える。私たち二人だけが、壁に引っ張られている形だった。

 

「あの女……ァア! あの女のせいで稀血が食えなかった……。あの女のせいで何年も動けなかった……!! あの女……ァア!!」

 

 凄まじい恨みだった。空気が震えるような慟哭だった。

 私もあの女には恨みつらみがあるけれど、共感はできなかった。

 

「人を喰い殺しておいてなによ!! 全部自分のせいだと思いなさい!! 自業自得よ!! 炭治郎、行くわよ!」

 

「あぁ!!」

 

 鬼に向かう。

 

 ああ、一度だ。一度、(ハツ)()様の鬼の倒し方を見たことがある。

 

 あれは、私たちが結界の外に出ようと企んで、(ハツ)()様が止めにやってきた時のことだ。駄々をこねたら、(ハツ)()様はお優しいから、みんなには内緒にと、一緒に少しだけ外を見て回った。そのとき、鬼が私たちの血に誘われて、やってきたのだ。

 

 勝負は一瞬だった。

 鬼は(ハツ)()様の血鬼術により、血を絞り尽くされ枯れ果てた。

 

 この鬼も、きっとそうされたのだろう。今、異様に痩せ細っているのはきっとそのせい。あの時の鬼は外だったから、朝日に照らされて死んでしまったのだろうけど、この鬼は室内で、しぶとく生き残ったのだろう。

 

 あの女のことだ。きっと外に放り出すのを面倒がったに違いない。

 

 ――『風の呼吸』!!

 

 ――『水の呼吸』!!

 

「く……っ」

 

 鬼がもう一度、体に生えた鼓を叩く。また部屋が回転する。攻撃が届かない。

 何度も何度も鼓を叩かれ、部屋がグルグルと目まぐるしく回る。回る

 

 

「…………」

 

 だが、部屋は回転をするが、それ以外のことはない。こちらの攻撃が届かないが、代わりに相手の攻撃が届くことはない。

 

「なえ……このままじゃ、ダメだ! 時間を稼がれたら、上弦の弐が……!!」

 

「わかってるわよ! ねぇ、鬼のあなた! 部屋を回転させる以外の術はないの? このままじゃ、埒があかないわよ?」

 

 部屋を回転させるだけで、直接向かってくる様子のない鬼に問う。攻撃に移った隙をつけば、今の状況も打開できる可能性がある。このままなにも変わらずに、あの女に気付かれるよりはマシだった。

 

「小生の術を……! 小生の鼓……! あの女だ! あの女が壊したせいだ……ァア!!」

 

 鬼は上弦の弐に憤るばかりだった。

 

「君……! 名前は?」

 

「……!? ……響凱」

 

 なぜか炭治郎は、鬼の名前を聞く。鬼の名前なんて、どうだっていいだろうに……。

 

「なえ! だんだんわかってきた! 右肩は右、左肩は左、右脚は前、左足は後ろ回転だ!」

 

 鬼が鼓を叩く。部屋が回る。

 

「右? 左? えっと、炭治郎!! それって鬼から見て? 私たちから見て?」

 

「ぐっ……鬼から見てだ!!」

 

「わかったわ!」

 

 だが、これで少し戦いやすくなった。

 鬼は本来の力を出せずに弱体化している。今回は、それが幸いだった。

 

「ぐ……ぅ」

 

 鬼は必死に鼓を叩いて、私たちの行動を妨害しようとしている。だが、部屋が回るのにも、私も炭治郎も、もう慣れてきはじめた。

 

 鬼から見て、右回転……。鬼から見て、後ろ回転……。

 合わせて体を動かして、綺麗に着地しつつ、鬼の方向を目指す。これならば、剣が届く。

 

「炭治郎! 合わせて!」

 

 ――『風の呼吸・漆ノ型 勁風・天狗風』!!

 

 私の風の刃が、炭治郎の背中を押す。この回転する空間でも、鬼に刃が届くよう。

 

「ありがとう、なえ!! 絶対にこの刃は届かせてみせる!!」

 

 炭治郎の技により、巻き取られる風の刃。まるで水面に立つ竜巻のような、そんな光景を幻視する。

 

「ぐ……っ!?」

 

 部屋の回転が加速する。だが、炭治郎は私におされたその勢いのまま、ものともせず、鬼に向かう。

 

「行って! 炭治郎!!」

 

「響凱! 俺は人殺しの鬼は許さない!! 人を攫ったことを、許さない!!」

 

 ――『水の呼吸・陸ノ型・改 ねじれ風渦』!!

