稀血をよこせ、人間ども 作:鬼の手下
「どなたか、お知り合いでもいましたか?」
鬼を連れた男の子と、鬼の女の子は、拘束され、
御館様からの命令だったから、何か考えがあってのことだろうと思う。
「たぶん、同期の子なんだと思う……」
鬼殺隊にいれば、知り合った人たちが死んでいくことはよくあることだ。鬼殺隊の仲間が死んでしまったら、それは悲しいことだった。
鬼によって、バラバラの肉片にされた死体だった。あまり関わりがなかったけれど、私の唯一の同期だった。だから、少しだけ、特別に悲しい。
だけれども、それで立ち止まるわけにはいかない。一体でも多く、一刻でも早く、鬼を倒して、悲劇を減らさなければならない。
死んでしまったみんなの想いも連れて……。
「そうですか……それは残念でしたね……」
胡蝶さんは、刀を使って、丸い繭のようなものを切り裂いていた。中からは、粘性の高い液体が溢れて、裸の男の子が現れる。
「その子は……?」
「まだ、息があるみたいです。良かったですね……! 隠の人たちに運んでもらいましょう」
男の子の裸だから、少し見るのが恥ずかしい。
胡蝶さんは、私と違って平常心で無機的な反応だった。やっぱり、隊士の怪我を見たりするから、そういうのにも慣れているのかもしれない。
あたりに倒れていた負傷者もまとめて、隠が運んで行った。
あとは、死体を埋葬のために運ぶだけだった。
「……!?」
怖気がする。
油断をしていた。異変が起こる。
死体が溶けていく。
転がっていた肉片が、溶け、血もろとも地面に吸われていく。消えてなくなる。
「これは、まだ鬼が居るのでしょうか……?」
柱には召集がかかっていた。けれども、まだ、そちらには行けないかもしれない。
***
女の子の鬼だった。
それは、繭の中から現れた鬼だった。
「あぁ……もう……今の私じゃ、ダメね……。血鬼術で、糸を溶かすのも時間がかかった……。なえ、死んでなければいいのだけれど……」
隠たちの警護だった。もし、隠たちに鬼が襲いかかるようなことがあれば、鬼を斬る。それが私に師範から言いつけられた役目だった。
「あなたは……?」
「さぁ……? 鬼殺隊ね……あいにく鬼狩りと話すことはないわ……それより、なえを探さないと……」
「そう……」
この鬼がなんなのか、考える必要はなかった。
――『花の呼吸・陸ノ型 渦桃』。
鬼の頸を落とす。
これで、隠たちも守れる。私は、言われたことだけをやっていればいい。なにも考える必要はない。
「カナエちゃんと同じ剣術なのね?」
「……!?」
カナエ……聞き覚えのある名前だった。同じ呼吸を使う人だった。私を助けて、面倒を見てくれた人だった。
その人は、今、鬼になって……師範を苦しめている……。
「まぁ……いいわ……。私は忙しいから……アナタには構っている暇はないの……。なえを探さないと……」
そう言って、その鬼は消える。
鬼は死ぬ時、灰が崩れるようにして跡形もなく消えていく。けれど、この鬼は違う。地面に溶けるように、消えていった。
鬼は日輪刀で頸を斬れば死ぬ。そうした。けれど、おそらく死んではいない。
なえ、というのはあの稀血の……。会ったことがあるからわかる。蝶屋敷である程度、一緒に過ごした。その後に、上弦の弐に比較的有効だった風の呼吸を扱う育手のもとに、修業に行っていた。最近では同期になった。
彼女は、上弦の弐の村で暮らしていたと言う。上弦の弐の村では……花柱だった胡蝶カナエが鬼に……鬼に……。
「まさか、今のは……上弦の弐?」
最終選別でも、上弦の弐は現れたようだった。藤襲山を丸裸にしたあの鬼は、自分の村で育った女の子を追いかけていたようだった。
消えてしまった以上、あの鬼は追えない。
「なんだ……!? なにが起きてる!?」
「死体が……消えた……!?」
隠たちが騒ぎ始めた。
見れば、たしかに鬼殺隊の隊士の死体は、隊服を残して消えている。
不可解な現象だった。けれど、これには覚えがあった。あの最終選別のときの山で、植物が消えて行ったそれと同じ。
食われたと直感する。
「師範……」
もしかしたら、そちらに危機が迫るかもしれない。けれど、隠を守れという命令だった。ここから動けなかった。
硬貨を投げる。
表だったら、ここに残る。裏だった
――硬貨は表だった。
***
私は……運ばれていた。
あの糸の鬼と戦っていて……炭治郎が、あの鬼の頸を斬れなくて……善逸くんと禰豆子ちゃんであの鬼の頸が斬れて……それでも、生きてて……。
――そうだ……柱が……!
思い出した。柱が現れてから、私は意識を失ってしまっていたようだった。
それで、私は隠の人に運ばれているのだろう。
「ま、待って……! 私はどこに連れて行かれるの!?」
慌てる。そこで思い出した。
私には、あの小さな
鬼殺隊の重要な拠点に運ばれるのはまずい。
「起きたのか……? どこって……別におかしな場所に運ぶわけじゃないぞ? 怪我をしているだろう? 胡蝶様に言われた通りに、蝶屋敷に運ぶだけだ」
「だ、ダメよ……! 私はあの上弦の弐に監視されているわ! たくさんの鬼が攻めてくるかもしれない!」
蝶屋敷、そこで療養している隊士の数はかなり多い。藤の花の屋敷でも、療養している隊士は居るが、そことは比べものにならないほどに、規模も、設備も違う。
「上弦の弐? そんなのが……いや、だとしても鬼だろう? これから夜が明ける。影を伝ったとしても、ついて来れるわけがない。大丈夫だろう」
「違うわ! あれは地面の下を通ってついてくる。夜だろうと昼だろうと関係ない!!」
「な……っ!?」
事の重大さに気がついたのか、隠の人は足を止める。
「おやおや、ずいぶんと面白い話をしていますねっ!」
声がした。それまで、まるで気がつかなかった。
蝶の髪飾りをした女の人だ。知っている。会ったことがある。蟲柱の胡蝶しのぶだった。
「胡蝶様!」
「もしかしたら、と思ってこちらまで走って来たのでしたが、正解でしたか」
「それは……?」
「みんなの死体がね……こう、ドロってなって消えちゃったんだよ?」
新しく現れた女の人だ。この人は、あの糸の鬼を倒した
水柱……この人の前任の人には会ったことがある。こうじろうにぃを連れて、蝶屋敷の外に出ようとした時に、すごい剣幕で怒られたんだ。苦手だった。
子どもの私が、場所もわからないのに、もう一人を背負って村に戻るなんて、無理があった。もちろん、鬼殺隊がそれを手伝うはずもない。
あのときは、私も治りかけとはいえ、熱もあった。止めるのは人として当然だろう。場合によっては、死人が増える可能性もある。
あとから、あの水柱の人の行動を蝶屋敷の人が庇ってそんなふうなことを言っていたのを思い出した。
それから、まもなくして、こうじろうにぃは死んでしまったのだけれど、あの水柱の人を私は恨んではいない。ただ、それでも、苦手だった。
だから、水柱というだけで、私にとっては少し抵抗がある。
「それで、どうして私のところに……?」
「ふふ、やっぱり鬼ですから、まず、稀血の子のところにやってくるはずです。それに、広範囲での死体の消失……藤襲山では植物でしたが、やり口が類似していましたから上弦の弐という可能性を考えました。そうともなれば、もう、あなたのところに来るのも必然でしょう?」
「…………」
反論の余地のない推理だった。それにしても、あの小さな分身は、蜘蛛山でやられた隊士の死体を、どさくさに紛れて捕食してきたのか……。
「それでも、今ここにいる私たちでは上弦の弐に勝てません。ここは大人しく投降しましょうか。もしかしたら、生かしてくれるかもしれませんよ?」
「えっ?」
しのぶさんのその言葉に、今の水柱の人は動揺していた。
鬼殺隊の柱の発言とは思えなかった。
「ちょっと、待ってください! 今、私のことを追っているのは、上弦の弐の分身です! 本体ほど強くない。諦める必要は……」
「ふふ、冗談ですよ? 少し作戦があるんです。安心してください。このまま蝶屋敷に向かいます……きっと、その上弦の弐は追ってこれませんから」
「え……っ?」
気がつけば、私はしのぶさんに背負われていた。
「しっかり。捕まっててください。……それと、今残っている隠の人たちは、後で伝達される道のりで来るように!!」
「……あっ!」
跳んだ。いや、飛んだと言った方が、もはや正しいかもしれない。木の枝太い枝を蹴って、空を飛び回る。その速度は、地を駆けるどんな猛獣たちでも追いつかないだろう。風を感じる。
「私は柱の中でも速いのですよ? 速さ比べというわけです」