 

「……なっ!?」

 

 炭治郎の刃により、鬼の頸が斬り飛ばされる。それだけではない。纏われた風の刃により、鬼の体がバラバラに切り裂かれる。

 

 凄まじい威力だった。ぼとぼととバラバラになった鬼の身体が地面に落ちる。ようやくの決着だった。

 

「……ふぅ……」

 

 戦いを終え、炭治郎は一息つき、床に座り込む。

 

「小僧……」

 

 落ちた頸が、炭治郎へと語りかけた。

 

「…………」

 

「本来ならば、小生の血鬼術は、こんなものではなかった……」

 

「あぁ、わかってる」

 

 それは本当だろう。あの女と戦ったせいで、この鬼が本来の力を発揮できていないことはわかっていた。

 

「本来の小生ならば、お前たちなど容易く殺せたのだ……」

 

「人殺しの鬼は許さない。それでも()()()は、必ずお前の頸を斬りに来た」

 

「……。そうか……」

 

 意味のある会話だったかはわからない。それでも、なんとなくだけど、死にゆく鬼の魂が、救われて行ったような気がした。

 

「あ……そうだ……」

 

 炭治郎は懐から何かを取り出すと、すぐさま、バラバラになった鬼の体に投げつける。

 鬼の体は、日輪刀で頸を斬られたら、すぐにボロボロと崩れていく。その前になにかしておきたいことがあったのだろう。

 

 カツンと、床に当たる音がした。

 

「……え?」

 

 鬼の身体がなくなる時間が、普通よりも短い。地面に吸収されている。

 

「なえ、会いたかったわ……」

 

「ひ……っ」

 

 後ろから声がした。あの女の声だ。

 

 振り向く。私の後ろには、上弦の弐がいて……。

 

「なえ……」

 

「え……っ?」

 

 ――小さい?

 

 身長が私の胸あたりもない。確かに声はあの女だ。だが、顔も身体も子どものそれ。

 

 なぜ、こんな姿に……?

 鬼は確かに、容姿を自由に操れるようだけれど、どうして子どもの姿なんかに……。

 

 物音がする。この女とも、炭治郎とも違う方向だった。

 そこには、いた。猪の被り物をした、上半身裸の変な男だった。

 

「ギャハハハ!! 見つけたぞ! 化け物……! 屍を曝して俺がより強くなるため、高く行くための踏み台となれ!! いくぜ!!」

 

 ――我流『獣の呼吸・参ノ牙 喰い裂き』!!

 

 目の前の小さな(ハツ)()様に向かって一直線。頸に刃があたり、そして――( )頸が落ちた。

 

「え……っ?」

 

 困惑しかなかった。

 じょ、上弦の弐だ。かなりの実力がなければ、その刃が頸に通るわけがない。この猪男に、そんな実力はない。その男の身体に宿る熱量に、私の直感がそう告げている。

 

「あ……頭……頭……。頭……あったわ!!」

 

 頸を斬られた小さな(ハツ)()様は、落ちた頭を拾い上げると、そのまま頸にくっつける。

 そして満足したように笑顔になった。

 

「え……っ?」

 

 鬼は、日輪刀で頸を斬られたら死ぬ。

 なのに、この小さな(ハツ)()様は死ななかった。

 

 おかしい。絶対になにか仕掛けがある。よく見れば、その眼には、『上弦』の『弐』の文字がない。

 黄色い虹彩に、十字に引き裂かれたような瞳孔。小さい体躯。そして、頸を斬られても死なない。

 

「ギャハハ! 面白れ……ェ! 鬼なのに、頸を斬られても死なねぇのか!?」

 

「分身だからよ? 結界は、もともと私の分身だから、こうして人の姿をとることもできる……。ふふ、なえ……なえが血を垂らしてくれたでしょう? そのおかげよっ……ぉ? それに、喰い荒らされた残飯に、さっきの鬼の死体ね……。それを吸収して、この姿になったの……」

 

「…………」

 

 鬼を誘き寄せるために撒いた血……あれが仇になったのか。軽率だった。こんな芸当ができるなんて……。

 

「あぁ、それと……鼓も叩けるわよ?」

 

 どこからか、鼓を取り出してきた。

 身構える。もしや、吸収したから、さっきの鬼の血鬼術が扱えるのか……。

 

「…………」

 

 ポン、ポンと、可愛らしい鼓の音が響いた。なにも起こらない。

 

「…………」

 

 無言で小さな(ハツ)()様は、鼓を地面に転がす。踏み付けて壊す。

 

「…………」

 

「…………」

 

 皆が愕然としていた。

 

「さぁ、なえ……。里に帰りましょう? あなたの家族も待っているわ!!」

 

 何事もなかったかのように、小さな(ハツ)()様はそう言う。

 

「い、嫌よ! 帰らないって言ってるでしょう?」

 

「むぅ……。あなたが鬼殺隊に入ってしまったって、あなたの両親に伝えたら、あなたの両親はどうしたと思う?」

 

「…………」

 

「自死を選んだわ……。娘が私に刃を向けることを、決して良しとはしなかったの……あれだけ、自分の命は大切にと言っておいたのに……」

 

「……そう」

 

 村を守る(ハツ)()様に、牙を向ける私だ。そうなるのも想像がつく。

 

「今回は一命を取り留めたわ……。だけど、次はどうかわからない。一応、カナエちゃんに説得はしてもらったから……大丈夫だと思うのだけれど……なえ、早く帰ってきた方がいいわ!!」

 

「いいえ、帰らない。もう、二度と帰らないと決めたもの……」

 

「ね、ねぇ。両親が心配ではないの……」

 

 この女はわかっていない。私の覚悟を。こんなふうに、家族を人質にとるような言い方をして……。

 

「あなたを殺せば私の家族は死ぬわ!! だから、私の家族も死んでいると同然!! そう言われても、私は帰らない!!」

 

「そんな……。なえは、そんな悲しいことを言う子じゃなかったわ……。そうね……きっと、鬼殺隊がいけないの……鬼殺隊で育てられたから、こうなったのね……」

 

「また、そんな言い方!! いい加減、私の恩人を侮辱するのはやめて……!!」

 

 この女は、藤襲山から、相変わらずだった。ああ、こうやって話していても、どうしようもない。

 

「ちょっと、いいか……?」

 

 炭治郎が、私たちの話に割って入る。

 

「……ひっ……」

 

「……なにかしら?」

 

 小さな(ハツ)()様は、炭治郎を前に、私の後ろに隠れていた。

 

「……なえ、割って入ってすまない。どうしても、聞きたいことがあったんだ。上弦の弐の分身なら……珠世さんは……珠世さんは……」

 

「……? 珠世ちゃん……? 珠世ちゃんを知っているの? 珠世ちゃんなら、今、屋敷で里の人たちやあのお方のために、薬を作っていると思うわ……? 昔、私の里の人を殺して食べてしまったから、その贖罪のためにと息巻いていたわ」

 

「そう……なのか……」

 

 炭治郎の表情がわからない。安堵しているような、戸惑っているような、悲しんでいるような、そんな不思議な表情だった。

 

「珠世? 誰? 村の人を食べたって……鬼なの?」

 

 炭治郎がよくわからない。鬼に敬称をつけるのもだ。

 

「珠世さんは浅草で会った鬼で、人を食べない鬼なんだ」

 

 炭治郎はそう言った。人を食べないって……そんな鬼がいるのか……。

 

「え……? 珠世ちゃんは、すごく短い間にすごくたくさんの人を殺して食べることが得意なの……あのお方にもすごく重用されていた、すごい鬼なのよ? よく自慢してきたし……」

 

 小さな(ハツ)()様はなにか得意げな顔でそう言った。嘘をついているとは思えない顔だった。

 

「……ねぇ、炭治郎!! あなた、騙されているのね!?」

 

 優しい炭治郎のことだ。悪い女の鬼に騙されてしまったに違いない。

 

「ち、違うんだ! なえ! 信じてくれ!! 珠世さんは、過去のことを反省して、鬼を人に戻す薬を作ろうとしてくれたんだ!!」

 

「鬼を……人に……?」

 

 信じられない話だった。

 だけれども、鬼を人にしてどうする? 人を好き放題に食べて、性格のねじり曲がった鬼ばかりだ。そんなのを人に戻してどうなるのか……。

 

「そういえば、そんな薬を作っていたって話だったわねぇ……思い出したわ!! でも今は、あのお方のために、鬼が日光を克服するための薬を作ろうとしているわ!! まだ、当分できそうにないけれど……」

 

「鬼が……日光を……?」

 

「……そんな……!?」

 

 目が眩むような話だった。

 鬼が死ぬのは、日光を浴びたら……日輪刀で頸を斬られたら……。日輪刀の力は、日の光の力。もし、日光を克服しようものなら、鬼を殺せなくなるのではないか……。

 

「そんな話はいいから……ねぇ、なえ……? ダメなの……?」

 

 小さな(ハツ)()様が、私の裾を引いてそう言う。

 

「ええ……ダメね……」

 

 振り払って、炭治郎の方へと距離をとる。

 これは分身なら、本体は、今、どうしてるのだろうか。話して、時間が経ってしまっている。よくわからないけど、結界は……この分身になってなくなった? 昼間だから、本体は、来れない……?