「たしかに……これなら……」
あの分身がどんな速度で動けるかはわからなかった。けれど、こうして、木と木の間を伝って走るのは理に適っている。藤襲山でも、植物の上を通れば察知が遅れていた。
こうして空を行けば、あの分身も私たちのことを見失ってくれるだろう。
チクリと胸が痛む。なんだか、悪いことをしているような気分になった。
首を振って、気を取り直す。こんな考えじゃ、いけない。
「ねえ、急に飛び出して行くから、びっくりしたんだよ?」
気がついたら、今の水柱の女の人が、並走していた。この人も速い。しのぶさんは、私を背負っている分、遅くなっているだろうけれど、それでもこの速度に追いついてくるなんて、柱はやはりすごい人たちだった。
「真菰さんなら、ついて来れると信じていました」
「調子がいいんだね……」
水柱の人は、非難めいた視線をしのぶさんに向けていた。しのぶさんは、ニコニコとしていてそれをものともしない。
なんだか水柱のこの人には、ここに来るまでに、しのぶさんに振り回されていたような気疲れが感じ取れてしまう。少しだけ同情した。
なんにせよ、これであの女の分身を振り切れるのならば、一応は安心だった。
***
「柱の前だぞ!」
そう言って、起こされたのは、今回、隊律違反を起こした竈門炭治郎くんだった。
「…………」
状況が理解できないのか、しきりにあたりを見回している。
「やっと起きましたか……。竈門炭治郎くん。あなたには、これから、裁判を受けてもらいます」
まず始めに話しかけたのは蟲柱の胡蝶しのぶだった。その顔を見た瞬間、竈門くんの表情が怒りに変わる。
「禰豆子を……!! よくも……ぉおお! お前は許さない!! 絶対にだ!! あんなふうに禰豆子を痛めつけたことを! 絶対に許さない!!」
「あら、そう怒らないでください。これから、裁判ですから、そうなふうに感情を荒立てると、不利になってしまいますよ? 深呼吸、深呼吸」
「……ね、禰豆子は……!? 禰豆子はどこに……! 善逸! 伊之助! なえ!」
鬼の妹の名前と共に、一緒に戦っていた子たちだろうか、その子たちの名前を叫んだ。
「もっとも、妹の禰豆子さんは、きっと頚を斬られるでしょうけれど。竈門くん。あなたは自分の身を案じた方がいいですよ?」
「な、なえ!! 禰豆子は、その箱の中にいるんだな!! よかった。本当に良かった……。なえも無事だったんだな……」
胡蝶さんの話に取り合わず、少し離れた位置にいた女の子のことを見つける。胡蝶さんの話は、意図的に無視したというよりは、余裕がなく、聴こえていなかったというようだった。
妹のことをまず案じてはいるが、仲間の無事を喜んでいるところを見ると、この子は、きっと優しい子なのだとわかる。
「鬼を連れた隊士と言うから、どんな派手なやつかと思ってきてみれば、なかなかド派手に叫ぶじゃないか……!」
無駄にキラキラとした装飾をつけて、奇抜な化粧をした大柄な男の
「うむ、なるほど! これからこの少年の裁判を行うと! 裁判をする必要もないだろう。鬼を庇うなど明らかな隊律違反。それならば、鬼もろとも斬首となる。我らのみで対処可能だ」
赤と橙の炎のような髪の男の人は、炎柱の煉獄杏寿朗さんだ。たしかに、単純な隊律違反ならば、こうして柱を集めて裁判など開く必要がない。
「で、でも、良いのかな……? 御館様が、裁判をするって……それで集まったわけだし……」
勝手なことをしていいのだろうか。
ここは御館様のご意向を汲んで、裁判を待った方がいいのではないか……。
「それよりも、冨岡だ……。なぜ、もう柱ではない冨岡が、今、この場にいる? この隊士について、なにか知っているとでも言うのか? 知っていて放置していたのか? なら、どう説明する? どう謝罪する? どう責任をとる? なんとか言ったらどうだ、冨岡」
「…………」
なぜか木の上に陣取っている蛇柱の伊黒小芭内さんが、離れたところに一人でいる冨岡さんに言及した。冨岡さんは無言だった。居たことに気がつかなかった。