 

 いや、あの女のことだ。結界の中に転移する術ももしかしたらあるかもしれない。藤襲山は藤の花の牢獄。その中に現れたのだから、もしかしたら、という可能性は捨て切らない。

 

 だけれども、いま、分身が引き止めているということは、本体が出張れないからに違いない。

 

「とにかく、私たちはこの屋敷から出るわ!!」

 

 剣を向ける。小さな(ハツ)()は、ムッとした顔をする。

 

「一応言うけれど、私、弱いわよ? 分身だから……さっきの鬼と同じくらいの強さよ? やめてほしいわ!」

 

 情けなかった……。いくら分身だからって、こんなにも情けないのはあんまりだ!

 

「おい! そこの女の鬼!! 勝負はまだ付いてねェ!! 頸を斬って死なねぇなら、粉々になるまで切り刻んでやる!!」

 

「ひ……っ」

 

「クッ、ハッ、ハッ、猪突猛進!」

 

「いーやー」

 

 しまいには、猪の被り物をした男に追いかけ回され、屋敷を駆け回る始末だった。

 

「ねぇ、炭治郎。さっさとここ、出ましょう」

 

「でも……あの隊士が……」

 

「絶対に大丈夫よ。(ハツ)()様だし……。それに、倒しても死なないような分身と戦ったって、意味がないでしょう?」

 

 あのお方が、人を殺す姿はあまり想像できなかった。村でも本当に優しくて……あぁ……どうして……。

 

「あぁ、わかった」

 

 入り口に向かうため、戸をあける。

 

「……!?」

 

 物が、飛んできた。咄嗟に避ける。

 

 男の子を見つけた。攫われた子だろう。酷く怯えていたようだった。

 

「…………」

 

「ねぇ、あなた。化け物に攫われた子かしら? 化け物ならもう倒したわよ?」

 

「……!? ……!!」

 

 安堵からか、涙が零れ落ちそうで、それでも堪えているのだとわかった。

 

「さぁ、帰りましょう?」

 

 三人で出口を探る。炭治郎が、鼻がきくおかげか、簡単に見つかった。どうやら、善逸くんの匂いを感じ取ったようだった。

 

「兄ちゃん!!」

 

「正一! てる子!!」

 

 出入り口で、兄妹が再会する。

 炭治郎は、それを笑顔で見守っていた。その顔を盗み見た私は、そこにどこか物悲しさを感じてしまう。

 

「なぁ、なえ……。生きているなら……家族は大切にしたほうがいいと思う」

 

 炭治郎はそう言う。本当にダメだ。炭治郎は優しすぎる。

 

「だから聞いていたでしょう? あの女が死んだら、私の家族は死ぬの。だから、もう死んだも同然よ」

 

 何度も自分に言い聞かせてきた。そうでなければ、私に鬼を斬る資格はない。

 

「なえ。諦めるな。きっと、方法がある」

 

「…………」

 

 もしあったとしても……あの村は……私の家族は……あの女を信奉している。そんな方法なんてない。ない方がいい。

 

「それに俺は、人を喰わない善い鬼なら、必ずしも殺す必要はないと思ってる。なえ、言ってただろう? (ハツ)()様は、病気の人を助けてお金を稼いでいるって……それに殺さず血だけなら……」

 

「ダメなのよ! それじゃあ……私は……みんなは……。なんで今、アナタはそんなことを言うの! あの女は殺す。絶対! 私の家族を助けるなら、あの女を倒しても、私の家族が生きている方法を考えるべきでしょう!」

 

 私の家族の話だった。そう話を持っていく、意味がわからない。

 

「だって、なえは……あの鬼のことを……(ハツ)()様のことを、家族のように思っているんだろう?」

 

「あ……あぁ……」

 

 そうだ……私は……あの女のことを……家族のように……。でも、でも、こうじろうにぃも家族同然で……死んでしまったから……その未練も……。あぁ……。

 

「グハ……ァ」

 

「……ひっ」

 

 悲鳴を上げたのは善逸だった。屋敷の二階から、男が落ちてきた。あの猪の被り物の男だった。

 

「…………」

 

「……大丈夫……なのか?」

 

 動かない。近づいて脈を確認する。ちゃんと生きているようだった。

 気絶しているだけだ。

 

 屋敷の影の中に、壊れた鼓が転がっている。さっきまではなかったから、一緒に落ちてきたのだろう。

 被り物をとる。頭に怪我が見えた。どうやら、あの鼓を頭に当てらて、気を失って落ちてきたようだ。

 

「まあ、大丈夫みたいよ?」

 

「よかった……」

 

 鬼殺隊の隊士だし、二階から落ちたくらいではどうともならないだろう。

 

「な、なぁ……。炭治郎……」

 

「どうしたんだ? 善逸……」

 

「あそこで、女の子の鬼が、こっち見てるんだけど……すっごいこっち見てるんだけど……」

 

 善逸くんが指差す先は玄関だった。

 小さな(ハツ)()様が、ジッとこっちを見てる。

 

「なえ……。私は諦めないわ……!」

 

 そんな声が、私にはよく聞こえている気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「縁壱……。縁壱……!? ヒッ……、頸が……!!」

 

 意識が覚醒する。酔い潰れて布団の中だった。頸を触る。うん、ちゃんと繋がっている……。

 

 なんだか夢を見ていたような気がする。行ったことがあるような屋敷で、なえのことを説得する夢だ。猪頭に追いかけられたような気もする。

 

(ハツ)()。ご飯よ?」

 

 珠世ちゃんがそう呼びかけた。

 

「うん。今行く……」

 

 起き上がって、歩いて、珠世ちゃんについていく。

 向かう先は食卓。

 もう、先にカナエちゃんがいた。

 

「あ、ハツミちゃん! 起きたのね!」

 

 食卓に並べられたのは、動物のお肉に、味付けとして人間の血をかけたもの。お茶漬けのように薄めた人間の血を使って浸したご飯。あとは、湯呑みに人間で言うところのお茶と同じくらいに少し意識がスッキリとする血が入れられている。

 

 よくわからないけど、カナエちゃんが作った簡単な料理だった。私だったら、こんな面倒なことはしない。普通にそのまま飲むだけだ。

 

(ハツ)()。いただきます、よ?」

 

「うん。いただきます」

 

「ふふ、召し上がれ」

 

 珠世ちゃんが来てから、何故だか、こういう料理を三人で囲んで食べることになった。

 

 肉をお箸でつまむ。

 カナエちゃんは洋食用の小刀や肉刺しを使って、器用にお肉を切って食べている。私のは、もう、小さく切られた肉だった。

 

 伊達に無惨様の妻をやっているわけじゃない。洋食器だって使えるのに。私はこんな扱いだった。

 

 ちなみに珠世ちゃんも、小さく切られた肉をお箸で摘んで食べている。仲間だった。

 

「ねぇ、珠世ちゃん。珠世ちゃんは大丈夫?」

 

「ええ、(ハツ)()。調子はとても良いわ」

 

「それなら、いいのだけど……」

 

 問題がないと言うのなら、それでいい。

 

 珠世ちゃんの調子が心配になる出来事があった。

 あれは、珠世が戻ってきた後のことだ。

 

 過去のこともある。どうしようか、迷った挙げ句、わたしは珠世ちゃんを蔵に連れて行った。

 

 心を入れ替えて、無惨様のお役に立つと言うならば、昔のよしみだし、血を分けてあげないこともない。

 

 そう思ったのだけれど、蔵に連れて行った珠世ちゃんは、涎をダラダラと垂らしながら、血を飲むのを我慢していた。

 

 昔なら、蔵に入ったら、好き勝手に血を選り好んで持って行ったのに、ひたすらに我慢していた。

 

「……うぅ。……はぁ……はぁ……」

 

 珠世ちゃんの息が荒い。じゅるりとこぼれた唾液を啜る音がする。

 

「ねぇ、珠世ちゃん! 昔より、とっても血が美味しくなったの! ね、すごいでしょ!!」

 

 私の長年の成果でもある。とても自慢したかった。

 

「ふ……ぅ。は……ぁ。あぁ……あ……」

 

 珠世ちゃんは呻くばかり。あまり良い反応を返してはくれなかった。

 

「ふふ、珠世ちゃん。飲みたいでしょう? ねぇ? ねぇ?」

 