「冨岡さん!!」
そういえば、この鬼を連れた少年が、冨岡さんについてなにか言っていたことを思い出した。
もしかしたら、本当に冨岡さんがこの一件に関わっているのか……嫌な予感がする。
「あら、冨岡さんじゃないですか! そんなところにいらっしゃらないで、こっちに来たらどうですか?」
「俺は……柱ではない」
そう言って、冨岡さんは、私たちの後ろに行った。冨岡さん……。
呼びかけた胡蝶さんは、困惑したようだった。
そのまま、胡蝶さんは、一つ、咳払いをする。
「気を取り直して……そうですね……。まずは頚を斬るにしても、坊やの方から話を聞きましょう。どうして鬼を庇っていたのですか?」
「…………」
「そんなに怖い顔をしないでも……。竈門炭治郎くん。私はあなたの味方ですよ? 鬼の道連れになって、あなたが死んでしまうことは、私はとても悲しいことだと思うんです」
大仰に、胡蝶さんは、裾で涙を拭うふりをして、悲しみの表情を見せる。竈門くんは、ジッとそんな胡蝶さんを睨みつける。
「禰豆子は俺の妹なんだ! 人を食わない特別な鬼なんだ! 今までも、これからも! 禰豆子は人を食わない! 襲わない! 鬼殺隊の隊士として、禰豆子は人を守るために戦えます!!」
「この通り、竈門くんはこう言っていますが、きっと鬼に精神を狂わされたのでしょう。私の毒に耐えた以上、人を食っていることは明白です。もしかしたら、家族でもないのに、妹だと思わされている可能性もありますね……」
「ふざけるな……ぁあああ! 禰豆子は! 俺の! 妹だ……ぁああ!」
竈門くんは、狂ったように怒っていた。
そんな怒気にあてられても、胡蝶さんは笑顔のままだ。
竈門くんは、こうだけれど、柱のみんなには、胡蝶さんの、竈門くんの罪をなるべく少なくしようという心遣いが伝わっていた。
「あぁ……可哀想に……」
岩柱の悲鳴嶼行冥さんの、そんな哀れむ声が聞こえてくる。滂沱の涙を流している。
「…………」
なにか言ってきそうだった音柱の宇髄さんは、どこか悲しそうな表情を浮かべて、ことの成り行きを見守っていた。
「御館様の御成です」
そう声がする。
柱の皆が御館様に控える。
「んが……」
竈門くんは、木から降りてきた伊黒さんに、ついでとばかりに頭を押さえつけられた。事情がよくわからなかったからか、頭を上げて、御館様のことを見ていたばかりだったからだ。
少し可哀想だったけれど、こればかりは仕方がない。
「おはよう、みんな……顔ぶれが変わらずに、半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」
御館様は病に蝕まれて、目が見えない。だから、娘のひなき様とにちか様に連れられてやってきていた。
御館様の娘のお二人は、顔がよく似ているから、どちらがどちらかよくわからなくなる。髪飾りでしか私には判断できない。
「お……御館様に置かれましても……えっと……ますますの御多幸……切にお祈り申し上げます!!」
恋柱の甘露寺蜜璃さんが、途中つっかえながら、言い切った。それに御館様は笑顔で頷き返す。
「ありがとう、蜜璃」
「恐れながら、御館様……。この鬼を連れた竈門炭治郎くんについて、ご説明をお願いします……」
丁寧に頭を下げて、胡蝶さんが御館様に問いかけていた。
「そのことについてなんだけどね……炭治郎の妹の禰豆子については、こちらで承諾していたんだ。みんなにも、認めてほしいと思ってる」
「…………」
柱の皆に動揺が走る。
それは鬼殺隊として、例にないことだった。
「御館様の願いであっても、承服しかねる」
「俺も派手に反対する」
悲鳴嶼さんと、宇髄さん。柱の就任歴の長い二人からは、真っ先に反対の声が上がる。
「私は……御館様の望むまま……従います……」
「僕は……すぐに忘れるので、どちらでも……」
甘露寺さんと、霞柱の時透無一郎くんだった。そういえばこの二人は、御館様がくる前の話にあまり口を出さなかったかな。
「信用しない。信用しない。鬼は決して認めない」
「うむ。心より尊敬する御館様の頼みであるが、理解しかねる。俺も全力で反対する!」
伊黒さんと、煉獄さんは反対をする。柱の中でも、反対の方が意見が多かった。
それもそうだろう。鬼を倒すための鬼殺隊。大切な人や、仲間を鬼に殺された人ばかり。鬼のことは許せない。
こうなるのは、火を見るよりも明らかだった。
「御館様。鬼を生かしておくことは、とても危険です。どうか、お考え直し、あの鬼を殺すことだけでもお許しください」
胡蝶さんが、丁寧にお辞儀をして、そう御館様に頼み込んだ。
「うん……手紙を……」
「はい。元柱である鱗滝左近次様からいただいたものです」
「え……鱗滝先生……?」
御館様の左側にいる子が、懐から手紙を取り出し、読み始める。
内容は抜粋されて読まれたが、炭治郎が鬼である妹の禰豆子と一緒に居れるよう、頼むものだった。
禰豆子ちゃんは、二年を超えても、その精神力で鬼の飢餓状態を乗り越えて、人を食わずに今まできたと……。
「…………」
「もしも禰豆子が人に襲いかかったときは、竈門炭治郎および、冨岡義勇、鱗滝左近次、
「え……私……聞いてないよ……?」
つい、口に出してしまった。
柱が皆、私の方を見る。御館様も、どこか困ったように私の方を向いていた。
とっさに振り向く。
後ろで控えていた、冨岡さんと目が合う。その行動に合わせて、みんなが冨岡さんの方を向いていた。
「…………」
動揺して、何か言いたげに冨岡さんはこちらを見ていた。
言ったはずだ、あれは幻だったのか、と、聞こえてきそうな顔だった。
「ふっ……ふふ。あ……すみません」
甘露寺さんなんて、あまりの状況に失笑してしまっている。
必死に私は思い出す。
「鬼が人を食った。俺と鱗滝先生の庇った鬼だ。俺たち二人は責任を取って腹を斬ることになる」
「……え!?」
「もしもの話だ。そうなったら……」
「私も……責任をとる! 鱗滝先生が大好きだからね! それに冨岡さんのことも……。だから、一緒に責任をとるよ!」
「そうか……」
そんな話をしたような気がする。
冨岡さんのことだから、それで伝えた気になったのだろう。少しだけ、頭が痛くなる。
「なら、真菰。真菰は無関係だから、禰豆子が人を食っても、腹を斬らないということで、いいかい?」
状況を見てか、御館様は、手紙の内容をそう訂正しようと提案する。その御心遣いはありがたいけれど、私には必要のないものだった。
「いいえ、御館様。鱗滝左近次は私の育手……私は冨岡義勇の継子でもありました。師の不始末は弟子の不始末。鱗滝左近次および、冨岡義勇が腹を斬るとき、私も責任を共にし、腹を斬ります」
恭しく見えるようにお辞儀をして、私の決意を御館様に申し伝える。
そのすぐ後に振り返り、冨岡さんに目で合図を送る。
冨岡さんは、神妙な顔でこちらを見ていた。
ついぞ、継子とは認めてもらえずに、冨岡さんは柱を引退したけれど、私は継子のつもりだった。だから、こう言った。
それにしても、冨岡さんはもっと詳しく分かりやすいよう言ってくれればよかったのに……。
「待ってください御館様。その鬼が、人を食っていないという話でしたが、幻覚系の血鬼術で誤魔化しているというのはどうでしょうか? 手紙の一通ではなんの証明にもなりません」
「胡蝶の言う通りだ! それに、切腹すると言っても、それで鬼が人を殺さないわけではない! 殺された人は戻らない! 御館様!」
胡蝶さんと、煉獄さんは反対する。その言葉には一理ある。
「確かにそうだね。ただ、禰豆子は人を殺していないこと、これから殺さないことを証明できないように、禰豆子が人を殺していること、これから殺すことも証明できない」
「御館様。その鬼は私の毒に耐えましたから、人を食べたことは間違いがありません。ですから……その鬼は! 人を殺しているはずなんです!」
「しのぶ、禰豆子は睡眠で回復をする特別な鬼なんだ。そう聞いているよ。そうである以上、毒に耐えたからと言って、人を殺して食べたことにはならないんだ」