「私は……私は……の、飲みたくない……。ここまでの血は……あぁ……」

 

 珠世ちゃんの肩に触れて、身体をなぞる。

 

「ねぇ、珠世ちゃん。昔と比べて、すごく弱くなったわよね……ぇ? そんなのじゃ、あのお方のお役には立てないわよ?」

 

「だって、人を殺してはいけないから……! もう、罪を重ねてはいけないから……少ない人の血でも生きていけるように身体を弄って……! 罪……? 罪を償う? それが、あのお方のお役に立つこと?」

 

 珠世ちゃんは錯乱していた。

 なんだか、戻ってきてから支離滅裂だった。

 

 こういうときは、血を飲んで、落ち着けばいい。心も体も回復できて、今の珠世ちゃんにはピッタリだと思った。

 

「ふふ……ちょっと待って……。とっておきの血があるの……!」

 

 カナエちゃんに見つかってはいけないから、少し隠れた場所に置いておいた。

 ()()と実弥くんの娘である(みの)()から、まだ子供だから、少しずつもらって貯めた血だ。硝子の小瓶一つ分しかない。

 

 見つけて、珠世ちゃんの前におく。

 

「……!?」

 

「ねぇ、飲んでいいわよ?」

 

 目を大きく見開いて、珠世ちゃんはそれを見つめる。瞳孔が大きく開く。手を伸ばそうとする。

 

「……あ……」

 

 だが、すぐに珠世ちゃんは目を背けた。

 

「どうしたの? とっても美味しい血なのよ?」

 

 容器を掴んで、グイッと珠世ちゃんの顔のそばまで近づけた。

 

「いやっ……! 飲んだら……もう、戻れなくなる……。戻る……? 何に……?」

 

 珠世ちゃんは、変わらずに支離滅裂だった。私は首を傾げる。

 

「じゃあ、いらないの? いらないなら……しまうけれど……」

 

 いらないのなら、いらないで、それでいい。せっかく戻って来たのだから、記念にとわけてあげようとしたのに、私の好意は無駄になった。

 

「ま、待って……!!」

 

 珠世ちゃんが、まるでこの世の終わりのような表情で、こっちを見ている。

 それがわかって、私はつい笑顔になる。

 

「珠世ちゃん。やっぱり欲しいんだ……!」

 

「……!?」

 

 ハッとした顔をして、珠世ちゃんは自分の口を押さえる。首を横に振る。

 

「ふふ、そうよね。もし本当に欲しくないなら、蔵からもう出て行ってしまっているはずだもの! ほら、美味しい稀血よ?」

 

「……あ……」

 

 珠世ちゃんの鼻に容器を近づけると、力が抜けたような、ぼうっとした表情になった。

 

 夢現にか、珠世ちゃんは容器を受け取って、そのまま飲み込む。

 

「え……っ?」

 

 容器ごと、珠世ちゃんは飲み込んだ。鬼は頑丈だから、容器なんてものともしないけれど、少し予想外だった。

 きっと、一滴も無駄にしないようにという心意気なのだろう。それなら、とても尊敬できる。

 

「……あぁ……ふふふ……」

 

 そして、珠世ちゃんは笑顔になる。笑顔になって、その勢いのまま、近くにあった瓶に手を出そうとする。

 

 あぁ、やっぱり、珠世ちゃんは珠世ちゃんだ。何年経とうが、昔と変わってはいない。

 

「……そっちの瓶は……えっと」

 

 珠世ちゃんの手を出そうとした血の説明をしようとした。

 

「…………」

 

 ふらっとして、珠世ちゃんが倒れる。

 

「……え?」

 

 意識がない。珠世ちゃんは意識を失ってしまった。

 顔を見れば、珠世ちゃんは幸せそうな表情のまま、目を閉じていた。

 

 ふと、顧みる。そういえば、私は、(みの)()の血をほんの少し舐めただけで、数時間、我を失っていた。

 珠世ちゃんは、茶碗一杯分くらい飲んだから、数倍の量。それに、質の良い稀血は、きっと久しぶりだろう。

 

 耐えきれずに、倒れてしまったんだ。

 

 そこからは、蔵から出して、布団に乗っけて、様子を見た。

 

「ねぇ、(ハツ)()ちゃん。大丈夫そう?」

 

 カナエちゃんが近付いてくる。ちょっと、珠世ちゃんを拾って来たためにお開きになった会議に収拾をつけて、戻って来たようだった。

 