「……っ!」
胡蝶さんが、黙り込む。そして、怒りからか、身体が震えていた。これほどにまで怒った彼女は、珍しいように思える。
「みんなが納得できるように、来てもらった子がいるんだ。なえ、よろしくできるかい?」
「……はい。失礼します」
上弦の弐の村で育ったという稀血の子だ。その子が、鬼の入った箱を持って、御館様の屋敷の中に入っていく。
「…………」
みなが見守る中、刀を取り出して、まず掌を傷つけた。
血が、鬼の入った箱に垂れる。
「炭治郎……禰豆子ちゃん……ごめん……」
そう言うと、箱に一度刀を突き刺し、開けた。中からは女の子の鬼が飛び出してくる。
「うぅ……! うぅうう……!」
竹を咥えて、そんな口からは涎が溢れている。
上弦の弐の村では、より鬼にとっての効果の高い稀血が生み出されているという。
そんな村で生まれた子だから、その血は、普通の稀血よりもよほど鬼にとって質が高いと言う話だった。きっと食欲を唆るだろう。
「禰豆子!!」
いつの間にか、拘束を抜けて、竈門くんが前に出ていた。
押さえつけていたはずの伊黒さんの方を見る。伊黒さんは、冨岡さんに手を掴まれて動けないよう。
なんというか、冨岡さんは相変わらずの強さだった。
「うぅ……ぅう。うぅううう」
「…………」
稀血の女の子は、血に濡れた手を差し出しながら、少しばかり震えていた。
あの近さならば、もし襲われたとき、場合によっては命がないかもしれない。よくこんな役目を引き受けたと感心する。
「禰豆子!」
「……うぅううう。んっ……!」
鬼の女の子が、稀血の子から顔を背ける。
人を食わないという意思表示だった。
「どうなったかい?」
「鬼の女の子はそっぽを向きました」
結果が、目の見えない御館様に伝えられる。上弦の弐の村で育った子の血が、鬼をどれほど惹きつけるか、柱なら皆あるていどは知っている。
「これで、禰豆子が人を襲わないという証明ができたということでいいかい?」
「…………」
皆が黙り込んだ。
ここまでされれば、あの女の子の鬼のことを、認めざるを得ない。
「待ってください御館様。今、襲わずとも、これから本性を顕し、人を喰らわぬとも限りません。どうかご決断を……」
「見苦しいぞ、胡蝶!!」
冨岡さんが、胡蝶さんのことを制止する。それでもと、胡蝶さんは冨岡さんに反発する。
「ふざけないでください!! どうして冨岡さんが鬼の味方をするんですか!! 鬼とは仲良くできないんじゃなかったんですか!! 私の……私のときは……鬼に頭をおかしくされたと片付けたくせに……どうして今回もそうしないんですか!! 答えてください冨岡さん!!」
「……御館様の御前だ……」
「…………」
力なく、胡蝶さんはうなだれてしまった。
こんなふうに、胡蝶さんが取り乱してしまうだなんて、意外だった。
私のように、驚いているのが柱では、ほとんどだったけれども、就任歴の長い悲鳴嶼さんに、宇髄さんは、他の柱とは違い、痛ましいものを見るような目をしていた。
「禰豆子が人を食わないことに、結果として四人の命がかけられている。もし、反対をする者がいるのなら、これ以上のものを差し出してもらうことになる。いいかな?」
「…………」
御館様は有無を言わせない。
ここまでされた以上、誰もが鬼の禰豆子ちゃんのことを認めるしかなかった。
「炭治郎も……。禰豆子のことをよく思わない隊士もいるだろう。だから、鬼の禰豆子が、鬼殺隊として共に戦っていけることを証明する。まずは十二鬼月を倒すことだ。そうすれば、炭治郎の言葉の重みも変わってくる」
「は……はい……!! 必ずや、禰豆子とともに、鬼舞辻無惨の打ち倒し、悲しみの連鎖を断ち斬ってみせます!!」
平伏して、竈門くんは御館様にそう宣言してみせる。
御館様は十二鬼月と言ったのに、鬼舞辻無惨とは、大きく出たものだった。
「まずは十二鬼月から倒していこうね……。鬼舞辻無惨は、今の炭治郎では倒せないから……」
「は、はい!」
そうして、竈門くんと鬼の禰豆子ちゃん、そして稀血の子の三人が、この会議から下がることになった。
「ま……待ってください。せめて……監視のしやすいよう、私の屋敷で預からせてください……」
「え……っ!?」
なおも口を挟んだ胡蝶さんに、竈門くんは驚いていた。柱の皆も、苦い顔で胡蝶さんの方を見ていた。
御館様は、少しだけ考えるような素振りを見せる。
「いいよ。だけど、炭治郎に、鬼の禰豆子には、手を出さないようにね」
「はい……」
「え……っ!?」
それについては、柱の誰もが反対しなかった。もし、まかり間違って、胡蝶さんに禰豆子ちゃんが殺されてしまっても、柱たちは誰も困らないというのが、その実だろう。
これに関しては、冨岡さんも何も言わなかった。
竈門くん、禰豆子ちゃんに、稀血の子が隠によって運ばれていく。最後、去り際にこっそりと、御館様は竈門くんに、何か喋りかけていたようだった。
一つ、竈門くんの隊律違反について、決着がついた。
「俺は、柱ではないから失礼する……」
そのまま冨岡さんが帰って行こうとする。
「待ってください冨岡さん。冨岡さんも、柱を辞めたとはいえ、まだ現役です。鬼殺隊の重要な戦力として、この会議に残った方がいいのではないでしょうか」
「……俺は、お前たちとは違う……」
そう言って、止める胡蝶さんをものともせず、冨岡さんは去って行こうとする。
「義勇。しのぶの言う通りだね……。義勇には、鬼殺隊の大切な戦力として、この場に残ってもらおう」
「…………」
御館様の言葉に、冨岡さんは渋々と言ったように足を止めた。
もう一度、柱たちの後ろに控える。
柱ではないから、遠慮してその位置なのだろうか。なんとなく、冨岡さんの行動が理解できた。
そうして会議が始まる。
柱たちの担当地区の調整。それから、隊士の質が落ちているという話。最近、辞めた後に行方をくらましてしまう隊士が多いという話。
そし
「今、柱は八人いる」
「…………」
「一人欠けているけれど、今、ここにいる柱たちは、始まりの呼吸の剣士以来の精鋭が集まっていると思っている」
「…………」
「約束だったね……柱が八人揃ったら、上弦の弐を倒しに行くと……。五百年以上前から、生きながらえてきた、強大な鬼だ」
「…………」
そういう話だった。
冨岡さんからも、その上弦の弐と戦うことを念頭に置いて私は鍛錬を受けた。
「しのぶは、事情が事情だから、この話の柱には、含まないことになっている。後一人だ」
「御館様! 冨岡も含めれば、柱の数も足りるのでは……!」
「俺は、柱ではない」
後ろからは、強情なそんな声が聞こえてくる。
冨岡さん、そんなに柱が嫌なのだろうか。冨岡さんの担当地区は、柱でもないのに二番目くらいに広かった。
「本人が、そう言っているから、柱には含めないことにしよう……。後一人……柱が揃ったら、上弦の弐を倒しに向かうことになる。みんな、覚悟して準備しておくように……」
「御意……」
上弦の弐、人を家畜として扱っている邪悪な鬼。
どんなに強い鬼でも、私たちは、必ず、鬼を滅ぼしてみせる。
***
「そろそろね……」
「ええ……」
カナエちゃんと珠世ちゃんと、一緒に時間を待っていた。
ちなみに、カナエちゃんに、珠世ちゃんは、私が自由に呪いを付け加えられるようになった。
里の子たちを殺せないようにしようと思ったけれど、殺したときに呪いが発動するようになるだけだから、あまり意味がないことに気がついた。面倒だから、結局なにも手を加えなかった。
私の鬼になったからと言って、特に変わったことはなかった。
琵琶の音がなる。
琵琶の子との約束の時間だった。
「ここは……!?」
左眼に『下陸』と刻まれた女の子だった。琵琶の子の血鬼術によって、連れ去って来てもらった。
他の下弦の鬼もいる。
揃っているのは、下弦の陸、伍、肆。
下弦の壱……あの壺のお化けと、下弦の弐は、無惨様がお止めになったことにより、ここに呼んでいない。
下弦の参は、私が嫌いだから呼ばなかった。