「たぶん……大丈夫な……はずよ? 多分」

 

 なぜこうも意識がないかは、きっと、高い栄養に変化する体の負荷が大きいからだろう。

 

 だから、待った。珠世ちゃんが目覚めるのを、隣で待った。丸一日目覚めなかったから、もう嫌になった。

 

「あぁ、そうよ!」

 

 そこで、私は思い付く。鬼としての力が高ければ、体の変化もきっとものともしないはずだ。だから、きっと、無惨様の血を与えれば、どうにかなるかもしれない。

 

 だけれども、無惨様のお手を煩わせるのは論外。一応、蔵に行けば、多少は無惨様の血の蓄えがある。

 

 ただその前に、私はとても無惨様に近い鬼だ。一番近い鬼だろう。あぁ、私はあのお方にとっての一番の鬼だ。

 だから、ちょっと、私の血を、このずっと気を失っている珠世ちゃんに分けてみようと思った。

 

「我慢してね?」

 

 珠世ちゃんの胸元に、手を突き刺す。

 

「うぐ……っ」

 

 意識がないながらも、珠世ちゃんは呻いていた。

 

 そこから、血管をつないで、無理に私の血を流し込む。淀みなく、滞りなく、私の血が珠世ちゃんの身体の中を巡るのがわかる。

 

「…………」

 

 量がわからない。でも、なんとなく、そろそろかという気分になったから、手を引き抜く。

 

 珠世ちゃんを見つめて、待ってみる。

 

「……うぅ」

 

 待っていたら、珠世ちゃんは目を覚ました。私の直感は正しかった。私は、なにも間違ってなどいないのだ。

 

「珠世ちゃん!」

 

(ハツ)()?」

 

 目覚めた珠世ちゃんは、少し前とは違っていた。

 気のせいかもしれないけれど、見た目が、ほんの少し、若くなっている。それと、もう一つ。目が違った。

 

 薄い黄色の虹彩に、十字に割れた瞳孔。

 どこかで、似たようなものを見たことがある。カナエちゃんがそうだったかもしれない。今は上弦の参と刻まれていて、確認ができないから、確かなことは言えないけど……それに、私の記憶もあやふやだった。特に気にして見たわけでもないし……。

 

「珠世ちゃん。気分はどう? 血を飲んで、ずっと気を失っていたのだけど……」

 

 珠世ちゃんは、それを聞くと、惚けた顔をした。そして自分の手を見て、閉じたり開いたりを繰り返す。

 

「とてもいい気分……。なんだか、生まれ変わったみたい……」

 

「そう、それはよかったわ!」

 

 そんなことがあった。

 

 今思えば、私はカナエちゃんの会議のために浅草に行ったのだった。

 その道で、あのお方と、あのお方の新しい妻と子どもを見かけたことが始まりだった。

 つい、私は物陰に隠れて遠くからその光景を見つめていた。本当に悔しくて、涙が出そうだった。

 

 いくぶんか、そうしていれば、縁壱と同じ耳飾りを付けた男の子が無惨様の腕を掴んで、無惨様のことを脅していた。

 

 たまらず、私は駆け出そうとしたけれど、無惨様が脳内に声を響かせ、制止したのだ。

 

 今の妻がいる。前妻である私が現れたら、厄介なことになるのは間違いがない。信じてくれと言われた。

 

 今すぐに助けに向かいたい身体を抑えて、必死に見守る。そうすると、無惨様は通りかかった人を鬼に変え、みごとお逃げになったのだった。

 本当に生きた心地がしなかった。本当に素晴らしい手際だった。

 

 そうして、無惨様がご無事に逃げられたのを確認してから、私も逃げようとしたその時だった。

 珠世ちゃんが現れたのだ。

 

 そこから、カナエちゃんが、耳飾りの子と接触していたから、無惨様の今の地位がまだ使えるよう、月彦さんとしての情報を忘れさせるようにカナエちゃんにお願いをして、その後に、カナエちゃんと合流、珠世ちゃんに会いに行った。

 

 そうして、カナエちゃんが珠世ちゃんに話しかけていたら、なぜか珠世ちゃんが蹲って動かなくなるのだから、琵琶の子に頼んで、無限城まで引っ張ってもらった。

 

 無限城ならば、あの耳飾りの剣士に遭遇することはない。無惨様も安心しておいでになれる。無惨様も、珠世ちゃんのことは気になっていたようだったから、すぐにやって来ていた。

 