下弦の参……あの男が人間だったときの話だ。あの男は、治りそうもない病の人間に、治ったように思い込ませることが得意だった。
思い込ませて、死にかけになったところで種を明かす。そうやって、人を絶望の底に貶めることをよくしていた男だった。
でもある日、そうやって、絶望の底に貶めて、死んでしまったはずの人にばったりと会って、ぼこぼこにやられたらしい。自業自得だろう。頭が悪いんじゃないかと思った。
それで、死にかけて、無惨様に拾われたというのだから、なんとも情けないことだ。
ちなみに、その死んでしまったはずの人を治したのは私だ。だから、治す際にある程度その下弦の参になる男に関する事情は聞いていた。
そこから無惨様に最近十二鬼月になった鬼の話を伝えられて、こう、ピンと来たわけだ。
人間だった時の行動は、ちょっと、なにがしたいのかよくわからなかったし、そんな頭の弱い今の下弦の参とは気が合わないだろう。
「はい……。これね」
珠世ちゃんが、下弦の三人に瓶を渡す。
稀血の子の血が入った瓶だ。
「…………」
下弦の三人は、動揺を隠せないようだった。
私は言う。
「なにをしているの? 飲んでいいのよ?」
「……!?」
そう言えば、おずおずと三人とも血を口にする。
私の里でも、そこそこに良い稀血を用意してあげた。適当に配ったけれど、たぶん、女の子の下弦の子に一番良い血が渡ったようだった。
ゴクゴクと、みんな良い飲みっぷりだった。
瓶の中身を飲み切って、三人とも、私たちの方を向く。
「今までに味わったことのないほどの上質な血! どうして、これほどの血を私どもに!?」
上弦の弐である私におもねりながらも、血の効果か、興奮したようにそう訊いてくる。
「別に、それほどでもないわよ? 私の里にはこれより良い血はたくさんあるわけだし」
「……!?」
三人とも、目の色を変える。
それは予想できたことだった。ここでカナエちゃんが前にでる。
紙を三人に配る。
「この紙に書かれた住所に時間ね……。そこにある建物の中で、人間の血を売るわ。真面目に働いて、お金をたくさん稼いで持ってきてほしいの。お金がたくさんあれば、これよりもずっと良い血が買えるわ……ぁ?」
「これよりも……!?」
カナエちゃんが、お金をたくさん持ってきて、里の子たちも増えたから、こうして下弦に血を売ることができる。
カナエちゃんが、もう少し血を飲む量を抑えていれば、もっと早く実行できた。
珠世ちゃんも、割と無頓着に持っていくし、調整が少し大変だった。
けれど、今、里の人たちから集められる余剰な血の量から考えて、下弦の分くらいは大丈夫だろうという算段だった。
カナエちゃんや、珠世ちゃんが、見向きもしない程度の血を売れば良いわけだし……。
これを最終的に、鬼全員に広められたら、カナエちゃんの言う鬼と人とが仲良くできる世界になる。
まず、下弦たちには、童磨みたく吹っかけてやるんだ。
「さて、もう用は済んだわね」
琵琶の音がする。琵琶の子の血鬼術によって、下弦たちが帰って行った。
この里で売らない理由は、鬼殺隊に見張られている可能性があるからだ。割と入り浸っている巌勝くんとは違って、下弦なんて簡単にやられてしまう。縁壱みたいなのがいなくても、柱に会っただけで死ぬのだから、情けない話だ。
琵琶の子の血鬼術で、今日みたいに呼び寄せてもらってもいいだろうけど、その度に探してもらっていては大変だろうと思った。時間もかかるだろうし。
だから、下弦たちには指定した場所に自ら足を運んでもらおうと決めたわけだ。
一度目に開いた販売会では、どの下弦の鬼も、お金が足りずに用意された中で最低の質の血も買えなかった。
次回、蝶屋敷。
申し訳ございません。六千字は無理でした。短くまとめる能力がなかったです。はい。
魘夢の人間時の話は映画の特典からです。初日に行きましたからね……。
魘夢(人間時)「信じられぬものを見た……」
逃げ腰守銭奴零余子ちゃん……いや、なんでもないです……はい。