 そうして、珠世ちゃんが、今、私たちと一緒に食卓を囲んでいる。

 

「……こうして一緒に食事を摂っていると、なんだか……家族みたいと思わない?」

 

 カナエちゃんがそう言った。

 

「家族……っ!?」

 

 箸を止めて、反応したのは珠世ちゃんだ。わなわなと震えて、私たちを交互に見ている。

 

「家族……ちょっと縁起悪いわね……」

 

 私の家族は、空腹に耐えかねて、私が食べてしまった。珠世ちゃんも自分の家族を鬼になって食べたみたいだし、あまりいい喩えではないと思う。

 

「そう……? 私はとても良いと思ったのだけど……」

 

 笑顔で言うカナエちゃんだ。

 まあ、たしかに家族はいいものだけれど……私は二人のことを友達と思っていたし、そんな風には思わなかった。

 私は無惨様の妻でもあるし……。

 

「家族! 私は良いと思うわ……」

 

「……え……っ」

 

 珠世ちゃんが賛成した。

 珠世ちゃんは数百年前に食べた家族のことを今でも想っているのだから、こういう話は避けると思っていたのに、意外だった。

 

「そう? じゃあ、親子……というのは違うから……姉妹かしら……。私が長女ねっ!」

 

「……!?」

 

「……!!」

 

 横暴だった。いくらなんでもそれはない。私も珠世ちゃんも、カナエちゃんに目が釘付けになった。

 

「カナエちゃん。一番年下でしょう?」

 

「そういうのは関係ないわ! 長女というのは、心掛けの問題だもの。妹も居たし、私が長女なのが丁度いいと思うのよ」

 

「……カナエちゃん。カナエちゃん……結構だらしないと思うの……。目を離したら……里の子たちを食べてしまいそうだし……。すぐに酔って記憶をなくしてしまうし……。長女はやっぱり、私みたいなしっかり者でないとダメだって思うわ。それに、私が一番年上っ!」

 

 これ以上に、反論はないだろう。姉妹だと言うのなら、私が長女に違いない。

 

(ハツ)()は末っ子がいいと思うわ……」

 

「……えっ!?」

 

 珠世ちゃんの攻撃にあった。なぜ、どうして私が末っ子なんだ。

 

(ハツ)()が一番、この中では幼い……。長女なら、見た目の通り、私が適任だと思うわ。いっそ、私が母親でもいい」

 

「幼い……!! 幼いって、私の見た目のことを言っているの!? 見た目なら、変えられるのよ!? ほら!」

 

 ちょっと身長を伸ばして、大人びた感じを出す。これで三歳くらいは年上に見られるはずだ。

 

「そういうところを言っているの……」

 

「え……?」

 

 呆れた顔で言われてしまった。私の行動は、裏目に出てしまったのがわかる。悔しいから、身長をもとに戻す。

 

「あらあら……ぁ」

 

 ニコニコと、カナエちゃんは私たちのやりとりを見届けていた。

 

 結局みんな、長女がいいと主張するから、まるでまとまらない。誰が長女かは、結局、最後まで決まらなかった。

 

「それじゃあ、私たち、お揃いの髪飾りを作ってもらいましょう?」

 

 カナエちゃんがそう言う。確かに家族で揃えた物を持っているというのは多い。それに倣ってだろう。

 

「そういえば、カナエちゃん。カナエちゃんの妹と、お揃いの髪飾りよね?」

 

 思い出す。確かカナエちゃんの妹は、今のカナエちゃんと同じく蝶の髪留めをしていたはずだ。

 

「ええ、そうよ! といっても、これは蝶屋敷の子みんなで付けているのだけど……。でも、そういうふうに、私たちも、何か作ったら良いと思ったのよ?」

 

 友達でも姉妹でも、もうどちらでもいいけれど、そういうのがあると、なんだかいいかもしれない。

 

 ふと、カナエちゃんの頬の痣が目に入った。

 

「彼岸花……彼岸花の、(かんざし)はどう? ねぇ、珠世ちゃん」

 

「……良いと思うわ……素敵ね」

 

 さっきと違って、珠世ちゃんは私に同意してくれる。さっきも、こういうふうに同意してくれればよかったんだ。

 

「それなら、決まりね! 私もそれが良いと思うわ!」

 

 案外、すんなりと決まるものだ。

 長女の話とは大違いだ。

 

 ツテを辿って、彼岸花の(かんざし)は、数日で届いた。




 次回、蜘蛛山。
 意地でも一話で書き終わらせます。

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